ビニールに入った白い小さな粉。それは明らかにメディアで目にしたことのある『覚醒剤』だった。一体なぜ、覚醒剤がこんなところにあるのだろうか。
 優奈を見ると、彼女は青ざめた表情で私の持つ覚醒剤を見ていた。

「優奈……これは一体なに?」
「いや……私にも分からない……なんで……」

 明らかに動揺している様子だ。
 問題は、どちらの意味の動揺かだ。自分の知らないうちに覚醒剤が隠されていたことによる動揺か。それとも、自分が覚醒剤を隠していたのがバレたことによる動揺か。

「どうした?」

 刑事さんは私たちの異様なやりとりを怪しんだようで、私へと声を掛けながらやってくる。

「それは一体なんだ!?」

 私に近づいたことで手に持っていた白い粉が目に入ったのか声を大にして私に説明を求めた。『一体なんだ』と言われても、私にも訳がわからないため説明のしようもない。

「その……パンチングマシーンの中を調べたら、これが出てきて……」

 私がそう言うと、刑事さんは私の前にやってきて渡すように促す。白い粉を渡すとビニール越しに中身をよく観察した。

「これは紛れもない覚醒剤だな」

 刑事さんは別の刑事さんに持っていた白い粉を渡すと、私から離れて今度は優奈の方に向かって歩いていった。優奈は刑事さんが近づいてくるのに反して足を後ろに下げ、後退していく。その動作はまるで彼女が意図的に隠していたのを打ち明けるようなものだった。

「まさか盗聴器を探していただけなのに、こんな結果になるとは思いませんでした。飯島 優奈さん。あなたを『覚醒剤取締法違反』の疑いで現行犯逮捕します」
「それは私のじゃありません! 信じてください!」

 優奈は弁明しようと腕を左右に振り、必死に否定するが、刑事さんは躊躇うことなく彼女の手首に手錠をかけた。優奈は自分の手にかけられた手錠を見て、目を丸くした。言葉は急になくなり、ただただ呆然と手錠を眺めていた。

「詳しくは署でゆっくり聞かせていただきます」

 そう言うと優奈の背中を叩き、彼女に外に出るように促す。優奈は呆然としており、その場から動くことはなかった。刑事さんはため息を漏らすともう一人の刑事に頼み、二人がかりで優奈の両腕を持って引っ張っていく。

 男二人がかりで引っ張られたためか優奈はみるみるうちに玄関の方まで歩かされる。私はその様子はただただ見つめることしかできなかった。

 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。私がこんなところに目をつけなければ、覚醒剤を見つけることはなかった。私は優奈にとてもひどいことをしてしまった。後悔による強い負の感情で心の中にモヤができる。

 やがて優奈は視界から消えていく。
 そこで私は心のモヤを消すように近くに置いていた『手持ち看板』を手にすると急いで玄関の方に向けて走っていった。

「優奈!!」

 大きな叫び声をあげて、優奈と刑事さんを呼び止める。私の声に触発されて、こちらを振り向く優奈。彼女に向かって看板を掲げるとそこに書いてある内容と同じことを私は口にした。

「ドッキリ大成功っ!!」
「え……」

 優奈はなにが起こっているのか分からないようで唖然とした表情で私を見た後、左右にいた二人の刑事さんを交互に見た。刑事さん二人は微笑ましい様子で優奈のことを見ていた。そこでようやく彼女は『ドッキリ』であることが実感できたようで、腰が抜けたように尻餅をついた。

 そう。今までの流れはすべてドッキリだったのだ。
 とはいえ、最初に来たストーカーだけは予想外ではあったのだが。

「なんだ……はあ……びっくりしたー」
「見事に引っかかったみたいだね。もし本当だったら、刑事さんがベランダから入ってくるわけないじゃない」

 予想外の出来事が起こったために急遽、私の家のベランダを伝って優奈の家のベランダから部屋に潜入するという設定にしたのだが、あそこでバレなくて本当によかった。

「じゃあ、覚醒剤は?」
「それは覚醒剤じゃなくて、ただの塩でーす。二日前にここに来たときに仕込んだの」
「なーんだ、そうだったんだ。で、なんでこんなドッキリしたの?」
「実は、私のお父さんが警察官で『覚醒剤取締』のプロモーションを私の方ですることになったんだ。どうせなら、インフルエンサーである『ユナ』にも協力してもらったほうが、より多くの人に伝えられると思って実行したわけ。もちろん、マネージャーには許可をとってあるわ」

「盗聴器については?」
「それは家宅捜査をするための嘘だよ」
「そうだったんだ。もー、本当に怖かったんだからね」

 優奈は目尻に涙を溜めつつも、ほっとしたように笑いながら私へと感想を述べた。
 動画投稿サイトでの主流であるドッキリは無事に成功し、プロモーション用の撮れ高をだいぶ得ることができた。