父である王のいる謁見の間には、すでに他の大臣たちも控えていた。皆誰もが、私の顔を見た瞬間に視線を逸らす。

 なんなのよ、その態度は。一応、私この国の第二翁主なんですけど?

 入って来た瞬間に目を逸らすとか、失礼極まりないわ。

 別に上から目線で説教する気なんてさらさらないけど、フツーに人としてダメでしょう。

 まったくもぅ。


「桜綾にございます。参りました、お父様」


 内心とは裏腹に、あくまで優雅に私は微笑む。



「来たか桜綾」

「はい。何やらお急ぎとのこととお聞きしたのですが……」

「うむ」


 父は私の顔を見るなり、何かを言いかけたまま下を向いた。そして、自慢の白い顎髭を何度も触っている。

 基本、父は今までこれでもかというほど私を甘やかせてきた。

 それもそう、私はこの父譲りの漆黒の長い髪にやや青みがかった黒い瞳。

 父はどちらかといえば、自分によく似てそして美人な私のことを愛していたと思う。

 だからこそ、一応結婚適齢期であっても許嫁すらいない箱入り娘なわけだし。


「なにやら、私の婚姻が決まったとかなんとか?」


 このままではらちが明かないため、こちらから切り出した。

 そして父の周りの大臣たちの顔を見れば、益々目線を合わせようとはしない。


「お父様?」

「うむ……」

「誰か、状況を説明出来ないのですか?」

「いや、わしからしよう」

「はい、お父様」

「お前の婚姻が決まったんだ」

「お相手はどなたなのですの?」


 翁主と言う立場上、政略結婚は免れないなぁとは薄々思ってはいたけど。

 普通だと、婚約期間みたいなのを経てからの結婚となるハズ。それがいきなり結婚だなんて……。


「皇帝だ」

「は?」


 我ながら、らしくない言葉だと思う。でも思わず素が出てしまうほどの、それは爆弾発言だった。

 帝国はここよりも東にあり、この国を統一したところだ。

 だけどうちのような小さな国は、直接あまり関りがなかったのよね。

 確か皇帝は齢60を過ぎていたハズ。皇后も四妃もちゃんとご存命だし。

 そんな人のところに嫁げですって? 冗談でしょう。

 
「よりによって、齢60を過ぎた皇帝だなんて……」

「こら、めったなことを言うんじゃない! 皇帝陛下に嫁げるだなんて、この上ない名誉ではないか」

「は? では、お父様が嫁げばよろしいではないですか? だいたい、私とどれだけ歳が離れていると思っているんですか」

「それは……」

 こっちは初婚なのよ。それにまだ17歳。中身は違うけど。

 しかもこの国一番の美女と言ってもいいくらいなのに、じいさんロリコンすぎでしょう。

 向こうの世界だったら、絶対に捕まる案件だからね。

 うわぁ、ないわ。うん、絶対にない。

 でも、こんなに言いにくそうに切り出すってことは相当のことがあったってことよね。

 一応、聞くだけは聞くけど。


「しかも妃でもないのですよね? 私は(ひん)妃ということですか?」

「い、いやぁ……」

「はぁ? では貴人ということなのですか!」

「そ……それが、常在という……」

「常在? 常在と今言ったのですか!?」

「……そうだ」


 常在って確か、ほぼ下位の側室じゃないの。

 昔は女官扱いされたぐらいの地位ってことでしょう?

 ここは小国とはいえ、帝国内の国なのよ。

 そして私は翁主……つまり姫ポジ。なのに、あんなハーレムで下位の側室って終わってるし。


「桜綾、すまない」

「お父様、すまないでは分かりません。きちんと経緯を説明なさって下さい」


 もちろん納得できない内容なら、絶対に破棄させてやるんだから。

 内心息巻く自分を抑えつつ、あくまでも可憐で儚げな翁主の表情を私は浮かべた。