それは一般の高校生が夏休みに入る前だろうか。藍里と母のさくらが神奈川から愛知のとある市のマンションに越してきたばかりのことだった。
さくらの職場の同じ系列先から引き抜きがあり、それが地元の岐阜の隣であった愛知県に移動することになった。
その会社の所長の妹がマンション経営をしていてそこの一室を紹介してくれたのだ。
5階建ての最上階角部屋。それもこれもさくらが仕事で可愛がられたから、とのことだが一階が某チェーン店のファミレスともあって夜まで良い言い方をすれば賑やかである。
築数もそれなりに経ってるが2LDKでトイレ風呂別と母の二人暮らしには贅沢ではある。あれやこれやらのワガママは言ってられない。
他にもこの2人にはとある事情があるからだ。
母娘2人で生活するようになったのもこの5、6年のことで、それまでは岐阜で父母娘という典型的な核家族で過ごしていた。
と言っても藍里の父親は正社員の仕事の傍ら趣味の演劇サークルの主催をし、なおかつ藍里自身も子役として小さい事務所に所属をして稽古やオーディションを受けていて、さくらはマネージャーとして駆け回っていた。
しかし家族でせっかく集まれたかと思うと父はさくらのやることなすこと全てを否定し、完璧にやってもアラを探してほじくり返すことをしているため、常に家庭の中はピリピリしている。怒られないよう、いびられないよう、さくらは耐え続けている姿を藍里は目の前で見ていた。
かと言って父は藍里に対しては優しく接していたのであったため、彼女はそこまで父のことは怖いとか嫌だとかは思っていなかった。
ただ、家族で集まるあの空気感が嫌いだった。
しかしそれは急に変わることになる。数日前から見知らぬ女性2人がやってきてさくらと話をしているのだ。
まだ小6であった藍里は何か深刻な話をしている、それだけはわかっていた。
その数日後。
「今から荷物まとめなさい。修学旅行で使ったキャリーケースに必要なものを、いい?」
藍里は突然そんなことを言われてもわからず、狼狽えている最中、さくらがキャリーケースを出して開き、藍里と共に荷物を入れた。
「ママはもう用意したからあんただけ。あ。それは要らないわよ。本当に必要なものだけ」
漫画本やぬいぐるみはすぐさまキャリーケースから捨てられた。
そしてキャリーケース以外にも普段使っているカバンに貴重品や通帳、他にももう一つ大きなカバンに下着類を詰め込まれて一時間で終わらせ、家から出て車に積んだ。
これは父がいない間の夕方に行われた。
藍里は訳もわからず車に乗る。ふとその時頭によぎったのは……清太郎のことだった。
それからは藍里は小4の頃から持たされていたスマホは使えなくなり、4年間見知らぬ土地……神奈川のとある社宅に身を寄せていた。さくらは仕事と離婚の手続きのために家を留守にすることが多かった。
父から娘だけでも、と藍里との面会要請もあったがさくらは拒否をした。
清太郎をはじめ、地元の友達とも連絡が取れない、越した先の中学校、高校では馴染めず友達ができなかった藍里。
だが父から離れ、一年で離婚が決まったあとのさくらは少し穏やかになっているのを見て良かったのか……と思うしかなかったのであった。
父といたさくらは表情は暗く、笑わず何か伺うような顔、藍里に対しても八つ当たりをしていたのだが今ではとても穏やかで、化粧もするようになって全く別人な女性になったことに藍里は驚いていた。
さらにさくらの仕事の関係で愛知に移り住み、ここ最近はもっと美しくなったことに気づいたのは同性だからなのか。
さくらはよく笑う、機嫌も良い。
藍里は一人で家にいることはもう慣れていた。勉強はできた彼女は新しい高校にテストで合格した。
制服の一式を学校のご厚意でいただき、真新しい制服に腕を通した。
母のさくらが変わったのなら自分も変わらなくては……姿見を前にそう誓った藍里だった。
そんな最中にさくらが帰ってきたのだ。
「帰ったよー」
声がいつもよりも明るい、それにも気づいた。
予感は的中した。さくらの横にとある男性が立っていたのだ。
「藍里、彼氏連れてきた」
にかっとさくらが笑う横にその若い男性も笑った。
藍里はその男性の微笑みにドキッとした。久しぶりの感覚、いや今までにない心臓の昂りに戸惑った。
その彼氏、時雨《しぐれ》くんとさくらに紹介されてから時雨くんと藍里も呼ぶ。
さくらよりも6歳年下で三十四歳、(藍里にとっては10いくつ近く上になる)背は藍里と同じくらいの166センチ。少し童顔で実年齢には見えないが最近の流行は知らないようで、その辺りが三十四歳だなと藍里は感じた。
なんと時雨がその日から一緒に住むことになったのだ。
今まで女二人の生活に見知らぬ若い男性。父親とも最近暮らしてないし、神奈川での転校先の学校では男子とも馴染めず、男性とろくに喋ることはしばらくなかった。
時雨はもともとは名古屋の料亭で働いていて、そこでさくらは出会って一目惚れして付き合うようになったとのことだが、その直後に料亭は経営不振で潰れて住み込みで働いていた時雨が宿なしになってしまったところをさくらが助けたのである。
もちろん時雨はさくらの部屋で寝起きする。しかししばらく仕事先が見つからず、なおかつさくらが仕事でいない時が多いため料理や家事が得意な時雨が受け持つことになり、お小遣い付きの家政夫として雇われたという形になったのでほぼ家に時雨がある状態。
つまり藍里はさくらよりも時雨と過ごす時間が多くなるというわけである。
かといいつつも藍里はさくらのことを援助するためにアパート階下にあるファミレスの厨房で働いてた。
ウエイトレスの可愛い服を着たかったがそれを横目に奥の厨房で夏休み中は皿洗いから始まり、夏休み終わる頃にはメニュー全て食べ尽くし、覚え、盛り付けや仕上げも任せられるようになるが、家事を手伝ったり料理はしたことが無く、あまり上手くいかず……夏休みは与えられた課題をするなどで受験前の高校2年生の夏休みは終わってしまった。
そんな藍里のそばには時雨は毎日いたし、昼のファミレスの賄い以外は時雨の料理を食べていた。
見た目も綺麗で、美味しい、そして手際良い彼の料理に藍里はすっかり胃袋を掴まれ、優しく微笑み勉強を教えてくれたり、愚痴を聞いてくれる時雨に心も掴まれていた。
でもあくまでも時雨はさくらの彼氏である。時間が不変動なさくらの仕事。
夜遅くに仕事して朝早く帰ってきて疲れて帰ってきた時、藍里はまだ寝ていたがドアの音で帰ってきたのはわかっていた。
少ししたあと、藍里はリビングに行く手前でドアノブを回すのをやめた。
リビングにさくらと時雨が2人でいる。時雨がさくらに甘えていた。それに応えるようにさくらも甘い声を出す。
昨晩、藍里と時雨二人でゲームして過ごして笑いあってたあのソファーでさくらと時雨は愛し合ってるのだ。
そこで藍里は時雨はさくらのものだ、と気付かされる。
部屋に戻って布団をかぶると心臓がバクバク言ってることに気づく。まだ藍里には男女の深い関係どころか甘い関係を経験したことはない。ドラマや映画、漫画でしか知らない。
そしてさくらがあんなに父に体を触られて拒絶していたのに今では時雨に体を許し、甘い声を出している、彼女も大人の女であるのかと。そして時雨のあの声も……聞いただけで何か身体の部分が熱くなる。
1時間経ってからそろそろいいかと藍里はわざとドアを音が鳴るように開けて足音も大きくリビングに向かう。まだ二人一緒だったら……。
「おはよう、藍里ちゃん。朝ご飯できてるよ」
屈託のない笑顔の時雨くん。ふとリビングのソファーを見る。二人はあそこで……なんぞ思いながらもダイニングの上に置いてあるホットドックとコーンスープとサラダ。
さくらと混ざり合った後に作ったのか、複雑な気持ちでまずコーンスープを飲む。
「ママは?」
「さくらさんは寝てるよ。今日もお昼まで寝てるらしい」
「そうなんだ。じゃあ起きたら私はいつもの時間に上がるよって言っといて」
「わかった。伝えとく」
と時雨もホットドッグを齧る。すこし粒マスタードの辛味が舌に来たが、今まで知らなかった時雨の大人の男な部分を知り、藍里は下の中はとても辛味と苦味が混ざる。
「辛かったかな……粒マスタード」
「……うん。でもこれがあるから美味しさ引き立つのかな」
「高二でこの美味しさ知っちゃったな」
ニカっと笑う時雨。そして何かに気づき、藍里の口元に指を近づけた。
時雨の右人差し指が藍里の口の端についた粒マスタードを掬い、そのまま自分の口に入れた。
その仕草に藍里はドキッとした。
「……付いてた」
時雨も藍里のことを見ていた。なんとも言えない空気感が二人の間に流れる。
さくらの職場の同じ系列先から引き抜きがあり、それが地元の岐阜の隣であった愛知県に移動することになった。
その会社の所長の妹がマンション経営をしていてそこの一室を紹介してくれたのだ。
5階建ての最上階角部屋。それもこれもさくらが仕事で可愛がられたから、とのことだが一階が某チェーン店のファミレスともあって夜まで良い言い方をすれば賑やかである。
築数もそれなりに経ってるが2LDKでトイレ風呂別と母の二人暮らしには贅沢ではある。あれやこれやらのワガママは言ってられない。
他にもこの2人にはとある事情があるからだ。
母娘2人で生活するようになったのもこの5、6年のことで、それまでは岐阜で父母娘という典型的な核家族で過ごしていた。
と言っても藍里の父親は正社員の仕事の傍ら趣味の演劇サークルの主催をし、なおかつ藍里自身も子役として小さい事務所に所属をして稽古やオーディションを受けていて、さくらはマネージャーとして駆け回っていた。
しかし家族でせっかく集まれたかと思うと父はさくらのやることなすこと全てを否定し、完璧にやってもアラを探してほじくり返すことをしているため、常に家庭の中はピリピリしている。怒られないよう、いびられないよう、さくらは耐え続けている姿を藍里は目の前で見ていた。
かと言って父は藍里に対しては優しく接していたのであったため、彼女はそこまで父のことは怖いとか嫌だとかは思っていなかった。
ただ、家族で集まるあの空気感が嫌いだった。
しかしそれは急に変わることになる。数日前から見知らぬ女性2人がやってきてさくらと話をしているのだ。
まだ小6であった藍里は何か深刻な話をしている、それだけはわかっていた。
その数日後。
「今から荷物まとめなさい。修学旅行で使ったキャリーケースに必要なものを、いい?」
藍里は突然そんなことを言われてもわからず、狼狽えている最中、さくらがキャリーケースを出して開き、藍里と共に荷物を入れた。
「ママはもう用意したからあんただけ。あ。それは要らないわよ。本当に必要なものだけ」
漫画本やぬいぐるみはすぐさまキャリーケースから捨てられた。
そしてキャリーケース以外にも普段使っているカバンに貴重品や通帳、他にももう一つ大きなカバンに下着類を詰め込まれて一時間で終わらせ、家から出て車に積んだ。
これは父がいない間の夕方に行われた。
藍里は訳もわからず車に乗る。ふとその時頭によぎったのは……清太郎のことだった。
それからは藍里は小4の頃から持たされていたスマホは使えなくなり、4年間見知らぬ土地……神奈川のとある社宅に身を寄せていた。さくらは仕事と離婚の手続きのために家を留守にすることが多かった。
父から娘だけでも、と藍里との面会要請もあったがさくらは拒否をした。
清太郎をはじめ、地元の友達とも連絡が取れない、越した先の中学校、高校では馴染めず友達ができなかった藍里。
だが父から離れ、一年で離婚が決まったあとのさくらは少し穏やかになっているのを見て良かったのか……と思うしかなかったのであった。
父といたさくらは表情は暗く、笑わず何か伺うような顔、藍里に対しても八つ当たりをしていたのだが今ではとても穏やかで、化粧もするようになって全く別人な女性になったことに藍里は驚いていた。
さらにさくらの仕事の関係で愛知に移り住み、ここ最近はもっと美しくなったことに気づいたのは同性だからなのか。
さくらはよく笑う、機嫌も良い。
藍里は一人で家にいることはもう慣れていた。勉強はできた彼女は新しい高校にテストで合格した。
制服の一式を学校のご厚意でいただき、真新しい制服に腕を通した。
母のさくらが変わったのなら自分も変わらなくては……姿見を前にそう誓った藍里だった。
そんな最中にさくらが帰ってきたのだ。
「帰ったよー」
声がいつもよりも明るい、それにも気づいた。
予感は的中した。さくらの横にとある男性が立っていたのだ。
「藍里、彼氏連れてきた」
にかっとさくらが笑う横にその若い男性も笑った。
藍里はその男性の微笑みにドキッとした。久しぶりの感覚、いや今までにない心臓の昂りに戸惑った。
その彼氏、時雨《しぐれ》くんとさくらに紹介されてから時雨くんと藍里も呼ぶ。
さくらよりも6歳年下で三十四歳、(藍里にとっては10いくつ近く上になる)背は藍里と同じくらいの166センチ。少し童顔で実年齢には見えないが最近の流行は知らないようで、その辺りが三十四歳だなと藍里は感じた。
なんと時雨がその日から一緒に住むことになったのだ。
今まで女二人の生活に見知らぬ若い男性。父親とも最近暮らしてないし、神奈川での転校先の学校では男子とも馴染めず、男性とろくに喋ることはしばらくなかった。
時雨はもともとは名古屋の料亭で働いていて、そこでさくらは出会って一目惚れして付き合うようになったとのことだが、その直後に料亭は経営不振で潰れて住み込みで働いていた時雨が宿なしになってしまったところをさくらが助けたのである。
もちろん時雨はさくらの部屋で寝起きする。しかししばらく仕事先が見つからず、なおかつさくらが仕事でいない時が多いため料理や家事が得意な時雨が受け持つことになり、お小遣い付きの家政夫として雇われたという形になったのでほぼ家に時雨がある状態。
つまり藍里はさくらよりも時雨と過ごす時間が多くなるというわけである。
かといいつつも藍里はさくらのことを援助するためにアパート階下にあるファミレスの厨房で働いてた。
ウエイトレスの可愛い服を着たかったがそれを横目に奥の厨房で夏休み中は皿洗いから始まり、夏休み終わる頃にはメニュー全て食べ尽くし、覚え、盛り付けや仕上げも任せられるようになるが、家事を手伝ったり料理はしたことが無く、あまり上手くいかず……夏休みは与えられた課題をするなどで受験前の高校2年生の夏休みは終わってしまった。
そんな藍里のそばには時雨は毎日いたし、昼のファミレスの賄い以外は時雨の料理を食べていた。
見た目も綺麗で、美味しい、そして手際良い彼の料理に藍里はすっかり胃袋を掴まれ、優しく微笑み勉強を教えてくれたり、愚痴を聞いてくれる時雨に心も掴まれていた。
でもあくまでも時雨はさくらの彼氏である。時間が不変動なさくらの仕事。
夜遅くに仕事して朝早く帰ってきて疲れて帰ってきた時、藍里はまだ寝ていたがドアの音で帰ってきたのはわかっていた。
少ししたあと、藍里はリビングに行く手前でドアノブを回すのをやめた。
リビングにさくらと時雨が2人でいる。時雨がさくらに甘えていた。それに応えるようにさくらも甘い声を出す。
昨晩、藍里と時雨二人でゲームして過ごして笑いあってたあのソファーでさくらと時雨は愛し合ってるのだ。
そこで藍里は時雨はさくらのものだ、と気付かされる。
部屋に戻って布団をかぶると心臓がバクバク言ってることに気づく。まだ藍里には男女の深い関係どころか甘い関係を経験したことはない。ドラマや映画、漫画でしか知らない。
そしてさくらがあんなに父に体を触られて拒絶していたのに今では時雨に体を許し、甘い声を出している、彼女も大人の女であるのかと。そして時雨のあの声も……聞いただけで何か身体の部分が熱くなる。
1時間経ってからそろそろいいかと藍里はわざとドアを音が鳴るように開けて足音も大きくリビングに向かう。まだ二人一緒だったら……。
「おはよう、藍里ちゃん。朝ご飯できてるよ」
屈託のない笑顔の時雨くん。ふとリビングのソファーを見る。二人はあそこで……なんぞ思いながらもダイニングの上に置いてあるホットドックとコーンスープとサラダ。
さくらと混ざり合った後に作ったのか、複雑な気持ちでまずコーンスープを飲む。
「ママは?」
「さくらさんは寝てるよ。今日もお昼まで寝てるらしい」
「そうなんだ。じゃあ起きたら私はいつもの時間に上がるよって言っといて」
「わかった。伝えとく」
と時雨もホットドッグを齧る。すこし粒マスタードの辛味が舌に来たが、今まで知らなかった時雨の大人の男な部分を知り、藍里は下の中はとても辛味と苦味が混ざる。
「辛かったかな……粒マスタード」
「……うん。でもこれがあるから美味しさ引き立つのかな」
「高二でこの美味しさ知っちゃったな」
ニカっと笑う時雨。そして何かに気づき、藍里の口元に指を近づけた。
時雨の右人差し指が藍里の口の端についた粒マスタードを掬い、そのまま自分の口に入れた。
その仕草に藍里はドキッとした。
「……付いてた」
時雨も藍里のことを見ていた。なんとも言えない空気感が二人の間に流れる。