どこにいても、何をしていても、いつもどこか息苦しいーーこんな自分が大嫌いだ。

どこにも私の居場所なんてない、そんな世界に生まれてしまった私は、息苦しいと、思いながらも、生きている。

偉いね。息苦しいと思いながらも生きているなんてすごい、といつか褒められたい一心で。
だれか、私を必要としてる人に出会いたい一心で。


出会い


あーだる。なんで学校なんて行かなきゃいけないんだろう。

勉強しなさいとうるさい親も刑務所みたいな学校も全部消えちゃえばいいのに、などと考えていると、担任の佐藤の真っ赤な顔が視界に入る。
「おい。満月(みつき)かの!教科書とノートは?また忘れたのか!勉強する気がないならでていけ!」と怒鳴ってくる。

はいはい、お望み通りでていきますよーと口にはださないけれど、思う。

その時だ、「先生、ちょっといいですか?」私を嫌っているらしい恵真(えま)が手をあげて言う。
「なんだ。安藤」佐藤は優しい顔になって聞く。

「いつものことなので、わざわざ気にせずにほっとけばいいんじゃないですか?授業の妨げになります。」と恵真ははっきりとした口調で言う。

妨げってすごいこと言うな、恵真は。

「そうだな。さすが学級委員。」と佐藤はにっこりと言う。先ほどとは別人のようだ。
「それじゃあ、授業を再開するぞー」佐藤は何事もなかったかのように、授業を再開する。

私は鞄を持って、この息苦しい学校を出ていく。
「さて、どこへいこう」と呟き、ここら辺をとにかくぶらぶらしていると、ある猫が私を横切った。

その猫を見て、あっと思う。
昔飼っていた猫に似ているのだ。
サビ猫だ。「ちょみ」と名付けたっけ、と懐かしくなる。

暇だし、ついて行ってみよう、と思い猫を追いかける。と、そこには綺麗で整った顔立ちの男子がいた。「君、誰?」と彼は当然の疑問を口にする。
私も聞きたい。

「私は、満月かのです。あなたこそ誰ですか?」と一応敬語で聞く。
「か、の?」彼は、歯切れの悪い返事をする。

は?私の名前に何か問題でも?

「そうですけど何か?」と私は返す。
彼は「いや。別に。」と言う。

いや、私はそんな答えを求めていたわけではないんだけど。まあ、聞き返されることには慣れてるけどね。かのなんて名前珍しいし。
「名前、聞き返さないでもらえます?まず、私の質問に答えてください。人の名前を聞き返すのって、すごく失礼ですよ。わかってます?
あと、あなたは誰なんですか?なぜこんな所に?」一息でそこまで言ってから、はっとする。私、喋りすぎ?絶対、引かれた……、などと思っていると、
「そうだった。ごめん。俺は小鳥遊蓮(たかなしれん)。蓮ってよんで。よろしくね。それで、俺がここにいるのは、最近引っ越してきたんだけど、片付けがすぐに終わっちゃって、暇だったから、ここで暇を潰してたんだ。にゃん太と。」と謝ってくる。

すると、蓮が何か手に持っている
何か気になり、聞いてみる。「それ、何してるの?」
「これ?」と蓮は持っているものを持ち上げて見せる。

なにやら、難しそうな文字が書かれている。何だろう?

「これは、小説。出版社に送るために、書いてるんだ。」と答えてくれる。
「そうなんだ。すごいね。」と言う。
と、急に蓮は「あっ!」と突然声を出す。びっくりした。

「ど、どうしたの?」と私が聞くと、蓮は「あのさ、良かったら、小説、読んでくれない?」と聞いてくる。「ごめん。私実は小説って難しくて読めないの。」と返す。
すると、蓮は一瞬悩む仕草をして言う。「なら、俺が読むから、聞いて。それならできる?」と気を遣ってくれる。
「それなら。」と私は承諾する。

すると、蓮は漫画だったら、ぱあっと効果音が付きそうな顔をする。
かわいっ!と思う。
「じゃあ、さっそく読むね。 ええと、君がそう言ったから私はーー」と蓮は読み始める。
小説って…おも…し…ろ、い…な………



「……ん!のちゃん!かのちゃん!」誰かに呼ばれる。はっと目が覚める。
蓮が視界に飛び込んでくる。「蓮。私、寝ちゃってた?」と聞くと、「良かった!かのちゃん起きて。俺が小説読んでたら、寝ちゃったんだよ。」と言われる。
「お恥ずかしいところを…」と私は言う。

まさか読んでもらっていても眠くなるとは。これって、逆にすごいのでは?などと、思う。
「でも、かのちゃんの意外な一面が見れて、嬉しかったよ。俺は恥ずかしいことだとは、思わない。」と真剣な眼差しで言ってくれる。
その時、一瞬だけ鼓動が飛び跳ねた、気がした。


楽しみ


翌日から私は、毎日のように蓮の所に行った。

1週間くらいたっていたと思う。

その日から、灰色だった私の世界はすこしだけ色づいてきたような気がする。
でもだからって日常が変わるわけではない。
前と変わらず、息苦しいままだ。
何も変わらない。

でも、それでも、一日の楽しみができた。
それは、蓮に会うこと。

いつも放課後が待ち遠しい。
ああ、早く放課後にならないかなとぼーっとしていると、学級委員の恵真が話しかけてきた。

「満月さん、ちょっといい?」と聞いてくる。「何?」と私は返す。
「いつも、授業の邪魔するのやめてくれない?何しに学校に来てるの?」と睨んでくる。

は?邪魔なんてしてないけど。佐藤がいっつも色々言ってくるからでしょ。「文句なら、佐藤に言ってくれない?」と言う。
「え?佐藤?佐藤先生でしょ。先生のこと呼び捨てにするなんて!ひどっ!」と言ってくる。

ひどっ!だって。こっちの台詞だよ。

わざわざそんなことでつっかかってきて、とんだ迷惑。
本当に息苦しい。こんな所。



早く蓮の所に行きたい、などと考えているうちに放課後になった。
私は昨日、ある自分の気持ちに気がついた。
私は蓮が好き。たったそれだけの事。

なのに、私はその気持ちを自覚してからどうもおかしい。
変に蓮の事を意識してしまう。
その日、私は蓮の所には行かなかった。
ひとり、部屋にこもり、蓮のことを考えた。



次の日、私は体調不良で、学校を休んだ。
珍しく、父と母が優しかったけれど、嬉しくない。

蓮に会いたいと思う。でも気持ちを理解してから、どうしても蓮に会ったら、緊張で爆発してしまうような気がして、身体が動かない。
吐き気がしてくる。視界が涙で歪む。

どうして私はいつも変わろうとしないんだろう。
いつも嫌なことばっかり、ひどいことばっかり、思ってる。
どうして。どうして。どうして。
私はこんなこと思いたいわけじゃないのに。
本当に嫌だ。

どこにいても、何をしていてもずっと息苦しい。何も変わらない。
ずっとこんな生活をするのだろうか。
「蓮に会いたい」私は呟いてみる。

その時、私の蓮への思いが爆発した。
どかんっ!と音がする。

気づけば走り出していた。もういないかも、だなんて思わない。そんなこと行ってみないと分からない。
何かを言ってくる両親も無視して、いつもの所へ行く。

いた!良かった、と胸を撫でおろす。
「蓮!聞いてほしいことがあるの」私は言う。
パジャマ姿なのも気にせず。

私は変わりたい。今の私から。
すると、蓮は驚いた顔をしてこちらを向く。
当然だろう。もう夜の7時だ。
「えっ、ちょっ、かのちゃん⁉」
どうしたのと蓮は言う。

ふうっと私は息を吐く。吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って。
「蓮。私ね、蓮が好き」
ああ。言った。言ってしまった。まあ、ここで振られたとしても、後悔はしない。
その為に来たのだ。

すると、蓮は戸惑った顔でこう言った。
「かのちゃん。ごめん。俺、実は彼女がいるんだ。中学の時から付き合ってる。だから、ごめん。」申し訳なさそうな顔をする。
そんな顔しないでよ。せめて、笑って流してよ。

「あーあ。全部終わっちゃったな。」自然と涙が零れ落ちた。
でも、なんでだろう。心の中がすっきりしてる。
どうしてだろうね。

そうだ、思っていたことを吐き出したからだ。
はあ、とため息をついてから、私は蓮に「さようなら」と言った。
もう会うことはない。


裏切り


あの日から、二年後、私のクラスに転校生がくると新しい先生が言った。
生徒たちは嬉々とした表情で誰だろーなどと言い合っている。

どうでもいい。たかが転校生………? ん?あれ?んん?
「小鳥遊蓮。よろしく」その転校生は自己紹介をする。
「えっ!」私は思わず大声をだしてしまった。

「満月、なんだ急に。知り合いか?」先生は聞いてくる。

蓮?聞き間違い?いや、そんなことないよね、などと考えていたら、いつの間にか、凝視していた。
それに気づいた、蓮?はこちらに向かってくる。
え?なんでこっちに向かってくるの?

「お前、かの?」と聞いてくる。
蓮だ。絶対、蓮だ。

「やっぱり、蓮?なんか変わってない?」と私は言う。
二年前とは、別人のようだ。

「はあ?変わった?俺が?どこが変わったっていうんだよ。ずっと落ちこぼれのままだ。嫌味?」なんて言ってくる。
「は?変わってない?変わりすぎだよ。二年前はそんな冷徹じゃなかった。」と私は言い返す。
「冷徹ってなんだよ。」蓮は眉をひそめて言ってくる。
私はその言い方にカチンとくる。

「冷徹って言葉も知らないのー?冷徹は、人の情にほだされないことを言うんだよー」と
私は教えてあげる。

「そんなことくらい知ってる。冷徹で悪かったな!」と睨んでくる。
あらら、もう知ってたみたい。せっかく教えてあげたのに。

「そんなに睨まなくてもいいじゃん。」と私は言う。
私と蓮が言い争っているのを、先生とクラスメイトは茫然として見ている。

それを見て私は、はっと、我に返る。その時、もう一限目始まる!と思ったときにちょうど、チャイムが鳴る。

キーンコーンカーンコ―ン。キーンコーンカーンコーン。

ふう。ここでチャイムが鳴らなければ、一生言い争っていたかも…。
と思うと恐ろしくなる。

チャイムが鳴ってよかった。
そこで、先生が「そうだ、満月。知り合いなんだろ。なら色々教えてやれ。席は、お前の隣にするから。」と勝手なことを言ってくる。
「はい?」とつい耳を疑ってしまう。

うそでしょ。最悪。ああ、あの時大声をださなければ………、と後悔する。
まあ、いいや。色々教えてあげる代わりに、とことんからかってやる。
おほほほほほほほ。いまに見てなさい、と私は貴婦人気取りをする。
とにかく、私は先生に「は、はい。」と返しておく。

こうやって強がっているけれど、本当は少し本当にほんのすこしだけ、気になっている。
振られたくせに、と自分に言い聞かせる。

そうだよ。いまさら好きになったって損するだけ。
どうせ、告白したって、振られるに決まっている。

なんて心の中で悪態をついていると、あっという間に放課後になってしまった。
もう少し蓮と同じ空間にいたいけれど、蓮は荷物をまとめている。

早く帰りたいんだろう。

「起立。礼。ありがとうございました。」と号令を受けると、すぐに教室を出ていなくなってしまう。
蓮の背中を見送っていると、同じクラスの子が話しかけてきた。

「…かのちゃんだよね?私、橋下結実。結実って呼んで!これから仲良くしてね!」結実ちゃんはそう言って朗らかに笑った。
「もちろん。知ってると思うけど、私は満月かの。よろしくね。」と私は、にっこり笑って返す。
その日から、私は今まで縁もゆかりもなかった結実と話すようになった。



次の日、教室に入ると、先に来ていたらしい結実が顔を曇らせて、寄ってきた。
「かのちゃーん。聞いて-」と言ってくる。
どうしたんだろう。それにしても、可愛いな。同性なのに、惚れ惚れしてしまう。

「おはよう。結実、どうしたの?」と私は聞く。
すると、結実は「ありがとう~!」と言って話し出す。

「あのね、私実は、蓮くんが好きになっちゃったの。だから、紹介してくれない?私の事。かのちゃんにしか言えないの!」と上目遣いで聞いてくる。
はああっと心を打たれる。そ、そんなに言うなら…

「いいよ。お昼ごはんでも誘っとこうか?」と私は提案する。
「ありがとう!私の我儘なお願いなのに、ごめんね。誘ってもらっちゃって。」謝ってくれる。
「いやいや。結実がそう言うなら。」と私は嬉々と返す。

お手洗いへ髪の寝ぐせ直しに行こうと思い、席を立つ。
今日の寝ぐせはなかなかに跳ねすぎていて、面倒だ。
寝ぐせをぱっぱと直し、教室に戻ろうとすると、「それで、かのがさあーー」と話しているのが聞こえた。

私は硬直する。
噂されるのには、慣れている。
なのに、私が硬直してしまったのは、その声の主が結実だったからだ。

え?と思う。
「いやあ、かのに仲良くしようなんて言って良かったわー。あいつ面倒だけど蓮くんと繋がってるっぽいから、仲良くしてやってんのに、返事が、いいよ、だよ。は?って思うよね。この私が仲良くしてやってんのに、何様だよ。って」結実はそう言っていた。
まさかこんな子だったなんて。お昼の約束、やっぱり、蓮を誘うのやめよう、と思う。
こんな子に蓮は渡せない。

すると、突然、きゃはははっと笑い声が聞こえてきた。結実の取り巻きたちだ。
「きゃはははっ!ほんっと結実って性格悪いよねー。その顔から暴言出てくるなんて!もし、蓮くんと付き合ったら、その性格バレないようにしなよ~」と言われている。
この時、私の頭でぶちっと音がした。

私は教室の扉を開ける。
「へえー。そうなんだ。蓮が目当てで私に近寄って来たんだね。」と私は言うと、
結実は一瞬、真っ青になり、すぐにいつもの笑顔に戻る。

「え?かのちゃん、どうしたの?突然そんなこと言って。幻覚でも、見てたの?」と聞いてくる。
「はあ?幻覚なわけない。私はこの耳で聞いてたんだから。危機管理が足りなかったね。」と私は言ってやる。
と、結実は顔を不満そうに歪めてから、泣き出した。

「う、わああああ。怖いよぉ。どうしちゃったのぉ」嘘泣きだ。
なんなんだ。めんどくさい。

すると、「どうしたんだよ?うるせえ」と言って、蓮が現れた。
結実は「れ、蓮くぅ~ん!かのちゃんがぁ、怖いのぉ!私、何もしてないのにぃ!うわああああああん!」と泣きついている。

「おい。かの、お前こいつ泣かせたのか?」蓮は半信半疑の様子で聞いてくる。
私はふるふると首を振る。
「そうか。じゃあこいつがでたらめを言ってるってことでいいんだな。」と蓮は言う。
この日は、最悪な日だった。


夕焼け


翌日、私は学校に向かう途中で、蓮と会った。
私は、昨日のこともあって、話したくなかった。
なのに、蓮が話しかけてきた。

「かの。今日、学校案内してくんね?いつも、迷うんだよ。」と蓮は眠そうに、目をこすりながら、言ってくる。
それが、人にものを頼む態度か!と思う。
「いいけど。」と私は、そっぽを向いて言う。

嬉しい、というのは事実だ。私は、あの後、好きになってしまった。
今回の恋は、残念ながら叶わないことでしょう。

「さんきゅ」蓮は恥ずかしそうに礼を言ってくる。
礼をするのに、慣れていないんだろう。
沈黙の(とばり)が降りる。
この道を利用する生徒は少ないため、私と蓮以外には、誰もいなかった。



「ここが保健室で、その隣が作業室でーーって聞いてるの?」私は親切に分かりやすく教えているのに、蓮は私のことを見てくる。
「聞いてる。」とまたしても私の顔を見ながら、笑いをこらえながら、言ってくる。

「何?私の顔に何か?」と聞く。
本当、何なの?そんなに私の顔が面白いの?
「すごく呆れたような顔、してるから。くっくく」と言ってくる。
私の呆れた顔というのがツボにはまったらしい。

ずっと笑っている。もうこらえずにひいひい言いながら、大笑いしている。
それを見て、私も笑えてくる。
「ふふっ!あはは」二人で、笑う。

すると、蓮がこんなことを言ってきた。
「おい。今日の、放課後に、校門で待ってろ。いい所に連れていってやる。」そう言った蓮の顔は今までで、一番優しい表情をしていた。
「分かった。」と私は、返した。

一体、どこへ連れて行ってくれるのだろうか。
その時だ、キーンコーンカーンコーン。チャイムが鳴った。
私たちは教室に戻ることにした。



放課後になると、私は急いで校門へ向かう。
もしも、もうついていたら、待たせてしまう。
いつも蓮は帰るのが早い。
小走りで行くと、やはりもうついていた。

「一番乗り~」と蓮はへらへらと言ってくる。
「っ何よ!」と私はこのへらへらしているやつに言ってやる。

「よしっ。行くぞ」と言い、蓮はすたすたと歩いて 行ってしまう。
「待ってよ」と私は追いかける。

学校の近くにあるという、丘へ行く。
丘を少し上ると、ボロボロなはしごがたてられていた。
このはしごを上がって行けば、頂上に行けるようだ。

ほかに道は見えない。
だからこのはしごが置いてあるのだろう。

「もしかして、このはしごを上がらないとなの?」私は一応聞いてみる。
「ああ。」蓮は頷く。
「ほかに道はないの?」と聞く。
このはしご、壊れそうなんだけど。

「ほかに道?ないだろ。怖えのかよ?」とからかいの眼差しで返してくる。
「怖くない!こんなの余裕だし。」と私は言う。
私はええいっ!とはしごを上る。ぎしぎしといっていて怖い。

でも、なんとか上りきった。

「ほらね!」私は先に上っていた蓮に言う。
と、私の目に、綺麗な景色が広がる。
この綺麗な夕焼けに圧倒される。
青色、赤色、ピンク色、紫色、と色々な色が混ざり合っていて、とても綺麗だ。
夕焼けとは、とても思えない。

違う世界に来たみたいだ。
「綺麗」と思わず呟く。
すると、蓮が「だろっ」と言って笑ってくれた。

ああ、好きだな。
でも告白はもうしない。

断られた時の、絶望と言えば、どれほどに悲しいことか…
「ねえ、蓮。前は冷徹なんて言ってごめんね?優しい所もあったんだね。」と私は、前のことを謝っておく。
「その言い方、失礼だぞ。」と蓮はジト目で言ってきた。
謝ったのに。なんなの?

それでも「ふふ。」っと笑ってしまう。
この空気感が落ち着く。息苦しさも少し、和らぐ。
「好きだなぁ」思わず、呟いてしまった。
「え?」蓮は聞いてきた。

はっとする。思わず気を緩めてしまった。
「あ、この空気がだよ!」私は言い訳をする。

私が蓮のことをまた好きになったなんて知られたら、引かれるに決まってる。
引かれはしないと思うけど、は?ふざけんな。二年前に彼女いるって言っただろって言われてしまうかも。

いつも何かに恐れている。何なのだろう。
この息苦しさ?それとも蓮への気持ち?

「なあ、お前はもう変わろうとは思わないのかよ?」すると、蓮はそんなことを聞いてくる。
「はえっ?」驚いて変な声がでてしまう。
どういう意味?変わろうとしたわよ。でも、変われなかった。それが事実。

「変わろうとした。でも、変われなかったの。」と私は不満に返す。
すると、蓮は「あ?変わろうとしたのに、変われなかった?本当に変わろうとしたのかよ。」と言ってくる。
「変わろうとした。」と私は短く返す。

と、『ピーンポーンパーンポーン。五時になりました。良い子はお家へ帰りましょう。』五時のチャイムが鳴った。
すると、蓮は開きかけていた、口を閉じて、「そろそろ帰るぞ」と言った。
なんて言おうとしたんだろう。

「嫌だ。もう少しこの景色を見ていたい。」私は無意識にそんなことを言っていた。
私は自分で言っときながら、え?と混乱する。

「大丈夫なのか?門限とか、あるんじゃねえの?」と蓮は戸惑った様子で聞いてくる。
あ、そうだ。門限、五時だ……
「大変!ごめん。勝手なこと言って。もう帰るね!」私は走って駅まで行く。
と、ちょうどいつもの電車が行ってしまった。

ああ。終わった。

連絡しないと、と思うが、力が抜けたように動けない。
日頃の疲れがたまっていたのだろう。今にも横になりたくなってくる。

でも、ここは駅だ。家じゃない、だから横になってはだめ、と私が疲れと戦っていると、あっという間に電車が来た。

私はすぐに電車に乗り込む。
だが、どの席も空いていなかった。

私は吊革につかまる。それと同時に電車が動き出した。
ぼーっとしていても暇だから、私は車内広告を意味もなく見る。
そうしているうちに家がある駅につく。

私は家まで歩く。徒歩5分ほどでつくので、いつも歩いて駅まで行く。
もう五時半になってしまった。

私は家まで走る。家が見えてきたところでぎょっとする。
母が家の門の前で待っていたのだ。

「かの。おかえり。今日は遅かったわね。夕ご飯作って待ってたのよ」母は、余所行きの声で笑って言う。
「……うん」私は俯いて答える。
「どうしたのよ。俯いて。とにかく、入りなさい。」優しく微笑んで言う。
いつもはこんなに優しくない。外だからだ。

私は覚悟を決めて、家に入る。
扉が閉まると同時に母は、「かの!あんたどこに行ってたのよ!門限は五時でしょ!」顔を赤くして叱ってくる。
何よ。どこにいこうが、私の勝手でしょ、と怒りがこみあげてきて、そう言ってやりたくなるけれど、言ったらきっと外出禁止にでもなってしまうかもしれない。

私はずっとどこでも、家でも、仮面をかぶっている。優等生という名の仮面を。

「ごめんなさい。友達と勉強してたらこんな時間になっちゃった。」と私は嘘をつく。
すると、母は、途端に優しい顔になった。

「あら、そうなのね。勉強頑張るのよ。」母はにっこりと笑って言う。
「うん。」私は頷く。

ああ、嫌だな。こんな家。
早く明日にならないかな。


束縛


翌日の放課後、私はまたあの夕焼けを見に行こうと思った。
蓮を誘って行きたかったけれど、蓮がどこにもいない。

もしかしたら、用事があって帰ってしまったのかもしれない、と思い、一人で行くことにした。
丘についてからもしかしたら、蓮はあの夕焼けを見に来ているかもしれない、と思う。
そうだったら、一緒に見れる、と浮かれた気持ちになる。
私は急ぎ足で丘の頂上に向かう。

そしてまた、あのぎしぎしいうはしごを上ると、人影が見えた。
あっと思う。蓮だ。やっぱりいた。

「蓮!」私は声をかける。と、返ってきたのは「ああ、かの。」という私を突き放すような冷たい蓮の声だった。
え?蓮なの?と思う。

「どうしたの?なにかあったの?」と私は素直に心配する。
すると、蓮は溜息を吐いてから、言う。
「何もない。」と蓮は返してくる。

何もないわけないでしょ。何かに怒ってるとか?
私は聞いてみる。「怒ってる?」と。
はあ、と早くこの場所からいなくなってくれと言いそうな目で蓮は言ってきた。

「お前には関係ない。」

は?私に関係ない。はいはい、そうですか、と私は思う。
私は蓮にも必要とされてないということを思い知らされたような気がする。

「そう。私は蓮にも必要とされてないんだね。」と私はつい思っていることを言ってしまった。
その時、蓮がこちらを向いて、「は?」と目を見開いて言ってきた。

「何?」と私は聞く。
すると、蓮は今までに見たこともないくらい苦しそうな顔をして、言ってくる。

「悪い。全部嘘だ。」

え?全部嘘?どういうこと?と私は思う。
「全部嘘?私には関係ない事なんじゃないの?」と私は聞く。
「いや、関係ないんじゃない。それが嘘だって言ってんだ。俺はかのを必要としてる。」と蓮は言ってくる。

え?ええ?えええ?

「蓮が私を必要としてる?」頭が追い付かない。
蓮は何を言ってるの?私を必要としてる人なんていない。

うん。そう。今のは私の願望が聞かせた幻聴。そうだ。そんなわけない。あるわけない。ふう。なんだ、幻聴だったんだ。なんだ。なんだ。

「ああ、俺はお前を必要としてる。俺は、満月かのが好きだ。」という蓮の言葉で思った。
ああ、これは幻聴なんかじゃない。事実だ。現実だ。

「あのさ、どうして振ったはずの私を好きになったのか、教えてくれない?」と私は、できるだけ冷静を意識して聞く。
蓮は「ああ。」と言って、話し始めた。

「二年前、俺はかのを振った。でも実はあの時からかのが好きだった。でも彼女がいた時だったから、あの告白にYESと答えられなかった。
ちょうど、彼女と別れようとしてたから、彼女と別れてから、お前に俺から告白し直そうと思った。でもかのは、次の日からいつもの所に来なくなった。
から、あのまま、ずっと好きだった。それで、気づいたら、二年もたってた。」と蓮は、わかりやすく教えてくれた。
まさかあの時から、蓮が私のことを好きだったなんて、と思う。

「そうだったんだ。」私はそう返事をすることしかできない。
まさか片思いだと思っていた恋が両想いだったなんて。

想像もしてなかった。嬉しい。嬉しい、そんなことを思っていると、蓮が「好きだ。付き合ってくれ」と言われた。
私は、断った。

蓮のことが嫌いになったとかではない。
私は、付き合いたくないのだ。付き合うという一言に縛られるのは嫌だ。

私はただ両想いだというなら、それだけで幸せだ。
それなら、もう二度と恋愛なんてできないよって言われるかもしれない。
それで、いい。

付き合うという一言に縛られよりは、全然いい。
私は、一生恋なんてできない。

だって、私は蓮以外を好きになるなんてできないから。

ずっと、蓮が好き。
大好き。
愛してる、と思う。
少しだけ息がしやすくなった気がした。