「そういえば、幽霊くんはお風呂入る?」
彼女は洗った皿を軽く振って、隣の僕に渡す。僕はその皿を受け取り、手に持ったふきんで拭いていく。
「いや、この身体は汚れないから、別にいいかな」
おもむろに彼女が上半身を倒し、そのまま僕の首元をスンスンと嗅いだ。
「確かに無臭だね。まぁ、気が向いたら入りなよ。でも、服は臭いが付きそうだし、着替えは必要かもね」
「服は同じやつでも買っておくよ」
「えー、つまんなーい。お姉さんは幽霊くんの真夏ゾっとするコーデが見たいのに」
僕は彼女から最後の一枚を受け取り、同じように布きんを滑らせる。
ご飯を作ってもらい、一緒に片付けをする。これでは側から見れば、まるで同棲しているカップルにしか見えない。しかし、今の僕は一ミリもドキッとしない。残念なような、別にどうでもいいような。本当にこの身体はおかしい。本能的な感情に関して胃以外は、まるで人とは思えない。
「あっ、そう言えば、これ。渡しておくよ」
ふと思い出し、ポケットから現金を取り出す。
「ん? なになに? 幽霊君が私にプレゼン――トォッ!?」
言い切る前に現金の束を見てしまったらしく、不自然に語尾が伸びている。
彼女はなんとも言えない形相で、現金の束と僕の顔を見比べて――
「あのね、幽霊くん。いくら幽霊だからって、泥棒はよくないと思うよ?」
「おい、違うわ。正真正銘、僕のお金だよ。今日、家に行って持って来たの」
「死ぬ前に貯めてたってこと?」
「そういうこと」
料理の下げられたテーブルに無造作に現金を置いた。
「……ん?」
彼女は首をひねる。僕もつられて首をひねる。まるで、鏡のように。
「え? 私が預かっておけばいいの?」
「違うよ。あげるって言ったの。どうせ使わないから」
「いやいやいや! ダメだから! 幽霊くんのものは幽霊くんが使うの! おかしいでしょ。こんな大金をあげるって!」
確かに高校生からしたら、二十万円はかなりの大金だ。でも、大金とはいえ、使い道も使いたい欲もないわけで、ならばせめて居候させてもらうのだから、彼女に迷惑料としてあげてもなんらおかしくない、と思う。
しかし、いくら話したところで彼女は「ダメだから!」の一点張りだ。
「とにかく、このお金は幽霊くんが死ぬまでにしっかり使い切ってね! 残されても迷惑だよ!」
「そう言われても死んでるわけだし、お金の使い道なんて思いつかないなぁ」
彼女はうーんと腕を組みながら唸る。しばしの沈黙。
突然、彼女の頭の上にビックリマークが浮かんだように見えた。それは気のせいではなかったらしく、彼女はパッと顔をあげる。
「ふふーん。そんなに私に使わせたいのなら、叶えてあげましょう!」
「……というと?」
「明日、私の彼氏になりなさい!」
ビシッと指を指されるが、今度は僕の頭上にはてなが浮かんだ。眼前の彼女は自分の答えに「そっかー。その手があったかー」などと自画自賛している。
「あの、意味がわからないんですけど」
「だから、明日デートにいくから、なんか奢ってよ! もちろん、全部幽霊くんに払わせるつもりはないよ。私もしっかり出すし!」
「はぁ……?」
「きーまり!」
彼女はおもむろに立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待って。そんな勝手に――」
彼女の意見を正そうと立ち上がると、ちょうど彼女を追いかけるような形になった。
「あっ!」
彼女は不意に振り向き、再度僕に指を向けた。
またこの顔だ。目尻を下げた満足げなしたり顔。
「私、今からお風呂だから」
「……? だから?」
「反論なら、お風呂場で聞いてあげましょう!」
絶句した。
もちろん、そんなことできるわけもなく、今日何度目かの深いため息と共に静かに腰を降ろしたのである。