わたしにとって苦手なものはこの世に数え切れないほどあって、周りを警戒してしまうクセはなかなか抜けない。
例えば先生の怒鳴り声だとか、満員で押し潰されてしまいそうな電車だとか、音がうるさい工事現場だとか。
毎回びくびくとしてしまうから、できればそういった状況にはあまり出会いたくないなって思ってしまう。
だけど、本当はそんなことよりも、もっと身近にあるものの方がわたしにとっては怖く感じてしまうし、避けてしまいたくなる。
おしゃべりで盛り上がっている友だちも、汗を流しながら頑張っている部活動生も、インスタグラムに流れてくるキラキラとした生活も。
どれも輝きすぎていて、眩しすぎる。
自分とは生きてる世界が違いすぎると思うし、正面からまっすぐと見るだなんて今のわたしにはできない。
だって見てしまうと、自分がすごく情けなく思えてしまい、どうしようもなく胸が苦しくなってしまうから。
「ゆりな、今度数学のテストでしょ? 私、ノート写してなかったから見せてよ」
高い位置でポニーテールをした、みなみがノートを広げながらわたしの隣の空いている椅子に座ってきた。
ポニーテールは活発で、明るくて、社交的な人しか許されない特別な髪型。
それが全く不自然ではなく、完璧に似合ってしまうみなみは、生徒会役員にも入っていて先生からの評判も高い。
自分の意見をはっきりと発言し、クラスのみんなを仕切ることができる彼女はわたしとは別世界の人間。
学校を1度も欠席したことがないっていうことだけは、わたしたちの唯一の共通点だけど。
だけど、先生がいなくなった瞬間みなみは人使いが荒いし、口も悪いし、すぐにグループを作って他のグループの悪口を言いたがる。
おもてっつらだけがいいのだと思う。
ある意味賢くて、高校生ながらにして、すでにこの世でうまく生き延びる術を身につけているのかもしれない。
だから、テスト前になるとこうやって毎回、当然のごとくわたしのノートを写しにやってくる。
嫌な顔をする友だちもいるけれど、抵抗をしないわたしはどうやら絶好のターゲットになってしまったみたいだ。
「いいよ。字が汚くて読みにくかったらごめんね」
何が”ごめんね”だよ。
どうしてわたしが謝らないといけないんだよ。
心の中ではわたしだってみんなみたいに、みなみに抵抗してみるけれど、その言葉が実際に口から出てくることは絶対にない。
喉の奥に刺さった魚の骨みたいに、ズキズキっと痛むだけ。
痛みを丸呑みし、笑顔を崩さないようにして、承諾するという選択肢しかわたしには残っていないのだから。
「助かる。ゆりなって本当にいつも優しいよね。今日中には返すようにするから、それまで借りとくね」
そう言ってみなみはわたしの手からノートをさらりと奪い去ると、みんなの待つグループの中へと消えていった。
そして何事もなかったかのように、ケラケラと笑いながらスマホを広げる。
キラキラしていて、絵に描いたような女子高生の姿がそこにある。
わたしだって小さい頃は憧れていたけれど、今となっては避けていたい存在になったその光景。
もし突然、爆弾が学校に落ちてきたら、あの子達は他の友だちのことを見捨てて、我が先にと逃げるのだろうか?
自分が群れの中にいる、ということで自尊心を保っている彼女らは、命の危機が迫った時にでも群れの協調性を優先するのだろうか?
そんなことをひとりぼんやりと考えて「爆弾が落ちてこないかな・・・・・・」と願ってしまうわたしは不謹慎なのかもしれない。
少なくとも、何もすることがない休み時間はこうやって、クラスの人間観察をしていろんな妄想を働かせながら、時間を潰している日も多い。
そうすると案外時間があっという間に過ぎ去ってしまうということに、ここ最近ようやく気がついたから。
窓から差し込む太陽の陽がポカポカと暖かく、思わず瞼を閉じてしまいそうになる。
自分でいうのなんだけれど、学校生活を真面目に送っているわたしは学校で1度も寝たことがない。
体育館で行われた、日本の歴史を振り返る、とかいう退屈な映画だって最後まできちんと起きていた。
多分、あの時ずっと起きていたのはわたしだけだと思う。
その日もみなみがわたしに映画のあらすじだけを聞いてきて、完璧な感想文を書き上げ、先生に「本当によく書けている」と褒められていたからよく覚えている。
わたしもこんな風に生きるのが上手かったらいいのに。
毎日を一生懸命にしがみつきながらも生きている自分が、本当に馬鹿馬鹿しく思えて、次の日学校をずる休みしようって思ってはみるけれど、結局わたしにはそんな勇気すらない。
だからこうやってわたしは、こんなにも居心地の悪い学校に無遅刻無欠席で通い続けている。
男子が教室の中でおにごっこを始めて、なんだか急に騒がしくなり始めた。
自分の席に座っているだけなのに
「おい、そこ邪魔」
「お前、早くどけろよ」
って邪魔者扱いされてしまい、静かに自分の席を離れた。
こうやって、教室にも居場所がないわたしがいつも向かう場所は決まっている。
図書室。
教室がある本館とは別校舎にある図書室は、人も少なくて、ひとりで休み時間過ごしていても浮くことがない。
だから、たまに休み時間の避難場所として利用させてもらっている。
同じ学校なのかと疑ってしまいたくなるほど、薄暗い廊下と階段を通った突き当たりの部屋が図書室だった。
本の保管量は小さな図書館並みにあると思うし、図書室自体は綺麗に掃除も行き渡っている。
だから、ひとりきりで時間を潰そうと思えば、数時間は居座ることができると思う。
ここの図書館の1番奥にあるふたりがけのテーブル。
この場所がわたしのお気に入りの場所。
誰もいないといっても、ひとりで4人がけのテーブルを使うのはなんとなく気が引けてしまうから、毎回同じ席に座ってしまう。
今日もいつも通りお気に入りの作家さんの小説を手に取って、パラパラとページをめくっていた。
自分のしおりを挟んでいても他に読む人がいないから、最近は家から自分用の星がついたお気に入りのしおりを持ってきて使っている。
・・・・・・ガタッ。
と、その時。
誰もいないはずの図書室で、椅子が机に当たる音が鳴り響いた。
誰かいるの・・・・・・?
何も悪いことなんてしていないのに、なぜだか急に自分の身を隠してしまいたくなる。
ひとりきりで過ごせると思っていたのに、誰かがいると思うと怖くなってしまうし、この場から逃げ出してしまいたい衝動にも駆られてしまう。
「あれ、ゆりなじゃん」
奥の本棚から歩いてきたのは、同じクラスのともやくんだった。
教室ではいつも男子のグループの中心となって盛り上がっているような、そんな男子。
だけどクラス全員に平等に話しかけたりもしていて、差別とかしない、心が優しい人なんだろうなって密かに思っていた存在。
わたしがこの前消しゴムを忘れた時も、嫌な顔を一切見せないで快く貸してくれた。
部活は男子に人気が高いサッカー部に所属していて、ゴールキーパーをしているらしい。
そのためか、こんがりと日焼けした顔で見せる笑顔は、青春を謳歌している者だけが見せるような輝かしさを持っていた。
そして、くっきりとした二重で小顔のともやくんは顔立ちも整っていることから、女子にも人気が高い。
ちょっと前に、みなみが告白しようとしたらしいけれど、直前で勇気がなくなってしまい結局諦めたっていう話もあった。
これも友だちが話している内容を盗み聞きして得た情報だから、どこまで正しいのかはわからないけれど、とにかく男女から人気があるのは間違いなさそうだった。
「あ、うん・・・・・・」
男子から話しかけられることに慣れていないわたしの声は、自分でもびっくりしてしまうほどか細くしか出なかった。
「ひとりなの? 図書室っていいよな。俺も好きでたまにくるんだよね」
そう言いながら、わたしに近寄ってくるともやくんの前髪がサラサラと光っている。
図書室の壁にかかっている時計の秒針が、カチカチと鳴り響いていて、「今、わたしがともやくんに話しかけられているのは夢じゃないんだ」って嬉しくもなったけれど、同時にどうして自分なんかに話しかけてくるのだろう、って疑問も湧いてくる。
だって、ともやくんはわたしみたいな地味な女子に話しかけるようなタイプじゃないって思っていたから。
「ひとりきりでいられるから好きなの、図書室。だから、よく来るの。静かだし・・・・・・」
自分で言いながら、なんて孤独な発言をしているのだろう、と恥ずかしくなり一気に耳たぶが熱くなった。
「ゆりなも嫌なことあったら、ちゃんと断りなよ? 疲れるだろ、全部引き受けてたら? 俺なんかいつも適当に流してるよ」
え。と戸惑う声すら出なかった。
わたしの気持ち、知っているの?って、そう思った。
「ゆりな、いつもみなみとかの言いなりになっているというかさ。いくら友だちでもしていいことと、ダメなことくらい、わきまえろよって思う」
「そうだね。ありがとう・・・・・・」
いつもみんなではしゃいでいるだけだと思っていたともやくんが、わたしのことをこんなにも見ていてくれたなんて。
なんだか心の奥底で突然マッチが灯されたかのように、温かなぬくもりで満たされていく。
だけど、今のこの瞬間をもしみなみに見られていたらどうしよう、と思うとその灯火は一瞬で明るさを失ってしまった。
だって、ネタにされてまた悪口を言われるかもしれないって思うと、すごく怖くなってしまったから。
「私、教室に戻るね」
わたしは読みかけの小説にしおりを挟むと、逃げるようにしてともやくんの前から立ち去ってしまった。
本当は脈を打つのが早くなるくらい嬉しかったし、もっとおしゃべりしたいって思ったし、色んなこと聞いてみたいって思ったりもした。
だけど、もしかしたら今のはいつもひとりきりでいるわたしに対しての単なるからかいだったのかもしれない、って悲観的なことまでも考えてしまう。
だって、こんなわたしなんかにかまってくれるような人なんて、絶対にいるはずなんてないんだから。
わたしはなぜか戻りたくないはずの教室に、小走りで向かった。
例えば先生の怒鳴り声だとか、満員で押し潰されてしまいそうな電車だとか、音がうるさい工事現場だとか。
毎回びくびくとしてしまうから、できればそういった状況にはあまり出会いたくないなって思ってしまう。
だけど、本当はそんなことよりも、もっと身近にあるものの方がわたしにとっては怖く感じてしまうし、避けてしまいたくなる。
おしゃべりで盛り上がっている友だちも、汗を流しながら頑張っている部活動生も、インスタグラムに流れてくるキラキラとした生活も。
どれも輝きすぎていて、眩しすぎる。
自分とは生きてる世界が違いすぎると思うし、正面からまっすぐと見るだなんて今のわたしにはできない。
だって見てしまうと、自分がすごく情けなく思えてしまい、どうしようもなく胸が苦しくなってしまうから。
「ゆりな、今度数学のテストでしょ? 私、ノート写してなかったから見せてよ」
高い位置でポニーテールをした、みなみがノートを広げながらわたしの隣の空いている椅子に座ってきた。
ポニーテールは活発で、明るくて、社交的な人しか許されない特別な髪型。
それが全く不自然ではなく、完璧に似合ってしまうみなみは、生徒会役員にも入っていて先生からの評判も高い。
自分の意見をはっきりと発言し、クラスのみんなを仕切ることができる彼女はわたしとは別世界の人間。
学校を1度も欠席したことがないっていうことだけは、わたしたちの唯一の共通点だけど。
だけど、先生がいなくなった瞬間みなみは人使いが荒いし、口も悪いし、すぐにグループを作って他のグループの悪口を言いたがる。
おもてっつらだけがいいのだと思う。
ある意味賢くて、高校生ながらにして、すでにこの世でうまく生き延びる術を身につけているのかもしれない。
だから、テスト前になるとこうやって毎回、当然のごとくわたしのノートを写しにやってくる。
嫌な顔をする友だちもいるけれど、抵抗をしないわたしはどうやら絶好のターゲットになってしまったみたいだ。
「いいよ。字が汚くて読みにくかったらごめんね」
何が”ごめんね”だよ。
どうしてわたしが謝らないといけないんだよ。
心の中ではわたしだってみんなみたいに、みなみに抵抗してみるけれど、その言葉が実際に口から出てくることは絶対にない。
喉の奥に刺さった魚の骨みたいに、ズキズキっと痛むだけ。
痛みを丸呑みし、笑顔を崩さないようにして、承諾するという選択肢しかわたしには残っていないのだから。
「助かる。ゆりなって本当にいつも優しいよね。今日中には返すようにするから、それまで借りとくね」
そう言ってみなみはわたしの手からノートをさらりと奪い去ると、みんなの待つグループの中へと消えていった。
そして何事もなかったかのように、ケラケラと笑いながらスマホを広げる。
キラキラしていて、絵に描いたような女子高生の姿がそこにある。
わたしだって小さい頃は憧れていたけれど、今となっては避けていたい存在になったその光景。
もし突然、爆弾が学校に落ちてきたら、あの子達は他の友だちのことを見捨てて、我が先にと逃げるのだろうか?
自分が群れの中にいる、ということで自尊心を保っている彼女らは、命の危機が迫った時にでも群れの協調性を優先するのだろうか?
そんなことをひとりぼんやりと考えて「爆弾が落ちてこないかな・・・・・・」と願ってしまうわたしは不謹慎なのかもしれない。
少なくとも、何もすることがない休み時間はこうやって、クラスの人間観察をしていろんな妄想を働かせながら、時間を潰している日も多い。
そうすると案外時間があっという間に過ぎ去ってしまうということに、ここ最近ようやく気がついたから。
窓から差し込む太陽の陽がポカポカと暖かく、思わず瞼を閉じてしまいそうになる。
自分でいうのなんだけれど、学校生活を真面目に送っているわたしは学校で1度も寝たことがない。
体育館で行われた、日本の歴史を振り返る、とかいう退屈な映画だって最後まできちんと起きていた。
多分、あの時ずっと起きていたのはわたしだけだと思う。
その日もみなみがわたしに映画のあらすじだけを聞いてきて、完璧な感想文を書き上げ、先生に「本当によく書けている」と褒められていたからよく覚えている。
わたしもこんな風に生きるのが上手かったらいいのに。
毎日を一生懸命にしがみつきながらも生きている自分が、本当に馬鹿馬鹿しく思えて、次の日学校をずる休みしようって思ってはみるけれど、結局わたしにはそんな勇気すらない。
だからこうやってわたしは、こんなにも居心地の悪い学校に無遅刻無欠席で通い続けている。
男子が教室の中でおにごっこを始めて、なんだか急に騒がしくなり始めた。
自分の席に座っているだけなのに
「おい、そこ邪魔」
「お前、早くどけろよ」
って邪魔者扱いされてしまい、静かに自分の席を離れた。
こうやって、教室にも居場所がないわたしがいつも向かう場所は決まっている。
図書室。
教室がある本館とは別校舎にある図書室は、人も少なくて、ひとりで休み時間過ごしていても浮くことがない。
だから、たまに休み時間の避難場所として利用させてもらっている。
同じ学校なのかと疑ってしまいたくなるほど、薄暗い廊下と階段を通った突き当たりの部屋が図書室だった。
本の保管量は小さな図書館並みにあると思うし、図書室自体は綺麗に掃除も行き渡っている。
だから、ひとりきりで時間を潰そうと思えば、数時間は居座ることができると思う。
ここの図書館の1番奥にあるふたりがけのテーブル。
この場所がわたしのお気に入りの場所。
誰もいないといっても、ひとりで4人がけのテーブルを使うのはなんとなく気が引けてしまうから、毎回同じ席に座ってしまう。
今日もいつも通りお気に入りの作家さんの小説を手に取って、パラパラとページをめくっていた。
自分のしおりを挟んでいても他に読む人がいないから、最近は家から自分用の星がついたお気に入りのしおりを持ってきて使っている。
・・・・・・ガタッ。
と、その時。
誰もいないはずの図書室で、椅子が机に当たる音が鳴り響いた。
誰かいるの・・・・・・?
何も悪いことなんてしていないのに、なぜだか急に自分の身を隠してしまいたくなる。
ひとりきりで過ごせると思っていたのに、誰かがいると思うと怖くなってしまうし、この場から逃げ出してしまいたい衝動にも駆られてしまう。
「あれ、ゆりなじゃん」
奥の本棚から歩いてきたのは、同じクラスのともやくんだった。
教室ではいつも男子のグループの中心となって盛り上がっているような、そんな男子。
だけどクラス全員に平等に話しかけたりもしていて、差別とかしない、心が優しい人なんだろうなって密かに思っていた存在。
わたしがこの前消しゴムを忘れた時も、嫌な顔を一切見せないで快く貸してくれた。
部活は男子に人気が高いサッカー部に所属していて、ゴールキーパーをしているらしい。
そのためか、こんがりと日焼けした顔で見せる笑顔は、青春を謳歌している者だけが見せるような輝かしさを持っていた。
そして、くっきりとした二重で小顔のともやくんは顔立ちも整っていることから、女子にも人気が高い。
ちょっと前に、みなみが告白しようとしたらしいけれど、直前で勇気がなくなってしまい結局諦めたっていう話もあった。
これも友だちが話している内容を盗み聞きして得た情報だから、どこまで正しいのかはわからないけれど、とにかく男女から人気があるのは間違いなさそうだった。
「あ、うん・・・・・・」
男子から話しかけられることに慣れていないわたしの声は、自分でもびっくりしてしまうほどか細くしか出なかった。
「ひとりなの? 図書室っていいよな。俺も好きでたまにくるんだよね」
そう言いながら、わたしに近寄ってくるともやくんの前髪がサラサラと光っている。
図書室の壁にかかっている時計の秒針が、カチカチと鳴り響いていて、「今、わたしがともやくんに話しかけられているのは夢じゃないんだ」って嬉しくもなったけれど、同時にどうして自分なんかに話しかけてくるのだろう、って疑問も湧いてくる。
だって、ともやくんはわたしみたいな地味な女子に話しかけるようなタイプじゃないって思っていたから。
「ひとりきりでいられるから好きなの、図書室。だから、よく来るの。静かだし・・・・・・」
自分で言いながら、なんて孤独な発言をしているのだろう、と恥ずかしくなり一気に耳たぶが熱くなった。
「ゆりなも嫌なことあったら、ちゃんと断りなよ? 疲れるだろ、全部引き受けてたら? 俺なんかいつも適当に流してるよ」
え。と戸惑う声すら出なかった。
わたしの気持ち、知っているの?って、そう思った。
「ゆりな、いつもみなみとかの言いなりになっているというかさ。いくら友だちでもしていいことと、ダメなことくらい、わきまえろよって思う」
「そうだね。ありがとう・・・・・・」
いつもみんなではしゃいでいるだけだと思っていたともやくんが、わたしのことをこんなにも見ていてくれたなんて。
なんだか心の奥底で突然マッチが灯されたかのように、温かなぬくもりで満たされていく。
だけど、今のこの瞬間をもしみなみに見られていたらどうしよう、と思うとその灯火は一瞬で明るさを失ってしまった。
だって、ネタにされてまた悪口を言われるかもしれないって思うと、すごく怖くなってしまったから。
「私、教室に戻るね」
わたしは読みかけの小説にしおりを挟むと、逃げるようにしてともやくんの前から立ち去ってしまった。
本当は脈を打つのが早くなるくらい嬉しかったし、もっとおしゃべりしたいって思ったし、色んなこと聞いてみたいって思ったりもした。
だけど、もしかしたら今のはいつもひとりきりでいるわたしに対しての単なるからかいだったのかもしれない、って悲観的なことまでも考えてしまう。
だって、こんなわたしなんかにかまってくれるような人なんて、絶対にいるはずなんてないんだから。
わたしはなぜか戻りたくないはずの教室に、小走りで向かった。