「では、バティス・スコターディ城を解体すると?」
「はい。あの城のことを不気味に思っている帝都市民は多い。それを壊すことで新しい時代の訪れを象徴する、と言うのが私たちの考えです」
職人街を訪れたアンナとリアンは、新劇場建設の構想を説明する。今や商工会長として、帝都の重要人物となったケントや、大工頭のダンは熱心に聞き入っていた。
「すげえ構想だ! 帝都中の職人をつかったデカい仕事になる……!」
かつて彼らが手がけた皇妃の村里をはるかに超える規模の工事となる。その様子を思い浮かべ、ダンは興奮気味だった。
「……着工はいつ頃になりますでしょうか?」
一方でケントは、やや浮かない顔をしている。
「すぐにでも、と言いたいところですが、色々と下準備がありますので1〜2年の準備は必要かと」
まずは地下の賢者の石をどうにかしなければならない。そこは錬金工房のバルフナー博士頼みだ。彼らの調査に十分な力をかけるつもりだが、それでも成果があげらなければ、そもそも着工自体難しい。
が、そんなことを職人たちに話しても仕方ないため、アンナは今現在の目算を説明した。
「2年、ですか……確かにこの規模の工事となれば準備だけでもそのくらいかかりましょうな……」
ケントの顔がさらに曇る。それをアンナは見逃さなかった。
「2年後には情勢が変わり、計画を中断せざるを得なくなるのでは……そんなことを言いたそうですね?」
「あ、いや、それは……」
ケントは目を丸くする。恐らくは頭の中を覗かれる思いがしたのであろう。
「ふっ。そうですね、アンナ様には隠し立てできませんね」
苦笑いを口の端に浮かべながら、ケントはかぶりを振った。
「この街を束ねる立場になって依頼、先を見る癖がついてしまいましてな」
「結構なことです。そんなあなたが差配すればこそ、この街もこの短期間で復興したのでしょうから」
「私はこの一年で、国の情勢が大きく変わると考えています。いえ事実、冷夏と先の政変で、社会にかなりの変化が生じている」
そんな中、悠長に2年もかけて劇場建設などやっていられるのか? 途中で計画が頓挫すれば、職人街にとっては大きな損失となる。アンナたちの計画に乗って良いものかどうか、街の将来に責任を持つ立場としては、難しい選択が必要というわけだ。
「誤解ないように申しあげます。私の心情としては、アンナ様や大公殿下への助力を惜しむつもりはありません。あなた方はこの帝都に必要な方々。ですが……」
「それでよいのだ商工会長。君の立場ならそう考えるのが当然だ」
リアンが言った。
「しかし、それでも敢えて我々の計画に力を貸してほしい。それが恐らく帝都のためとなる」
「と、言いますと?」
リアンはアンナに目配せする。アンナも軽く頷き、それに返した。
「……ここからは他言無用で頼む」
皇弟は声のトーンを少しだけ落とした。その微細な変化に何かを感じ取り、ケントとダンも居ずまいを正す。
「……もうじき、地方から多くの流民が帝都に流れ込んでくるというのが、私と顧問の予想だ」
「流民?」
「そうだ。冬どけとともに、各地で反乱が勃発する。それも全国各地で」
「なんですって!?」
予想外の言葉に、ケントとダンは思わず腰を浮かせた。
「その戦火から逃れるため、帝都に万単位の人間が流れ込んでくるだろう」
「しかし、それはどういう……誰が乱を起こすと言うのですか!?」
「大きく二つに分かれる。一方は革命主義者、そしてもう一方は旧大貴族だ」
「それは……真逆の勢力ですね」
「ええ、その通り。革命主義者は今年の災厄で疲弊した農村部や地方都市に勢力を伸ばしていると聞きます。じきに彼らは帝室打倒を声高に叫ぶようになるでしょう」
「帝都の革命派は、俺なら抑え込むことが可能だ。しかし、地方はそうもいかない」
リアン大公の住まうベルーサ宮は、革命派の総本山として知られた場所だ。しかし、リアンとて本気で帝室の解体をもくろんでいたわけではない。あくまで帝室に不満を持つものを手懐け、ガス抜きをしていたに過ぎないのだ。
しかし夏のない年と称される天変地異で、全国的に溜まるガスが増えている。リアンの手の及ばない地域では、彼らの暴走を止めることは難しい。
「大貴族は言うまでもなく、旧クロイス派に近い者たちです。盟主が倒れたとはいえ……いえ、盟主が倒れた今だからこそ、彼らの存在は危険です」
この国最大のの貴族だったクロイス家は財産の半分近くを女帝に差し出すことで家名を安堵された。しかし、大多数の貴族は、同じだけの財産を差し出すことなどできはしない。
もしも女帝や、彼女の周囲にいる新たな支配層が、自分たちに同じことを求めたとしたら……? 彼らは生き残るためにどうするか?
「新体制の過剰な介入を避けるため、挙兵に及ぶ貴族が出てくるでしょう。それは避けることができないと考えています」
仮にアンナが今回の政変で力を得られたら、彼らが暴発しないように立ちまわることができた。しかし、今、女帝の周りにいるものたちに、それができるものは恐らくいない。
「君が政争に負けたりしなければな」
やや皮肉の効いた口調で皇弟は言う。こう言うところは変わりようがないらしい。アンナはため息混じりに、リアンから話を引き継いだ。
「不本意ながら、今の私は少し難しい立場に置かれています。女帝陛下のお側にはダ・フォーリス大尉ら新たなご友人方が陣取り、政務への干渉を始めたのです」
クロイス事変後アンナが最初に手をつけたのは、閣僚人事であった。未曾有の国難を乗り切るため、旧フィルヴィーユ派の官僚などを中心に、有能な人材を登用するつもりであったが、真珠の間の貴族たちがそれに横槍を入れてきたのだ。
それは旧クロイス派ほど強硬ではないものの、アンナの政権構想に少なからぬ影響を与えることとなった。
「このようなことは今後も続くでしょう。そしてその度に、政務は遅れることとなる。彼らにいくら言っても理解はできないでしょうが……」
真珠の間の連中にしてみれば、気に入らない顧問に対して嫌がらせをしている、程度の認識であろうが、その一つ一つが亡国へつながっている。残念ながら彼らはそれに気づいていない。
そして、彼らを巧みに操っているのがダ・フォーリスだ。
アンナはあの仮面の軍人こそが、全ての黒幕と睨んでいる。かつてクロイス派を裏から操り暴走させたように、今度は女帝の友人たちを使ってこの国の政治に混乱を発生させようとしている。そう考えるのが妥当であった。
「話を戻そう」
リアンが言う。
「革命派と旧貴族派。それぞれがそれぞれの理由で蜂起すれば、割を食うのは民たちだ。彼らは戦火を逃れるため、帝都に押し寄せることになる」
「……なるほど。それで劇場建設ですか」
ケントは全て得心したようだった。
「バティス・スコターディ城の解体と、新劇場の建設。それほどの大規模の工事なら、流民が流れてきても彼らの雇用を維持することができる。それによって治安の低下を防ぎ、帝都に乱の風が及ぶのを食い止める、というのが閣下のお考えですね?」
「いかにも」
リアンは大きく頷いた。
「劇場建設だけではない、これを機に帝都のあらゆるインフラ事業を推し進めようと思う。大貴族が錬金術とともに独占していた各種インフラの経営権を、マルフィア大公家が買い取り、少しずつ民営化していくつもりだ」
「すばらしい! それがうまくいけば、帝都は流民の力を借りて一気に発展することができる」
「うまくいけば、だがな」
リアンの話をききながら、アンナは昔のことを思い出していた。まだ、彼女がこの肉体を得る前、フィルヴィーユ公爵夫人として国政改革に乗り出していた頃だ。あの時も、彼女は大貴族たちによる錬金術独占を非難し、その技術を使ったインフラ事業を民営化させることを主張していた。それは平民として育ちながら、旧連勤工房に出入りし先端技術を見続けていた彼女の悲願だった。そして今にして思えば、この構想こそが大貴族隊の反感をかった最大の理由だったのであろう。
時を経て、今アンナは同じことをしようとしている。それも、帝国最大の実力者の協力を得て、だ。
紆余曲折あったが、ここまできた。状況は決して良くはない。災厄による国難に解決の糸口は見えず、クロイス派に変わる難敵も登場した。そして、ずっとアンナを支えてきてくれた最愛の人が側にいない……。
しかし、今こそ災いを福に転ずる時だ。道が困難なことは承知している。
(でも、私なら出来る。やり遂げるしかない)
胸の内で、そう自分に言い聞かせた。
「はい。あの城のことを不気味に思っている帝都市民は多い。それを壊すことで新しい時代の訪れを象徴する、と言うのが私たちの考えです」
職人街を訪れたアンナとリアンは、新劇場建設の構想を説明する。今や商工会長として、帝都の重要人物となったケントや、大工頭のダンは熱心に聞き入っていた。
「すげえ構想だ! 帝都中の職人をつかったデカい仕事になる……!」
かつて彼らが手がけた皇妃の村里をはるかに超える規模の工事となる。その様子を思い浮かべ、ダンは興奮気味だった。
「……着工はいつ頃になりますでしょうか?」
一方でケントは、やや浮かない顔をしている。
「すぐにでも、と言いたいところですが、色々と下準備がありますので1〜2年の準備は必要かと」
まずは地下の賢者の石をどうにかしなければならない。そこは錬金工房のバルフナー博士頼みだ。彼らの調査に十分な力をかけるつもりだが、それでも成果があげらなければ、そもそも着工自体難しい。
が、そんなことを職人たちに話しても仕方ないため、アンナは今現在の目算を説明した。
「2年、ですか……確かにこの規模の工事となれば準備だけでもそのくらいかかりましょうな……」
ケントの顔がさらに曇る。それをアンナは見逃さなかった。
「2年後には情勢が変わり、計画を中断せざるを得なくなるのでは……そんなことを言いたそうですね?」
「あ、いや、それは……」
ケントは目を丸くする。恐らくは頭の中を覗かれる思いがしたのであろう。
「ふっ。そうですね、アンナ様には隠し立てできませんね」
苦笑いを口の端に浮かべながら、ケントはかぶりを振った。
「この街を束ねる立場になって依頼、先を見る癖がついてしまいましてな」
「結構なことです。そんなあなたが差配すればこそ、この街もこの短期間で復興したのでしょうから」
「私はこの一年で、国の情勢が大きく変わると考えています。いえ事実、冷夏と先の政変で、社会にかなりの変化が生じている」
そんな中、悠長に2年もかけて劇場建設などやっていられるのか? 途中で計画が頓挫すれば、職人街にとっては大きな損失となる。アンナたちの計画に乗って良いものかどうか、街の将来に責任を持つ立場としては、難しい選択が必要というわけだ。
「誤解ないように申しあげます。私の心情としては、アンナ様や大公殿下への助力を惜しむつもりはありません。あなた方はこの帝都に必要な方々。ですが……」
「それでよいのだ商工会長。君の立場ならそう考えるのが当然だ」
リアンが言った。
「しかし、それでも敢えて我々の計画に力を貸してほしい。それが恐らく帝都のためとなる」
「と、言いますと?」
リアンはアンナに目配せする。アンナも軽く頷き、それに返した。
「……ここからは他言無用で頼む」
皇弟は声のトーンを少しだけ落とした。その微細な変化に何かを感じ取り、ケントとダンも居ずまいを正す。
「……もうじき、地方から多くの流民が帝都に流れ込んでくるというのが、私と顧問の予想だ」
「流民?」
「そうだ。冬どけとともに、各地で反乱が勃発する。それも全国各地で」
「なんですって!?」
予想外の言葉に、ケントとダンは思わず腰を浮かせた。
「その戦火から逃れるため、帝都に万単位の人間が流れ込んでくるだろう」
「しかし、それはどういう……誰が乱を起こすと言うのですか!?」
「大きく二つに分かれる。一方は革命主義者、そしてもう一方は旧大貴族だ」
「それは……真逆の勢力ですね」
「ええ、その通り。革命主義者は今年の災厄で疲弊した農村部や地方都市に勢力を伸ばしていると聞きます。じきに彼らは帝室打倒を声高に叫ぶようになるでしょう」
「帝都の革命派は、俺なら抑え込むことが可能だ。しかし、地方はそうもいかない」
リアン大公の住まうベルーサ宮は、革命派の総本山として知られた場所だ。しかし、リアンとて本気で帝室の解体をもくろんでいたわけではない。あくまで帝室に不満を持つものを手懐け、ガス抜きをしていたに過ぎないのだ。
しかし夏のない年と称される天変地異で、全国的に溜まるガスが増えている。リアンの手の及ばない地域では、彼らの暴走を止めることは難しい。
「大貴族は言うまでもなく、旧クロイス派に近い者たちです。盟主が倒れたとはいえ……いえ、盟主が倒れた今だからこそ、彼らの存在は危険です」
この国最大のの貴族だったクロイス家は財産の半分近くを女帝に差し出すことで家名を安堵された。しかし、大多数の貴族は、同じだけの財産を差し出すことなどできはしない。
もしも女帝や、彼女の周囲にいる新たな支配層が、自分たちに同じことを求めたとしたら……? 彼らは生き残るためにどうするか?
「新体制の過剰な介入を避けるため、挙兵に及ぶ貴族が出てくるでしょう。それは避けることができないと考えています」
仮にアンナが今回の政変で力を得られたら、彼らが暴発しないように立ちまわることができた。しかし、今、女帝の周りにいるものたちに、それができるものは恐らくいない。
「君が政争に負けたりしなければな」
やや皮肉の効いた口調で皇弟は言う。こう言うところは変わりようがないらしい。アンナはため息混じりに、リアンから話を引き継いだ。
「不本意ながら、今の私は少し難しい立場に置かれています。女帝陛下のお側にはダ・フォーリス大尉ら新たなご友人方が陣取り、政務への干渉を始めたのです」
クロイス事変後アンナが最初に手をつけたのは、閣僚人事であった。未曾有の国難を乗り切るため、旧フィルヴィーユ派の官僚などを中心に、有能な人材を登用するつもりであったが、真珠の間の貴族たちがそれに横槍を入れてきたのだ。
それは旧クロイス派ほど強硬ではないものの、アンナの政権構想に少なからぬ影響を与えることとなった。
「このようなことは今後も続くでしょう。そしてその度に、政務は遅れることとなる。彼らにいくら言っても理解はできないでしょうが……」
真珠の間の連中にしてみれば、気に入らない顧問に対して嫌がらせをしている、程度の認識であろうが、その一つ一つが亡国へつながっている。残念ながら彼らはそれに気づいていない。
そして、彼らを巧みに操っているのがダ・フォーリスだ。
アンナはあの仮面の軍人こそが、全ての黒幕と睨んでいる。かつてクロイス派を裏から操り暴走させたように、今度は女帝の友人たちを使ってこの国の政治に混乱を発生させようとしている。そう考えるのが妥当であった。
「話を戻そう」
リアンが言う。
「革命派と旧貴族派。それぞれがそれぞれの理由で蜂起すれば、割を食うのは民たちだ。彼らは戦火を逃れるため、帝都に押し寄せることになる」
「……なるほど。それで劇場建設ですか」
ケントは全て得心したようだった。
「バティス・スコターディ城の解体と、新劇場の建設。それほどの大規模の工事なら、流民が流れてきても彼らの雇用を維持することができる。それによって治安の低下を防ぎ、帝都に乱の風が及ぶのを食い止める、というのが閣下のお考えですね?」
「いかにも」
リアンは大きく頷いた。
「劇場建設だけではない、これを機に帝都のあらゆるインフラ事業を推し進めようと思う。大貴族が錬金術とともに独占していた各種インフラの経営権を、マルフィア大公家が買い取り、少しずつ民営化していくつもりだ」
「すばらしい! それがうまくいけば、帝都は流民の力を借りて一気に発展することができる」
「うまくいけば、だがな」
リアンの話をききながら、アンナは昔のことを思い出していた。まだ、彼女がこの肉体を得る前、フィルヴィーユ公爵夫人として国政改革に乗り出していた頃だ。あの時も、彼女は大貴族たちによる錬金術独占を非難し、その技術を使ったインフラ事業を民営化させることを主張していた。それは平民として育ちながら、旧連勤工房に出入りし先端技術を見続けていた彼女の悲願だった。そして今にして思えば、この構想こそが大貴族隊の反感をかった最大の理由だったのであろう。
時を経て、今アンナは同じことをしようとしている。それも、帝国最大の実力者の協力を得て、だ。
紆余曲折あったが、ここまできた。状況は決して良くはない。災厄による国難に解決の糸口は見えず、クロイス派に変わる難敵も登場した。そして、ずっとアンナを支えてきてくれた最愛の人が側にいない……。
しかし、今こそ災いを福に転ずる時だ。道が困難なことは承知している。
(でも、私なら出来る。やり遂げるしかない)
胸の内で、そう自分に言い聞かせた。