スキルが芽生えたので復讐したいと思います~ スライムにされてしまいました。意外と快適です。困らないので、困っています ~


 私は、里見茜。
 ギルド日本支部で、働いている。英語が活かせる職場だと聞いて、応募した。学生の時に、機械学習を専門にやっていたことを認められて、喜んで居た。過去形だ。こんなに、ブラックな状態になるとは考えても居なかった。

「茜!今日・・・。も、無理そうね」

「うん。ごめん。無理」

「主任は?」

「おじさんたちとデート」

「それは、ご愁傷さま」

「貴女の部署の上司も含まれているのだけど?」

「え?聞こえない。聞こえない。あのハゲは、滅ぼしていいよ。誰も困らない」

「でも、次の会長選に出るのでしょ?」

「え?嘘!聞いてないよ?どっち、日本支部じゃないわよね?本家?」

「うーん。日本支部らしいわよ。日本の中心は、東京だから、東京に支部を作るとか言っているわよ」

「はぁ・・・。クズだね」

「利権と、自分の懐にしか興味が無いのでしょう」

「茜。情報をありがとう」

「うん。いいよ。週明けには、公開される情報だよ。でも、感謝しているのなら」「帰るね。お先!お疲れ様!また、来週ね」

 広報の仕事をしている友人は、週明けまで仕事が無いようだ。広報課も複雑で、彼女はネット関連の広報を取り扱うので、私たちの部署に頻繁に顔を出している。
 私は、今日はよくて終電。主任次第では、徹夜だってありえる。

「里見さん。南アメリカのギルドから出ている情報はまとまりました」

「ありがとう」

 部下の一人・・・。と、言っても、ほとんど同期みたいな者だ。体制もコロコロ変わる為に、部下とか上司とかそういう認識が少ない。
 主任と同僚くらいしか区別していない。
 仕事時間はたしかにブラックだが、仕事内容は楽しい。世界の最先端に触れている。

「あいかわらず、南アメリカ支部は情報が多いわりに、内容が少ないわね」

「そうですね。しょうがないとは思いますよ」

「先住民の問題も絡んできているのでしょ?」

「そうですね。そう言えば、ギルド本部から、各支部をリージョンに分けるとか案が出ていましたよね」

「えぇ日本は変わらないわ」

「え?そうなのですか?」

「えぇ日本は、単一言語で、3,000メートル級の山が国を跨いでいないのが、大きな理由ね」

「へぇ」

「他のギルドのデータはどう?」

「自動翻訳は終わっています」

「日本で得ている情報との差異は?」

「今の所は見つかっていません」

「そう・・・。説明文が、不親切で、特に日本語だと、注意しないと全く逆の意味になってしまうことも・・・」

「はい。あっ!里見さん。ファントムがまた現れましたよ?」

「え?今度は?」

「新しい言葉ではなくて、”錬金”のあとに、”分解”や”成分”で調べていました」

「・・・」

「どうしました?」

「あっ長澤さん。ファントムが現れた時間と閲覧したページのデータをまとめておいてくれる?」

「え?わかりました。ファントムは、アクセス履歴が特殊なので、すぐに出せます。メールしますか?」

「ううん。紙で頂戴」

「わかりました」

 近くの国で、3,000メートル級の火山を持っていない国からの申し出を、まとめて、主任に転送する。
 自衛隊から、国防に関わる問題として、その手の(スキル取得)ツアーは禁止されている。まだ、自衛隊からの”要望”なのだが、ギルドからの働きかけ(ロビー活動)で、次の国会で閣議決定させる所までたどり着けた。
 本当に、頭がいい官僚は面倒だ。新しく出来た”利権”に群がる蟻のようだ。

「里見さん。これです。あっ私、これで帰りますね。お先に失礼します。お疲れ様です」

「あっ・・・。うん。お疲れ様」

 また一人に逃げられた・・・・。と、思うのは、私の心が狭いからだろう。

 資料に目を通す。
 確かに、ファントムのようだ。身元不明のスキルホルダー(だと思われる)。パソコンだけではなく、ネットワークに深い知識があるのは、確実だ。それなのに、やっていることがちぐはぐだ。
 日本支部のデータベースには、過去何度も侵入されている。某国(隣国)だったり、某国(大国)だったり、いろいろなアクセスがある。身元を調べさせない状況で、ただ検索窓を使って、ワードを検索している。
 ファントムがアクセスしてきた前後に、データベースへの不正アタックは存在しなかった。

 ファントムが、未知のスキルを保持しているのなら、かなりの化け物になっている可能性がある。

 まだ、公表はされていないが、”速度強化”のスキルを得た者が、100メートルで世界記録に0.18秒だけ及ばない記録を叩き出した。陸上の選手などではなく、1年前まで高校に通っていた一般的な男性が・・・。だ。授業で、100メートルを走ることは有ったようだが、競技には携わったことがなかった。

 日本では、政府の対応が遅かったこともあり、隠れスキルホルダーが多いと思われている。
 最初は、ファントムもそんな隠れスキルホルダーの一人だと思っていた。主任も、その方向で考えていた。

 しかし、アクセスを見ていると、ファントムは”スキルを増やしている”ように思える。
 スキルは、魔物を倒せば増える可能性がある。

 しかし、最前線で戦っている自衛隊の精鋭で、スキルを多く持つ者でも3-4個が平均だ。ファントムは、一番多いと考えられている自衛隊の隊員とほぼ同じ数のスキルを得ている可能性がある。

 日本の最前線で戦っている者と同等の一般人。化け物と言っても差し支えはない。

 ファントムも問題だけど・・・。

「里見」

「あっ主任。お疲れ様です」

「あぁ疲れたよ。里見の仕事は?」

「今日の分は終わります。主任が、無事に帰ってきてくれたので、急ぎの仕事は無いと判断しました」

「広報が、TV局を連れて、樹海に行くらしいぞ?」

「え?死にたいのですか?」

「さぁな。自衛隊は、取材を断ったそうだ」

「それはよかった」

「いや・・・」

「まさか?」

「登録者管理課準備室に、初めての」「無理です」

「里見」「無理です。聞こえません」

「まぁそうだよな。私も、そう思って、断った」

「常識をお持ちの上司で助かりました」

「そうだろう。そうだろう。でも、上は、そう思っていない」

「え?」

「広報と言っただろう」

「・・・。もしかして・・・」

「あぁどこかの広告代理店が、どこかの派遣会社に依頼をだすそうだ」

「勝手に・・・。あっ武器の所持は認められませんよ?」

「わかっている。キャンプ道具を持っていくそうだ。キャンプ中に、偶然魔物が現れて、撃退した。そのまま、樹海に入り込むというシナリオらしい」

「むちゃくちゃですね。魔物のことを何も解っていませんよね?スキルのことも知らないのでしょう?」

「そうだな。広報のトップが、何も知らない」

「もしかして、スライムが逃げ出したという設定で、スライムを倒して、スキルを得るつもりですか?」

「ははは、さすがは、登録者管理課準備室室長兼主任候補筆頭だな。その通りだ」

「なんですか、その長い上に、結局、なんの役職なのかわからない漢字だらけの説明は!」

「今、思いついた」

「主任は、説明したのですよね?」

「あぁスライムではスキルを得られない・・・。と」

「そうですか、スライムをどうやって連れてくるのか知りませんが、すごくシュールな絵面になりそうですね」

「あぁ生放送じゃないのが残念だ」

「主任。不謹慎なことを言わないでください」

「どうした?」

「生放送だったら、本当に魔物が、ゴブリンが出てしまったらどうするのですか?」

「広報課がどうにかするだろう?スキルを持っている者も居るのだろう?」

 主任は正しいだろう。
 私たちの部署が考えることではない。それでなくても、ブラックにまっしぐらな職場だ。これ以上の仕事はキャパオーバーとかの話ではない。”死”を意識する忙しさなのだ。
 ここ数日は、ファントムの話題で部署が明るくなっているが、それでも押し寄せる要望やら、情報やら、苦情やら、で、精神が圧迫されている。

「里見」

「はい?」

「帰るか?電車か?」

「はい。静鉄で帰ります」

「表で待っていろ、送ってやる」

「え?いいですよ。まだ終電前です」

「いいから、送らせろ。そんな疲れ切った顔で電車に若い女を乗せて返したくない」

「はぁ・・・。わかりました。お言葉に甘えます」

「こんな時間だから、ファミレスかラーメン屋だけど軽く食べていくか?」

「ラーメンは軽くないですが、ありがとうございます。遠慮なく、ゴチになります」

 仕事のパソコンをロックして、データ用のアクセスキーになっているUSBメモリを抜く。
 セキュリティが設定されたことを確認してから、席を離れる。

 ビルの前で待っていると、独特なエンジン音を轟かせながら、主任の車が横付けする。

 やること(復讐)は、私の中で決定した事柄だ。
 そのためには、私は弱すぎる。

 幸いなことに、魔物(スライム)になってしまった。魔物(スライム)には、日本の法律、だけではなく、世界中のどの国の法律も、適用が不可能だろう。魔物に感情があり、知恵があるとは思われていない。そもそも、弱肉強食の世界だ。いつ、どこで、殺されても不思議ではないのが、魔物の世界なのかもしれない。

 せっかく作った裏庭の池。
 ビオトープではないが、水草や周りの環境も整えたい。本当なら、街に出て、ジャンボエンチョーとかで買い物をすれば、もう少しだけ楽が出来るのだけど、今は難しい。

 裏山で、草や木の確保をしよう。
 そうだ。果実の木もあったはずだ。手入れをしていないから、わからないけど、”びわ”と”みかん”と”夏みかん”は知っている。山菜は無理だから、木だけにしよう。今度は、しっかりと根も持って帰らないと、ビオトープにならない。

 果実を主に集めた。
 スライムボディの移動にも慣れた。某巨人を倒すアニメに出てくるような、立体機動が出来るとは思わなかった。地面に落下してもダメージがないから、思い切ってやれる。自分の力で、風を切って移動できるとは思っていなかった。

 一言で、表すと、爽快だ。木々の間を高速で移動する。徐々に、タイミングが解ってきて、木々の近くでの方向転換が出来るようになると、一気に速度が上がる。

 調子に乗って、裏山の裏側まで移動してしまったようだ。木の上に上がっても、海が見えないというのは、裏側なのだろう。

 裏山の裏側。お祖父ちゃんが、山を買ってから放置を続けた。時々、山に入って、木々の伐採はしていたようだ。そうしないと、山が荒れると言っていた。正しい伐採を行えば、山は恵みをもたらしてくれると言っていた。
 この山は、私の物だ。だから、この山の麓には、道路を通していない。谷に流れる川の手前までが山の敷地だ。私の領地だ。

 版図を示した地図は金庫に閉まってある。

 山の中を、立体機動で移動する。上にも下にも楽に移動が出来る。

”ぎゃ・・・。ぐぎゃ・・・”

 移動を止める。
 まただ、怒りと哀しみと絶望の感情が流れ込んできて、こと切れる。命の灯がまた無残に砕けた。それから、連続で感情が流れ込んでくる。

 誰が、何のために、そして、どこで!?
 許せない。許さない。許してはダメだ。

『スキル結界を取得しました』

 え?結界?
 結界って、()()結界?

 攻撃性のスキルではないが、皆の感情が私のスキルになったのなら、このスキルを使って、私たちを苦しめる者に・・・。

 気持ちの切り替えを行う必要がある。蓋をして、ぶつけるべき相手にぶつけるために、私たちの気持ちを、感情を、漏らさないように、相手に伝える必要がある。

 ふぅ・・・。落ち着いたかな?
 どの位の時間、私は、感情の波に押されていたのだろう。
 出るはずがないのに、汗や涙が出ている感じがする。心が苦しんで、悲しんだ。

 空を見上げると、すっかりと暗くなっている。
 2-3時間は、感情が流れ込んできた。断続的に、やってくる感情の波は、私たちの心を壊していく、感情を分離しないと、私が壊れてしまう。私が壊れたら、私たちの復讐を誰がやる。だから、私は壊れない。私は大丈夫。私の心は大丈夫だ。

 落ち着いて、アイテムボックスに裏庭に移植したい木々を選別していく、果実を中心にした。

 裏山には、お祖父ちゃんが作った道標が置かれている。お祖父ちゃんに教えてもらった、岩を探せば、簡単に家に帰られる。

 暗い中で行ってもいいが、昼間に行おう。
 今日は、お風呂に入ろう。全裸生活にも慣れてきたけど、お風呂には入りたい。

 お風呂を、先に洗って、お湯を溜める。
 身体は、水で流せばすぐに綺麗になる。石鹸やシャンプーを使わなくて済む。いいのか、悪いのかわからないけど、楽でいい。

 お湯が溜まるのを、”じっと”見ているのも好きだ。
 人だった時には、肩まで浸かるために、かなりのお湯が必要だったけど、スライムボディになったら、必要なお湯が少なくて済む。でも、湯冷めを考えて、循環口まではお湯を溜める。

 ふぅ・・・。
 気持ちがいい。気持ちよく感じる要素が無いのに、スライムボディでも、お風呂に入ると、気持ちがいいと感じる。暖かさを感じるのは、気のせいかもしれないけど、でも気持ちがいいのは、気持ちがいい。
 いいや、考えてもわからないし、スライムどころか、魔物に知り合いがいない。人に聞いてもわからないだろう。

 もしかして、寝ようと思ったら寝られるのかな?
 感覚を遮断するようにすればいいの?

 自分が使っていたベッドに乗って、目を瞑る。映像が流れ込んでくるけど、遮断するように考えてみると、映像が遮断された。
 今度は、意識を休憩するようにしてみる。

 おっ眠くなってきた。寝たら起きないと困るから、スマホのタイマーをセットする。
 スマホが振動したら意識を覚醒させると、考えて意識を手放す。

---

 彼女が、深い眠りに付いた。
 魔物の中では、大量の経験値を得た者が行う”進化の儀”だ。彼女の中にも、進化を行うのに十分な経験が溜まっている。

 通常の魔物は、無意識で”進化”のタイミングを認識しているのだが、彼女は”人工的に作られた魔物”のために、魔物が産まれた時から持っている本能が著しく欠如している。

 彼女は、静かに、しかし、確実に進化する。
 通常のスライムなら、4-5回は進化が発生していても不思議ではない経験値を得ている。

 静かに確実に、そして、スライムらしくない進化が行われる。
 しかし、彼女は進化が発生していると気がついていない。

 彼女が、進化に気がつくまで、その時が来るまで、彼女に発生した物事は眠りに付くことになる。

--- 閑話休題

 ん?
 あっ時間だ!

 今日は、ビオトープを完成させよう。

 まずは・・・。え?何?魔石?

 アイテムボックスの中に、知らない間に、”魔石”が大量にある。数は、数えるのも馬鹿らしくなるくらいに大量にある。大きさも、ばらばらだ。魔石の一つを取り出してみる。綺麗だ。

 そうだ。魔石は、後で調べるとして、ビオトープを完成させよう。
 小川から持ってきた、水草を水甕と池に入れる。

 これだけでも見た目が違ってくる。
 それから、裏庭の開いている場所に裏山から持ってきた果実の木を植える。

 スライムボディは優秀だ。アイテムボックスとの併用で、果実は裏庭に埋めることが出来た。池の中には、井戸の水が流れ込むようになっている。常に綺麗な水が流れている。池の中に、小川から拾ってきて、軽く洗って岩を入れていく、池の中に流れが出来るようにする。流れがない場所と、緩やかに流れる場所を作る。

 果実は種類でまとめる。ミツバチが・・・。あっ倉に、養蜂箱が有ったはず。お祖父ちゃん、グッジョブ!果実だから、受粉が必要だった。すっかり忘れていた。養蜂箱を、裏庭から少しだけ離れた裏山の入り口に設置する。人・・・。スライムだけど、近くは良くないと聞いた。
 あと、妹が作った、鳥の巣箱があった。
 ママが鳥を嫌って、設置は出来なかったけど、今なら設置しても大丈夫!移植した木の上に巣箱を設置する。

 裏庭が、裏山の一部に見えてきた。
 少しだけやりすぎたかもしれない。木々は、家から離したから大丈夫だと思いたい。

 あっ!
 森で思い出した。アメリアのシアトルに本社がある、元々は本の通販会社だった所なら、門の前に置き配をしてくれる。
 私が一人で住むようになって、すぐに最大の宅配ボックスを手配した。こんな山奥まで、配達してくれるのに、再配達になってしまったらもうしわけない気持ちになってしまうからだ。
 通販会社を調べて、宅配業者が置き配に対応してくれているのなら、スライムでも通販で買い物が出来る!

 うーん。
 スキル:結界も、情報が()()られている。私としては、安全になる可能性が高いし、使えるようになりたい。

 魔石は、ギルドが”買い取ってくれる”ことはわかったけど、私にはギルドに売りに行く手段がない。

 魔物(スライム)が、ギルドの窓口で”魔石”を売っていたらシュールだ。考えなくても、無理だとわかる。

 私はどうやら成長するスライムらしい。”らしい”と言って、断言出来ないのは、寝て起きたら、サイズが大きくなった・・・。ような、きがする。実際に体積を測っていたわけでも、体重を量っていたわけでもない。そりゃぁ乙女だったころの体重は記憶している。乙女の敵である体重計に文句を言いながら乗っていた。平均的な体重を下回るくらいには維持できていた。

 進化なのか、単純に体積が増えただけなのか・・・。
 体重は、増えていない。増えていないに違いない。スライムボディになってまで、体重に縛られたくない。

 お腹が空かなかったけど、冷蔵庫の中にある消費期限がヤバそうな物を、食べてしまおうと思った。調理は、まだ敷居が高いために、調理の必要がない。豆腐を食べてみた。

 食べるというのが正しいかわからないが、スプーンを使って、口(と想定した部分)に豆腐を置いた。
 美味しかった。味覚も、嗅覚も残っていた。嬉しかった。

 それと、味覚も、嗅覚も、遮断できる。
 普段は、遮断しておいたほうが良いかもしれない。嬉しくなって、床に飛び降りた。そうしたら、床を舐めたような感覚が伝わってきた。まだ、床だったから良かったけど、これが土やトイレだったとしたら、考えたくない。

 食感も感じられた。これで、本当に、スライムボディで困らなくなってきた。
 得たスキルの利用方法がわからないことを除けば、快適だ。

 考えてもわからない。調べても出てこない。
 それなら、実験してみればいい。

 裏庭に出る。
 ビオトープと言うには、大規模な改修を行ったが、後悔はしていない。
 魚も元気に泳いでいる。あとは、木々が根付いてくれれば、成功だ。裏山には、フクロウが生息している。フクロウが食物連鎖の頂点として来てくれたら嬉しい。

 魔石を結合とか、錬金でできるの?

 アイテムボックスに、空のフォルダを作って、魔石を2つ入れる。
 うーん。”結合”とかかな?

 お!出来た!
 物質同士を結びつけたりは出来るのだ。石と石もくっつけられる。強度の問題はあるけど、質量は凶器だ。石だと結合の方向を指示出来る。それなら、土で形をつくって結合させれば・・・。
 アイテムボックス内での結合は出来たけど、アイテムボックスから出しての結合は失敗というか、発動しない。

 調子に乗って魔石を固めていたら、大きくなった。最初のサイズの何倍になったかわからない。
 小指の先(今は、小指は無いけど、感覚的な話)ほどの小さな物だったけど、まとめたら、こぶし大の大きさで、これ以上は大きくならなくなった。魔石(こぶし大)が全部で3つできた。全部、同じ物だと認識されたけど、取り出すと、色彩は違って見える。アイテムボックスは不思議だ。

 どうせ、魔石をギルドに売りに行くことは出来ないし、飾っておこう。

 3つを並べても綺麗だけど、一つは池の中に入れて、光を綺麗に屈折させる。もう一つは、巣箱の上に配置しよう。最後の一つは、庭石の代わりに置いておこう。

 うん。いい感じのアクセントになった。

 池の中に入れた魔石は、淡い光を放っているように思える。
 すごく綺麗だ。流れがある池だからなのか、流れが光で強調されているように見える。

 巣箱の上の魔石は、太陽からの光を、優しく拡散しているように見える。

 それぞれの魔石が、光を優しく拡散しているので、庭に新たな色彩が加わった。

 エンジンの音だ。
 郵便か?

 チャイムが鳴らなかった。郵便かもしれない。

 気配探知とか出来ないかな?
 郵便屋さんや宅配業者屋さんに、素敵なスラムボディを見せられない。忘れていたけど、私はうら若き乙女だ。そして、スライムボディだけど全裸だ。露出狂ではないので、リスクは犯したくない。

 それだけではなく、いつスライムから人間に戻るか解らない。戻らないかもしれないし、数分後に戻るかもしれない。だから、極力、人との接触は避けたい。いずれ街にも行きたいけど、スキルがはっきりとしてからでいい。

 庭の整備と、錬金の実験が出来た。

 もうひとつの実験を行おう。

 まずは、天井裏に行こう。
 お祖母ちゃんが買ってきたお土産だけど、子供だった私や妹は怖がってしまった。ビスクドールだ。

 天井裏も、たまには掃除をしないとダメだな。
 うーん。スライムには眷属なんて居ないだろうからダメだけど、眷属が出来たら掃除を頼みたい。

 愚痴っていても始まらない。
 掃除をしよう。スライムボディは、疲れがこない。優秀な身体だ。

 床に溜まったホコリは、アイテムボックスが大活躍。範囲を指定して、”ホコリ”と指定したら、綺麗になくなった。”ホコリ”って物質だったの?意味がわからないけど、いろいろな物が増えたけど、まとめて、窓から見える裏山に捨てる。悪いものじゃないよね?

 ビスクドールを見つけた。
 子供の時に見たときには、怖かった。
 今、見ても怖い。替えの服が有ったはずだ。私が、探しているのは、ビスクドールが着ている服だ。70cm位の大きな物で、下着まで身につけていると教えられた。そして、職人が作った服は高級ブランドの服に匹敵すると教えられた。調べなかったし、当時は興味が無かったので、深くは考えなかったが、子供向けの服よりも小さい服で、職人が作っていれば、高くても当たり前だ。

 服は綺麗に畳んで、まとめてあった。下着も新品(?)だ。
 フリフリは好きじゃないから、男の子を模したビスクドール(?)の服と、女の子の下着を何着か持ち出す。タグを見ると、洗濯は洗濯機で出来るようだ。本当かな?まぁいいかな。
 洗濯が出来ると仮定をして着てみよう。汚しても大丈夫だ。

 ”着る”というよりも、服に合わせて、スライムボディを合わせていく作業だ。
 空を飛んだときに、モモンガのようにスライムボディを広げられたから出来るだろう。

 細かい変更は難しいけど、概ねは出来た。出来たけど・・・。怖い。鏡で見てみたけど、顔がない。私の顔が模写できれば良いのだろうけど、出来ない。

 実験は失敗だ。
 それに、このサイズだと、顔が出来て、髪の毛が生えたとしても、”人”には見えないだろう。いい考えだと思ったのだけど・・・。

 ”人化”とかのスキルが身につかないと無理なのかな?
 そもそも、顔とか形状変化だけで作ろうとしたら、小学生の低学年が書いた両親の絵とかになってしまう。私は、”画伯”だったし、無理だ。最初から考えればわかったことなのに・・・。なんで、出来ると思ってしまったのだろう。

 うん。
 無理。ふて寝しよう。
 あっ今日は、リビングでTVでも見ていよう。情報は大事だからね。ギルドでの情報収集も大事だけど、マスコミから得られる魔物の情報にも意味があるかもしれない。もしかしたら、スキルや魔石の新しい使い方が見つかったかもしれない。

---

 彼女は、無意識に魔石を結合させた。
 世界では見つかっていない方法だ。

 彼女が作ったこぶし大の魔石をギルドに持ち込めれば、都内池袋に地下2階で地上9階建てのビルが建つくらいの資金が得られる。

 魔石は、スキル発動の媒体にもできることが判明している。小指の爪ほどの魔石で、スキルを取得したばかりの人間が使う”ファイアボール”と同程度の精神力を保持している。

 そして、彼女のアイテムボックスには、魔石がまた送り込まれる事態になっている。

「どうだ?」

 開けられているドアをノックしながら、中に居る人物に声をかける。

「上村中尉。あぁ今は、大尉だったな」

「どっちでもいい。少しだけ給料があがっただけだ。権限も増えないし、使える武器も増えない。その代わり、机の前に居る時間が増えた」

「安全な場所にいて、給料が貰えて、文句を言うな」

「俺には合わないって言っているだけだ。前線がいい。書類整理は、俺には合わない」

 俺が差し出した手を、白衣を着た年配の男性が握り返してくる。

「それで、清水教授。実験はどうですか?桐元が気にしています」

 このマッドな教授は、言葉遣いには興味が無いようだ。俺としても接しやすい。桐元に丁寧語で話しかけるように言われているが、素が出てしまうのはしょうがない。前線で戦っている者の宿命(言い訳)だ。

「桐元君には世話になっているな。素材を横流し・・・。違った、調達をしてきてくれて、助かっているよ」

「それで?」

「見ていくか?」

「良いのですか?」

「論文は書き上がった。ギルドで行っている再試験の結果が出来るのを待っている。すでに、登録もされている。問題はない」

「それなら、見せてもらいましょう。俺たちが”命がけ”で採取してきた、魔石の使い途を!」

 教授は、少しだけ、マッドな雰囲気を持っている。
 実際に、都内の大学に努めていたが、魔物の研究がしたくなって、大学を退官して、ギルドの研究職に無理やり潜り込んだ。これだけなら、よくある話だが、ギルドの研究は基本的には他国で発見された新事実の追試や検証が仕事になっている。それでは、教授の知的好奇心を満たせなくて、自衛隊に交渉して、身分はギルド職員のまま、自衛隊での研究を承認させた。

 教授が発見した物は多い。実用的な物から、意味がわからない物までだ。教授は、一つだけスキルを持っている。本人が、明言しているので間違いは無いだろう。”スキル:鑑定”だ。存在は、疑われていたスキルだ。教授が世界で初めて取得(公表)した。

 しかし、ラノベにあるようなスキルではない。
 鑑定は、魔物由来の物しか鑑定できないのだ。教授には、それで十分だったのだが、世間では落胆の声が響いた。反対に、安堵の声を上げる者たちも存在した。真贋の鑑定は出来ない。スキルで出来るのは、同じくスキルで発生した事象や魔物が関わっている物だけだ。

「これが、君たちに紹介したい魔石の使い方だ」

「え?」

 実験の様子を見ても何をやっているのか理解が出来ない。
 マウスが入っているケースや、魚が泳いでいる水槽が見えるだけだ。

「上村君。レポートは読み込んだのだろうね」

「読んだと思うか?俺に、あんな難しい書き方をした物が読めるか」

 論文をレポートと言い切る教授の感性は別にして、魔石を与えた獣が魔物になったと言われた。桐元が、問題だと判断して俺が状況を確認しに来た。魔物を倒せば”スキル”が芽生える。その魔物が”人工的”に作られるとなると、いろいろ問題が出てくる。

「ふぅ・・・。だから、軍人は・・・」

「教授。俺だから、許されますが・・・。俺たちは、軍人ではありません。自衛官です」

「わかった。わかった。悪かった。それで、魔物化の話だな」

「えぇ」

「このラットも、金魚たちは、魔物だ」

「え?」

「今の所、鑑賞用以外の使い途はなさそうだ」

「それは・・・」

「まずは、このラットや金魚たちを魔物だと認定した理由だが、スキル鑑定を使った。それと、ラットと金魚から魔石が摂れる」

「は?」

「それだけではない。ラットは、1週間以上食事を与えていない。排泄もなくなった。金魚も、排泄がなくなった。食事は、水草を食べている様子が確認されたが微量だ」

「それは、餌の必要がなく、排泄も無い・・・。と?」

「あぁ君は、前線で戦っていたのだろう?」

「そうです」

「魔物が排泄をしているのを見たことがあるか?排泄の跡を確認したことは?」

 そう言われて、思い返しても、魔物たちが食事をしているのは確認したが、頻度まではわからない。食事をしているのだから、排泄は有るのだと勝手に思い込んでいた。

「ないですね。糞があれば、記憶していると思います」

「これは、他のギルドに問い合わせたが、魔物の排泄を確認した者は居ない。しかし、食事は確認されている」

「・・・」

「わからないかね?」

「えぇ」

「はぁ・・・。魔物は、食べた物を100%吸収している」

「そうですね。だから?」

「君は、本当に前線で戦っていたのかね?」

「えぇ」

「食事が100%エネルギーに還元できるのなら、前線での食事が変わるだろう?」

「それはわかりますが・・・。教授。それは、ダメです。人を魔物化するような研究は、禁止されています」

「さすがに、そこまで愚かではない。しかし、これを見てみろ?」

 教授が出してきた、ペーパーは、英語とは違う言語で書かれていて、全くではないが読めない。何かの研究資料のようだ。

「これは?」

「君は、古代ギリシア語が読めないのかね?」

「・・・。教授。教授以外で、古代ギリシャ語が読める人間が居たら、ぜひ紹介してください」

「まぁそうだな。それに、古代ギリシャ語じゃなくて、古代ギリシア語と言いなさい」

「それで?このペーパーにはなんと?」

「これは、フランスの”とある”宗教団体が行った実験の記録だ」

「え?わざわざ古代ギリシア語で書いているのですか?」

「そうだ」

「それに、宗教団体と聞いただけで、見なかったことにしたいのですが?」

「ダメだ。上村君。君には、これを桐元君に届けて、説明をしなければならない」

「はぁ・・・。わかりました。それで?」

 教授の説明は、簡単に言って、”聞かなければよかった”レベルの話だ。上司が居る場所でよかった。俺は、上司である桐元に丸投げして忘れてしまおう。やはり、前線に戻る方法を考えたほうがいいかもしれないが、毒の後遺症で動きが鈍くなった左腕では戦えない。

「・・・。わかりました。桐元に丸投げします。実験の善悪は俺が判断することではないので、置いておきますが・・・。人が魔物化しないと解っただけで良かったですよ。魔石を埋め込むような・・・」

「そうじゃな。この実験室でも、ラットでは成功した。鳥類でも成功している。与える魔石の大きさに依存している可能性もあるが、今後の研究だな」

「教授。それで、肝心の魔物化の方法は?」

「そうだったな。食べさせても、埋め込む方法でもなく、もっと簡単な方法だ」

「それは、魚なら水の中に、魔石を入れるだけだ。ラットなら、魔石が入った飲水を与えたり、魔石を直接食べさせたり、簡単な方法だと魔石の近くで飼育するだけだ。詳細な実験や経緯は、論文を参照してくれ」

「・・・。教授。例えば、俺たちの最前線で戦って居る者たちは、必ず魔石を回収してくるわけではない」

「そのときに、野生の動物や昆虫がいたら・・・」

「魔物化するな」

「魔物化した動物や昆虫の見分ける方法はあるのか?」

「食事や排泄を観察するか、殺して魔石を取り出すしかない。鑑定があれば認識はできる」

「・・・。教授。もう一つ・・・。教えてくれ」

「なんだ?」

「その、魔物を殺しても、スキルが芽生えるのか?」

「これは、まだ確定はしていないが、スキルを持っていない助手が、100匹の魔物化した魚を殺したが、スキルは芽生えなかった」

「そうか・・・」

「研究所では、魔物を殺して、魔石になった時点で、スキルは与えてしまっていて、魔石は、残滓ではないかと結論づけた」

「残滓?」

「そうだ。魔物だった物ということだな」

「はぁ・・・」

 研究者と話をするのは疲れる。無駄に気を使うし、頭も使う。
 しかし、魔物が大量に生成されて、スキルが大量に芽生えるような事態にならないのは僥倖だ。我が国のためだけではなく、魔物化したラットを某国が入手して、スキル持ちを大量に作成した場合には、戦力として使い出すのは確実だ。そうなった場合、我が国も座して待つわけにはいかない。スキル持ちを増やさなければならない。それこそ、希望者全員にスキルを芽生えさせないと、人数で負けている状況で戦争にでもなったら・・・。

 ひとまず、回避できたのは良かったが、この研究が進めば、どういった状況になるのかわからない。研究所を、桐元が手元に置いている理由がよく分かる。権力者には渡せない。もちろん、他の部隊にも渡したら、どうなることか・・・。
 爆弾を抱え込んだ気分だが、知らない状態で、爆弾を渡されるよりは、いい環境だと思っておこう。
 最前線ではないが、国防の最前線に居る気分になってきた。

 今日も、裏庭に来ている。
 最近、日付の感覚がなくなってきている。曜日は、リビングにあるTVで認識が出来る。

 スライムには、学校も仕事もない。裏庭で遊んでいても、昼まで寝ていても大丈夫だ。積み本や積みゲームの消化が捗る。

 裏庭に作った池を覗き込む。魚たちも元気だ。

 え?うそ?

 2つ設置した巣箱に、何かが入っている。
 あと、水瓶近くにも、動物が居る。水瓶の近くには、妹が作った犬小屋みたいな物を置いてみた。

 巣箱は、二箇所だけど、両方に何かが入っている。
 こんなに早く?前に設置した時には、結局入ってくれなかった。もしかして、池を作ったのが良かったのかな?魚が居るし、餌があると思ったの?

 よくわからないけど、来てくれたのは嬉しい。
 どうやら、片方はフクロウ(コミミズク)だ。もう一方は狭いのに・・・。ワシ(イヌワシ)?お祖父ちゃんが、”裏山にはワシが住み着いている”とか言っていたけど、本当だったの?でも、なんで?

 それに、水瓶の近くには、猫とハクビシンが一緒に居る。よく見ると、池の周りにも、トカゲとか蛇とか隠れている。
 一日で、急に動物が寄ってくるのは、流石におかしいと思う。それとも、元々近くに居て、水場が出来たから寄ってきたの?

 よくわからない事だらけだとけど、極めつけは、動物たちが喧嘩をしていない。捕食する立場の者が居て、捕食される側の者も寛いでいる。魚も減っていない。それどころか、池の中の生き物が増えているように感じる。池を拡大したほうがいいのかな?亀?どこからきたの?
 まだ狭そうにはしていないから、広げるのなら、今のうちだな。使っていない。プラ池を埋め込んで、水の道を作ればいいかな?幸いなことに、アイテムボックスには、川の水がまだ残っている。

 池の増設は、苦労した。
 動物たちが逃げないので、余計に神経を使った。スライムに神経があるのかわからないけど、アイテムボックスを使った穴掘りとか、本来の使い方ではないと思うけど、スライムでは他にやり方がない。スコップが使えたら、違うのかもしれないけど、私にはアイテムボックスを使う方法しか思いつかない。

 時間を確認したら、15時を回っていた。
 スライムボディになってから、食事を必要としないのか、お腹が空かない。

 動物たちの餌をどうしようか?
 勝手に食べに行くのかな?今まで、裏山で生活してきたのなら、大丈夫だよね。そんなに、豊富に餌があるとは思えないけど、もしかしたら餌が必要になるのかもしれない。難しいな。魔物になったのだから、動物たちと会話が出来たら楽なのに・・・。

 出来ないことを、考えるのは不健全だ。スライムが健康を考えても仕方がないのかも・・・。でも、健康は大事だ!多分、スライムでも必要なことだ!

 そう言えば、魔石の使い方を調べた時に、”魔道具”には魔石が使われている。らしい。ゴブリンの魔石で、学校に配置している”スキル検査キット”が3年ほど動くらしい。ゴブリンの魔石がどの位の大きさかわからないけど、錬成した魔石も同じくらいかな?
 魔石は、魔物の心臓と表現している人も居るから、心臓と同じくらいだと考えれば、庭に配置した魔石はゴブリンから得られる魔石と同じくらいだと思って良いのだろうな。もう少し大きくならないのかな?何か条件があるのかな?

 魔石は、今日も綺麗に光っている。池の中に入れた魔石は、光の乱反射が綺麗だ。水の中で光っているから、乱反射しているのだろうけど、魚も近づいて居るし、悪い物ではないのだろう。

 魔石も謎だけど、得たスキル結界も謎だ。検索をしても情報が出てこない。出てくるのは、ラノベとかで使われている情報だけだ。

 結界を発動して見れば何かが解るかな?

 え?何か出た?
 アイテムリストのようになっている。へぇスキル結界は親切な設計だ。

 オプションを設定して、対象と範囲を選んで発動。
 庭に設置した魔石も対象になっているようだ。自分はダメみたいだ。なんで?スライムにこそ、必要だと思うのに・・・。

 オプションを選ぶと、本当に親切だ。他のスキルも見習って欲しい。
 結界は、オプションを選ぶと、詠唱?スキル名?の表示が変わる。説明は書かれていないが、スキルの起動式だと思える。一旦、結界をキャンセルしてから、覚えた起動式を使ってみる。

”結界:物理防御:スキル防御:認識阻害:30メートル:発動”

 お!本当に発動した。
 足りないのは、対象だ。対象は庭の魔石にしよう。

 固定?しか選択できないから、固定を選択して、実行。

 結界が発動した?
 よくわからない。もう一度、結界を発動すると、今度はリストになった。発動している結界なのだろうか、先程の起動式が書かれている。対象の指定がされている。”合成魔石”が結界を付与した魔石の名称のようだ。
 情報は、それだけではなく、時間が表示されている。時間?2,878,859,025?カウントダウンしている様子から、”秒”かな?電卓が欲しい。かなりの日数だろう。たしか、一日が86,400秒。5桁も多い。うん。よくわからないけど、10年くらいは大丈夫だってことだね。スキル判定が3年だから、結界はかなりエコ設計なのかな?

 適当に、30メートルって指示したけど、庭の魔石を中心に30メートルの球状?

 そうだ、裏山に出てみれば解るかな?

 家を見下ろせる場所まで移動して、確認してみた。
 うん。家は変わらない。あっ魔石の光が見えない。結界の範囲がわからないのは不便だな。でも、色とか付けたら、結界がバレてしまうから、しょうがないのかな。あっよく見ると、なにか、膜みたいな物が見える。あっ消えた。よく見ようとしないと見えないのかな?誰にでも見えると困るけど、よく見たいとわからないのなら、勘違いだと思ってくっるよね。

 せっかく、裏山に来たから、散策をしよう。
 お祖父ちゃんもあまり行かなかった東側に言ってみよう。

 触手を使って、木々を掴んで立体機動で移動する。爽快な気持ちが、嫌な考えを吹き飛ばしてくれる。もっと、もっと、速度をあげよう。木々をギリギリで躱しながら、速度を上げていく、東側にたどり着いた。
 あまり手入れをしてこなかった場所だ。
 洞窟とかもあると聞いた。毒蛇も多いから、行かないようにと言われていた。

 道も作られていない場所なので、優秀なスライムボディになって初めて訪れた場所でもある。

 たしか、隣の山との境目に石垣が作られていると言っていたから、あの石垣までが、家の裏山だ。

 来てみたけど、何か目的が有ったわけではない。

 飛び回るように、木々の間を抜けていく、猪とか狸とか、野生動物の姿も見える。
 人の手が入っていないし、裏山の奥には、裏山よりも高い山がある。そこも木々が生い茂っている。人が入る場所ではない。

 湧き水を発見。
 岩の隙間から水が湧き出ている。これが、川に繋がっているのだろう。

 え?
 あっ・・・。洞窟を発見。しかし、洞窟に入っていく二足歩行の動物は、人では無かった。全裸に見えた。身長は、2メートルを越えている。スモウレスラーのような体格をしていた。動揺して、力士をスモウレスラーと表現してしまった。

 ゲームなどで見たことがある。”オーク(豚人)”だ。

 何をしているのかわからないけど、洞窟を出たり入ったりしている。何かを持っている印象はない。偵察でもしているのか?
 いろいろな方向に出ては、戻ってくる。

 倒そう。
 ゲームだと、オークは初期の方に出てくる魔物だ。ゴブリンを倒したときのように、岩を落とせば倒せるだろう。一個でダメでも、複数を連続で落とそう。

 洞窟から出て、戻ってきた所で、一番大きな石を、オークの頭上から落とす。洞窟から少しだけ離れた場所で狙いを定めた。歩く速度がゆっくりだったので、狙いがつけやすかった。

 見事に岩が頭上を捕らえた。
 血が飛び散るわけでもなく、岩に押しつぶされるように、オークが消えていた。

 (なんの肉かわからない)肉の塊と、1cm程度の魔石が残された。

(なぜだ!何故だ!理解できない!)

 彼は、塾が終わると、昆虫を魔物(スライム)化して殺していた。すでに、3桁を越えて4桁に届きそうなスライムを殺している。しかし、彼が望むような変化は訪れない。

(虫だからなのか?僕のような天才がスキルを得る為には、虫ではダメなのか?)

 彼が次に狙ったのが、中学校の池に居る魚たちだ。もちろん、自然に出来た池ではなく、貯水湖の役割を持っている。彼は、塾に行く前に、貯水湖の栓を抜いている。それほど大きくない池なので、塾が終わる時間には、膝丈以下まで水位は下がっている。目視で鯉が見られる状態だ。それほど手入れはされていないが、水位が下がったことで、苦労しないで魚を見つける事が出来る。
 彼は、手当り次第に、スライムにして、殺していった。

 しかし、彼はここで間違いを犯した。
 水の中に居る生き物という曖昧な設定で発動したスキルが、魚以外にも適用されてしまう。池には、魚以外の生物ももちろん住んでいる。彼は、見える所のスライムだけを殺した。それでも、20や30の数ではない。魚以外もスライムになったと考えられるのだが、彼には些細な問題だ。

(魚でもダメなのか?それなら・・・)

 彼は、ひとまず家に帰る。
 抜いた池の水を元に戻す必要性を感じて、栓を戻して、注入する水量を増やした。問題にはならない行為だと考えていた。

 通常なら、池の水位が上がった時点で、注入する水量を元に戻せばいいのだが、彼がわざわざ戻ってきて、水量を戻すような行為をするはずがない。

 最大の水量が流れ込む池は、またたく間に水位が上がる。
 彼がスライムにした多くの魚や虫たちが残っている。池の底は、泥で覆われていた。泥の中には、魚以外にもカエルやドジョウやヤゴなどが大量に住んでいた。彼は、これらの生き物を全てスライムにした。元々、泥の中に居た為に、スライムになっても泥の中に留まった。彼が虐殺を行っている最中も、泥の中で彼の行為から逃げていた。彼が、虐殺した数の数倍に匹敵するスライムが、泥の中に潜んで、彼の蛮行をやり過ごした。

 通常の魔物なら、魔物同士で戦うのだが、彼が作ったスライムたちは、いわば同族だ。
 泥の中で過ごしていたスライムたちは、意識しないまま、同族で集まった。

 そして、池の水量が増して、池は溢れ出す。

 いくつかの塊になっていたスライムたちは、脱出時に際して、同族が集まって、一つの個体になった。

 スライムが集まって何になる?
 ラノベ展開では、ビックスライムやヒュージスライムやキングスライムと思われるが、残念ながらスライムは、どれだけのスライムが集合してもスライムでしかない。ただ、核が複数存在して、全部の核が壊されて初めてスライムとしての生が終わるという化け物になっただけだ。

 新たに産まれたスライムは、中学校の池からの脱出に成功する。自分たちを作った者ではない。自分たちと同じ者が居る場所を目指す。多くの仲間たちが、虐殺された。多くの同胞たちが、最後に頼った者が居る。多くの仲間たちを受け入れた者が居る。近くて遠い場所に・・・。

 彼は、知らなかった。
 彼を憎んでいる者が産まれていることを・・・。

 彼は、知らなかった。
 彼を殺したいと思っている者が産まれていることを・・・。

 彼は、知らなかった。
 彼が虐殺するたびに彼を憎んで殺したいと思っている者が力を得ていることを・・・。

 彼は、間違っていなかった。
 彼は、彼が望んでいた通りに特別な人間だ。

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 今日もダメだった。
 魚ではなく、ネズミをスライムにしてみたが、ダメだ。

 くそぉ。ネズミはなかなか見つからない。ペットショップで買おうにも、そんなにお金がない。ペットショップや猫カフェに居る獣をスライムにして、僕の糧にしようかと思ったが、誰が見ているかわからないし、ニュースになってしまう。

 中学校も、あれから警備が厳重になった。
 あれは、天才の僕にしては珍しいミスだ。気持ちが焦っていたのかもしれない。水を出しっぱなしにしてしまった。それで、池が溢れ出して、問題になってしまった。池の魚が消えたとか問題になっていたが、野犬や野良猫が持っていたのだろうと推測されていた。

 経験値は少ないだろうが、やはり昆虫をターゲットにしたほうが良いのだろうか?
 はやく、偽装や隠蔽のスキルを得ないと、僕が偉大なスキルを持っているとバレてしまう。バレるのは、問題ではないが、早すぎる。アイツらが警戒してしまう。それに、こんな偉大なスキルを持っていると、自衛隊が戦っている最前線に送られてしまう可能性もある。

 あれからママは、帰ってきては、すぐに奴の所に向かう。何をしているのか知らないけど、奴を連れて帰ってくるつもりなのだろうか?
 パパからは何も教えてもらえない。
 毎日、少ないけどお金が貰えるからパパは殺さないで置いてもいいかと思い始めている。

 僕は、人類を選別する立場になっている。
 まだ、僕の偉大さに気が付かれていないが、僕の偉大さが解ってしまえば、皆が跪くに決まっている。

 だからこそ、動きやすいように、新しいスキルが必要になる。

 偉大な僕だから、経験値が必要になってくるのは理解が出来る。

 何か、方法を考えなければダメかもしれない。

 そうだ。
 良いことを思いついた。

 夜に、養鶏場に忍び込んで、鶏を・・・。さすがは、僕だ。完璧な計画だ。
 田舎の山の中に有るような養鶏場なら、防犯施設があっても、僕のような天才なら解除は出来るだろう。解除が出来なくても、すぐに逃げれば大丈夫だ。鶏が一気にスライムになって殺されるとは考えないだろう。

 そうだ。昆虫でもダメで、魚でもだね。それなら、鳥類だ。鶏なら、入ってくる経験値も多いだろう。

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 彼は、養鶏場の鶏を魔物化する計画を実行、出来なかった。

 彼は、父親の運転する車で養鶏場の近くを通った記憶があり、簡単に行けるものだと思っていた。

 彼の家の近くには、養鶏場はない。
 この地方の特有の事情なのかもしれないが、養鶏場は存在するが、山の中に点在している。

 そして、車で20分ほどの場所にある養鶏場は、歩いていける距離ではない。根性があり、なんとしても歩こうと思えば、到着は出来るだろう。しかし、安易に考えて、何事も都合よく考える彼が歩けるような距離ではない。もちろん、自転車を使っても良いのだが、楽な方に逃げる彼が山道を自転車で登ろうとは考えない。何かしらの理由をつけて、勝手に折り合いをつけて、辞めてしまう。

 彼の養鶏場・大虐殺計画は、彼の性格から実行できなかった。
 しかし、彼は小学校に忍び込んで、小学生たちが育てている。鶏やウサギを虐殺することを思いついてしまった。

 防犯カメラが有るのだが、フードをかぶって、顔を見られなければ大丈夫などと安易に考えて実行してしまった。

 昆虫の大虐殺に始まって、中学校の池の魚を殺して、街で見かけたネズミを殺して、今日、彼は鶏とウサギを殺した。

 彼は小心者だ。
 自分を天才で、特別な人間だと思っていなければ、精神の均衡が保てない。

 彼の境遇は、同情すべき部分が多い。
 しかし、それは彼が動物を虐殺していい理由にはならない。同級生を呼び出して、偶然現れた女子生徒をスライムにしていい理由にはならない。彼は、被害者でありながら、加害者になってしまった。

 彼はスキルを得た事で、間違えてしまった。
 彼は間違えてしまった。スキルを得た時に、スキルを公表すべきだったのだ。

 彼が犯した間違いは、スキルの使い方だ。
 彼が皆から尊敬される未来が存在していた。彼が考える、なりたい自分になれるチャンスを自ら手放したのだ。

 僕たちは、産まれたばかりのスライム。自分が、スライムなのを、なぜか理解している。

 僕たちが、どうやって産まれたのかわからない。僕たちは、スライムとして一体だけど、一匹ではない。

 僕たちは、池で生活をしていた。でも、スライムに生まれ変わった。

 今、僕たちは、2つの気持ちに支配されている。

 一つは、ご主人さまに会いたい。遠くに居る。ご主人さまに会いたい。僕たちは、産まれた時から、ご主人さまと繋がっている。ご主人さまのために、僕たちは産まれた。でも、僕たち以外の僕たちは、無残にも殺された。なんで、殺されたのか、誰に殺されたのか、僕たちにはわからない。

 それが、もう一つの気持ち。僕たちを殺した者に復讐したい。いくら、僕たちがまとまっても、殺されるだけだ。

 だから、遠くに居るご主人さまに会いに行く。
 僕たちの気持ちを受け取ってくれた優しいご主人さまに・・・。

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 彼が魔物(スライム)化した魚や昆虫たちは、個での活動は不可能だと悟って、一つにまとまった。スライムの形をした、スライムとは違う魔物になっている。一つにまとまったスライムは、感情と知性が芽生えた。スキルが芽生えなかったことへの代替なのかもしれない。弱い感情も、集まれば大きな強い感情となる。

 全ての小さな感情が同じ方向を見ていた。

 そして、スライムは彼女の下に移動を開始する。

 月下での移動だが、スライムは確かな足取り?で、”ご主人さま”の下に急いだ。

 名前を貰い、名実ともに、ご主人さまのモノになるために・・・。

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 はぁはぁはぁ。
 んっくっ。

 今日も酷い感情の流れだ。
 慣れたくない感情の嵐だ。うまく、蓋をして、感情を殺している。抑え込んでいる。いつ、溢れ出しても不思議ではない。

 今回は酷かった。連続して襲ってきた感情に潰されそうになってしまった。声が出ないのに、声が出そうになってしまった。きっと、乙女としては出してはダメな声だ。それほど、苦しかった。怖い夢の中で、さらに怖い夢をみてしまうような、わけがわからない状況だ。いつまで続くのか解らない終わりのない拷問を受けているような感じだ。
 私を苦しめる奴への憎しみが増大していく。不安なのではない。憎しみの感情だ。殺したいほどの憎しみの感情が押し寄せてくる。

 憎しみの感情の波が収まってから、私の所に何かが向ってくる。私に会いたいと思っている感情だ。
 なんの感情かわからない。でも、たしかに私を探している。

(私はここ!)

 声は出せないけど、私の存在を向けられている感情にぶつける。
 歓喜の感情だ。それと、私に会いたいと思ってくれている。

 何物かわからない。味方なのか、敵なのかも、何もわからない。でも、私も会いたい。会わなければダメだと感情が告げている。

 誰なのかわからないし、どこに居るのかわからない。でも、私の所まで来てくれる。私は、自分の家で待っていればいいの?

 そうだよね。
 私は、貴方を知らないけど、貴方は私を認識できるよね。

---

「清水でスライムが居た?」

 私が、ギルドに出社して最初に聞いた報告だ。

「主任。どういうことですか?」

「茜。報告の通りだ。スライムを見かけたと、ギルドに問い合わせがあった」

「清水のどこですか?」

「今、発見の連絡があった場所を辿っている」

「そんなにあるのですか?」

「あぁ最初は、ジャスコの近くだ」

「主任。イオンですよ。」

「そうだな」

「でも、おかしいですよね?」

「あぁ。山側の学校とかなら、可能性は否定しないが、あの辺りにいきなりスライムが出る可能性は考えにくい、そう言いたいのだろう?」

「はい。岐阜では、川沿いにスライムが現れたことはありますが、それは川にスライムが流されたのだと、結論が出ています。他国のギルドでも、川で流された魔物が遠くで見つかった例があります」

「そうだ。しかし・・・」

「はい。巴川は、魔物が生息する火山からは離れた水系だ。それに、イオンは巴川からも距離がある」

 主任と話をしながら、パソコンを起動する。
 PINコードを入力してから、生体認証を通す。OSが起動すると、同時に同期からメールが届いた。主任と私宛で、スライムの目撃情報とサブジェクトが書かれている。メールを開くと、清水の広域地図と、17箇所にピン立てされている。ご丁寧に、スライムのマークのピンだ。

 時間の前後があるが、最初の発見場所は、有東坂池多目的広場のようだ。こんな所に、いきなりスライムが発生するわけがない。
 そのまま山の方向に進路が設定されている。東寄りになっていることから、確実に目的があるように思える。

「移動の速度が早いな」

 時間のズレがあるだろうけど、最初に発見されてから、最後の発見場所になっている国一バイパス近くまで、1時間で移動している。普通に、人が歩いてもギリギリかもしれない。

「そうですね。人の徒歩と同じくらいですか?」

「里見。考えられることは?」

「主任。私達は、推測を言う部署ではないと思います。対処はどうするのですか?」

「もう無理だろう?」

「え?」

「最初に見つかった場所から、最後に目撃された場所まで、ほぼ直線だ。どんな方法で移動したのかわからないが、見つかったスライムには、はっきりとした目的がある」

「そう思えます」

「だろう?それなら、その線を伸ばした先に、スライムの目的地があるということだよな?」

 線上に何があるのか?
 目撃場所がほぼ一直線なのも気になるが、等間隔なのも少しだけ気になる。

 スライムは、空を飛べない。
 スライムの移動は跳ねるだけのはずだ。

「はい」

 地図をまっすぐに伸ばす。清水や近郊では無いだろう。地図を大きくすれば・・・。

 現れてくるのは、富士山だ。
 魔物が産まれる、3,000メートルを超える火山だ。富士山のどこで、魔物が産まれているのか、まだ解っていない。他の国のギルドでも同じだ。魔物が産まれる瞬間を観測した者は少ない。規則性が見つけられていない。規則性を見つけられたら、大騒ぎになるだろう。それが証明されたら、ノーベル賞は無理でも世界的な表彰を受ける発見だ。
 川を跨いで魔物が産まれることがないと言うのが、今までの見解だ。
 しかし、今回は富士山から、何本もの川を越えた場所でスライムが”初めて”見つかった。誰かが、スライムを捕まえてきたのではなければ、見つかったスライムは清水で産まれたことになる。

「富士山ですか?」

「そう考えるのが簡単な答えだろうな」

「はい」

 それに、国一バイパスを越えて、民家を越えてしまえば、そこはもう山だ。興津と由比の間にある山に入られたら、スライムを探すのは、主任が言っている通りに、無理だろう。

 それに、国の対応が遅れたことで、あの辺りの山には、まだ”はぐれ”が居ると予測されている。スライムが、はぐれの魔物と遭遇したり、獣と遭遇したり、討伐されてしまう可能性がある。

 主任はまだ地図を眺めている。

「どうしますか?」

「そうだな。義務として、警察と自衛隊に、スライムの目撃情報と、こちらの推測を付けて、送っておく。簡単な報告書にまとめてくれ」

「わかりました」

「あと、住民に、スライムを見つけても近づかないように警告を出す。草案を頼む」

「わかりました。倒さなくてもいいのですか?」

「それは、ギルドの・・・。我々の業務ではない。自衛隊や警察の仕事だ。私たちは、魔物や魔物に関係する情報をまとめるのが仕事だ」

 移動速度の問題も解決していない。
 解決していないが。考えるだけ無駄なのかもしれない。魔物に関しての研究は始まったばかりで、実際には、ほとんど何も解っていない状況だ。

「それにしても、このスライムは、どこで産まれたのでしょう?」

 私の独り言に誰も答えてくれない。
 私も誰かの答えを期待したわけではない。ただ、何か、私達が知っている常識外のことがお膝もので発生しているような感じがしてしまった。

 夜に寝られるようになった。スライムです。乙女の敵である体重計に乗ったら、体重が測れなくなっていて、少しだけ落ち込んでいます。

 眠くならないのですが、寝る方法が解った。感情を切り離す訓練をしていたら、意識を手放す方法が確立できた。

 やっぱり、夜に寝られないと、気持ちが悪い。
 しかし、ここ数日は起きるのに、スマホのバイブではない。

 なぜか、増えている裏庭の動物たちの鳴き声だ。
 結界を張っているのに、なぜか動物が増えている。悪意があるわけでも、(スライム)を攻撃してくるでもなく、動物同士で喧嘩するわけではない。そもそも、裏山に沢山の動物が居たのに驚愕している。

 うーん。結界があるから、安心して居られるのかな?
 水場もあるし、でも猛禽類も一緒なのに良いのかな?

 ミツバチも飛んでいる。

 あっ養蜂箱は、結界の外だ!

 うーん。
 裏庭の拡張をしよう!

 寝ている最中に、また魔石が溜まった。なんとなく、私の役に立ちたいと思ってくれているように思える。
 この魔石は、あの感情の素だと思う。だからこそ、しっかりと使ってあげたい。

 裏庭だけでは狭くなってしまっている、動物たちの住処を作ろう。

 私には、時間がある。
 学校には、パソコンから休学届けを提出した。電話は出来なかったから、メールだ。担任からは、考え直して欲しいと言われたけど、生活と学業の両立が難しいという理由にした。遠くに居る親戚を頼るという理由を付けた。そして、親戚の所に行くことが決まったために、休学したいと告げた。親戚の家までは聞かれなかった。
 親戚が受け入れてくれたら、退学届けに切り替えるつもりだと、説明した。何度か、メールのやり取りをした。電話で説得したいとか、家で会えないかと言われたが、断った。会えるわけがない。私だって、会って・・・。学校は、卒業したい。でも、無理だ。スライムが学校に行けるわけがない。
 担任とメールのやり取りをしていると、なんで私が・・・。そんな感情が芽生えてしまう。私は、好きでスライムになったわけではない。学校にも行きたい。もっと、いろいろ勉強をしたかった。もっと、知らないことを知りたかった。全部が”出来なくなった”とは、考えたくないけど・・・。私の些細な幸せは奪われた。理不尽に、魔物にされた。

 誰が?
 なんの為に?

 でも、切り替えるしか無い。
 時間は戻らないし、私は私だ。私が、ここで落ち込んで、スライム生を閉じたら、私をスライムにした奴に負けたことになる。勝ちたいわけではないが、負けるのはイヤだ。だから、私は、スライムとして好きに生きる。そして、私の感情を満たすための行動(復讐)優先(完遂)する。

 裏庭の拡張は、出来たこぶし大の魔石の数で決めようと思う。
 あれからも魔石が送り込まれる。

 錬金でまとめた魔石は、全部で7個にもなっている。

 一つは、養蜂箱の近くに置いて結界を展開する。手慣れた物だ。

 裏庭の拡張の副産物で、自分自身に結界を発動する方法が解った。
 正しいかわからないが、魔石を使う方法だ。こぶし大に大きくした魔石ではなく、5個程度をまとめた魔石に結界を付与して、自分で持つと自分自身に結界が発動したようになる。結界を発動した時の感じだと、私が魔石を吸収しているようになるが、よくわからない。食べるとも違うし、持っているが一番しっくりくる言い方だ。自分の周りをうっすらとした光の膜がある感じだ。これが結界なのだと思う。試しに、触手を伸ばして、触手の上に岩を落としてみた。結界に触れた所で、岩が横にずれたので、結界が有効になっているのだろう。

 これで、私はさらに最強のスライムになった!スライムの最強に上り詰める!

 自分で考えておいて、最強のスライムは、リ○ル様だよね。なんて言っても、覚醒魔王だし、一回では覚えきれない種族だよ。

 いいかな。死ににくくなっているのは間違い無いのだし、私がやりたいことの為にも、今後もスキルの検証は必要だよ。

 養蜂箱の近くに、結界の魔石を設置する。
 この辺りは、クヌギもあるし、楓もある。裏庭と同じで、他の昆虫が集まってきそうだけど・・・。大丈夫だよね。うん。きっと。大丈夫。もう設置しちゃったし、養蜂箱を守るためにも必要なことだよね。東側には、オークがいたし、他に魔物が居る可能性だってある。

 そう言えば、オークを倒した時には、スキルを得なかったな。
 必ず芽生えるわけじゃないってギルドにも書かれていたから、気にしないけど、あの肉って食べられるのかな?アイテムボックスに入れっぱなしだ。なんとなく、オークの魔石は、送られてくる魔石と分けている。一緒にしちゃぁダメな気がしている。
 調べてもわからない。わからないから、自分の”感”を信じる。
 オークの魔石と、送られてくる魔石は別物!決定事項。

 裏庭の拡張計画を実行しよう。次は、排水の為に配管した場所だ。水場があれば、わざわざ裏庭に来なくても、大丈夫になるだろう。
 裏庭は、安全な結界があり、水場があるから、動物が集まっているのだろう。

 水場に結界を設置する。
 今の状態だと、結界を設置した場所のそれぞれが独立してしまっている。

 やはり、繋がっていたほうがいいよね。
 幸いな事に、魔石はまだ残っている。

 結界が重なるように配置していく、裏庭が何倍に広がった。

 今日は、ここまでにしよう。
 帰って、オークの肉や魔石を調べよう。

 結界の魔石が一つだけ残ったから、家の門が入らないように設置しよう。そう言えば、通販もまだ調べていなかった。

 やることが増えた!

 今日は、帰って、お風呂に入って、パパのパソコンで調べ物の日にしよう。

 へぇオークの肉って食べられるの?美味しいって書かれている。

 え?なんで?
 私、英語が読めているの?スライムだから?英語が読めるようになったの?すごい!学校に行けたら、英語の授業で困らなかった。ちょっとまって、英語だけじゃない。ドイツ語もフランス語もハングルも読める。

 待って、待って、スライムボディ。すごく優秀。
 言語で困らないなんて、素敵な状況だ。あとは、人化があれば・・・。

 さすがに、人化のスキルなんてないよね?
 ギルドには登録されていない。そう言えば、ギルドのデータは全世界で統一されていると書かれていたな。自動翻訳されて表示されるとか書かれていた。アイテムボックスは、日本で見つかった物ではなくて、海外で見つかったので、登録は現地の言葉だ。でも、自動翻訳でページが翻訳されるので、日本語で読める。ニュアンスがおかしい場合があるから、日本のギルド職員が日本語に直しているらしい。

 スライムの真実は、スライムが居て、意思の疎通ができれば、簡単なのにね。
 お金に困ったら、ギルドで雇ってくれないかな?翻訳が得意なスライムです!とか、貴重じゃない?

 そうだ!
 アイテムボックスを登録したギルドで読んでみて・・・。ダメだ。自動翻訳って優秀だね。ほとんど、同じだった。

 オークの肉が食べられるのは、大きな発見だ。
 大きな肉の塊だ。私のアイテムボックスなら時間が止まっているから、肉も悪くならない。熟成はしないけど、腐るよりはいい。多分、4-50キロはある。しばらくは肉には困らない。
 あっ!裏庭に来ている肉食の動物に振る舞ってもいいかもしれないな。

 海外のサイトでは、魔物が魔石を吸収するとか書かれていたけど、私はスライムで魔物だ。魔石を吸収出来るのかな?
 オークの魔石と、どこから来ているかわからない魔石だけど、どこから来ているかわからない魔石は、吸収したくない。なんか違う感じがする。オークの魔石は吸収してみても良いかもしれない。

 吸収って食べれば良いのかな?
 やり方が書いているサイトは見つからなかった。

 食べるようにすれば良いのかな?

 そんなに大きくないし1cmくらいかな?大きな飴玉だと思えばいいのかな?赤と青と緑と黄が、綺麗に混ざり合っているすごく綺麗な飴玉に見える。

 ギルドでも魔石の大きさは書かれていなかった。1cmやこぶし大の魔石の値段を知りたかった。買い取り値段だから、時価で秘密なのかな?


 スライムになってしまった彼女の犠牲者が居るとしたら、ギルド日本支部の”情報管理課”兼”スキル管理課準備室”兼”登録者管理課準備室”の職員だろう。その中でも、ほぼ彼女の担当と言っても良いようになってしまっている、里見(さとみ)(あかね)だろう。

 彼女は、父親が趣味で作った環境が”異常”だとは知らない。今後も気がつくことは無いだろう。そして、スライムになってしまった自分が、外でスマホを持っているのは、おかしいのではないかと考えて、スマホを部屋に置きっぱなしにしている。

 彼女が、ここ数日でギルドに与えた衝撃は、徹夜作業に慣れている職員を絶望の表情にさせる程度の事だ。

 まずは、”結界と魔石”を調べて、その後で、効果や範囲などの具体的な言葉が検索されている。ログを調べていた職員から、言葉が消えた瞬間だった。

 世界的な規模で展開しているギルドには、それだけの情報が集まっている。予算も、潤沢とは言えないが、小規模な国家の年間予算に匹敵する予算が割り当てられている。予算を使って、汎用機を用意して、大規模な機械学習を行っている。検索されているワードを使った、行動解析が行われている。その中から、新しいスキルを得た者の行動が判明してきている。

 情報を扱う部署に渡されているツールで、ファントムの行動を分析する。

「茜。この結果は・・・。そうだよな。”賢者(ワイスマン)”が弾き出したのなら・・・」

「残念ながら、ファントムは、84%の可能性で、”スキル結界”を取得しています。それから・・・」

「なんだ?ファントムの所在が解ったのなら歓迎するぞ?」

「いえ、ファントムが多数の魔石を持っている可能性があります」

「は?」

「これも、”賢者(ワイスマン)”の分析ですが、ファントムは魔石の使い方を実験している可能性があり、その結果、ファントムは”魔石を大量に持っている”と、”賢者(ワイスマン)”は結論を出しています」

「・・・。里見。他のギルドから、ファントムに関しての問い合わせはあるのか?」

「現在まで、他国からの問い合わせはありません。こちらからも、他国に問い合わせをしていません。それに、”賢者(ワイスマン)”の問い合わせ履歴は、秘匿されている建前があります。私たちが、ファントムを他国に紹介しないかぎりは大丈夫だと考えます」

「そうか、それだけは救いだな。部内と部外の情報は?」

「”賢者(ワイスマン)”の結果は、部内にも出ていません。しかし、ファントムの存在は部外にも出ています。しかし、ログに触れるのが、私たちだけですし、箝口令を発布していますので、情報の漏洩は心配しなくて大丈夫だと思います。しかし・・・」

「解っている。ファントムの異常な行動が発生するまえの情報は流れてしまっている。だろ?」

「はい。異常・・・。そうですね。蠱毒が絡みそうな辺りからは、秘匿に設定を変更してあります」

「助かる。さすがに、爆弾(ファントム)だな。たしか、特定のアクセスに、タグ付して情報を秘匿設定にできたよな?」

「既に設定は行ってあります。なので、部署でも数名で”賢者(ワイスマン)”と格闘しました」

「すまない」

「謝罪は、言葉でなくて、態度で示してください」

「わかった。わかった。賞与は・・・。ダメだな。成果を公表できない」

「・・・」

「睨むな。わかった。キルフェボンで好きなタルトを買ってやる」

「・・・」

「ワンピース。じゃなくて、3・・・。4ピースだ。これ以上は無理だ」

 榑谷は、関係者の頭数を数えて、財布の中身を思い浮かべる。
 キルフェボンと言い出したことを少しだけ後悔するが、これで、部下たちの気持ちが前向きになるのなら、安い出費だと覚悟を決めた。

「はぁまぁ妥協しましょう。ルピシアで紅茶もお願いします。季節のフレーバーを付けてください」

「わかった。経費は無理だな・・・。はぁ高く付く・・・。(ファントムが見つかったら、魔石を融通させてやる)」

 紅茶は、皆で飲むように買っているが、経費ではない。有志が出しているお茶代から買われている。主任である、榑谷は皆よりも多くの金額を出している。そこに追加で出す必要がある。

 平和的に、ファントムの評価が上がっていく。

「主任。他の報告も必要ですか?」

「他?ファントム以外の報告は、もう貰っているぞ?」

 榑谷は、机の上に置かれている書類を指差しながら、里見に告げる。既に読んでいて、問題の把握は終わっている。

「いえ、ファントムに関する。”()()”報告です」

「茜。もう一度・・・。いや、言わなくてもいい。私の耳がおかしいのだろう。ファントムに関する”()()”報告と言ったのか?まだ、あるのか?」

「そうですね。いや、違いますね」

「そうだろう。そうだろう。お前は、疲れているのだろう」

「はぁ・・・。主任。正確に言います。これからが本題です。ファントムに関する”本当に聞いて欲しい”報告です」

「マジ?」

「”マジ”です。残念なことに・・・」

「・・・」

「これです。書類にはしていません。データです。見たら、削除してください」

 里見から渡されたUSBメモリを受け取って、端末につなぐ。ウィルス対策が施されているUSBメモリは、端末に繋がれると、認証が必要になる。USBメモリに付いた指紋認証を通して、暗号で書かれた文章を復号する。

「茜。ここまで・・・。ん?あ・・・」

 榑谷は、ここまで厳重にする必要があるのかと、里見に文句を言いかけた。
 しかし、復号された文章を読み込んでいくと、里見が厳重な方法で、報告してきた理由がわかった。

「主任?」

「これも、”賢者(ワイスマン)”に問い合わせたのか?」

「いえ、必要が無いと判断しました。ログは、既に分離して、認証コードがないと閲覧が不可能なように設定をしました」

「助かる。さすがに、”これ”は、まずいな」

「はい」

 里見が榑谷に爆弾として投げたのは、ファントムが”オークの進化(推定1段階)種の撃破。ドロップアイテムを得ている”という、無視するには大きすぎて、公表するには問題が有りすぎる情報だ。

「ドロップアイテムからの推測か?」

「はい。アメリカ支部のデータベースに情報がありました。オークが肉を落とすのは、『最低で1段階の進化が終わっている個体』『1cmの魔石は、特殊個体でしか確認されていない』でした」

「そうか、魔石の色は、検索されていないのだな?」

「はい。残念ながら・・・。4色とか言われなくてよかったです。それから、ファントムは”こぶし大の魔石”の値段()調べています」

「ん?茜。1cmの魔石の値段ではないのか?」

「言い間違いではありません。()()()()()()()の値段です」

「そうか・・・。聞き間違いじゃないのか・・・。値段を調べるのは、持っている可能性が高い物か・・・。もちろん、ギルドの買い取り金額だよな?売値じゃないよな?」

「はい。残念ながら、買い取り金額です。ちなみに、”賢者(ワイスマン)”に”こぶし大の魔石”があったらいくらで買い取るか聞きました」

「おい。まぁ気になるな。結果は?」

「聞きたいですか?後悔しますよ?」

「後学のために、聞きたいな」

「1,500億以上4,500億以下だと出ました。あくまで、現在の状況で・・・。です。もし、魔石からエネルギーを取り出せるとしたら、どこまで金額が上がるか・・・」

「おぉファントムは一気に金持ちだな。魔物関連だから、税金も免除だろう?大儲けだな」

「主任!」

「すまん。しかし・・・」

「はい。ファントムは、オークを倒しています。こぶし大の魔石は、無視したとしても・・・。オーク種の進化体を撃破です。それも単独での撃破報告はまだ世界中のギルドに上がっていません」

「肉がドロップするのは、里見なら食べるか?」

「食べます。私たちは、情報に触れられます」

「ファントムは食べたと思うか?」

 榑谷の問に、里見は答えられなかった。
 オークの肉だけではなく、ドロップアイテムになっている肉は”隠れスキル”を得られる可能性が高い。鑑定で見なければわからない上に、使い方の説明がない場合が多い。そのために、ギルドでは公表はしていない。安全性の確認も出来ていない。しかし、オークの肉を食べるチャレンジャーは世界に多い。オーク肉を調理して食べる動画をアップする者も居る。

 榑谷と里見は、お互いの顔を見て、大きく息を吐き出すだけに止めた。