どこにいても、何をしていても、いつもどこか息苦しい――こんな自分のことが大嫌いだ。

もし自分が暗闇にいるとしたら私は暗闇の中光る1本の細い糸の上をゆっくり歩いているだろう。そのいかにも不安定な姿はサーカス団を夢見る幼い子供のようだった。この糸がプツリと切れた時、私、中川侑果は居場所を失う。


「ゆーか!食堂行こー」
四限が終わりそのまま自席で先程の授業で出された課題に取り組んでいる私に声をかけてきたのは紗菜と美音。2人とも1年生の時に出会い仲良くなった。2年にあがりクラス替えをした時に2人は1組で私は3組という形で別れてしまった。でも今みたいに昼休みや学年で行動する時は、 2人で3組にきてくれるので今でも一緒に行動する機会が多く仲良くやっている。

先を歩く2人を駆け足で追いかけている時ふと感じることがある。

誰かにいじめられているわけでもない。友達がいないわけでもない。いつも一緒登下校する友達がいて、休み時間もおしゃべりして笑いあって、学校も休むのがもったいないくらい楽しくてとても環境に恵まれている。その気持ちは本物だけど何故か時折無性に悲しくなる。苦しくなる。辛くなる。
そう感じるようになったのはいつ頃からだろう

「えー、じゃあ次3番の問題、中川わかる?」
先生がたった一人に向けて質問を投げかけた刹那、先程までのざわめきがぴたりと止んだ。そのたった一人、質問をされたのが私だ。静まり返った教室の中で長い沈黙が続く。
黒板には
( 3 )while Emi was talking to them,she saw ( ) person coming with a dog.
と書かれている。
( )の中に入る英単語は何か。自分の中で答えはこれだと思うものがある。しかしそれがあっている自信はなく、英単語の読み方にも自信が無い。違ったらどうしよう。周りから白い目で見られてしまうかもしれない。先生にはどんな反応をされるだろう。そう思うと自分の意見を口にしようとしても声が上手く出せず喉でつっかえてしまう。結局その繰り返しで私が言葉を発することはなく、あまりにも長い沈黙だったため先生が呆れた様子で黒板に回答を書き始めた。そんな姿を見て安心してしまった自分に嫌気がさし視界がぼやけた。私の中の細い後が切れてしまった。もうここにはいられない。涙を流してしまえばそれこそ周りからの視線が怖いので必死で奥歯をかみ締めた。全ての問題の解答確認が終わると出席番号順に前に来るよう指示をされた。どうやら受け取るプリントがあるらしい。私の番が近づいてきたので席を立つ。そして並ぶと見せかけて教室の後ろのドアからそっと抜け出した。やってしまった。そんな思いを抱えながらも万が一追いかけてきた先生に追いつかれては困るので校内を全力疾走して私の教室がある2号館から1番離れている6号館を目掛けて駆け抜ける。6号館は音楽室や調理室など主に特別教室のある校舎だ。6号館に着き、周りに人がいないことを確認すると階段の横に置かれている掃除用具箱の隣に隠れるように座る。1度深呼吸をすると体が安心を感じたのか自然と涙が溢れてくる。質問に答えられなかった自分が嫌だ。声を出せなかった自分が嫌だ。逃げ出してしまった自分が嫌だ。自分が悪いのに泣いてしまう自分が嫌だ。ミキサーのような勢いで混ぜられた私の中の感情は泡立つように膨張して溢れていく。溢れたそれを受け止めてくれる人も拭いてくれる人もここには誰もいない。スピードを落とすことを知らない私の心のミキサー は中身が全て溢れて空っぽになるまで止まることは無かった。ミキサーが止まり冷静になると、改めて自分の行動に呆れてしまう。無言で授業を抜け出すことは良くないことなのは自分でもよくわかっている。これまでも何度も先生に追いかけられたり、ばったり遭遇してしまった先生に怒られて教室に連れ戻されたりしてきた。職員室に「中川がいません」って電話がかかってきたこともあるって担任の先生言ってたかも。
でも、自分にとって上手くいかないことがあった時、それを堪えて最後まで教室で授業を受けていられるほど私の心は強くなかった。あのしんとした空気が漂う教室に居続けることは私にとってかなり難しいことでもあった。
ふと休み時間になればこの廊下も人が通ることに気づき、ゆっくりと立ち上がり静かに廊下を歩く。先生の声や生徒の話し声も聞こえないのでこの時間は6号館での授業はないらしい。廊下から教室に設置されている時計を見ると授業が終わる5分前、45分を指していた。
そういえば抜け出してきた英語の授業、まだ三限か。あと三時間も残ってるから流石に戻らなきゃだよなぁ。
そうは言っても授業を抜け出してしまったため教室に戻るのにはかなりの勇気がいる。それにきっと今の私は明らかに泣いたあとの顔をしていて、このまま教室に戻ると泣いたことがバレてしまう。しかし三時間分の授業を欠席するのはやはり良くないと思い、教室へ戻る準備を始めた。
まず近くの御手洗に入った。鏡をみると予想通り目は真っ赤で泣いたあとの顔をしている。相変わらずブスだな。鏡に映る自分の顔にそう思いながらポケットからピンを取り出し前髪をとめる。水道の蛇口を捻り水を掬うと、顔をめがけてピシャッと当てハンカチで拭けば先程より泣いたあとがだいぶ分かりにくくなった。ピンを外して前髪を元通りに戻すと代わりにあるものを取り出した。こういう時のために、と思って入れて置いた伊達メガネだ。メガネを付ければ目の周りの印象が強くなり、泣いた後に気づきにくくなると思ったのだ。やはり可愛くない鏡に映る自分の顔を見た後目を閉じる。ゆっくり深く深呼吸をしたあと勢いよく目を開ける。最後に両手で自分の両頬を叩き、心の中で「よし!」と呟く。

御手洗を出てもう一度時計を見ると時刻は五十七分を過ぎていた。残り三分で次の授業が始まってしまう。このタイミングを逃せばまた一時間教室に入れず自己嫌悪に陥ってしまう。無駄な時間を過ごさないためにも、先生に見つからないためにも、授業に間に合うように教室に戻らなくてはならない。それでも強くない私は、少しの衝動で壊れてしまいそうな心を抱えながら小走りで教室のある2号館に向かった。教室までの道で最後の曲がり角を曲がる時、忙しそうに回っていた足の回転をゆっくりと休める。 まるで何事もなかったかのように教室に入るため堂々と廊下を歩いていく。私のクラス、二年一組の教室の後ろのドアまで残り1m。
本当に本当に私は何も知りません。何もありませんでした。
そう心の中で強く叫びながら目をつぶって教室の中へ足を踏み入れる。そして迷わず自分の席まで歩き、ゆっくりと椅子を引いて席に着いた。
きっと今私を見たククラスメイトは、侑果が戻ってきた。どこに行っていたんだろう。
そんなふうに心の中で思っているだろう。やめて欲しいな。そう思うけど、もし自分が相手の立場になった時、クラスメイトがいきなり授業中にいなくなったら行き先が気になってしまうに違いない。だから「侑果どこ行ってたの?大丈夫?」というクラスメイトの声に「聞かないで」なんて言えない。「うん、大丈夫大丈夫」そう笑って誤魔化す他なかった。
間もなくしてチャイムが鳴り、四限の授業が終わった。その頃には気持ちも落ち着いていた。カバンからお弁当を取り出しているとタイミングよく紗菜と美音がきた。紗菜も美音も中学からの仲で私のことを分かってくれているのか、授業を抜け出した時にどこに行っているのかという話題については触れないようにしてくれているみたいだ。私はそれが嬉しかった。2人のおかげで学校自体はとても楽しく過ごせている。それなのに…無性に悲しくなる、苦しくなる、辛くなるそんな瞬間がある。ネガティブ思考になってしまったが、「購買にアイス買いに行かない?」という美音の提案を聞くとすぐに、笑顔で二つ返事をした。
アイスを食べながら雑談をして苦しくなるくらい笑っていると休み時間はあっという間に終わりを迎えた。2人のおかげで楽しい休み時間を過ごし、五、六限はしっかりと授業を受けることができた。
放課後は真っ直ぐに家に帰る。「ただいまー」と大きな声で言っても何も帰ってくることがないこの家は居心地が悪い。荷物を置き、手洗いや着替えを済ませると自分の部屋に閉じこもる。リビングに置かれている家族写真は幸せそうな家族に見える。見えるというか実際そうだった。でも今は…。
癖がついたように自然とスマホの上で動く指はSNSのアプリを開いた。3つあるアカウントの中から誰にも教えていないものに切り替え今日あった出来事を書いていく。

あー、今日も授業抜け出しちゃった。席順に当てられてたから自分が当てられる可能性があるの分かってたのになんで予め友達に確認したり聞いたりしなかったんだろ。ほんとバカだな、生きるの下手だ。

思っていたことを勢いで綴る。1度ネガティブ思考になってしまえば簡単には収まらない。1人だと特に。学校で流した涙は誰にも拾ってもらえないけれどここでは画面が受け止めてくれる。そしてインターネットという世界で共感した者が集まってきてくれる。
SNSは基本的に私の気持ちを吐き出す場として利用していた。自分の意見に共感してもらえたり、新たな味見方を教えてもらえだりしてとにかく楽しい。もちろん学校の友達と繋がっているアカウントもあって、そこでは今流行りのものや友達の興味のあるものが知れたりするから学校生活を送る上で会話に欠かせない情報が詰まっている。しかしそれと同時に入り込んでくるのが複雑な人間関係の情報。

今日の体育で組んだペアのまま実技テストなの終わってるwww
ペアぐらい自由に組ませろ!!!



あのペアすごく楽しそうにやってると思ってたのに表面上だけだったんだ…
そういうことを知ってしまうと当事者ではなくても嫌な気持ちになってしまうので基本的に家ではこのアカウントを開かないようにしている。
同じ趣味で出会った人たちの間にも複雑な人間関係はある。たまに荒れてしまうような内容や不適切な発言を投稿している人を見ると、それってどうなのかなぁと思う。けれどそこに首を突っ込んでしまえば面倒なことは目に見えているので話が分かり合える人とだけ接していく。話していればある程度性格は知られてしまう。でも相手は顔も名前も、本当の私を何も知らない。そのせいか、同じ人間関係でもゆかなでいる時の方が苦しさを感じない。

翌日は何事もなく一限から6限まで過ごすことが出来た。むしろ楽しすぎてあっという間に感じられた。カバン片手に、終礼後も盛り上がっている輪の横を通り過ぎると、「侑果ちゃん部活?」と声をかけられる。「委員会だよ」「あー!そっかそっか、頑張ってねー!」という声に「うん!ありがとう!そっちも部活頑張ってね〜」と返事をして教室を出る。暖かいなぁと思う。普段から一緒に居なくても、こうして声をかけてもらえるのは嬉しい。

向かった先は図書室。そう、私は図書委員なのだ。難しい本は苦手だが、静かな図書室は居心地がいいので、委員会の仕事として放課後図書室にいることが出来る図書室を選んだ。親が仕事休みで一日家にいる日にはこうして放課後は委員会の仕事を入れて帰宅までの時間稼ぎをしている。

カウンターの席に着き、カバンから本を取り出す。私が最近ハマっている、星野星さんの作品だ。星野さんの書く物語はどれも10代の学校生活や日常生活がテーマで、主人公は男子の時もあれば女子の時もある。まるで現実を生きてる10代の人間の生活と気持ちをそのまま文字にしたような星野さんの作品は、私のようなリアル10代の人間から共感の嵐を巻き起こし、若者を中心にヒットしている。あまりにも10代の気持ちをわかりすぎている星野さんは、本当に10代の作家なのではないかと1部で噂も出ているくらいだ。
私は物語に感情移入をしやすいのでよく星野さんの作品を読みながら涙している。難しい話は苦手だけど、同じ10代の主人公が私たちと同じように悩みを抱えて生きている話は場面が想像しやすくて読みやすい。今は、本当にちょっとした事で気持ちがすれ違ってしまった男子2人の仲直りシーンに突入したところだ。続きが気になっていたのでワクワクした気持ちで本を開く。
無事に2人が仲直り出来たことに安心しているとカウンターに1人の生徒がやってきた。片手に本を持っているのでおそらく借りに来たのだろう。
「その本借りますか?この紙に記入お願いします。」
「お願いします。」
「ありがとうございました。」
静かな図書室で私たちの会話だけが音を鳴らしている。
図書室で自習をしている生徒は奥の自習スペースで行っているので、本棚とカウンターしかない入口付近はかなりの静寂を放っていた。
受け取った紙には今日の曜日と2週間後の曜日、そして作品名と本人のクラスと名前が書かれていた。2年3組 宮野昴星くん。紗菜と美音と同じクラスだ。1学年6クラスある学校で、あまり人間関係が広くない私は彼のことを知らなかった。しかし最近はよく図書室で見るようになった。去年も図書委員をしていたが見かけるようになったのはここ最近の話だ。同じクラスだけど話したことがない、よく見かけるけど話したことがない。そんな関係の相手だと気まずいような気がしたのでむしろ知らなくて正解だったかも。なんて思いながら本を開き続きを読む。
次の日も何事もなく6限まで過ごした私は放課後になると図書室を訪れる。カウンターに座っていると本を借りたい様子の生徒がカウンター周辺をうろうろしているのを見つけた。少し迷ったが思いきってカウンターから顔を出し、目が合った女の子に向かって「本借りますか?」と聞くと「あっはい!」と笑顔で答えてくれた。カウンター前に来てくれた女の子に本の借り方を説明して紙を受け取ると女の子は嬉しそうに図書室のドアを開けていった。1年2組 遠山実乃吏 。1年生かぁ、そりゃ本の借り方不安になるよなぁ。なんて思っているとカウンターの前にまた人が現れた。図書室の利用者自体は少なくないが大半が自習に来ている人で本の貸出数が0の日も余裕であるのに今日は借りてくれる人が多いなぁと嬉しくなる。紙を両手で持ち差し出すと、前に立っていたのは宮野くんだった。もう昨日の本読み終わったの!?そしてまた借りるの!?と驚いた顔をすると宮野くんも驚いた顔をした。申し訳ないなと思いつつも伝える言葉が思いつかず迷っている間に宮野くんは記入を終えており、無言で受け取ると、本を片手に無言で去って行った。
なんだあいつって思われたかな!?てかそもそも宮野くん私のこと知らないよね、同じクラスになったことないし私前に立ってなにかするようなタイプでもないし。こういう時ネットの世界だったらなぁ。と思ってしまう。私が気にしすぎなのはわかっているけどネットの世界ならこういう気まずさは感じることは無いし、文面での会話だから返事を考える時間も十分にある。対面だとどうしてもリズム良く会話をしていかないと行けないからじっくり考える時間がなくて苦手だ。この日はなんだか読書に集中出来なかった。

1週間の最後を飾る金曜日。この日はなんとなくみんなと体育を受けられる気持ちではなかったため授業を休むことにした。先生に伝えて保健室にでも行ければ良いのだが簡単に許可が降りるわけがないので、私はみんなが体育に移動する長れを使いトイレにでも行くふりをしてそっと人混みから抜け出した。特別辛いことがあったわけじゃない。だけど何故か感じる息苦しさ。今日も6号館へ足を進めた。

いつかの6限終了後、その日は終礼で配布物があった。配られた3枚の紙の中から目に入った保健だより。その右下の文章が目に入り込んできた。
そこには、今の時期はストレスを抱えやすいです。悩み事があれば1人で抱えずに友人や先生に相談しましょう。この学校には相談室がありスクールカウンセラーが来ます。
という文章と共にスクールカウンセラーの来校日が書かれていた。相談室…どんなところだろう。そこに行けたら少しは楽になれるのかな。そんなことを考えながらB4サイズの紙を半分に折り、プリントで膨れ上がったクリアファイルに押し込んだ。

6号館に行ったとしてもそこからさらに居場所を探さなくてはいけないので、思いきって相談室に行ってみることにした。
相談室は6号館の2階の奥、資料室の前にある。場所は知っていたが相談室にも資料室にも用事がなかったため通りかかることもなかった。利用している人が少ないのか廊下も少し薄暗いように感じる。近づいてみると相談室は電気がついていることがわかった。足音に気をつけながら更に少しずつ近づき、扉の2、3歩手前で足を止め中の様子を音で確かめる。はっきりとは聞こえないが微かに話し声が聞こえるので中に人はいるようだ。笑ってる、楽しそう。そう感じるような暖かい雰囲気が壁越しにも感じられた。しばらく様子を伺っていると段々と話し声が大きくなり、足音も聞こえてきた。私は慌てながらも足音を立てないように急いでその場から離れた。近くの階段を上がり踊り場から下を見て様子を伺う。足音がだんだん小さくなっていくのを確認すると階段を降りた。続いている廊下の先には先生と生徒の影があった。生徒の影は…宮野くん!?後ろ姿しか見えないけど後ろ姿だからわかる。図書室で本を借りたあと図書室から出ていく宮野くんの後ろ姿を何度も見た。それに隣にいる先生は3組の担任の先生。宮野くんで間違いないと思った。でもなんで宮野くんが…。相談室から出てきたよね…?思わぬ人物との遭遇に驚き固まっていると上から質問されてはいけない言葉が聞こえた。
「お、中川、どうしたんだ?」
そんな声が聞こえてビクリ肩をふるわす。恐る恐る振り向き上を見上げると、私たちのクラスの英語の教科担当の大須先生が階段の踊り場からこちらを見下ろしていた。バレてしまった。どうしたのか、保健室に行っていましたと言えば良いだろうか。いやそんな嘘は過去についてバレているし保健室の先生に聞けば1発で嘘だとわかってしまう。大須先生も私が無断で授業を抜けているということは容易に想像出来ているだろう。どうする私。
「授業は…」
その声が聞こえた途端、私は踵を返して廊下を走った。先生の「中川」という強い声はしっかりと脳まで届いたが、聞こえないふりをして全力で廊下を走った。今は授業中なので大半教室が授業を行っている。その廊下をドタバタ走れば怪しまれてしまうので授業をしてないであろう5号館の図書室に逃げ込んだ。電気がついていないこと、声が聞こえないことを確認して中に入る。万が一を考えて入口から見て影になるカウンターの後ろに隠れるように座り込む。流石に先生も見失ったのか再び足音が聞こえることは無かった。また良くないことをしてしまった…と思いながらも静かすぎるこの図書室はやはり私にとってとても居心地が良かった。
スマートフォンを出してSNSを開く。私の学校は基本的にスマートフォンの使用が禁止されており、終礼後の放課後のみ許可されているが、今日は予め授業を休む前提だったのでこっそりポケットに忍ばせておいたのだ。放課後以外の使用が見つかってしまえば指導されてしまうので人の気配を気にしながら文字を打った。

やっちゃった。逃げちゃった。授業出なきゃいけないこともわかってる。こんな気持ちの問題で休むのが許されないなんてわかってる。無言で逃げ出すなんて尚更良くない、分かってるのに、こんなことしか出来ない自分が嫌だ。

慣れた手つきで画面に思いをぶつけインターネットの海に投げ込む。
そして最近少し感じていたこと。

2人のこと好き、大好きだけど仲良い2人を見てると自分は邪魔かなって、きっと2人でいた方が楽しいんじゃないかなってそう思っちゃう。3人で歩いてる時にどうしても道の広さ的に3人並んで歩けない時がある。前は何となく雰囲気で前に2人後ろに1人を作っていたけど今は私が後ろの1人になるように意識しながら歩いている。
私がついていけない会話をしている時の2人は楽しそうだし私がいると変に気を使わせてしまっている気がする。2人のことが大好きだから私1人で後ろを歩くのは寂しいし私も会話に混ざりたい。自分で選んだ行動なのにそんなこと思っちゃうの良くないね。

感情の勢いに任せてどんどん指を上下左右に動かし気持ちを吐き出してはインターネットの海に投げる。
それを繰り返し満足してスマートフォンをポケットに戻すと先程より少し気持ちが軽くなった気がする。しばらくぼーっと過ごしていると、もし相談室に行けたら幸せなのかな。そんなことを考えてしまった。
しかし私には相談室に行く勇気などないので考えるだけ無駄だ。そうひとつの小さな悩みに蹴りをつけるとタイミングよくスマホが震えた。そういえば電源切ってなかったか、と思いスマホを見ると先程投稿したものに対するいいねの通知が来ていた。わざわざ興味のないものに反応することはないと思っているので、いいねを押してもらえると自分のリアルでは見せられない部分も肯定してもらえる気がして嬉しくなる。始めた頃はただ辛くなった時に吐き出すための場所として使っていたが、投稿を重ねていくうちに同じような悩みを抱えている人や理解者が周りに増えて行った。初めはゼロが並んでいたフォロー中、フォロワー欄も次第に数字が動くようになった。それから繋がっている人達が朝の挨拶投稿や今日はこんなご飯を食べた、学校で、職場でこんなことがあった、など日常的なことを投稿しているのをみて私も同じように悩み以外も投稿するようになった。

これから学校だけどまだ眠い、寝てたい

ある朝こんな投稿をしてみると、おはよー!、わかる!ねむいよね!、など返信が来るようになりネット上の人間関係が生まれた。先程いいねをくれた「かすてら」というユーザー名の方は良く話をする人のうちの1人で、話がとても面白い方で話していてとても楽しい。
今かすてらさんいいねくれたってことはSNS見てるのかな。DMで助け求めたら返ってくるかな。そう思い再度アプリを開こうとしたが、ただでさえ授業を無断欠席しているのに先生から逃げた先で隠れてスマートフォンを弄るのは罪を犯しすぎていると思い力強くボタンを押し本体の電源を切った。
授業が終わるまで残り30分ほど。ぼーっとしているには長すぎるので本を読むことにした。返却BOXに置かれている本の中から1番気になった「○○○○」という名前の本を選んだ。作品名も作者も初めて聞いたものだったが読みやすい作品だった。かなり集中していたようであっという間にチャイムがなってしまった。続きが気になるのでこっそり紙に必要事項を記入して本を借りた。
本を片手に図書室の扉をゆっくりと開ける。体育終わりのクラスメイトと自然に合流できるようタイミングを見計らいながら廊下を歩く。こういうことをしてしまった日、職員室の前は通らない。それがマイルールだった。5号館は2号館への近道があるが、そこは職員室に近い道を通るため遠回りをして2号館へ向かった。時々校庭の様子を確認しながら歩いたおかげで、みんなが着替えを終えて教室内を忙しなく行き来しているタイミングで教室に着くことが出来た。心の中でナイスタイミング!と思いながら深呼吸をする。今日も私は何事も無かったかのようにクラスへ溶け込んだ。
その後残っていた授業を乗り越え、今日は真っ直ぐ帰宅する。部屋に入ると習慣化されたかのようにSNSを開き文字を打つ。

あーあ、また授業抜け出しちゃった。先生にバレたし。

課題やらなきゃなんだけど授業出てないせいでわからん、誰か数学教えてーー

お腹すいたけど今日の夕飯ハンバーグらしい!!大好きだから嬉しい〜

そういえば今思い出したんだけど今日学校で友達が自販機で2個同時にボタン押したらまさかの両方出てきたのwww
世の中のバグみたいなの起きててめちゃくちゃ面白かったwwww

その時々で感じたことをまるで会話相手がいるかのようなテンションで投稿していく。そんな投稿に対して返事が来て会話が続くととても楽しくて、学校で中川侑果として生きるよりインターネットの世界でゆかなとして生きていたほうが生きやすいし楽しいと確信を持つようになっていった。

それから数日後、この日は例外だった。いつもは何か自分の中で耐えられない出来事があると教室にいられない気持ちになり抜け出してしまうのだが、今日は休み時間トイレに行ったあと教室に戻ろうとした時にことが起きた。あと1.2歩。その勇気が出なかった。ドアは開かれている。中でクラスメイトがいつも通り思い思いの休み時間を過ごしている。その空間に私は足を踏み入れることが出来なかった。
後ろから「入らないの?」という声が聞こえてきた。振り返ると紗菜と美音がいた。入りたくても入れない。そう伝えたいのに足が震えてしまって上手く話せない。何も答えないでいると「ほら〜中入るよ〜」と2人に背中を押され教室に入った。その瞬間どっと気持ち悪さに襲われた。今すぐこの教室から出たかった。でも2人に背中を抑えられているので振り払って逃げ出すことができず、一生懸命愛想笑いを浮かべた。紗菜と美音は教室が2つも離れているのにチャイムがなる1分前まで私のそばにいた。結局この日はその後始まった授業に耐えられず周りに心配され早退することにした。
両親は仕事で迎えに来れないことを伝え、1人で帰宅した。嘘ではない。嘘ではないけどもし仮に仕事じゃなかったとしても迎えに来てはくれないだろう。私の家族は、お父さん、お母さん、私の3人家族。小学生までは楽しかった記憶が沢山ある。私が中学校に上がってから専業主婦だったお母さんがパートとして働くようになった。私も部活や友達との付き合いで忙しくしていると家族で過ごす時間は激変した。お父さんは朝から仕事に行く日もあれば、夜中に出ていくこともある。それは私が幼い頃から変わらないが母も私もずっと家にいるわけじゃなくなったせいで家族3人で顔を合わせる日は週数回、あるかないかだった。顔を合わせてもすぐ家を出る時間になってしまったり、寝る時間になってしまうので会話もほとんどない。この状況が人によって、幸せと捉えるか不幸と捉えるかは人それぞれだと思う。でも1度幸せを知ってしまっている私には今が幸せな家族とは思えなかった。
家に着くとリビングにカレーが2つ置かれていた。私とお父さんの分だろう。時間が合わない私たちは、お母さんは作り置きしてくれたご飯を食べれる時間に温め直して食べることが習慣になった。まだ微かに温かさが残っていたそれはお母さんが先程までこの家にいたことを教えてくれる。
早退したのが5限で家に着いた今もお腹は空いていない。でもせっかく温め直さなくても食べれそうなカレーなので急いで手を洗い、スプーンを取りだし「いただきまーす」と声に出す。こんなウキウキした気持ちでご飯を食べるのは久しぶりだった。初めはちょうど良い温かさと美味しいカレーに嬉しくなっていたが、最後の方に食べたカレーはいつの間にか冷めきっていて心做しかご飯も少し固くなっている気がした。食べ始める前とは打って変わって冷静な私は、怖いほど静かな家で聞こえる食器と水の音を無心で聞いていた。
食器洗いを終えると部屋着に着替えスマホ片手に布団にダイブした。今日はもう何もしたくない気分だった。もし寝坊しても体調不良って言えばいいかと思い、夕日が差し込む窓のカーテンを占め布団に潜りアラームもかけずに目を瞑った。

目を覚ましたのは翌日の朝6時だった。12時間ほど寝ていたらしい。カーテンを開けると眩しい光が差し込んだ。さらに窓を開けると心地よい風が吹いていて気分の良い朝だった。
制服に着替えて準備を始める。朝ごはんは食パン1枚。トースターにつっこむと次に冷蔵庫を開ける。大きな鍋を取りだし鍋ごと温める。中身は昨日の夕飯で余ったカレーだ。さらに冷蔵庫からご飯を取りだし電子レンジにつっこむ。私が学校に行くまでの時間お母さんは寝ていて、お父さんは寝ているか仕事をしているかで私しか起きていないので朝ごはんは手軽に食べれるトースターパン。お弁当は前日の夕飯の余り物。台所には食パンのストックが溢れている。手前の方は消費期限間近だ。温めたカレーを液体用のお弁当箱に入れ、別の容器にあつあつのご飯を詰め込む。焼けたパンにバターを塗り塩をかけて食べる。この生活が始まって5年目。初めは手際が悪く時間がかかっていた朝ごはんとお弁当の準備も今では寝坊した日でも対応できるほど慣れた作業になってしまった。
いつもより30分ほど早起きしたことだし!とせっかくなので早めに学校に行くことにした。家から電車で30分程の学校は電車の中で小テストの勉強をしたりSNSをチェックするのであっという間に着いてしまう。よく乗る電車の時間は人が多いが、この時間の電車に乗る人は変わらないので勝手に顔見知りができてしまっている。しかし30分早い今日は、30分早いだけでこれだけ違うのか!と驚かざるおえないほど電車は空いており、当たり前だがよく朝見る人も誰もいなくて新鮮だけどなんだか変に不安を煽られるような気持ちになった。
学校に着くと昇降口に人気がなく不安な気持ちが強くなる。靴を履き替えて2号館へ向かう途中も誰ともすれ違うことがないままクラスに着いてしまった。いつも私が来る時間は既にたくさんの生徒で賑わっているので強い違和感を覚える。私がかつて教室に一番乗りで入ったことがあったか?自問しながら教室に入り自分の席に座る。やっぱり今度から早起きしてもいつも通りの時間に来よっと思いながらスマートフォンを触っていると5分足らずで明るい会話声が聞こえてきてその声は教室に入ってきた。ドアに目を向けると、悠大と希珠が笑いながら歩いていた。2人は私に気づくとびっくりした表情をしていたが直ぐに希珠の口が動いた。
「えっ、ゆーか今日めっちゃ早くない?どうしたの?」
「昨日帰ってすぐ寝たら早起きしちゃって」
「そういえば昨日早退してたもんな」
「でももう元気だよ」
とマッチョポーズ?をしてみると悠大も希珠も笑ってくれた。
「2人こそこんな早くから学校来てるんだね。いつも一緒に来てるの?」
今度は私が、付き合ってるんじゃないかと噂が立っている2人にわざと質問してみる。
「なんかいい時間帯の電車なくてさ、この時間か遅刻ギリギリの2択なんだよね」
そういえば希珠家遠いって行ってたっけ。制服が可愛いことが理由でこの学校選んだみたいな話聞いたことあるけどにしてもそんな遠くから来るなんて凄いなと理由がどうであれ感心してしまう。
「悠大も家近いの?」
2人が同じ時間に学校に来るというのはそういうことだろうか。そう思って質問してみたが答えたのは希珠だった。
「それがさぁ!聞いてよゆーか!こいつの家桜駅から徒歩圏内だよ!?」
あんぐりしてしまった。遠いどころかめちゃくちゃ近いじゃん!?そんな目で悠大を見ると何か言いたげな顔をしていた。桜駅とは私たちの通う学校の最寄り駅。駅からの距離は徒歩10分ほどで近くて便利だ。
なんで家が近いのにこんなに早く学校に来ているのか、本人の口から聞こうと思ったがやめておいた。
聞かなくてもわかるくらい、目の前にいるふたりは楽しそうに言い合い笑いあっていた。
来た時は静かだった後者が段々と賑わってきた。時計を見ると8時を指していた。私がいつも登校する時間だった。30分早く来ただけで楽しい時間を長く過ごすことができ、なんだか一日を得した気分になった私は廊下を通りかかった紗菜と美音に大きな声で挨拶をした。

この日は一日中楽しく過ごすことができた。早起きは三文の徳とはこういう日の事を言うのかもしれない。頭の中で好きな音楽を流しながら軽いステップで図書室に向かう。カウンターに座るのは久しぶりだった。貸出ノートを眺めているとたまたま本の作品名が縦読みで「名前」と読める場所を見つけた。気になってほかのページも縦読みができないか探してみると、ところどころ言葉になりそうな場所を見つけた。気になって本を借りた生徒の名前を見ると全て、宮野昴星と書かれていた。そういえば宮野くんよくこの図書室で本を借りていたけどどんな本を読むんだろう?興味本位で見てみるとジャンルはどれもバラバラだった。ただ私は宮野くんの借りた本の作品名を、借りた時系列順に縦読みすると文章ができ上がることに気づいてしまった。
僕の夢日記
のばした手のさきに
名誉革命
前田さんと後田さん
はばたく鳥の写真集ver.2
カレーの作り方
スイミングプールと夏の匂い
テーブルの上にリンゴがひとつ
らいねんも、きみとふたりで
でんわ
すみれの花が咲く頃に

僕の名前はカステらです。カステら…。らだけがひらがななのは謎だがおそらくカステラの事だろう。カステラと聞くとみんなは食べ物を思い浮かべると思う。でも私は違かった。カステラさん…。SNS上で仲良くしてくれている方のお名前だった。カステラという名前を使ってアカウントを動かしている人はきっと世の中にたくさんいる。けど何故か私には宮野くんがカステラさんだという根拠の無い情報を疑うどころか大いに信じた。
放課後なので堂々とスマホを出しアプリでカステラさんとのDM画面を開く。
「もしかして、カステラさんって宮野くん?」送信ボタンを押す直前、指が止まり5秒後に打ち込んだ文章を削除した。
勢い余って聞いてしまったが仮にもここはSNS上だ。カステラさんと宮野くんがイコールであるという確信がないのに先程の文を送信してしまうと、もし違った場合かなりまずい。そもそも私はカステラさんが男性であることしか知らない。年齢も、本当の名前も、住んでいる地域も、容姿も何も知らない。同じようにきっとカステラさんも私のことは性別しか知らないはずだ。そして公に公開してないということはそれだけガードが硬いということ。だからSNS上で確認するのは良くないと思い、今度あった時直接聞こうと決意した。
という感じで決意したのはいいものの彼を探し初めて1週間が経とうとしてる。
今週は感情が比較的安定していて授業を欠席したのは1回だけだった。授業に出席することは当たり前かもしれないけど、私には当たり前にできることではなかった。
欠席した1時間を使い、相談室前にも足を運んでみたが、この間のような話し声も足音も聞こえることはなく、廊下は静寂な雰囲気を纏っていた。
放課後は委員会の仕事がない日でも図書室に寄った。少し前まで毎日本を借りに来ていたのにここ最近は現れなくなった。
ふと疑問を抱いたので今日も放課後に図書室に行くことにした。
図書室に入ると真っ先にカウンター席へ進み貸出ノートを開く。ページを2枚ほどめくり、作品名の欄から、僕の夢日記 を探す。見つけた!と嬉しくなって指を指す。そのページの下の方には のばした手のさきに や 名誉革命 を借りた記録も残っていた。よく見ると借りた日にちは1日ずつズレているので、その日借りた本を翌日に返して、また違う本を借りる。それを繰り返していたみたいだった。さらに前のページをいくつか捲って宮野くんの名前を探してみた。探しているうちに貸出日が去年になるまで遡っていたが、宮野くんの名前を見つけることは出来なかった。ということは宮野くんが本を借りたのは 僕の夢日記を借りたこの日が初めてということだろう。そして最後に借りたのは すみれの花咲く頃に だった。
11日間、文章になっているのは意図的でまちがいないだろう。でも一体どうして…。そもそも誰に向けたメッセージなんだろうか
偶然、私がこの隠しメッセージを見つけて、偶然、私と関わりがある人でカステラさんという名前の人物を知っていたから、自分宛だと思い込んでいたけど図書委員でこのカウンターを利用する生徒はほかにも沢山いる。そして私と宮野くんはなんの関わりもない。そう考えると私じゃない可能性ある。というよりその可能性の方が高いだろう。それに気づいた途端私は先程まであったワクワク感を失ってしまった。もしかしたら宮野くんがカステラさんかもしれないという可能性に甘い期待を抱いていたのかもしれない。冷静に考えてもSNS上で出会った人が同じ地域に住んでいて、同じ学校にいて、同い年で。なんてそんな確率はあまりにも低すぎる。
確か世界の人口が80億人で、一生で何らかの関係を持つ人が3万人と言われているから出会う確率は…0.0004%となる。
やっぱり宮野くんがカステラさんなわけないよね。そう言い聞かせてカバンから本を取り出した。今日読む本は星野星さんの新作だ。

図書委員の仕事を終え家に帰るといつもいない両親に加え、夕飯まで無かった。月に1.2回こういう日がある。誰も私を出迎えてくれない日。
まっさらなダイニングテーブルには紙切れとペン先が出たボールペンだけが無造作に置かれていた。お母さんが「今日は夕飯が作れなかったから自分で何かして食べてください」というようなことを伝えたかったんだろうなと思う。書き始めようとした時に何かがあったのだろうか。まあ何だっていいや。そんな気持ちで、ボールペンをカチッと鳴らしペン先をしまい、紙切れの上に置いた。
自分でなにか作る…と言っても私は料理力が皆無なので洒落たものを作ることはもちろん、卵焼きすら危うい。台所の引き出しを開けて目に入った袋を取り出す。ラスト1個の袋麺の味噌ラーメン。お湯を沸かして麺を茹でる。お椀にタレを入れて茹で上がった麺とお湯を入れて完成。私でもできる手軽なラーメン。お盆にお椀と箸とレンゲを乗せてダイニングテーブルへ移動する。1人で使うには大きすぎるこの場所で食べるラーメンは味がしなかった。



いち!に!さん! はい!はい!はい!
とまだ少しぼんやりした空気の中、掛け声がグラウンドに響き渡る。
今日から体育祭に向けた朝練習が始まった。私たちは朝から大縄の練習をしている。自分で言うのもなんだが運動神経は良い方なので体育祭は苦ではない。紗菜と美音と3人でメガホンを買ってオリジナル応援グッズを作る約束もしているのでとても楽しみにしている。
朝礼が始まる10分前に終わりの指示が出て、続々と校舎に吸い込まれて行った。今日は体育祭委員の1人が欠席していたので片付けを手伝っているとグラウンドの端にペットボトルの忘れ物を見つけた。委員会の人たちは先生に呼ばれていたので私が届けることにした。場所的に3組だと委員長さんが言っていたので3組までダッシュする。前のドアを開けて、「グラウンドにこれ忘れた人いませんかー?3組の場所に置かれてたんですけど、アップルティーです」と大きな声で伝える。手を挙げている人はいないか、心当たりがあるという表情をしている人がいないか、確認するために教室を見回した。途中目が合った人物がいる。宮野くんだった。けどアップルティーの持ち主ではなさそうだった。結局再度呼びかけたが持ち主は見当たらなかったので、教卓に置いておきます!と伝え3組を出た。

この日は三限に体育の授業があった。体育祭に向けた練習をすると聞いていたので朝から楽しみにしていたが、二限が終わる頃の今の私には楽しみのたの字もないほど暗い感情になっていた。
10分ほど前、突然教室に居ずらいと感じた。何が原因なのか心当たりすらないがとにかく冷静に授業を受けられる気持ちではなかった。チャイムが鳴って号令を終えるとカバンからスマートフォンを取りだし、教室から駆け出した。誰にも声をかけられないように全力で走る。向かった先は5号館の図書室。少し前なら6号館まで走り、様子を伺いながら廊下をウロウロしたり物陰に隠れたりしていただろう。しかし最近学校で1番居心地のいい空間は図書室だと気付き、図書室に逃げ込み先を変更した。よく座っているカウンター席の下にしゃがみこみ呼吸を整える。
SNSを開いて誰にも教えていないアカウントに切り替えると早速気持ちを吐いていく。

原因が分からないこの感情むりすぎる。今日の体育楽しみにしてたのに。
でもその楽しみを壊すぐらいの感情の変化があった。なんて誰に話してもズル休みとしか思われないよね。本当に悩んでいるのに。

ふぅ。とひと呼吸おいて投稿ボタンを押した。

そう私は誰にも詳しい事情を話していないので周りからはズル休みと思われているらしかった。確かではないが、この前放課後に美音と2人でカフェに寄って雑談をしていた時、友達と繋がっているSNSアカウントを開いて目に入ってきたのだ

無断で授業休むとかズル休みだよねー。全然元気そうだし。なにしてんだろ
いいなーわたしも休みたいよー

ズル休み。その言葉にドキッとした。元気そうと見えていることには安心したが、私が真剣に悩んでいることをズル休みと軽く捉えられてしまっていることに酷くショックを受けた。
これを投稿した人は誰だかわからない。繋がっていないのにオススメに流れてきたのだ。しかしクラスの子たちでそのアカウントをフォローしている人がいて見た感じ同じ学校、同い年と見て間違いなさそうだった。私以外にも教室にいられなくなる悩みを持っている人がこの学校にいるのだろうか。それとも…このアカウントはクラスメイトの誰かのものなのか…
気を紛らわすためにこの日はカステラさんや仲の良いSNS上の友達とたくさん話して、笑った。ゆかなでいる時の私は完全な現実逃避。でも侑果という名前よりゆかなの方が自分の中でしっくり来てしまっているほど日常生活において欠かせない時間となっていた。

あーもう何もかも嫌になっちゃうな。そんな気持ちで画面をスクロールしているとあるカステラさんの投稿で指が止まった。そこには、最近本にハマっているという内容が書かれていた。カステラさん。本。その言葉の組み合わせに反応してしまったのだ。さらに見てみると時々本に関する投稿をしていることを知った。気づかなかった。直感的にやっぱり宮野くんかもしれないと感じた。可能性を捨てきれない私は次見かけたら絶対に声をかけようと改めて決意をした。
近くに置かれていた気になる本を手に取り、本を読んで授業が終わるまでの時間を潰した。そしてタイミングを見計らい教室に溶け込む。良くないことだとは分かっているけど慣れてしまった。
四限が終わり昼休みにいつも通り紗菜と美音が1組に来てくれた。3人で食堂へ向かっている途中印象的な後ろ姿を見つけた。2人に「ごめん。先言ってて」と伝えその背中を追いかける。
「宮野くん!!」昼休みで賑やかな廊下の中、少し離れたところから名前を呼ぶと宮野くんはこちらを振り向いた。宮野くんは目を見開いた。今がチャンスだと思い、勢いに任せて言葉を口にした。
「宮野くんって、カステラさんですか…?」
宮野くんの瞳が揺れた、気がした。やっぱり宮野くんがカステラさん!?と高まる私に返された言葉は、「ごめん、そのカステラさんって誰?僕も宮野だけど人違いじゃない?」だった。
私は固まってしまった。「君、クラスと名前は?」「2年1組 中川侑果です。」あぁ、と小さな声で聞こえた気がするがこれ以上この場にいると恥ずかしさと申し訳なさに耐えられなくなるので「人違いでした!!すみません!!」と勢いで謝罪をしてダッシュで来た道を戻り食堂へ向かう。
席を取ってくれていた2人に、もう用は済んだ?と聞かれうん!と笑顔で答えた。学食で頼んだカレーうどんはこの前食べた時より熱く感じた。

それから私は図書室に行く頻度を減らした。前は仕事がある日以外にも行っていたが最近は仕事がある日しか行っていない。図書室に行けば思い出してしまうから。
放課後下駄箱へ向かう途中、「ゆかなさん」と声をかけられた。あまり聞き覚えのない声だったので誰だろうと不思議に思いながら振り向くと立っていたのは宮野くんだった。「なんでしょうか…?」この間の昼休み以降会いたくない人物ナンバーワンとなった相手に声をかけられてしまいかなり動揺している。すると宮野くんは吹き出して笑った。状況が掴めない私に宮野くんは「そう呼ばれて反応するんですね」とまた笑った。そう呼ばれて…?私は名前を呼ばれたから振り向いただけで…?ってあれ、もしかしてさっき、ゆかなさんって呼ばれた!?中川さんじゃなかった!!!その事に気づきあわあわしていると宮野くんは改まった雰囲気で口を開いた。「この間は嘘をついてすみません。僕はカステラです。」
「えっ!?」リアルに目ん玉が飛び出しそうだった。
「気づいてくれたんだ…!と嬉しくなったんですが、あの時は廊下に人が沢山いて知られたらまずいなと思ってつい嘘をついてしまいました」
「そうだったんですね」
しばらく沈黙が続いたが何故だか気まずさは感じなかった。
「なんだかこうして対面で話すのは違和感ですね」
「ですね、呼び止めてしまってすみません。また後ほど連絡します」
そう言い残した宮野くんは私のよく知る後ろ姿を見せて去っていった。

それからなんだかいろいろあり、放課後は図書室で宮野くんと会うようになった。自習スペースの席に向き合って座りお互い課題や勉強をしたり、読書をしたりしている。急展開すぎて私も理解が追いついていない部分があるけど、この時間は宮野くんが提案してくれたもので私の毎日の楽しみになっている時間だった。

今日は宮野くんも私も課題に取り組んでいた。クラスが違うから出される課題のタイミングや内容が違うこともあるけど協力して終わらせることができるので1人で課題に取り組むより楽しく感じる。集中している宮野くんを見て、綺麗だな。と思う。色素が薄目の髪は夕日が差し込むととても綺麗な茶色に映る。鼻筋もシュッとしていて細めの目も綺麗だ。なんて考えていたら宮野くんをガン見していたみたいで、視線に気づいた宮野くんに「どうかした?」と聞かれてしまう。「ううん、なんでもないよ」そう答えて課題に取り組むふりをして下を向いた。何考えてんだ私…!!
こうして男子と2人になる機会なんかほとんどないので変に意識してしまいこの日は課題がなかなか進まなかった。

家に帰ってからも宮野くんと会話をする時間がある。宮野くん…というよりかはカステラくんとして会話しているという方が正しい。他の学年の生徒は知らない私と宮野くんだけが共通して知っているいるSNS上の友達。複数人で会話をしているときにそう思うとなんだか特別感があって楽しくなる。
部活で忙しい紗菜と美音は大会が近づくと、休み時間は打ち合わせ、放課後は遅くまで練習をしているようで一緒にいる時間が格段に減ってしまう。去年は1人で過ごしていた放課後の時間を今年は宮野くんと過ごすことになるなんて思いもしなかった。人性って何があるか分からないなぁ〜と浮かれた私を冷静にさせるかのようにゴロンと大きな音が鳴り響いた。
カーテンの向こう側で空は真っ二つに割れていた。

なんだ、雷か。そう思って再び画面に顔を向けると今度はパリンッと何かが割れる音がした。スマートフォンを布団に投げ捨て慌てて部屋を出ると、リビングにはエプロンを付けたお母さんと服を少し濡らしたお父さんが向き合ってたっていた。
お母さんの足元には割れたお皿。そのお皿は私の大好きな、思い出のお皿だった。
私は急いでお母さんの元に行った。
「お母さん、そのお皿」
「ああこれは後で片付けるわ、話が済んでからね」
一瞬私を見たお母さんの目は私の知っているお母さんではなかった。次にお父さんの方を向いた時のお母さんの目。これも私の知っているお母さんではなかった。
そんなお母さんと私を見るお父さんも私の知っているお父さんではない気がした。こんな空気はやだ。こんな所にいたくない。そう強く思った。でもそれと同じくらいここで逃げちゃいけないと思った。この前図書室で呼んだ星野星さんの新作の本。それはひらがなで「かぞく」と書かれた暖かいイラストの表紙のものだった。しかし内容は壮絶で、兄弟喧嘩や親との喧嘩から、里親との関係、親の不倫など複雑な家庭環境に悩まされる高校生が主人公の短編集でハッピーエンドのものもあれば、バッドエンドのものもあった。中でも印象に残っているのが親同士の喧嘩に巻き込まれる高校生のお話だった。今までの私だったらここで逃げていたかもしれない。でも、あのお話の主人公だって頑張っていた。
その主人公が頑張れた理由は「素直になって。」という言葉を好きな人に言われたからだった。
素直に気持ちを伝えないと相手に自分の気持ちは伝わらない。ほんの少しだけ、素直になって口に出してみることが大切なんだ。そんな気持ちが込められたこのセリフ。

私は…誰かに言われたわけじゃないけど、でも星野星さんの作品は読者にも勇気を与えてくれる作品だ。私も勇気を持って行動しよう。大切で大好きな家族のために。

私が叫ぶとお父さんもお母さんも目を見開いた。
「2人がなんで喧嘩してるのかわかんないし、子供には関係ない話かもしれないけど、もうやめて。せっかく久しぶりに家族3人で集まれたんだよ?お母さんとお父さんは嬉しくないの?私はずっとずっと、寂しかったよ」一呼吸で言葉を吐いた。流れる沈黙に、やってしまった…と思う。
ごめんなさい。そう呟いて家を飛び出した。やっぱり私は弱かった。どんなに勇気を出しても最後は逃げてしまう。教室から校舎へ逃げ出す学校とは違って家を飛び出せば果てしなく道が続いている。もうすっかり真っ暗になった空は光る雷を際立たせる。外が雷雨なことを忘れて何も持たずに、出てきてしまったせいで全身びしょ濡れだ。着ている服が濡れるのは着心地が悪いけど、雨に打たれていれば私の涙をかき消してくれるのであまり嫌な気はしなかった。しかしさすがに雷雨の中で傘もささずに歩いているのは周りの視線がいたかったので近くの商店街に駆け込み雨宿りをした。スマートフォンは部屋に置いてきてしまったので今が何時なのか、両親からなにか連絡が来ているのか何も分からない。天気予報も見れないので雨がいつ頃止むのか知ることも出来なかった。ただひたすらコンクリートに打ち付けられる雨を真っ直ぐ見つめていた。どれくらい時間が経っただろうか。来た時より商店街の一通りもかなり減ってきている。くしゅんとくしゃみをしてしまい、風邪ひいたかな。と思っていると上から声が降ってきた。
「んなところでなにしてるんだ?」
「えっ、宮野くん!?」
「びしょ濡れじゃん、傘は?」
「持ってないです。。。」
「えっまじで?今日は雷雨だって最近ずっと言われてたよね」
そう言えばそうだったかもしれない。天気予報に雷マークがついてる日があって珍しいななんて思ったっけ。
「そうだっけ、あはは」
乾いた笑いを止めるように「てかこんな時間に傘も持たずに1人で商店街にいるとかどうした?大丈夫か?もう21時半だぞ」
「21時半!?」思わず大きな声を上げてしまい通りかかった人たちに振り向かれてしまう。すみませんとお辞儀をする。
「時間も知らずにここにいたのか?」
コクコク頷くと宮野くんは呆れた声でため息をついた。
まさかそこまでされるとは思わず少しショックを受けた。
「宮野くんこそなんでこの時間に商店街にいるの?」
「打ち合わせの帰り道で。商店街なら屋根あるからせっかくなら通って帰ろうと思って歩いてたら中川を見つけた。」
なるほどと納得していると「中川こそなんでいるんだよ」と言われてしまった。答えるか迷って宮野くんを見つめ返す。「まあ答えたくなかったらいいけどさ」そういわれると逆に言ってもいい気がしてしまう。結局、両親の喧嘩から自分のとった行動まで全てを話した。
「お父さんとお母さんのあんなところ初めて見たからどうしよう。って思って。でも私の好きな作家さんの作品に勇気をもらって、行動してみたけどやっぱり私じゃダメだったみたい」
こんな風に友達に本音を話したことはあっただろうか。なんだか宮野くんになら話しても大丈夫。そう思うような何かがあった。
「こんな話してごめんね、流石に帰ろっかな」と空元気で答えると宮野くんが口を開いた。
「送ってくよ」「いいよいいよ、悪いし」「中川は持っていない。そして僕は持っている。外はあんな感じ」と言って傘を持ち上げて商店街の外を見る。「このまま濡れていく気か?」「うん」すると宮野くんはお前まじかとでも言いたげな表情をして笑われた。「さすがに送ってくよ。問答無用で」と言われてしまったので大人しく送ってもらうことにした。
傘を開いて商店街を出ると雨は来た時より穏やかになっていた。水溜まりを避けながらコンクリートの上を歩く。
無言の空間に「素直になって。」という言葉が宮野くんの声によって投げられた。ぼそっと呟いたその言葉に驚いた。何でそれを…。もしかして宮野くんも星野星さんの作品読んでるの!?と聞くとまぁ、、と微妙な反応をされる。ふーんと受け流すと「中川は何でその作家さんが好きなの?」と聞かれた。「文章が私にも読みやすい形式で、学生目線だから共感できるところたくさんあって自分も主人公と一体化してその物語を楽しめるの。あと本当にすごいのが、1冊の中に必ずその物語のキーワードとなる素敵な言葉が入ってるの。特に、教室に入れない生徒がテーマの作品は主人公の気持ちが痛いぐらいわかっちゃって辛いけど、その辛さ以上に自分も頑張ろうと思えるんだよね」そう勢いで語ると宮野くんはあっけらかんとした顔をしていた。度が行き過ぎてしまったか。宮野くんの表情があっけらかんとした顔から真剣に悩む顔に変わった。なにか言おうと思ったけど悩んでいるところを邪魔するのも悪いと思い言葉が返ってくるのを待つことにした。
「実は星野星って僕なんだよね」衝撃的なことを告白されて足が止まる。「嘘みたいな、ホントの話」そう耳元で囁き傘を持ってスタスタ歩いていく宮野くんに置いてかれないように私のよく知る後ろ姿を追いかけた。
もう雨はすっかり上がっていた。

結局雨が上がったあとも、最後まで送ってくれて玄関を開ける手が震える私に「中川なら大丈夫だ。がんばれ」と声を掛けてくれた。ありがとうとお礼を言って深呼吸をして強くドアノブを握る。目をつぶって深呼吸をして勢いよく開けて敢えて大きな声で「ただいま」と言う。
お母さんとお父さんは直ぐに玄関前に来てくれて、ごめんなさいと頭を下げられた。
「あなたのために、家族のためにと思ってお母さんも仕事を始めたけど家族での時間が減っていては侑果にとって意味がなかったわよね。気づけなくてごめんなさい。」
「父さんが出勤時間がバラバラなのは昔から変わらないけど、家に帰っても声をかけることがなくなってたな」
「それでお母さんお仕事やめることにするわ」
「えっでも」
「いいのよ、お父さんと話してきめたことだから。侑果は自分のせいで…って気にする必要はないのよ。これは私たち3人家族の問題だから。気づかせてくれてありがとう侑果」
そう言ってお母さんは私を抱きしめようとしたが、1歩手前で手が止まった。
「侑果まさかあなた傘も持たずに家を出たの!?風邪ひくわよ今すぐお風呂に入りなさい。お風呂温め直すわね」
そう言って急いで準備をするお母さんとお風呂に押し込まれる私。そんな2人を見て笑っているお父さん。これでいい。これが私の家族だ。言葉にしないと私も気づかなかった。こんなに寂しい思いをしていたなんて。
お風呂から上がると美味しそうな匂いがした。ダイニングテーブルには炊きたての白米と焼きたてのハンバーグそして出来たてのお味噌汁が置かれていた。
「わぁ!ハンバーグ!!」
「小さい頃侑果が好きだった出来たてのハンバーグよ。お家に戻ってきてくれてありがとう」
3人で食卓を囲むのはいつぶりだろう。家族ってこんなにも暖かいものなのかと視界がぼやけた。

次の日は早起きをして学校に行った。初めて早く学校に行った日は人気の無さに不安になっていたけど今日は朝の人気のない学校の雰囲気を感じたい気分だった。毎日早く来ていると思われる悠大と希珠は今日も仲良く雑談をしながら教室に入ってきた。
「あっ!ゆーかがいる!!今日早いじゃん〜!」
「そう!今日早いでしょ〜。希珠毎日早起きえらすぎるよ。悠大もね」
とちょっと悪意を込めて悠大に視線を送ると「まぁな」とそっぽを向かれてしまった。可愛いヤツめと心の中で思った。

少し開けた窓から気持ちの良い風が吹いた。窓から中庭を見ると登校している宮野くんの姿を見つけた。昨日のお礼と報告をしたくて教室を飛び出して下駄箱に向かう。嬉しい気持ちで教室を飛び出したのは初めてだ。
下駄箱に向かう途中の階段の踊り場で宮野くんと会うことが出来た。
「宮野くん!おはよう!昨日はありがとう」「うおっ、ビックリした。中川早いな、おはよう。あの後大丈夫だったか?」「うん!あのね、お母さんが私の大好きなハンバーグ作ってくれて家族みんなで食べたんだ〜」「勇気を出して1歩踏み出してよかったな」「ほんとにほんとに!宮野くんと「かぞく」の本のおかげだよ。本当にありがとう」「どういたしまして。じゃあ俺今日日直で仕事あるからまた放課後に!」「またね〜」私のよく知る背中に手を振る。あの背中は私を安心させてくれる。
姿が見えなくなるまで見送り、教室がある廊下を歩いていると紗菜と美音に行く手を阻まれた。
「ねえ、ゆーか!私たち見たからね!?」「見ちゃいましたよ!」「えっと、ごめん何を?」「ほらほらそんな誤魔化さないで〜」「最近ゆーかが放課後心做しか嬉しそうにしてるの見かけてたから何があるのかと思ったら!!」「まさかうちのクラスの宮野くんと仲良くしてるとはねぇ」「ねぇ?」「ちょっ、ちょっと2人で勝手に話進めないでくれる!?」「さっき階段で話してたでしょ?見たよ私たち」「あー!いやでも宮野くんとは全然そういうんじゃなくて」「じゃあなんなの?」「それは…その…」「どうしたどうした?うちらに隠し事はナシだよ〜」実際にそんな関係ではないけど傍から見たらそう見えてしまうのもわかる。もしかしたら悠大と希珠もそんな感じなのかもしれない。反応に迷っていると朝礼前の予鈴がなった。2人は、今日は運が良かったと思いなさい!また今度詳しく話聞かせてもらうからね!と笑顔で3組の教室に入っていった。宮野くんとの事を誤解されるのは御免だけど、やっぱり紗菜と美音と話していると女子高生らしいことをしている気分になり自然と頬が緩む。

放課後はいつも通り図書室で宮野くんと会うことになっていた。
教材を広げて1時間ほど、きりが良いタイミングでペンを置き伸びをするとノートの上に、ノートの端をちぎって畳んだ小さな紙が置かれる。宮野くんの方を1度見てから紙を開けると「今日は早めに切り上げない?」と提案が書かれていた。きっと何かあるんだろうなと思い、この課題だけ終わらせたいからあと10分くらいほしいと自分の要望を素直に紙に書き、宮野くんの読んでいる本の隣にそっと置いた。
宮野くんは1度本を閉じて紙を確認すると頷いてまた読書に戻った。それを確認すると私も視線を教材に戻した。

課題が終わり学校を出て桜駅までの道を歩く。
「そういえば宮野くんこの前商店街にいたけど地元同じなんだね。」
「高校上がる時に引っ越して来たからまだあの町は初心者だけどね」そういう宮野くんの顔は少し複雑そうで引っ越し前はどこに住んでいたのか、気になったけど振れることをやめた。
「中川はさ、中川というかゆかなさんか。大丈夫?一応投稿見てるからさ。」
そっか、宮野くんがカステラさんであるということは理解していたが、ゆかなとして投稿した私の悩みを載せた投稿は全て宮野くんに見られていたということをすっかり頭から抜けていた。
やらかしたと心の中で思うけど過去の投稿を今更消したところでもう遅い。いっそ宮野くんになら素直に話した方がいい気がする。
「まぁそんな感じ。よく授業中抜け出しちゃうんだよね。良くないのは分かってるけど自分の感情上手くコントロール出来なくて、気づいたら教室にいられないほど落ち着かない気持ちになって。自分のことばかだなって思ってた」
「思ってたって、過去形?」
「そう。この前本を読んだの。その本の主人公も私と同じで学校生活に支障をきたしてしまう行動を取ってて、原因が分からないから治し方もわからない。そんな悩みを抱える学生のお話。知ってるよね?宮野くんも」
話しながら少し宮野くんの前を進み、最後に確認のために振り向くと、宮野くんは目を見開いたあと大きく頷いた。
「それでね、その本を読んで自分の気持ちと向き合う大切さを教わったの。家族との件もあって、自分自身と素直に向き合って自分にとって大切なもの、好きなこと、辛いこと、苦手なものとか書き出して見たんだ。多分本当に私は弱い臆病者なんだと思う。でも努力すれば変われるということも本から教わった。そしたらなんだか少し心に余裕ができた気がして。」
ずっと切れそうだった1本の細い糸は、段々と太く丈夫になり安心して歩けるようになった。
「だからもう、大丈夫。私は星野星さんに、そして宮野くんに救われた。本当にありがとう」
そう笑いかけると宮野くんは顔を後ろに向けてしまった。茶色っぽい髪の間から見える耳は私の瞳に赤く映った。夕日のせい、じゃないよね。

「もし、また私がダメそうだなって思ったらカステラさんとして相談乗ってね。きっと本音を吐くのはゆかなだから」
「中川がそれでいいならいいけど、お前はもう中川侑果としてでも自分の素直な気持ちがいえるだろ。そんときは宮野昴星として話聞くからな」
そう言って私の髪をわしゃわしゃした後大きな歩幅で私の先を歩く。
そんな宮野くんを見てつい頬が緩んでしまう。私のよく知る大好きな背中を追いかけて私は大きな1歩を駆け出した。


素直になれば相手に本当の気持ちを伝えることができるし、自分の本当の気持ちに気づくことも出来る。
カステラさん、宮野昴星くん、星野星さんが「素直になって。」と教えてくれた。
確かに授業を抜け出してしまったり、教室に入ることが怖いと感じるのはクラスメイトにはきっと理解されないことだった。でもその悩みを抱えているのは自分だけじゃない。そして人間みんな何かしら悩みを抱えている。悩みを抱えながらも生きている。自分の本音と向き合いながら。たとえ1人だとしても独りじゃない。そう気づいた時、悩みが消える訳ではないが、少しだけ息がしやすくなった気がした。

After story

「にしてもなんで昴星くん私が、ゆかなが中川侑果だとわかったの?」
「SNSによく、星野星のアカウントをメンションして感想投稿してくれてただろ。毎回感想くれるから結構印象に残ってて。その時はカステラが星野星であると言うつもりは無かったんだけど。校舎でたまたま俺の書いた本持って図書室に入っていく生徒を見かけて気になってて、この前授業中に校舎を走ってる同じ生徒を見かけてね、ゆかなさんもこういう感じなのかなと考えていたらもしかしてとピンと来たんだよね。」
「なるほど!確かに授業中に走ってる子なんか珍しすぎるもんね笑」
「そうそう、それで図書室に入ってるの見たから図書委員かなと思って一か八かで貸出ノートに暗号っぽく書いてみたんだよね、気づいてくれてよかった。」
「私も気づけて、昴星くんに出会えてよかった!」
「ところでずっと僕が、カステラさんが星野星であり、宮野昴星であることに辿り着きそうな共通点があったんだけど侑果気づいてる?」