(学校疲れたな。早く家帰って寝たい。あぁ、家に帰っても休めないんだっけ。それだったら、いっそ死んでしまえば疲れないのかな。でもそしたら、親不孝者って言われちゃうかな。でも、仕方なくない?寝れないんだもん。勉強勉強勉強勉強。勉強の効率上げるには適度な睡眠も大事なはずなのに、ママは知らないんだろうな。あの鬼は。自分ができないからって娘に押し付けるなよ。しかも、勉強勉強言っておきながら、自分は会社の人と飲むから、どっかで食べてきて?ふざけないでほしい。なんでママの都合に合わせて行動しなきゃいけないの。意味わかんない)

 永遠に愚痴を吐いているのは、藤凛花。今日も勉強と親に対する愚痴は絶えない。

 親から夕飯代はもらったし、どこかで食べていこう。そう決意すると、不思議と吸い付けられる魅力を持ったお店を見つけた。店名を『ほっと』という。どこか、安心する雰囲気がある店だな、とか思いながら、ドアを開けた。

チリンチリンと鐘が鳴った。すると、

「こんばんは、いらっしゃいませ」

という、優しい声が返ってきた。

(あれ、こんなにも優しい声を聴くのはいつぶりだろう)

そう思って安心すると、 いきなり涙が溢れてきた。お店の人はとても驚いていた。そりゃそうだ。自分の挨拶で泣かれてしまうのだから。私は、とても申し訳ないと思った。でも、お店の人は

「大丈夫ですか?よかったらこれ、お使いください」

と言って、新しい真っ白のハンカチを差し出してくれた。

 その優しさをありがたく思いながら、涙を拭かせてもらう。そして、私が落ち着いたころ、カウンター席に案内された。荷物を預けてから座ると、独特な座り心地がする木の椅子に驚かされた。

 とりあえず、メニューを見たいと思いあたりを見るとあれ、メニューがない。不思議に思ってお店の人に尋ねる。

「メニューってないんですか?」
「当店では、お客様の要望に応えて料理を提供させていただいています。なので、食べたいものをなんでもリクエストしてくださいね」
「、、、わかりました」

 私が今日食べたいのは何だろう。食べたいもの、、、、ないな。でも、強いて言うなら、お店の人が作るのを好きな、得意料理が食べたい。そんな抽象的なものでもいいのかな。少し考えてから、お店の人に声をかけた。

「すみません。お店の人の得意料理を食べたいです」
「承知いたしました。少々お待ちください」

 待っている間は、いつものように勉強をする。幸い、自分以外のお客さんがいなかったから気が楽だ。そう思いながら短い時間、集中して行う。そんな彼女には、厨房からの視線に気が付くことはなかった。

「お待たせいたしました。店主おすすめの料理です」

 あれ?私がお願いしたのは得意料理のはずだ。なのになぜ、おすすめ料理なのか。不思議に思って訊ねてみた。

「あの、、私が注文したのって、お店の人の得意料理だったはずですが、、、、」
「勝手に注文を変えてしまってすみません。しかし、私の得意料理がなくてですね。正確にはあるんですけど、お客様に提供できないほどの激辛カレーなので、換えさせていただきました」
「そうなんですね」
「はい。ちなみに今回のメニューは、唐揚げとゆで卵の入ったサラダ、ヨーグルトです。お飲み物はホットココアにさせていただきました」
「理由を伺っても?」
「もちろんです。お客様は少々ストレスが溜まっている、あるいは精神的に不安定な状況だと見受けられます。そこで、ストレスに聞くといわれている、たんぱく質が多く入っているものをメインにしました。そして、ホットココアは、マグネシウムが入っていて、これもストレスに効くといわれています。このマグネシウムは、カルシウムと一緒に摂ると吸収されやすいのでヨーグルトも一緒にお出ししました。何か質問、ありますか?」
「いえ、ないです」
「かしこまりました。では、ごゆっくりお楽しみください」

 私は会釈を返して、食べ始めた。

 おいしい。唐揚げはサクサクで味がしっかりついていてジューシー、サラダはさっぱりしていてドレッシングがレモン風味で唐揚げに合う。ホットココアは落ち着く味がして、ヨーグルトはまろやかだ。

 一つ一つの食材が、一品一品に生かされていて、すごく丁寧だ。夢中になって食べ進めていると、いつの間にか食べ終わっていた。こんなにも満足する食事をして、食べていることを実感したのはいつぶりだろう。そう思うと、心の奥が温まった気がした。

 食事を堪能し、お店の人にお会計をお願いすると、「お代は結構です」と言われた。さすがにこんなにもおいしい料理を作ってくれたのに、お金を払わないのは気が引けた。なんとか払いたい旨を伝えると、お店の人は少し考えてから声を出した。

「お客様のストレスの原因、ぜひ私に聞かせていただけないでしょうか?私はアドバイスできませんが、聞くことはできます。話すだけで気が楽になることはあると思います。もし、ならなかったらお代をいただきます。でも、もし気が楽になったのならば、お客様の心が気楽になった記念に僕からのおごりということにしてください。それでいいですか?」

 本当は払いたい。でも、ここまで言われたら条件をのむしかない。私はうなずいたと同時に、自分の悩みを打ち明けていた。

 家族のこと、勉強のこと、学校のこと、死にたいと思ってしまったこと。その間、お店の人は話を静かにずっと聞いてくれていた。そして私は最後に、こう付け加えた。

「もちろん、命が尊くて、今まで生きてこられたことが奇跡なのはわかっています。でも、今日を生きたい昨日亡くなった人の代わりに自分の命を全うするなんて、どうしたらいいのかがわかりません。そんな私を見たら周りの人に失望されて、生きにくくなりそうです、、ははは」

 自嘲するように言うと、お店の人は、少し怒気を含んだ声で私に言った。

「誰かの代わりに生きようなんて傲慢ですよ。自分のできる範囲で、自分の人生を楽しめばいいんです。別にほかの人の分まで生きなければならない法律や条例なんてないんですから。でも、死ぬのは話が変わります。いくら貴女にひどいお母様だって、貴女がこの世界からいなくなれば、悲しみます。それは知っておいてくださいね」
「母は、私がいなくなって喜ぶと思いますが」
「それは分かりません。でも、愛してやまないあなただからこそ、厳しくしてしまうのではないかと私は考えます。だって、愛する人が、社会に出る学力でつまずいている姿や、社会のマナーで恥をかいているのを見るのは辛いですからね」

 そういうとお店の人は、今にもなくなりそうな透明感のある顔で笑った。それを見てると励まされたような気がした。ついでに心まで軽くなった気がする。

「どうですか?話して楽になりませんでしたか?」
「、、、、なりませんでした」
「嘘ですね」
「、、、、嘘じゃないです」
「じゃあなんで答えるまでに間があるんです?あと、目が合いませんねぇ」

 お代を払わないのは気が引けたから、嘘を言って変わらなかったから払いたい、と言おうと思ったが、ダメだった。この人に嘘は通用しないらしい。

「すみません。どうしても払いたかったので嘘、、ついてしまいました。話を聞いていただいて、だいぶ心が軽くなった気がします。ありがとうございました」
「いえいえ、心が軽くなってよかったです。心が軽くなると、物事へのやる気も変わりますからね。おめでとうございます」
「ありがとうございます」

 そういって私は席を立った。

「ごちそうさまでした」
「またのお越しをお待ちしています」

 少しやり取りをして私は店を出た。その瞬間にお店の電気が消え、目視できなくなったが場所は覚えた。必ずまた来ようと決心したのであった。