さつじんじけんをしっています


 編集長にもパソコンでの検索を手伝ってもらって、なんとかどこの山奥なのかは検討がついた。
 あぁもう、夜になってしまう。
 ここから更に隣の県。
 でもラッキーだ。なんとか行ける範囲内だ。
 橘も行き来していたのなら、まぁ近い範囲だったんだろう。

 私はSNSのサブ垢を使って、その屋敷がある村での情報収集を開始した。
 発信者に返信しようとしたら、編集長からの電話だ。
 あぁ忙しい。
 でもこれだ、これこれ生きてる!! って思う実感だ!!
 
『おい! 取材に危険はないんだろうな?』

「わかりませんけどね~~」

 わからんよ。そんなの。

『いいか、俺らはオカルト雑誌の記者だ。殺しだのなんだの、そういうのは他の部署にだな』

「オカルトですよ。だって屋敷に幽閉されてる少年に……母ではない……女」
 
『一人で行くのは危険だろう。俺か他の誰かでも……』

「いいですよ。私ももうお局です。若造なんかいらんですよ」

『そうか……まぁ、実は俺も殺人鯉の沼に今から行く用事があってな』

「今からですか? もう夜ですけど……泊まりで?」

『あぁ泊まりだ』

「……殺人鯉の記事もってきた記者って……桃井さんですかぁ?」

『そ、それは、記事になってから、な。兎に角!取材中の事故はやめろよ!』 
 
 散々、私を心配してるようなこと言っておいて電話はブチ切られた。
 あ~~そういうことかぁ。
 私のアドレナリンの流れが少し悪くなる。
 くっだらねー記事。
 殺人鯉で取材同伴お泊り旅行かよ。
 あの若くてかぁ~いい桃ちゃんとね!

 ちょっと見直して損したわ。
 もう一人でやってやる!!

 私は予想した村へと車を出した。

 もう一人でやってやる!!
 
 それに私は一人じゃないしね!
 SNSには同士がおるんじゃよ。

 サブ垢といっても、こっちも仕事抜きの自分用メインみたいなもん。

『◯◯村の山奥にある屋敷の噂って知ってる人おる? やばい心霊スポットらしい』

 結局自分用もオカルトメイン。
 ネタっぽく、いい加減に書いてみるけど……。

『◯◯村? 廃墟撮りに行ったことあるわ』
『やばい心霊スポットって? まじ行きたいwwwww』
『村って闇深そう』
『ハンバーグ喰いたい』
『前に話題になったとこかな~? でも屋敷じゃないかもゴメ』 
『あー俺わかるかも』
 
 オカルト仲間からの返信ガーーーッと釣れたぁ!!
 そこから選別だ!

『配達員が白衣のおっさんがいるって言ってた、数年前』

『薔薇が綺麗な屋敷だって有名だったらしいよ』

 うんうん、有益。有益。
 私は高速道路の道の駅で、買ったジャムコッペパンを食べながら見ている。
 発信者は相変わらずの『たすけて』なので宥めるように返信していた。

 おねーちゃんが助けてやるから待ってなさい。
 酒が飲みたいが、当然我慢。
 道の駅のトイレに行って、ブルッと寒さを感じて車に置いてあったスマホを見る。
 
 『でも今は廃墟』
 『廃墟こわい』
 『廃墟も不法侵入になるから』
 『やっぱ廃墟しか勝たん』
 『廃墟行くの??』

 なにーーーー!?!?!
 廃墟だと!?!!?
 

 ここまで来ての、廃墟だと!?!?!
 私は怒りで食べていたコッペパンを捻り潰してしまう。
 中から赤いジャムがドロっと流れた。

「……くっ……」

 このクソ野郎。
 ここまで来て……。
 いや、騙された私が馬鹿か。

 DMでぼっこぼこに罵倒したくなる。
 が、真実はいつだってなんとなく一つだ。

 これがSNSで隠蔽されている事件だとしたら?
 廃墟と思い込ませているのかもしれない……。

 やはり信じるべきは自分の目だ。耳だ。

 森田の屋敷には絶対に何かがある。
 そこに真実は必ずある。
 SNSを鵜呑みにしてはいけない。

「でも廃墟か……」

 あの発信者が、可哀想な子どもでもなく……ただの殺人鬼だとしたら。
 私はただの飛んで火に入る夏の虫。
 死んで、埋められて、終わり。
 そんなのはゴメンだ。
 自殺願望は一切ない。

 だけど、こんなまどろっこしい事をするかなぁ?

 ネタか命か……。
 
「いや、行くぞ!!」

 覚悟はもう決めていた!
 でもこのまま死んで埋められたらたまったもんじゃない!

 私はSNSで自分が認めた相手しか見ることのできない、特殊な呟きをすることにした。
 オカルトマニア、廃墟マニア、ホラゲ実況者……など興味があるような奴ら。

『殺人事件を知っています』

 私はそう書き込んだ。
 そして、呟いていくことにしたのだ。
 これから起きる事を……。

 片方のアカウントには発信者からのDMが続々と来ていた。
 
『あなたのそのやしきは、はいきょなの?』

『うえのほうは、はいきょです』

 上の方……そう来たか。

『つまり、あなたはちかにいる?』

『そうです。いつくるの?』

『今、むかっている』

 ここまで来たなら行ってやる!
 廃墟の地下に何かがある!!

 私は高速をぶっ飛ばす。
 真夜中の廃墟に女一人で入るにはさすがに危険か……と思ったのは杞憂だった。
 結局、村に着いたのは薄暗い朝方。

 鍵アカの方には
 『殺人事件があったという場所に着いた。これから発信者とそこで会う』
 と書き残す。

 反応して返信をくれている人もいるけど、返信は後日でいいか……。
 これから一体何が起きるんだろう。

 車の中で考えた結論はこうだ。

 少年は『ホムンクルス』だ。
 彼は森田の悲願の人造人間なのだ。
 実験は成功した。
 しかし同じように悲願だった人間がいる。
 橘サエ子。
 彼女は写真の少年が理想の子ども。
 ホムンクルスを巡って争いが起き、彼女は森田を殺した。

 そして今、地下で少年を飼っている……?

 しかしこうなると、私は殺人犯と鉢合わせしてしまう。
 
『わたしが橘サエ子にあうときけんだ。まずはようすをうかがう』

『だいじょうぶ。きけんはない』

 私は屋敷へ向かう山道を慎重に進む。
 細い細い山道だ。
 ん!
 まずい……スマホの電波がなくなってしまった。

 屋敷に行けば電波が入るようになるんだろうか。
 そう思っているうちに倒木が車道を塞いでしまっていた。

「危険はない……かぁ」

 私は車から降りて、上下ウインドブレーカーを着て懐中電灯を持ちカメラを首から下げる。
 一応武器としてナタを持っていこうか……。

 まだ薄暗く、靄の出ている山中を歩くだけでも怖い。
 しかし進まなければいけない。
 もう後戻りはできない気がしていた。

 私もあの不気味な発信者の少年をどうにか助けてやりたい、そんな気持ちになっているんだろうか?

 屋敷の近くに行けば電波が戻る事を期待して、私は向かう。

 橘サエ子は危険はない……聖母みたいになっているのかな?
 だから少年は母のように慕う彼女をかばうつもりで警察はやめろと?

「考えてもわからん!」

 私は道中、スマホで1枚写真を撮った。

 歩くこと20分。
 やっと目の前に屋敷が見えた。

 不気味な洋館をイメージしていたが、見た目は病院のように白くて四角いコンクリートの建物だ。
 建物の周りは草が生い茂っている。
 しかし窓ガラスがボロボロでコンクリートが朽ち果てて半壊しているわけではなかった。

「ほんとSNSっていい加減だなぁ」

 私は写真を1枚撮る。
 電波がやはり戻っていた。
 鍵アカの方に記録として残す。

 そして玄関の前に車が停まっているのを見つけた……。
 
 

 慎重に車へ近づいた。
 私と同じような安い軽自動車だ。

「……ナンバーは橘サエ子の住んでいた市の……」

 彼女の車か?
 灯りを当てると、無惨にも倒木が直撃して後ろのガラスが割れていた。
 なのでもう車の中は濡れてグチャグチャだ。
 
 そういえば梅雨に大型の台風が来たんだったな。
 道の倒木もその時か?
 だとしたら数ヶ月はこのまま……。

 橘サエ子はこの屋敷の地下にいるんだろうか?

 シィン……と、いやカラスがうるさく鳴き始めた。
 
 玄関のドアは至って普通の玄関ドアだ。しかしチャイムはない。
 玄関前には進入禁止! と札と黄色と黒のロープが力なく落ちている。

 これからどうすればいい……?

 私がSNSを開くとDMがもうパンク状態だ。

『おねがい、たすけて。きけんはない』
『おねがい、たすけて。きけんはない』
『おねがい、たすけて。きけんはない』
『おねがい、たすけて。きけんはない』

 こいつが……殺人犯なんじゃ??

『たすけて』

 一体なにから救いを求めているんだろう。
 私はもうよくわからない感情で、玄関のドアをゆっくりと開けた。
 バリバリ不法侵入だ。
 どうか警備会社が来ませんように!

 部屋の中は当然真っ暗だ。
 やはり病院の床のようだ。いや、研究所か。
 広々とした空間があるが、物は何もない。
 締め切った空気がカビ臭い。
 誰も住んでいないとしか思えないが……。

『きたよ、どこにいる?』

『ほんとう? ありがとう。ちかだよ。たすけてください』

 あの綺麗な顔をした少年を……助けてあげなければ。
 何から? 誰から?
 森田九作の死体から?
 
 確かに地下に通じる階段がある。
 私は写真を撮って鍵アカに投稿する。

 怖い怖いよ!!

 死体を発見したら、即通報か?
 それとも逃げる?
 橘サエ子を見つけたら、即通報か?

 ってかオカルトネタになるんだろうか?
 今更ながらこの事件に首を突っ込む根っからの記者魂を恨んでしまう。

 私は一歩ずつ、暗い廊下を降りて行った。

 階段を降りると一枚のドア。
 重そうなドアで鍵穴がある……。

 しかし鍵は空いている……?

 ええいままよ!
 まさか人生で使うことになるとは!
 
 ガチャリ……ドアを開ける。
 真っ暗……ではない……。

 パソコンが何台も置いてあって……電気はまだ通じてるんだ。
 パチパチと光っている。
 真っ暗な部屋に、机、何かの道具、そして床には書類のようなものが散らばっていた。

『ありがとう。きてくれて』

 DMには彼からのメッセージ。
 どこにいる!?

 私は反射的に、壁にある照明のスイッチを押してしまった。
 電気が生きているなら、まだ着くはず!!

 パッパッパッ! と電気が点いていく。

「ひぃ!」

 地下の研究所の床に誰か倒れている!!
 恐ろしさが一気に頂点に達して、私はひっくり返りそうになって部屋の壁に背を打った。

 死体だ。
 目が離せない。
 ……でも、あれは女だ……。

 私はDMを見る。

「どういうこと!? 死んでるのは橘サエ子じゃない!! あんたが殺したの!?」
 
『でも、このひとはじこなんだよ』
 
 メールで返信がくる。
 でも死体しかない。
 まさか森田本人は生きてて?

「事故ってなによ!?」

 震えながらも橘サエ子の死体を見る。
 顔は見えないが、頭から血が流れていたようだ。
 床の血は完全に乾いている。

『おどろいて、ころんであたまをうった。じぶんでしんだんだよ』

「森田なの!? あんたがこのメールを打ってるの!?」

『森田九作のしたいは、このおくのれいとうこにはいってる。橘サエ子がかくしたんだ』

 確かに、この部屋は半分がガラスになっていて覗ける部屋がある。
 あそこに冷凍庫が……。

「ここまで来たんだから全部、話してよ!! どういうことなの!!」

『たぶん、けんきゅうのことでけんかになって森田九作はころされた』

「ホムンクルスの!?」

『そう、かれのせいしと橘サエ子のらんしをかけあわせたけんきゅうだった』

「じゃあ、あなたはやっぱりホムンクルス……!? どこにいるの!?」

『もう、目の前にいるよ』

「どういうこと……?」

 ふと、私は違和感に気がついた。
 橘サエ子の周りや、壁に薔薇が咲いている。ツタのように絡まって、薔薇が半分、研究室を覆っている。

 そして、彼女が落としたのであろう、スマホ……。
 それに絡みついた薔薇のツタ、棘……。

 わさ……わさ……と蠢いている。

「……まさか……あんた……」

『じっけんはしっぱいだった。わたしは、しっぱいだった』
 
 ホムンクルスの実験は失敗だったのだ。
 薔薇の幽霊と混合でもしてしまったのか……。
 だけど残酷に、彼の心は人間のように……。

『でんきがついていたから……わたしはせいちょうできた』

 そうか、死体を腐らせないために……橘サエ子は電気を絶やすことをしなかった。

『かのじょはたまにくる。したいをかくにんする』

「なるほど……」

 恐怖でどうにかなりそうだ。
 
『すこしずつ、せいちょうしたわたしは、かのじょのまえでうごいてみせた。たすけてほしくて』

 ……でもそんな薔薇を見て彼女はきっと卒倒して頭を打ったんだろう。
 干からびた手が見えた。
 腐敗していないのは……この薔薇が血を吸い尽くしたのか。

「……助けてってなんなの……?」

『たすけて、もやして、ころして』

 ワサワサと少し動く薔薇を見ながら、私はDMを見る。
 恐ろしいチャット。

「……殺して……?」

 全身が粟立つ。

『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』

 吐き気がした。
 こんな場所で心を持った動けない植物。
 6年? 5年?

 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!」

 続々と送られてくる狂気。

 
 
 

 『殺人事件を知っています』

 『廃墟へ向かいます』

 『倒木のため、こっから歩く』

 『殺人事件があったという場所に着いた。これから発信者とそこで会う』



 『もやした』



 謎の鍵アカウントでの発言が、山中の屋敷炎上に関わりがあるのではないかと通報があったがその後の対応は不明。

 屋敷の焼け跡からは、男性の遺体と女性の遺体が発見された。
 その部屋では人間ではない謎のDNAが検出されたという噂も流れている。




 ~さつじんじけんをしっています・完~

 

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