「……冒険者ランクとパーティランクをB級に降格、だと?」
ミノラルの冒険者ギルドにて、カウンター越しに立つギルド長のガリアは、ギース達に冒険者ランクとパーティランクの降格を告げていた。
クエストの達成報告をした数日後、冒険者ギルドに呼ばれたギース達は想像もしなかった言葉を告げられて、言葉を失ってしまっていた。
それからしばらくして、なんとかオウム返しのように言葉を絞り出したギースの反応を見て、ガリアは小さく頷いていた。
「ああ、それがギルドとしての判断だ」
「ふざけてんのか? あぁ?」
ギースの声は怒りのあまり震えてしまっていた。心の奥で燃え上がる感情を抑えたような声は、所々裏返っている。
「ふざけてなどいない。真面目に判断して、お前たちにA級の力がないことが分かった」
「ちょ、ちょっと、待ってくれ! クエストは問題なく達成したじゃないか?!」
「そうよ! クエスト達成したのにランク下げられるってどういうこと?!」
さすがに降格することになるとは思っていなかったのか、エルドとキースは戸惑いながら、大きな声を上げていた。
ガリアはそんな二人を細めた目で見ると、小さくため息を一つ漏らした。
「ほぅ、クエストで何かしらの働きをしたのか。お前たちは」
「「……っ」」
この前の大規模なクエストでは、ただギース達は他のパーティについていっただけだった。
そのことを自覚している二人は、ガリアの言葉を受けて視線を逸らして黙ることしかできなかった。
「ふざけんな、くそジジイ! 俺は認めないぞ!!」
それでも、ギースだけは怒りの感情を冷ませるどころか、膨れ上がったその感情をガリアにぶつけるように口を開いた。
ギースは腸が煮えくり返ったような表情でガリアを睨んでいるが、それがただの逆切れだということに気づいていないようだった。
「ギース。これでもかなり配慮した結果だ。これ以上ごねるようなら、もっと制裁を加えなくてはならない」
「脅す気か、クソ野郎! 絶対に認めないぞ! S級以外だなんて、絶対に認めない!! 今すぐ撤回しろ!!」
血走ったような目でガリアを睨む目は、自分は間違っていないと確信を持つ目をしていた。
ギース達がこれまでアイクにした扱いと、先日のクエストでの働きのすべてを報告されているということに気づいていない様子だった。
いや、気づいても尚、自分の行動は間違っていないと確信を持っているようだった。
「ふぅ、やむをえんか。……本日をもって、『黒龍の牙』のパーティとしての活動を一時凍結させてもらう」
これまでのパーティとしての功績を考慮して、パーティランクの降格に留めるつもりだったが、そんな配慮さえも受け入れらないギース達を見て、ガリアは本来すべきだった処分の内容を変えた。
パーティとしての活動の凍結。それは一時的にパーティとしての活動ができなくなるという処分だった。
「は? 凍結?! 俺たちはS級だぞ! そんな横暴が許されるわけないだろ!」
そして、そんな言葉をギースが受け入れるわけがなく、ギースはただ我儘を言うかのように声を荒くしていた。
そんな幼稚すぎるギースを見て、ガリア心の底から漏れ出たようなため息を吐いた。
「それを決めるのは冒険者ギルドだ。ギース、これ以上ごねるなら、『黒龍の牙』のメンバーの冒険者としての権利を剥奪しなくてはならなくなるぞ?」
「てめぇ! 出来るもんならやってみーー」
ギースがそれ以上の言葉を口にしようとしたとき、エルドがギースの体を後ろから羽交い締めにして押さえ込んだ。
エルドの顔には焦りの感情が多く見られ、必死にギースを説得するように言葉を続けた。
「馬鹿野郎、ギース!! 抑えろ! 冒険者として活動できなくなるんだぞ!」
「ギース! 抑えて! さすがに、冒険者の権利剥奪はヤバいから!!」
冒険者の権利の剥奪。それは、全ての冒険者ギルドで共有される情報で、権利を剥奪された冒険者は、生涯クエストを受けることができなくなる。
それは、冒険者として生きていく未来を奪われることと同じだった。
その言葉を聞いて、キースも顔を青くさせて、ギースを説得させようとしていた。
しかし、二人の必死の説得が怒りに狂ったギースの耳に届くはずがなかった。
「放せ!! 認めないぞ! 俺はっ、俺はっ!!」
ギースはエルドの拘束を無理やり解くと、ガリアを殺すんじゃないかという目つきで睨みつけた。
しかし、そんな目で見られてもガリアは怯むことはなく、逆に睨みつけられたギースは歯ぎしりをさせながら、やり場のない怒りの感情を沸々と募らせていた。
そして、そのやり場のない怒りの感情は、憎悪という形に姿を変えていった。
「クソがっ!!! ……あ、あいつのせいだっ、あいつが、急にクエストに参加してきたからだっ……くそっ、くそっ!!」
ギースは最後に誰かを恨み殺すような表情でそんな言葉を残して、冒険者ギルドを後にした。
当然、冒険者ギルドでこれだけ暴れまわれば、終始注目を集め続けることになる。
ギースが冒険者ギルドから立ち去っても、その視線は他のメンバー達に向けられ続けていた。
こうして、『黒龍の牙』は一時凍結に、そのパーティメンバーの冒険者ランクも一律でBに下げられたのだった。
「久しぶりに帰ってきた気がするな」
俺は約一週間ぶりとなる屋敷に帰ってきていた。
ルード達のクエストを手伝った後、特に何も起こらずに無事にミノラルまで帰ってくることができた。
あとで、バングの方にも顔を出さなければなと思いながら、俺は屋敷の外にあるまだ少ししか入っていない鍛冶場に足を踏み入れた。
炉に火を入れていない鍛冶場は少し涼しく感じる気温で、静けさが心地よい。
俺は炉に火を入れて、アイテムボックスから鉄鉱石とワイドディアの角を取り出した。
「今日は短剣でも作ってみるか」
ガルドから武器の作り方を教わって、その素材になる物を手に入れた。
イーナの方の準備が整うまでの間、魔物を狩ってその素材を売るのは少しもったいない気がする。
それならば、今後のことも考えて、魔物をスムーズに討伐できるようなリリの短剣の製作をすることにしよう。
俺は炉に火を入れて、ガルドが以前に使っていた道具一式を鍛冶場から引っ張り出してきた。
小槌と大槌、藁灰や泥水などを用意して、炉の火の温度が一定になるまで待った。
そして、その間に【錬金】と【生産】のスキルを発動させて、短剣の完成図を具体的に想像していった。
とりあえず、ミノラルの武器屋で見た短剣をイメージすることにした。
そのイメージが詳細になっていけばいくほど、どのように刀を打てばいいのかが手に取るように分かってきた。
そのとき、ふと【道化師】のスキルが勝手に発動したのが分かった。
なぜ今のタイミングで?
その答えが分かるよりも先に、炉の温度が丁度良くなったのが分かった。
「……そろそろ、いいか」
炉の日の温度が一定になるのを確認して、俺は鉄鉱石とワイドディアの角を炉の中に入れた。
鉄鉱石とワイドディアの角が共に熱を帯びて赤くなり、色が変わったのを確認してから取り出して、俺は小槌でそれを力強く叩いていった。
「……できた」
それから数時間後、一つの短剣ができあがった。
柄の黒く、刀身は少し大きめ。とても自作したとは思えない綺麗な線が通っている短剣が完成していた。
「まるで、ミノラルで見た武器屋のと同じだな」
イメージが強すぎたせいか、20万ダウする武器屋の刀とそっくりの物が出来上がっていた。
さすがに、武器としての完成度は劣るだろう。そんなことを思って、できたばかりの短剣に【鑑定】のスキルを使ってみた。
すると、頭の中には、いつか頭の中に流れてきたものと同じものが流れてきた。
【鑑定結果】
【種類 短剣】
【武器ランク B】
【材料 ワイドディアの角、鉄鉱石】
【付加 なし】
「あの時見た短剣と同じ……え、そのまま同じものができたぞ」
確かに、俺はあの時見た短剣をイメージして作った。しかし、外見だけでなくて中身まで同じものができるなんてありえるのだろうか?
あまりにも都合が良すぎる気がする。
そこまで考えたところで、先程反応した【道化師】のスキルが気になった。
なぜあのタイミングで【道化師】が反応したのか。それが気になったので、その【道化師】のスキルを【鑑定】して、先程使ったスキルを解明してみることにした。
【鑑定結果 模倣……相手のスキルや、作られた作品を真似ることができる。本人のレベル次第でより精度の高い模倣や、高難易度のスキルや作品を真似ることも可能】
「【模倣】? つまり、あのとき武器屋で見た短剣を真似て作った贋作ってことか?」
俺は自分が作った短剣の刀身を眺めながら、小さく言葉を漏らしていた。
「贋作にしては……出来過ぎだよな」
一体、何人の人がこの短剣を見て贋作だと気づくだろうか。それくらい精度の高い本物と瓜二つの贋作を作る力、それが【模倣】というスキルらしかった。
人の真似をして人を驚かす。道化師らしいと言えば、道化師らしいスキルかもしれない。
このスキルと【錬金】と【生産】を合わせれば、結構な業物が作れるんじゃないか?
そんなことを考えると、それを試したくなって、俺はすぐに新しい武器の作成に当たっていた。
「アイクさん、ご飯できましたよ」
「……できた」
「あ、はい。できました」
「あ、いや、そっちじゃなくてさ」
ミノラルの武器屋と屋敷の鍛冶場を行き来して数日後。俺は自らが作った短剣を眺めながらそんなことを口にしていた。
一瞬何のことか分からないといったように首を傾げていたリリだったが、俺の視線の先を見て何かに気づいたようだった。
「もしかして、以前に言っていた私の短剣ですか?」
「ああ。ガルドさんからもらった短剣ほどではないけど、武器ランクAの短剣だ。自画自賛する訳じゃないけど、結構良い剣だと思うぞ」
武器屋で短剣を眺めて素材を見て、ガルドからもらった短剣とイメージを近づけて、俺は数日間短剣を打ち続けていた。
作った短剣の数、数十本。
その中でも出来が良かった武器ランクAの短剣の中でも、一番良い出来の短剣。
その短剣を眺めて、少しソワソワしているリリの姿を見て、俺は茶色の柄の部分をリリの方に向けて手渡した。
「俺が使っていた短剣よりも重量感はあると思う。ガルドからもらった短剣を使って思ったけど、このくらいの重さはあった方がいいと思ってな」
リリは俺から受け取った短剣を軽く振って、その重さを確かめていた。
重いと言っても短剣の重さ。リリはすぐにその重さになれたようで、綺麗な剣筋で短剣を振っていた。
「なんか、すごいしっくりきます。本当にいいんですか? 私がこれを貰ってしまっても」
「むしろ、貰ってくれないと困るぞ。リリのために作ったんだからな?」
俺が遠慮しがちなリリの態度に呆れたように笑みを浮かべると、リリは屈託のない笑みを浮かべて言葉続けた。
「アイクさん、ありがとうございます。大事に使わせてもらいますね!」
「おう。俺の鍛冶師としてのデビュー作だからな、大事にしてもらえると嬉しいよ」
「えへへっ、そんな大事な物もらえるなんて嬉しいです。……あっ、アイクさん、一つわがまま言ってもいいですか?」
「ん? どうした?」
リリはうっとりした表情で新しい短剣を眺めると、何かに気づいたような声を漏らした。それから、口元をさらに緩めると微かに目を輝かせて言葉を続けた。
「できれば、その、アイクさんの名前を入れて欲しいです」
「名前、か」
そう言われれば、有名な鍛冶師の作る剣にはその鍛冶師の名前が刻んであったりする。それは、ガルドからもらった短剣も同じで、ガルドの名前が刻まれていた。
正直、ただ実用性のことしか考えてなかったから、言われるまですっかり忘れていた。
「難しいですかね?」
「いや、それくらいならすぐにできるよ」
俺はリリに渡した短剣をまた受け取って、机の上に置いてある工具と小槌などで名前を彫っていった。
そうして、刀身の隅の方に俺の名前が刻まれた。
無名の冒険者の名前を背負わされた短剣。少しその短剣には申し訳ないことをした気にもなったが、名前が彫られていく過程を楽しそうに見ているリリの横顔を見て、俺は微かに笑みをこぼしていた。
「ほら、これでどうだ?」
「おぉっ、凄くいいです! ありがとうございます!」
掘られた名前の所を見て、リリは心の底から喜ぶような笑みを浮かべていた。名前が彫られただけで、こんなに喜んでもらえるとは思わなかった。
そう言われれば、リリは性能よりも思い入れとかを大事にするタイプだったな。
そんなことを考えながら、俺は机の上に出した工具を片付けた。
「それじゃあ、ご飯を頂くとするか」
「はいっ。今日は新しいメニューに挑戦したので、アイクさんに気に入ってもらえるか楽しみです!」
「それは楽しみだな」
そんなことを話しながら、鍛冶場を後にして屋敷に向かうと、屋敷のノッカーを叩こうとしている人物がいた。
その女性は俺達の話し声に反応して振り返ると、俺たちの姿を見つけて小さく声を漏らした。
「あっ、アイクさん」
「あれ? ミリアさん?」
俺たちの屋敷の前にいたのは、冒険者ギルドで努めているミリアだった。
書類を片手にいつもの仕事着姿。どうやら、遊びに来たわけではなさそうだった。
「ミリアさん、本日はどうされましたか?」
「今日はですね……少しお話と、あと営業に来ました」
そんなことを口にしたミリアは、カウンター越しでよく見る営業スマイルを浮かべていた。
「……営業?」
俺はそんなミリアの顔を、少しだけ訝しげに覗き込んでしまっていた。
「――と、こんなふうに、冒険者ランクが上がるとそれなりにメリットもあるんです!」
「はぁ、なるほど」
一緒にミリアとご飯を食べた後、ミリアは何やら持ってきた資料と共にプレゼンを始めだした。
上級の冒険者になることでのメリットについて、その魅力をすごい語られた。
なぜD級パーティである俺たちに、そんな話をするのだろうと思ってぼうっと聞いていると、そんな俺たちの態度に気づいたのか、ミリアは肩を落としていた。
「なんでそんな他人事みたいな感じなんですか?」
「え、だって、実際に他人事ですし。そんな上級冒険者の説明をされても、俺たちには関係ない話って感じなんですよね。なぁ、リリ?」
「そうですね。そもそも、私なんてまだ冒険者になって日も経ってないので、よく分からないです」
たまに一緒に行動をしていて忘れそうになるが、リリは本当に最近冒険者になったばかりだ。
俺だって、最近急に冒険者ランクを上げてもらったばかり。もちろん、上を目指すという心構えが重要なのはわかるが、わざわざ家にまで来て説明するほどのことなのだろうか。
ミリアはそんな会話をする俺たちのことをジトっとした目で見ると、大きめの咳ばらいを一つして言葉を続けた。
「むしろ、だから、こうやってお話に来てるんですよ。これから、冒険者ランクを上げていって欲しいんです。……アイクさん達、最後にクエスト受けたのいつか覚えてますか?」
ミリアにそんなことを言われて、俺とリリは顔を向かい合わせて、ミリアに問われたことを思い出そうと眉間に力を入れた。
「ガルドさんの依頼が最後だったかな?」
「アイクさん、あれはクエストじゃないですよ。盗賊団のが最後では?」
「あー、そっか。……あれ? それもクエストじゃないよな?」
直近の依頼を思い出そうとしてみたのだが、不思議と全然思い出せそうになかった。そう言われれば、最近冒険者ギルドからのクエストを受けていないきがする。
あれ? 本当に最後にクエスト受けたのっていつだ?
「わざとですか? わざとなんですか? ……リリさんの初クエスト依頼、受けてないですよね?」
俺達がいつまで経っても答えられずにいると、ミリアは少し肩をプルプルと震わせながらこちらにジトっとした目を向けてきた。
「えっと、怒ってます?」
「怒ってはないです! A級パーティ三組に、アイクさん達がD級だってこと驚かれて、管理不足を疑われてもっ、怒ってないです!」
ミリアはえらく具体的な例を出しながら、ぷりぷりとしていた。
どうやら、完璧に怒っているようだった。
「A級パーティ? ……いったい、誰がそんなことを?」
「A級パーティ4組で行う大規模なクエストに飛び入りで参加したことは、もう知っているんですからね」
俺がしらばっくれていると思ったのか、ミリアはこちらに言及するような目を向けてきていた。
パーティ4組の大規模なクエスト。その単語を聞いて、つい数日前の出来事を思い出した。
ブルクからの帰り道。そこで突然声をかけられて一緒に大規模なクエストに参加したことがあった。
「あの人たち、A級だったのか。どおりで強いと思ったら……」
「A級パーティの中に混ざって、D級パーティが活躍するなんて普通ならありえないんですよ? そんな報告を受けると、当然『道化師の集い』のパーティランクも上げないとってなったんですけど……」
「そもそもクエストをあまり受けていないから、上げられないと」
「そうなんですよ。それなのに、アイクさん達はクエスト受けないで、どんどんレベル上がっていきますし、レベルと冒険者ランクの差が開いていく一方なんです」
そういえば、ジョブが進化したばかりの頃のステータスがC級レベルだと言われていた気がした。
その頃からステータスもレベルも上がってきているのに対して、冒険者ランクはC級にもなっていない。
確かに、一方的にステータス差ができていくよな。
「念のためにお聞きしますけど、もしかして、冒険者ギルドのこと嫌っているとかではないんですよね?」
「え、それはもちろんですよ。ていうか、嫌う理由もないですし」
「ですよね。よかったです。……結構、上の方がそれを本気で心配してたので、何か不手際があったから、クエストを受けないんじゃないかとか」
特に冒険者ギルドに対して思うようなところはなかった。でも、傍から見たら冒険者ギルドを避けてレベル上げしているようにも見えるよな。
あまり悪目立ちもしたくないし、冒険者ギルドとは良い関係でいたい。
そんなふうに考えられているのなら、その誤解は解いておいた方がいいだろうな。
「それで、クエストを受けない理由をお聞きしてもいいですか?」
ミリアはそう言うと、少しだけ真剣な表情になった。
そういえば、今まで深く話してこなかったから、何か事情があると本気で思われているのかもしれない。
そう思った俺は、相手がミリアだからということもあって素直に口を開くことにした。
「大した理由ではないですよ? ただクエストを受けるより、個人的に依頼を受けたりした方がお金がいいですし、欲しい素材はクエスト受けなくても取りに行けるので、クエスト受ける意味がないって感じですかね」
「うっ、そこを突かれると痛いですね。というか、そのお金の稼ぎ方って上級冒険の中でも、やってる人って一握りですよ」
確かに依頼を個人的に受けるためには、それなりの知名度が必要になる。そのためには、その背景として多くのクエストを達成して実力があることを証明しなければならない。
その両方を満たさないで個人的に商人とかとやり取りをしているって、確かに傍から見たら異常なのかもしれないな。
「無理強いはしませんけど、クエストを受けるメリットというのもあるんです。闇雲に時間をかけて魔物を探すよりも、この場所にいるという情報を与えてもらって倒す方が効率的じゃないですか?」
「それは、確かにありますね」
「それに、普通に魔物を討伐した場合は魔物の素材を売ったお金しか利益になりません。でも、クエストを通してもらえれば、クエストの報奨金として別でお金が発生します。なので、レベルを上げる点でも、お金を稼ぐ上でもクエストを受けた方が得なのです」
そこまで言われて、ミリアの言い分も一理あるなと思った。
ただランダムに魔物肉を採取するのではなく、欲しい魔物がいるのならその魔物を狩るクエストがないかを確認するくらいはしてもいいかもしれない。
そうすれば、結果として追加で報酬がもらえることになる。
それに、強い魔物を相手にしたいときとかは積極的にクエストを受けてもいいかもしれない。
リリもせっかく新しい短剣を手に入れたんだし、試し切りもしたいだろうしな。
……何かしらのクエストを受けてみるか。
「確かに、自由が利かないことを除けがいいかもしれませんね。少し、考えておきます」
「良かったです。ぜひ、そうしてみてください。あ、それと、冒険カードの更新だけでも今日中にしちゃいませんか?」
そんなミリアの言葉に誘われて、俺達はミリアと共に冒険者ギルドに向かったのだった。
「それでは、冒険者カードの更新をしちゃいましょう。水晶の上に手を置いてくださいね」
場所は変わって冒険者ギルド。
ちょうどリリの短剣が完成したタイミングで、ミリアが屋敷に来て、何かクエストを受けないかと提案をしてきた。
冒険者カードの更新もして欲しいと言われたので、冒険者カードの更新が終わったら掲示板でも見てみるか。
ちょうどリリも短剣を試したいだろうしな。
俺とリリはそれぞれ並べられた水晶に触れて、現在のステータスを表示させた。
そうして、映し出された水晶には次のような情報が表示されていた。
【名前 アイク】
【ジョブ 道化師】
【レベル 39】
【冒険者ランク D】
【ステータス 体力 19080魔力 22000 攻撃力 19500 防御力 18820 素早さ 23580 器用さ 22140 魅力 21600】
【ユニークスキル:道化師 全属性魔法 助手】
【アルティメットスキル:アイテムボックス(無限・時間停止) 投てきS 近接格闘S 剣技S 気配感知S 生産S 鑑定S 錬金S】
【名前 リリ】
【ジョブ 助手】
【レベル 32】
【冒険者ランク D】
【ステータス 体力 13360 魔力 15400 攻撃力 13650 防御力 13200 素早さ 17500 器用さ 16500 魅力 16120】
【ユニークスキル:助手】
【スキル:アイテムボックス 投てきB 近接格闘B 剣技B 気配感知B 鑑定B 錬金C】
「おっ、良い感じでステータス上がってきたな」
「私もいい感じです」
そんなふうに互いの水晶に表示されたステータスを見ながら、少し雑談をして盛り上がっていると、イーナは俺たちのステータスを見ながら唸るような声を上げていた。
「ま、また、ステータスとレベルが馬鹿みたいに上がってる……」
おそらく、このステータスを他の誰かに見られたら、また冒険者ギルドの管理不足だと言われるのだろう。
ミリアは頭を抱えて、そんなことについて悩んでいるようだった。
まぁ、毎回来るたびにステータスが約二倍くらい上がっていれば、管理する方が無理だとは思うのだが、そんな事情を信じてくれる人はいないだろう。
普通に毎週二倍近くステータスがあがるとは考えられないしな。絶対に嘘を言っていると思われるだろ。
……何か【道化師】と【助手】には、経験値の補正でも入るのだろうか?
それにしても、またこんなにステータスが上がるとは。
「やっぱり、前の大規模なクエストで魔物を倒したからかな?」
「それと、ハイヒッポアリゲーターを倒したからじゃないですか?」
「アイクさん達、毎回どこかに行く度にステータス上げてきますね……やっぱり、冒険者ギルドを嫌っているとしか考えらなくなってきました」
ミリアは少し不貞腐れるような目をこちらに向けていた。解いたはずだったその誤解は、少し時間を置いただけで、複雑に絡み合っているようだった。
不貞腐れながら、疑うような目をこちらに向けているミリアの顔を見ると、その疑いを解くのも難しそうだ。
どうやって、誤解を解こうかと思っていると、ミリアの後ろから白髪で大柄な男が近づいてきた。
「ミリア。彼らが『道化師の集い』かい?」
「あ、ギルド長。そうです、お連れしました」
この冒険者ギルドの長、ガリア。当然、彼のことを知らないわけではない。
ただ、なぜこのギルドの長が、D級パーティである俺たちのことを知っているのかは分からなかった。
そして、先程のミリアの言葉にもどこか引っかかる言葉があった。
「お連れした?」
「あっ……」
先程まで唸ったり、不貞腐れていたりしたミリアは、頬に汗を垂らして、こちらに目を合わせようとしなかった。
泳いでいる視線から察するに、何かを隠して俺達を連れてきたのは明確だった。
「ミリアさん?」
「ぎ、ギルド職員は、ギルド長には逆らえないんです。……すみません」
「おいおい、そんなパワーバランスはないだろう。いや、アイク、気を悪くしないでくれ。ギルド長として、お礼を言わなくてはならないと思っていたんだ。盗賊の撃退、大規模なクエストへの参戦。それらのお礼ができてなかったからね。ありがとう、礼を言うよ」
ギルド長はミリアの言葉に苦笑した後、俺達の方に向き直ってそんな言葉を口にした。
顔に似合わないような少し柔らかい口調だったので、俺は少しだけ呆気に取られていた。
あれ? この人ってもっと怖いイメージだったんだけど、職員とか礼を言う人に対してはこういう感じだったのか?
「あっ、いえ。別に大したことではなかったので」
「ははっ、報告通り、本当に腰が低いんだな」
ガリアは俺の態度を見て少し口元を緩めると、俺とリリの更新されたばかりの冒険者カードを覗き込んで、感嘆の声を漏らしていた。
「ほぅ、確かにミリアが言っていた通り、凄いステータスだ。そして、それと冒険者ランクが合っていない。……これでは、管理不足と言われても仕方がないな」
ガリアはそう言うと、少し考えた素振りをした後に言葉を続けた。
「私の方から、直属に依頼を出すことにしよう。ギルド長からの依頼となれば、急に冒険者ランクが上がっても文句を言うものはいないだろう。なに、難しいことではないさ。ちょっとしたお使いみたいなものだ」
ギルド長から直接頼まれる依頼がそんな簡単なわけがない。そう思っても、ギルド長から直接される依頼を断れるほど、俺は度胸が据わってなどいなかったのだった。
「……難しいことはないって言われて、本当に簡単なことってあるのか?」
俺たちはミノラルから少し離れたドニシアという街に来ていた。
ミノラルから馬車で半日ほど移動した先にある都市で、ラエドと反対方向に位置する街である。
ラエドほど山の中にあるわけではないため、鉱山もなく、鍛冶師の街という訳ではない。
それでも、膨大な自然があることから、冒険者たちには好まれる街ではあった。
少し街から離れただけで、魔物がたくさんいる街。冒険にとって拠点にしやすい街として有名で、他の都市よりも冒険者ギルドが盛んだったりする。
そんな街で俺たちが何をしているのか。それは、ガリアからの依頼を達成するためだった。
「『ドニシアとミノラルの中間地、タルト山脈についての調査』。それも、ドニシアの冒険者ギルドで聞き込みをするだけでいいって、簡単過ぎないか?」
「聞き込みだけなら終わっちゃいましたもんね。最近、ワイバーンが暴れているとか」
「そもそも、ワイバーンが暴れてるって分かったから、その調査をしてくれってことだと思うんだけど、聞き込みだけで分かる情報って少なすぎないか?」
どうやら、最近タルト山脈でワイバーンが暴れているらしい。ワイバーンが数日間も暴れているため、ワイバーンよりも弱い魔物たちがその山脈から下りてきているとのことだった。
そして、ギリギリ管轄的にそのワイバーンが暴れている場所は、ミノラルの冒険者ギルドが管轄みたいだった。
この街に来てから、冒険者ギルドの職員や冒険者から聞き込みをして、ワイバーンがいると言われている場所と、その大きさと種類までは分かった。
しかし、俺たちをタルト山脈に向かわせようとしている時点で、このくらいの情報は掴んでいたと思う。
闇雲に何もない山脈の調査をさせたりはしないだろう。
「さすがに、この情報だけで帰るわけにはいかないよな」
ガリア達には、このクエストを受けることで冒険者ランクを上げるか決めると言われていた。
そんな大事なクエストだというのに、素直にこんな情報だけを持って帰るわけにはいかないだろう。
「今回のクエストって、絶対に俺たちを見定めるためのクエストだよな」
「見定める、ですか?」
リリは俺の言葉を受けて少しきょとんとしていた。
どうやら、リリは気づいていないようだった。このクエストの本来の意味に。
俺はそんなリリに答え合わせをするように、説明口調で言葉を続けた。
「ああ。これだけ自由度の高いクエストで、どこまでの成果を持って帰ってくるか。それを見ているんだと思う」
本当にお使いと言われて、言われたことをそのまま遂行するのか。もしくは、何かしらギルドに対して有益な情報を追加で持ってくるか。
そんな自主性を確かめようとするクエストに違いない。
「な、なるほど。……私達を見定める意味で、ギルド長自らクエストを依頼してきたんですね」
「そうだろうな。そうとしか考えられない」
正直、そこまで冒険者ランクにこだわりはなない。それでも、ずっとステータスと冒険者ランクが合わなすぎると、ミリア以外の人からも怪しい目を向けられる可能性がある。
それに、今後も冒険者ギルドにずっと目をつけられるようなことになるだろう。
そうならないためにも、少しでも冒険者ランクを上げていた方が良い気がする。
それに、今回のクエストで冒険者ランクを上げられなかったら、別のクエストを受けて冒険者ランクを上げるように言われそうだしな。
多分、そうなった場合に受けるように言われるクエストは、一個や二個では済まないだろう。
それなら、今回のクエストを完璧にこなしてしまった方が、後で大量のクエストを受けるよりも効率的だ。
「タルト山脈に行くまでに、馬車に乗っていても魔物に襲われるはずだ。その魔物達を倒して、実際にワイバーンを見て調査してきたかもポイントになりそうだな。……よしっ、少し気合い入れていくぞ、リリ」
「はい! 頑張ります!」
ふんすと鼻息を漏らしてやる気十分なリリと共に、俺たちは冒険者ギルドを後にしてタルト山脈に向かうことにしたのだった。
「リリ! そっちにも行ったぞ!」
「はい!」
俺たちはそれからタルト山脈を登っていった。
自然豊かなタルト山脈には王都に敷かれているような綺麗に舗装された道などなく、途中からは整備されていない道を登っていくことになった。
そして、そんな場所に自ら突っ込んでいけば、当然魔物たちに襲われたりする。
というか、現在進行形で戦闘中だった。
ハイファングやハイウルフの群れを倒した後、俺たちは目の前に現れたヘルタイガー数体に囲まれていた。
ヘルタイガーというのは、トラ型の魔物で俺よりも一回り以上大きな体をしている。成長し過ぎた牙は口に収まりきっておらず、俺たちを捕食しようとしているのか、その牙からはよだれが垂れていた。
俺は【剣技】、【肉体強化】、【道化師】のスキルを使って、体を軽くしながら短剣で鋭い一撃を放っていた。
刃に抵抗を感じないで切られていくヘルタイガーの姿を確認しながら、俺は一人で戦っているリリの方にちらりと視線を向けた。
その視線の先では、俺が作った短剣を引き抜いて、華麗な体さばきでヘルタイガーの体を切りつけているリリがいた。
力に任せるのではなく、短剣の動きに任せるような剣の動き。
今までではできなかったであろう剣の切れ味に任せるような刀使いを見て、俺は微かに口元を緩めていた。
俺がよそ見をしていると思って、襲ってくる二匹目のヘルタイガーの首元に短剣を突き立てて、そのまま短剣を引き抜くと、ヘルタイガーはその場に倒れて動かなくなった。
短剣についている赤い液体を払って、リリの方に視線を向けると、リリの方も戦闘を終わらしたようだった。
「調子いいみたいだな、リリ」
「はい! アイクさんからもらった短剣、凄い切れ味です」
リリは短剣の刃先を眺めながら、嬉しそうに口元を緩めていた。テンションの上がったような声色から察するに、結構気に入ってくれているようだった。
「正直、初めは結構切れすぎていたので、使いこなせるか不安でした」
「あー、俺もガルドさんから貰った短剣そんな感じだったわ」
俺もガルドからの短剣を貰った時、その切れ味に驚いていた。
さすがに、ガルドの短剣ほどではないが、俺が作った短剣も武器ランクはAだったし、俺のお古なんか比較にならないくらいに切れるだろう。
リリの場合は、新品の短剣を使うこと自体が初めての経験なはずだ。俺以上にその切れ味に驚いているかもしれないな。
リリに切られてつけられたヘルタイガーには、大きな一太刀の刀傷が残っていた。その刀傷は綺麗な一直線になっており、新品の短剣を使い慣れてきたことが見て分かった。
これだけ短剣を扱えれば、もう短剣が手に馴染んで来ているだろうな。
「ワイバーンが出ると言われてる場所まで、もうそんなに遠くはない。このまま魔物を倒しながら進んでいこう」
「はい!」
「……いや、兄ちゃんたちはここまでしか運べないぞ」
「「え?」」
このまま勢いに乗って押し進んでいこうというタイミング。そんなときに、馬車を止めていた御者のおじさんにそんなことを言われた。
「『え?』じゃないだろ。初めに言ったはずだ、D級の冒険者を連れて馬車で来れるのは、ここが限界なんだよ」
御者のおじさんは俺たちに少し呆れた笑みを向けたあと、短いため息を吐いた。
タルト山脈に向かう馬車は道中の魔物が多いため、同乗する冒険者の冒険者ランクによって行ける場所が限られる。
俺達のようなD級の冒険者の場合、凶暴な魔物が出現する地域の手前で降ろされてしまうのだ。
御者だって、実力のない冒険者と共に魔物が凶暴な場所には行きたくはない。これは仕方がないことだ。
「あっ、そうでしたね」
「兄ちゃんたちみたいに強ければ、目的地まで運んでやってもいいんだけどな。悪いな、決まりなんだよ」
「いえ、ここまで運んでくれてありがとうございました」
魔物に囲まれてしまっても、俺たちを信じて馬車を引いてくれたのだ。お礼は言っても、謝られることではない。
俺たちは手を振って御者のおじさんを見送って、目的地の中間地点でお別れを済ませた。
「結構、日が落ちてきましたね」
リリに言われて空を確認すると、すでに日が傾いていた。
今日は野営をすることになるだろうし、時間的にはそろそろ野営の準備をした方がいいかもしれない。
そして、何よりもお腹もすいてきたしな。
「今日はここまでにいておくか」
俺たちは新しく買った野営セットを広げて、夕食の準備をすることにしたのだった。
そして、翌日。
俺たちは今日もタルト山脈を登っていた。
その道中で多くの魔物たちと出会い、その魔物たちを倒していく中でふと思ったことがあった。
「俺たちのパーティって、人少なくないか?」
「少ないというか、二人ですからね
俺たちはリリが作ってくれた昼飯を食べながら、そんな話をしていた。
リリが作ってくれたハイファングのステーキを食べながら、俺はこの山脈に来てからのことを思い出していた。
二人しかいないという状況で、随分と多くの魔物を相手に戦ってきた。俺もリリもステータスが高いから、二人という状況でもそこまで苦労はしていない。
それでも、もう一人くらいパーティメンバーがいたら、動きやすいなと思わなかったかと言えば、嘘になる。
「多分、これからもっと難易度の高いクエストを受けることになるだろう? まぁ、別に二人だと絶望的って訳ではないと思うが、人は多くて越したことはないと思うんだよ」
「そうですね。色んなパーティと会ってきましたけど、私達みたいに二人という人達はいませんでしたし、いつかメンバーの補強はすることになると思います」
どうやら、リリも同じようなことを思っていたようで、メンバーを補強することについては賛成のようだった。
まぁ、俺が気づいていることをリリが気づかないわけもないか。
「ただ問題があるとすると、新メンバーが俺たちについてこれるかってのはあるな」
「せっかくなら、戦力になる人がいいですもんね」
正直、何か得意なことがあるならそれでもいいかとも思った。
しかし、以前のギース達と共にしたクエストを思い出すと、やはり、ある程度実力が同じくらいの仲間の方がいいだろうと思ってしまう。
以前、A級パーティであるルード達と一緒にクエストをしたことがあった。その時、ルード達はあえて口には出さなかったが、ギース達を守る陣形を取っていた。
クエスト攻略を効率的に達成するために人を増やしたのに、その人を守るせいで自由な動きを封じられていたのだ。
メンバー増やしたことが足かせになるようなことは、できればしたくはないよな。
しかし、そうなると一気に難しくもなる。
「俺たちのステータスとあまり変わらない、フリーな冒険者かぁ」
自分達がどのくらいの位置にいるのか分からない。それでも、そんなメンバーを集めることが難しいということは分かっていた。
「急ぎじゃないなら、ゆっくり探してもいいんじゃないですか?」
「そうだな。急いで見つけても仕方ないしな」
ゆくゆくはメンバーの補強をする。そんな話し合いを終えて、俺たちは再びタルト山脈を登っていった。
ご飯を食べて元気が出たということもあってか、それからワイバーンが暴れていると言われていた場所まではスムーズに進むことができた。
ドニシアの冒険者ギルドで聞いた、ワイバーンが暴れていると言われていた場所。そこの付近に近づいてきたので、俺とリリは【潜伏】のスキルを使って、さらに距離を詰めていった。
すると、すぐに魔物の威嚇するような叫び声が聞こえてきた。
俺たちのことには気づいていないはず。となると、何か魔物に対して吠えているのだろうか?
そういえば、ワイバーンが暴れているという情報は聞いたけど、何で暴れているのか聞いてなかったな。
そんなことを考えながら、俺たちは岩陰からそっとその姿を確認した。
黒っぽい鱗を身に纏い、翼の生えたトカゲのような魔物。少しの神々しさと相手を威圧している目が印象的だった。
大きさ的には俺の三倍ほどの大きさで、ワイバーンにしてはそこまで大きくはないサイズだった。
そんなワイバーンが傷を負いながら、見つめるその先には魔物がいた。
「え?」
子犬のような体つきで、白いモフモフを砂ぼこりで汚しながら、凛々しい表情でワイバーンを見つめていた。
明らかに劣勢である。少し見ただけでもそれが分かるのに、一歩も引こうとしない佇まい。
そんな可愛さとカッコよさを兼ね備えたような姿に、俺たちは見惚れてしまっていた。
「も、もふもふです」
「もふもふ、だな」
俺たちはそんな頭の悪いような言葉を漏らして、もう一歩だけそのワイバーンのいる方に足を踏み込んだのだった。
ワイバーンが暴れているという情報を手に入れて、俺たちはミノラルとドニシアノ中間にあるタルト山脈に来ていた。
そして、ワイバーンが暴れていると言われている場所までやってきたのだが、そこには不思議な光景が広がっていた。
黒色のワイバーンに対面するように、そこには白いモフモフがいたのだ。
とてもじゃないが、争いをするにしてはその大きさは不釣り合いすぎるだろう。
なぜこんな所に、あんな可愛らしい生き物がいるのだろう。
そんなことを考えて、もう数歩近づこうとしたときにワイバーンが唸り声と共に、そのもふもふに突撃するように、走り出した。
「あ、アイクさん!」
「ああ! 行くぞ、リリ!」
圧倒的な体格差と、体の汚れ具合から圧倒的に子犬の方が劣勢だった。これ以上の攻撃を受けたら、あのもふもふは立っていられるか分からない。
そう思った俺たちは、互いに勢いよく走り出していた。
【鑑定】でワイバーンのステータスを見てから突っ込むべきなのは分かっているが、そんなことをする時間もなかった。
【潜伏】、【肉体強化】、【剣技】、【道化師】。それらのスキルを複数発動させて、俺は高く跳びあがってから短剣を引き抜いた。
狙う場所はワイバーンの首元。ちらりとリリの方を確認すると、リリは尻尾の方を標的にしているようだった。
俺たちはアイコンタクトでタイミングを合わせると、重力を活かしながら短剣でワイバーンを切りつけた。
「ギャアアアアアアア!!」
同時に首と尻尾に斬撃を受けて、ワイバーンは驚きと痛みに苦しむような声を上げた。
さすがに、一撃で首と尻尾が取れるというようなことはなかったが、それでも結構深くまで短剣が入ったようだった。
短剣についた赤い液体を見るに、軽傷であるようには見えない。
「ギシャア!!」
しかし、ワイバーンはすぐに何かがいると気づいたようで、尻尾と首を強くぶん回して、周囲にいる何かを振り払おうとした。
俺は【道化師】の中にある【瞬動】のスキルを使って、その場から離脱してもふもふのすぐ隣に立った。
「まずいっ、リリ!!」
リリには俺のように緊急回避できるスキルがなかった。ワイバーンの直撃を食らえば、ただでは済まないだろう。
思わず声を上げてリリのいる方に叫ぶと、その尻尾が何かにぶつかったようにして弾かれた。
それが攻撃してきた正体だと思ったのか、ワイバーンはさらに強くその見えない何かを尻尾で叩きつけた。
突然切りつけられたことに対して怒っているのか、興奮した状態でその透明な何かを必死に攻撃している。
あれは……リリの結界か?
どうやら、リリも寸でのところで結界を張って攻撃から逃れたらしい。
とりあえずは安心だが、そんな流暢にもしてられないだろう。
俺は次の一手を講じようと、手元にあった短剣を鞘に収めてアイテムボックスから別の短剣を二本取り出した。
「グルルッッ」
そこでふと、隣からワイバーンとは別の唸り声が聞こえてきた。
ちらりと横眼で確認をしてみると、そこには白いモフモフが毛を逆立てていた。牙を剥き出し、見えない何かを噛み殺そうとする勢いがあった。
「安心しろ、俺たちは味方だ」
俺が【潜伏】のスキルを解いて、白いもふもふと目を合わせると、そのもふもふは体をビクンとさせて驚いていた。
得体の知らない何かが冒険者だったことに驚いたのか、毒気を抜かれたように目を見開いている。
仲間であることを理解したお云う訳ではないようだが、敵意がなくなっただけ十分だろう。
俺は少しの笑みを漏らして、アイテムボックスから取り出した二本の短剣を掴んで、その短剣に魔法を唱えた。
「『ファイアボム』」
俺がその魔法を唱えると、両手にある短剣の刀身が熱を持ったような赤色に変わった。鉄を高温で熱したときのように、その熱をそのまま蓄えたような刀身。
この二本の短剣は、俺が作った魔法を一時的に蓄える性質を持つ短剣だ。
どちらも武器ランクはB程度の短剣。それでも、【投てき】と【肉体強化】をした俺の力なら、ワイバーンの体にこの短剣を突き刺すくらいはできるだろう。
俺は魔法を付加させた短剣を【道化師】の中にある【偽装】のスキルを使って、見えないものに偽装をした。
そして、無防備にこちらに背を向けているワイバーンに向けて、俺はその短剣を投げつけた。
何度も回りながらワイバーンの背中に向かって一直線で向かっていった短剣は、そのままワイバーンの背中に突き刺さると、大きな二発分の爆発を起こした。
「ギヤァァ!!」
中級魔法を溜め込んだ短剣は、刀身をワイバーンの背中に突き刺した状態で、その爆発を生じさせた。
ワイバーンの体の半身ほどの大きさの爆発が連なり、煙と焦げたような肉の匂いが風に乗って鼻腔をくすぐる。
内側からの爆発。さすがに、堪えたのかワイバーンの足元がよろけていた。
どうやら、少し荒々しいがこの攻撃パターンは効くようだ。
「……あれ? そういえば、依頼は調査だったよな?」
そんなことを思い出した俺の前で、ワイバーンは大きな音と共に地面に倒れ込んだ。
どうやら、蓄積ダメージと俺たちの攻撃を受けて立っていることができなくなったらしい。
ただ小さく唸ることしかできなくなったワイバーンの姿を見て、俺はふとそんなことを思ったのだった。