オディールはホッと胸をなでおろす。
やはり少女はただものではなかった。五十六億年が本当かどうかは分からないが、少なくとも女神よりはるかに危険な匂いを感じる。
静まり返る世界樹の空間に一人取り残されたオディールは、大きく深呼吸を繰り返すともう一度世界樹を眺めてみる。
華やかに咲くピンクの花々は、キラキラと輝く光の微粒子を振りまきながら穏やかに揺れ、夜空の星々と共に息を呑むような幻想的な光景を創り出していた。
それは命の輝きそのものであり、全宇宙のそれこそ数百兆、数千兆人の命が今ここで輝きとなって宇宙を照らしている。
美しい……。
オディールはその荘厳な輝きを前に、知らぬ間に涙がこぼれていた。
世界樹の煌めきは全宇宙で一番尊い輝きとなってオディールの心に染みこんでいく。
無意識のうちに指を伸ばしていたオディールは、自分の地球の花びらにそっと触れる。
その刹那、脳髄に流れこんでくる膨大な星の記憶……。セントラルや王都の映像、農業に勤しむ人々、運河を進んで行く水夫たち、そして愛を語る恋人たちの姿が、一気に脳内に押し寄せる。
おわぁぁぁぁ……。
何億人ものエネルギーに満ちた活動の記録がそのままオディールを貫き、反動でオディールは宙を舞った。
くるりくるりと宇宙空間をゆったりと舞うオディールは、心が喜びに満ち溢れてくるのを感じていた。命の営み、その一つ一つは些細な取るに足らない小さな活動であっても、それが家族や社会を構成し、億人単位となって動くとき、それは一つの生命体のように文化や文明を創造し、躍動しながら宇宙に輝きを放つのだ。
それは心の奥底に響く、限りなく尊い輝きだった。
◇
しばらく漂っていたオディールは、ふと思い立ち、世界樹の根元へと降り立つ。この宇宙の根源に興味が湧いたのだ。
この連綿と続く宇宙の尊い営み。それは何から始まったのだろうか?
物理学者が『ビッグバンから始まった』と推定したこの宇宙の始まり、実際には何だったのだろう?
世界樹の一番の根元、根源には虹色に光る球があった。それはもはや星ではなく、ただのエネルギーの塊のようにも見える。
「こ、これは……?」
恐る恐る手を伸ばしてみるオディール。触ってはいけないと言われたものの、どうしても好奇心を押さえられなかった。何しろこの宇宙の根源が目の前にあるのだ。
『この世界は何なのか? どうやって始まったのか?』そんな究極の問いの答えが目の前にある。こんなチャンスはもう二度と来ないに違いない。
そろそろと伸ばす人差し指が虹色の輝きに触れた瞬間だった。激烈な閃光が放たれ、オディールはまばゆい光の中へと溶けていく。
ぐわぁぁぁ!
オディールはあっという間に光と影の空間へとふき飛ばされていった。
◇
気が付けばそこは暗黒の世界――――。
見渡す限り暗黒が広がるその世界で、遠くの方で何かが妖しく煌めいている。
オディールは徐々にその煌めきの方へと引き寄せられていった。
「な、なんだあれは……?」
目を凝らして見ればそれは激しいエネルギーの奔流だった。
莫大なエネルギーの奔流が行き場を失って円盤状にグルグルと渦巻き、時にパリパリと稲妻を纏いながら闇の中に浮いている。
「これが宇宙の根源……?」
すさまじいエネルギーの波動におののきながらオディールは眉をひそめた。
さらに近づいて行くと、その円盤の中心には漆黒の球体があることに気づく。
その球体はものすごい力で周囲のあらゆる物を飲みこみ続けている。
近づくものは輝きを放ちながら漆黒の球のそばでバラバラに分解され、球の周りを数回転するうちに光の雲となって次々と吸い込まれていく。吸い込まれる刹那、断末魔の叫びのようにパリパリと青紫のスパークを辺りに放った。
よく見ると球体の周りは空間がゆがんでおり、周辺がいびつに見えている。
「一体これは……?」
オディールはその地獄のような恐るべき世界にブルっと身震いをする。この悪夢のような世界のどこに何千兆人もの生命を育む土台があるのだろうか?
オディールが困惑し、冷や汗を流しながら眺めていると、いきなりパリパリっと漆黒の球の周りに稲妻が走った。
え?
刹那、漆黒の球が大爆発を起こし、激しい閃光がオディールを貫く。
ぐはぁ!
その限りないエネルギーの奔流に吹き飛ばされていくオディール。
膨大なエネルギーがオディールの身体を無数に突き抜け、激しい衝撃を与え続ける。
ぐぉぉぉぉ!
そのとてつもないエネルギーの襲撃にオディールは意識を持っていかれそうになった。
一瞬でも隙を作ったら自我が崩壊しそうな衝撃に耐え続けるオディール。
くぅぅぅ……。
必死に耐え続けるオディールだったが、やがて体を突き抜け続けていくエネルギーがただのエネルギーではなく、無数の長い虹色のリボンによって構成されていることに気が付いた。
次から次へと吹っ飛ぶように伸びてくる大量の虹色のリボン。それらはオディールの身体を貫き、腕を、のどを、眉間を貫いていく。
ぐぉぉぉ……。
貫かれるたびに何らかの概念が膨大に流れ込んでくるが、あまりに多すぎてパンクし、もう何も考えられなくなってついに気を失った。
オディールは激しい爆発の続く中、広大な宇宙空間をリボンに貫かれながら漂っていく。
どれくらい時間が経っただろうか、徐々に爆発が落ち着いてきて、オディールにも意識が戻ってくる。
あ、あぁ……。
オディールが目を開けると虹色に輝くリボンが何本も目の前に伸びていくのが見えた。
一体これは何なのだろう? わけのわからないオディールはリボンをじっと見つめた。すると、リボンの表面には何か微細なものがチカチカと動いていることに気が付いた。
な、何……?
オディールはリボンに近づき、表面を観察して驚く。それは無数の1と0の数字だったのだ。そう、リボンとは赤青緑に輝く1と0の集合体でできていた。そしてその数字は高速にチラチラと書き換わり、何らかの【演算】を行っているように見える。
こ、これは……?
慌ててオディールは周りに伸びているリボンも確認してみた。するとそこでも無数の数字が高速に書き換わっている。
オディールはその数字の無数の書き換わりを眺めているうちにそれらにリズムがあることに気が付いた。赤色の数字には赤色のリズム、青色、緑色にはまた別のリズム、それらが気持ちよく大宇宙に虹色の光を放っている。それは光のオーケストラのようにも見えた。
その美しさに見とれ、オディールはリボンの一つに触れてみる。すると、その数字の表している情報が映像となって脳内に流れ込んできた。それは大森林であり、広大な海であり、大自然あふれる惑星だったのだ。
ここでオディールはようやく宇宙の根源とは何かに気が付く。宇宙の根源とは情報の大爆発、デジタル・ビッグバンだったのだ。宇宙を埋め尽くす1と0の数字たち、それらは相互に何らかの関係を持ち、まるで歌を歌うように気持ちよく書き換わり、結果として何らかの演算に繋がっている。
それらの演算の結果生まれたのがデジタルな生命だった。この生命がデジタルのリボンの中で表現された惑星で何十億年もかかって進化を繰り返し、ある日、知的生命体となって覚醒する。そして覚醒した生命体は長い年月を世代交代を繰り返しながら文化文明を実現していく。ただ、リボンの内部の生命体から見たら地球のような惑星で暮らし、繁栄しているだけに見えるのだろう。
外から見たら1と0の長大なリボン、中から見たら大宇宙に浮かぶ三次元空間、これがオディールの住む世界だったのだ。
「そんな馬鹿な……」
宇宙という三次元空間があって、その中で生まれた惑星の中で何億年もの化学反応の末に生命は生まれる。根源にはそんな素朴な宇宙が広がっているのだろうと期待していたオディールだったが、宇宙は徹頭徹尾デジタルだった。1と0が美しく舞う世界、それが本当の宇宙の根源だったのだ。そして、その演算の果てにオディール自身も生まれ、今この瞬間も生きている。
もちろん、リボンの内部は素朴な宇宙ではあるのだが、それはあくまでもデジタルの演算の結果に過ぎなかった。
『世界は情報でできている……』
天使の言った言葉がオディールの頭に響く。
オディールは宇宙の根源に触れ、その壮大な宇宙と生命の営みに圧倒された。
やはり少女はただものではなかった。五十六億年が本当かどうかは分からないが、少なくとも女神よりはるかに危険な匂いを感じる。
静まり返る世界樹の空間に一人取り残されたオディールは、大きく深呼吸を繰り返すともう一度世界樹を眺めてみる。
華やかに咲くピンクの花々は、キラキラと輝く光の微粒子を振りまきながら穏やかに揺れ、夜空の星々と共に息を呑むような幻想的な光景を創り出していた。
それは命の輝きそのものであり、全宇宙のそれこそ数百兆、数千兆人の命が今ここで輝きとなって宇宙を照らしている。
美しい……。
オディールはその荘厳な輝きを前に、知らぬ間に涙がこぼれていた。
世界樹の煌めきは全宇宙で一番尊い輝きとなってオディールの心に染みこんでいく。
無意識のうちに指を伸ばしていたオディールは、自分の地球の花びらにそっと触れる。
その刹那、脳髄に流れこんでくる膨大な星の記憶……。セントラルや王都の映像、農業に勤しむ人々、運河を進んで行く水夫たち、そして愛を語る恋人たちの姿が、一気に脳内に押し寄せる。
おわぁぁぁぁ……。
何億人ものエネルギーに満ちた活動の記録がそのままオディールを貫き、反動でオディールは宙を舞った。
くるりくるりと宇宙空間をゆったりと舞うオディールは、心が喜びに満ち溢れてくるのを感じていた。命の営み、その一つ一つは些細な取るに足らない小さな活動であっても、それが家族や社会を構成し、億人単位となって動くとき、それは一つの生命体のように文化や文明を創造し、躍動しながら宇宙に輝きを放つのだ。
それは心の奥底に響く、限りなく尊い輝きだった。
◇
しばらく漂っていたオディールは、ふと思い立ち、世界樹の根元へと降り立つ。この宇宙の根源に興味が湧いたのだ。
この連綿と続く宇宙の尊い営み。それは何から始まったのだろうか?
物理学者が『ビッグバンから始まった』と推定したこの宇宙の始まり、実際には何だったのだろう?
世界樹の一番の根元、根源には虹色に光る球があった。それはもはや星ではなく、ただのエネルギーの塊のようにも見える。
「こ、これは……?」
恐る恐る手を伸ばしてみるオディール。触ってはいけないと言われたものの、どうしても好奇心を押さえられなかった。何しろこの宇宙の根源が目の前にあるのだ。
『この世界は何なのか? どうやって始まったのか?』そんな究極の問いの答えが目の前にある。こんなチャンスはもう二度と来ないに違いない。
そろそろと伸ばす人差し指が虹色の輝きに触れた瞬間だった。激烈な閃光が放たれ、オディールはまばゆい光の中へと溶けていく。
ぐわぁぁぁ!
オディールはあっという間に光と影の空間へとふき飛ばされていった。
◇
気が付けばそこは暗黒の世界――――。
見渡す限り暗黒が広がるその世界で、遠くの方で何かが妖しく煌めいている。
オディールは徐々にその煌めきの方へと引き寄せられていった。
「な、なんだあれは……?」
目を凝らして見ればそれは激しいエネルギーの奔流だった。
莫大なエネルギーの奔流が行き場を失って円盤状にグルグルと渦巻き、時にパリパリと稲妻を纏いながら闇の中に浮いている。
「これが宇宙の根源……?」
すさまじいエネルギーの波動におののきながらオディールは眉をひそめた。
さらに近づいて行くと、その円盤の中心には漆黒の球体があることに気づく。
その球体はものすごい力で周囲のあらゆる物を飲みこみ続けている。
近づくものは輝きを放ちながら漆黒の球のそばでバラバラに分解され、球の周りを数回転するうちに光の雲となって次々と吸い込まれていく。吸い込まれる刹那、断末魔の叫びのようにパリパリと青紫のスパークを辺りに放った。
よく見ると球体の周りは空間がゆがんでおり、周辺がいびつに見えている。
「一体これは……?」
オディールはその地獄のような恐るべき世界にブルっと身震いをする。この悪夢のような世界のどこに何千兆人もの生命を育む土台があるのだろうか?
オディールが困惑し、冷や汗を流しながら眺めていると、いきなりパリパリっと漆黒の球の周りに稲妻が走った。
え?
刹那、漆黒の球が大爆発を起こし、激しい閃光がオディールを貫く。
ぐはぁ!
その限りないエネルギーの奔流に吹き飛ばされていくオディール。
膨大なエネルギーがオディールの身体を無数に突き抜け、激しい衝撃を与え続ける。
ぐぉぉぉぉ!
そのとてつもないエネルギーの襲撃にオディールは意識を持っていかれそうになった。
一瞬でも隙を作ったら自我が崩壊しそうな衝撃に耐え続けるオディール。
くぅぅぅ……。
必死に耐え続けるオディールだったが、やがて体を突き抜け続けていくエネルギーがただのエネルギーではなく、無数の長い虹色のリボンによって構成されていることに気が付いた。
次から次へと吹っ飛ぶように伸びてくる大量の虹色のリボン。それらはオディールの身体を貫き、腕を、のどを、眉間を貫いていく。
ぐぉぉぉ……。
貫かれるたびに何らかの概念が膨大に流れ込んでくるが、あまりに多すぎてパンクし、もう何も考えられなくなってついに気を失った。
オディールは激しい爆発の続く中、広大な宇宙空間をリボンに貫かれながら漂っていく。
どれくらい時間が経っただろうか、徐々に爆発が落ち着いてきて、オディールにも意識が戻ってくる。
あ、あぁ……。
オディールが目を開けると虹色に輝くリボンが何本も目の前に伸びていくのが見えた。
一体これは何なのだろう? わけのわからないオディールはリボンをじっと見つめた。すると、リボンの表面には何か微細なものがチカチカと動いていることに気が付いた。
な、何……?
オディールはリボンに近づき、表面を観察して驚く。それは無数の1と0の数字だったのだ。そう、リボンとは赤青緑に輝く1と0の集合体でできていた。そしてその数字は高速にチラチラと書き換わり、何らかの【演算】を行っているように見える。
こ、これは……?
慌ててオディールは周りに伸びているリボンも確認してみた。するとそこでも無数の数字が高速に書き換わっている。
オディールはその数字の無数の書き換わりを眺めているうちにそれらにリズムがあることに気が付いた。赤色の数字には赤色のリズム、青色、緑色にはまた別のリズム、それらが気持ちよく大宇宙に虹色の光を放っている。それは光のオーケストラのようにも見えた。
その美しさに見とれ、オディールはリボンの一つに触れてみる。すると、その数字の表している情報が映像となって脳内に流れ込んできた。それは大森林であり、広大な海であり、大自然あふれる惑星だったのだ。
ここでオディールはようやく宇宙の根源とは何かに気が付く。宇宙の根源とは情報の大爆発、デジタル・ビッグバンだったのだ。宇宙を埋め尽くす1と0の数字たち、それらは相互に何らかの関係を持ち、まるで歌を歌うように気持ちよく書き換わり、結果として何らかの演算に繋がっている。
それらの演算の結果生まれたのがデジタルな生命だった。この生命がデジタルのリボンの中で表現された惑星で何十億年もかかって進化を繰り返し、ある日、知的生命体となって覚醒する。そして覚醒した生命体は長い年月を世代交代を繰り返しながら文化文明を実現していく。ただ、リボンの内部の生命体から見たら地球のような惑星で暮らし、繁栄しているだけに見えるのだろう。
外から見たら1と0の長大なリボン、中から見たら大宇宙に浮かぶ三次元空間、これがオディールの住む世界だったのだ。
「そんな馬鹿な……」
宇宙という三次元空間があって、その中で生まれた惑星の中で何億年もの化学反応の末に生命は生まれる。根源にはそんな素朴な宇宙が広がっているのだろうと期待していたオディールだったが、宇宙は徹頭徹尾デジタルだった。1と0が美しく舞う世界、それが本当の宇宙の根源だったのだ。そして、その演算の果てにオディール自身も生まれ、今この瞬間も生きている。
もちろん、リボンの内部は素朴な宇宙ではあるのだが、それはあくまでもデジタルの演算の結果に過ぎなかった。
『世界は情報でできている……』
天使の言った言葉がオディールの頭に響く。
オディールは宇宙の根源に触れ、その壮大な宇宙と生命の営みに圧倒された。