そして、それから馬車に乗ってしばらく揺れて、俺たちは隠し別荘へと向かっていた。
いきなり盗賊団に襲われたので、この先どうなることかと思っていたが、それから先は夜になるまで他の盗賊団に襲われることなく過ごすことができた。
ミノラルから距離を取ることができたから、ミノラル周辺を張っている盗賊団からは離れることができたのかもしれない。
周りが暗くなってきたということもあり、俺たちは安全を確保しながら野営をすることになった。
正直、このまま一気に別荘まで向かいたいのだが、馬車を引くものも生き物であるため、無理をさせることができない。
できないことはないが、さすがに三日間馬車を引き続けることは不可能だろう。
そのため、夜が明けるまでは見張りを交代しながら食事と休息を取ることになった。
ただの野営なのだから、普通なら食事だって質素なものになるのが常識だ。
ただ、我がパーティの野営の食事は他の野営とそこが大きく違ったりするわけで。
「お、美味しい。リリ様がこの料理を作ったのですか?」
「こんな何もない道中で、これほどの料理を……」
リリが振舞ったのは、シンプルな野菜のスープと魔物肉のステーキ。あとは副菜としてイモを蒸した物や、和え物のようなものが並んでいた。
簡易的なテーブルの上に並ぶにしては種類が多く、馬車の中でそれらを食べていたイリスとハンスは驚くような声を漏らしていた。
どうやら、驚いているのは二人だけではなく、馬車の外で食事を囲んでいる騎士団たちも同じような反応をしていた。
「うまっ!」「なんだこれっ、普段食べて食事よりも全然美味いぞ!」「ばかっ、声がでけーーうまっ!!」
……いや、目の前の二人以上の反応か。
俺たちは同じく馬車の中で食事をとりながら、いつものリリの食事に舌鼓を打っていた。
隣で得意げな顔をしているリリも、想像以上に喜んでもらえたことが嬉しそうだ。
少しだけ気を緩めることができる食事中。一度盗賊団に接触して以降、他の盗賊団に接触もしてないせいか、少しだけ空気が緩んでしまっている気がした。
そんな食事の最中、俺は少し躊躇った後に口を開いた。
「食事中に話す話題じゃないと思うんですけど、以前イリスが盗賊団に襲われた時って、どんな感じで奇襲されたんですか?」
ハンスに聞いたはずだったのだが、隣にいたイリスにその声が聞こえないはずがなく、一瞬イリスの食事をしている手が止まったように見えた。
正直、本人のいる前でこんな話はしたくはないのだが、現状本人から目を離すわけにはいかない。
それに気が緩みかけている今の状況は、盗賊団側からしたら狙い時であることに変わりはない。
そう思うと、過去の犯行について少しでも情報を得ておいた方がいいだろうと思った。
「以前も移動中のことでした。ふと気がつくと、辺りが深い霧に包まれていたのです。あまりにもその霧が深かったので、それが人為的な物であるということはすぐに分かり、警戒をしました。そして、見えないところから一方的に攻撃を受け、馬車にも霧が入り込んできまして、その霧が晴れた頃にはエリス様はーー」
ハンスはそこまで話すと、膝の上に置いた拳を小さく震わせていた。
守り切れなかった自分に対していら立っているのだろう。
その目は何もない所を睨んでいるようだが、過去の自分を強く睨みつけているようでもあった。
やはり、食事中にするべき話ではなかった。
……食事の時間をもう少しだけ、早くするべきだったな。
「ハンスさん、その時に見た霧って言うのはあれですか?」
「――っ! 間違いありません。同じものです」
野営のテント周辺に這い巡らせていた灯りが照らしているのは、白くてもやっとした霧。それも、ハンスの話通り自然発生にしては異常な量と密度があるような気がする。
まるで何かを隠すために人為的に発生させたようなそれは、すぐに俺たちの馬車と周りにあるテントを包み込もうとしていた。
どうやら、早くも次の盗賊団が俺たちを見つけ出したようだ。
そして、その相手は、以前にイリスを誘拐した相手らしかった。
霧は広がりながら、俺たちの元に向かっていた。
相手が何をしてくるのかは分からないが、この霧に包まれるような事態だけは避けなくてはならない。
ハンスの話を聞くに、やっかいそうだし、イリスはこの霧に呑まれるだけでも不安になるだろうしな。
そうなると、現状をどう打破するかだがーー。
「アイクさん。とりあえず、野営してる周辺まで結界張っておきますか?」
そんなことを考えていると、隣にいたリリが俺の服の裾をちょいちょいっと引っ張って、そんな言葉を口にした。
その顔は食事をしているときと変わらず、普通のことをするかのような表情。とても、盗賊団が迫ってきているとは思えない表情。
「え、ああ。それじゃあ、頼めるか?」
思いもしなかった申し出に少し戸惑いながら、俺がそんな返答をするとリリは微かに口元を緩めた後、馬車から一人で降りていき、片手を霧の方に向けた。
「『結界魔法』」
リリがそう唱えると、こちらに向かっていた霧が突然何かに当たって、それを迂回するように左右上下に広がっていった。
そのまま広く張った結界を迂回しながら霧は進んでいき、やがてリリが結界を張った内側以外が霧に包まれた。
さすがに距離が遠すぎるせいか、イリスも不安げな顔はしていなかった。というか、そんなことよりも目の前で起きている不思議現象に見入っているようだった。
「え、なんだこれ」「どうなったんだ?」「なんか霧が俺たちのこと避けてないか?」
リリが結界を張った事を分かっていない騎士団は、目の前で起きている事態に対して、怪奇現象でも見るかのような目を向けていた。
まぁ、結界なんて張れるやつなんて滅多にいないだろうし、そんな反応にもなるか。
それからしばらくして、何かが結界に衝突したような音だけが聞こえてきた。
魔法なのか何かの投てき系の武器なのか分からないが、ただ爆発音や衝突した音が聞こえるだけ。
ただ何をしているのかまるで分らなかった。
リリが張った結界はびくともしないので、実質何もされていないのと同じだったからだ。霧のせいで全く見えないしな。
「……あの霧をどけますね」
リリは当たり前みたいにそんな言葉を口にすると、続けて小さな結界を手のひらに作ると、そこに右手を向けて静かに言葉を続けた。
「『転移結界魔法』『サイクロン』」
リリがその小さな結界に向けて魔法を唱えると、その結界の中に小さな竜巻のような物が生じた。
威力が小さいというよりも縮尺を無理やり縮め込んだような感じだ。小さな竜巻なんて可愛らしいものではないことは確かだった。
「『転移結界魔法―転移』……『解除』」
そして、リリが言葉を続けると、リリの手のひら先にあった結界が竜巻ごと消えた。
消えた竜巻はどこに向かったのか。それは考えるよりも早く目視で確認することができた。
消えたと思った次の瞬間には、凄まじい暴風の音が聞こえてきて顔を上げると、そこにその竜巻は移動していた。
俺たちの結界の外にいつの間にか移動していたそれは、それが本来の縮尺であったかのように、民家を軽く呑み込むほどの大きさになっていた。
「な、なんか来たぞ!」「か、風つよーーは? 竜巻?!」「何が起きてんだよ、何も見えないぞ!!」
結界の外から悲鳴のような物が聞こえてきて、その竜巻がその悲鳴の方に突っ込んでいった。
当然、その竜巻に巻き込まれるようにして霧は晴れて、その悲鳴を上げていた奴らの馬車ごと粉々にしていた。
「『結界魔法』。ふふんっ、アイクさん、無事盗賊団を確保しました!」
最後に盗賊団と粉々になった馬車を結界で囲むと、リリは胸を張ってこちらに満面の笑みを向けてきた。
「お、お疲れ。す、凄いな、リリは」
「えへへっ、まぁ、アイクさんの助手なのでっ」
粉々になった馬車の下敷きになった盗賊団が。何とか這い上がろうとしている様子から、盗賊団が死んではいないようだ。
結構派手だったが、あれでもリリは結構加減をしたのかもしれないな。
霧をどけると言ってはいたが、まさか一緒に盗賊団を瞬殺するとは思わなかったな。
ていうか、やっぱり、リリもポチも戦い方が結構脳筋染みてきていないか?
あの島での修行の成果を見ることができて嬉しいが、なんかリリの戦闘スタイルも大きく変わった気がする。
「今のって、あの女の子がやったのか? え、もしかして、S級?」「いや、最近A急になったって聞いたぞ」「あれでA級って……今の冒険者ってそんなにレベル高いのか?」
盗賊団を瞬殺したリリに対して、騎士団の面々はそんな言葉を口にしていた。
いや、俺たちが特殊なだけでA級の冒険者みんながみんなリリくらい強いわけではないのだけど。
……まぁ、冒険者の評価が上がるなら、このまま誤解してもらっていてもいいのかな?
あれ? そういえば、まだ俺って活躍してないのでは?
助手と使い魔が強くなりすぎたせいか、どうやら俺の活躍の機会がめっきり減ってしまったようだった。
こうして、俺たちは以前にイリスを襲った盗賊団の捕縛に成功したのだった。
「今回の尋問はアイクさんやらないんですか?」
「まぁ、今回は事情が事情だしな。やるとしても、もう少し経ってからかな」
以前にイリス達を襲ってきた盗賊団を無事に確保して、その確保された盗賊団は絶賛尋問中だった。
しかし、今回の尋問を担当するのは俺ではない。なので、俺たちは中断してしまった食事を食べ終え、食休みをしていた。
リリが盗賊団を一瞬で倒してくれたこともあり、その後の捕縛もすぐに完了することができたので、料理が冷める前にまた食事を再開することができたのだった。
「今回は相手が相手だから、ハンスさんに任せることにするよ」
馬車の中にいるのは俺とリリ、ポチとイリスの四人だった。
盗賊団を捕まえた後は、尋問に必要な人員以外は各々食事に戻ることになったのだ。
そして、食事を食べ終えて結構な時間が経つが、まだハンスは戻って来ていなかった。
尋問に難航しているというよりも、多分他の理由なのだろうと思う。
これから朝が来るまで時間はたっぷりあるのだ。以前、イリスを襲われたときに感じた不甲斐なさや怒りという感情を、全力でぶつけるには足りないかもしれないが、多少気を晴らすくらいの時間はあるだろう。
ただの私的な感情で盗賊団に手を出すのはよくはないかもしれない。それでも、彼らのしたことは犯罪で、それの被害に遭った人たちの心を汚したのだ。
その罰くらいは受けるべきだし、ぶつけないと癒えない感情って言うのもあるしな。
「遅くなりました。少し時間がかかってしまい、申し訳ありません」
戻ってきたハンスは特に肩で息をしているということもなく、いつも通り平常心を絵に描いたように落ち着いた表情をしていた。
「いえいえ、そんなことは。むしろ、俺たちだけ休んでいて申し訳ないです」
ただ一点違うことは、先程までしていたはずの白い手袋を今はしていないというくらいだ。
この短期間で手袋を失くすことないだろうし、多分汚してしまったのだろう。
何色に汚してしまったのか。手袋を汚すほど何をしていたのかは聞くべきではない……聞いてはならない気がした。
リリがティーポットに入れていたお茶を注いで、ハンスに渡すと、ハンスはそれを受け取って勢いよく数口呑み込んだ後、短く息を吐いた。
どうやら、まだ内心は落ち着ききっていないご様子。
ハンスはもう一口だけお茶を口にしてから、そっと口を開いた。
「聞くことのできた情報は、主にミノラル周辺で襲ってきた盗賊たちと変わりありませんでした。ただ、彼らはミノラル周辺ではなく、ミノラルと他の都市の間で待ち伏せをするようにと言われたらしいです」
「他の都市との間ですか?」
どこかの都市で待機させるわけでもなく、ミノラルから他の都市へ向かう道中で張らせる。
ということは、まだ俺たちが向かおうとしている場所はばれていないはずだ。
そして、そんなふうに盗賊を色んな所に散らばさせる理由があるということ。
「……捕まった盗賊の情報から、俺たちの居場所を割り出そうとしているんですかね?」
「おそらくは。盗賊曰く、盗賊はみな一定間隔でワルド王国に信号を送っているようです。その信号が途切れると、異変が起きていると判断するとか」
盗賊団は捕まったら何か信号を送ることはできなくなる。それなら、常に信号を送る形を作っておいて、それができなくなることで俺達と接触したことを明確にするということか。
「ちなみに、その一定時間というのはもう過ぎたんですか?」
「はい。残念ながら……本当に申し訳ございません。私がもっと早く奴らの口を割らせることができていれば」
「いえ、俺ではその情報を引き出すことはできなかったかもしれません。それに、ミノラル周辺で捕まえた盗賊たちからの信号が途切れた時点で、すでに方向はばれていたでしょうし」
人海戦術で俺たちの場所を炙り出して、それから一気にこちらに畳みかけてくるという作戦か。
つまり、それだけの作戦を実行できるほどの要員を、ワルド王国は抱えているということになる。
それも、表向きの戦争とは別で動ける別働隊として確保している。果たして、本当にワルド王国だけなのかは怪しいがな。
後ろ盾をしている国がどれだけいるのか、そこからどれだけの要員が動かされているのかは、今考えても仕方がない。
それよりも、思った以上に本格的な作戦を敷かれていたことに驚きだ。
これは想像以上に、俺たちと数の差があると思っていた方がいいな。
「とりあえず、今は動けないので、日が昇り次第ここを離れましょう。今できることは、追加で情報を吐かせるくらいなので……いちおう、俺も盗賊たちのところに行ってきます」
「では、私が盗賊の所まで案内いたします。リリさんはこちらでイリスをお願いします」
「あっ、分かりました」
正直、あまりイリスの前から離れたくはないが、ここで必要な情報を聞き漏らすわけにはいかない。
俺がミノラルを出てすぐに出会った盗賊に、一定間隔で合図を送っていることを聞き出せなかったように、ハンスが聞き漏らしたことがあるかもしれない。
数で負けているのなら、最低限の情報くらいは持っておかないと不安だしな。
それに、イリスのことはリリが見ていてくれれば大丈夫だろう。
そんなことを考えて馬車から下りてハンスの後ろをついていくと、ハンスが申し訳なさそうな口調で言葉を口にした。
「アイクさん。おそらくですが、これ以上情報は出てこないと思うのですが」
「まぁ、念のためってやつです」
「そう、ですか」
もしかしたら、ハンスからしたら自分がした仕事を疑われたと思っているのかもしれない。
そんなつもりは全くないのだけど、少しフォローでも入れておいた方がいいのだろうか?
そんなこと考えて歩いていくと、すぐに野営している簡易的なテントの前についた。
しかし、なぜかその入口にいる騎士団の顔が引きつっていて、ハンスも中々テントの中に入ろうとはしない。
なんだろうかと小首を傾げていると、やがて諦めてように小さな息を吐いて、ハンスは入り口の布を片手で押して中に入っていった。
そこには先程捕まえた威勢の良い盗賊団がーー
「ひぃええ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」「も、もうこれ以上のことは知らないんだよ! ほ、本当なんだ!」「な、殴らないでくれっ! これ以上はっ、これ以上はっ!」
いなかった。
代わりにいたのは、ハンスに異常に脅える盗賊団らしき人たち。
顔面を守るようにして身を縮めている様子から、その顔がどうなっているのかは分からないが、あまり想像はしたくない。
「ハンスさん?」
「……このことは、イリスには、どうか内密にお願いします」
そんなことを口にしたハンスは気まずそうにこちらから視線を逸らした。
どうやら、俺が思っている以上に、感情的な尋問の時間になったらしかった。
あっ、あれってハンスさんの手袋。……いや、見間違いか。
そのテントの中に雑に投げつけられたような手袋が落ちていた。一瞬、それがハンスのものかと思ったが、気のせいだったみたいだ。
ハンスが着けていたのは白い手袋だ。あんな赤黒いような色をした趣味の悪い手袋なんて、俺は知らない。
……知らない。
俺はその手袋から必死に目を逸らしながら、そっとその男たちに【催眠】のスキルを使用して、尋問の続きを行ったのだった。
それから馬車で揺れること数日。俺たちはその後に盗賊に遭遇することなく、無事にイリスを匿うための隠し別荘へと来ることができた。
ミノラルから少し離れた山の奥。特産物も特色もないただの田舎町であるオリスという町。
そこにイリスの隠れ別荘という物があった。
「……やっぱり、でかいんだな」
「なんか少し神秘的ですね」
大きさで言えば、俺たちが普段住んでいるミノラルの屋敷の二倍ほどの大きさ。壁の色は白く、森にひっそりとある洋館のような雰囲気が出ていた。
いや、実際にそうなのか。
別荘に配置されている騎士団の数は中々のもので、ここに閉じこもっているだけで誘拐されることはないのではないかと思えてしまう。
これだけの数の騎士団を配置しても騒ぎになったりしないのは、この中が山の中だからなのだろう。
聞いた話によると、近隣の家はここからしばらく馬車を走らせないとないらしい。
もしかしたら、誰にも気づかれることなく、ひっそりと隠れることができるから、こんな場所に別荘を構えたのかもしれない。
「それでは、アイクさん、リリさん。別荘の中へご案内いたします」
そんなことを考えながら、リリとポチと別荘を眺めていると、すぐに俺たちの後ろにいたハンスにそう言われて、俺たちは別荘の中へ移動することになった。
「別荘の中で今後の方針について、話し合いをしましょう」
真剣な表情でそう口にしたハンスを見て、これからが依頼の本番であることを再度確認したのだった。
そして、俺たちは別荘の広間で作戦会議を行うことになった。
この場にいるのは『道化師の集い』とイリスとハンス。それと、今回のイリスを護衛する騎士団の隊長のレノンが出席していた。
これ以上の人数を増やすのは、外に情報が漏れる可能性があるため最低限の人数で話し合いが行われていた。
「二回目の盗賊たちの襲撃以降、襲われなかったのが気になりますね」
そんなことを口にしたのは金色の髪を上にあげている好青年、レノンだった。俺よりも少し上くらいの年齢なのに、今回の任務の隊長を任されることになったということもあり、なんとも自信に満ちて堂々としている佇まいだった。
レノンが少し考えるようにしながらそんなことを言うと、その考えに同調するようにハンスが小さく頷いた。
「道中で、我々を襲えなくなった事情があったといった所でしょう」
普通に考えれば、俺たちが屋敷に籠る前に襲った方がイリスを誘拐できる確率は高い。
理由は単純で、移動中の俺たちは人数も多くはなかったし、イリスを守っていた外壁は馬車だけ。
こんな山奥の屋敷に籠られるよりも、もっと早く勝負を駆けたかったはずだ。
つまり、それをしなかった理由が何かあるということだ。
「二回とも返り討ちになったから、戦力をまとめてぶつけようって感じですかね」
「やはり、その可能性が高いかもしれませんね」
どうやら、俺とハンスの意見は同意見のようだった。
つまり、この先の考えていることも同じなのだろう。
俺は一瞬言葉にするかどうかを考えた後、諦めるように小さく息を吐いて言葉を続けた。
「ということは、この場所がバレてる可能性があるってことですか」
「……考えたくはありませんが、おそらくそうではないかと」
考えたくなかったことだが、認めるしかない事実。
一度体制を整えてから攻撃できるということは、俺たちの居場所が分からないとできない判断だ。
そして、それはこれから一気に盗賊たちが、この別荘を襲ってくるかもしれないという可能性を認めざるを得ないということだった。
「待ってください。お二人は騎士団の中に誰か裏切り者がいると仰るんですか?」
俺とハンスが最悪の事態を前に頭を抱えていると、レノンが焦った様子でそんな言葉を口にした。
まっすぐ疑うことを知らないような純粋な瞳は、仲間を疑う行為を知らないように澄んでいた。
「いえ、そういう訳ではないです。騎士団以外にもこの屋敷のことを知る者がいる。内部の誰かしらがリークした、といった所でしょう」
「で、ですが……」
未だに納得いっていない様子のレノンだったが、それでも現状を受け入れられないほど子供ではないようで、悔しそうに視線をこちらから逸らしていた。
そんなレノンをそのままに、ハンスはこちらに視線を向けて言葉を続けた。
「アイクさん、リリさん、ポチさん。あなた達にはイリスの部屋でイリスの警護をお願いします」
「分かりました。何か危険だと思ったら、俺も前線にいつでも出れるようにはしておきます」
ミノラル付近で捕まえた盗賊の話では、今回のイリスの誘拐にはただの盗賊以外に、裏傭兵団なる者も参戦しているかもしれないとのことだった。
もしも、以前にワルド王国に潜入したときのような男がいた場合、例えイリスを守れたとしても、ここにいる騎士団が全滅するという未来もあるかもしれない。
常に気は引き締めえとかねばならないだろう。
「イリスの部屋にベッドを人数分運んでいますので、おやすみの際もそちらをご了承ください」
「分かりましーーえ? イリスとリリとも同部屋ですか?」
「緊急事態なので仕方がありません。アイクさん達以外に頼れる人がいないのです。何卒お願い申し上げます」
ハンスはそう言うと、こちらに深々と頭を下げてきた。
誠心誠意心の籠ったお辞儀。それだというのに、どことなくその言葉が硬いような気もした。
「……くれぐれも、間違いはないようにお願いたします」
王族のイリスを異性と同じ寝床に着かせることへの執事としての葛藤と、イリスを守りたいという忠誠心。それと、依頼を受けてくれた俺たちに失礼な態度は取れない。
そんな感情に板挟みにされていたハンスの口からは、何とも形容しがたい凄みのある声が漏れていた。
深々と頭を下げたのは、見せられない表情を隠すためではないんだよな?
「は、はい」
思い出したのは顔も上げることができなくなった盗賊団の姿。
間違いがあったらどうなるのか。その盗賊団たちの姿を思いだすと、背筋が少しだけぞっとしてしまった。
なんか彼女の家のお父さんと対峙しているようだ。……いや、彼女なんかいたことはないんだけどな。
こうして、俺たちはイリスの部屋でイリスの警護に当たることになったのだった。
そして、食事を終えて夜が更けていき、自室で就寝の準備をするイリスと共に俺たちはイリスの部屋にいた。
その部屋は一人部屋というにしては広すぎて、ミノラルにある屋敷のリビング並みの面積があった。
イリスの年齢の割に落ち着いている部屋の造りをしており、大きな額に飾ってある絵や、身長を優に超える姿見鏡があったりと、絵に描くような王室の部屋の造りだった。
いや、ここはあくまで別荘だったか。
「なんかお泊り会みたいですね」
「そんな平和に終わるとは思えないけどな」
イリスのベッドから少し離れた所に、イリスが使うベッドを一回りくらい小さいベッドが横並びで並んでいた。
イリスのベッドに近い順に、リリ、ポチ、俺の順に使うようにとハンスに指定されたのは、特に深い意味はないのだろう。
……俺がイリスに夜這いでもかけようものなら、リリとポチが気づくようにあえて一番遠くにした。そんな理由なんてあるわけない。
考えすぎ、だよな。
「ふふっ、同じ部屋に他の人がいると言うのは不思議な感覚ですね」
俺たちがベッドに腰かけながら会話をしていると、俺たちの様子を見ながらイリスが小さく笑みを浮かべてそんな言葉を口にした。
「そういえば、私も初めてです。アイクさん、いつも同じ部屋で寝てくれなかったので」
「そりゃあ、そうだろ。男女で同じ部屋に寝るのはあまり褒めたことじゃないし」
こちらに不満そうな目を向けてくるリリを軽く一蹴すると、少し離れたベッドの上にいるイリスが恍けたように小首を傾げて言葉を続けた。
「あら。今は女性が二人もいるのに、問題はないのですか?」
「緊急事態だから仕方なしです。ていうか、依頼中にそんな羽目の外し方なんてしませんしね。それに、仮にそんな事をしたら、ハンスさんに……殴り殺されます」
そう、あの時の盗賊団と同じように。いや、それ以上に。
「ふふっ、ハンスは少し過保護なところがありますけど、そこまではしませんよ。試しに、『アイク様に襲われました』って、言ってみましょうか?」
「じょ、冗談でも、やめてくださいよっ!」
「そ、それなら、私も『アイク様に襲われました』って、言いふらしてみます!」
「なんでそこで張り合うんだよ!」
イリスはそんな俺達の反応を見て、楽しそうに笑みを浮かべていた。そのイリスの顔は、いつもと比べて随分と柔らかい表情をしているようだった。
その笑みが普段よりも柔らかく見えたのは、もしかしたら、イリスを誘拐した犯人を捕まえることができたからなのかもしれない。
自分を誘拐した連中がどこかに潜んでいるかもしれない。それはけっこうふあんにかんじることなのだろう。
その不安がなくなっただけで、こんなにも柔らかい表情をするのだなと、俺は少しだけその顔に見入ってしまっていた。
湯上りで寝間着姿ということもあるのだろう。昼間に見るときよりもどことなく色っぽさを感じてしまい、俺はその視線に気づかれる前にそっと視線を逸らした。
「それにしても、ポチの分のベッドまで用意してもらえるとはな」
「きゃんっ」
普段は俺と一緒に寝ていることが多いポチは、一人で独占できるベッドが嬉しいのか尻尾とぶんぶんと振っていた。
屋敷の部屋もベッドも余っているし、ポチ用の部屋をあげてもいいんだけど、すっかり俺のベッドで寝ることが定着してきたしな。おそらく、今の状態が珍しいんだろう。
……まぁ、最近はポチもリリと一緒に寝ることが増えてきて、少しだけ悲しく思ったりもするわけだが。
やはり、俺も一緒に島の修業にも参加しておけばよかったかな。
「ポチ様も相変わらず、もふもふなのですね」
ポチが慣れない一人で使うベッドにはしゃいでいる様子を見ながら、イリスがそんな言葉をぽつりと呟いた。
イリスは何か尊いものを眺めるような目でポチを見つめて、何かを言いたそうに口元をもごもごとさせていた。
そして、やがて意を決したようにこちらに視線を向けると、微かに頬を赤く染めながら言葉を続けた。
「あ、あの、ポチ様を少しだけ、もふもふしてもよろしいでしょうか?」
その表情は子犬を触りたくてうずうずしている少女のそれで、王女のような身分を感じさせない無邪気な表情をしていた。
「だってさ、ポチ。どうかな?」
俺が二人の間を繋ぐようにそんなことを言うと、ポチはすぐにベッドから下りてイリスのいるベッドに小走りで向かい、そのままベッドに飛び乗った。
そして、イリスの目の前までいくと、イリスの膝の上に乗ってお腹を見せる形で体を預けた。
「わっ……わぁっ! もふもふです! 温かくてふわふわですっ!」
「へっ、へっ、へっ」
イリスはそんなポチのお腹を触りながら、目を輝かせて少し興奮しているようだった。
そして、撫でられているポチも気持ち良いのか、嬉しそうに撫でられていた。
……ポチって、フェンリルで合ってるんだよな?
人懐っこさと小型犬のような姿を見てしまうと、度々そんな疑問が湧き出てしまうのだった。
「アイクさんっ」
「な、なんだ?」
俺が少女と子犬がじゃれ合う光景を見て和んでいると、急に俺の隣に腰かけてきたリリがいつになく真剣な声で俺の名を呼んできた。
何かしら注意でもされるのかと思ってリリの方に視線を向けると、リリは声のボリュームを下げて言葉を続けた。
「結界が侵入者の検知をしました。何者かがこの屋敷に向かってきてます」
「……了解」
俺はリリの言葉を受けてそっとベッドから立ち上がった。
どうやら、思ったよりも早く敵の襲来が来たらしい。
誘拐されるという不安が解消されつつあるイリスには、あえてそのことを伝える必要はないか。
俺はリリとポチを部屋に残して、一人イリスの部屋を後にしたのだった。
「アイクさん? どうかされましたか?」
イリスの部屋の外に出ると、すぐに部屋の前に立っていたハンスに声をかけられた。
俺の表情から何かを感じ取ったのか、ハンスの顔は俺が話し始めるよりも早く顔が少し引き締まっていた。
「屋敷に誰か近づいてきてます」
「なんと……盗賊団ですかね?」
「おそらくはそうなんじゃないかと。【気配感知】……数は、20、いや、30? どんどん増えていきますね」
リリは俺の【気配感知】に似た効果をもつ結界魔法を張ることができる。それで屋敷から少し外の領域までを確認してもらっていた。
リリに侵入者がいることを知らされて、すぐにその数を確認しようと思ったのが、想像よりも数が多いな。
幸いなことは、この屋敷にくるまでの道は一本しかないということ。
それだけで、ある程度侵入経路が搾れるのはありがたい。
「ちょっと俺も行ってきます」
「アイクさんがですか? 騎士団もいるので、そこは騎士団にお任せ頂いて問題ないかと思うのですが。それに、アイクさんにはイリスの警護をお願いしたいのです」
「ここにはリリもポチもいますから、大丈夫ですよ。それよりも、騎士団が殲滅させられた方が、イリスさんは気に病むでしょうし」
ここに来るまでの道中の戦いなどを見て確信したが、リリとポチの二人でも止められない誘拐犯だとしたら、俺でもイリスを守るのは難しいだろう。
それに、リリに至っては結界をある程度自由に造れるだろうし、守るということに関しては俺よりも上かもしれない。
それなら、俺がやるべきことはむしろ攻めに出ることだと思う。
裏傭兵団という実力者が攻めてくるかもしれないという状況で、一方的に攻めこまれたら逆に不利になる。
それに、そいつらが前にワルド王国であった男と同等の力があるとしたら、騎士団は瞬殺されるだろう。
そんな事実を前にして、イリスが気にしないわけがないし、気に病む未来しか見えない。
警護は完璧にしましたと言っても、その子の心をまるで守れなかったら、その依頼は失敗同然だろう。
「そこまでの人物が……分かりました。くれぐれも、お気をつけてください」
「ハンスさんもお気をつけて」
俺は律義に頭を下げてくるハンスの姿をその場に残して、戦場になっているであろう外に向かって走り出した。
外に出ると、そこは案の定、騎士団と盗賊団の戦場になっていた。
「あれ? 結構優勢……いや、そんなこともないか」
しっかりと隊列を組んで自陣を守ろうとする騎士団の活躍は素人目でも分かるくらい、立派な活躍をしていた。
すでに捕縛した盗賊たちや、地面に転がっている盗賊たちもいて、一見優勢のように思える。
「また人海戦術か」
確かな実力がある騎士団なのだが、さすがにその数を前に圧倒されつつあった。
【気配感知】で確認をしてみると先程よりも盗賊たちの数が増えていて、それに押されるように騎士団の隊列も押されていた。
こんな数の暴力をされたら、どんな奴でも自陣を守るのは厳しいだろう
「【肉体支配】」
それが普通の騎士や冒険者の場合はな。
俺がそのスキルを使用した瞬間、真っ赤な丸い形をしたバルーンが何もない所から無数に生まれた。
初めからそこにあったかのようなそれらは、形容しがたい不気味さがあった。
「な、なんだあれ?」「こんなの作戦にあったか?」「風船?」
そのバルーンはその戦場で一定間隔に配置されていて、ただぷかぷかと浮いていた。
そんな奇妙な光景に、今ここにいる人物は全員釘付けになっていた。
そして、次の瞬間、周囲に浮かんでいる無数のバルーンが破裂した。
残ったのはバルーンの破裂音と、その後の余韻だけ。
急に現れたバルーンが割れた。その奇妙な出来事を前にただ静寂が流れていた。
「はい。それじゃあ、騎士団以外の奴ら集合」
その静寂を破ったのは、柏手のような俺の手の音と俺の声。
俺が彼らの肉体にそう命令をすると、騎士団に襲い掛かっていた盗賊団の足が俺の方に向けられて、ぞろぞろと集まってきた。
自分の意思と反して動く体が気持ち悪いのか、未知の経験を前に顔を歪ませて、所々悲鳴が上がっている。
「な、なんだこれ!」「か、体が勝手に!」「くそっ、くそっ!!」
いや、ただ肉体を操っているだけなのだけど。
しかし、そのタネを分かっている俺から見ても、数十人が一気に操られている様子は、形容しがたい奇妙さがあった。
顔を引きつらせながらやってきた盗賊団は、その命令主が俺であることにどこかで気づいたのか、俺に畏怖の念でも抱いているような目を向けていた。
これから皆殺しでもされると思ったのか、脅えた表情をしている奴らまでいる。
俺はやってきた盗賊団の足元に、アイテムボックスから縄を取り出して、地面にそれを投げた。
「これで自分達を縛って、騎士団に確保されること」
俺が異常に脅えているような盗賊団に、少しの笑みを向けてそう言うと、盗賊団は自分達の仲間を拘束し合って、騎士団の前に正座をしてお縄についたのだった。
「あ、悪魔だ」
いや、道化師だからな。むしろ、無傷で確保してだから天使だろ。
どこかから聞こえてきた声に心の中でツッコミを入れつつ、俺たちは無事に盗賊たちの第一波を無事に防ぐことに成功――。
「騎士団の方たちは、捕らえた盗賊をお願いします」
「あっ、はい」
成功したと思った次の瞬間には、すぐに【気配感知】に反応があった。
どうやら、このまま第二派がやってくるみたいだ。
俺は騎士団たちよりも数歩だけ前に出て、次の攻撃に備えた。
気のせいか、少しだけ空気の色が変わったような気がした。
「アイクさん、援護いただきありがとうございました!」
「いえ、そんなに気にしないでください」
騎士団の一人が代表するように、俺の近くまで来ると深く頭を下げてきた。
戦いの中で自分達が劣勢に追い込まれていく中で助けられたということもあって、必要以上に感謝しているのかもしれない。
盗賊団を捕らえたときは、俺のスキルを初めて見たせいか、少し警戒されてしまっていたから少し焦った。
しかし、今はこの屋敷に移動するときに向けられていたような、羨望に近い視線を向けられている。
まぁ、危険な状況に颯爽と現れて敵を瞬殺するように捕らえれば、そんな反応にもなるか。
大勢の騎士団からそんな目を向けられれば、当然俺だって嫌な気はしない。
しかし、素直に喜んでいられる状況ではないのは確かだった。
「それよりもすぐに来ますよ」
「来る、とは?」
「第二波ですね。先程までの盗賊団とは随分レベルが違う気配を感じます」
俺が近くに来た騎士団にそう告げると、その声が他の騎士団たちにも聞こえたのか、一気に緩みかけていた空気が張りつめた物に変わった。
【気配感知】で感知している数個の気配。その気配の大きさが魔物と間違えるほどの大きさをしているものがある。
それがすぐそこまで近づいてーー
「きた」
俺がそんなことを呟いた瞬間、俺の目の前に大剣を構えた大男が突っ込んできた。
剃り上げた頭に筋骨隆々な体つき。俺の身長を優に超える大きさで、その体と同じくらいの大きさの大剣を上段に構えて、それを俺の脳天に振り下ろしていた。
しかし、そこでその男の動きは止まってしまっていた。
いや、止められたのだ。自分の影から伸びるような黒い鞭によって、体を縛り上げられて。
【影支配】。大柄な魔物も縛り上げて動けなくさせるスキル。そのスキルを前に、男は体を動かすことができなくなっていた。
「うわっ、な、なんだ?!」「か、構えろ!」「なんあの男、止まってるぞ」
突然現れた大男に驚く騎士団だったが、ピタリと動かないその様子を見て、頭に疑問符を浮かべていた。
何か奇天烈な物でも見るかのような視線を大男に向けていて、その視線を受けた男はすぐ目の前にいる俺を眼光だけで殺すような目つきで睨んでいた。
凄いな。下手な猛獣よりも何かに飢えているような目をしている。
「てめぇ、何をした?」
「状況分かってんのか? 質問するのはおれだ。おまえが裏傭兵団って奴か?」
「だとしたら、なんだよ」
自分が捕まっている状態だというのに、まるで恐れている様子がない。
先程までの盗賊団との圧倒的な力の差からすると、こいつが裏傭兵団っていうことで間違いはなさそうだ。
「まぁ、いいや。とりあえず、気を失っててもらうか」
あんまり乱暴なことはしたくはないが、【催眠】が途中で解かれてしまっても面倒だ。
多分、力を抑えれば死ぬことはないだろう。
俺はそんなことを考えながら、そっと男の額の前に手をかざした。
「【精神支――】」
俺がスキルを発動させようとした瞬間、俺は急いでその右手を引いた。
そして、その右手があった場所に何かが通ったと思った瞬間、その後方にいた騎士団にそれが着弾した。
「ぐわっ! ……え?」
何かが着弾してその痛みで悶える声が聞こえたと思った次の瞬間、後方でいきなり爆発音がした。
「は?」
驚いて振り向いてみると、そこにはその爆発に巻き込まれて数人の騎士団が倒れていた。
焼かれた服なのか焦げた人肉の匂いなのか、鼻にこびりつく匂いを残して、倒れた数人の騎士団は動くこともままならなくなっていた。
「外しましたか」
木陰から姿を現したのは銀縁の眼鏡をかけた三十代くらいの男。線は細いのに、歩き方だけで体幹が尋常じゃないのが伝わってくる。
手にしている弓矢を見るに、先程俺の手を打ち抜こうとした犯人であることは明確だった。
先程の紙一重の攻撃。そして、着弾するだけで数人を巻き込む爆発する矢。
こいつも、この大男と同じ裏傭兵団の一員ってことか。
「おいおい、ラルドが簡単に止められてんじゃねーか」
そして、その後ろからやってきた男の姿を見て、俺は無意識下で生唾を呑み込んでいた。
無造作に伸ばしっぱなしになっているような黒髪に、大きな肩幅。服の上からでも分かる膨れ上がった筋肉をそのままに、その男は防具も着けずに長剣を引き抜いていた。
「あのときの……」
「ん? どこかで会ったことあんのか? わるいな、覚えてなくて」
その男はまるで悪びれる素振りを一切見せずに、口元を微かに緩めていた。
まさか、こんなに早く再会できるとは思っていなかった。
俺はその男に釣られるように、微かに口元を緩めてしまっていた。
イリスの護衛の依頼中。盗賊団による襲撃を瞬時に押さえ込むことができたと思ったのだが、そこには新たに三人の刺客が送られてきた。
さっきまで相手をしていた盗賊団とは力の差がありすぎる刺客。
そして、その中には以前にワルド王国で敵わなかった男の姿もあった。
盗賊団から話を聞いていた裏傭兵団。その組織が突如俺たちの目の前に現れたのだった。
「なんだ、ランドが捕まったのか」
「ランドが? うおっ、マジじゃんか」
そして、その後ろから三人の男が近づいてきた。
身の丈ほどの大きさのある杖を持った者や、大きな盾を構えている者、短剣を構えた軽装備の者などが、ワルドであった男の後ろから現れた。
「……嘘だろ」
一対一の戦いなら、ワルドであった男にもおそらく負けることはない。
それだけ強くなった自信もあったし、それを証明したいとも思っていた。
ただその男と同等程度の強さがあるかもしれない相手を、同時に六人相手にできるかどうかと言われると、さすがに厳しいのではないかと思ってしまう。
思わず苦笑いでそんなことを呟いてしまうくらい、俺は追い込まれてしまっていた。
冷や汗が頬を伝って、危険信号によって心臓音が嫌な速度になっていた。
「うおぉらっ!」
そして、そんなふうに微かに意識を逸らした瞬間、初めに捕らえたはずの男が大声と共に、影で縛っていた拘束を強引に振りほどいた。
大型の魔物をしばらくの間拘束しておけるだけの強度のある拘束を、無理やり力でちぎるようにして。
「掴まってなんかいねーぞ! 適当ぬかすな!」
ラルドと呼ばれた男は後ろからやってきた仲間にそんな言葉を吐くと、俺を睨みつけると、照準を合わせて大きな体で突っ込んできた。
おそらく、何かしらのスキルを使用しているのだろう。一気に間合いを詰めるように、こちらに突進でもするかのような勢いで突っ込んで来ている。
意図せず一対一の構図になったのは幸いだった。
俺はその男の動きに合わせて、カウンターでスキルを叩きこもうとしているとーー俺の視界に短剣を引き抜いた男の影が映った。
「ぐっ!」
咄嗟にその攻撃を短剣を引き抜いて防ぐと、その一瞬の隙に、大剣を構えた男が大剣を俺の頭に叩き込もうとしていた。
「【アイテムボックス】」
俺が咄嗟に【アイテムボックス】を使用すると、何もない所から数本の短剣が現れて、二人の男の体を貫いた。
【投てき】のスキルを使用した状態で、その勢いと力を溜め込んでいた短剣は、そのまま男たちを数本ずつ突き刺した。
そして、それを食らった男たちはその短剣の勢いを殺すように後方に跳びながら、俺との距離を取った。
「くそっ! なんだあいつは!」
「いってぇな」
しかし、咄嗟に放った攻撃ということもあって、相手の致命傷になることはなかったらしく、そこまでのダメージを与えることができなかった。
男たちは短剣を引き抜いてその辺に捨てると、少しだけ顔を歪めたが、すぐにこちらに向き直っていた。
それどころか、ラルドと呼ばれていた男に関しては、ただ怒りを買っただけみたいだった。
くそっ、一対一になったと思った考えが間違いだった。
そもそも数的に有利な状況で、相手がわざわざ一対一の構図を作らせてくれるはずがない。
たった二人を相手にしただけだというのに、さっきは間一髪だった。
道化師としての間合いを意識していたというのに、短剣を持っている男には一瞬で距離を詰められてしまった。
意識がラルドの方に向いていたということはあるが、それだけではない気がする。
何かスピードに特化したジョブなのか?
俺がその男との距離感を測りながら、次の一手を考えていると、不意にワルドで会った男と目が合った。
「短剣を投げつける戦闘スタイル……ん? おまえ、その短剣」
そして、俺の手に握っていた短剣を確認すると、俺に向けていた瞳の色を変えた。
「はんっ、なんだよおい、完全に思い出したぜ」
興味深いものを見るようで、ずっと探していた物を見つけたようにも見える瞳。そんな瞳でこちらを見つめながら、男は意味ありげに口元を緩めていた。
「久しぶりだな、色男。今日も姫様を守ってんのかよ」
そんな言葉を口にすると、その男の纏っている空気が変わった気がした。
……いよいよ、冗談じゃ済まなくなってきたな。
こうして、俺は圧倒的不利な状況でのリベンジマッチを迎えることになったのだった。
「はっ、はっ……」
それから、しばらくの攻防戦が続いていた。
圧倒的に不利な状況でのリベンジマッチ。
何とか一対一の状況を作るためには、辺りを跳び回って相手の意表を突くしかない。
それだというのに、俺はこの場をあまり離れるわけにはいかなかった。
理由は単純で、俺がイリスの護衛の依頼を受けているからだ。
下手な話、今目の前にいるこの六人は、俺を倒さないでイリスを誘拐できればそれで任務は完了する。
だから、六人全員に牽制をしながら、なんとか攻撃を防いで、隙をついて反撃に出なくてはならない。
体力以上に集中力を摩耗するような戦いだ。
「そらっ、これでどうだ!」
ワルド王国で力では敵わなかった男、クオンと仲間に呼ばれているその男は、俺が呼吸を整えようとした瞬間、地面を強く蹴って長剣で切りかかってきた。
「【肉体支配】」
俺は今日何度目かになる相手の肉体を操ることのできるスキルを使用した。
俺とクオンの間に現れた赤いバルーンは、クオンの剣が俺に届く距離に近づく前に割れて、肉体の支配権を俺によこした。
ピタリと止まったクオンの額に手を伸ばそうとした瞬間、俺に目がけて光のように速い矢と、地面をえぐるほどの爆発魔法が俺を襲ってきた。
「またかよっ」
【肉体強化】と【道化師】のスキルを使って、なんとかその攻撃を避けた直後、裏傭兵団の一人が盾を持って突っ込んできた。
その男の対応に意識を向けた瞬間、クオンの支配権が俺の手から離れてしまったのが分かった。
そして、俺がその盾を持った男の足元を【影支配】で縛ると、また弓矢によって狙撃されそうになって、距離を取らされる。
そんな攻防が長時間続いていた。
一度、一気に全員に【肉体支配】を使用したのだが、ラルドがすぐに支配から逃れようとして、それに集中すると他の連中の支配権がすぐに元の体の持ち主に戻されてしまっていた。
【肉体支配】を大勢に掛ける場合は、ある程度俺と実力差がなければならないらしい。そして、その意識を他に向けると、せっかく肉体を支配してもすぐに解かれてしまうらしい。
これまで自分と実力が遠くない複数の相手に、同時に【肉体支配】のスキルを使用してこなかったことが裏目に出たらしい。
いや、普通に生きていればそんな機会はないんだけどな。こんな裏の傭兵団複数人を同時に相手にするとかの機会は、普通はないのだから。
「おい、俺とこいつの戦いに入ってくんじゃねーよ」
「何を言っているんですか。そんな自分勝手は許しませんよ」
クオンは他のメンバーが俺たちとの戦闘に加わってくると、途端に攻める手を止める。彼なりのポリシーなのか分からないが、この連携に合わせてクオンまで加わってきたら、いよいよ手に負えなくなる。
「クオン。そんなこと言ってる余裕はないと思うが?」
「クオン、知り合いなのか? 何者だ、こいつ」
しかし、俺以外の六人も肩で息をするくらいまでには、追い込むことができていた。
致命傷とまではいかないまでも、着実にダメージを当たえることができており、圧倒的に不利な状況とは言えないほどに攻めることはできていた。
まぁ、不利な状況に変わりはないのだけれどな。
杖を持った男に指摘されて、クオンは認めざるを得なくなったのか、いつの日かを思い出すように頭を掻きながら言葉を続けた。
「まったくだ。驚いたぜ、こんな短期間にこれだけ変わるかね? あのとき、本気出してなかったのか?」
「……どの時のことを言っているのか分からないけど、俺はいつでも全力だよ」
俺が以前に行ったことはイリスの奪還と言えども、王城への勝手な侵入。
それがバレたら、後々面倒になる気がしたので、俺は覚えていないふりをして切り抜けようとしたのだが、どうやらそうはいかないらしい。
「まさか、まだ力を隠してるわけじゃねーよな?」
「っ」
こちらを威圧しながら煽るような目つき。そして、その瞳は俺の反応を見て、何か確証を得たように鋭いものに変わった。
「……ここまで虚仮にされたのは初めてだ」
クオンはそう言うと、空気を軽く切るように長剣を軽く振った。
そして、それだけの動きで空気がぴしりと締まるような音が聞こえた気がした。
そんな音が聞こえるはずがないのは分かっているのに、その空気の流れはここにいる全員が感じていることだろう。
おそらく、次の攻撃から六人全員が協力して、俺を殺そうと攻撃してくるのだろう。
今まではどこか個人技で、必要な時にしか手を貸さなかった関係が一つの組織となって俺を襲ってくる。
それを肌で感じた。
そして、そのきっかけを作ってしまったのは、何を隠そう俺だった。
別に力を隠している訳ではない。ただ使わない方がいいスキルを持っていて、それを使っていないだけだ。
今までの傾向的に、そのスキルはあまり良いものではない。それを何となく感じていたから。
しかし、状況的にそうも言っていられないみたいだ。
俺がここで負ければ、後ろにいるリリたちもイリスも危ない。
そうなると、力を出し惜しみしている場合でもないみたいだ。
「……騎士団の方たちは、少しの間別荘の中に避難していてください」
俺は後ろで待機をしている騎士団に向けて、振り返らずにそんな言葉を告げた。
俺がその言葉を告げると、少しだけざわついた後、いくつか声が聞こえてきた。
「し、しかしーー」
騎士団を代表するように反論するような声がしたと思ったのだが、その声はすぐに別の声によって止められていた。
「やめておけ。……分かりました。ご武運を」
言いかけた言葉を止めた騎士団員は、多分自分達が足手まといであると察したのだろう。だから、それ以上の言葉を言わずに引いてくれたのだと思う。
確かに、騎士団を守りながら戦うのはあまりにも分が悪い。しかし、問題はそれ以前の問題だった。
俺は騎士団がいなくなるまで待った後、覚悟を決めて裏傭兵団に向かいあった。
「よう、色男。準備はいいかよ?」
こちらを挑発するようにそんな言葉を投げてきたクオンは、自分が手を抜かれていたと思っているのか、いつになくイラついている様子だった。
全くそんなことはないのだが、今さら何を言っても言い訳にしか聞こえないだろう。
「……いちおう、初めに謝っておく」
「なんだそりゃ、どういう意味だよ?」
「本当は裏傭兵団なんて生きて捕らえて、情報を聞き出さなきゃダメなんだとは思うんだ。でも、多分それできなくなると思う」
「あん? さっきから何言ってんだ?」
「結構惨いことになると思うけど、ごめんな」
俺はルーロとの修行でいくつか新しいスキルを手に入れた。
便利でチート級のスキルを手に入れたのだが、そのどれもがピエロというには禍々しく、悪役が使いそうな物ばかりだった。
それでも、そのスキルを使った新しい道化師の戦い方を身に着けて、俺は十分に強くなったと思う。
だから、あまりにも未知数で危険な雰囲気の漂うスキルは、使うことを控えていたのだ。その状態でも十分に戦えていたから。
それでも、今この瞬間を打開するためには、このスキルを使う以外の選択肢はないのだろう。
後ろにいるリリ達を守るため、俺は覚悟を決めてそのスキルの名を口にした。
「……【クラウン】」
そして、そのスキルを使用した瞬間、俺は意識を失った。