「見てみて大和ぉ~いい感じに出来たワンよ」
二本立ちで立ち上がる子狐わん太郎。
その前足二本で持つ布が、ふぁさりと開く。
そこには屈辱的なほどに、完璧な白い布があった。
「お、お前それどうやって作ったんだよ! さっきもそうだったけど、糸から布を作るって凄いことだぞ?」
「んぁ? えっとねぇ~氷の針をつくってね、えいえいってしたんだワン」
そういうと、わん太郎は氷の針を見せると、そのまま糸の中へと突っ込む。
さらにどうやっているのかが全く分からないが、また布を作り出す。
『あんな駄犬に出来るのに主ときたら……』
「ぐぬぬ。も、もう一度だ!」
負けられない戦いがここにある。そう、ここが関ケ原だッ!!
『石田三成みたいな顔をしていないで、糸を持ち集中してください』
「なぜ分かったし!? く、見ておれ家康め」
『誰がたぬきですか、ダ・レ・ガ』
そう、気分は負け戦だ。が、俺はやってみせる。
右手に持った糸に意識を集中させ、さっきと同じ反応が来るのを待つ。
今度はもっと簡単で、想像がしやすいデザインにしようと意識を集中。
糸がピクリと動き出し「来た」と一言静かに言うと、相棒が『今度はゆっくりと魔釣力を込めて』とアドバイス。
それに「わかった」と応えつつ、〝スキル:器用貧乏〟を使用。
両手よりにじみ出ながら消費する、MP釣の感覚に脂汗が額にうかぶ。
次第に形になっていく感覚が、体全体で感じるようになった。
その不思議な感覚に「すげぇ……」と漏らすと、相棒が『気を抜かないで集中してください』としかられる。
確かに気を抜くと、一気に糸がほつれる感覚を感じて焦りがうまれ、一層ほつれだす。
が、一度経験した失敗の手応え。それは確実に失敗を回避し、成功への呼び水となる。
「落ち着け……そう、複雑な釣り糸の結びより簡単だ。結びめを組む感覚でコイツにも――」
そう思った瞬間、一気に糸と糸がキツく編み込まれ、さらに引き締まる感覚を感じる。
自分でも驚くほどに糸が布になっていく事を実感しつつ、一気に「布になれ!!」と強く叫ぶ。
すると、たわんでいた部分が急激に集まりだし、一枚の布となった。
「おお! 出来たぞ見てみろよ、完璧な布ってやつだ!」
『たしかに布ですね。ですが……』
相棒のやつがいいずらそうにしている。
なぜだ? うん、分かっている。だってコイツは――。
「タオルデスモンネ」
『それでは衣服とはいえないでしょうね。主よ、今のMP釣はいくらあります?』
その問に「えっと」と言いながらス釣タスを確認する。
するとかなり減っていて、それをそのまま伝えた。
「のこり五十ってところか。けっこう減ったな」
『主がスキル:器用貧乏で作り出すと二十消費ですか……なら衣服作りはここまでですね。この後、食料採取にも使うかも知れませんし』
「食料も大事だけどさ、このまま歩くの嫌なんだけど?」
そう言いながら出来たての少し茶色い白い布を腰に巻いてみる。
すると二十センチほど腰を一周するには足りなく、どうしたものかと思っていると、わん太郎が左足にひんやりとした肉球をポムリ当ててきて話す。
「ねぇねぇ大和ぉ。これあげるんだワン」
「ん? おお、それはいいな! ありがとう、わん太郎」
『また駄犬からほどこしを……いいですか主。次は自分でつくらないとだめですよ?』
「ふふん。駄棒には出来ないことを平然とやってのける。そこに痺れて憧れるんだワン」
『雑魚っぽいセリフありがとうございます』
いったいこの二人(?)に何があったのだろうか? まぁ俺にはわからない世界なのでヨシとしよう。
それはさておき、わん太郎がくれたのは、俺の敗北の象徴たる〝わん太郎が簡単に作っていた布〟であり、やっぱりヤツの顔が刺繍されたものだ。
どうやって刺繍をしたんだと聞くと、どうやら体毛らしい……ちょっと微妙。
とはいえ、これで腰を一周するくらいには布地が出来上がり、巻いてみようとおもったが、ある事にきがついてしまった。
「なぁ、このままじゃ一枚にならないぞ?」
そう。布の面積からして、パレオ風にしようとおもったが元々別の布だ。
だからそれを繋げないとだめだと気がつく。
すると「んぁ? 縫ってやるんだワン」と、わん太郎は気軽に縫ってしまう。ケモノなのに器用すぎて、俺の敗北ゲージは天井を限界突破中。
ぐぬぬと地面に四つん這いになっていると、「できたワンよ~」と言いながら頭の上に完成品がかけられた。
それはパレオみたいな感じに仕上がっていて、左右からグルリと俺が作った布で覆われており、正面にわん太郎が作った布が縫われていた。
しかもヒモまであるから、腰からずり落ちないのが子狐の心意気ってやつか。
デザインはまぁ、なんだろうか……そう、いうなれば〝パレオ風ふんどし〟といった感じか。
尻の下まである布で腰が覆われて、真ん中の中心からぶら下がる布がわん太郎のものだ。
しかも、わん太郎の布は長く、ヒザくらいまであったりする。
もはや変なふんどしにしか見えなくて、唖然としていると相棒が苦言を呈する。
『ステキナフンドシデスネ』
「くッ、ふんどし言うなし。はぁ、まぁ無いよりはマシだな。っと……おお、いい感じに俺を包み込むのがスィーティ~」
「日本男児ぽくてよきなんだワン」
むだにくるりと一周し、見えない観客にアピる。
するとどうだろうか。すてきなお姉さま達のアツイ声援が聞こえる。そう、大人の娘たちの声援がだ。
『……妄想もすぎると犯罪になりますよ』
「べ、ベツニ妄想とかしてねぇし、妄想は犯罪にならねぇし! と、とにかくメシだよメシご飯」
くっ。相棒のやつ、俺のファッションへとこだわりを妄想といいやがって。
まぁいい、それより今はその凍りついた魚を食べることにしようか。
ステキな服を作った後だというのに、いまだに凍ったままの不気味に発光する魚だが、今は腹減り部族の名誉族長に就任した俺には些細な問題だ。
「なぁわん太郎。それどうやって食べるんだよ?」
「んぁ? そうだワンねぇ。異界骨董やさんで食べたことあるんだけど、シャリシャリしていておいしいんだワン」
また出た異界骨董やさん。そこが気になるけど、わん太郎はあまり話したそうでもなかったので、そのままつづける。
「んん~シャリシャリねぇ……あ、もしかしてあれか? ルイベってやつ」
よくシャケやマスなんかを、凍らせて薄切りにしてから食べる料理のことをルイベと呼ぶ。
その独特な歯ごたえと食感。そして油がのった魚も適度に冷凍する事で、水分と共に余分な油も抜け落ち、相乗効果で臭みも抜け落ちるはずだったか。
「そうそう、そんな事を言っていたんだワンよ。じゃあ切ってみるワン」
そう言うと、わん太郎はサクっと魚を切り分けてしまう。
本当に何者なんだと今更ながらに思っていると、ヤツが右前足で魚をさして話す。
「ほれぇ、食べてみて~」
「うむ。くるしゅうないぞえ」
『なんですか、そのおかしな貴族語は。それで味はどうなのです?』
相棒はそう言いつつも、どんな味なのかを期待しているのがわかる。
そっと自分で言うのもなんだが、ぷるりとしたクチビルを冷たい感覚がまたぎ、舌の上に〝シャリ〟っとした刺す冷たさを感じた瞬間、犬歯を中心に旨味が一気に広がる。
思わず「ふあッ!?」と声を漏らすほどに、この怪魚どくとくの脂の旨味を感じ心臓がドクンとはねた。
さらに口内を進撃する旨味と共に――えげつない臭みが鼻孔を突き抜け、一瞬気を失うほどだ。
それは時間にして三秒ほどだと思うが、実際はもっと長いのかもしれない。
「ぶぼッ!! く、くっさあああああああッ!! 旨いのに、なんだこの生ゴミみてぇな臭いは?!」
「んあ? どれどれワレも……ッゥ~?! お鼻が曲がっちゃうんだワン!!」
『ふむ。どうやら味は最高なのに、エゲツない臭みが問題のようですね』
相棒の言う通り、どうやらマトモには食せないらしい。
味は最高かつ、ルイベにして臭みを抜いたというのに、この悪臭のせいでとても食えたものじゃない。
どうしたものかと考えていると、相棒が興味深い事を話す。
『食材自体の臭みを消すにはいくつか考えられますね。その一つに香草と言われるもので臭みを消す』
「それはそうだけどさ、こんな臭い魚にハーブごときで太刀打ち出来るのか?」
そう言うと、相棒は『それなんですが』とつづける。
どうやら俺が目覚めるまでの間にソレらしきものを見つけたらしく、その思い当たる植物がある場所へと案内してくれるという。
「よし、ならそれを探してみようぜ? もしかしたらそれで、池の魚も美味しく食べられるかもしれねぇし」
『ではまいりましょうか。まずは来た方向と逆の方向へと行きましょう』
「太陽があの位置だから……うん、今日からその方向を北としよう!」
『それがいいですね、分かりやすく情報が共有できますし。では北へ』
相棒は先端をしならせて、向かうべき方向を指す。
見た目はただの木の棒だが、そのしなやかな動きが実に美しい。
まるで俺の愛竿である、本物の釣り竿と同じしなり具合で、見ていて気持ちよくなる。
頬ずりをしたくなるほどの見事なしなり具合だ……うつくすぅ~。
『なんというかその……悪寒が走るので、私のお尻を見つめないでいただきたいのですが?』
「お前に尻とかあるのかよ?! つか、見ているのがバレているのですか!?」
ただの棒のくせになんという自意識過剰すぎるやつだ! フン、だがまぁ……いいしなり具合だ。
『HENTAIの気配がまた……』
「ッッ!? ハテ、ナンノコトヤラ。それよりハーブはどこよ? 結構歩いたと思うんだけどさ」
『まだ五分しかあるいていませんよ。まったく、先が思いやられますね』
「くぅッ!? 異世界恐るべし」
そう言いながら歩くと、わん太郎が「んぁ~歩くのがつかれたんだワン」とか言いながら肩によじのぼり、頭の上に乗る。
やめていただけます? お子様なボクとしては結構重いのですが。
流石は二つ名が駄犬な子狐。四足駆のくせに、人間様に乗ろうなどと生意気な。
その駄犬っぷりをこれでもかと披露しつつ、なんだかいびきをかき始めた。
フリーダムすぎんだろオイ。けどまぁ、わん太郎の体温ってかなり低い。
いや、低いと言うよりは冷たいと言ったほうが適切だろう。
まるで冷蔵庫に入れた保冷剤よりすこし冷たい。それがヤツの体温だった。
おかげで、この南国の暑さもかなりしのぎやすくなったかも?
『見えました。そこの大きな木を超えた先に香草の群生地があります』
そんな事を考えていると、相棒が到着したと教えてくれる。
思わず走り出し、七歩走ったところで体だけじゃなく、心も若返ったのかもと苦笑い。
そんな自分に少し照れながら走ること数秒。目の前に広がるのは一面の赤い草原だった。
「うおおおお!? 赤金色の草原とか面白すぎるぞオイ! すっげぇ……」
風がふき、赤金色に光る草の絨毯をなでる。
すると太陽の光を反射し、赤金色に輝く波が〝ざわり〟と広がっていく。
その幻想的な光景に空腹を忘れて見入る。
しばらくし、相棒が『主よ、そろそろ採取しませんか?』と言う声で、我に返って状況を再確認。
「あぁそうだな……っと、いけない。これがそのハーブか?」
『はい。今は味わう事が出来ないので、私をしならせて草を切った汁の付着したサンプルから、そう判断しました』
「そんな事もできるのか? 色々すごいねホント」
そう言いながらしゃがむと、頭からわん太郎がすべり落ちる。
ぽてりと落ちたヤツは、高さ三十センチほどの草の中へと落ちた瞬間、凄まじい香気がたちのぼる。
そのなんとも言えない香辛料ともハーブとも思える、不思議な香りが食欲を刺激し、ますます空腹になってしまう。
「これは凄い香りだな。それにしてもこの香りはヤバイ。ますます腹が減って頭がクラっとする」
わん太郎を拾い上げて胸にかかえながら、そっと赤金の草を摘んでみる。
すると、ますます美味そうな香りがして、思わず汁を口にふくむ――が。
「――くぅッ、こいつはダメだ」
『どうされましたか?』
眉間にシワをよせながら相棒へ、「あぁ、コイツはな」と続けて説明する。
まず美味いかどうかと言われると確実に美味いといえるが、問題はその美味さ……いや、旨さが問題だ。
俺の知識に一番近しい味として、この草から感じる味は七つ。
まず舌先にピリリとした刺激と風味が、肉や魚の味を引き立たせるので有名な香辛料である胡椒から始まり、・山椒・レモングラス・ローズマリー・スィートマジョラム・タイム・セルバチコに似た風味といったモノが絡み合っていた。
特に山椒がこれらの調和をぶちこわしていて、とてもじゃないがあの魚に使っても効果が無い。いや、むしろ逆効果になるのでは? とすら思う。
こんなハーブは今まで聞いたことも食べたことないが、流石は異世界というところなのだろうか?
「――と、言うわけだ。ワンチャンあのドブ臭が赤金草と合わさる事で、悪臭が消える化学変化でもおこしてくれと願うばかりだな」
『ふむ。まぁ今はコレだけですから、持って帰って試してみましょう』
うなずきながら「そうだな」といいつつ、わん太郎を頭の上に乗せて赤金草を採取する。
質感は意外と柔らかく、幅二センチほどの草は小気味好い音とともにプリプリと葉がちぎれた。
少しすると片腕に抱えられるほどになり、それを持っていく事とする。
「このくらいでいいんじゃね?」
『ですね。では早速あの社まで戻りましょうか。駄犬が再度凍らせてくれましたし、帰る頃にはちょうど良く溶けているでしょう』
「ルイベには最適だな。それにしてもコイツ……一体何者なんだろうな?」
一度落としたにもかかわらず、相変わらず頭の上で寝ているわん太郎。
左手で胴体をなでると、「もっと愛でるワン」と寝言を言っている。困ったやつだ。
そのまま帰り道に相棒とヤツの事を話していると、気になる事を言い出す。
『そうですね……駄犬が言う、異界骨董やさんと言う場所に心当たりがあります』
「マジで? どんな釣り堀だよ。行ってみたいんだけど」
『ハァ、本当に釣り馬鹿思考全開ですね。そこはまぁ、主がいた元の場所。つまり日本にあると聞いています』
「そうなの? へぇ~行ってみたかったなぁ」
『はい。噂では傾国の女狐が店主をしており、現実と異界の間に店があるらしいです。っと、着きましたね』
もっと聞きたかったが、今は空腹を満たすことで頭が一杯の腹減り部族の俺だ。
目的の社近くまで来たことで、思わず走り出す。マジで若い。
石の上に置いた、糸を釣り上げたバナナの木に似た木の葉っぱの上に、いい感じに溶けたルイベとなった魚が水分をしたたり落としながら俺をまつ。
さらにいい感じに臭みも抜けたと思いながら、池で軽く赤金草を洗ってからいよいよ調理をしてみる。
「よし料理するぞ! と、言っても……道具もねぇし、とりあえず草に巻いて食べてみるか」
『それがいいでしょうな。おっと、駄犬が持ってきた藻塩を振りかけるのもお忘れなく』
それに「わかった」と言いながら、わん太郎が持ってきた小瓶の中から藻塩をひとつまみ。
藻塩は薄いベージュ色をした旨味の塊だ。
そのワケは自然の恵みをふんだんに使ったといえる。
なぜなら海藻の成分のひとつであるヨードがある。そして海藻に豊富に溶け込んだミネラル。つまり、カリウム・マグネシウム・カルシウムなどが食材の味わいを豊かにしてくれるんだよね。
それをまずパラリとかけて、ルイベとなった切り身を赤金色の草ではさみながら口の中へと放り込む。
するとどうだろう。あれほど酷い香りだったが、何とか我慢して食べれるレベルにまでなった。
「……まぁ、なんとか食べられるけどさ、やっぱりだめだ。臭みが消えた代わりにエグみが出た感じだな。やっぱり山椒の風味が邪魔をしているし、レモングラスと愛称も悪そうだ」
まぁ腹は満たされるかもしれないけど、こんな酷い物をこれからずっと食わないといけないかと思うと悲しくなる。
そう思ってルイベを見つめていると、相棒が『ふむ、それなら解決するでしょう』と言い出す。
「え、どうするんだよ? 調理器具はなにもないぞ?」
『それにお答えするまえにお聞きしますが、もしそのハーブから山椒風味を抜けるとしたらどうでしょう?』
「そうだな……うん、いけると思う。赤金草の苦味はお子様な俺の舌にはちょっとアレだが、まぁそれも調味料の一つとして考えればいけそうだな」
『ならばやる事は一つです。主の思うままに狙った獲物を――』
そこまで聞いただけで心がはねた。だから続きを被せて口角を上げながら言う。
そう、「釣り上げちまえばいいんだな?」……と。
『そのとおりでございます。確認ですが、MP釣は残り五十ですね?』
「ああ、残り五十だな。それでどうしたらいい?」
『まずは糸の先にあるゴッド・ルアーを小さく。具体的には五グラムほどの金属で出来た小魚になるように、イメージしてください』
相棒の言葉に「わかった」とうなずくと、最近買ったことのある安いが高性能のメタルジグを思い出す。
それの形に酷似した形を頭に思い浮かべた瞬間、またあの力が抜ける感覚を覚えて「つぅ」と息が漏れた。
「俺の思い通りの形になったぞ……マジかよ、ゴッド・ルアー凄すぎだろ! それにしてもあの妙な感覚はなんだ?」
『それはMP釣が消費された時に感じる倦怠感に似たものです。MP釣はどうなりましたか?』
すぐにス釣タスを開き残量を確認すると、十五も減っていた。
「残りは三十五だな」
『流石は主です。意外と消費が少ないですね。本来ならもっと消費してもいいのですが』
「そういうものか……それでどうする? 早く釣りてぇ~」
『ハァ~その釣りへの情熱は別の意味で流石デスネ。尊敬の眼差しを返して頂きたいものですねマッタク。では先程と同じ要領で、草の中から山椒のイメージを強く釣り上げてみてください』
そう相棒が言う頃には、俺はすでに準備が整っていた。
なぜか分からないが、あの赤金草に含まれている〝モノの本質が見える〟気がしたからだ。
それは誰に教えてもらったワケでもなく、出来て当たり前と思えた。
だから左足がもつれたら勝手に右足が出るように、自然にどうしたらいいかが分かる感覚。
つまり〝ソコに山椒たちの感覚を具現化した存在がある〟と、ハッキリと分かる。
そうと分れば、後は奴らを釣り上げるだけだろ?
「そこに潜んでいるな……捉えたぜ! 行ってこおおおおおおいッ!!」
相棒を思いっきり背後へとしならせながら、赤金草の中へとメタルジグを投げ込む。
草束の中へと〝ざくり〟と突き刺さるように飛ぶメタルジグ。
次の瞬間、強烈なインパクトが釣り糸から相棒へと伝わり、俺の両手に伝わった瞬間、釣り人の本能が「フィィィッシュ!!」と叫ぶ。
ヌルリと赤金草の中から釣り上げたのは、七色に輝く魚の群れ。
いや、よく見ると七匹の魚全ての色が異なり、それが虹みたくみえたと分かった瞬間、採取しておいたバナナの木によく似た葉っぱの上に落ちてくる。
それが葉っぱの上に落ちたと同時に、七つの粉状になったモノが積み上がった事で赤金草の中から潜んだ獲物を釣り上げたのだと分かった。
「ッゥ~、よっしゃあああ! 完全勝利ッ!! どうだ見たか相棒?! これが俺の実力ってや……つ、だ……アレ?」
そう言った瞬間、急激に目の前が暗くなり気が遠くなる。
ちょっとマテ。一体俺は一日何回気をうしなえばすむんだ? と思ったのが最後、また暗闇に飲み込まれた。
◇◇◇
『そ、そんな馬鹿な……』
私へドヤった直後、主はまたしても気を失ってしまう。
それも当然だろう、きっと今頃は主のMP釣は0のハズだから。
だが私が驚いたのはもっと違う理由からだ。
『一体なにをどうやったらこんな結果になるというのです……』
絶句した先にある光景。
それは不器用だがそれなりに精製された、色が異なり香りが違うもの――つまり七つの香辛料の小山が出来ていたのだから。
だがどう考えてもおかしい。
なぜならMP釣の残量を考えれば、七つもの香辛料を釣り上げることなんて出来ない。
いや、それだけじゃない。主はただ釣り上げただけじゃなく、別々に精製して小分けにしたのだ。
本来釣り上げたものは混ざった状態で現れ、それをスキル:器用貧乏で精製する。
『だからこそ理解が出来ない……ッ! まさかスキル〝器用貧乏〟を同時に使ったというのですか!?』
そうとしか考えられない。普通なら釣り上げれるのは素材のみ。
だからこそ、山椒だけを抜き去り残りは許容するはずだったのに……。
それを完成した状態で釣り上げた。つまり、釣り上げたと同時にスキル:器用貧乏を発動させ、精製した状態の香辛料を創り出した。
しかも山椒だけを抜いたのではなく、全ての素材を釣り上げ、小分けにしてしまったのだから。
『本来、こういう複雑に混じりあったものを釣り上げるには、相応のMP釣が必要です。でもたったアレだけのMP釣で釣り上げ、ここまでしてしまうとは……主、あなたは一体』
全てのMP釣を使い果たし、それどころかマイナス域まで使った反動で気絶をした主。
改めて思う。この少年は規格外すぎるのだと。
『…………』
静かに主の寝姿を見つめながら思う。
『まったく……会ったばかりだというのに、私をどれだけ驚かせれば気が済むのですか貴方は……それにしても〝理〟はこうなる事を見越して主をこの島の開放者にしたのですかね』
そう呟きつつ、それが確信めいたものだと感じていた。
◇◇◇
「んん……うるさいぞぉ~なんだってんだよ、まったく……」
目が覚めると子狐わん太郎が俺の腹をムニュっとした肉球で〝ぽむぽむ〟と叩いていた。
なんだか心地よく冷たい感覚に癒やされ、また眠りにつこうとしたが、若い腹の中はそれを許さない。
そのハングリーな轟音はとどまることを知らず、強引に耳の中へとねじ込まれた。ぐるぅぅぅ~っとな。
「大和ぉ~起きるんだワン! うるさくてしかたないワンよ~!!」
「んお!? マジでうるさすぎて目が冷めた!! どんだけハラヘリの民なんだよ俺ってば。つかなんで寝ちまったんだろう?」
むくりと上半身を起こして周囲を確認すると、相棒がふよりと浮きながら話す。
『おはようございます主。いい夕方ですね』
言われてみるとたしかに夕暮れが近い。
そんな物悲しくも釣りをするにはアツイ時間にゾクリとし、一瞬釣りに行こうと思ったが、流石の俺も今はメシだ。
「ハァ。一気に疲れたし、はらへったぁよ~。気絶したわけも知りたいけど今はまずはメシ! よし作るぞわん太郎!!」
「そう言うと思って、ワレがいっぱい捕まえてきたんだワン」
わん太郎がそういいながら、短い右前足で指す方角。
見ると瑠璃色の池に泳ぐ、三種類ほどの魚がバナナに似た葉っぱの上に十二匹乗っていた。
あいも変わらず不気味に緑色に発光するやつ。黄色く発光するやつ。そして赤く発光するやつと、とても食べ物とは思えない魚ばかりだ。
「……なぁわん太郎。どうせなら光ってないのも泳いでるだろう? そっち捕まえてこいよ。信号機を食べる趣味はないんだが?」
「んぁ? だって大和はね、この臭いのがたまらなく好きなのかと思ったワン」
「汚臭をおかずに白米をかき込む趣味はねぇんだが!? まぁいい、それよりも――料理開始だ!!」
まずは魚たちを触り、その弾力性を覚えておく。
大体の感覚を感じ取り、わん太郎へ「三枚におろしてくれ」と頼む。
すると「わかったワン!」と言ったそばから、次々と十八センチほどの魚が三枚におろされて身と骨になる。
本当にどうなっているのかと驚く爪さばきだが、見ると爪先に氷の刃がついていた。
どうやらソイツで美しいまでの、鋭利な切り口に仕上がっているのだと思うと驚く。
見惚れていると、「できたワンよ~」と気の抜けた声で教えてくれた。
「サンキュ~わん太郎。さてと……やはりいる、か」
わん太郎が切り刻んだ魚の残骸の中に内蔵を発見。
そこから這い出ている白い糸状のナニカ。
それに心当たりがある。思わず眉をしかめながら、わん太郎へと話す。
「やっぱり淡水魚はいる気はしてたんだよなぁ」
「んぁ。何がだワン?」
「コレだよ。ほら見えるだろう? この白いやつは寄生虫だ。本来なら焼いて調理すりゃいいんだが、今はそんな事してる暇がないほどハラヘリの民だ」
「ワレも~! だから早く食べたいんだワン!」
「まぁ落ち着けよ。でだ、そこでやっぱりルイベが手っ取り早く食える。あの調理法は寄生虫を駆除しつつ安全に食べれる料理法でもあるからな」
そう言うと、わん太郎はすぐに魚の切り身を凍らせてくれた。
しかも、とてつもないマイナス温度で一気にだから驚く。
さらに薄く切身にしてくれたようで、切り身の角が立ち美しさすら感じてしまう。
「いい感じだ。このまま半解凍にできるかい?」
「お安い御用だワン。ほれぇ~」
狙った感じで、ちょどいい半解凍状態にしてくれた子狐わん太郎。
余計な水分と油分。そして臭みをドリップ汁と共に落としてくれるとはやりおるわ。
池で手を素早く洗い、半解凍の切り身へとゆっくりと右人差し指を押し付ける。
生の状態より若干固く、それでいて適度な弾力を感じココまでは成功とほくそ笑む。
「俺の思った通りに仕上がったな。じゃあまずは緑を一口……うぇ。最初よりはいいけど、やっぱり臭い。次は黄色……うんコイツもだ。なら赤も……ぅッ。コイツも独特な臭いがキツイな」
顔をしかめ食材の味を確かめ終えると、後ろから相棒が『準備は整っております』と声がかかる。
肩越しに背後を見ると、手のひらサイズの葉っぱの上に、七つの粉が乗っていた。
そう、思い出した。アレは俺が気絶する前に赤金草から釣り上げた、スパイスの数々だと。
軽く全ての粉の上に指をすべらせ、その味わいを確かめて驚く。
たしかに胡椒だの、レモングラスだのと言ってはみたが、この状態で食べてみると初めての旨味が詰まっていた。
つまり風味もあるが旨味もあるという、ハーブや胡椒らしくないものだ。
「ナイス相棒、これはすっげえ!! よし、じゃあ早速使ってみるか。まず緑色の身は旨味が強いが生臭さが際立つ。なら使うスパイスは……ローズマリー風のコイツと、胡椒っぽいコイツ。そして今なら山椒も行けるはずだ。そこに、わん太郎の藻塩をふりかけて……と」
まだだ……焦るな、最高のタイミングで喰らう。体感時計で、待つこと一分三十秒ほど。
スパイスが程よく浸透し、緑色の切り身自体から香気がたちのぼる。
その食欲を刺激する香りに、腹の虫が大騒ぎしているのを黙らせ、そっと口の中へと放り込む。
下くちびるにネトリと乗った瞬間、すでに舌が旨味を感知し、唾液が舌の奥からあふれてきた。
さらに舌先ふれたと同時に、扇状に旨味の波がひろがり、ビクリと体が震えながらも、奥へ奥へ。もっと奥へと旨味を奥歯へ転がす。
そしてついに到着。そう、最大の旨味を感じる部分である奥歯に。
だから何の迷いもなく、本能のままに奥歯を落とす。
瞬間、〝むっっっちぃッ〟とした食感と共に、切り身の細胞壁が崩壊し、内部より強烈な香りが弾け飛ぶ。
その驚くほど強い香りは、あの悪臭を放っていたものとは思えないほど、清々しく、鮮烈で、新緑の息吹を口いっぱいに感じた。
だが、まだだ。まだ悪臭へのリベンジは終わらない。
直後、胡椒の爽やかな辛味と風味がそれらを包み旨味へと変換し、ダメ押しとばかりに山椒の風味がローズマリーの尻を叩く。
全てが調和し、渾然一体となった旨味と香り。
その全てを味わった瞬間、気がつけばノドの奥へと消え去っていた……。
「……まだ……よく味わっていないのに消えた……」
『あ、主どうしたの――うわッ!? なんて顔をしているのですか!』
「うわぁ。大和ばっちぃワン」
二人(?)の驚く声ではたと気がつく。
口元からとめどなく、あふれでているのはヨダレ。そう、ぶっ壊れた水道みたいにそれは出ていた。
誰かヨダレの水道屋さんに電話してくれ。来月のヨダレ使用量の請求額が怖い。
だがそんな業者を探している暇ない。そう、まだお楽しみは二つもあるのだから。
「ヨダレなんて気にしてられっか! 次だ、次ぃ!!」
『いや、そこは気にしましょうよ……人として』
「ワレもヨダレベトベトのは食べたくないんだワン。大和、真人間になるんだワンよ?」
人ぢゃあないヤツラに、人としての何たるかを説教されただと!?
じょーだんじゃありませんよ! ダカラ言ってやる。
「スミマセンデシタ」
「『分ればよろしい』」
くッ、なんたる屈辱!
でも今は次だつぎ。黄色いやつが俺を呼ぶ。さてコイツはどうしてやろうか?
「気を取り直して、と。お次は黄色い切り身にはハーブだけでいいだろう。コイツの臭みは純粋に味わいたい臭みだ」
「ほぇ? 味わいたい臭みなんてあるんだワン?」
「まぁな。じゃコイツなんて、その代表といえるんじゃないか」
そう言いながらまずは藻塩をふりかける。
さらに魚に愛称が抜群のタイム風味のコイツを全体に馴染ませつつ、ごまの風味に辛味をおびたハーブであるセバルチコ風のやつ。こいつもいい仕事をしてくれるだろう。
そして最後はレモングラス風の粉。二つをまとめてくれるキーハーブになるはずだ。
三つの味をサッとふりかけ、この黄色の切り身は三十秒といったところか。
「この瞬間は本当に待ち遠しい。十秒が十フレームに感じるほどだ」
『……変わっておりませんが?』
ナニカ聞こえた気がするが、漢は気にせずに待つ。
まだか……もうすぐ……三・二・一……「今だ!!」と叫びつつ、獣のように乱暴に口へと放り込む。
コイツの旨さは確定だと、さっきの試食で理解をしていた。
なぜなら、この黄色い切り身は〝濃厚なヤギチーズ〟と似た味だったから。
このままでも十分食べれるが、ここは文明的にいこうじゃないの。
だからハーブの力を借りて、さらに上品に仕上げた結果を楽しむ。
右の犬歯に〝むにぃぃッ〟と絡みつく、異常に濃厚な味が舌の上に重く広がる。
ずしりとくる、腐臭に似た熟成香がたまらん!
その香りに「くぅぅ~」と涙目になりつつも、それを打ち消すタイムの気品ある清々しい香りが悪臭を押さえつつ、ほろ苦さが黄色い切り身のまろやかさを生む。
さらに黄色い包囲網は続く。そう、最後の希望にして真打ちたるレモングラスの登場だ。
食材同士、お互いの主張を勝手気ままに語っていたせいで、美味いが震えるほどではない。
むしろクドい味でいまいち素材が生きていない。そう思った刹那レモングラスが覚醒。
ふわりとやさしく黄色い切り身を包み込み、さわやかなレモンの香りとふくよかな甘味。
それがデロリと広がった肥大した味を凝縮し、旨味だけをしぼり取った。
直後、冗談みたいに魚のくせにヤギ臭あふれる濃厚なチーズを、クセのないフレッシュチーズへと昇華してしまう。
「うまいッ!! なんと言う幸福感につつまれる味だよ! こんなチーズ食べたことないぞ!! 見ろよ、自然にほほがゆるんじゃうぞ」
「お魚なんだワン」
『駄犬よ。主は空腹過ぎて現実がわからないのですよ』
「そういえば目がイってしまっているんだワン」
二人(?)は見つめ合うと軽く震え「『ナンダッテ!?』」と叫ぶ。
「ええい、小芝居はやめい! ほら。お前も食ってみろよ、わん太郎」
まずは前菜の緑色に光る魚のルイベを、わん太郎のお口の中へとポテリと落とす。
やつは「んぁ~」と大きくお口を広げ、それが口に入った瞬間――コロコロと転げだし、「美味しいんだワン!!」とさらに転がる。
「だろ!! ほら、いつまでも転がっていないで、黄色い切り身も食べてくれ。美味いぞ~」
するとそのまま転がって俺の足にポムリとあたり止まると、また「んぁ~」と口を広げて寝転ぶ。
なんて横着なケモノ野郎だとあきれつつ、そっと切り身を落とす。
もぐもぐと数度口を動かす子狐くん。
まんまるオメメを〝クワッ!〟と開き、いつの間にか昇っている満月に向かって遠吠えをする。やっぱ犬じゃん。
そしていよいよ最後……そう。あの一番クセが強い赤い魚へと挑む。
いつまでも遠吠えをしている駄犬わん太郎。
そんなヤツを尻目に、最後の難関へと挑む。
そう、コイツは魚というよりむしろ肉に近い味わいだ。
しかもジビエ料理に似た尖った味と香りが凄い素材というのが、俺の料理人生に挑戦状を叩きつけた。
『先程から見ていましたが、主はずいぶんと料理にこだわりがあるようですね?』
「まぁな。俺は釣り人として、いつでも真剣勝負だ。小物はリリースするが、マズイ魚でも大物を釣り上げたら必ず食す。それが俺のポリシーだからな」
『なるほど。その過程で料理が好きになったと?』
「そんなところだ。不味くて最悪な調理をしたら、釣り上げたあいつらに失礼すぎる。だから俺のレシピと経験で、最高の素材として料理の華を咲かせるのさ」
『早い話がただ食べたかっただけだと?』
「ちがいない。なにせ食い意地がはってるからな」
そう言いながら赤い切り身へと歩を進めるが、ヤツは俺へ不敵に笑っていやがる。
まるで「我を旨く調理するだと? フ、おこがましいが……挑むがいい。そこまで言うなら食ってみろ小僧!」言わんばかりに威圧をこめて。
「待っていろ魔王。俺が今――裁くッ!」
『……ただの魚の切り身ですが?』
「さ、美味しく料理しちゃうぞ♪ まずは特性を考えようか……コイツの持ち味は文字通りの野生味だ。ならば遠慮はいらない。野性で挑んでくるなら、俺もその作法受けて立つッ!!」
『え、主何をッ!? そのまえに全てが野生の魚ですが?』
相棒がそう叫ぶが、俺の行動はとまらない。
調味料に近づくと、右手を一閃! ザっと全ての調味料の頂点をかすめ取り、そいつを一気にぶちまけた。
中を泳ぐ七色の調味料。その時一陣の風が吹き、わん太郎の鼻へと胡椒がフワリ。
くちょんとクシャミをした光が、月夜に照らされて闇夜を照らす。
が、そこまで暗いわけでもなく、満月の光が調味料を美しくいろどる。
その虹の光が魔王・赤い切り身へと降りかかると、一気に濃厚な香気が立ち昇りひるむ。
それはそうだろう。あの赤金草と同じ状態なのだから、普通に考えればマズイはず。
しかしそうはならないと確信があった。
この赤い切り身は、ジビエ肉そのもの。だから丁寧に処理をするのもいいが、ここは一気に全部マシマシで豪快にいただくのが正しいと思う。絶対、多分。だといいな……。
「よし……じゃあ食べてみるか。はい、わん太郎の分はここに置くからな」
「わぁ~綺麗でとってもいい匂いなんだワン」
わん太郎と視線を合わせて、同時にうなずく。
そのまま「「いただきまーす!」」と声を合わせて同時に口へと放り込む。
――熱。
そう、はじめに舌の中ほどへダイブした赤い切り身は、ルイベの冷たさで一気に舌の熱を奪い冷たい旨味がじんわりと広がった。
次の瞬間、わん太郎が「あふぁ!? あっついワン!!」と叫ぶと同時に、俺の舌もそれを感じて一気に額に汗がふきでる。
一瞬何がおきたのかが理解できず、左の奥歯へと到達した時にその正体が判明。
まずはローズマリー風の清々しくも強い風味が、タイム・スィートマジョラムと合わさり、赤い切り身と妙にマッチしながら山椒のピリカラで一気に口内の熱量があがる。
さらに噛みしめると胡椒の風味がはじけ、それが一層辛さを増したところに、旨味を引き立たせるセルバチコのごまの風味と、辛味がまた特濃な辛旨さを後押しして、背中までビッシリと汗が浮かぶ。
これらは赤い切り身自体からくる、舌を強烈に刺激する旨味が刺激になった結果と、調味料の相乗効果なのはまちがいない。
しかもそれが噛みしめるほどにますます強くなり、「もう無理!」と思った瞬間吐き出そうと思ったが、なぜか飲み込んでしまう。
が、そこで驚くことが起きた。
なんと呑み込む刹那、レモングラスの高原の風を思わせる爽快さが口内から辛さを吹き飛ばし、心地よい旨さだけだが残った状態でノドの奥へと吸い込まれてしまう。
「な……んだこれ……」
「すっご……い……ワン……」
無意識に天を仰ぎ、その旨さの余韻に一筋の涙が流れ落ちた。
わん太郎も同じようで、「生きていてよかったワン」とつぶやくが、俺も同じ気持ちでいっぱいだ。
感動で星空を眺めていると、相棒が冷めた様子で話す。
『駄犬の鼻水も、いい味だしていたんじゃないんですかね?』
そう言われるとそんな気がし、白目をむきながら「んあ~」と涙を流す。塩辛い……。