僕と彼の怪異七物語 四の物語~居候する都市伝説~

「それはこちらのセリフです。貴方、誰ですか?」

視界に入れさせないように注意しながら僕は男の前に立つ。

「お、お前、NEONちゃんのなんなんだ!?まさか、彼氏だとでもいうのか!?」
「誰か知らないけれど、彼は男です。貴方の言うネオンとかいう人じゃない」
「う、嘘だぁ!騙そうたってそうはいかないぞぉ!僕にはわかる!彼女はNEONちゃんだ!」

血走った目をぎょろぎょろと動かしながら男は叫ぶ。
目の焦点が定まっていない。
何者かわからないけれど、この人は危険だ。

「人違いです。悪いですけど、失礼します」

ノンちゃんの手を掴んで去ろうとした。

「ま、まてっ!」

男が彼に手を伸ばしていく。
マズイ。

「わっ!」

咄嗟に腕を強く引っ張ってノンちゃんを引き寄せる。
抱き寄せる形になったけれど、男の手が空を切ったからよしとしよう。

「じ、ジョ」
「静かに」

彼の耳元で囁く。

「ここは僕に任せて、あの人の方をみないように強くしがみついて」
「う、うん」

ギュッと抱きしめてくるノンちゃん。

「あ、あぁ!?」

男が目を見開いて叫ぶ。

「もっと」
「こ、こう!?」

ギュゥゥゥゥとさらに強く抱きしめられた。
大事なものを包み込むように優しく抱きしめ返す。

「あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

目の前の光景がよほどショックなんだろう。
男は頭皮に爪が食い込むほどにかきむしっている。

「返せ……!」

小さく呟いた後、男は鞄からあるものを取り出す。
銀色に光るもの。
それはナイフだ。
「ちょっと、そんなものをここで出すのは流石にまずいんじゃ?」
「かえぇぇぇぇせぇええええええ!」

叫びと共に襲い掛かってくる。
これはダメか。
溜息を吐きながら上着の中に隠していた十手を取り出す。
同時に前へ軽く踏み出しながら十手を突き出した。
十手は男の手に当たる。

「いっづぅああああああ!」

痛みに顔を歪める男。
ナイフが地面に落ちると同時に額へ十手を突く。

「ぐふぅ!?」

衝撃を受けて派手に転倒する男。

「逃げるよ」
「え、あ、うん!」

戸惑っているノンちゃんの手を引いて走る。
時々、後ろを確認するも先ほどの一撃が効いているのか起き上がる様子がない。
足取りが掴まれないようにしながら帰宅する。
道中、ノンちゃんは一言も発しなかった。

「雲川!僕と勝負だ!体育祭の徒競走、それで僕が勝ったら彼女は僕のものだ!」

どうしてこんなことになっているのだろう?
体育祭の準備をしている中、僕に向かってビシッと指を突き付けてくるのは別のクラスの男子生徒。
陸上部に所属していてクラスの人気者。
そんな彼が僕に指を突き付けて勝負を挑んでくる。
理由はわかっている。
僕の後ろで困った表情をしているノンちゃん。
周りには何事かと野次馬が集まっている。

「まず、キミは誰?」

僕は視線が集まってくるのを感じながら目の前の相手に問いかけた。

「あぁ!?俺の事を知らないって!田仁志(たにし)だ!別のクラスで陸上部!」
「そう、田仁志君、悪いけど、ノンちゃんはものじゃない。彼女を景品扱いするなんて失礼じゃないか?」
「なっ!?」
「ふざけてなんかいない。僕はキミの事を知らないけれど、キミはとても失礼だ。そういう無礼な相手と競い合う事なんてしたくない」

田仁志君はみるみる顔が赤くなっていく。
スポーツマンなのに沸点が低いらしい。
いや、競い合うから血の気が多いのかな。
どうでもいい事を考えているとズカズカとこちらに近付いてくる。

「お前、ふざけるなよ!」
「ふざけてはいない。僕は体育祭の準備があるんだ。くだらない話をまだ続けるなら悪いけど、話はここまでだ」

掴もうとしてきた手を弾いて僕は彼に話は終わりだという。
いつも以上に冷たい声になっているのは苛ついているからかもしれない。
だって。

「ふざけるなよ!お前が、お前が、お前さえいなければくるみちゃんは不登校にならなかったんだよ!お前みたいな陰キャが!」
「今の話とそれは関係あるのか?」
「ヒッ!?」

今の僕は自分が思っている以上に苛ついているんだと思う。
目の前の彼が酷く怯えているのはきっと、僕が怒っているからだ。
一歩、僕が近づくと怯えたように後ろへ下がっていく。
周りのやじ馬は何も言わない。
いや、言わせないように怒気を僕が周囲に放っている。

「彼女の件について、キミに何か関係があったのか?そもそも、今話している相手が違う。別の相手の事と話をすり替える事をしないでくれるかな?」
「雲川、そこまで」

男子生徒にもう一歩、距離を詰めようとしたところで伸びてきた腕が僕を止める。

「何を怒っているのかわからないけれど、流石にやりすぎだって」
「瀬戸さん」

呆れた様子で僕に声をかけてきたのは瀬戸さんだ。
彼女は呆れた様子で周りを指さす。

「アンタ、本気で怒りかけているわよ?周りが怯えている」
「……あぁ」

どうやら僕は自分が思っていた以上に怒気を放っていたらしい。
一部の生徒が涙目になって、距離をとっている。

「そこのクズが何をしたのか知らないけれど」
「だ、誰がクズだ!」

僕が怒気を消した事で余裕が戻ってきたのか男子生徒が瀬戸さんに向かって叫ぶ。

「クズでしょ。雲川をここまで怒らせるなんて、アンタが最低な事をした以外にないし」
「な、なにを根拠に」
「名も知らないアンタよりも、アタシは雲川丈二という男を知っているし、信じているからよ」
「え?」

男子生徒に啖呵をきる瀬戸さん。
突然の事に目を白黒させている男子生徒だけれど、僕はそれだけで。

「プッ」
「ちょっと、なんで笑うのよ!?」
「いや、だって」

とても嬉しい。でも、面と向かって伝えることはできないだろうな。
僕らがわいわい騒いでいる間に男子生徒は逃げ出す。

「あ、逃げた!」
「別にいいよ。追いかける価値もない。最低な男だし」
「アンタ、凍真みたいな事言っているわよ?」
「え、そう?」
「嬉しそうな顔をしているわね。どんだけアイツの事、好きなのよ」

そういう瀬戸さんはどこか不満そうだ。
「ジョージ君」

ノンちゃんが僕に声をかけてくる。

「ごめんね、わたしのせいで」
「あれはノンちゃんが悪いわけじゃない。あの男子生徒が悪い」
「そうそう、気にする必要はないって」
「……うん、でも、自分の責任だし、ちゃんと謝っておきたいから」

そういってノンちゃんは僕に向かって頭を下げる。

「じゃあ、手伝い、戻るね」
「うん、ありがとう」
「あの子、アンタにべったりよね」

ノンちゃんの姿がみえなくなってから瀬戸さんがぽつりと呟く。

「べったり?」

どういう意味だろう。

「アンタ、本当に気付いていないのね?」
「気付いていないって?」
「うーん、伝えてあげても良いかもしれないけれど、こういう事ってアンタが自分で決めないといけないことだろうし」

続けて尋ねようとしたけれど、彼女も体育祭の準備がある為に話を中断して去って行ってしまう。
ノンちゃんが僕にべったり?
どういう意味なのだろう?

「新城がいたら」

どんな言葉を僕に投げてくれただろう?
ここにいない相棒の事を考えながら僕もその場を離れることにした。






都会から離れた深い森の中。
そこに新城凍真はいた。
切り株の上に腰掛けて静かに目を閉じている。

「……来たか」

ガサガサと落ち葉を踏む音と共にこちらに近付いてくる怪異。

『みーつけたぁ』
茂みをかき分けながらゆらりと現れる都市伝説。
コレクター。
こちらを見下ろしてくる相手に新城は表情を変えない。

『もう、急にいなくなったから慌てちゃったよぉ、お姉さんに黙っていなくなるなんて悪い子~』

ニコニコと満面な笑みを浮かべてこちらをみてくるコレクターに新城は沈黙を貫く。

『あれ?今日は静かだね?もっと会話を楽しもうよ?今日で最後なんだからさぁ』

普通の人がみれば発狂しそうな笑顔を浮かべる
だが、新城は平然としている。
それどころか反応すらしない。

『??』

新城の態度に首を傾げながらゆっくりと近づこうとする。
白い指先が新城へ伸びた。
バチンと指先に痛みが走る。
彼が展開した結界が邪魔をしていた。

『で、も、む、だ♡』

バチバチと大きな音を立てる。

『この程度の力でお姉さんの愛を止められるなんてことはできないから』

最後にボッと貼られていた結界の札が燃え出す。
炎は一気にすべての札を燃やし尽くした。

『これでお姉さんとキミを阻むものはないねぇ』

ニタァと恐ろしい笑みを浮かべながら一歩、また一歩と前に踏み出す。
スカートの裾から覗く蜘蛛の脚。
カサカサと音を立ててゆっくりと近づこうとした時。

『っ!』

何かに気付いて宙を舞う。
少し遅れて地面にぽっかりと穴が出来ていた。

『びっくりしたなぁ』

頭上の木の幹に複数の脚でしがみつきながらコレクターは笑う。

『この仕掛けも失敗したねぇ。悪あがきもこれで終わりかな?』

スタッと着地する。
コレクターと新城の距離はわずか三十センチ程度。
見下ろすコレクターに新城は表情を変えない。

――ようやく手に入る。

胸中で湧き上がる興奮にコレクターは表情が崩れる。
興奮しているコレクターはこれからの事に思いを馳せていた。
元々、手に入れようと思っていた相手の前に現れた存在。
一目ぼれ、欲しい、衝動、なんといえばいいかわからない感情を抱くのは久しぶり。
必ず手に入れる。
例え、相手が自分に対抗できる特別な力を宿していたとしても関係ない。

『これで、貴方はお姉さんのコレクションの一つに』

笑顔で両手を伸ばす。
まずは優しく俯いているその顔を持ち上げて。
次は。

「最後に聞く言葉がそれか、コレクターらしいといえば、コレクターらしいな」

見上げた彼の目をみた瞬間、底知れぬ恐怖を感じた。

――すぐにこの場を離れないといけない!

コレクターがその場を跳躍しようとした時、足場に様々な文字が並んだ陣が現れる。

「よっこいしょ」

座っていた彼が立ち上がる。

「悪いな、呼び寄せる為とはいえ、こんな事をして」

コレクターが限界まで目を見開く。
彼がいた場所。
そこにあったのは年季の入った地蔵。
地蔵を見た瞬間、コレクターは奇声のような悲鳴を上げる。

「どうやらこれは見覚えがあるようだな」
『ど、どうして、それが、そんなものがここに!?』

喜色の表情から一転して驚愕、そして恐怖に表情が染まっていくコレクター。
脚をガチャガチャと動かしてこの場から逃げようとしたが。

「ところがギッチョン」

地面から伸びてきた鎖がコレクターの肢体に巻き付いた。

「これ以上、俺の貴重な安眠を潰されるのは嫌なのでね。ここで決着を付けさせてもらう」
『バカな、バカなバカな!この地蔵は粉々に潰して』
「確かにアンタを封印していた地蔵は粉々になっていたさ。だが、あの地蔵はなにも一つだけじゃない。苦労したよ。アンタに気付かれないように似たような地蔵を探すのはさ」
『どうして、どうやって!?監視の目は昼夜つけていたのに!?』
「今の世の中は便利だよなぁ。これ一つで色々な事ができるんだからさ」

ポケットから取り出したのは携帯端末。
コレクターが監視していた彼のものではない。
別の端末。

『二つ、二つ持っていた!?貴方、そんな』
「祓い屋が機械に疎いなんて話、信じていたのか?まぁいい」
呆れながら彼は淡い輝きを放っている地蔵へ触れる。

『あぁ、嫌だ、嫌だ!また、眠らされる!?嫌だ嫌だ嫌だ!』
「今度は浄化されるまで起こされることはないさ。ゆっくり、眠れ」

新城凍真が言葉を紡ぐ。
地蔵が強い輝きを放ち、ずるずると鎖に引っ張られてコレクターが地面に吸い込まれていく。

『覚えていろ、逃がさない、オマエハゼッタイニ!ゼッタイニィィィィイィィィ』

恨みの言葉を吐きながらコレクターの姿は完全に消える。

「……この土地に申し訳ないが、しばらく頼むよ。定期的に様子を見に来るくらいは」
「やはり、この程度は貴方の相手になりませんか」

地蔵を撫でていた手を止める。

「成程、今回の騒動はお前が絡んでいた訳か」
「一カ月ぶりですか?元気そうで何よりですね。新城凍真様」

黒衣のドレスに身を包み、スカートの裾を広げて挨拶をする少女。
閉じていた瞳が開き、そこから現れるのは黒い瞳。
吸血樹の力によって怪異となった志我一衣(しがいちい)

「驚いたな。まだ封印されていなかったんだな」

人から怪異になった存在は今の社会において脅威でしかない。
情報は瞬く間に裏の社会等に広まり、志我一衣は懸賞金がかけられフリーランスの祓い屋や賞金稼ぎ紛いの連中が彼女を狙っているという事を新城は耳にしていた。

「人気者は辛いですね。私の魅力にひかれて多くの若者がやってきて」

ぺろりと彼女は舌なめずりする。

「とても美味でしたわぁ」
「おぉ、人外的なセリフ。ジョークと思いたいけれど、お前、本当に食べたみたいだな」

沈黙で彼女は答える。

「それで、今回の件はどこまで絡んでいるのかな?」
「おおよその検討はついているのではありませんか?」
「推測はあくまで推測、本人の口から事実を語ってもらわないとそれは真実とはいえないね」
「成程、そうですね。全部に関わっていると言えば関わっていますが、私が関与したのは都市伝説の力を強めたことでしょうか」
「強めた?」
「貴方もご存じでしょうが都市伝説怪異は人の言霊で力を増す厄介な存在です。少し前まで都市伝説は言霊によってその力が強まり猛威を振るっていました。ところが、今は人による言霊は弱まり、都市伝説怪異は少し前のような力はありませんでした」

と、こ、ろ、がと彼女は嗤う。
「言霊は別の場所で使えることができたんです。えぇ、電子の海という場所で」
「ネットの海、確かに最近は裏サイトやら情報をまとめたサイトが沢山あるが、お前、まさか」
「電子の海の言葉、あれを言霊と同じような仕組みへ変えましたの。電子言霊と名付けましたわ」
「お前、それが何をもたらすかわかっていっているのか?」

言霊は人の口から出て力を発揮する。
電子言霊は人が電子の海へ文字や言葉を打ち込む事でその力を発揮するというのならば、今後、様々な怪異が電子の海で力を得られるようになるという事だ。
そんなことになれば、今よりも事態が悪化していくだろう。

「えぇ、これから先、電子の海は広がり続ける。つまり都市伝説怪異も力を増し続けるという事です。楽しい事がまだまだ続くんです」
「楽しい?」
「えぇ、まだまだ私と新城凍真様のお遊びが続くんですもの」

妖美を漂わせ、笑顔を浮かべる彼女に対して新城の表情は険しくなる。

「あぁ、でもご安心ください。今回、都市伝説怪異で私が関わっているのは二つだけ。今しがた、貴方が封印したコレクター、そしてもう一つ」
「……ジャック」

パチパチパチと拍手の音が響く。

「正解です。今回はこの二つだけ私が関わっています。他はどうなるか、電子言霊の力次第ですね。作ってみたものの、どことなく不完全でまだまだ試作というところなので二つに抑えたのです」

その時、彼女の瞳に若干の変化があったのを新城は見逃さなかった。
敢えてその事を指摘せずに別の事を尋ねる。

「都市伝説怪異に手を出したから陰陽塾の連中が出て来ている。手を引くなら今のうちじゃないのか?」
「あらあら、心配してくれているのですか?こんな怪異になった私を?やはりお優しいですね。新城凍真様」

でも、と彼女は首を振る。

「まだです。えぇ、まだです!私のやりたい実験終わっていないのですよ。コレクターははじまり、私の本当の目的はジャックにあるのですから、そう、ジャックを生み出すことが」
「お前、まさか!」

新城が彼女へ詰めようとした時、地面が揺れる。

「いけませんわ。まだ、私とあなたのダンスの時間までまだまだ先なのですから」

バランスを崩した新城の頭上から響く。
志我一衣の姿はどこにもない。