希は一時間以上泣き続けた。子供の様に泣きじゃくり、疲れたのか泣き止んだ数分後には、僕の胸に顔を埋めて静かな寝息を立てていた。
退かそうにも、不便なこの身体では彼女の片腕を持ち上げるのが精一杯だ。しかし、別に嫌な気分でもなく、冷静に考えると結構な役得だなと思ったので、そのままぼーっと天井を眺めながら時間が過ぎるのを待った。
もう僕にできることはない。あとは、その場の流れに身を任せるとしよう。
生前よりも度胸がついたというか、肝が座った気がする。きっと、どうせ消えるんだしという思いが、僕を大きく支配しているせいだ。
でも、少しだけ――本当にちょっぴり、このまま未来を歩みたいという願望が出てきている。
違う。
必死に気づいていないふりをしているだけで、僕はちゃんと分かっている。
――生きたいなぁ。
左右に頭を振る。これ以上、生きたいと思ってはダメだ。望み過ぎた幸福は最後には不幸となって自分とその周りの人に降り注いでしまうのだから。
ならばせめて、死に際にこうして動ける身体を授けてくれた神様に感謝しながら、残りの期間を精一杯、悔いのないように過ごそう。
彼女の澄んだ黒髪を撫でる。彼女はピクッと動いたが、また安心したように規則的に肩を上下させた。
僕が後悔なく消えることができるように、彼女にだけはどうしても笑っていてもらわないといけない。
壁にかけられているアンティーク調の振り子時計が、二十時半を指す。それと同時に床に放り出された彼女のスマホがけたたましく鳴り響いた。
小さく声を漏らし、彼女が目を覚ます。
起こした顔は目元が赤くなり、前髪が乱雑になっている。そして、重たそうにうっすらと開けられた眼は僕をぼんやりと捉える。
一瞬の沈黙の後、彼女の頬が少しだけ赤面した。
「ご、ごめん。寝ちゃってたみたい」
「みたいというか、ずっと寝てたよ?」
「えぇ……恥ずかしいなぁ。その、色々とご迷惑おかけしました」
のそのそと僕の上から降りた彼女は、スマホの内カメラを使って必死に前髪を直している。
「文字通り、胸を貸してただけだよ」
「もー恥ずかしいから、そういうこと言わないでよ! まさか幽霊くんとはいえ、男の人の上で寝てしまうなんて」
彼女の様子を見て、自然と笑みが溢れる。赤ん坊のように叫んで、泣いて、寝て起きたら気持ちが吹っ切れたようだ。
「何笑ってんのさー! いつか絶対に幽霊くんの寝顔をこのスマホに収めてあげますからね!」
「残念。僕には睡魔というものが存在しないものでね」
「あー! ずるい! ペンで落書きして、ビューティーカメラで盛りに盛りまくってあげようと思ったのに!」
「なんだそれ、プリクラかよ」
思わず顔がほころぶ。それにつられて彼女も嫣然とした笑みを零す。
「じゃあ、行こうか」
彼女は笑顔を絶やさず、大きく頷いた。