閉店後、王城で夕食をいただき、カカオの森ですねこすりたちをなでて遊んでいると、突然目の前に瑠璃が現れた。
「穂香さん、白様がお話をしたいそうなんですけど、これからお部屋にいってもいいですか?ここだといつ青王様に見つかるかわからないですから」
「白様が?...まぁたしかに青王様がいるとゆっくりお話できないかも。それじゃあ先に帰っているから厨房のほうに来てね」
「わかりました」
すねこすりたちに「またね」と声をかけ伏見に帰り、厨房でお茶の準備をしていると、背中でなにかがゴソゴソと動いた。
「えっ、なに?!」
いそいでパーカーを脱ぐと、フードの中から一匹のすねこすりがぴょこんと顔を出した。
「あれ?なんで?」
そっと抱き上げると、すねこすりはきょとんとした顔でこちらを見つめている。どうやらフードの中で遊んでいるうちに眠ってしまったようだ。
普通の動物を厨房に入れることはできないけれど、この子たちはもふもふなのに毛が抜けたりしないから、まあいいかな...
「こんばんは穂香さん。こんな時間にすまないね」
「いえ、大丈夫ですよ」
「あれ?その子どうしたんですか?」
「フードの中で寝てたみたい。気づかなくて連れてきちゃった」
ササッと紅茶を淹れた瑠璃が「お話のあいだ、わたしが抱いてますね」と私の腕の中からそっと受け取った。
「白様、なにかありましたか?」
「穂香さんに少しお願いがあってね。茜のことなんだが...空良妃がいなくなってからずっと、表では明るく振る舞っていても、やっぱりどこか寂しそうだったんだ。でも穂香さんが来てから毎日とても活き活きと心から楽しそうにしている。もし穂香さんがよければ、茜にお菓子作りの手伝いをさせてやってもらえないだろうか」
「あの、私、白様と茜様にあの頃と同じように接してもらえて、帰ってきたんだなぁって感じがして、本当に嬉しかったんです。茜様とお料理をするのだってとても楽しくて。だから...ありがとうございます。私から茜様にお手伝いのお願いしてみますね」
「よかった、頼んだよ。それと、青王のことなんだけどね。彼は王位を継いでからこれまで王妃なしで一人で京陽を守ってきた。周りに弱みを見せず、寂しさを紛らわすため仕事に没頭し、わたしたちを含め城内の妖ともあまり会話をしない。そんな彼を見ているのが辛かった。だけどある時から様子が変わったんだ。顔つきがやさしくなったというか...きっとその頃こちらの世界で穂香さんを見つけたんだろうな」
「白様、青王様は私のことを絶対に守ると言ってくれました。私ももう青王様から離れないとお約束したんです。だからこれからは青王様が笑顔でいられるように、わたしがそばで支えていきます」
白様は涙を浮かべ「ありがとう」と何度も頭を下げた。自身も辛い思いをしながら、ずっと茜様を支え青王様の心配をしてきた白様は、やっとあの頃と同じやさしい笑顔を見せてくれた。
それから二日後、またオーナーがやって来た。
「このチョコ、やっぱりチュアオだよね?ねぇ、どこから仕入れてるのか教えてよ」
「企業秘密なので...」
「それじゃあやっぱりうちの店に来てよ。ここより東京のほうが客も多いし、君の腕があればすぐに人気店になれるからさ」
これ以上拒否を続けたらまた怒鳴られる。そう思うと声も出せなくなっていた私の隣に青王様がやってきて「そろそろ追い払おう」と耳元でささやきギュッと手を握った。
「ほかのお客様のご迷惑になりますから」
青王様はオーナーに向かってそう言うと、人差し指を唇に当てフーッと息を吐いた。するとオーナーは「あれ?ここどこだ?」と店内をキョロキョロと見回し始めた。
「お客様。なにかありましたか?」
「あ、いや...」
「出口はあちらですよ」
オーナーは「おじゃましました」と、青王様が指差すほうへ向かっていき、ドアの前で「駅ってどっちですか?」と振り向いた。
青王様も外に出ていき、駅までの道のりを説明しているようだ。
二人をボーッと眺めていると、厨房から出てきた瑠璃が「大丈夫ですか」と背中をさすってくれた。
「あ、ごめん大丈夫」
「お客様、待ってますよ」
気づくと会計待ちのお客様が数名、心配そうな顔でこちらを見ている。
「すみません、おまたせしました」
瑠璃と手分けをして接客をしていると、戻ってきた青王様が「ちょっと王城に戻るよ」と言い残し厨房の奥へ入っていった。
チョコレートもケーキも完売したため少し早めに閉店し片付けをしているところへ、青王様がやってきて真剣な顔で一言。
「穂香、これから引っ越しておいで」
「え......こ、これから?!」
一瞬なにを言われたのか理解できなかった。
「明日は休みだろう?機材は揃ったから一緒に厨房の整備をしよう」
本当は明日、青王様を誘ってお出かけしようと思っていたんだけど...
「わかりました。それではここの厨房のお掃除、お手伝いしてくださいね」
「もちろんなんでも手伝うよ!」
すると瑠璃が「掃除はわたしたちでやりますから、穂香さんはお部屋の片付けをしたらどうでしょう」と提案してくれた。
「そうね。そのほうが早くお引っ越しの準備ができるわね」
「この箱を使うといい。掃除が終わったら手伝いにいくよ」そう言って、組み立て前の段ボール箱をいくつかと粘着テープを渡してきた。
「とりあえずすぐに使う物だけでいいかな」
いつでも簡単に戻って来られるし、一度に全部持っていかなくても困らない。
あっという間に荷造りは終わり、部屋の掃除も終わるころ青王様たちがやってきた。
「穂香、厨房のほうは終わったよ。なにか手伝うことはあるかい?」
「お疲れ様でした。私のほうもこれで終わりです」
「うん。穂香は空良の部屋とわたしの隣の部屋、どちらを使いたい?どちらもすぐに使えるようにしてあるから、好きなほうへ移動するといい」
私は今まで空良の部屋でいいと思っていた。でも、やっぱり青王様の隣の部屋を使わせてもらうことにした。
「わかりました。それではいきますね」
「うわぁすごい!素敵です!」
木目が美しい家具で統一されたその部屋は、あたたかな空気に包まれたホッと落ちつく場所だった。
「気に入ってもらえたかな。穂香がゆっくりできるようにと、母上が一緒に整えてくれたんだ。まぁ穂香がこの部屋を選んでくれるかはわからなかったが」
「ありがとうございます。空良の部屋にはお着物もたくさんありますし、大切な物を置く場所として使わせてください」
「どちらの部屋も穂香の好きなように使うといいよ」
「さあさあ青王様、穂香さんも、そろそろダイニングにいきましょう。茜様が夕食の準備をしてくれてますから」
「あら~穂香ちゃんいらっしゃい!お部屋はどうだった?これからここが穂香ちゃんの家だからね。なにかあったらすぐにわたしに相談してね!」
「茜様、素敵なお部屋を準備していただいてありがとうございます。これからよろしくお願いします」
「穂香ちゃん、おかえりなさい」
茜様は「うれしいわ」と私をそっと抱きしめ背中をポンポンとなでた。
「穂香さん、白様がお話をしたいそうなんですけど、これからお部屋にいってもいいですか?ここだといつ青王様に見つかるかわからないですから」
「白様が?...まぁたしかに青王様がいるとゆっくりお話できないかも。それじゃあ先に帰っているから厨房のほうに来てね」
「わかりました」
すねこすりたちに「またね」と声をかけ伏見に帰り、厨房でお茶の準備をしていると、背中でなにかがゴソゴソと動いた。
「えっ、なに?!」
いそいでパーカーを脱ぐと、フードの中から一匹のすねこすりがぴょこんと顔を出した。
「あれ?なんで?」
そっと抱き上げると、すねこすりはきょとんとした顔でこちらを見つめている。どうやらフードの中で遊んでいるうちに眠ってしまったようだ。
普通の動物を厨房に入れることはできないけれど、この子たちはもふもふなのに毛が抜けたりしないから、まあいいかな...
「こんばんは穂香さん。こんな時間にすまないね」
「いえ、大丈夫ですよ」
「あれ?その子どうしたんですか?」
「フードの中で寝てたみたい。気づかなくて連れてきちゃった」
ササッと紅茶を淹れた瑠璃が「お話のあいだ、わたしが抱いてますね」と私の腕の中からそっと受け取った。
「白様、なにかありましたか?」
「穂香さんに少しお願いがあってね。茜のことなんだが...空良妃がいなくなってからずっと、表では明るく振る舞っていても、やっぱりどこか寂しそうだったんだ。でも穂香さんが来てから毎日とても活き活きと心から楽しそうにしている。もし穂香さんがよければ、茜にお菓子作りの手伝いをさせてやってもらえないだろうか」
「あの、私、白様と茜様にあの頃と同じように接してもらえて、帰ってきたんだなぁって感じがして、本当に嬉しかったんです。茜様とお料理をするのだってとても楽しくて。だから...ありがとうございます。私から茜様にお手伝いのお願いしてみますね」
「よかった、頼んだよ。それと、青王のことなんだけどね。彼は王位を継いでからこれまで王妃なしで一人で京陽を守ってきた。周りに弱みを見せず、寂しさを紛らわすため仕事に没頭し、わたしたちを含め城内の妖ともあまり会話をしない。そんな彼を見ているのが辛かった。だけどある時から様子が変わったんだ。顔つきがやさしくなったというか...きっとその頃こちらの世界で穂香さんを見つけたんだろうな」
「白様、青王様は私のことを絶対に守ると言ってくれました。私ももう青王様から離れないとお約束したんです。だからこれからは青王様が笑顔でいられるように、わたしがそばで支えていきます」
白様は涙を浮かべ「ありがとう」と何度も頭を下げた。自身も辛い思いをしながら、ずっと茜様を支え青王様の心配をしてきた白様は、やっとあの頃と同じやさしい笑顔を見せてくれた。
それから二日後、またオーナーがやって来た。
「このチョコ、やっぱりチュアオだよね?ねぇ、どこから仕入れてるのか教えてよ」
「企業秘密なので...」
「それじゃあやっぱりうちの店に来てよ。ここより東京のほうが客も多いし、君の腕があればすぐに人気店になれるからさ」
これ以上拒否を続けたらまた怒鳴られる。そう思うと声も出せなくなっていた私の隣に青王様がやってきて「そろそろ追い払おう」と耳元でささやきギュッと手を握った。
「ほかのお客様のご迷惑になりますから」
青王様はオーナーに向かってそう言うと、人差し指を唇に当てフーッと息を吐いた。するとオーナーは「あれ?ここどこだ?」と店内をキョロキョロと見回し始めた。
「お客様。なにかありましたか?」
「あ、いや...」
「出口はあちらですよ」
オーナーは「おじゃましました」と、青王様が指差すほうへ向かっていき、ドアの前で「駅ってどっちですか?」と振り向いた。
青王様も外に出ていき、駅までの道のりを説明しているようだ。
二人をボーッと眺めていると、厨房から出てきた瑠璃が「大丈夫ですか」と背中をさすってくれた。
「あ、ごめん大丈夫」
「お客様、待ってますよ」
気づくと会計待ちのお客様が数名、心配そうな顔でこちらを見ている。
「すみません、おまたせしました」
瑠璃と手分けをして接客をしていると、戻ってきた青王様が「ちょっと王城に戻るよ」と言い残し厨房の奥へ入っていった。
チョコレートもケーキも完売したため少し早めに閉店し片付けをしているところへ、青王様がやってきて真剣な顔で一言。
「穂香、これから引っ越しておいで」
「え......こ、これから?!」
一瞬なにを言われたのか理解できなかった。
「明日は休みだろう?機材は揃ったから一緒に厨房の整備をしよう」
本当は明日、青王様を誘ってお出かけしようと思っていたんだけど...
「わかりました。それではここの厨房のお掃除、お手伝いしてくださいね」
「もちろんなんでも手伝うよ!」
すると瑠璃が「掃除はわたしたちでやりますから、穂香さんはお部屋の片付けをしたらどうでしょう」と提案してくれた。
「そうね。そのほうが早くお引っ越しの準備ができるわね」
「この箱を使うといい。掃除が終わったら手伝いにいくよ」そう言って、組み立て前の段ボール箱をいくつかと粘着テープを渡してきた。
「とりあえずすぐに使う物だけでいいかな」
いつでも簡単に戻って来られるし、一度に全部持っていかなくても困らない。
あっという間に荷造りは終わり、部屋の掃除も終わるころ青王様たちがやってきた。
「穂香、厨房のほうは終わったよ。なにか手伝うことはあるかい?」
「お疲れ様でした。私のほうもこれで終わりです」
「うん。穂香は空良の部屋とわたしの隣の部屋、どちらを使いたい?どちらもすぐに使えるようにしてあるから、好きなほうへ移動するといい」
私は今まで空良の部屋でいいと思っていた。でも、やっぱり青王様の隣の部屋を使わせてもらうことにした。
「わかりました。それではいきますね」
「うわぁすごい!素敵です!」
木目が美しい家具で統一されたその部屋は、あたたかな空気に包まれたホッと落ちつく場所だった。
「気に入ってもらえたかな。穂香がゆっくりできるようにと、母上が一緒に整えてくれたんだ。まぁ穂香がこの部屋を選んでくれるかはわからなかったが」
「ありがとうございます。空良の部屋にはお着物もたくさんありますし、大切な物を置く場所として使わせてください」
「どちらの部屋も穂香の好きなように使うといいよ」
「さあさあ青王様、穂香さんも、そろそろダイニングにいきましょう。茜様が夕食の準備をしてくれてますから」
「あら~穂香ちゃんいらっしゃい!お部屋はどうだった?これからここが穂香ちゃんの家だからね。なにかあったらすぐにわたしに相談してね!」
「茜様、素敵なお部屋を準備していただいてありがとうございます。これからよろしくお願いします」
「穂香ちゃん、おかえりなさい」
茜様は「うれしいわ」と私をそっと抱きしめ背中をポンポンとなでた。