私、リオニー・フォン・ヴァイグブルグが生まれて十九年、今日という日がもっとも最悪だと言えるだろう。
 なぜかと言えば、人生最大のライバルにして、犬猿の仲である男アドルフ・フォン・ロンリンギアとの婚約が決まった日だから。

 現在、私は弟の代わりに男装して魔法学校に通っているという極めて特殊な状況に身を置いている。そんな中、アドルフは私が扮する弟リオルを激しく毛嫌いしているのだ。

 そんな相手の姉との結婚を、なぜ承諾したのか?
 彼は国内で四大貴族と呼ばれるロンリンギア公爵家の嫡男で、次期当主でもあるのだ。
 一方で、私はヴァイグブルグ伯爵家の出身で、家格はそこまで高くない。歴史だけは無駄にあるが、祖父の賭博癖のせいで財産はほぼないという一時期は没落しかけた家だったというのに……。
 アドルフには大勢の婚約者候補がいて、隣国の王女からも熱い手紙を受け取った、なんて噂も流れていたくらいだ。
 わからない。彼が考えていることが、まったくわからなかった。

 頭を抱えているところに、アドルフがやってくる。いったいどんな顔で私の前に現れるというのか。
 きっと私の顔を見るなり、「お前を愛するつもりはない」などと宣言するに違いない。
 そう思っていたのに、アドルフは想定外の行動にでる。

 アドルフ・フォン・ロンリンギア――大鴉(レイヴン)みたいな艶やかな黒い髪に、海のように青い瞳を持つ、認めたくないけれど美しい男。
 そんな彼がフリージアの花束を抱え、私の前に現れたのだった。

「リオニー嬢、はじめまして」

 あろうことかアドルフは淡く微笑み、花束を差し出してきた。
 まるで貴公子のようである。

 ――え、誰?

 魔法学校で彼が見せた、憎たらしい微笑みとはまったく異なる。
 甘い顔をして近づき、何か計画を遂行するつもりなのだろうか。
 目的がわからず、混乱状態となる。

「卒業後、父から儀礼称号(カートシー・タイトル)を授かるようになっている。結婚はそのタイミングがいいだろう」
「!?」

 アドルフとの結婚という現実を突きつけられ、全身に鳥肌が立つ。
 傲慢で、我が儘で、自分勝手――そんな男との結婚なんて我慢できない。
 きっと、結婚したらいじめ倒すに違いないだろう。
 どうにかして、この結婚は破談にしないといけない。でないと、私の夢も叶わないだろうから。

 と、その前に、なぜ私を婚約者に決めたのか尋ねてみる。

「あの、アドルフ様」
「アドルフでいい」
「えっと……アドルフ。あなた様は引く手あまたな男性かと思っているのですが、なぜわたくしを婚約者に選んだのでしょうか?」
「それは――」 

 質問を投げかけた瞬間、みるみるうちに顔が赤くなっていく。顔を逸らしたので、耳まで真っ赤なことに気づいてしまった。
 反応を目にした瞬間、すべてを理解する。
 アドルフにはきっと、好きな女性がいるのだ。間違いないだろう。
 彼は週末になると赤い薔薇を注文し、丁寧に認めた手紙と共に誰かに贈っていた、という噂話を耳にしたことがある。
 ずっと謎だったが、彼には長い間想いを寄せる相手がいたのだ。
 その女性は結婚できるような相手ではないので、愛人として迎えようと考えていたのかもしれない。
 そして結婚相手には、愛人がいても文句が言えないような格下の家系の娘を娶ろうと決めたのだ。

 すべて合致がいった。
 彼の思い通りにはさせない。この結婚は、絶対に破談にしてやる。
 そう強く心に誓ったのだった。 

 そもそもなぜ、弟の代わりに男装までして魔法学校に通っているのか。それについては、弟と私の〝利害の一致〟について話さないといけない。

 かつてのヴァイグブルグ伯爵家はそこそこ裕福な家で、それなりに豊かな暮らしをしていたらしい。
 それがひっくり返ったのは祖父の代である。賭博で財産を使い果たしただけでなく、借金までこしらえたのだ。
 次代の当主となった父は、見かけるたびに苦悶の表情でいた。
 ヴァイグブルグ伯爵家は古い魔法使いの家系だったが、祖父は大事な一子相伝の特異魔法でさえ、賭けで失っている。
 そのため、国家魔法師である父は王宮で肩身が狭い思いをしていたらしい。
 爵位とともに借金の返済義務を請け負った父は、それはそれは苦労した。没落寸前のヴァイグブルグ伯爵家の当主である父の婚約者になりたい女性なんか見つかるわけもなく、ようやく結婚できたのは四十を超えてからだった。
 若くして亡くなった母は、慈善活動を行うのが趣味だった。父と結婚したのも慈善活動の一環だったのかもしれない。なんて話を父は話していた。
 そんな父や私たちの状況がひっくり返る。引きこもりで魔法にしか興味がない弟リオルが、独自の魔法を開発し、特許を取ったのだ。
 父が二十年もの間返しきれなかった借金をたった一ヶ月で返済し、我が家はみるみるうちに裕福な家となる。失った特異魔法も取り返したのだ。
 その偉業を、リオルは十三歳の若さでやってのけた。
 リオルは私よりひとつ年下だったが、間違いなく天才である。幼少期は同じように魔法を習っていたのに、理解の早さがまるで違っていた。
 
 弟は魔法の研究以外のことにはまったく興味がないようで、特許の名義も父になっている。入ってくる特許料も、魔法書や研究素材に使う以外は消費しない。そのため、ヴァイグブルグ伯爵家の財政は潤っていった。

 父は私が結婚できるのか心配だったようだが、弟のおかげで持参金ができたと喜んでいた。
 社交界デビューを迎えた私だったが、なんと、誰も結婚を申し込んでこなかったわけである。父も数名結婚の打診をしたようだが、すべてお断り。
 なんでも急に財産を築いたので、成金貴族の仲間入りを果たしていたらしい。
 派手な生活はいっさいしていなかったのだが。
 それでも私は気にしていなかった。かつての大叔母もそうだったから。
 大叔母は賭博で借金を作った祖父のせいで、婚約破棄されたのだ。それ以降、彼女は結婚に執着せず、魔法の研究に没頭。
 彼女が作りだした魔法は〝輝跡(きせき)の魔法〟と呼ばれており、見る者を楽しませる光や火花などを作り出すものだった。
 輝跡の魔法によって作り出された花火や流れ星は、舞台の演出やパーティーなどで今も愛されている。
 美しい魔法を操る大叔母は、私にとって憧れだったのだ。
 社交界デビューの晩も、居場所がなくて庭をうろつこうとしていたら、誰かが輝跡の魔法の一種である〝星降り〟をバルコニーから降らせていた。とても美しい魔法だったのだ。
 そのおかげで、社交界デビューの思い出は悪いものではなかった。
 輝跡の魔法は、人々を幸せにしてくれる。いつか私も大叔母のように、美しい魔法を作りたい。そのためには、魔法をもっともっと学びたかった。
 けれども、女性貴族が通う魔法学校はないのである。
 その理由は、貴族女性の結婚適齢期が十六から十九歳までで、学校なんかに通っている暇なんてないから。
 なんとも腹立たしい気持ちになるものの、古くからの習慣なので、意見するなんて許されるわけがない。

 そんな事情があり、魔法学校に通うのは弟リオルだけである。
 羨ましいを通り越して妬ましい。そんな思いを抱く中、リオルが信じがたい発言をする。

「魔法学校? そんな子ども騙しの場所になんて行きたくないんだけれど」
「な、何をおっしゃっていますの!?」
「魔法学校なんて行きたくないって言っているの」

 当然、私は怒った。
 王都にある〝アダマント魔法学校〟は魔法の知識だけでなく、貴顕(きけん)紳士を育成する場だ。
 全寮制で、すべての生徒は親元を離れ、独立した生活を経験する。
 そんな歴史ある魔法学校には、すべての子どもが入学できるわけではない。
 まず、出生届と共に入学を希望し、選別が行われる。
 今は親が魔法学校を卒業した者でないと許可が下りないのだ。
 つまり、リオルが魔法学校の入学を拒否したら、次代のヴァイグブルグ伯爵家の子どもはアダマント魔法学校に通えない。
 父もリオルを説得したが、聞く耳なんて持たなかった。

「わたくしは魔法学校なんて、男装してでも通いたいのに!」
「そうすればいいじゃん」

 リオルの返しに、目が点となる。

「僕は魔法学校に通いたくない。でも、姉上は魔法学校に通いたい。だったら姉上が僕に変装して魔法学校に通えばいい。見事な利害の一致じゃないか」
「で、でも、そんなことが許されるわけがありませんわ」

 ちらりと父親の顔を見る。腕を組み、眉間に皺を寄せていた。
 きっと大反対するだろう。そう思っていたが――。

「リオルがそう言うのならば、致し方ない。リオニー、お前が魔法学校に通うんだ」

 まさかの許可が出たわけである。