「ここはどこだ?」

 瞬きを終えた時には、グラムはすでに自宅とは異なる場所へと飛ばされていた。
 辺りは薄暗く視界が悪い。朽ちた木材の臭いや黴臭さから、古びた建物の中にいるような印象だ。
 目が慣れてくると、同じ空間には数名の女性らしき人影が存在することが分かった。その内の一人、小柄な少女のシルエットがグラムへと近寄ってくる。

「神様に祈ったら……へ、変態さんが現れました!」

 緑色のフードを被った銀髪の少女が、長身のグラムを何度も、味わい深い困惑顔で見上げていた。
 心の中で助けを求めた瞬間、突如として眩い光と共に現れた一人の男性。救世主は白馬に乗った王子様かと思いきや、実際にはパンツ一丁の大柄な男が一人。困惑するのも当然だ。

「きゃああああああああああ」
「だ、誰よ、あんた!」
「シグリちゃん。危ないから早く離れなさい!」

 女性達から悲鳴と怒声が飛び交い、グラムは困惑気味に当たりを見渡す。どうやらこの空間は広い牢屋のようで、シグリと呼ばれた銀髪の小柄な少女を含め、10名の若い女性が囚われていた。服装などから察するに、全員が素朴な村娘といった印象だ。

「混乱する気持ちは分かるが一度落ち着いてくれ。混乱しているのは俺も同じだ」

 変態呼ばわりされるのは心外だが、女性だけの牢獄に突然パンツ一丁の男が現れたなら、このような反応となってしまうのも仕方がない。それよりもまず確認しないといけないことがある。

「助けを求めたのは君か?」

 パンツ一丁のグラムが膝を折って。銀髪の少女シグリと目線を合わせる。ワープ直前に脳内に響いた少女の声は、間違いなくシグリのものであった。
 外見から察するにシグリの年齢は12~13歳といったところ。銀色の長髪と澄んだ青眼、色白な肌が印象的だが、直近では手入れをする機会に恵まれていないらしく、髪は痛み、頬はやや煤けている。
 ブラウスやプルオーバーを纏った他の女性達とは異なり、シグリは襤褸切れのようになった灰色のトップスの上から緑色の古びたローブを纏い、頭は目深に被ったフードで覆われている。

「私の声が聞こえたのですか?」

 シグリの表情は、困惑から好奇へと変わっていた。グラムから発せられた答えは、外見が間抜けなことを除けば、彼こそが救世主であると確信するには十分な説得力を持つ。

「聞こえた。君の名前は?」
「シグリです」
「ではシグリ、俺は何から君を救えばいい?」

 唐突に発現したユニークスキルと、それに伴うまったく異なる場所へのワープ。置かれた状況は今だに把握出来ていないが、今はそんなことはどうでもいい。助けを求める少女が目の前にいる。グラムの中の正義感が何よりも優先するのは、全力でその想いに応えることだけだ。

「皆さんをここから助け出してあげてください」

 グラムの手を握り、シグリは目を伏せて懇願した。パンツ一丁の変質者の登場に当初は困惑していた周りの女性達も、真剣なシグリの姿を前に、口を挟まずに状況を静観している。

「思いには全力で応えよう。一つ確認させてもらいたいが、君達は今どういった状況に陥っているんだ?」
「それについては私がご説明いたします」

 キリッとした表情の、黒髪ロングの女性が名乗りを上げる。少女のシグリでは上手く説明しきれない部分もあるだろうと考えての判断だ。グラムのことを完全に信用したわけではないが、幼い少女に目線を合わせ、しっかりとその言葉に耳を傾ける真摯な姿勢にはとても好感が持てた。これでパンツ一丁でなければと、誰もがそう思ったことであろう。

「ここは盗賊団のアジトの中です。一帯を縄張りとする盗賊団の主たる生業は人攫い。私達は、近隣の村々から攫われてきました」
「ニブルアースの脅威が去ったことで蛮族どもが活気づく。皮肉な状況はどこも同じか」

 世界滅亡の危機よりも、平和の世の方が蛮行を働きやすい。戦争が終結後、盗賊による犯罪が各地で横行するようになってしまっている。

「聞きにくい話しだがその、ここに連れてこられてから、盗賊達に酷い扱いを受けたことは?」
「幸運にも今のところは誰も。盗賊達のやり取りから察するに、贔屓にしている人買いとの契約により、その……商談前に商品に手を出すことを固く禁じられているとか」

 屈辱に表情を歪め、黒髪の女性は声を震わせる。説明のためとはいえ、自分達を商品に例えねばならぬ状況に怒りを覚えているのだろう。

「事情はだいたい把握した。ここから先は俺に任せてくれ」

 深く頷くとグラムはシグリへと視線を戻し、微笑みを浮かべて頭を優しく撫でた。

「このぐらいなら余裕か」

 景気づけに首を鳴らすと、グラムは金属製の檻を軽く握った。古びてはいるが、牢としての強度は十分に有している。扉はしっかりと施錠されており、鍵無しで出入りすることは困難だ。

「どうするおつもりですか?」
「力技でぶち破る」
「そんなの無茶です」
「まあ見てなって」

 グラムは躊躇なく右の拳を引き、牢屋の扉目掛けて強烈な正拳突きを繰り出した。悪戯に拳を傷めるだけだと、誰もが直視を恐れて目を瞑る。

「きゃっ!」

 グラムの拳が扉と接触した瞬間に発生したすさまじい衝撃波と土煙に、小柄なシグリは身を竦めて短い悲鳴を上げた。轟音と共に扉部分が牢から吹き飛び、奥の石造りの壁面へと衝突する。外界との接触を断つ仕切りが無くなり、牢屋は牢屋としての機能を失った。

「……拳一つで扉を壊した?」
「凄い! 凄いです!」

 唖然とする女性たちをよそに、シグリだけはグラムの強靭さに感激し、心底嬉しそうにその場で飛び跳ねていた。見た目はどうあれ、突如現れたグラムは間違いなく救世主であった。