あっという間に降誕祭学期の期末を迎えた。すべての授業が終了し、あとは降誕祭正餐をするばかりである。それが終わったら、二週間の休暇期間だ。
 夕方になると燕尾服に着替え、礼拝堂に向かう。ここで、聖歌隊の讃美歌を聴くのだ。毎年、ランハートは眠ってしまうので、注意しておかなければならないだろう。
 その前に、中庭にある降誕祭のツリーに、クーゲルと呼ばれる玉飾りを付けにいかなければならない。これは全生徒、毎年降誕祭正餐の前に各自で製作するものだ。
 これは降誕祭の賑やかな様子に誘われてやってくる悪魔を祓う意味があるらしい。さらに、ツリーの周辺には蝋燭を灯す。これは幸せを呼ぶ意味がある。
 つまり、降誕祭のツリーは悪魔をはね除け、幸せを呼ぶものなのだという。
 魔法学校にやってきてから、降誕祭のツリーに関する意味を知った。やたら、シーズンになると街中にあるな、とは思っていたが。
 親から子へ、語り継がれるものなのだろう。
 父よ、その辺の一般的な知識だけは教えてくれ、と心の中で訴えてしまった。

 今年はクーゲルの製作期とチキンの換羽シーズンと重なったので、抜けた羽根を玉飾りに付けてみた。
 チキンは『かっこよくなったちゅりね!』と大絶賛だったものの、どこか禍々しい呪いの道具のような仕上がりに思えてならない。
 まあ、これを見て悪魔がびっくりするかもしれない。魔除けとしてはありな見た目なのだろう。

 中庭へはランハートと一緒に行こうか。約束しているわけではないが、たぶんまだ付けに行っていないだろう。
 などと考えているところに、扉が叩かれる。

「誰?」
「俺だ」

 アドルフだった。以前、紅茶を振る舞ったとき以来の訪問である。
 扉を開くと、燕尾服姿のアドルフが立っていた。
 去年と違い、きっちり前髪を上げ、大人の紳士然とした様子でいる。
 少年期から彼を見ているが、ここ最近、ぐっと大人っぽくなった。
 身長も伸びているようで、今では見上げるくらい差が出ていた。

「アドルフ、どうかしたの?」
「一緒にクーゲルを付けに行こうと思って」
「実行委員の仕事はいいの?」
「もう終わった。あとは下級生がなんとかする」
「そうだったんだ」

 アドルフが燕尾服を着ているからだろうか。なんだか落ち着かない気持ちにさせてくれる。

「ランハートも誘っていい?」
「ダメだ」
「え?」
「ふたりで行こう」

 そう言って、アドルフは私の手を掴む。ちょうど、蝋燭とクーゲルは手にしていたので、そのまま出ても問題ない。けれども、私の手を握る力が少し強いような気がして、少し戸惑ってしまう。

 急ぎ足で廊下を歩いて行く。突然部屋を出たからか、チキンが慌てた様子で部屋から飛んで来た。私の肩に着地すると、羽根で胸を押さえ、ホッとひと息吐いている。

「アドルフ、自分で歩けるから、手を放して」
「こうしていないと、お前はランハート・フォン・レイダーのもとへふらふら行くだろうが」
「ふらふらって、浮気みたいに言わないでよ」

 アドルフは立ち止まり、ゆっくり振り返る。眉間に皺を寄せ、目をつり上がらせた世にも恐ろしい表情で私を見下ろす。
 
「ここ最近、俺が忙しいから、ランハート・フォン・レイダーとの仲を、深めていただろうが!」
「ランハートは元から友達だったし」

 ランハートと仲良くしているように見えたのは、例のお婆さん扱いをし始めたからだろう。最近は抗うのを止めて彼の好意を静かに受け入れていたので、余計にそう見えていたのかもしれない。

 なんだか、ランハートと私の仲に嫉妬しているように思えるのは気のせいだろうか?
 いや、気のせいではないだろう。

「アドルフは休憩時間のたびにいなくなっていたし」
「降誕祭正餐の実行委員の仕事を、隙間時間を利用し、やっていただけだ」
「それで、予習とか復習ができなくて、成績が下がったんだ」
「まあ、それもある」

 他の理由は何かと問いかけると、ボソボソと小さな声で話し始めた。

「リオニー嬢が、俺が忙しいだろうからって、手紙を控えるって送ってきたんだ。彼女からの手紙がないと、頑張れない」

 まさか、私の手紙がアドルフを奮い立たせる材料になっていたなんて。大した話はしていなかったのだが、アドルフにとって気分転換になっていたのかもしれない。

 ここでふと気付く。アドルフは熱心な様子で、グリンゼル地方へ恋文を送っていた。その返信は届かないのだろうか。

「アドルフ、その、グリンゼルの知り合いとは、文通はしていないの?」
「ああ、あの人とは――しない。いや、できない」

 どこか吐き捨てるような物言いに、違和感を覚える。
 それは愛しい相手に向ける言葉とはとても思えなかったのだ。
 ずっとずっと、アドルフが薔薇の花束と恋文を送っているのは、愛しい女性だと決めつけていた。けれども、もしかしたら違ったのだろうか? なんて考えていたらアドルフから鋭い指摘が入る。

「リオル、グリンゼルにいる知り合いについて、リオニー嬢から話を聞いていたのか?」
「あ! そう。姉上は、その、お喋りで。ごめん」

 しまった。この情報は婚約者でいるときに聞いた話だった。
 リオルのときでも以前より打ち解け、話すようになったため、どちらの状態で話を聞いたのか、すっかり失念していた。気を付けなければならない。
 ひとまず、アドルフの荒ぶった感情を鎮めるのが先だろう。
 おそらく、アドルフは私とランハートの親密な関係に、嫉妬している。
 ここで、ハッと気付いた。以前、アドルフは好敵手だった私と親友になりたいと話していたのだ。
 さっそく、打ち明けてみる。

「なんていうかさ、ランハートは友達なんだけれど、アドルフは親友って感じなんだよね」
「親友? ランハート・フォン・レイダーはただの友達で、俺は親友なのか?」
「そう!」

 すると、みるみるうちに眉間の皺が伸びていく。つり上がった目も、僅かに下がった。
 頬を淡く染め、口元を手で覆っていた。おそらく、嬉しくて微笑んでいるのだろう。
 どうやら、不機嫌は治ったらしい。作戦は大成功だった。

「アドルフ、クーゲルを飾りに行こうか」
「ランハート・フォン・レイダーを誘わなくてもいいのか?」
「アドルフがいればいいよ」

 そう答えると、アドルフは満面の笑みを浮かべる。
 見た目は大人っぽくなった彼だが、中身は以前のままだ。そのおかげで、緊張が解けたように思える。

 アドルフと共に、降誕祭のツリーにクーゲルを飾りに行ったのだった。  

 中庭にはすでに、多くの生徒達が行き交い、クーゲルをもみの木に飾り、蝋燭に火を点けて立てていた。私達も手早く行う。

「リオル、知っているか? この降誕祭のツリーに願いをかけると、いつか叶うと言われているんだ」
「へえ、そうなんだ」

 そういう話はまったく把握していなかった。そういえば、よくよく周囲を見てみると、手と手を合わせて何やらお祈りしている生徒が数名いた。

「アドルフ、僕達も何かお願いをしてみようよ」
「ああ、そうだな」

 それから、しばし祈りの時間となる。私は〝これからもアドルフが笑顔で楽しく暮らせますように〟と願った。目を開けると、アドルフは何やら熱心に祈っている。私の倍以上、願い事をしているのではないか。
 その様子を眺めていたら、瞼を開いたアドルフと目が合ってしまった。

「な、なんで俺を見ていたんだ!?」
「願い事が長いと思って」
「長くない!」

 頬を真っ赤に染め、必死の形相で言葉を返す。
 もしかしたら、想い人について何か願っていたのかもしれない。そういうふうに考えると、胸が苦しくなる。油が切れたゼンマイ仕掛けの玩具みたいに、心がキーキーと悲鳴をあげているような気がした。

「お前とリオニー嬢が健やかに暮らせますように、と願っていた。ふたり分だから、時間がかかっただけだ!」
「僕と……姉上について願ってくれたの?」
「そうだと言っているだろうが」
「アドルフ、ありがとう」
「素直に感謝するな。恥ずかしくなるだろうが」

 アドルフは耳まで真っ赤にさせつつ、そっぽを向く。
 奇しくも、私達は互いを思って願っていたようだ。
 アドルフの願いはどうせ想い人についてだろう、と勝手に決めつけていた自分が恥ずかしい。

「リオル、お前は何を願ったんだ?」
「秘密」
「は!? 俺だけ言うのは公平ではない気がするのだが」
「願いは僕が聞き出したわけじゃないのに、アドルフが言い出したんじゃないか」
「それはそうだが……わかった。どうせ、卒業するまで、試験で俺に勝てますように、とか願ったんだろう?」
「それは自分で叶えるつもりだから」
「お前は、なんて自信家なんだ!」

 アドルフの追及から逃れるため、走って礼拝堂を目指す。アドルフよりも背が低くて体が小さいので、小回りを活かして生徒を避けつつ、彼との距離を稼いだ。
 結果、私は逃げ切り、静かにしていないといけない礼拝堂まで辿り着いたのだった。

 アドルフは私の隣に座り、そのまま讃美歌に耳を傾ける。どうやら、私を逃がすつもりはないらしい。
 終演後、祝福の蝋燭とシュトレンが配布される。
 その後、願い事について追及を受けるのかと思いきや、アドルフは「寮に戻るぞ」と言うばかり。

 礼拝堂を出てきた瞬間、アドルフは取り巻き達に囲まれる。

「あの、アドルフ、正餐会は一緒だよな?」
「いや、お前達は好き好きに参加するといい。俺はリオルと一緒にいるから」

 毎年、彼は取り巻きに囲まれて正餐会に参加していたが、今年は誘いを断るようだ。というか、勝手に私と参加することに決定していた。

 何か言いたげな取り巻き達を無視し、アドルフは踵を返す。
 その瞬間、私は取り巻き達にジロリと睨まれていた。
 アドルフと行動を共にする私が憎たらしいのだろう。

「リオル、来い!」

 そう声がかかるや否や、取り巻き達は憎しみがこもった視線を泳がせる。なんともわかりやすい奴らだ。
 長いものに巻かれるタイプである私は、アドルフのあとに続いた。

 食堂には降誕祭のごちそうがすでに用意されていた。
 定番である七面鳥の丸焼きに、ジャガイモや芽キャベツのオーブン焼き、鮭や海老のカナッペ、キノコのミルクスープなど、このシーズンにしか食べられない料理が並んでいた。
 アドルフがどこに座ろうかと悩んでいる間に、ランハートがやってくる。

「リオル! お前、どこにいたんだよ。俺、讃美歌の途中で眠っちゃって、先生に注意されたんだぞ」

 その言葉を聞いたアドルフはランハートを振り返り、一言物申す。

「讃美歌の最中に眠る奴が悪い」
「あ、アドルフ。そこにいたんだ」
「悪いか?」
「いや、悪くないけれど」

 なんというか、タイミングが完全に悪かったようだ。取り巻き達に絡まれたアドルフは、少しご機嫌斜めなのかもしれない。

「リオル、あっちで食べようぜ。みんな待っているから」
「ランハート・フォン・レイダー、残念ながら、リオルは俺と先約済みだ」
「へ、そうなの!?」

 ランハートは驚いた表情で私を見つめる。約束した記憶はないが、いつの間にかそういう流れになっていたのだ。
 降誕祭の正餐会は毎年ランハートと一緒だった。最後の最後で、アドルフと過ごすことになるとは、夢にも思っていなかったのである。

「えーっと、ランハート、そういうことだから」
「今年もリオルに芽キャベツを食べてもらおうと思っていたのに」

 ランハートは芽キャベツが苦手で、私は大好物だった。そのため、毎年分けてもらっていたのだが。今年は頑張ってランハート自身が食べるしかないようだ。

 アドルフは「好き嫌いをするな。食材のすべてに感謝しろ」とまっとうな一言でランハートを黙らせ、私を席に誘う。

 そんな感じで、正餐会が始まったのだった。
 今年も、魔法学校の正餐会の料理は絶品だった。前菜を食べている間に、料理人が丁寧に七面鳥を切り分けてくれるのだが、ナイフを入れただけで脂がジュワッと滴ってくる。
 肉には特製のグレイビーソースがたっぷりかけられ、付け合わせのジャガイモと芽キャベツが添えられる。
 芽キャベツにグレイビーソースをかけたものが最高においしいのだ。
 食後のデザートはプティングである。
 ドライフルーツとオートミールが入った濃厚なケーキで、非常に食べ応えがあるひと品だ。お腹いっぱいなのに、プティングは不思議と平らげてしまうのである。
 正餐会が終わると、談話室にケーキやクッキー、ジュースなどが用意され、皆で盛り上がることが許されていた。消灯時間も、普段より二時間遅くなっている。

「リオル、今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかった」
「こちらこそ」

 まさか、殊勝な態度でお礼を言われるとは、夢にも思っていなかった。

「ランハートの誘いを断ってしまって、悪かったな」
「いや、いいよ。二年間、ランハートとは一緒だったし」

 アドルフはこれから実家に帰るという。
 正餐会が終わった瞬間から、帰宅が許可されているのだ。

「お前は友達と談話室で楽しんでくるといい」
「うん、ありがとう」

 アドルフと別れ、私は談話室にいたランハートと落ち合う。

「リオル、よかった! アドルフから解放してもらったんだ」
「まあね」

 ランハートはぐっと接近し、私にしか聞こえないような声で問いかけてくる。

「あいつ、お前の正体がわかっていて、あんなふうに牽制してきたわけじゃないよな?」
「たぶん」

 アドルフは婚約者である私には勝手に触れないし、乱暴な物言いはしない。あれはリオルだと思っている私にのみ見せる態度だ。

「俺にリオルを取られたくないから、あんなことをしてきたんだな」
「ランハート、ごめん」
「いや、いいよ。俺もリオルに甘えすぎていたところがあったし」

 ランハートは急に真顔になって、問いかけてくる。

「ああいうふうに、アドルフから付きまとわれるの、嫌じゃない?」
「いや、別に。平気だよ」
「だったらよかった」

 私が嫌だと言ったら、今後は助ける決意を固めていたらしい。ロンリンギア公爵家の嫡男に刃向かえる覚悟があるなんて勇敢だ。

「ランハート、ありがとう。僕は大丈夫だから」
「お前の大丈夫は信用できないんだよなー」
「信じてよ」

 ランハートはにかっと微笑み、お菓子が並べられたテーブルのほうへ行ってしまった。

「リオルも来いよ。菓子、すぐになくなるから」

 テーブルには降誕祭の日に食べられるお菓子が山のように盛り付けられていた。これが二時間でなくなってしまうので、男子生徒の食欲は侮れない。
 ドライフルーツがたっぷり詰まったミンスパイに、生姜を利かせたジンジャークッキー、バターケーキにキャラメルパイなどなど、胃もたれしそうなほど甘いお菓子の数々である。カップケーキには赤や緑、黄色などの派手な色合いのクリームが絞られていた。
 炭酸入りのジュースも、普段は売店に売っていないので、皆嬉しそうに飲んでいる。
 私はランハートが持ってきてくれたミンスパイを囓った。魔法学校の寮母特製のミンスパイは、ナッツが入っていて、食感がザクザクでおいしい。
 魔法学校の最後の降誕祭を、私はしっかり堪能したのだった。