「マックス殿が氷結戦争に参加していたことは私も知っていたが、まさかグラム殿が戦友であったとは。それも勇者級。失礼ながら、現在のレベルはおいくつだ?」

 マックスとの思い出話が一段落したところで、クリムヒルデが純粋な興味で質問する。命の危機を救ってくれた恩人に対する感謝の念とは別に、一人の武人として、氷結戦争で活躍した勇者グラムという存在に対する好奇心が強まっていた。

「現在のレベルは85だ。事実上これで打ち止めだろうが」

 氷魔軍の脅威が去った今、高レベルの者がレベルアップに必要な経験値を得る機会は皆無。グラムは現在のレベル85が自分の事実上の到達点であると考えている。むしろ、そうであってほしい。
 高みを求める戦士の気持ちが理解出来る一方で、複数の英雄や勇者が誕生する状況というのは、世界レベルの災厄が起こっている時期に他ならない。グラムの成長が止まっているということは、今現在、世界に大きな危機は訪れていないということでもある。世界の安寧が続くならばそれに越したことはない。

「85!」

 まさに絶句。日常では、否、戦渦でも滅多にお目にかかることはないであろうグラムの高レベルを受け、クリムヒルデや周りの騎士達は驚きのあまり表情が強張っている。唯一グラムの存在を知り得ていたオスカルもまた、現在のグラムのレベルを聞いた瞬間には驚きのあまり、グラムの方を思わず二度見してしまっていた。
 オスカルが聞き及んでいたグラムのレベルは、伯父マックスがグラムと同じ部隊に所属していた時点でのレベル60前後。この時点ですでに勇者級だが、そこからさらにレベルを上げ、英雄級も目前に達していたという事実には驚きを禁じ得ない。

「グラム殿のお力を借りられるのはとても心強いが、本当によろしいのか?」

 命を救ってくれたグラムには感謝しているし信頼もしている。
 レベル85の勇者級の力を借りられるならばこれ程心強いことはない。しかし一方で、グラムが氷結戦争で活躍した勇者であると分かったことで新たな懸念が生まれる。

「地方とはいえ、一貴族の家督問題に関わることで、グラム殿自身のお立場に不利益が生じる可能性はないのか? 厚意は素直に受け取るべきだと思う一方で、恩人だからこそ迷惑をかけたくないという思いもあるのだ」

 英雄級には及ばぬとはいえ、レベル80台の勇者ともなれば、各地で重役に就いている可能性が高い。立場ある者がよその地域の問題に関われば、本人の意志はどうあれ周囲から反感を持たれる可能性は高い。グラムの介入なしに現状を覆すことは難しいが、だからといって恩人にこれ以上の迷惑をかけるような真似は、騎士としては選びかねる。

「まあ、問題無いだろう」

 クリムヒルデの懸念とは裏腹に、グラムはあっさりと即答する。
 当初は騎士が相手だったこともあり、政治的背景を気にして控えめな行動に留めていたが、相手が体制を揺るがす反抗勢力と分かった今なら、多少は暴れても大丈夫だろうとグラムは判断した。素性がばれないように注意しつつ、戦闘も不殺に留めれば大きな問題にはならないだろう。
 エックハルト家としても、内紛の鎮圧は外部の協力ではなく、自分達だけの力で達成したという形の方が政治的に好都合のはず。態々グラムの存在を吹聴するような真似はすまい。

「ず、随分と軽いな。私達に気を遣う必要はないのだぞ?」
「気を遣うも何も、今の俺は隠居したただの一般人で立場なんてものはない。もちろん、所属先のフェンサリル領には事前に報告はしておくが、正義のためならば駄目だとは言われないだろう」
「グラム殿がそう仰るならば、これ以上遠慮するのは無礼というものだな。ありがたくグラム殿お力を拝借させて頂く」

 クリムヒルデを筆頭に、周辺の騎士達が次々と深々と頭を下げる。クリムヒルデ一人でさえ申し訳なかったのに、数倍の人数に頭を下げられては流石に恐縮してしまう。

「いいから頭を上げてくれ。俺が勝手に首を突っ込んでいるだけなんだから」

 苦笑顔で促すと、ドミノ倒しを逆再生するかのように、騎士達が次々と頭を上げていく。

「先ずは作戦を考えようか」
「それならば私に良い考えがある。エックハルト邸には、外部と繋がる地下道があってな」

 グラムとクリムヒルデを中心として、エックハルト邸奪還作戦の計画が話し合われることとなった。