そして、ジョー先輩との本の制作が再始動し始めた。
私たちの拠点はジョー先輩の自室とし、週末はそこに集まることに決まったのだった。
十月序盤の土曜日、私は久しぶりにジョー先輩の部屋にお邪魔させて頂いていた。
「そういえば、ジョー先輩、前出版する予定だった編集者さんとの連絡って、もうつかないんですか?」
「ああ、あれね。嘘だよ」
「へえ、そうなんですか……って、嘘なんですか!」
私は荷物を整理していた手をとめて、叫んだ。
「ごめんね。あれは、透を釣るための嘘だったの。こうでもしないと、ついてこなさそうだったから」
「もう、この詐欺師先輩!」
「詐欺師って、それは酷……いや、案外かっこいいな」
「開き直らないでください」
編集者さんと話がついている、と言うのは真っ赤な嘘で、本当は何にもなかった模様だった。
「そもそも僕と父が不仲なのに、編集者さんと話つくわけないしね。っていうか、それ知らなかったんだから、そりゃ信じるか」
ジョー先輩はそう言って、笑った。全然笑い事じゃないし!
「でも、本当にどうしましょう。個人の力だけじゃ、売り出すことすらも難しいですし」
「ネットって考えもなくはなかったけど、僕は個人的に紙面が好きなんだよねー。それに、透の表紙も映えるでしょ?」
「紙面で、ですか……」
まずはそこが、一番の課題だった。
それでも、一度作ると決めたものはやめたくなかった。とりあえずその問題は置いておいて、まずは本の内容制作の方に力を入れることにした。
ジョー先輩は、もちろん内容を、私は部活内で先輩の本の表紙を。
「先輩の原稿ができない限りは、私が動けないのが難点ですけど……」
「それなら、もう書くのは決まってるんだ」
ジョー先輩が、畳に寝転がっていた体を起こすと、私の前に向き直った。
「透に渡した、『青に、染まる』を書き直そうと思ってるんだ」
「あの、話を?」
ジョー先輩は、私の目をじっと見て頷いた。
「で、でも、あの話はもはや、その……ジョー先輩の告白みたいなものじゃないですか!」
「そうだよ。でも、それを書きたい」
「お父さんのところは、カットするんですか?」
「しないよ。そのままにする。文章の修正はするけどね」
私はもっと驚愕した。それは、世間に自分の父親の汚職を広めるようなものではないのか。
「あと、僕と透の話も書くから!」
「そ、それはっ……!せ、せめて、名前だけは、適当に誤魔化しといてください!」
「ああ、大丈夫!通って書いて、とおり、にしておくから」
「響ほとんど変わらないじゃないですか」
そんなこんなで、同時進行の制作がスタートした。
ジョー先輩の家に向かった、次の週の火曜日。まだ日差しが強い日もちらほら見かけるけれど、少しずつ寒さも増してきていた。
私はいつものように部室へ向かうと、鞄を置き、棚から画材と、以前余分に作っておいたキャンバスを取り出した。
流しにかかっている筆洗を蛇口の下に置き、そっと捻る。多少は勢いが強いものの、最近は自分も慣れて来たようで、水も筆洗から溢れ出してくることも無くなった。
筆洗の半分ほどに水を注いで、蛇口を捻って止める。定位置の席へと向かうと、そっと机の上に置く。
『青に、染まる。の表紙、か……。いつも通りに描くのはもちろんのことだけど、それだけじゃ足りない気がする』
あの話は、ジョー先輩の切実な思いを綴った、小説というよりかは随筆に近いものだ。あまり具体的な物体を描くのも違う気がするけれど、抽象的、というのも納得がいかない。
一体、何を描けばいいのか……。
『……あれ、私、初めて悩んだかもしれない。絵を描くことについて』
ここまでに筆が進まず、なおかつアイデアさえ思い浮かばないのは、初めてだった。いつもは何を考えるもなく描けるというのに。
『ダメだ。邪念があるに決まってる。描けないはずがない。いつも通りにしていれば、大丈夫なはず……』
私は、はっと気づいたように、耳にイヤホンをさした。そして、いつものプレイリストをかける。
『……何も浮かばない』
私は無意識に、焦っていた。描かないと、描かなければ。
私にできることは、これしかない。ジョー先輩は今も自分と見つめ合って、執筆を続けている。私だって……。
何度も筆を握る。パレットの表面を撫で、絵の具を溶かした。その度にすすいで、何も進んではいなかった。
早く、描かないと。いつものように、そう、いつものように。
何も感じず、考えず、意識せず。自分のぱっと思い浮かんだものをそのまま。そうだよ、そのままだ。
何度も念じる。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
音楽は、いつものように騒がしく、耳の奥に響いている。
それでも、私の意識を完全に抹消することはできないままだった。
「ー名波さん、名波さん。聞こえてる、名波さん」
突然、耳元で話しかけられた気がした。振り返ると、先生が私をじっと見つめて立っていた。
私は急いイヤホンを外すと、「すみません」と呟いた。
「いや、こっちこそごめんなさいね。集中してたところ。でも、今日の部活はこれで終わりなのよ」
「あ、ああ、すみません。すぐに片付けますので」
「全然急がなくて大丈夫よ。……でも、名波さん、スランプ?珍しいね」
「ああ、なんか、調子乗らなくて。ずっと考えてたんですけど……」
私は急いで筆洗を洗い流して、画材たちを棚に戻しながら言った。
「そうなのね。でも、スランプの時ほど、何もしないのが一番だと思うわ。……美術担当の私がいうのもあれだけど」
先生がそう呟いた。
「そうなんですか」
「いいや、あくまで私の体験談よ。できない時は、できない。これ以上頑張っても、体が追いついてこないものよ。でもある一定期置いてみると、突然にできるようになった経験とかない?なんとなく頭の中が整理されて、無駄なものが削ぎ落とされたみたいなね」
「無駄なものが、整理される……」
「私はよく、邪念だ邪念だ〜なんて言ってたけど。名波さんも、たまには部活を休んでみてもいいのよ。もはや皆勤賞の子なんて、名波さんくらいしかいないし。何事も焦らず、ゆっくりね」
「ゆっくり、ですか。先生ありがとうございました」
片付けを終えた私は、鞄を手に持ってそう言った。
「はーい、気を付けてねー。あと」
先生は私に駆け寄ってきて、こう囁いた。
「鳩羽さんに、よろしくね。頑張んなさいね」
!?
私は一体、何を勘違いされているんだ?!
先生はうふふ、と笑うと、美術準備室に戻って行った。
勝手な想像されても……。
でも、一度休んでみる、か。
ジョー先輩には少し悪い気もするけど、少しそうしてみようかな。
私は、少しだけ軽い足取りで美術室を後にした。
「あー終わんない。先生、そろそろ家に帰してよ!」
「ダメだ。今まで補習と課題貯めたのが悪いんだからな。家でやってこないというのなら、俺がしっかり監督しといてやるから。安心して取り組んでいいんだぞ」
担任の強面先生が、ふんぞり帰って僕に言った。
「だってしょうがないじゃないですか。家帰って紙見たら全部メモしちゃうし」
「家に限った話じゃないだろ。ほら、今だって。そこは物語を描くところじゃないぞ。計算をする場だ」
「ただの物語じゃないですし。これは、僕と透の奇跡的な物語、なんですから」
「はいはい、なんでもいいですよ。そんなこと言ってる暇があるのなら、さっさと解いたらどうなんだ」
「……はーい」
僕は渋々、目の前に大量につまれたプリントと問題集の山に手をつけた。
僕は元来、そんなに頭はよくない。なんでこの高校に入学しているのか、自分でも不思議なくらいだ。あ、でも、国語の成績はずば抜けて一位とか、言ってたっけ。それ以外は最下位なんだけどね。
それでいつもいつも、どんな紙にも思いついたことを書いてしまうせいで、ほとんどの提出物は〇点、テストすらもボロボロで、この有様というわけだ。
「あー、今頃透は僕の描く本をまだかまだかと待ちながら、絵を描いてるんだろうなー」
「お前は、自分のことを過大評価しすぎなんだ」
「でも、透はすごいって言ってましたよ」
「……全く、人のこと言ってる暇があるのなら、自分の心配をしろ。卒業できなくなってもいいのか」
「いや、一年くらいなら、別にいいですよ。透と同じ学年になれますし」
案外、悪くないかもしれないぞ。このまま今日は帰って、家で続き書きたいし。
すると、先生は呆れたようにため息をついた。
「透、透、って。鳩羽の頭の中にずっといる、その透ってやつは誰なんだ」
「あ、聞いちゃいます?長くなりますけど」
「やっぱいい。なんか怖い。てか、さっさとやれ」
「はーい……上手く騙されると思ったのに」
「全部聞こえてるぞ」
僕と強面先生の攻防は続くー!
あの日から二日たって、今日も部活の日だけれど。
私の中には、いまいち何も浮かんでこなかった。元々、浮かぶも何もなかったけれど、それにしても何も湧き上がってこないのは事実だった。
「たまには、休んだっていいのよ」
先生に言われた言葉が蘇る。
……休んで、みようかな。今日は。
美術室に行こうとしていた足を止め、反対方向へ向いた。
今日は早く帰って、ジョー先輩にもらったノートを読み返してみよう。そうしたら、イメージが浮かんでくるかも。
昇降口へ降って、校門を通り過ぎたあたりだった。
「あれ、もしかして、ジョーのお友達のお嬢さん?」
背後から声が聞こえる。振り返ると、前と同じ軽トラに乗った、ジョー先輩のお兄さん、鳩羽裕之助さんの姿があった。
「はい。先輩にいつもお世話になってます」
「世話にだなんて。逆だろう?確実にジョーが世話になってる」
正解です。さすがお兄さん、鋭い!
「先輩のお兄さんは、いつもここ通るんですか?」
「ああいや、今日はもう家に帰るからそのついでに、少し覗けるかと思って来ただけなんだ。タイミングがよければジョーを拾えるんだけど、どうや無理そうだな」
「先輩、何かあったんですか?」
「いや、補習が溜まってるみたいでな。昨日も先生がどうだったとか、電話がかかってきたよ」
やっぱり、ジョー先輩とお兄さんは仲がいいんだ。
「あ、そうだ。家の場所教えてくれれば送って行くけど、どうかな?」
「あ、いえいえ、そんな申し訳ないです。もしかしたら、先輩のお兄さんの家とは真逆かもしれませんし」
「いいんだ。本当のことを言えば、少しジョーのことを聞いて見たくてね。どう?」
お兄さんのご厚意も断りきれないしな……。
「じゃあ、お願いします……!」
「おっ!じゃあ、今回は後ろの荷台じゃなくて、前の座席に乗ってくれるか。流石にジョーがいない状態じゃ、女の子1人じゃ危ないからね」
「はい、ありがとうございます」
私は言われるがままに、軽トラの助手席へ乗り込んだ。狭そうに思っていたけれど、案外広々している。背負っていた荷物を足元に置くと、シートベルトを閉めた。
「お家はどちらかな」
「ショッピングモールの脇あたりです」
「じゃあ、そのあたりで下ろすよ」
先輩のお兄さんはそういうと、軽トラを発進させた。普通の車よりもエンジンの音が少しだけうるさい。でも、逆にそれが新鮮だ。
「話の続きなんだけど、ジョーの様子はどうかな?やっぱり、迷惑ばっかりかけてるかな?」
「いえいえ、全然そんなことなくて。私も助けられてばっかりです」
「そんなこと言ってー。ジョーは本当にすぐにこけるから、巻き込まれたりしなかった?」
お兄さんの言葉に、私は一瞬顔がひきつる。一回、ジョー先輩を押し潰しそうになったことはあります……。
「あ、やっぱり?本当にごめん、ジョーもいつになったら成長するんだろうなぁ」
お兄さんはそういうと、はは、と笑った。
「そういえば、ジョーと本を作ってるんだって?」
「はい、まだまだ序盤なんですけど」
「そうなのか……、ジョーもその道に進む時が来たのかな」
「その時?」
そう聞くと、お兄さんは困ったように笑った。
「いいや、なんでもないんだ。僕も一時期、目指していた時期があってね。もう諦めてしまったけど」
「諦めた、って……どういうことなんですか」
「ああ、ちょっとね、書くのに疲れてしまったんだ。体力の限界、っていうのかな」
お兄さんはそういうと、ちらりと私の顔を見た。
「ジョーはこれからもまだまだ成長する。僕をずっと超えて行くんじゃないかな。僕はそれを応援できれば。……本を作るとは言っていたけど、ジョーはどうやって作るとかちゃんとわかってるのかな」
お兄さんの言葉に、私は少しどきりとした。
「それが……どこで出版しようか、ってこと、全然考えてなくて。今、全く進んでいないんですよね」
うう、気まずい。一応大口叩いておいて、これなんて……。
「そうなのか、なら、知り合いの出版社の人がいるんだけど、紹介しようか」
「そうですよね、できませんよね……って、今、なんて言いました!」
思わず驚愕した。知り合いの、出版社の方が、いる?!
「ああ、いわゆる僕の、コネ、ってやつだよ。もちろん、ジョーの書く内容にもよるけど、最大限サポートするように話すことはできる。最終的に出版できる可能性もなくはない」
「本当、ですか!」
これなら、まだ期待が持てる!
「なんだ、そうならジョーは早く言ってくれればいいのに。本当に能天気なやつめ」
「私もそう思います」
「あ、やっぱり思う?僕の弟、やっぱりちょっと特殊なのかなー」
軽トラの中で、お兄さんと笑った。こんなふうに誰かと笑えるのも、久しぶりかもしれないな。
「そろそろ着くよ。たくさん話してくれて、ありがとね」
「こちらこそ、わざわざここまで送ってくださって、ありがとうございました」
お兄さんは、私の家の近くのショッピングモールの少し影のところで下ろしてくれた。
「これからも、うちの弟を宜しくね」
「はい、こちらこそ」
お兄さんの軽トラは、颯爽と道路を走っていった。
これで、また一歩前進。
私は私で、表紙のデザインを考えていこう。
少し暗くなった空の下で、私は少し小走りをした。
「先生、今日も?昨日も頑張った気がするんですけど」
「昨日の頑張りじゃ足りないんだ。もう少し頑張れ」
「もう少し、ってどのくらい?あと一問?」
「目の前にある課題の三倍だが」
僕は思わず項垂れた。今こんなに山積みなのに、この三倍?いつになったら、透に会えるんだ……。
「先生、ちょっとだけ、ちょっとだけ書いちゃだめ?今、すっごくいいやつ浮かんだんんだけど」
「ダメだ。許したら、永遠に書き続けるだろ」
「…僕が書かなければいいの」
「まあ、そういうことだな」
「んじゃさ、今から僕がいうこと、先生がメモしてくれる?それならいいんだよね」
「わかったけど、その問題解きながらな」
「やった!んじゃ、話すね」
僕は一つ深呼吸をすると、早口で話し始めた。
「僕が通との接点は、それだけではなかった。心の空白、感情の表し方全てが、一致していたのだ。違った点は、感情を表現する対象が、言葉が絵かの差だけ。僕たちの心の中には、深い繋がりが、気づけば構築されていたのだった。ところで、僕と」
「待て待て待て。早すぎるわ。というか、ちゃんと問題解いてるのか」
「ん?考えてはいるよ」
「絶対考えてないだろ」
「でも、今のはメモできなかった先生が悪いと思うんですけど」
「……ああもう、わかったから。せめて十問解き終わったら、その都度三行な!」
「え、本当!僕、頑張る!」
「最初から頑張っといてくれ」
その次の週の部活に、私は足を運んだ。
ジョー先輩のノートを読み返して、なんとなくイメージが浮かんだ気がする。
言葉に例えるとするならば、『繋がり』だろうか。どんなに孤立していても、必ず誰かと繋がっている。そのことを忘れないような。
いつものように、私は準備を進めた。そして、キャンバスの上に筆先を置く。
私の感情と向き合って。まるでキャンバスが、水面のように心を映し出すような。
つっと、私は筆を動かした。
「その、……鳩羽の言う、通が気になるんだが。前に言っていた、透とやらと、関係あるのか」
「おお、先生気づきました?そうです!ありありの、ありなんです!透は、僕の大切な仲間なんですよ」
「そ、そうか。鳩羽の言う文章を書き起こしていると、その……愛が強すぎるというか」
「そんなことありませんよ、いやでも、大好きなのは変わりありませんけどね」
「これ、こんなに書いて、どうするんだ」
「え、ああ、本にするんですよ。出版するんです」
「出版?鳩羽の本をか?」
「そうですよ。話はついていますし」
「そ、そうなのか。なんか、すごいな……」
「やっと気づきましたか?それなら、早く家に」
「ダメだ」
ジョー先輩のお兄さんがお知り合いに連絡をつけてくれたようで、ジョー先輩の方に会いに来てくれていたみたいだった。ジョー先輩の仮原稿の評価は上々らしく、今は順調に話がついているようだった。
ジョー先輩自身は補習に忙しいみたいだけど、それでも進められるほどのスピードがあると言うのだから、本当に恐ろしい。
ちなみに、私の方ももう終盤を迎えていた。あともう少し加筆をすれば、完成というところ。
そう言えば、私のSNSアカウントの方はというと、まあそこそこで、定期的に上げている絵も反応をある程度もらえるようになっていた。私はこのアカウントを利用して、ジョー先輩の本の宣伝活動に努めたいと考えていた。
あと、もう少し。
……逆に言えば、あともう少しで、このジョー先輩との生活も終わりを迎えるのだった。
「そう言えば、今日は原稿をかけだのなんだの言わないんだな」
「当たり前じゃないですか。もう終わりましたもん」
「そうか……って、え?!もう終わったの?前の序盤じゃなかったの?」
「確かに、序盤でしたよ。でも、もうとっくに書き終わりました。今確認もらってるところなんですよ」
「え、俺地味に楽しみしてたんだけどな」
「え!本当ですか!知りたい、知りたいですかね?」
「い、いや、いいや。出版されるんなら、それを待つ」
「本当は気になっているくせにー。先生だけ『特別に』教えてあげてもいいですよ」
「え」
「あ、今日は免じてくれるって言うのが条件ですけど」
「じゃ、ダメだ」
「毎日このくだりやめましょうよ。今日くらいは変化つけよ?」
「ダメなものは、ダメだ」
ついに、絵の制作が終わった。
今週末、ジョー先輩の家に出版社の方が来てくれるのだそうで、何も分からない私の代わりに絵を持っていってくれるのだそう。
何から何まで、ジョー先輩のお兄さんのおかげだ。感謝しかない。
ジョー先輩は、と言うと、補習の合間に書き終わらせていたみたいで、確認をとっているところらしい。
本当に、あともう少しのところまで来たのだ。
嬉しさもある。でも、やっぱりどこかで寂しさも感じているのだった。
無事に、完成しますように。
今はただ、それを願うばかりだった。
……それと。
決して明かすことも無い、胸の内。
ジョー先輩のこと、大好きです。
ジョー先輩がそんな関係を想像してないことは分かってる。私の行き過ぎた気持ちってだけ。
でも、認めたくはなかったけど……刊行することよりも、なにより私が心から思う、唯一の感情だ。
一度認めた気持ちは、後には引けない。けれど、ジョー先輩は、きっと。
私たちの拠点はジョー先輩の自室とし、週末はそこに集まることに決まったのだった。
十月序盤の土曜日、私は久しぶりにジョー先輩の部屋にお邪魔させて頂いていた。
「そういえば、ジョー先輩、前出版する予定だった編集者さんとの連絡って、もうつかないんですか?」
「ああ、あれね。嘘だよ」
「へえ、そうなんですか……って、嘘なんですか!」
私は荷物を整理していた手をとめて、叫んだ。
「ごめんね。あれは、透を釣るための嘘だったの。こうでもしないと、ついてこなさそうだったから」
「もう、この詐欺師先輩!」
「詐欺師って、それは酷……いや、案外かっこいいな」
「開き直らないでください」
編集者さんと話がついている、と言うのは真っ赤な嘘で、本当は何にもなかった模様だった。
「そもそも僕と父が不仲なのに、編集者さんと話つくわけないしね。っていうか、それ知らなかったんだから、そりゃ信じるか」
ジョー先輩はそう言って、笑った。全然笑い事じゃないし!
「でも、本当にどうしましょう。個人の力だけじゃ、売り出すことすらも難しいですし」
「ネットって考えもなくはなかったけど、僕は個人的に紙面が好きなんだよねー。それに、透の表紙も映えるでしょ?」
「紙面で、ですか……」
まずはそこが、一番の課題だった。
それでも、一度作ると決めたものはやめたくなかった。とりあえずその問題は置いておいて、まずは本の内容制作の方に力を入れることにした。
ジョー先輩は、もちろん内容を、私は部活内で先輩の本の表紙を。
「先輩の原稿ができない限りは、私が動けないのが難点ですけど……」
「それなら、もう書くのは決まってるんだ」
ジョー先輩が、畳に寝転がっていた体を起こすと、私の前に向き直った。
「透に渡した、『青に、染まる』を書き直そうと思ってるんだ」
「あの、話を?」
ジョー先輩は、私の目をじっと見て頷いた。
「で、でも、あの話はもはや、その……ジョー先輩の告白みたいなものじゃないですか!」
「そうだよ。でも、それを書きたい」
「お父さんのところは、カットするんですか?」
「しないよ。そのままにする。文章の修正はするけどね」
私はもっと驚愕した。それは、世間に自分の父親の汚職を広めるようなものではないのか。
「あと、僕と透の話も書くから!」
「そ、それはっ……!せ、せめて、名前だけは、適当に誤魔化しといてください!」
「ああ、大丈夫!通って書いて、とおり、にしておくから」
「響ほとんど変わらないじゃないですか」
そんなこんなで、同時進行の制作がスタートした。
ジョー先輩の家に向かった、次の週の火曜日。まだ日差しが強い日もちらほら見かけるけれど、少しずつ寒さも増してきていた。
私はいつものように部室へ向かうと、鞄を置き、棚から画材と、以前余分に作っておいたキャンバスを取り出した。
流しにかかっている筆洗を蛇口の下に置き、そっと捻る。多少は勢いが強いものの、最近は自分も慣れて来たようで、水も筆洗から溢れ出してくることも無くなった。
筆洗の半分ほどに水を注いで、蛇口を捻って止める。定位置の席へと向かうと、そっと机の上に置く。
『青に、染まる。の表紙、か……。いつも通りに描くのはもちろんのことだけど、それだけじゃ足りない気がする』
あの話は、ジョー先輩の切実な思いを綴った、小説というよりかは随筆に近いものだ。あまり具体的な物体を描くのも違う気がするけれど、抽象的、というのも納得がいかない。
一体、何を描けばいいのか……。
『……あれ、私、初めて悩んだかもしれない。絵を描くことについて』
ここまでに筆が進まず、なおかつアイデアさえ思い浮かばないのは、初めてだった。いつもは何を考えるもなく描けるというのに。
『ダメだ。邪念があるに決まってる。描けないはずがない。いつも通りにしていれば、大丈夫なはず……』
私は、はっと気づいたように、耳にイヤホンをさした。そして、いつものプレイリストをかける。
『……何も浮かばない』
私は無意識に、焦っていた。描かないと、描かなければ。
私にできることは、これしかない。ジョー先輩は今も自分と見つめ合って、執筆を続けている。私だって……。
何度も筆を握る。パレットの表面を撫で、絵の具を溶かした。その度にすすいで、何も進んではいなかった。
早く、描かないと。いつものように、そう、いつものように。
何も感じず、考えず、意識せず。自分のぱっと思い浮かんだものをそのまま。そうだよ、そのままだ。
何度も念じる。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
音楽は、いつものように騒がしく、耳の奥に響いている。
それでも、私の意識を完全に抹消することはできないままだった。
「ー名波さん、名波さん。聞こえてる、名波さん」
突然、耳元で話しかけられた気がした。振り返ると、先生が私をじっと見つめて立っていた。
私は急いイヤホンを外すと、「すみません」と呟いた。
「いや、こっちこそごめんなさいね。集中してたところ。でも、今日の部活はこれで終わりなのよ」
「あ、ああ、すみません。すぐに片付けますので」
「全然急がなくて大丈夫よ。……でも、名波さん、スランプ?珍しいね」
「ああ、なんか、調子乗らなくて。ずっと考えてたんですけど……」
私は急いで筆洗を洗い流して、画材たちを棚に戻しながら言った。
「そうなのね。でも、スランプの時ほど、何もしないのが一番だと思うわ。……美術担当の私がいうのもあれだけど」
先生がそう呟いた。
「そうなんですか」
「いいや、あくまで私の体験談よ。できない時は、できない。これ以上頑張っても、体が追いついてこないものよ。でもある一定期置いてみると、突然にできるようになった経験とかない?なんとなく頭の中が整理されて、無駄なものが削ぎ落とされたみたいなね」
「無駄なものが、整理される……」
「私はよく、邪念だ邪念だ〜なんて言ってたけど。名波さんも、たまには部活を休んでみてもいいのよ。もはや皆勤賞の子なんて、名波さんくらいしかいないし。何事も焦らず、ゆっくりね」
「ゆっくり、ですか。先生ありがとうございました」
片付けを終えた私は、鞄を手に持ってそう言った。
「はーい、気を付けてねー。あと」
先生は私に駆け寄ってきて、こう囁いた。
「鳩羽さんに、よろしくね。頑張んなさいね」
!?
私は一体、何を勘違いされているんだ?!
先生はうふふ、と笑うと、美術準備室に戻って行った。
勝手な想像されても……。
でも、一度休んでみる、か。
ジョー先輩には少し悪い気もするけど、少しそうしてみようかな。
私は、少しだけ軽い足取りで美術室を後にした。
「あー終わんない。先生、そろそろ家に帰してよ!」
「ダメだ。今まで補習と課題貯めたのが悪いんだからな。家でやってこないというのなら、俺がしっかり監督しといてやるから。安心して取り組んでいいんだぞ」
担任の強面先生が、ふんぞり帰って僕に言った。
「だってしょうがないじゃないですか。家帰って紙見たら全部メモしちゃうし」
「家に限った話じゃないだろ。ほら、今だって。そこは物語を描くところじゃないぞ。計算をする場だ」
「ただの物語じゃないですし。これは、僕と透の奇跡的な物語、なんですから」
「はいはい、なんでもいいですよ。そんなこと言ってる暇があるのなら、さっさと解いたらどうなんだ」
「……はーい」
僕は渋々、目の前に大量につまれたプリントと問題集の山に手をつけた。
僕は元来、そんなに頭はよくない。なんでこの高校に入学しているのか、自分でも不思議なくらいだ。あ、でも、国語の成績はずば抜けて一位とか、言ってたっけ。それ以外は最下位なんだけどね。
それでいつもいつも、どんな紙にも思いついたことを書いてしまうせいで、ほとんどの提出物は〇点、テストすらもボロボロで、この有様というわけだ。
「あー、今頃透は僕の描く本をまだかまだかと待ちながら、絵を描いてるんだろうなー」
「お前は、自分のことを過大評価しすぎなんだ」
「でも、透はすごいって言ってましたよ」
「……全く、人のこと言ってる暇があるのなら、自分の心配をしろ。卒業できなくなってもいいのか」
「いや、一年くらいなら、別にいいですよ。透と同じ学年になれますし」
案外、悪くないかもしれないぞ。このまま今日は帰って、家で続き書きたいし。
すると、先生は呆れたようにため息をついた。
「透、透、って。鳩羽の頭の中にずっといる、その透ってやつは誰なんだ」
「あ、聞いちゃいます?長くなりますけど」
「やっぱいい。なんか怖い。てか、さっさとやれ」
「はーい……上手く騙されると思ったのに」
「全部聞こえてるぞ」
僕と強面先生の攻防は続くー!
あの日から二日たって、今日も部活の日だけれど。
私の中には、いまいち何も浮かんでこなかった。元々、浮かぶも何もなかったけれど、それにしても何も湧き上がってこないのは事実だった。
「たまには、休んだっていいのよ」
先生に言われた言葉が蘇る。
……休んで、みようかな。今日は。
美術室に行こうとしていた足を止め、反対方向へ向いた。
今日は早く帰って、ジョー先輩にもらったノートを読み返してみよう。そうしたら、イメージが浮かんでくるかも。
昇降口へ降って、校門を通り過ぎたあたりだった。
「あれ、もしかして、ジョーのお友達のお嬢さん?」
背後から声が聞こえる。振り返ると、前と同じ軽トラに乗った、ジョー先輩のお兄さん、鳩羽裕之助さんの姿があった。
「はい。先輩にいつもお世話になってます」
「世話にだなんて。逆だろう?確実にジョーが世話になってる」
正解です。さすがお兄さん、鋭い!
「先輩のお兄さんは、いつもここ通るんですか?」
「ああいや、今日はもう家に帰るからそのついでに、少し覗けるかと思って来ただけなんだ。タイミングがよければジョーを拾えるんだけど、どうや無理そうだな」
「先輩、何かあったんですか?」
「いや、補習が溜まってるみたいでな。昨日も先生がどうだったとか、電話がかかってきたよ」
やっぱり、ジョー先輩とお兄さんは仲がいいんだ。
「あ、そうだ。家の場所教えてくれれば送って行くけど、どうかな?」
「あ、いえいえ、そんな申し訳ないです。もしかしたら、先輩のお兄さんの家とは真逆かもしれませんし」
「いいんだ。本当のことを言えば、少しジョーのことを聞いて見たくてね。どう?」
お兄さんのご厚意も断りきれないしな……。
「じゃあ、お願いします……!」
「おっ!じゃあ、今回は後ろの荷台じゃなくて、前の座席に乗ってくれるか。流石にジョーがいない状態じゃ、女の子1人じゃ危ないからね」
「はい、ありがとうございます」
私は言われるがままに、軽トラの助手席へ乗り込んだ。狭そうに思っていたけれど、案外広々している。背負っていた荷物を足元に置くと、シートベルトを閉めた。
「お家はどちらかな」
「ショッピングモールの脇あたりです」
「じゃあ、そのあたりで下ろすよ」
先輩のお兄さんはそういうと、軽トラを発進させた。普通の車よりもエンジンの音が少しだけうるさい。でも、逆にそれが新鮮だ。
「話の続きなんだけど、ジョーの様子はどうかな?やっぱり、迷惑ばっかりかけてるかな?」
「いえいえ、全然そんなことなくて。私も助けられてばっかりです」
「そんなこと言ってー。ジョーは本当にすぐにこけるから、巻き込まれたりしなかった?」
お兄さんの言葉に、私は一瞬顔がひきつる。一回、ジョー先輩を押し潰しそうになったことはあります……。
「あ、やっぱり?本当にごめん、ジョーもいつになったら成長するんだろうなぁ」
お兄さんはそういうと、はは、と笑った。
「そういえば、ジョーと本を作ってるんだって?」
「はい、まだまだ序盤なんですけど」
「そうなのか……、ジョーもその道に進む時が来たのかな」
「その時?」
そう聞くと、お兄さんは困ったように笑った。
「いいや、なんでもないんだ。僕も一時期、目指していた時期があってね。もう諦めてしまったけど」
「諦めた、って……どういうことなんですか」
「ああ、ちょっとね、書くのに疲れてしまったんだ。体力の限界、っていうのかな」
お兄さんはそういうと、ちらりと私の顔を見た。
「ジョーはこれからもまだまだ成長する。僕をずっと超えて行くんじゃないかな。僕はそれを応援できれば。……本を作るとは言っていたけど、ジョーはどうやって作るとかちゃんとわかってるのかな」
お兄さんの言葉に、私は少しどきりとした。
「それが……どこで出版しようか、ってこと、全然考えてなくて。今、全く進んでいないんですよね」
うう、気まずい。一応大口叩いておいて、これなんて……。
「そうなのか、なら、知り合いの出版社の人がいるんだけど、紹介しようか」
「そうですよね、できませんよね……って、今、なんて言いました!」
思わず驚愕した。知り合いの、出版社の方が、いる?!
「ああ、いわゆる僕の、コネ、ってやつだよ。もちろん、ジョーの書く内容にもよるけど、最大限サポートするように話すことはできる。最終的に出版できる可能性もなくはない」
「本当、ですか!」
これなら、まだ期待が持てる!
「なんだ、そうならジョーは早く言ってくれればいいのに。本当に能天気なやつめ」
「私もそう思います」
「あ、やっぱり思う?僕の弟、やっぱりちょっと特殊なのかなー」
軽トラの中で、お兄さんと笑った。こんなふうに誰かと笑えるのも、久しぶりかもしれないな。
「そろそろ着くよ。たくさん話してくれて、ありがとね」
「こちらこそ、わざわざここまで送ってくださって、ありがとうございました」
お兄さんは、私の家の近くのショッピングモールの少し影のところで下ろしてくれた。
「これからも、うちの弟を宜しくね」
「はい、こちらこそ」
お兄さんの軽トラは、颯爽と道路を走っていった。
これで、また一歩前進。
私は私で、表紙のデザインを考えていこう。
少し暗くなった空の下で、私は少し小走りをした。
「先生、今日も?昨日も頑張った気がするんですけど」
「昨日の頑張りじゃ足りないんだ。もう少し頑張れ」
「もう少し、ってどのくらい?あと一問?」
「目の前にある課題の三倍だが」
僕は思わず項垂れた。今こんなに山積みなのに、この三倍?いつになったら、透に会えるんだ……。
「先生、ちょっとだけ、ちょっとだけ書いちゃだめ?今、すっごくいいやつ浮かんだんんだけど」
「ダメだ。許したら、永遠に書き続けるだろ」
「…僕が書かなければいいの」
「まあ、そういうことだな」
「んじゃさ、今から僕がいうこと、先生がメモしてくれる?それならいいんだよね」
「わかったけど、その問題解きながらな」
「やった!んじゃ、話すね」
僕は一つ深呼吸をすると、早口で話し始めた。
「僕が通との接点は、それだけではなかった。心の空白、感情の表し方全てが、一致していたのだ。違った点は、感情を表現する対象が、言葉が絵かの差だけ。僕たちの心の中には、深い繋がりが、気づけば構築されていたのだった。ところで、僕と」
「待て待て待て。早すぎるわ。というか、ちゃんと問題解いてるのか」
「ん?考えてはいるよ」
「絶対考えてないだろ」
「でも、今のはメモできなかった先生が悪いと思うんですけど」
「……ああもう、わかったから。せめて十問解き終わったら、その都度三行な!」
「え、本当!僕、頑張る!」
「最初から頑張っといてくれ」
その次の週の部活に、私は足を運んだ。
ジョー先輩のノートを読み返して、なんとなくイメージが浮かんだ気がする。
言葉に例えるとするならば、『繋がり』だろうか。どんなに孤立していても、必ず誰かと繋がっている。そのことを忘れないような。
いつものように、私は準備を進めた。そして、キャンバスの上に筆先を置く。
私の感情と向き合って。まるでキャンバスが、水面のように心を映し出すような。
つっと、私は筆を動かした。
「その、……鳩羽の言う、通が気になるんだが。前に言っていた、透とやらと、関係あるのか」
「おお、先生気づきました?そうです!ありありの、ありなんです!透は、僕の大切な仲間なんですよ」
「そ、そうか。鳩羽の言う文章を書き起こしていると、その……愛が強すぎるというか」
「そんなことありませんよ、いやでも、大好きなのは変わりありませんけどね」
「これ、こんなに書いて、どうするんだ」
「え、ああ、本にするんですよ。出版するんです」
「出版?鳩羽の本をか?」
「そうですよ。話はついていますし」
「そ、そうなのか。なんか、すごいな……」
「やっと気づきましたか?それなら、早く家に」
「ダメだ」
ジョー先輩のお兄さんがお知り合いに連絡をつけてくれたようで、ジョー先輩の方に会いに来てくれていたみたいだった。ジョー先輩の仮原稿の評価は上々らしく、今は順調に話がついているようだった。
ジョー先輩自身は補習に忙しいみたいだけど、それでも進められるほどのスピードがあると言うのだから、本当に恐ろしい。
ちなみに、私の方ももう終盤を迎えていた。あともう少し加筆をすれば、完成というところ。
そう言えば、私のSNSアカウントの方はというと、まあそこそこで、定期的に上げている絵も反応をある程度もらえるようになっていた。私はこのアカウントを利用して、ジョー先輩の本の宣伝活動に努めたいと考えていた。
あと、もう少し。
……逆に言えば、あともう少しで、このジョー先輩との生活も終わりを迎えるのだった。
「そう言えば、今日は原稿をかけだのなんだの言わないんだな」
「当たり前じゃないですか。もう終わりましたもん」
「そうか……って、え?!もう終わったの?前の序盤じゃなかったの?」
「確かに、序盤でしたよ。でも、もうとっくに書き終わりました。今確認もらってるところなんですよ」
「え、俺地味に楽しみしてたんだけどな」
「え!本当ですか!知りたい、知りたいですかね?」
「い、いや、いいや。出版されるんなら、それを待つ」
「本当は気になっているくせにー。先生だけ『特別に』教えてあげてもいいですよ」
「え」
「あ、今日は免じてくれるって言うのが条件ですけど」
「じゃ、ダメだ」
「毎日このくだりやめましょうよ。今日くらいは変化つけよ?」
「ダメなものは、ダメだ」
ついに、絵の制作が終わった。
今週末、ジョー先輩の家に出版社の方が来てくれるのだそうで、何も分からない私の代わりに絵を持っていってくれるのだそう。
何から何まで、ジョー先輩のお兄さんのおかげだ。感謝しかない。
ジョー先輩は、と言うと、補習の合間に書き終わらせていたみたいで、確認をとっているところらしい。
本当に、あともう少しのところまで来たのだ。
嬉しさもある。でも、やっぱりどこかで寂しさも感じているのだった。
無事に、完成しますように。
今はただ、それを願うばかりだった。
……それと。
決して明かすことも無い、胸の内。
ジョー先輩のこと、大好きです。
ジョー先輩がそんな関係を想像してないことは分かってる。私の行き過ぎた気持ちってだけ。
でも、認めたくはなかったけど……刊行することよりも、なにより私が心から思う、唯一の感情だ。
一度認めた気持ちは、後には引けない。けれど、ジョー先輩は、きっと。