アドルフが採取用の瓶を持ってきていたので、そこに大黒貝を入れる。
 塩水に浸けておくと、さらなる泥抜きの効果があるらしい。池の番人から塩を分けてもらい、瓶にさらさらと入れておく。
 魚エリアにいた教師が大黒貝を見て「それが大正解だ」と言っていた。

「実を言えば、ここの池で一番おいしいのは大黒貝だ。池の魚は泥臭くて食べられるもんじゃない。塩水でしっかり泥抜きしておけば、極上の味わいになる」

 これから池の魚料理を食べさせられる教師を思うと、なんとも切なくなる。
 生徒たちは良家の子息ばかりで、調理なんて知っているわけがない。きっとシンプルに焼いただけの魚を出してくるのだろう。
 泥抜きしていない魚を食べさせられるなんて、想像しただけでもゾッとしてしまった。 心の中で教師にエールを送りつつ、魚エリアを離れる。

 木の実エリア、キノコエリア、魚エリアと順調に素材とスタンプを集めていく。
 近くにある狩猟エリアを飛ばし、森菜エリアにやってきた。
 森菜というのは、森に自生する野菜のような植物である。
 ここでは野草人参(やそうにんじん)に小玉葱(こたまねぎ)、キャベツ草を発見。スープの材料にするために取っておく。
 教師のスタンプを貰い、森菜エリアは制覇した。
 天然水エリアは狩猟エリアの帰り道にある。そのため、最後に回した。
 狩猟エリアに到着する。ここは囲いの中にあった。
 猟場管理人から猟銃と獲物を入れる麻袋を借り、猟犬はフェンリルがいるという理由で断っていた。
 狩猟小屋で待機していたスタンプ係の教師から、このエリアについての説明を受ける。


「ここは熊や大角鹿といった大型の獲物はいない。けれども、絶対に安全とは言い難い。決して油断はしないように」

 教師の話が終わったら、狩猟エリアへ足を踏み入れる。
 猟に使う散弾銃を使うのは一年ぶりくらいか。二学年のときに狩猟の講習があり、校外授業として狩りをしたのだ。
 小型の獲物を狙うときは、この散弾銃を使う。
 散弾銃は一発で多数の弾を飛ばす銃で、素早い小型の獲物を仕留めるのに適している。
 散弾銃で大型の獲物を仕留めるのは至難の業と言えるものの、弾が散らない一発弾(スラッグ)というものがあり、これを散弾銃で使えば大型の獲物を仕留められるのだ。
 大型を専門に狙うときは、威力が強いライフル銃を使う。これは熟達した猟師向けの装備である。
 他にも、空気銃とよばれる物もある。これは制止している小型動物を狙うのに適している銃だ。
 空気銃の使い方も習ったが、数撃ちゃ当たる戦法で、散弾銃を選んだ。
 アドルフと共に散弾銃を手に、狩猟エリアを進んでいく。
 ひとまず、獣の臭いをフェンリルに探ってもらっていた。
 フェンリルはアナグマの臭いを知らないので、ピンポイントで探すのは難しいだろうが。
 フェンリルにはウサギやイノシシでない、小型動物の臭いを探るようにとアドルフが命じている。知能が高いので、アドルフの言うことは理解しているらしい。
 大きなフェンリルは威圧感があるものの、姿勢を低くし、くんくんと地面の臭いをかぐ姿は完全に犬だった。

「リオル、アナグマはどういうところにいるのだ?」
「名前のとおり、穴を掘って暮らしているんだけれど」

 巣穴は草木に紛れて発見しにくい。目視で発見するのは無理だろう。

「エルガーがアナグマの臭いを知っていたら、すぐに発見できたんだけどな」
「アナグマは諦めて、ウサギにする?」
「いいや、まだ諦めたくない」

 一時間ほど探し回っただろうか。アナグマは発見できないまま、時間だけが過ぎていく。
 あと一時間半ほどで、森の外に出ないといけない。天然水エリアに立ち寄ることと入り口まで戻る余裕を考えたら、ここで使えるのはあと三十分くらいだろう。

「ねえ、アドルフ。やっぱり――」
『ふわーー、よく寝たちゅり!』

 私のポケットの中で眠っていたチキンが、もぞもぞと出てくる。

『ん? 今、何をしているんでちゅり?』
「アナグマの巣を探しているの。でも、なかなか見つからなくて」
『だったら、ちゅりが探してくるちゅり!』
「え?」

 どうやるのかと聞いたら、上空から探すという。なんでもチキンは視力がとてつもなくいいらしい。初耳である。
 寝起きのチキンだが、力強い飛翔で天高く昇っていく。
 しばし飛び回っていたが、戻ってきた。

『アナグマの巣、あったちゅり!』
「発見できたんだ」

 木々が入り組んでいる場所にあるようで、フェンリルは入れないという。

「では、エルガーはここで待機させておこう」

 フェンリルは耳をぺたんと伏せ、しょんぼりした様子を見せていた。
 こんな反応を見たら、可愛いかも、と思ってしまう。

「リオル、行こうか」
「うん」

 歩くこと五分、アナグマの巣らしき穴を発見した。

『あっちが入り口、そっちが出口でちゅり』
「チキン、巣穴に入って、アナグマを出口に誘導できる?」
『任せるちゅり!』


 チキンが入り口からアナグマの巣に入り、追いやってくれるという。私とアドルフは出てきたアナグマを散弾銃で仕留めるのだ。

『では、いくちゅりよ!』

 これまで寝ていた使い魔とは思えない頼もしさであった。
 チキンが巣穴に入るのと同時に、私とアドルフは銃を巣穴の出口に向けた。
 待つこと三分ほど。地中で大騒ぎとなっているのか、わずかな震動を感じた。
 ここで、チキンの声が聞こえる。

『今でちゅり!!』

 次の瞬間には、アナグマが巣から飛び出してきた。
 私とアドルフは同時に|引き金(トリガー)を引く。パシュという銃声と共に、弾が撃ち出される。
 見事、弾がアナグマに命中した。

「アドルフの弾が当たった?」
「いや、リオルのやつだった」

 ただでさえ散るタイプの弾だったのに、自分のと私のを見分けるなんて。どんな動体視力の持ち主だと聞きたくなってしまう。

 アドルフは獲物を回収し、袋の中に入れる。

「若いメスみたいだ」
「だったらおいしいかも」

 チキンが土だらけになって戻ってくる。

『どうだったちゅりか?』
「いい獲物を仕留めたよ」
『よかったちゅり!』

 ひとまずチキンの土を払い、ハンカチで拭ってあげる。バンガローに戻ったら、水浴びさせてあげたい。

「よし、リオル、戻ろうか」
「そうだね」

 ちょうど三十分で戻ってこられた。教師はアナグマを仕留めた私たちを評価してくれた。

「夜行性のアナグマを、よく捕まえられたな」
「使い魔の活躍があって」
「そうか、そうか」

 狩猟エリアのスタンプを貰うと、急いで天然水エリアに向かう。革袋の水筒に水を確保し、スタンプを得た。これで、すべてのスタンプが集まったわけである。
 私とアドルフは時間内に森を脱出した。
 森の出入り口にいた教師に、スタンプを押した地図を提出した。

「よしよし。時間内に戻ってきたな。スタンプも――全部ある」

 私たちで最後だったらしい。他の生徒たちはすでに戻ってきたという。

「皆、首席と次席コンビに勝ったなんて言っていたがな。これは速さを競うものではないのに」

 たしかに。食材の状態や品質を見て評価するという話だったので、速さで私たちに勝ったつもりになるのは間違いだろう。

「これが報酬だ」

 スタンプをすべて集めた者のみ手に入れられるのは、湖で使えるボート券だった。
 手渡されたものには、〝スワンボート券〟と書いてある。

「え、スワンボートって何?」
「リオル、お前、スワンボートを知らないのか?」

 アドルフは驚愕の表情で私を見つめる。

「知らない。初めて聞いたんだけれど」
「スワンボートは、去年、湖水地方に取り入れられた、白鳥型のボートだ。愛らしいと評判で、女性陣に人気が高いらしい」
「へー、そうなんだ。詳しいね」
「まあな。明日、リオニー嬢を誘うつもりだったから」

 その話を盗み聞きしていた教師が、一言物申す。

「おい、明日はスワンボート券は販売されないぞ。生徒に配布したからな」
「な、なんだと!?」

 教師相手に目をくわっと見開き、凄み顔で睨みつける。その迫力に、教師すらたじろいでいた。

「そうか。追加購入はできないのか……」

 アドルフはしょんぼりしていた。よほど、スワンボートに乗りたかったのか。
 
「だったらこれ、僕の分をアドルフにあげる。これで、姉上とスワンボートに乗ってくればいいよ」
「リオル、いいのか?」
「いいよ」

 リオルとリオニーはどちらも私なので、まったくもって問題ない。
 アドルフは何を思ったのか、スワンボート券ごと私の手を握る。

「リオル、この恩はかならず返す!」
「わかった。わかったから、手を離して」

 思いのほか、アドルフの手は大きくてごつごつしている。
 以前、リオニーとして会っているときに、手と手を触れ合ったことはあった。けれどもこうして素手に触れたのは初めてだったのだ。
 彼も十八歳。世間的には成人男性なのである。入学時の少年のようなイメージが強いため、びっくりしてしまったのかもしれない。
 突然の行動に戸惑ってしまったが、アドルフに恩を売れたので、まあよしとしよう。

 魔法学校の教師陣たちが集まる用地(サイト)に行き、食材のチェックをしてもらう。

「うん、うん……生食可能なベリー類に、キノコ、大黒貝、森菜に獲物はアナグマ! 食べられない食材はひとつもない。合格だ」

 全生徒の中で、アナグマを仕留めたのは私たちだけだったようだ。

「本当に素晴らしい! 集めた食材だけであれば、君たちがトップだ!」

 アドルフと顔を見合わせ、ハイタッチする。ただ、このあとに調理とレポートの提出がある。まだまだ油断できない。

「アナグマは魔法生物学の先生に解体してもらうように」

 指さされたテントに向かうと、中から魔法生物学の教師が顔を覗かせる。
 続けて、使い魔であるアライグマ妖精が出てきた。彼らにも血が付着していた。
 ひとりではなく、使い魔の手を借りて解体をしていたようだ。

「あ、アナグマですね!! 今日、初めてです!!」

 白衣をまとっていたのだが、全身血まみれだった。三学年、全生徒分の獲物を解体していたら、そうなるのも無理はないのかもしれない。

 魔法生物学の教師は精霊や妖精が好きなのかと思えば、生き物全般を愛しているらしい。

「ああ、そうそう。秋に獲れるアナグマの皮下脂肪は分厚くて。ああ、きれいだな。この脂肪で冬を越すんだ」

 解体しながらボソボソ呟いているが、真面目に聞かなくてもいい内容だろう。ナイフを握って解体しつつ話す様子は、かなり不気味だった。魔法学校の教師は、変わり者が多い。改めて思ってしまう。
 魔法生物学の教師は使い魔の手を借りつつ、部位ごとに切り分けてくれた。
 比較的大きな個体だったので、可食部位は思っていたよりもあった。
 骨はスープに使うので、肉とは別に取り分けてもらう。

「あ、あの、毛皮や眼球、脳みそ、内臓はいりますか?」

 私とアドルフは、同時に首を横に振ったのだった。
 あとは、これを調理するだけである。

 バンガロー利用者専用の野外調理場では、すでに多くの生徒が調理を開始していた。
 あるところでは大きな火が立ち上り、あるところでは焦げた臭いが漂う。
 ぎゃー! という悲鳴も聞こえ、この場は混沌と化していた。
 異様な空気に、アドルフは信じがたいと言わんばかりの表情を浮かべていた。

「リオル、料理は悲鳴をあげながらするものなのか?」
「違うと思う」

 手順と火加減さえ守っていたら、あのように悲鳴を上げることもない。そう伝えると、アドルフは安堵の表情を浮かべていた。
 そろそろ太陽が傾きかける時間帯である。急いで調理しなければならないだろう。
 使っていない調理場に食材を広げていく。

「俺は何をすればいい?」
「アドルフは窯に火を作っていて」

 もちろん、魔法で火を点す。魔力を制御し、一定の力で火魔法を常時展開させるのは至難の業だ。けれども、実用魔法の成績が常に一位だったアドルフにとっては簡単なことだろう。
 私は調理道具を借りに行く。さまざまな種類の鍋が用意されていたが、その中にあった魔石圧力鍋を手に取った。
 これは時間がかかる煮込み料理を短時間で作る、すぐれた魔技巧品だ。他に、ボウルやまな板、包丁などをかき集める。必要最小限の調味料も置いてあり、ありがたく使わせてもらう。
 両手に調理道具を抱えた状態で、アドルフのもとへ戻った。

「リオル、火加減はこれでどうだ?」

 窯の中で、炎がゴウゴウと巻き上がっている。

「えっと、それの三分の一以下の火力でお願い」
「わかった」

 皆、こんな感じのテンションで調理していたのだろう。悲鳴が上がるのも無理はなかった。