どこにいても、何をしていても、いつもどこか息苦しい――こんな自分のことが大嫌いだ。
真っ白なノートを開いて、シャープペンシルを手に取る。
覚束ないままの感覚で一つ二つ文字を書いては、消しゴムで削る。
思いついた台詞や選んだ言葉は、路端の石ころと同じだ。
何一つとして進展しないまま、ノートがくしゃくしゃになってゆく。
昔の友達から最終選考に残ったという連絡を聞いて、僕は久しぶりに筆を執った。
天才として持て囃されていたかつての頃を思い出して、自分の中の小さなプライドが顔を出したのだ。
ちっぽけな自分が嫌になる。
もうとっくの昔に諦めたつもりだった。
こんなはずじゃなかったのに。
僕は高校を出て、電車で三〇分くらいのところにある学校に通っている。
そこでは皆が夢と希望に満ちていて、偶然受かっただけの僕は浮いた存在だ。
授業が始まってから一週間が経っても、僕は友達の一人も作れないでいた。
資料とノートに向き合っているふりで人目を避け、授業が終われば講義室をまっさきに抜け出して、トイレの中に籠る。
カフェテリアで同級生に会うのが怖くて、校舎裏に隠れ菓子パンを貪る。
どんなときでも、僕はひとりぼっちだった。
こんなはずじゃなかったのに。
誰かが悪いわけじゃない、巡り合わせが良くないだけだ。
今がどん底で、これから良くなっていくはずだ。
この経験はいつかきっと自分の糧になる。
自分を騙すような言い訳を重ねても気分はよくならない。
ただただ自嘲的な感情が心の奥底から込み上げてきて、僕の弱い部分を、まるで機械を壊す鉄錆のように蝕んでゆく。
僕の心の歯車はとうに錆び付いていて、立ち上がる勇気は既に尽きていた。
気まぐれに取った経済学の授業。
人はひとりでは生きて行けず、多くの人々が支え合ってこの社会は成り立っているという。
なら僕はいったい何なのか、どうしてこんなに惨めなのか。
ネットで話題の人工知能に尋ねてみても、ありきたりな答えしか返ってこなかった。
至極真っ当な答えではあるけれども、その言葉は僕には刺さらない。
自分で幸せを遠ざけているような気になった。
こんなはずじゃなかったのに。
小説を書くことを辞めてから後、それからの僕は他人の作品や創作論を読むことに逃避していた。
インプットとアウトプット。
読むことと書くことは二つで一つのサイクルを形成していて、どちらか一方だけでは成長することができない。
読むことに終始すれば見る目だけが無駄に肥えて壁となり、また書くことだけに終始すれば道を見失い誤った方向へ迷走してしまうことになる。
SNSにはどちらの成れ果ても同じくらいに沢山いて。
僕はその姿を一番近くで見てきた。
僕もまたその内のひとりとなってしまっていた。
『幸せの形とは』
肝心の中身はまだ一文字も書けていないけれど、タイトルだけは決めてみた。
ノートの表紙に鉛筆で書いてみて、それを眺める。
両手で持って、腕を伸ばして眺めてみる。
なかなか良いタイトルじゃないか、なんてことを思う。
かつての才能のカケラが、少しだけ僕に戻ってきたような気になった。
存分に眺めてから満足して机に戻すと、不意に後ろから人が現れた。
柔らかそうな白いシャツを着て、小さなリュックサックを背負っていた。