現代に棲む鬼~半鬼と共有花嫁~

 「じゃあ……ピザで……」
 
 夏都のリクエストに「わかった。ピザね。」と宏明は短くオウム返しをした。
 ぶっきらぼうだけど悪い人ではない。
 それが夏都の宏明に対する印象だった。
 その日はピザを何種類か頼み、二人でそれを食べることにした。

 宏明はピザのLサイズを5枚ほど平然と平らげていた。

 「よくそんなに食べれるね」
 「あーあの女に擬態する能力かなり体力を使うんだよな。」
 
 宏明の能力は鬼の中でも管理優れている模様。
 あんなに高身長美女になれるのだから、怪しまれることなく重宝されるわけだ。

 息するようにチキンを食べる宏明に夏都は、ぽかんとするのだった。
 
 「食べてよく太らないね」
 『それ、俺も思った。』

 宏明は夏都やシャニの視線に気づく。

 「足りないならお前も食えば?あ、シャニはこっちな」

 宏明はシャニに、猫缶を見せた。
 
 『俺もうお腹いっぱい』
 5日目の夜。
 ふたりともそれぞれ寝る準備を済ませた時、宏明はどこか浮かない表情だった。

 「どうしたの?」
 夏都は宏明のことが気になり声を掛ける。

 「あのさ……聞きたいことがあるんだけど、なつは兄貴たちと過ごした時は寝るときとかどうしてた?」

 夏都は宏明の問にぽかんとした。

 「いや、変なこと聞いてごめん。たまには床をともにしないか?と思って。」

 宏明も夫のひとりだ。
 拒む理由はどこにもない。こういう時は和貴の言葉を思い出す。

 『宏明くんも不器用やけどええやつや。安心して身を任せて大丈夫や。』

 「うん。ヒロ兄ちゃんが嫌じゃなければ……」
 「あぁ……」

 「シャニは部屋に入れといたほうがいいかな?」
 『え?俺も一緒にいたい。』
 「そうだな。悪いけどなつを少しの間だけ借りるけどいいか?」

 宏明はシャニの頭を優しくなでた。
 シャニは『わかったよ』と言わんばかりに夏都の寝室に入った。

 改めて宏明の寝室に入ってみると荷物は少なく、大学のテキストも手垢まみれだ。
 勉強熱心な性格が部屋にも出ていた。
 ベッドも泰明の寝室ほどではないけどかなり広かった。

 宏明もいつの間にかベッドに横たわっている。

 「何もしねーから早く来いよ。」
 「うん」
 夏都は宏明の隣にそのまま横たわる。
 その姿がなんともぎこちない。
 宏明はそんな夏都を強く抱きしめた。

 「ヒロ兄ちゃん?痛い……もう少し優しく……ね……」
 「ごめん。一晩だけでもこうさせて。」
 「うん。」
 「俺の話をしていいか?」
 「いいよ……聞かせて。ヒロ兄ちゃん自分の話しないじゃん」

 宏明が落ち着いたときにこんな話を聞いた。
 容姿は上二人には叶わないから勉強や部活に情熱を注いだこと。
 和貴の助けで社交術を身に着けたこと。
 そして……。
 「俺さ、兄貴たちが触れた女は絶対嫌だと思っていた。だからなつを共有花嫁にすることは抵抗があったんだ。」
 「うん……」
 「だけど…………なぜかお前のこと嫌じゃないだよな。」

 宏明は自分でもわからない感情を夏都に話した。
 いつの間にかふたりとも寝ていた。
 本当に何もしなかった。

 ――――――――
 6日目の朝。
 起きてみると、宏明が夏都を後ろから抱きしめている状態だった。
 宏明の本音を知ることができたのでそれはそれで嬉しいものだ。

 「あとでかずくんに相談してみようかな……」

 宏明は子どものようにスヤスヤと寝息を立てていた。
 普段つんけんしているのに眠っている時は子どものように可愛くて無防備だ。

 夏都は「シャニと一緒だな……」と思いながら宏明の髪を優しくなでた。

 夏都は宏明にメモを残した。

 買い出しついでに和くんのところに行ってきます。
 夕方までには戻ります。

 宏明もそのメモをみたら怒るだろう。
 正明や泰明みたいに表面には出ないけど宏明もかなり過保護だ。

 和貴のオフィスにて……。

 「いきなり訪ねてごめんなさい。」
 「ええよ。気にせんといてや。なんかあったら話聞く言うたのは俺やからな」

 和貴は笑いをこらえる。

 「実は……ヒロ兄ちゃんのことで……」
 「あぁ、宏明くんね。中学の時からの親友だからなー」

 宏明と過ごした夜のことを和貴に話した。

 「それは分かりづらいけど、宏明くんはなーちゃんに心を開いた証拠やで」
 
 「そうなの?」
 「せやで。宏明くんは自分の話はせーへんからなー。泰明くんはいい意味で何考えてるかわからへんけどな。」

 「泰明くんほどではあらへんけど宏明くんは案外分かりやすいで」
 
 しばらくすると夏都の携帯電話が鳴る。
 ディスプレイを見ると「宏兄ちゃん」と表記がある。
 恐る恐る出てみると……。

 『なつー!お前はどこほっつき歩いてるだ!』
 「ごめんなさい。そんなに怒らないで」
 『怒るわ!今どこにいるんだ!?』
 「宏明くん落ち着けや。俺のオフィスにおるで。」
 『和貴?お前のとこにいるの?』
 「せや。だからあまり強く言わんでやって……な?」
 『わーたよ。調子狂うな。』

 電話が切れたあと和貴は夏都の方を見る。
 夏都は宏明の怒鳴り声にすっかり萎縮している。

 「大丈夫や。宏明くんからは俺からもよーく言っとくから安心してもええで。」
 夏都はただ過呼吸を起こすばかりだ。
 「ヒューヒュー」いうばかりで苦しそうだ。
 
 和貴は「大丈夫。大丈夫」と言いながら夏都の背中を優しくさすった。
 宏明もしばらくして到着した。
 和貴からも「ホテルを取ったからそこで休むように」と言われた。
 ――――――――
 最終日の朝、ホテルで目が覚めると宏明はまだ夢の中だ。
 あれから宏明とも話し合いを重ね「いきなり怒鳴らない」と約束をしてくれた。
 父親みたいに頭ごなしに怒鳴るのではなく、単純に夏都の心配をしていたからだ。

 しばらく宏明の寝顔を眺めていると「んー」と声を小さく上げて目を開けた。

 「あの……ヒロ兄ちゃん。おはよう。」
 「あぁ……」
 「昨日のこと……まだ怒ってる?」
 「もう怒ってねぇよ……でも二度と勝手にいなくなるなよ。メモを残してたとはいえ、心配したんだからな。」
 「ごめんなさい」

 宏明は夏都の無事を確認すると安堵したような口調だ。
 夏都の髪を優しく撫でる宏明の顔もどこかおだやかだった。

 「もう、ひとりで出ていったりしないから……」

 言葉を紡ごうとしたら、宏明もいつの間にか寝ている。
 子どものように健やかな寝息を立てていた。

 夏都も心に誓う。

 自分を救って守ってくれている、正明、泰明、宏明の三兄弟を支えようと。
 共有花嫁として一生三人を支える決意をした。

 その日の夜、和貴に呼び出された。
 
 「なーちゃん、俺が君を呼び出した理由はわかるか?」
 「……うん」
 「前よりいい顔つきになってきたから安心したで。」
 
 いつもの穏やかな笑顔になる。
 「うん。」
 「そんななーちゃんにええこと教えたる。」

 和貴は右脚を踏み台に置くと、足首部分を両手で掴んだ。
 異様に細く、夏都も驚きを隠せず愕然としていると和貴は何食わぬ顔で義足を外した。

 「これは?事故でそうなったの?」
 「うんにゃ。骨肉腫や。膝がぎょうさん痛くて病院に行ったら案の定。俺はこの通り片足がないんや。でもそれに負けたくないから闘病中に起業したんや。俺のいいたいことわかる?」
 夏都は和貴の問に無言で頷いた。

 「人間、死んだ気になれば何でもできるんや。諦めなければ可能性は無限大。だからなーちゃんも負けるな!」
 
 和貴は笑顔で自分の義足を見せながら夏都を励ました。
 宏明は別室で二人のやり取りを聞いていた。

 宏明の目に涙がうっすらと滲んでいる。
 いつか和貴がいなくなるのでは?と不安に押しつぶされていた。
 
 「やっぱ、和貴はすげぇよ。俺だったら同じ立場に立ったら死んだほうがマシって思うかも……」

 宏明も夏都の決意を聞けて安心した。
 そのことに尽きるものだ。

 「引き渡しの儀式も来月末になるな。」

 和貴の知り合いの僧、光明が寺を式場として貸し出すと申し出てくれたのだ。
 宏明も夏都に心を開きつつあった。
 初夏が近づいた朝、夏都宛に招待状が届いた。
 開いてみると、お茶会の招待状だ。

 封筒を開けてみると手紙にはこう書かれていた。

 ――――――――
 親愛なる中野夏都様。
 突然のお手紙失礼いたします。
 私は親会社株式会社ノアールの経営者、佐木和貴氏の知人の斎藤久でございます。

 共有花嫁のお茶会を主催が決定いたしました。
 ぜひ佐木社長のご友人様方の奥様である夏都様にぜひ私が主催するお茶会にぜひ出席してほしいと思う所存です。
つきましては日時と場所は下記の表記になります。

 斎藤久。
 
 日時:6月5日 14時〜。
 場所:東京プリンセスホテル、1F。
 ――――――――――――
 「かずくんの知り合いか……一応お兄ちゃんたちに相談しよ」

 しばらくして三人がマンションに来た。
 夏都のソワソワした様子に正明もいち早く気づいた。

 「なつちゃん、どうしたの?」
 「実はさ……和くんの知り合いを名乗る方からこんな招待状が届いたの。」

 正明は届いた招待状に目を通すとニコリと笑う。

 「この人、あったことあるけど人当たりもいいし優しい人だよ。」
 「え?知ってるの?」
 「ああ、和貴の知り合いだし信用できるから行きたいなら行ってもいいよ。」

 そこに泰明は反対意見を述べた。
 「俺は反対だよ。いくら和貴の知り合いだからと言っても県内ならともかく東京が会場だろ?あんな危ないところになつちゃんを一人で行かせるのは不安だよ。」

 「ゴリラは心配し過ぎ。なつの息抜きになるならいいじゃん。」
 
 宏明の悪態に泰明はむっと顔をしかめた。

 「和貴もホテルや飛行機を手配すると言ってるし好きにさせてやれば?」
 「俺、有給取ってなつちゃんと東京行こうかな。」
 
 泰明のその一言に正明は「2日くらい我慢しろ」と諭す。
 
 宏明も携帯を開き和貴に電話した。

 『どした?お茶会の招待状、届いたか?』
 「あぁ、届いたけど泰明が行くのを反対してるんだ。和貴からもなんか言ってやってよ。しまいにはついていくと言ってる有り様でな。」
 『あー泰明くんらしいな。』

 和貴は苦笑いをした。
 『宏明くん、申し訳ないけど泰明くんに変わってくれへんか?俺の方から説得してみるわ。』
 「わかった」

 宏明は無言で泰明に携帯電話を手渡した。

 「はい。」
 泰明は宏明の携帯電話を受けとり一声かける。

 『泰明くんか?』
 「うん……そうだけど?」
 『なーちゃんが大切なのわかるけど束縛がすぎるで?』
 「……わかったよ。今回だけだよ。でも次からは俺を同伴すること。」

 その言葉に夏都の表情はパアと明るくなった。

 「わーい!お茶会楽しみー花嫁友達ができると思うとワクワクする」

 夏都がはしゃいでいる中、シャニが寝ぼけ眼でリビングに来た。

 『ままーずいぶん楽しそうだけどどうしたの?』
 「シャニくん、おはよう。ママ今度お茶会に行く予定なの。」
 『え?まじ?俺も行きたい』
 「うん!行こう!行こう」

 そんな夏都とシャニに和貴は苦笑いを浮かべる。

 『あー……盛り上がっている所水さすようで申し訳あらへんけど……』

 夏都とシャニはキョトン顔だ。

 『申し訳ないけど、お茶会はあくまで“花嫁”だけで旦那やまもり猫は行けへん決まりなんや。動物が苦手な人もいるからそれを配慮してな。』

 「シャニくんに襟巻きのふりをしてもらうのは」

 『あかん。』
 「じゃあ、赤ちゃんを抱っこするためのスリングにくるんで連れて行くのは?」
 『あかん。』
 「どうしたらシャニくんを連れていけるの?」
 『とにかくあかんものはあかん。猫アレルギーの人だっているし花嫁、みんながみんなまもり猫をそばにおいてるとは限らへん。』

 「そか……」

 意気消沈してる夏都に和貴は『ひとつ提案してもええか?』と呼びかけた。

 「なに?」
 『なーちゃんがお茶会に行っている間、シャニは俺が預かる。宏明くんたちになんかしたらかなわんしシャニも怒られるのは嫌やろうからな。』

 『怒られるのはいやだ。ままがお茶会に行っている間はボスのところで大人しくしてる。』
 『ええ子や。さすがはシャニやな。あとなーちゃんには会場の近くに温泉付きのホテルを手配している。前日東京に行けるように飛行機のチケットも手配したから来週は俺のオフィスに来てな。』
 
 「……温泉……わかった。シャニくんをお願いね。」

 和貴は『決まりやな。ほな、斎藤さんには俺から話を通しておくで。』と笑い電話を切った。
 
 そして1週間後、和貴が手配した飛行機のチケットを持たされ単身東京へ行くことになった。

 前日はゆっくりと温泉で日頃の疲れを癒し、美味しい晩御飯を食べた。
「はー至れり尽くせりだなぁーかずくんが手配してくれたホテルはいいー。これをタダなんだからねー。」

 東京では共有花嫁としての証明を見せたらその他の施設も買い物もお金を出さなくてもいい分他の人の視線が痛い。

「はー、、お兄ちゃんたちやシャニのお土産どうしよー」
明日のお茶会に備え、寝ることにした。

 翌日のこと。
 会場まで行くとたくさんの女性がいた。
 みんな綺麗で華やかな人ばかりだ。

「私……場違いかな……」

 そそくさと帰ろうとしたとき「中野様」と男性の呼び止める声が聞こえた。

 振り返るとスラリと背の高い紳士がいた。

「初めまして。中野夏都様。私が齋藤久でございます。此度はゆっくりお過ごしください。」
 「よ、よろしくお願いします。」
 「会場までご案内します。お菓子やお茶を用意しています」

 会場のホールまで行くと、中世のヨーロッパを連想するおしゃれな空間だ。
 指定された席に座ると甘い香りが広がる。

 「よくわからないけどしあわせ」

 紅茶を飲みながらケーキを食べていると、他の夫人が夫たちの愚痴をこぼしている現場に出くわしてしまった。

 「気まずい……せっかくのお茶会なのに……」

 夏都がいづらそうに紅茶を飲んでいたら誰かが「ちょっといいかしら」と声を掛けてくる。
 振り返ってみるとスラリと美しいモデルのような女性だった。
 
 「さっき見た時、年も近そうだったから気になったの。よかったらお話しない?」
 「はい。ちょうど隣空いていますのでよかったらどうぞ」

 夏都もちょうど話し相手がほしいといったところだ。

 「わたし、旭小雪。最近彼氏たちの共有花嫁になったの」
 「中野夏都です」

 小雪と名乗る女性は「失礼」と会釈をし夏都の隣に座った。
 そこでいろんな話をした。

 彼女はポリアモリーでバイセクシュアルであること。