夏葉とは、驚くぐらい気が合った。気を遣わなくても、気を張らなくても、自然体で一緒にいれる存在。

私は、いつも夏葉と一緒にいるようになった。移動教室のとき、体育の時間、そして昼休み。女子グループから離脱した者同士、クラスにいると冷たい視線を感じることもあったけれど、夏葉がいれば怖くなかった。

夏葉と仲良くなった日から、私は昼休みに文芸部の部室に行くことがめっきりなくなった。だから、小瀬川くんとの接点もなくなった。

光が退院したから、病院近くのカフェの前を通ることもなくて、バイト中の彼を見かけることもなくなる。

でも、斜めうしろの窓際にいる彼の存在は、教室でいつも意識していた。

相変わらず、小瀬川くんは誰ともつるまず、ひとり気だるげに授業を受けている。

登校はギリギリだし、休み時間はどこかに行ってしまうし、バイトがあるせいか下校は誰よりも早い。意識しているのは私だけで、彼の方は、私のことなんてどうでもよさそう。

きっと毎日忙しい彼は、私と過ごした些細な日々のことなんて、忘れてしまっているのだろう。

そう思うと、ほんの少しだけ、寂しさが芽生えた。


六月に入り、シャツネクタイから、夏服に切り替わった。

水色の半そでシャツが溢れている教室は、澄んだ青空を連想させた。まるで、ひと足先に夏が来たかのよう。窓の外を見れば、緑葉の揺らぐ木々の上空には、灰色の雲が立ち込めていた。梅雨入りも、あともう少しなのかもしれない。

ある日の、ホームルーム。

「えー、じゃあ、十月にある文化祭の委員を決めるから。男女ひとりずつな」

そう言って、今日もジャージ姿の増村先生が、黒板に“文化祭実行委員”とチョークで書き連ねた。

「主な仕事内容は、文化祭の出し物の総括だ。出し物決めから、人の割り振り、物品の調達、予算の管理など、仕事はいくらでもある。やりがいのある委員だぞ。ザ・青春の一ページだ。やりたい人は手を上げて」

お得意の決めゼリフ、“青春の一ページ”を、どうだと言わんばかりに声高に言い切った、増村先生。クラス中が、シーンと、若干引き気味に静まり返る。

このクラスは、あまりそういうことに乗り気なクラスじゃないみたい。こういう委員みたいなのは、“率先してやる人”と、“誰かがやってくれるだろうと思っている人”に二分される。どうやらこのクラスには、後者が集まってしまったみたい。正真正銘そういう私も『誰かやってくれないかな』のスタンスで、小・中とすり抜けてきた、やる気のないタイプだけど。

「あれ? やりたい人、いないのか? 青春のいい思い出になるぞー」

あいにく先生がいうところの“青春”まっただ中にいるらしい私たちは、思い出目線では現状を見ることができない。目の前の面倒ごとが、ただ増えるだけだ。

「どうしたー? 立候補が無理なら、推薦でもいいからな」

先生が、焦れたように黒板をチョークでコツコツと叩いたそのとき。

「先生」

教卓の前の席の美織が、勢いよく手を上げた。

「水田さんがいいと思います。向いてると思います」

うつむいていた私は、驚いてガバッと顔を上げた。

姿勢よく黒板に顔を向けている美織の顔は、私からは見えない。推薦しておきながら、美織も私を振り返ろうともしない。だけど、まるで申し合わせたみたいに、女子たちから次々「賛成~」の声が上がっている。

続けて、どこからともなくクスクスと小馬鹿にしたような女子たちの笑いが漏れた。恐る恐る顔を上げれば、杏や、夏葉と同じグループだった子たちが、こちらに含んだような視線を注いでいる。

その瞬間、私は気づいた。これは私に対する嫌がらせだ。

美織と杏は、私のことをよく思っていない。夏葉と同じグループだった子たちも、そうみたいだった。もしかしたら、夏葉を奪われたと思っているのかもしれない。

「あー、水田かー……」

私の家庭の事情を知っている増村先生は、困ったように頭を掻いた。家事をしたり、光の面倒をみたりしないといけない私は、放課後長くは残れない。それに、光がまた入院にでもなったら、たとえ文化祭直前であろうと、クラスのことに没頭できなくなる。

だけど、私が委員をできない理由を話せば、必然的にうちの家庭事情についても話さないといけなくなる。私がそれをクラスメイトに知られたくないことに、多分増村先生は気づいている。だから、困ったようにずっと唸っていた。
そんな先生を見ていたら、心底申し訳なくなる。

それに、このままの状態が続くのは、耐えられなかった。

だってこの雰囲気、まるでいじめられてるみたいじゃないか。

私はいじめられているわけじゃない。そんなみじめな人間じゃない。

普通の、ただの目立たない、人付き合いの悪い女子なだけ――。

「――先生、私やります」

意を決してそう言うと、先生が困惑の表情を私に向けた。

「でも、大丈夫か?」

「大丈夫です、できます」

もう一度念を押すように言うと、先生はようやく納得したように「そうか。困ったときはなんでも相談しろ」と言ってくれた。

「じゃあ、女子は決まりだな。男子は推薦ないか?」

クラス中の男子が、一斉に下を向いた。

そりゃそうだ。面倒な仕事なうえに、相方は女子たちからハブにされてる女子だなんて、誰だって嫌だろう。

だけどそんな中、突如「お?」と増村先生が声をあげ、教室の後方を見た。

「小瀬川。やるのか?」

「――はい」