5月22日。ヴィスタネージュ大宮殿真珠の間にて、女帝マリアン=ルーヌの名のもとに、ある布告が発せられた。
「長年、我が帝国は病に冒されていた。すなわち、黄金帝と称されしリュディス5世から続く、偽りの歴史である!」
この日、新たに帝国宰相に任命されたレテュール子爵は宣言文を読み上げる。後に『真珠の間宣言』と呼ばれる、"百合の帝国"の有り様を大きく変化させた文書だ。
これまでの慣例では、宰相職は公爵ないし侯爵の家格を有する者が任命されるのが慣わしであった。子爵が政権の最高位に就くなど、前代未聞である。
そのほかの閣僚たちも一新されている。粛清の対象となったラルガ侯爵ら顧問派の面々はもちろん、旧主を見限ることで生き延びたクロイス派の面々も、解任の上投獄された。
新たに大臣の席を独占したのは、言うまでもなく真珠の間グループの面々だった。だが、それだけではない。彼らの中でも、200年以上の歴史を持つ古い家系、そして黄金帝の時代以降に要職に就くことのなかった者たちだけが選ばれていた。
「かの黄金帝なる者は名君にあらず! リュディスの名を不当に奪い、竜退治の英雄の血脈を汚した史上稀に見る大逆賊である!」
レテュール子爵の言葉に熱がこもる。彼の家もまた、長年冷遇され続けてきたのだ。
家に残る伝承によれば、数百年前のレテュール家は、帝国の領土拡大期に有能な軍人と官僚を輩出した名族であったという。が、グレアン、クロイス、グリージュスといった黄金帝期の閣僚たちに疎んじられ、それ以来北苑の狩場の管理人に甘んじる事となったのだという。そんな状況からの宰相抜擢だ。レテュールは、自らの運命を大きく変えた、女帝の隣に座る男を見た。
「真なる征竜帝の血脈は、簒奪者によって長らく帝都を追放されていた。それが此度、ご帰還なされたのだ! ここにおわす、ダ・フォーリス元帥こそ、正統なる"百合の帝国"の後継者である!」
仮面の男の正体を聞いたとき、レテュールは昂揚した。自分がお仕えすべきは、この方だったのだ! この方は、偽りの歴史を終わらせる同志として、自分を選んでくださったのだ。
だから、旧体制は全て打破しなければならない。旧クロイス派も、顧問派も、偽りの皇帝だったアルディスの兄弟たちも……!
「本日、我が内閣は女帝マリアン=ルーヌの名のもとに、ダ・フォーリス元帥の皇族としての地位と名誉を正式に認め、これを保証する。同時に、過去に行われたおぞましき簒奪の事実を明確にするため、全力をもって調査することを約束する。また、これまで身分を偽り不当に特権を享受してきた簒奪者リュディス5世の子孫たちの皇族としての権利を、永遠に停止するものとする。彼らを擁護・支援する者は、国内・国外にかかわらずいかなる勢力であっても、帝国の敵とみなし、これを必ずや滅ぼすであろう」
この宣言をもって、王朝としての”百合の帝国”はひとつの終焉を見たと言って良い。
女帝マリアン=ルーヌの君臨は一時的な措置であり、いずれドリーヴ大公アルディス4世が帝位を継承するものとされていたが、この話は自動的に消滅した。
ゆくゆくは、ダ・フォーリスがマリアン=ルーヌと結婚して皇配となり、二人の子が帝位を継ぐことになるであろう。
新王朝の誕生だ! 征竜帝リュディスのと、討竜公ルーダフ、二人の英雄の血を受け継いだ皇子こそまさしく大帝国の……いや大陸全土の君主にふさわしい。新王朝は世界に覇を唱える偉大な帝国となるのだ!
つい先日まで、森の管理人でしかなかったレテュールは、ダ・フォーリス本人が起草した宣言文を読み上げながら、気宇壮大な野望に酔いしれていた。その甘い酔いは、彼の視覚を麻痺させていたのかもしれない。彼は気づいていなかった。この宣言の責任者たる女帝マリアン=ルーヌの、表情を失った顔に……。
* * *
「長年、我が帝国は病に冒されていた。すなわち、黄金帝と称されしリュディス5世から続く、偽りの歴史である!」
この日、新たに帝国宰相に任命されたレテュール子爵は宣言文を読み上げる。後に『真珠の間宣言』と呼ばれる、"百合の帝国"の有り様を大きく変化させた文書だ。
これまでの慣例では、宰相職は公爵ないし侯爵の家格を有する者が任命されるのが慣わしであった。子爵が政権の最高位に就くなど、前代未聞である。
そのほかの閣僚たちも一新されている。粛清の対象となったラルガ侯爵ら顧問派の面々はもちろん、旧主を見限ることで生き延びたクロイス派の面々も、解任の上投獄された。
新たに大臣の席を独占したのは、言うまでもなく真珠の間グループの面々だった。だが、それだけではない。彼らの中でも、200年以上の歴史を持つ古い家系、そして黄金帝の時代以降に要職に就くことのなかった者たちだけが選ばれていた。
「かの黄金帝なる者は名君にあらず! リュディスの名を不当に奪い、竜退治の英雄の血脈を汚した史上稀に見る大逆賊である!」
レテュール子爵の言葉に熱がこもる。彼の家もまた、長年冷遇され続けてきたのだ。
家に残る伝承によれば、数百年前のレテュール家は、帝国の領土拡大期に有能な軍人と官僚を輩出した名族であったという。が、グレアン、クロイス、グリージュスといった黄金帝期の閣僚たちに疎んじられ、それ以来北苑の狩場の管理人に甘んじる事となったのだという。そんな状況からの宰相抜擢だ。レテュールは、自らの運命を大きく変えた、女帝の隣に座る男を見た。
「真なる征竜帝の血脈は、簒奪者によって長らく帝都を追放されていた。それが此度、ご帰還なされたのだ! ここにおわす、ダ・フォーリス元帥こそ、正統なる"百合の帝国"の後継者である!」
仮面の男の正体を聞いたとき、レテュールは昂揚した。自分がお仕えすべきは、この方だったのだ! この方は、偽りの歴史を終わらせる同志として、自分を選んでくださったのだ。
だから、旧体制は全て打破しなければならない。旧クロイス派も、顧問派も、偽りの皇帝だったアルディスの兄弟たちも……!
「本日、我が内閣は女帝マリアン=ルーヌの名のもとに、ダ・フォーリス元帥の皇族としての地位と名誉を正式に認め、これを保証する。同時に、過去に行われたおぞましき簒奪の事実を明確にするため、全力をもって調査することを約束する。また、これまで身分を偽り不当に特権を享受してきた簒奪者リュディス5世の子孫たちの皇族としての権利を、永遠に停止するものとする。彼らを擁護・支援する者は、国内・国外にかかわらずいかなる勢力であっても、帝国の敵とみなし、これを必ずや滅ぼすであろう」
この宣言をもって、王朝としての”百合の帝国”はひとつの終焉を見たと言って良い。
女帝マリアン=ルーヌの君臨は一時的な措置であり、いずれドリーヴ大公アルディス4世が帝位を継承するものとされていたが、この話は自動的に消滅した。
ゆくゆくは、ダ・フォーリスがマリアン=ルーヌと結婚して皇配となり、二人の子が帝位を継ぐことになるであろう。
新王朝の誕生だ! 征竜帝リュディスのと、討竜公ルーダフ、二人の英雄の血を受け継いだ皇子こそまさしく大帝国の……いや大陸全土の君主にふさわしい。新王朝は世界に覇を唱える偉大な帝国となるのだ!
つい先日まで、森の管理人でしかなかったレテュールは、ダ・フォーリス本人が起草した宣言文を読み上げながら、気宇壮大な野望に酔いしれていた。その甘い酔いは、彼の視覚を麻痺させていたのかもしれない。彼は気づいていなかった。この宣言の責任者たる女帝マリアン=ルーヌの、表情を失った顔に……。
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