僕は、沖縄県の中部にある小さな町で生まれた。平均的な体重と、他の子と同じような産声をあげて。生まれた後も、順調に育った。順調すぎるくらい、普通に。
 僕は今年で高校2年生になるが、誰が見ても普通の家庭で、普通に育った。
 両親はとても温厚な人で、僕がよほどの悪事を働かない限りは怒りを表にしない性格だった。怒る時というのは、決まって僕が誰かに迷惑や心配をかけるときだけだった。僕が小学五年生の頃、友達を無理に誘い遅い時間まで外で遊んでいた時が記憶している限り一番に感情をぶつけてきた。あの時は、確か僕が駄々をこねて同級生の呉屋という男子をあちこちに連れまわした。「まだ帰りたくない」などと言って、日が沈むまで公園の遊具やコンビニで買い食いなどして時間を潰した。
 何故、そこまで呉屋という同級生を連れ回したのか、今となっては思い出せない。つまらない理由だったのかもしれない。つまらない理由で友人に迷惑をかけたのだから、両親も僕を叱ったのだろう。
説教をしている最中の父と母は、それはもう恐ろしかった。普段一緒にいる時は想像もできないほどの顔になって、僕は終始とにかく、黙って話を聞いて頷いたりして反応を示すのが精一杯だった。あまりの二人の変貌ぶりに、僕はこの世で最も愚かしい罪を犯したのではないかとすら思った。そして、目の前にいる二人は、実は本当の両親ではなく、巧妙に似せて作ったマスクを被った赤の他人ではないかとすら思った。そのくらい、二人の顔に恐怖したのだ。
 あの経験をきっかけに、僕はめっきり大人しくなった。昔はそれなりに子供らしく無理を言ったりいたずらなんかをしたのだが、きっぱりとやめるようになった。両親の、笑い般若の様な顔を見たからだった。あれほど恐ろしいものを、僕は他に知らない。
 気づけば今は、高校二年生になっているがあの説教の日は片時も忘れた事はない。いつもあの顔に見張られているような気がして、悪い事をしようなどという気すら起きないのだ。そうこうしていうる内に、高校受験も終え、最初の一年が過ぎた。
 高校では、僕は美術部に入った。一つ上の先輩が、一年生のうちに教職員に頼み込んで設立した部だった。聞く話によれば、最初からある程度の人数を部長の生徒が集めていたようだ。部活と認められるだけの人数。それを見せれば、確かに少しは設立の方に話が進むかもしれない。結果として、集めた人の数が有効打になったかはわからない。僕自身、詳しい話を聞けてはいないから。しかし、無事美術部は設立できた。この目標を達成できたなら、細かい話は確かに不要かもしれない。
 今年も、新年と共に一月がやって来た。三年生は去年の六月下旬に引退し、僕達二年生が部を引き継いで活動しなくてはならなかった。二年目に突入した、美術部の活動はほとんど大した事はなかった。唯一とも言える、大きな功績といえば、前部長であった三年生が市のコンクルールで立派な絵を描いたとして、表彰された事だった。上から二番目の賞をもらい、金色の小さなトロフィーをもらった。部長が自身の母をモデルにした、肖像画だった。
 受賞したのは11月であった。その頃にはとっくに三年生は引退し、引退パーティなるものも済ませていた。賞の審査の結果が出るのに少しの期間があったのだ。美術部の面々は、受賞の知らせが来ると予定を合わせて再度集まった。美術部に幽霊部員などいなかったので、最初に部を立ち上げた六人と、僕達二年生が五人。そして去年の四月に新たに加わった一年生が二人。全員が集まったのだ。
 高校のすぐ近くにあるファストフード店で、それらしい事をした。今回は引退パーティのように部長の家で集まるのはできないらしかったので、予定を変更した。何故、学校の近くにあるファストフード店なのか。理由は、僕のバイト先であるからであった。僕は祝賀パーティだと言って浮かれ、楽しそうに飲み食いする部員たちよりは忙しそうにしているキッチンとフロントのスタッフの方に視線が行っていた。放課後の時間はいつも、学生で大いに賑わうのだ。丁度、あの時の僕達のように。
 ふとした瞬間に、パートで入っているフロントの中年女性と目が合った。名前を高江洲と言って、面識のある女性だった。面識のある、というのは少し他人行儀な表現かもしれない。何度もフロントで顔を合わせて世間話もしているのだから、正しくはよく知っている人という言い回しのはずだ。
 そんな高江洲さんが、僕の視線に気がついた。僕の方を向いて、優しく微笑みかけた。最近は白髪が悩みなのだと打ち明け、盛大に笑っていた高江洲さんだったが、あの時ばかりは疲れが目に出ていた。あまり賑やかになりすぎるのは、良くないのだと思った。というか、思わない方がおかしかった。
 目の前の状況から逃げたくて、視線を泳がせて一番近くに座っていた同級生の話題に、必死に食いついた。なんの事かわからない話にそれらしい相槌を打って、会話に参加しているかのように見せかけた。そうすれば、目を逸らしたい事柄に目を向けなくてもいいような気がしたからだ。
 2時間か3時間ほどで、僕たち美術部は店を出た。皆浮かれていたので、三年生の中から少し歩いて海を見に行こうと言い出す者も居た。ここからは3キロほどしか離れていないし、帰るにはまだ時間も早かったからだろう。きっと、彼らは今こそが人生絶頂期だと確信していたのかもしれない。そうでもなければ、どうして日の沈んだ時間から海を見に行こうなどと言えるだろうか。僕は丁重に、上級生からの誘いを断った。しかし僕以外は、皆三年生について歩いて行った。同級生も、一つ下の下級生も一人残らず、先輩たちに付いていった。僕には、それができなかった。
 僕は、バイト先の店の中の様子を窺ってみた。学生で賑わう夕方の時刻が過ぎれば、今度はディナータイムと呼ばれる夕食の時間帯になるので、店内は相変わらず忙しそうにしていた。店内客だけではなく、店の外ではドライブスルーに並ぶ車が長い列を作っていた。その日は金曜日であり、週の中でも特に忙しい曜日であったのだ。勤務して7年目になる高江洲さんが、疲れを押し殺して微笑みを作ったのにも納得がいった。
 僕が先輩からの海へ行こうなどという提案を断ったのは、何も部員の事が嫌いだからではなかった。店内からは、店の外の様子がよく見える。僕が仲良く部活の仲間たちと楽しそうに海の方へ歩いていくのも、当然見られてしまう。僕は、慌ただしい金曜日の夜に自分だけが楽しくしている様子を見られたくなくて、誘いを断ったのだった。
 部活動は楽しかった。勿論、部員は上級生、下級生含めて好きであったから、本音を言えば11月の夜の海に行く誘いを承諾するのも全く構わない。けれどその一部始終をお店の従業員に見られてしまうのが嫌だったのだ。次の出勤の際、僕は「あの時は楽しそうだったね」なんて言われて肝を冷やしたかもしれない。そんな思いをするくらいなら、大人しくまっすぐに家を目指すべきだと感じた。
 そして僕は、人生の中でそうした気遣いのような何かを優先して、損をする事が何度かあった。
 記憶している中で一番古いのは、小学5年生の時だ。あれは確か、休日に何人かの友人と一緒に出かけた先の出来事だ。その時は僕を含めて四人で外へ出て、近所の公園でバスケットボールをしようという話になっていた。僕は最低限、必要になる水筒と親からのお小遣いを持って、運動に適した服装に着替えて家を出た。公園にたどり着き、2対2のバスケが始まった。僕は足手纏いにはなるまいと必死に動き回って、その甲斐あってかかなりの点差をつけて、4人しかいないコートの試合を運んでいた。
 ある程度汗をかいたら、誰から言い出すでもなく休憩の時間となった。お互いにそろそろ動きも鈍ってきた頃合いを見計らって、横に長い木製のベンチに腰掛けた。シャツをパタパタと振って、体に風を送る事を繰り返す。ベンチのある場所に屋根らしいものは特になく、よく晴れた空に浮かぶ太陽光が容赦なく肌を指した。一休みするにも暑さがつきまとう、夏の時期であった。
 僕が水筒の水を飲んでいると、不意に横から話しかけられた。さっきまで2対2の試合で、相手側にまわっていた友人だった。友人は、僕に対して160円を要求した。喉が渇いたので、ジュースを買うための代金が必要であったらしく、それが160円だった。僕は最初、首を振って断るつもりだった。小さく使い古したキャラクターの印刷された財布には、500円玉が1枚しか入っていない。僕の自由に使える金額というのは、その硬貨1枚だけであったのだ、僕でなくとも、その1枚を渡す事を渋るはずだ。
 だが僕は、何度も懇願してくる友人の願いをついには断れなかった。渋々、財布を開け中にある唯一の硬貨を、友人に渡した。次の瞬間には、残った2人も僕に対してお金を貸してくれと懇願した。まるで肉食動物が、仲間の仕留めた草食動物の肉に群がるように。
 2人は、僕に「一生のお願い」だの「倍にして返す」だの言って頼み込んできた。「喉が渇いて死にそう」だとも言ってきた。どうしても断れそうにない勢いだったので、いつか返す事を条件に認めた。ほとんどそこには、僕の意思は組み込まれてはいないように感じられた。
 3人の友人は、待ってましたと言わんばかりに500円を持って自動販売機の方へと向かっていった。自動販売機は、公園の出入り口付近にあったため、そこまで浮かれたようにして歩いていった。真ん中に立つ1人が、残る2人に勝ち誇ったかのように500円玉を見せびらかしていた。彼は、これが欲しいなら自分に従え、と言っているような気がした。また後の2人は、その命令に従うようにして頭を下げた。さながら、お金持ちからのおこぼれに目がない貧困弱者のように。
 僕は、真ん中の1人が王族のように振る舞い、左右の2人が「お願いしますよ」だなんて言って必死に御機嫌取りをしている様子を背後から眺めていた。きっと、3人に貸したお金は返ってこないだろうという事を確信していた。彼らはきっと、週明けの授業が開始される頃には人からの借金など忘れたかのような振る舞いをしてみせるはずだ。というよりは、実際に忘れてしまうはずだ。根拠はなかったが、僕はその時、心のうちでそう確信していた。3人分のジュースの代金は、返ってこない。これは決定した事だ。
 翌日の月曜日に、僕はあえて貸した金の請求をしなかった。もしかすると、あちらから返してくれるかもしれないという淡い期待と諦めとが入り混じった結果だ。
 結論は、やはりというべきなのか代金は返却されなかった。予想はしていたが、まさか本当に、3人のうち1人も返してくれないとは思いもよらなかったと、僕は驚愕したのを覚えている。この事態の結果として、僕の財布の中身は10円玉が2枚の、非常に頼りないものへと変わってしまった。そう、友人たちは僕に、おつりの20円だけは返金してくれたのだ。そんな小さな善意が残っているくらいなら、ちゃんと残りの480円も返して欲しかった。或いは、極悪人らしく20円すら渡さない方がいっそ清々しく思えた。彼らは中途半端に残った人の心で20円を僕に返したのだ。残りの480円の返却は、悪魔の囁きに従って行わなかった。なんとも都合のいい、質の悪い行動であろうか。
 嫌気がさして、それきり僕はあの三人とは話をしなくなった。またいつ、お金を貸してくれと頼んでくるかわからないからだ。だ5年生から6年生へと進級し、卒業するまで彼らはついに僕に話しかける事は一度もなかった。彼らは、まるで待ってましたとばかりに僕から距離を置いて他の同級生と仲良くするようになっていた。
 こちらか縁を切ったとはいえは、僕が話しかけなくなると3人ともが僕との接触を目に見えて拒んだのが、恐ろしいところだった。3人はきっと、僕に対して後ろめたさがあったのに違いない。だが問題の中心に位置している僕が話をしてこなくなったので、絶好の機会とばかりに進んで絶好した。それも喧嘩するでもなく、ごく静かに自然にだ。
 言葉もなく断ち切られた友好関係は、その後高校生になっても修復される気配はない。連絡先も知らないし、きっと僕とあの三人との交友関係はもう完全に終了してしまったのだろう。今生の別れとも言えるかもしれない。
 だが、不思議と僕は不快な思いはしなかった。寧ろ安心したという気さえあった。その訳とは、これ以上金品を巻き上げられる危険性を排除できたからではなく、親に叱られずに済んだというところにありそうだった。
 僕の両親は、他人に迷惑をかける、心配をかける事を何よりも嫌っていた。4年生の頃に僕を叱ったあの時には、もう僕を実の息子と認識してはいないのではないかという気さえするほどの勢いがあった。その経験があったからこそ、僕は500円玉を3人に託したのではあるが、両親の顔に浮かんだ笑い般若さえ見ていなければきっと首を振って断ったに違いない。本心を言えば、あの場面で小学生には大金の500円を渡すつもりはなかった。つまり僕は、面白い事に親の教えによって起こした行動で480円を失ったのだ。その対価として得られたのは親に叱られずに済む、平穏な日常。日常の中に一瞬でも波が立ったりしないよう、僕は未然に防いだのだ。あの500円玉によって。
 僕がもし、あの時お金を渡すのをしぶり、友人たちに少しでも不快な思いをさせたのなら、きっと彼らの親を伝って僕の両親に報告がいく事だろう。そうなれば僕は、人様に迷惑をかけた罰で裁かれ、説教を食う罰を受けるはずだ。だが現実では、その罪を回避し見事いつも通りの日々を過ごす権利を得られたのだ。この成功はきっと、小さくはないのではないか。


 僕は生活の中で、他人がほんのわずかにでも顔を顰める事態を避けるべく行動をしていた。
 幼い頃の親の教えというものはある種の呪いと呼ぶに相応しく、僕の意思決定権は両親の教えによるものが大きい。だからこそ、僕は本心ではそうしたいと願う事に首を振り、したくもない事に頷くのだ。意識して物事を判断する前に、無意識下で他人の損得を考えてしまう。そうして導き出されるのは、全て他人のために用意した答え。これをいつの時も採用してしまうのが、僕の癖だ。悪癖と言って差し支えないのかもしれない。僕のこの悪癖は、無意識下に潜入し、根を張り終えてしまっている。すっかり定着し、引き剥がす事は困難を極めている。
僕がもし、面接か何かで「あなたの弱点を教えてください」と言われたら、なんの迷いもなくこの癖について答えるだろう。自分で挙げられるほどに、明確に弱点であると理解しているのだ。
 弱点を弱点として認識できているのなら、対処をすればいいではないか。誰かに身の上話をしたら、感想としてそんな言葉を貰うかもしれない。だが、小学生から高校生の年に至るまで克服できていない事が全てを物語っていると、僕は貰った感想に対してそう返すに違いない。克服できているのなら、とっくにそうしています。僕に限った話ではない。何かを克服するのには、勇気や努力が要る。しかもその要求値はかなり高い。弱みや短所や、コンプレックスを認識し、半ば受け入れつつある人間にそんなものを求めるのは筋違いだと僕は思う。人は嫌な物事から目を背ける事ができても、立ち向かう事は簡単にはできない。神様に予めそう作られているかのように、人は自らの弱みに対して、弱い。他人には偉そうに提案したりする癖に、自分の事となったら何もできなくなってしまう。全員がそうではないはずだが、大半はそうだろう。僕も、そういう種類の人間だ。他人の悩みには口を出せる癖に、自分に向かってくる意見には耳を貸さない。もしくは、聞こえないふりをしてしまう。よくない行動だ、それはわかっている。しかし身体が無意識に反応してしまうのだ。改善の見込みもないし、どうしようもない。人間とは、やはり自らの弱点を突かれるのが一番の痛手になるらしい事を、僕は己の悪癖を通して痛感しているのだ。
 そんな僕にも、救いと呼べるか定かではないが、自らの悪癖について忘れ去る事ができるいわゆる楽しみのようなものがあった。
 恩納村にある、宇宙航空研究開発機構沖縄宇宙通信所。その一階にある展示室を訪れる事が、僕にとっての一番の楽しみだ。知るきっかけになったのは、本当に些細な事であった。インターネットを使い、自宅で動画サイトを閲覧している最中、偶然にも広告に目が留まった。何となく気になってウェブサイトを覗いてみると、興味をひかれたのだ。
 宇宙航空研究開発機構の運営する施設の一つが、沖縄県の恩納村(僕はうるま市に住んでいるので、目と鼻の先だった)にあると知り、特に予定も無かった日曜日の午後行ってみることにした。カレンダーの日付は確か、12月半ば頃だったはずだ。
僕は高校入学に合わせ、通学用に親から購入してもらった自転車を持ち出して恩納村に向かった。
使っている自転車は、業界では大手のメーカ ーのものだった。自転車に全く興味のない人間には聞き馴染が無いかもしれないが、僕と同じように自転車通学をしている学生でも知る者は少なくないはずだ。そのメーカーの、特に有名な車種を僕はうるま市内にあるスポーツ用品店で購入した。決め手は、此れと言って大きな特徴や癖が無い事だった。ホイールの直径は70センチで、タイヤの幅は30C。フレームのサイズはMサイズ。ブルーに塗装された、標準的すぎるくらいに標準的なクロスバイクだった。
平均よりも若干軽いという点以外で、その自転車が他の自転車に勝るような特徴というものはなにも持ち合わせていない。クロスバイクなので、ロードバイクのように前傾姿勢を取れる構造でもないし、第一タイヤがスピードを求めるには太いのだ。かといって、マウンテンバイクのようでもない。ロードバイクからしてみれば太い30Cのタイヤは、マウンテンバイクのそれに比べたらあまりに細すぎるのだ。少なくとも、安定性を欲しがる人間が買い求める事はあり得なかった。
サスペンションは当然、付いていない。ドロップハンドルでもない。フラットなハンドルにリフレクターと前照灯を取り付け、シートポストにも赤い反射板を備え付けてあるだけの、あまりにシンプルすぎる自転車。価格も飛びぬけて高いわけでも、低いわけでもなかった。だからこそ、僕はこれに惹かれたのかもしれなかった。
スポーツ用品店に行ったのは3月下旬の事だった。母に呼び止められた店員に促され、店内にあるフレームがSサイズの同車種に跨った。Sサイズでは小さいと言われた。
 母は僕に、サイズの合う違う自転車に決めましょうと言った。だが僕は首を振った。他人の顔を窺ってばかりの僕にしては意外な事だ。母も少し驚いたようだった。だが当時の僕からしてみれば、この自転車以外にないと確信していたのだ。これ以外に、自分に合う自転車など存在しない。そう思えて仕方なかった。
 僕は店員に、ワンサイズ上は無いのかと尋ねた。しかし店員は首を振った。
「店内在庫は、今はこれだけです。これ以外のサイズとなると、XSしかありません。どうしてもとおっしゃるなら、メーカーから取り寄せる事になります。その場合、此れと同じ2022年モデルならいいのですが、最新の23年モデルしか無いとなると、値段はいくらか上がってしまいます。ディスクブレーキのものとなれば、そこから更にプラス1万円かかる事になります」
 申し訳なそうな顔をして店員は言って、母はディスクブレーキとは何か、熱心に店員に訊いていた。店員が分かりやすく丁寧に説明してくれていたが、その時の僕はどうも上の空で説明が頭の中に入ってこないのだった。店員の説明を、ただ自転車に跨り両手でハンドルを握りしめた状態で、聞き流しているばかりだった。
 ディスクブレーキとやらの説明が終了し、それから僕は母に引きずられるようにして他の自転車にも跨らされた。僕としては、あの青いクロスバイクしかないと感じていたのだが母には聞き届けてもらえなかった。まず、同じメーカーの、違うタイプのクロスバイクに跨らされた。
「こちらは、先ほど跨ってもらったものに比べてサドルからハンドルまでの距離が長く作られています。そうすると、自然に腕が前の方へと向かっていき、上体がやや倒れ気味になります。要は、前傾姿勢がより取りやすくなっているという事です。ロードバイクのように、スピードを意識した設計になっている訳です。見た目もほとんど変わりありませんし、こちらもおすすめです」
 店員が爽やかな笑顔を浮かべて説明してくれた。確かに、前傾姿勢とやらは取りやすかった。速さを求めるのなら、これでもいいかもしれない。しかし僕には、前につんのめるかのような感覚があって、少しだけ怖かった。とてもじゃないが、外に出て乗り回す気にはなれなかった。
 フレームに書かれたサイズを見ると、Mサイズだった。僕の身長が適正範囲内に収まる、Mサイズ。けれどもこれは僕に適していないと、そう思うほかなかった。
 2台目には、マウンテンバイクに跨らされた。店員が言うには、家から学校までの距離が短い事と、上り下りがどうやら激しくなさそうな事がすすめる理由らしかった。
「マウンテンバイクは本来、山道を走るために作られています。衝撃を吸収するためのサスペンションも、幅の太いタイヤもそのために付けられています。全て、安定性を確保するためです。代わりにギアが小さく、一漕ぎで進む距離がロードバイクやクロスバイクに比べ、短いと言うのが特徴です。重量もかなり重くなっている方ですから、スピードを出したいと言う人にはおすすめはできません。しかしお客様は、あまり長い距離を走る予定が無いと伺いましたので、こちらを勧めさせてもらいました。いかがでしょうか」
 僕は跨ったまま、またしても説明を殆ど聞かず呆けていた。一方で母はマウンテンバイクを絶賛し、これにしてみてはどうかとしきりに僕に言うのだ。だが、今度も首を振った。僕には、あの標準的なクロスバイク以外にないと、そう伝えるために。母は残念そうにしたが、すぐに気を取り直して次の『おすすめ』の自転車の方へ店員と歩いて行った。僕も、自転車から降りて大人しく従って歩いた。
店員がロードバイクの説明に移りそうになったが、母が呼び止めてやめさせた。今回はあくまで通学用であるため、できるなら安定性を取りたいと言った。僕もそれには同意した。決して、ロードバイクが危険なのだと思っているわけではないが、同時に速さを求めて自転車を探しているわけでもない。クロスバイクか、或いはマウンテンバイクか。この二択であるというのを、僕は店員に伝えた。
「これは、失礼いたしました」
 店員が申し訳なさそうに謝った。僕も母も、事前に申し出ていなかったのですと謝り返した。
「結局、どれにするの」
 母が言った。僕の心は最初から決まっていたので、あの最初に跨ったものが欲しいのだと言った。母は意外そうにして、店員はなぜだか嬉しそうに笑っていた。
「そんなに気に入ったの、あの青いのが」
「なんだか、いちばんバランスが取れている気がする。乗るとしたら、あれがいい」
 本心は「あれじゃないとダメ」なのであったが当然、口には出さなかった。母親の、例の『教育』によるものではなく、単純に、駄々をこねる子供のように思われそうだったからだ。
 店員が「少々お待ちください」とだけ言って、どこかへと行ってしまった。すぐ戻ってきた時には、スマートフォンのようなデバイス機器を手にしていた。業務用に使用されているものらしく、背面には19と書かれたガムテープが貼り付けてあった。
「メーカーの在庫、ありました。22年モデルで、ディスクブレーキでないものになりますが、構いませんか?」
 店員が言って、
「ディスク、ブレーキ……?」
 僕が首を捻った。母は額に手を当て、申し訳ないと店員に詫びた。謝罪する母を制して店員は、もう一度ディスクブレーキとやらについて説明をしてくれた。少しも嫌がるそぶりはなかった。
 結局、全ての説明を聞き終え僕の下した決断は、やはりあの青いクロスバイクのMサイズを買う事だった。店頭に並べられてあるSサイズと値段は変わらないらしく、6万円ほどだった。母は、僕が望んでいるのならと、取り寄せの対応を店員に頼んだ。
 1週間ほどが経ち、店から母のスマートフォンに車体が到着し、受け取り可能だという旨の電話が届いた。僕と母は連絡を受けた翌日に店に行って自転車を受け取った。受け取る際、店員から変速機やブレーキ等の操作手順や仕組みについて解説された。僕にはあまりわかっていなかったが、自転車なんて、大体の構造が一緒なのだからそもそも聞く必要もないように思われた。
 15分ほどの拘束時間を終え、ついに僕は青いクロスバイクを手にしたのだった。
 そのクロスバイクと、『宇宙航空力学研究所沖縄通信所』に向かったわけだが、想像を絶する道のりだった。
 恩納村に入り、リゾートホテルを横目に進んでいたまでは良かったのだが、畑道の方へと曲がってからはほとんど平地が存在しなかった。長い登り坂を前に、ついに僕は自転車を降りて手で押し進む他なかった。
 12月であっても、沖縄の気温は高い。初めは体が温まる程度に思われた道のりだったが、やがて顔や背中に汗が浮かんできていた。それでも僕は休憩を挟む事なく、道中に設置されていた古びた看板を頼りに道を進んだ。左右に広がるのは畑ばかりあったため不安に駆られたが、ついにそれらしい建物が見えた。
 まず目に入ったのは、直径8メートルはあろうかというサイズのアンテナだった。白く丸いそれが、はるか上空の人工衛星にむかって首を伸ばすかのようにして、建っている。堂々としていて、その時は稼働を一時中断でもしていたのか少しも動く気配がなかった。
 疲労と暑さにやられ、僕はアンテナには目もくれずに自転車を押して進んだ。ネットの記事で見ただけなので具体的にどうかはわからないが、とにかく展示室とやらにたどり着きさえすれば冷房の効いた部屋に入る事ができる。僕の頭には、自身が快適な空間で興味深い展示の数々を見て回る姿が浮かんでいた。現実のものとなるまで、さして時間はかからない。
 期待と希望を胸中に抱えながら、フラットになったアスファルトを己の足で歩いた。そうしてたどり着いたのは、こぢんまりとした小さな建物だった。
 外壁は白いが、塗装が所々剥がれ落ちて灰色に変わっている。色の変わった部分は、まるで生物の体を侵食する病気の症状にも見えた。二階建てで、左右から挟むように駐車場が設けられていた。片方が見学者用で、もう片方が職員用だった。僕は敷地に入ってすぐ、開かれた門に寄り添うようにしてクロスバイクを停めた。キックスタンドで自立させ、あたりを見回してこの自転車が邪魔になる事がないかを確認した。付近で何かしらの作業を行なっている形跡はない。少なくとも、僕の自転車が職員の作業を妨害する事はなさそうだった。
 リュックから取り出したマフラータオルで顔の汗を拭ってから、展示室の中へと入った。予想していた通り、中は冷房が効いて涼しかった。
 入り口に入ってすぐ、窓口から警備員服を着た若い男に呼び止められた。頭は丸坊主で、年も若いせいで高校球児のように思える。
「見学ですか?」
 はいと、返事を返した。
「こちらに日付をお願いします。隣にご職業と出身地、それから見学者の人数を記入してください」
 僕は言われた通り、用紙に日付と職業(学生と書いた)を書入れ、うるま市と記入をした。それから、隣の人数の欄には1と記した。
 警備員は不思議そうにするわけでもなく、訝しむでもなく僕の目を見て言った。
「見学は土足のままで構いません。写真やビデオ撮影も許可しています」
 僕は礼を言ってから、言われた通り靴を履いたまま室内へと進んだ。
 展示の内容は、実に興味深いものばかりだった。宇宙飛行士への質問と、それに対する回答が文章になって展示され、小型人工衛星のエンジニアリングモデルというものも置いてあった。
 日本の宇宙開発の歴史や、この施設がどのようにして作られる事となったのか。単純な化学としての側面ばかりでなく、国内外の歴史を交えながら宇宙開発に関する資料を文章や映像、写真など様々な形で展示していた。展示室にいたのは約2時間ほどだったが、その間僕は知的好奇心が満たされているという事を実感していた。見学の間は、常にと言っていい。
 それからは特にどこか寄る予定もなかったので、まだ日の高い時間に家を目指してペダルを漕いだ。帰りは登ってきた坂道を降るという事もあって実に有意義な時間だった。帰り着いてからも僕は疲れを感じてはおらず、気持ちの昂るまま今度は近所の本屋を目指した。そこで天文学に関する本を何冊か購入した。


 六月に一つ上の先輩たちが部活を引退し、前部長が11月にコンクールの賞を受賞した。12月の中旬に初めて僕が宇宙航空開発機構の展示室を訪れ、年の明けた一月にコンクルールのパーティが行われた。「海へ行こう」と提案されたのを断った、あのパーティだ。僕が自転車で恩納村まで行ったのは、その少し前の事になる。
 高校に入学し、まず美術部に入部した。2年生になってからは、アルバイトも始めた。部活も、アルバイトも僕が人生において初めて経験した事だ。両方とも、単なる興味本位で始めた事だったが、想像していたよりもはるかに難題な事象を抱える事になったと思わずにはいられない。
 二つを掛け持ちしている話ではなく、どちらか片方をとっても、という話だ。楽しさを覚えるのと同時、経験のない辛さが身を襲う。引力と斥力が互いに作用し合い、力がプラスマイナスゼロとなって僕をちょうどいい位置に固定する。続けるのは苦になるが、思い切ってやめるほどの苦しみでもない。苦しみを与えられる代わりに、同等の快楽をその二つは僕に手渡す。故に僕は、時折文句を垂れる事はあってもきっぱり「辞めます」と言えないでいた。
 部活と、アルバイト。二つが苦しみとも、楽しみとも言えるなんだか気持ちの悪い状態。改善することも、改悪される事もなく釣り合いが取れている。僕はこの状態がいつか打破できないものかと思案するも、何一つ解決策など浮かんでこないのだった。
 日曜日、僕は事前に組まれていたシフトに従って朝からファストフード店のキッチンに立った。年が明け、新年の真新しさみたいなものが世間的にも薄れてきた頃だった。
 店長曰く、年明けというのは毎年お客様が多く大変忙しいそうだ。ちょうどその日は出勤にくまれていなかったので、僕は直接目にする事はなかったのだが、店長は具体的な数字を言って聞かせ、少しでも僕に大変さを知らせようとしてくれた。
 なぜか店長に気に入られていた僕は、日頃から店長に「今日の売り上げはすごいよ!」とか利益の話をされていたので、現場を見る事はなくとも正月の一大事さに驚く事ができた。1月の1日から、3日までがピークらしい。その間、僕は1時間も働く事はなかった。
 とにかく、そんな忙しい正月が過ぎたからと言って安心できるわけではない。日曜日は一週間で1番忙しい。店が開店するのに合わせてシフトが組まれていた僕は、遅刻する事なく時間ぴったりに業務を開始した。
 予想していた通り、客の入りは凄まじかった。朝食用のメニューがひっきりなしに注文され、いくつ作っても足りない事態に陥った。普段は二人で回しているキッチンだが、日曜の朝から昼の時間帯は店長も加わって三人体制で調理をする。しかしそれでも人数は足りないように感じる。キッチンは小さいので、4人目が入ったところで身動きが取れないだけなのだが。
 フロントの従業員と連携をとりながら、注文の落ち着く午後3時まで耐え凌いで、僕はタイムカードを切って店を出た。拘束されていた分、晴れた空はいつもより美しく感じる。やりきったという達成感が強く感じられた。
 僕は愛用している青のクロスバイクに乗り、家を目指した。そこで軽食を摂って少しだけ仮眠をしてから、再び家を出た。母親には部員と一緒に出かけると伝えたが、嘘だ。本当は、一人きりで行動するつもりだった。
 自転車を漕ぎ、通っている高校のある辺りまで来た。学校の近くには、住宅街の中に無理やり組み込まれたようにして自然公園がある。僕はそこまで行って、星を見るつもりだった。
 時刻は午後8時で、まだ時間が早かった。僕は近くにあったファストフード店(アルバイトをしているのとは別の会社の店だ)に入って、夕食を食べながら時間が過ぎるのを待つ事にした。
 店内に入ってすぐ、人の多さにたじろいだ。一つの団体が店を貸し切ったのかと思うほど、鮨詰め状態の客が騒いでいる。老若男女、一人一人が思い思いに暴れ回っている。
 そうとは言っても、治安の悪い場所なんていうわけではない。店内を汚したりするマナーのなっていない客がいるというわけではない。第一ここは居酒屋ではなくファストフード店なので、お酒を提供されるはずがない。従って、酔った客同士の乱闘なんてものが繰り広げられるはずもない。
 だがどうしても、海賊の入り浸る酒場のような雰囲気だ。僕が好んで身を置きたい環境ではなかった。
 しかし、一度店に入ってしまっている。カウンターの奥からは男性の声で「いらっしゃいませー!」という元気な声が出迎えてくれた。それを聞いた後で何事ともなかったように店をさるのは、なんだか気が引けた。
 それに、ここを出てもいく場所はない。腹は空いているし、天体観測をする時間は10時と決めている。それまでにはあと、2時間ほどある。1月の真夜中を2時間も彷徨って、タダで済むとは到底思えない。
 とりあえず注文してみようと心を決めて、カウンターの前に立った。忙しそうにしていた女性の店員が、ようやくできた隙を見計らって僕の前まで来た。「ご注文はお決まりでしょうか」と訊かれて、僕はいつも食べているハンバーガーのセットを1つ頼んだ。ドリンクはコーラで、ポテトのサイズは1番小さいものでお願いしますと伝えた。
 店員は笑顔を作る余裕もないまま、僕からの注文を復唱してお金を受け取った。250円のお釣りと一緒にレシートを渡し、すぐ隣で待つよう言った。ありがとうございます、と店員に聞こえるよう声量を上げて伝えた。店員は僕を見て一瞬嬉しそうにして、「ありがとうございました」と再度言った。目は口ほどに物を言うとあるが、あれは本当らしい。マスクをしていた女性店員の嬉しそうな表情を、僕は視認できたのだから。
 横にスライドして、僕は注文した商品が届くのを待った。呼び出されて、トレーに乗せられたそれを受け取る。時間はおおよそ3分ほどだった。おそらく、忙しいからバーガーもポテトもストックを大量に作っていたのだろう。僕への提供までにかかった時間のほとんどは、ドリンクを紙でできたコップに注ぐ事のはずだ。あとは、手の空いたフロント係の誰かが客である僕へと手渡す。店内が混み合っていなければ、提供までの速度はもっと迅速であったはずだ。
 商品の受け渡しを担当した店員は、カウンターで注文を受けた女性とは違う人間だった。マスクをしていないし、もっと小柄の人物で、ショートボブの髪型をしている。そして死んだ顔をしていた。忙しさにやられたに違いない。彼女に対しても、僕はやはりはっきりと聞こえる声でお礼を言った。今度の店員はまるで聞こえなかったかのように業務へと戻っていった。
 走り去る小さい背中を見送ってから、僕は自分の席を探しに店内を歩いた。当然というべきか、空いている席などどこにもなかった。テイクアウトにしても、外は寒いからきっと凍えてしまう。店に入った時点で、こうなる事は確定していたように感じる。
 カウンターから店の1番端の席まで行き、そしてまた戻ってきた。やはり、四人掛けも、二人掛けも空席は1つとして存在しない。途方に暮れていると、背後で人の動く気配がした。振り返ってみると、4人掛けの席に座っていた家族連れが席を立つところだった。僕の他に、空いた席を狙っている者はいない。僕以外に、椅子に腰掛けていないのはこの空間の中で店員か、注文を待つ客のどちらかだった。
 家族連れが帰り支度を済ませて店を出るまで、僕は違う方を向いて気がついていないふりをした。そして席が完全に空いた瞬間に、ソファタイプの客席へと腰を下ろした。直前まで使われていたソファからは人体によって温められた熱が伝わってくる。なんとなく、気持ち悪いと思った。
 それから僕は、さっさと外へ出るために急いでバーガーを口に押し込んだ。これからやってくるであろう他の客が立ち往生してしまうのを避けるためだった。やはり天体観測は、時を待たずすぐに終えてしまおう、そう決めた。
 バーガーを包んでいた紙をくしゃくしゃに丸め、ストローでコップの中の液体を吸い上げる。次にポテトを食べようと、手を伸ばした時だった。呼び止められたのは。
「相席、してもいい?」
 驚いて、顔を上げた。見上げた先には、名前も知らない、顔にも見覚えのない女性が1人、立っていた。彼女は周りの音にかき消されないように、声を大きくして僕へと質問したのだった。間違いはない。だって、しっかりと僕の目を見ているのだから。
「僕、ですか?」
 全く警戒していない、予想だにしない出来事に僕は固まっていた。ポテトへと伸ばした指先が、宙に浮いてフリーズしている。
「当たり前じゃない! 私は、他に誰と会話しているの?」
 彼女の言い分はもっともだ。だが僕は変わらずに、首を傾げないわけにはいかなかった。宙に浮いた指をテーブルに落として、
「誰かと間違えていませんか?」
 と言った。
「間違えてないわ。初めて会う、あなたに言っているのよ」
 と、女性が言った。
 彼女の第一印象を一言で言うとしたら、クラスにいる真面目な学級委員といった所だろう。茶色に染まった髪は肩にかからない程度の長さ、いわゆるセミロング。眉毛とまつ毛がとても綺麗に形を整えられている。丸渕のメガネの向こうから、大きな二つの目が僕を捉えている。一度補足した獲物は逃さない。彼女の目からはそんなセリフが聞こえてきそうだった。
 なんとなく僕はこの女性に対して、とても不思議な感情を抱いた。顔を見れば、学級委員でもしていそうな優等生の雰囲気が漂っている。理知的で、大人な雰囲気を醸し出している外見ではあるが、それと裏腹に、言葉は男遊びを覚えた女学生そのものだったのだ。そのギャップが、違和感として僕の中に吸収される感覚があった。
 外見上は、大人びた女子学生のよう。だが実際のところは、進学していわゆる大学デビューを志した真面目な学級委員長。一番しっくりくる表現を探せば、恐らくこのようになるはずだ。
 そんな人物が、僕になんの用があって同席を求めるのだろうか。見たところ商品を受け取って席を探している様子ではなさそうだ。彼女はトレーを両手に抱えているのではなく、肩にショルダーバッグを掛けていた。
「同席、よろしいかしら?」
 僕が呆気に取られて返答できていないためか、女性は再び質問した。彼女の言葉からは有無を言わせない力強さのような物を感じた。自分がこうして言っているのだから、同席するのはこの瞬間、決定した。そういいたげだった。
「ええ、構いませんよ」
 僕は答えた。例のあの悪癖によるものだった。僕は押しの強い相手ほど、要望には逆らえない性格をしている。
 彼女は礼を言うでもなく、僕の向かいに座った。肩にかけていたバッグは、すぐ隣に置いた。
「1つ、訊いてもいいですか?」
「なに?」
「どうして、僕の席にしようと思ったんですか?」
 僕としては、そう訊く他なかった。向かいに座った女性は、言った。
「え? まさか、心当たりがないの?」
 僕は頷いた。見たところ、彼女は僕より年上だ。そんな彼女がわざわざ初めて会う僕と相席する理由など、見えてこなくて当然のはずだ。だが肝心の彼女は、驚いて目を見開いた。どうしてそんな事がわからないのかとでもいいたげに。
「あなた、礼儀正しくするのは結構だけどとりあえずそうしようと思ってるでしょ。相手がどう思うかは知った事じゃない、でも社会では基本だから、とりあえず礼儀を正そう。心から思って、ありがとうと言っているわけではないのね」
 僕の質問に答えるでもなく、彼女は勝手に一人で納得した様子で言った。そして僕の購入したポテトに手を伸ばして、口に運んだ。もちろん、彼女自身の口だ。僕が何を言って止めるべきか、あるいは止めるべきでないのか答えを模索している間に、手で摘んだ1本のそれを咀嚼して飲み込んだ。そこには一切の迷いがなく、とてもスムーズに行われた。
「なんで食べてるんだって、思った?」
「ええ、まあ……」
 僕は言った。これ以外に、何を言うべきか分からなかった。
「私が作ったんだから、一本くらい別にいいじゃない」
 彼女が言った。僕は頭の中でそれを反復した。「私が作った」この言葉の意味するところはつまり、
「ここで働いているのですか?」
「そう言うことよ。ついさっき、オーダーが落ち着いたから店長に言ってようやく帰れることになったの。ほんっとにもう、今日はついてない。客は多いし、1時間も残業したのよ? 私の作った商品を、購入したあなたがいくらか分けてくれてもいいんじゃない?」
 僕が黙っていると、また彼女はポテトを1本つまみ上げて口に運んだ。とても満足そうに味わっていた。
「やっぱり、勤務中につまみ食いするのとは違う味がするわ! ……ところであなた、いい加減私の事思い出してくれない?」
 突然そう言われて、驚かないわけにはいかなかった。私のことを、思い出す。一体、僕が目の前の女性とどこでつながりを持ったと言うのだろうか。小学校や、中学校の頃の同級生ではないし、高校が始まっても彼女のような存在を見かける事はなかったはずだ。顔と言葉がここまで乖離した人物の事を僕は、綺麗に忘れ去る自信がない。
「どこかで、お会いしましたか……?」
 極力、相手が不快にならないよう気をつけて尋ねた。しかし向かいに座る彼女は、大きなため息をついた。
「ついさっき話したばっかなのに、もう忘れちゃったんだ……」
 がっかりした、と付け加えて言われた。背筋の凍る感覚がして、僕は急いで今日一日の出来事をできるだけ克明に思い出すよう努めた。今朝、ベッドで目が覚めてからアルバイトのために家を出て、そしてここに至るまでに起こったありとあらゆる出来事。その中に彼女はいるはずだった。
 記憶の中から彼女を、外見ではなく声で探そうとすると意外なほどあっさりと見つけ出すことができた。彼女の言うとおり、僕はこの女性と会話している。何時間も前の事ではない。ついさっきの出来事だ。
「さっき、カウンターにいましたか?」
「そう! それよ!」
 答えを確認するかのように訊いた僕に対して、女性は目を輝かせて言った。実に嬉しそうだった。
「私が、あなたの注文を聞いてあげたの! お釣りだって、ちゃんと相違なく渡したでしょ?」
「はい、それはもちろん、覚えています。でもあの時は、マスクをつけていたし、代わりにメガネがなかった」
「それは、仕事だからよ。私は物覚えが良いから、早いうちにフロントの仕事を覚えて、優秀だからって店長に無理やりキッチンまで任されたの。マスクをしていたのはそのせい。衛生管理って大事だから。メガネを外していたのは、単に邪魔だったからよ。この前床に落としてしまって、一個下の後輩が踏んで壊しちゃったの。それからはメガネを外して、代わりにマスクをしてる」
「仕事中は、コンタクトなんですか?」
「裸眼よ。いちいちバイトのためだけにコンタクト買うの、勿体無いでしょ?」
 そう言って彼女は、またもポテトを手に取った。僕はもう、止める気など失せていた。
「でも、注文が入った時、モニタを確認しづらいと思うんですけど。特にキッチンだと」
「それは、どうにか目を細めてみるようにしてる。……ねえあなた、こういうお店の経験あるの?」
「はい、全く違うお店ですけど。ファストフードでバイトしてます」
「どこの?」
「ここの近くのコンビニのある十字路、わかりますか?」
「当たり前じゃない」
「そのコンビニの向かいにある店です」
「ああ、あのお店ね。いつもスルーが混んでるから、だいぶ忙しそうって思ってたわ」
「それは、こっちもです。むしろここの方が、僕の所より忙しそうだ」
「まあ、私と言う存在がいるもの。キッチンもフロントも捌けて、おまけに顔も良いんだから。同業他社だって知ったら、なんだか嬉しくなっちゃった。あなた、名前は?」
 僕は、名前を名乗った。この辺りでは特に珍しくもなんともない、平凡な名前だったために女性からの反応はそっけないものだった。僕はそれについて、特に傷ついたりしたわけではなかったのだが、やはりどこかで「いい名前ね」と言ってほしかったような気もする。
「あなたの名前は?」
 僕はそう訊いた。こちらが名乗ったのだから、尋ねても問題はないはずだ。
「知りたいの? 私の名前」
「まあ、そうです」
 別に、たいして興味があったわけではない。ただ、この女性はしばらく僕の前から消えてくれなさそうだと直感して、呼びかける時に不便だろうと思い、訊いた。何やら嫌な笑みを浮かべていた目の前の女性は、短めのポテトを口に入れ、咀嚼し、飲み込んでから答えた。
「笠井千恵里」
「笠井……内地の人?」
「そうよ。生まれは内地。でも私が生まれてすぐに両親がこっちに引っ越したから、ほとんど沖縄人よ。内地での記憶も全く無い」
 気が済んだか、といった表情で僕を見て、千恵里はポテトに手を伸ばした。
「あの、一応それ、僕が買ったものなんですけど」
「ええ、知ってるわ。私が一番よく知ってる」
「お金、払ってくれるんですか?」
「いいじゃない、ちょっと食べたくらいで。バイト終わって、疲れてお腹空いてるのよ。少しくらい恵んでくれたっていいじゃない。あなたも今の私の気持ち、わかるでしょ?」
 わかる。とてもよく理解できる。しかしだからと言って、感謝の言葉一つ無く食べていい事にはならないのではないか。掌サイズの小さな紙袋に入っていたポテトは、既に最初あった量の半分以下になっている。このまま放っておけば、いずれ笠井千恵里によって全て食べられてしまうかもしれない。
 僕はため息が出そうになるのをすんでの所で耐えた。いくら彼女が身勝手な行為を平然と行うからと言って、不快に感じたのを態度に出すのはあまり良くない気がした。こういうタイプの人間は、機嫌を損ねると何をしでかすか、分かったものではない。
 僕は、できる限り機嫌を損ねないような、当たり障りのない質問でもしてポテトから意識を逸らす事を試みた。
「笠井さんは、大学生ですか?」
「うん、そうよ。見ての通り。あなたは見た感じ高校生っぽいけど」
「はい、今年で高校二年です」
「すると、私より年下ってことになるわね」
「そうなりますね」
「なら、残ったこのポテトは私の物ね」
 僕は首を傾げた。
「ごめんなさい、笠井さん。その理論が少し理解できませんでした。もう一度、詳しく説明を求めてもいいでしょうか?」
「もう、あなたってなんだか堅苦しいわね。私の事は千恵里って呼べばいいじゃない。沖縄ってあんまり名字で呼び合う文化じゃないでしょ? 同じ苗字はたくさんいるのに」
「じゃあ、千恵里さん。どうしてそのポテトがあなたのものになるのか、理由を詳しく、できるだけわかるように説明してくれませんか?」
「ええ、構わないわ。私としては、もう既にちゃんとした説明はしたつもりだけど」
 言って、笠井千恵里はポテトの入った袋を指でつまみ上げて自分の方へと持っていった。もうこれで、自分の手に渡るのは確定したと言わんばかりに。
「まず1つ。私はあなたより年上なの。それも、1つ、1つの差じゃない。そして2つ。私は今日の仕事で、もうこれ以上ないってくらいに働いたわ。それもただの出勤じゃない。私は1月1日から今日まで、大学が休みなのを良い事に店長から頼まれて殆ど休みをもらえずに働きっぱなしなの。どこの学生が、家でゆっくりせず、友達と遊びにも行けずにバイトに行かなくちゃならない訳? いい? 今年の初日の出は出勤途中の車の中で見たのよ? 初詣に行った友達からは人の数すごかったけど楽しかった! 千恵里も来たら良かったのに! ってメッセージが来たの。惨めだと思わない?」
 急に熱のこもった演説が聞こえてきて、僕は声が出せずにいた。もはやホールディングタイムの過ぎたポテトを食われるくらい、どうでもいいと思えるようになってきていた。
「1月になって早速出勤、3日まで働いて1日休んだと思ったら、土日は両方とも他店にヘルプよ? 月曜からはまた3連勤、1日休んでまたヘルプ。これがもう3回目なの。頑張った方だと思わない?」
「ええ、確かにそう思います」
「あなた、1日から3日までで出勤はあった?」
 僕は首を振った。嘘をつく事もできたかもしれないが、笠井千恵里からの鋭い眼光の前では下手な嘘は見破られてしまいそうだった。正直に答えた方が正しく思われた。
「いい? あなたのお店に限らず、年末年始はとっても忙しいの。通常の土日の方が遥かにマシって思えるくらい。本当、凄いんだからね。あなたは、私のような人間に感謝するべきなの。そして何かチップのようなものを支払わなくてはならない」
「それが、このポテトという事ですか?」
「そうよ。どう? これでもまだ私がポテトを貰う理由に正当性が無いと感じる?」
 再び、首を振った。この場では、そうするほかなかった。
「よかった、納得してくれて」
 笠井千恵里は、改めて自分のものとなったポテトを口へと運んだ。だが会話をしている間にも時間は過ぎている。とっくに、ホールディングタイムと呼ばれるものは過ぎていた。ポテトはもう、人に食べられるためのベストな状態ではなくなっていた。彼女もそれくらい気づいていたはずだが、それでも嬉しそうに頬張っていた。まるで出来立てのポテトを食べているのではという錯覚に陥るほどに。
「私の話ばかりじゃつまらないわね。あなたの話も聞かせてよ」
 紙袋を右手で握りつぶし、千恵里は言った。潰され小さくなった紙をトレーの上に放り投げて、片肘をテーブルの上に置いた。そこから延びる掌に、顔の重さを全て預けて僕を見てくる。胸の内で大きな波が立ったのを感じた。
 極力、笠井千恵里と目を合わせないよう努めながら、僕は言った。
「何を聞きたいんですか?」
「そうね、高校生だから……部活とか、やってるの?」
「はい、美術部に入ってます」
「へー、すごい。それって、なんだかよくわかんないけど画家みたいに絵を描くって事でしょ? いわゆる、抽象画とか、油絵とか? 私、違いが分からないから教えてよ」
「僕も正直、あんまり区別はついてないです」
 嘘偽りない言葉だった。
「え? でも部活では、そういった絵を描いてるんでしょ?」
「描いてはいます。抽象画みたいなものを。でも、抽象画の定義とかよくわからないし、何となく同級生や先輩たちと一緒に話をしながらそれっぽい事をしてるだけです。僕としては、彼らみたいな絵に対する情熱とかそういったものはありません。ただ、何となく興味本位で始めた事です。将来は絵描きになりたいとか、思っているわけでもありません」
「それって、楽しいの?」
 笠井千恵里は訊いてきた。傍から見れば、それは当然の疑問のはずだ。そんな事で続ける部活動が、楽しいと思えているか否か。僕にとってもその答えはわからなかった。だから正直に答えた。
「楽しさと退屈が、ちょうどいい塩梅で釣り合っているとしか言えません」
「あなたって、面白い人よね」
 笠井千恵里はそう言って笑った。
「あなたみたいな人はきっと、将来きっとすごい芸術家になるわ。私が保証する」
「どこからそんな自信が?」
 僕は苦笑しながら言った。笠井千恵里は、顎に手を当てて言った。
「うーん、なんていうか……不思議な価値観を持っているっていうのと、あとはそうね……礼儀正しいから?」
 疑問符付きの返答だった。彼女はただそう感じているだけで、具体的根拠は何も持ち合わせてなどいなかった。有名なアーティストでもなんでもない彼女の言葉を信じるつもりは元よりない訳だが、それでも実際言われてみるとなんだかそんな気がしてこないでもなかった。
 自分はきっと、偉大な芸術家になる。言葉を何度か、自分の中で反芻してみたのだが、ぼんやりとしたビジョンしか僕の中には浮かんでこなかった。具体的に、自分のどんな絵が展示され、どのような層の客が絵を見に来てくれるのだろうか。そもそも、僕のような人間の絵を求めてくれる人など、存在し得るのだろうか。どれだけ想像を膨らませても、老いた自分が何かの絵を描いている姿しか想像できなかった。そこから先は何も浮かんでは来ない。まるで、真っ暗な部屋の中を蝋燭の灯りで照らしているような感覚だ。ほんの一部分だけは見えても、全体像ははっきりとしない。どのような輪郭をしているのかも、掴めない。
 人を焚きつけるだけの、無責任な言葉に聞こえた。だが笠井千恵里という人物は、きっと常日頃からそんな言葉を撒いているに違いない。こんな事を言っては失礼なはずだが、彼女の表情には性悪女としての素質が備わっているように見えるのだ。今まで何人かの人を騙してきましたと、目が語っている。
 この人は、自分と対極に位置している人物なのだ。会話をしていくうちに、僕はそう思い始めていた。いや、殆ど確信に近かった。 
「すみません、千恵里さん。僕はもう、店を出ようと思います」
 この女からは、できるだけ距離を置いた方が良いのかもしれない。空の容器だけが載ったトレーを、両手で掴んで席を立った。笠井千恵里は、僕を見上げて言った。
「いきなりどうしたの? もしかして、私の言った事マズかった?」
「いえ、そういうわけではなくて。お客さんが大分並んできているので、席を開けた方が良いのかと思っただけです」
 僕は笠井千恵里に、レジの方を見るよう促した。レジには、僕が最初は言ってきた時よりも大勢の客が列を作っていた。あと3人か、4人加われば出入口のドアは完全に塞がれてしまうだろう。5人目が並ぶ頃には、列は店の外に達してしまいそうだ。
「これは、マズいわね。私もあんまり長く居ると店長たちから睨まれそうだし、帰った方が良いかもね」
 言って、彼女も席を立った。トレーと、トレーに載っていた器の処理を終えて、僕たちは店の外に出た。外は暗く、寒かった。沖縄なので雪が降る事はないだろうが、代わりに風が強く、僕の体を芯から冷やしていった。何か対策を講じなければ、すぐにでも凍ってしまいそうだ。
 寒さのために騒いでいる笠井千恵里から離れるようにして、僕は駐輪場の辺りに歩いて行った。そして僕の帰りを待ちわびていた青のクロスバイクまでたどり着くと、前輪とフレームを繋ぐようにして巻き付けていたケーブルを持っていた鍵で外した。
 背後から名前を呼ばれて、振り返った。僕を呼んだのは、笠井千恵里だった。
「これから、どこかに行くの? それとも、今から帰り?」
「今から、公園で星を見に行くつもりです」
 千恵里が驚いた顔を見せる。こんな夜中から1人で星空観察など、想像できるはずもない。
「それ、面白そう。一緒に行ってもいい?」
 新しいおもちゃを見つけた子供のような、純粋な気持ちで彼女は言った。そんな気がした。
 僕としては、本音を言えばこれ以上この女性と関わるのは御免被りたい。なので断ろうとしたのだが、実際口から出て行った言葉といえば「構いません」だった。また、悪い癖が出てしまった。
「近くにある自然公園の、展望台まで行こうかと思っています。構いませんか?」
「もちろん」
 僕は愛用の自転車のハンドルを掴んで手で押して、笠井千恵里は自転車を挟んだ向こう側に並んで歩いた。
 お互い寒さに体を震わせながら、住宅街の細い道を進んだ。出てきた店から公園にたどり着くのには、10分ほどを要した。
 公園の入り口に自転車を置いて、僕と笠井千恵里は中へと入っていき、展望台を目指した。 
 2台あるスマートフォンの人工的な光で照らしながら敷地内を歩いて、三階建のアパートと同じくらい高さのある階段を登った。その際、笠井千恵里は何度か恨み言のような文句を吐いた。「疲れるんですけど」とか「まだ着かないの?」と苛立ち、息を切らしながら言った。暗さもあってあとどのくらい上るのか、僕にも判断がつかなかったのでそこはうまくはぐらかした。
 そうして登り終えた先で待っていたのは、夜を照らす光の数々だった。地上では住宅街の人工的な明かりが不規則に並び、空には瞬く星々がやはり不規則に並んで輝いている。どちらかといえば、地上からの明かりの方が強く、空の星々はそれらに比べて弱々しかった。
 僕の隣では、笠井千絵里が息を呑んで立っていた。
 天体観察をするのには、できるだけ暗い環境の方が都合がいい。すぐ近くに明るい光源があると、その分星は隠れてしまうからだ。だが公園内には、星の瞬きを隠してしまうような明るい物体は存在しない。少しとはいえ人家からも距離があるので、肉眼でも十分、星々を眺めることができた。
 1月の空には、わかりやすいもので言えばオリオン座がよく見えた。オリオン座は、古来の日本では楽器のつづみに見立て、つづみ星とも呼ばれているそうだ。
 他にも冬の時期にはこぐま、ふたご、おおいぬ座などが見えるのだと本で読んだ。だが時間帯や時期が悪いのか、あるいは僕の勉強不足なのか、それらを見つける事はできなかった。僕はオリオン座を見つけただけで満足し、もはやその他の星座に関してはどうでもよくなっていた。今はただ、頭上に広がる数多の光球に見惚れていればいい、そう思えた。詳しい事は、また今度ここを訪れる時までに本で読んでおけばいい。
 笠井千恵里が寒さを訴え、僕はそれに同意し二人で階段を降りた。今度はあの悪癖による判断ではなく、本心から千恵里に共感して引き返す事を決意した。僕達が並んで星を見上げていたのは、全部で5分か、10分くらいのはずだ。
 動いていればいくらか寒さはマシにはなるが、立ち止まっていては肉体が冷えるばかりである。
「また一緒に来ましょう」
 公園を抜けて、一言目に笠井千恵里は言った。二言目には、手を振りながら別れを告げた。僕からも手を振って、別れの言葉を告げた。「じゃあ、またね」と言われたが、次が具体的にいつになるのか、どこで落ち合うのかという話は一切なかった。
 笠井千恵里の背中が指先で摘んでしまえそうな大きさになるまで見送って、僕はクロスバイクに跨った。家は、彼女の歩いていった方と真逆にある。今日の予定はもう、無い。あとはさっさと家に帰って、暖房の効いた部屋でゆっくり休みたい。明日は学校があるし、アルバイトの予定も入っている。


 家に帰り着いてからも、僕の脳裏には何故だか笠井千恵里の事が繰り返し思い起こされた。彼女の顔、声、仕草、今日話した内容、それららが時系列順にではなく、順番をランダムにして浮かんでくるのだ。展望台で見た、文句を垂れる一幕かと思えば、美味しそうにポテトを口にする表情が思い浮かんだ。
 風呂に入り、いよいよ就寝するとなっても変化は一向に訪れない。笠井千恵里が、己の姿の幻を僕に見せているのかもしれない。毛布を頭から被って、そんな妄想にも取り憑かれた。今頃あの女性は、僕の悶える様を見て愉しそうに笑っている。その場面を想像すれば、僕の胸には大きな衝撃が走った。大きな重石が乗せられたような重みだった。僕はこれの正体を知らないし、また解明するための術を持たない。故に僕はその後数ヶ月間、正体不明の枷をされたままで生活する事となった。
 そんな中、僕は何度か笠井千恵里の勤めているあのファストフード店に足を運んだ。枷の正体を知りたかったからだ。笠井千恵里が魔女でもなければ、僕にこんな不思議な枷をすることなど不可能なはずだ。そして実際、彼女は魔女でもなんでも無い、平凡な学生のはずだ。重石は、彼女の仕業ではない。だが僕としては、あと1度だけでいいから会って、話をしない事には現状を打破する手立てがないように思われた。だからそのために、彼女の姿を探した。
 けれどもあのお店の中に、目的の人物は居なかった。1ヶ月だったか、2ヶ月だったか粘ってみた。週に一回はお店に行った。曜日を変えてもみた。
 しかしただの一度として、笠井千恵里という人物を見かける事はなかった。もうアルバイトなど辞めてしまったのか、それとも進学したのか。彼女について、僕はついに卒業するまで何一つ知らないままだった。卒業してからは、彼女という存在そのものを、忘れてしまった。