さつじんじけんをしっています


「殺人事件を知っています……か」

 香ばしいのがキタ! と私はSNSのタイムラインから見つけた呟きをクリックする。
 どんなやつか見てみないと。
 何度も思うが、狂人なんかいっぱいいる。

 息するように嘘をつくやつだって当然いる。
 
 正気で狂気なネタを言っているのかを、見極めなければならない。

「どんなやつかね……」

 アカウントを見てみる。
 アイコンは可愛らしい女の子……いや男の子か?
 整った天使のような顔をしている。
 でもどこか不自然。
 AIイラストか?
 紹介プロフィールは
『よろしくおねがいします』
 の一言のみ。
 
『さつじんじけんをしっています』
『さつじんじけんをしっています』
『さつじんじけんをしっています』
『さつじんじけんをしっています』
『さつじんじけんをしっています』
『さつじんじけんをしっています』
『さつじんじけんをしっています』
『さつじんじけんをしっています』
『さつじんじけんをしっています』
『さつじんじけんをしっています』
 
「うーん、妄想がヤバイやつかなぁ」

 アカウントは三ヶ月前に作られている。
 フォロワー数0。
 フォロー数0。
 
 そりゃそうか。
 この言葉だけ、三ヶ月前から三時間ごとに繰り返し呟かれている。

 でも、たまに煽りがいるな。

『妄想おつ! じゃあ詳しく教えろよ』

 などという返信(リプ)がついている。

『だいれくとめーるをください』

 という返事が返されている。
 周りが少し騒いでも、こいつの態度は変わらない。
 
 リプをする人間でもダイレクトメールまで絡む人間は、どこまでいるだろう。
 その後の話はどのアカウントでも、呟くことはなかった。

「へっへっへ~じゃあ私もリプしてみますかぁ」

 ちょうど24時になった。
 明日は出社なんだけど、まぁいいだろう……。

『さつじんじけんをしっています』
 
 TLにやはり現れた呟き。
 これを見ている人間はどれだけいるだろうか……。

「やるか……!」

 崖っぷち女に怖いものなどない!
 
 私のアカウントは『四葉のクローバー』という性別不明のアカウント。
 自分での呟きはしていないので正体がバレる事はない。
 
 私はすぐに呟きに返信をした。

『くわしいはなしをききたいです。だいれくとめーるしていいですか?』

 こちらからグイグイいく作戦だ。

『どうぞおねがいします』

 うわ……即返信きた。

 

『こんばんは、めーるしました』

 とりあえず、こっちの素性は隠してメッセージをする。
 こっから出会い系、勧誘、闇バイトなんかに繋がる可能性もあるからな……。

 情報が金になる時代だ。
 ぼさっとしてたら首を狩られるぞ。

『めーるありがとうございます。それではちょっとした試験をおこないます』

 は? 試験? なんでウエメセ。どういう立場だよ、こいつ……。
 やっぱ闇バイトか……?

 でも、ここは少し付き合うか。

『試験ですか~~おてやわらかにおねがいします』

『森田というおとこをしっていますか?』

 即返信。
 打ち込み早いな……。
 森田……?
 誰だ?

『森田という男は、ほしのかずほどいるでしょう。もっとくわしくおしえてください』

 なんだろう、クイズだろうか?
 とりあえず一般的に思うことを返信する。

『森田九作というおとこです』

「えっ!? もりたきゅうさくぅ!?」

 驚きで声が出て、ビール缶を落としそうになった。

 ……びっくりしたな。
 私は知っている。
 この男を……。

 森田九作を……。
 
 しかし、即答して大丈夫なんだろうか。
 私は少し考え込んでしまった。

『どうですか? しっているか? イエス オア ノー こたえて』

 うわ……返事を促されてしまった。
 此処で知らないと言えば終了になりそうな雰囲気を感じて焦って返信をする。

『しっています』

『どんなひとかこたえてください』

 うわ……これはまじもんの試験だ。
 そりゃあ、これを突破するような人間はそうそういないだろうな。
 私は一応、検索をしてみる。
 が、森田九作郎という若手プロ野球選手の記事やプロフばかり引っかかる。
 でもこいつが求めているのは、野球選手ではない……。

『けんきゅうしゃ。オカルトやまじゅつ、そんなものをけんきゅうしていた男』

 私は心臓がドキドキしていた。
 もう恐ろしい事に足を突っ込んだ気がした。
 それは森田九作が、本当に不気味な男だからかもしれない。

 私が三流オカルト誌の記者になった6年前。
 新人だった私に強烈な思い出を残した奇天烈博士。
 あの不気味なジジイの名前をまた聞く事になろうとは……。
 
『ありがとう。せいかいです。あなたをしんじたい。さつじんじけんをしっています』

『どんなじけんなの?』

『森田九作博士はころされました。やまのおくで、やしきで』

 えっ……。
 
『だれにころされたの? やしきはどこにあるの?』

『橘サエ子というおんな』

 橘サエ子……聞いた事はない。
 女に殺されるだなんて、あのジジイ……。
 色恋じゃないだろうね。

『なぜ、けいさつにつうほうしないの?』

『けいさつはこわい』

 んー?
 自分にも何か非があるんだろうか。
 しかし、ここで警察に行くことを勧めるより何かネタがほしい。
 
『では、くわしいはなしをおしえてください』

『わたしをたすけてくれる?』

 殺人事件を知っていて、助けを求めている……。
 共犯者か、もしくは被害者?
 どういうことだ?

『まずは、あなたがなにをしっているのかおしえてください』

『したいのあるばしょをしっている』

 ゾクッとした。
 死体があるのを知ってる。
 まさか、私を第一発見者にして犯人にするつもりか……?

 でも、ここでやりとりをやめる気はない!
 最高のネタじゃないか。
 オカルト奇天烈博士の殺人事件か……。

『かならずたすける』

 ネタになるなら、なんでもいい!
 口からでまかせなんでも、やるさ。

『ありがとう。たすけてください』
 
 不気味な返信がすぐに来た。
 なんなんだこいつは……。

「編集長……やばいネタがきたんですよ」

 次の日は出社日だったので、当然に私は編集長に相談をする。
 編集長は私をチラっと見たまま自分のパソコンを叩いてる。
 無視だ無視。
 これは『俺の手を止めるくらいのことを言ってみろ』ってやつ。
 めんどくさ!

「森田九作……知ってますよね?」

 ピクッと手が止まる。
 そりゃそうだ。6年前に私が森田九作の取材をした時一緒にいたのが編集長。
 この人のおかげで知ったんだから。

「彼の所在はわかります? ……殺されたってタレコミあったんですよ」

 もう面倒だから最後まで言っちゃえ。

「……なんだと……? 行方不明だ。あの取材の……1年後くらいからな」

「まじっすか……」

「お前、それはどっからの情報だ」

 食いついてきたよ。食いついてきたよ。
 出目金みたいな、鯉みたいな顔した編集長が!!

「SNSですよ。まだ情報交換中で、相手の素性もわかりません」

「お前が記者だと知っているのか」

「いえ、だから冷やかしではないんですよ。あと橘サエ子って知ってます?」

 編集長の手は完全に止まった。
 
「その名前も、その相手が言ったのか?」

「そうです。森田を殺したのは、その橘サエ子だと……」

「なんだと」

 立ち上がった彼は、最近では殆ど使わないぶっといファイルが入った棚から、ぶっといファイルを取り出して自分の机は汚いから移動しようとするが、その隣の机も汚い、その隣も、汚い。
 結局まだ少し綺麗な客用のローテーブルにドカン! と置いた。
 かなりヘタれているソファに私も座る。
 気持ち悪い座り心地だ。
 
「誰なんですか?」

「橘サエ子は森田の助手だ」

「えぇ……あんな男に……女の助手が」

 6年前の取材を思い出す。
 森田九作は、その時でも60代。
 ガリガリに痩せており低めの背は猫背で更に小さく見えた。
 髪はボサボサでべたつき、皮膚は土色で瞳はくぼんで、煙草で歯も黄色く女性ウケは最悪だろう。
 ただ白衣は真っ白だった。
 そしてオカルトについて話をする時の彼の瞳はギラギラと輝くのだ。
 そこだけ、その瞳だけ夢に溢れた若者のように。
 それがまた気持ち悪かった。

 更に語る内容が『ホムンクルス』人造人間を作る魔術と『薔薇の幽霊』という薔薇を再生させる魔術など……命を作り出し再生させる……ような漫画なんかでいえば禁術みたいなものを嬉々として語る。

 自分の精液がどうだとか、女の卵子がどうだとか語りまくる姿を見て新人の私は気持ちが悪くて仕方なかった。
 6年経って、それくらいじゃもう平気だろうけどね。
 でもあの変な薬品のニオイは嗅ぎたくないが。
 
「まぁ、研究に惚れていたのか森田に惚れていたのか……は正直わからんが」

 ファイルには森田の記事と一緒に中年女性の写真があった。
 ふくよかで真っ黒な髪のボブカット。
 メガネに白衣の地味な女だ。

「実験材料の提供をしていた……と言われていたけどな」

 実験材料の提供?
 まさか……自分の卵子とか?
 なんだそれは気持ち悪い。

「今はどこに……?」

「知るわけないだろー! 自分で探してこい!」

 自分で!?
 つまりそれは!!!

「じゃあ編集長! 取材行っていんですね!? 取材費出るんですね!」

「くだらねーオチ持ってくんじゃねーぞ!」

「はいー!」

 やったね! 取材許可が降りた!!
 編集長には、どのくらい話しておくべきか……。
 ま、いっか!
 山奥への取材費がどのくらいかかるかわかんないし、後から言おう!
 
 これで目撃者ともっともっと深い話を進められるぞ!!
 
 実はあれから、DMがやばい事になっていた。
 

『たすけて、さつじんじけんをしっている、森田九作。ころされた、たすけて。へんじ、はへんじください』
『たすけて、さつじんじけんをしっている、森田九作。ころされた、たすけて。へんじ、はへんじください』
『たすけて、さつじんじけんをしっている、森田九作。ころされた、たすけて。へんじ、はへんじください』『たすけて、さつじんじけんをしっている、森田九作。ころされた、たすけて。へんじ、はへんじください』『たすけて、さつじんじけんをしっている、森田九作。ころされた、たすけて。へんじ、はへんじください』『たすけて、さつじんじけんをしっている、森田九作。ころされた、たすけて。へんじ、はへんじください』『たすけて、さつじんじけんをしっている、森田九作。ころされた、たすけて。へんじ、はへんじください』『たすけて、さつじんじけんをしっている、森田九作。ころされた、たすけて。へんじ、はへんじください』『たすけて、さつじんじけんをしっている、森田九作。ころされた、たすけて。へんじ、はへんじください』『たすけて、さつじんじけんをしっている、森田九作。ころされた、たすけて。へんじ、はへんじください』『たすけて、さつじんじけんをしっている、森田九作。ころされた、たすけて。へんじ、はへんじください』

 はいはいはいはい!!
 SNSを開くとDMが山のように来ていた。
 もちろん相手はヤバい奴。
 取材許可が降りないと身動きとれないし、と私は一度『じゅんびをする』と場を離れることを伝えた。

 でも彼は、もう藁にもすがるモードになってしまって私からの返事を催促するのだ。

 もちろん無視し続けて、情報が止まっても困るから『だいじょうぶ』『もうすこしまって』『やまにいくじゅんびをする』とか返信はしている。

 ちょっと寝て、シャワー浴びて会社来て編集長と話してって、その間にもどんどんDMがくる。

 一体こいつはなんなんだろう。
 森田が山奥の屋敷で殺された事を知っている。
 死体のある場所を知っている。
 森田を殺した相手は橘サエ子。
 警察には行けない。怖いから。
 助けを求めている。

 とりあえずは、橘サエ子を探そう。
 やつは彼女が犯人だと言っている。

 私は一度自宅へ帰ろうと電車の中から返信をする。
 
『しごともあるから、あまりへんじをかえせなくてすみません』

『よかった。あなただけ。たすけてたすけて』

 うーん。
 他のやつとも、やり取りして他の人間は試験を突破できなかったのか?
 
 こいつは一体なんなんだろう。
 被害者も犯人も知っているのに、助けを求めている。
 私のような、ただの一般人に……何をさせる気だ。

『もちろん、たすけます。橘サエ子はどこにいるかしっていますか』

 殺人犯はどこへ行った?
 私も探すけど、まずはこいつにも聞いてみよう。

『ここにいます』

「はあー!?」

 電車の中で私は叫んでしまった。
 どういうことだ。
 
 

 メールの相手は、助けを求めている。
 そして殺人犯の橘サエ子は『ここに』つまり近くにいる。

 監禁されている!?

 それなら三ヶ月もグダグダしてないで警察行くよな。
 どういうことなんだ……。

『さつじんはんといっしょにいて、あなたは危険ではないのですか?』

『だいじょうぶ。あんぜんなのです』

『それはよかった。またへんじがおそくなります』

『わかりました。たすけて』
 
 SNSもタイムラインはいつもと同じように、くだらないネタが流れているのに
 私はこの発信者と不気味なやりとりを影でし続けている。
 
 とりあえず私は、速攻で家に帰って適当な旅支度をしてオンボロ軽自動車に乗り込んだ。
 そして会社で調べてあった橘サエ子が勤めていたらしい職場や研究所に電話をかけまくった。

「え? 無断欠勤が続いた後に、メールがきて……退職した? あの住所は? 個人情報? いやあの私、彼女の内縁の夫の~~~妹で! 肉親みたいなもんなんですよ! いや、怪しくはない……あ!」

 くっそガチャ切りされた。
 橘サエ子が無断欠勤したのは5ヶ月前……。
 メールが来て退職したのは3ヶ月前……。
 事務の人、後処理が面倒だったのか、愚痴を吐くように教えてくれたな。

 でもさすがに住所は教えてくれないか~~。
 スマホが鳴った。
 編集長だ。

「はい、編集長。え! 橘サエ子の自宅住所調べてくれたんすか!?」

 やばい期待されてんのか。
 編集長が自ら橘サエ子の住所を調べていてくれたなんて!
 しかも隣県だ。
 今からなら夕方には着くだろう。

 私は発信者からの連続メールをとりあえず無視して橘サエ子の自宅へ向かった。

 取材費が出るからと高速使いまくって、夕方に橘サエ子の自宅に着いた。
 うーん。
 まぁ儲かっていたとは思ってなかったけど、ボロいアパートだ。
 二階建てで、錆びた外階段。
 一階五部屋、二階も五部屋。
 うっすい玄関扉。
 中が覗ける新聞受け。
 女が住むにはセキュリティが不安になる。

 ここの205号室。
 様子を伺うようにウロウロして、気配がないような気がしたがチャイムを押す。

 ……出ない。

「あんた、橘さんの知り合い?」

「ひっ」

 気配を消すのがうますぎる婆さんが気付いたら横にいた。

「家賃滞納されて困ってんだよ。それに中で死んでたらもっと困る」

「は、はぁ……わ、私はえっと……彼女の同僚です」

「同僚? あーお勤めのね。なるほど。ちょっとあんた立会してくれないか?」

「え!?」

「死んでたら嫌だからさぁ」

「それは……」

「ん」

「かまいませんよ。一緒に見ます」
 
 キタキタキタキタ!
 ゾワッとした。
 なんたる幸運! 凄まじい幸運!!
 ネタの神様が私の味方をしている!!

「よし」

 婆さんは鍵がジャラジャラついた輪っかをエプロンから取り出す。

「あんたも同じだよ」

「えっ」

 この婆さん、金目のものでも盗む気なんじゃ……。
 見張ってればいいか。

「いくよ」

 ちょっと怖いわ!
 橘サエ子と発信者がいたらどうしよ!!

 婆さんは躊躇もなく薄いドアを開ける。
 古臭い古臭い部屋の臭いがブワーッと鼻に流れてきた。
  

「死体はないかい、全くやめておくれよ」

「さすがに死体があったら虫がたかって酷い臭いなんじゃないですか」

 今は夏も終わり少し涼しくなった秋はじめだ。
 最近は季節を感じる風情な心も忘れてたけど、この気温じゃ死体なら三日で相当な臭いを放つだろう。
 玄関では古い建物の臭いしかしない。
 ずーっと締め切ってた臭いだ。
 玄関の消臭はもう干上がって空っぽだ。

 でも私の部屋のように玄関から汚いわけでもない。
 綺麗に靴が揃えてあって、薔薇の模様の玄関マット。

「おじゃまします……」

「橘さん、いないのかい!? あがるよ!」

 婆さんはあっという間に靴を脱いでドカドカ入っていく。
 狭いかと思ったら、ワンルームじゃなく玄関の右横にトイレ。その先の扉がリビングか?

 婆さんはすぐにリビングに入ってく。

「いないね……ふぅん夜逃げではないか」

 後ろから入ると、確かに家具も全部そのままだ。
 リビングの隣の和室は仕事部屋なのだろうか。

「おばあさん、金品狙ったら後からとんでもない事になるよ」

「ふっふん! そんなことせんわ!」

 あ、そう? そう言いながらタンスの引き出し開けようとしてたけどな。
 私は仕事用のデスクを見る。
 
 そこには写真立てがあった。

「これは……」

 私はスマホを取り出してSNSを開く。
 やっぱり、あのアイコンの少年だ。
 アイコンでは顔だけだったけど写真はお腹まで写ってて、男の子っぽい服を着てる。
 でもやっぱり不自然なような。
 
「息子かなぁ?」

「あーん、そんな事はないと思うがね。いっつも一人で辛気臭い陰気臭い女だったよ。挨拶もろくにせん」

 一応、客だろうに。酷い言われようだ。

「薔薇が随分好きなのかな」

 薔薇の小物が色々置いてある。
 カーテンも薔薇だ。
 ゲームみたいに机の上に研究員の資料1なんてものはない。
 綺麗な整理整頓された女性の机。
 
「あ……でも、すごいぞ」

「なんだい金かい!?」

「違うって……」

 綺麗に片付いた机。
 そこにペンだけ置いてあった。
 そして床にメモが落ちてたのだ。

「……こわい……」

 一言『こわい』と書いてあった。
 ゾッとする。
 怖い?
 怖い……殺人犯が怖いと……。

 だけど彼女はこの一言を残して消えた……。
 森の奥の屋敷に……行ったのか?

 私は部屋の写真を撮って、額縁の写真も撮った。

「あの、では私は行きます」

「はぁ~? あんた家賃はどうしてくれるんだいっ!?」

「私には支払い義務はありませんから、では!!」

「こんちくしょう!!」

 殴ってくるかと思ったけど、私が指紋を残さないように飛び出すと婆さんは追いかけてこなかった。
 まじで盗みをする気なのでは……。
 まぁ私がいてもいなくても、いつかは実行していただろう。
 私だけかもしれないが、そういう部分は目をつむるというか……。
 仕方ない。

 私は軽自動車に乗り込んでSNSを開いた。

『たすけて、さつじんじけんをしっている、森田九作。ころされた、たすけて』
『たすけて、さつじんじけんをしっている、森田九作。ころされた、たすけて』
『たすけて、さつじんじけんをしっている、森田九作。ころされた、たすけて』
『たすけて、さつじんじけんをしっている、森田九作。ころされた、たすけて』
 
 はいはい。
 橘サエ子はやはり行方不明になって、家にもいなかった。
 つまり、こいつの傍にいるのか……。

 本当に、本当に橘サエ子は森田を殺した殺人犯なのか?

『橘サエ子は行方不明になっている。やはりあなたのそばにいるのかい』
 
『そうだよ、いるよ。たすけて』

 ……事件なのか。
 これはもう警察案件か?

 でも……あのオカルト研究者の森田九作。
 そして助手の女、橘サエ子。
 これは普通の事件ではない……!!
 絶対に普通じゃない!

 だから、この発信者も警察に助けを求めないんだ……。

 此処からは、何が起こっても自己責任。
 そう、オカルトの世界は自己責任なのだ。

『どこにいるの?』
 
『やしきにいる』

 屋敷に……?

『森田九作のさつがいばしょ……?』

『そう』

 ……まじかよ……
 
  

 発信者は……森田九作の殺害現場の屋敷に、まだいる??

 では、やはり殺人犯の橘サエ子に監禁されている……のではないだろうか。
 そしてこいつは自分は『安全だ』と言ったのだ。

 もしもあのアイコンの少年が、発信者だとしたら……。

 橘サエ子が額縁に入れる程の存在。
 つまりそれは……??

 いや、まずは屋敷に向かわなければいけない!!

『たすけにいく、ばしょをおしえて』

 覚悟を決めるぞ!
 大スクープ!!
 行くぞ!!

『わからない』

 はぁああああああ!?!!?!
 ここまできて、何を考えとるんだ!??!

『わからないって、じゃあどうする。たすけられない』
 
 やっぱイタズラかぁ!?
 こいつ、ふざけてんのか!?

『やまおくのやしき』

 そんなのどれだけあると思ってんだよぉーーー!!

『たすけて』

 むー……。
 あの写真の子どもだったら、まだ子どもで……本当にわからなかったら。
 いやいや、そんなわけはない。
 どうだろうか。
 
『今使っているのはスマホ? パソコン?』
 
『スマホ、たぶん。たすけてたすけて』

『やしきのいちがわからないとね』

 意地悪ではない。
 仕方がない。
 場所がわからないとか……まじかよー。

 ……でも、森田の研究所だろう。

『てがかりはないか、しらべられない?』

『やってみる』

『GPSでじぶんのいばしょをとくていするか、森田や橘のばしょをいってるはなしをおもいだせない?』

 私はイメージした。
 森の奥深い場所にある屋敷に……閉じ込められている少年。

 橘は森田を狂って殺し、少年を溺愛しているんだ。
 少年は……彼らの息子……なのでは??

 でも、そこにオカルト要素はないぞ。
 やはり警察か……?
 
 しばらくDMは返ってこなかった。

 私はその間に編集長に電話をかけた。
 しかし森田は行方不明になる前に新たな研究所を見つけたと話していたが場所を他者に教えることはなかったという。
 橘との研究に没頭したんだろうか。

 私は橘のアパートにもう一度戻ろうかと考えた。
 書類か何かあるんではないか。
 『こわい』という言葉は、一体何に対してだったのか。
 殺しに行けるなら、場所を知る何かがあるのではないか。

 そう、ジッと考えた。
 私は記者だ。
 考えろ、考えろ。

 SNSにDMがきた知らせがきた!
 エロ垢だった。
 ふざけんな。

 でもすぐその後に発信者から連絡がきた。

『20XX年01月01日06:53:XX AM04:XX:59 PM
 20XX年02月01日06:XX:44 AM05:XX:25 PM
 20XX年03月01日06:15:XX AM05:XX:47 PM
 20XX年04月01日05:XX14 AM06:05:XX PM
 20XX年05月01日04XX:59 AM06:XX:31 PM
 20XX年06月01日04:XX:27 AM06:XX:16 PM
 20XX年06月29日04:32:XX AM07:XX:XX PM
 20XX年06月30日04:XX:10 AM07:XX:12 PM
 20XX年07月01日04:33:XX AMXX:04:10 PM
 20XX年08月01日04:XX:26 AM06:XX:31 PM
 20XX年09月01日05:XX:05 AM06:XX:25 PM
 20XX年10月01日05:XX:32 AMXX:30:XX PM
 20XX年11月01日XX:06:08 AM04:XX:13 PM
 20XX年12月01日06:35:XXAM04:XX:46 PM 』 

 一瞬ウッとなった。
 これは……去年の……?
 なんだこの、詳細な時間は……いや、まてよ。
 これは……。

『たいようがでたじかんと、しずんだじかんならわかる』
 
 思った通りだ。
 これは日の出と日の入りの時間。
 これで……!
 屋敷のある場所がある程度特定できる……!!

 私は編集長に協力してもらうべくメールをコピペして送った。

 

 編集長にもパソコンでの検索を手伝ってもらって、なんとかどこの山奥なのかは検討がついた。
 あぁもう、夜になってしまう。
 ここから更に隣の県。
 でもラッキーだ。なんとか行ける範囲内だ。
 橘も行き来していたのなら、まぁ近い範囲だったんだろう。

 私はSNSのサブ垢を使って、その屋敷がある村での情報収集を開始した。
 発信者に返信しようとしたら、編集長からの電話だ。
 あぁ忙しい。
 でもこれだ、これこれ生きてる!! って思う実感だ!!
 
『おい! 取材に危険はないんだろうな?』

「わかりませんけどね~~」

 わからんよ。そんなの。

『いいか、俺らはオカルト雑誌の記者だ。殺しだのなんだの、そういうのは他の部署にだな』

「オカルトですよ。だって屋敷に幽閉されてる少年に……母ではない……女」
 
『一人で行くのは危険だろう。俺か他の誰かでも……』

「いいですよ。私ももうお局です。若造なんかいらんですよ」

『そうか……まぁ、実は俺も殺人鯉の沼に今から行く用事があってな』

「今からですか? もう夜ですけど……泊まりで?」

『あぁ泊まりだ』

「……殺人鯉の記事もってきた記者って……桃井さんですかぁ?」

『そ、それは、記事になってから、な。兎に角!取材中の事故はやめろよ!』 
 
 散々、私を心配してるようなこと言っておいて電話はブチ切られた。
 あ~~そういうことかぁ。
 私のアドレナリンの流れが少し悪くなる。
 くっだらねー記事。
 殺人鯉で取材同伴お泊り旅行かよ。
 あの若くてかぁ~いい桃ちゃんとね!

 ちょっと見直して損したわ。
 もう一人でやってやる!!

 私は予想した村へと車を出した。

 もう一人でやってやる!!
 
 それに私は一人じゃないしね!
 SNSには同士がおるんじゃよ。

 サブ垢といっても、こっちも仕事抜きの自分用メインみたいなもん。

『◯◯村の山奥にある屋敷の噂って知ってる人おる? やばい心霊スポットらしい』

 結局自分用もオカルトメイン。
 ネタっぽく、いい加減に書いてみるけど……。

『◯◯村? 廃墟撮りに行ったことあるわ』
『やばい心霊スポットって? まじ行きたいwwwww』
『村って闇深そう』
『ハンバーグ喰いたい』
『前に話題になったとこかな~? でも屋敷じゃないかもゴメ』 
『あー俺わかるかも』
 
 オカルト仲間からの返信ガーーーッと釣れたぁ!!
 そこから選別だ!

『配達員が白衣のおっさんがいるって言ってた、数年前』

『薔薇が綺麗な屋敷だって有名だったらしいよ』

 うんうん、有益。有益。
 私は高速道路の道の駅で、買ったジャムコッペパンを食べながら見ている。
 発信者は相変わらずの『たすけて』なので宥めるように返信していた。

 おねーちゃんが助けてやるから待ってなさい。
 酒が飲みたいが、当然我慢。
 道の駅のトイレに行って、ブルッと寒さを感じて車に置いてあったスマホを見る。
 
 『でも今は廃墟』
 『廃墟こわい』
 『廃墟も不法侵入になるから』
 『やっぱ廃墟しか勝たん』
 『廃墟行くの??』

 なにーーーー!?!?!
 廃墟だと!?!!?
 

 ここまで来ての、廃墟だと!?!?!
 私は怒りで食べていたコッペパンを捻り潰してしまう。
 中から赤いジャムがドロっと流れた。

「……くっ……」

 このクソ野郎。
 ここまで来て……。
 いや、騙された私が馬鹿か。

 DMでぼっこぼこに罵倒したくなる。
 が、真実はいつだってなんとなく一つだ。

 これがSNSで隠蔽されている事件だとしたら?
 廃墟と思い込ませているのかもしれない……。

 やはり信じるべきは自分の目だ。耳だ。

 森田の屋敷には絶対に何かがある。
 そこに真実は必ずある。
 SNSを鵜呑みにしてはいけない。

「でも廃墟か……」

 あの発信者が、可哀想な子どもでもなく……ただの殺人鬼だとしたら。
 私はただの飛んで火に入る夏の虫。
 死んで、埋められて、終わり。
 そんなのはゴメンだ。
 自殺願望は一切ない。

 だけど、こんなまどろっこしい事をするかなぁ?

 ネタか命か……。
 
「いや、行くぞ!!」

 覚悟はもう決めていた!
 でもこのまま死んで埋められたらたまったもんじゃない!

 私はSNSで自分が認めた相手しか見ることのできない、特殊な呟きをすることにした。
 オカルトマニア、廃墟マニア、ホラゲ実況者……など興味があるような奴ら。

『殺人事件を知っています』

 私はそう書き込んだ。
 そして、呟いていくことにしたのだ。
 これから起きる事を……。

 片方のアカウントには発信者からのDMが続々と来ていた。
 
『あなたのそのやしきは、はいきょなの?』

『うえのほうは、はいきょです』

 上の方……そう来たか。

『つまり、あなたはちかにいる?』

『そうです。いつくるの?』

『今、むかっている』

 ここまで来たなら行ってやる!
 廃墟の地下に何かがある!!

 私は高速をぶっ飛ばす。
 真夜中の廃墟に女一人で入るにはさすがに危険か……と思ったのは杞憂だった。
 結局、村に着いたのは薄暗い朝方。

 鍵アカの方には
 『殺人事件があったという場所に着いた。これから発信者とそこで会う』
 と書き残す。

 反応して返信をくれている人もいるけど、返信は後日でいいか……。
 これから一体何が起きるんだろう。

 車の中で考えた結論はこうだ。

 少年は『ホムンクルス』だ。
 彼は森田の悲願の人造人間なのだ。
 実験は成功した。
 しかし同じように悲願だった人間がいる。
 橘サエ子。
 彼女は写真の少年が理想の子ども。
 ホムンクルスを巡って争いが起き、彼女は森田を殺した。

 そして今、地下で少年を飼っている……?

 しかしこうなると、私は殺人犯と鉢合わせしてしまう。
 
『わたしが橘サエ子にあうときけんだ。まずはようすをうかがう』

『だいじょうぶ。きけんはない』

 私は屋敷へ向かう山道を慎重に進む。
 細い細い山道だ。
 ん!
 まずい……スマホの電波がなくなってしまった。

 屋敷に行けば電波が入るようになるんだろうか。
 そう思っているうちに倒木が車道を塞いでしまっていた。

「危険はない……かぁ」

 私は車から降りて、上下ウインドブレーカーを着て懐中電灯を持ちカメラを首から下げる。
 一応武器としてナタを持っていこうか……。

 まだ薄暗く、靄の出ている山中を歩くだけでも怖い。
 しかし進まなければいけない。
 もう後戻りはできない気がしていた。

 私もあの不気味な発信者の少年をどうにか助けてやりたい、そんな気持ちになっているんだろうか?

 屋敷の近くに行けば電波が戻る事を期待して、私は向かう。

 橘サエ子は危険はない……聖母みたいになっているのかな?
 だから少年は母のように慕う彼女をかばうつもりで警察はやめろと?

「考えてもわからん!」

 私は道中、スマホで1枚写真を撮った。

 歩くこと20分。
 やっと目の前に屋敷が見えた。

 不気味な洋館をイメージしていたが、見た目は病院のように白くて四角いコンクリートの建物だ。
 建物の周りは草が生い茂っている。
 しかし窓ガラスがボロボロでコンクリートが朽ち果てて半壊しているわけではなかった。

「ほんとSNSっていい加減だなぁ」

 私は写真を1枚撮る。
 電波がやはり戻っていた。
 鍵アカの方に記録として残す。

 そして玄関の前に車が停まっているのを見つけた……。