「クロイス公爵。陛下はあなた様とお会いにはなりません。何卒お引き取りください」
「それはどういうことか? もしや陛下の御身に何か?」
「いえ、陛下はご健康です。ですが、あなた様にはお会いになりません」
「なんだと!?」
固く閉ざされた謁見の間の入り口で、クロイス公爵は衛兵に行く手を阻まれた。
第二の政変は、昨年の舞台となった白薔薇の間ではなく、この大廊下の突き当たりで行われた。
後年「クロイス事変」と呼ばれる一連の騒動は、こうして始まった。
この日、クロイス公爵はいつも通り女帝への謁見のため朝一番に出仕していた。
数多くの貴族たちの中で、その日一番に女帝に挨拶できるのは、宰相である彼の特権である。だが、この日は違った。
「私は帝国宰相であるぞ! 国事を司るものとして、陛下に拝謁する義務と責任がある、その扉を開けろ!」
クロイスが叫ぶと、扉が開き中から顧問アンナが姿を現した。
「グレアン侯爵!? なぜお前が私より先に謁見の間へ?」
「クロイス公爵、残念ながらあなた様はすでに宰相ではありません。その職務は、女帝陛下の命の元、正式にあなた様から剥奪されました」
「なっ!?」
クロイスの顔が一気に蒼白になった。
「馬鹿も休み休み言え、陛下がなぜそのような……」
「此度の天変地異の責任を取るようにと、そのように仰せです」
「天変地異だと?」
顧問アンナと言い合っていると、背後から声をかけられた。
「クロイス伯爵……」
振り返ると、いつの間にか後ろには、彼の次に謁見する権利を与えられた閣僚たちが並んでいた。そしてさらにその後ろには、数多くの貴族たちが控え、大廊下は人の頭で埋め尽くされていた。
その人数に、クロイスは一瞬たじろいだ。
実のところ、ほとんどの貴族たちにとって、この光景はありふれたものであった。
毎朝この時間の大廊下は、女帝に謁見を望む貴族たちでごった返すのだ。だが、誰よりも早く謁見の間に入り後ろを振り返ったことなどないクロイスはそのことを知らなかった。
「なんだお前たちは……?」
「ブラーレ子爵、お待ちしておりました。どうぞ中へ」
「は?」
アンナが名を呼んだのは、ラルガ侯爵の入閣と同時に法務大臣から宮内大臣に転任したブラーレ子爵だった。
「失礼いたします」
クロイス派の中核メンバーと言われていた子爵は、気まずそうにクロイスの横を通り過ぎ、謁見の前へと入っていく。
「ブラーレ! 貴様どういう……」
「エルゼン公爵、フォルメル伯爵、ラルガ侯爵、ベーステン伯爵、皆様もどうぞ中へ」
名を呼ばれた大臣たちが次々と、ブラーレ子爵の後に続いた。
元々顧問派であったラルガはともかく、外務大臣エルゼン公、海外領土総督フォルメル伯、商務長官ベーステン伯は皆、クロイス派として甘い汁を啜ってきた者たちだ。
後に残されたのは、たった今解任を宣告された宰相クロイス公爵。そしてこれから解任を宣告される財務大臣ベリフ伯爵と、国務大臣ユヴォー侯爵の3人のみであった。
「ク、クロイス公これは一体……」
事情を全く飲み込めないユヴォーは、自分たちの盟主に縋ろうとした。
盟主はこめかみに太い血管を浮き上がらせていた。
「下手に出ていればつけ上がりおって……」
背後には大勢の貴族たちがいる、彼らに見られる中で考えられないほどの侮辱を受けた。帝国貴族の主席として、国の舵取りをしてきた自分を、子爵や男爵たちが嘲笑っている。その認識は、公爵の心の均衡をかつてないほどにぐらつかせた。
そして恥辱に顔
どす黒くしながら、クロイス公爵は咆えた。
「これが貴様らのやり口か、女どもぉっ!!」
* * *
「それはどういうことか? もしや陛下の御身に何か?」
「いえ、陛下はご健康です。ですが、あなた様にはお会いになりません」
「なんだと!?」
固く閉ざされた謁見の間の入り口で、クロイス公爵は衛兵に行く手を阻まれた。
第二の政変は、昨年の舞台となった白薔薇の間ではなく、この大廊下の突き当たりで行われた。
後年「クロイス事変」と呼ばれる一連の騒動は、こうして始まった。
この日、クロイス公爵はいつも通り女帝への謁見のため朝一番に出仕していた。
数多くの貴族たちの中で、その日一番に女帝に挨拶できるのは、宰相である彼の特権である。だが、この日は違った。
「私は帝国宰相であるぞ! 国事を司るものとして、陛下に拝謁する義務と責任がある、その扉を開けろ!」
クロイスが叫ぶと、扉が開き中から顧問アンナが姿を現した。
「グレアン侯爵!? なぜお前が私より先に謁見の間へ?」
「クロイス公爵、残念ながらあなた様はすでに宰相ではありません。その職務は、女帝陛下の命の元、正式にあなた様から剥奪されました」
「なっ!?」
クロイスの顔が一気に蒼白になった。
「馬鹿も休み休み言え、陛下がなぜそのような……」
「此度の天変地異の責任を取るようにと、そのように仰せです」
「天変地異だと?」
顧問アンナと言い合っていると、背後から声をかけられた。
「クロイス伯爵……」
振り返ると、いつの間にか後ろには、彼の次に謁見する権利を与えられた閣僚たちが並んでいた。そしてさらにその後ろには、数多くの貴族たちが控え、大廊下は人の頭で埋め尽くされていた。
その人数に、クロイスは一瞬たじろいだ。
実のところ、ほとんどの貴族たちにとって、この光景はありふれたものであった。
毎朝この時間の大廊下は、女帝に謁見を望む貴族たちでごった返すのだ。だが、誰よりも早く謁見の間に入り後ろを振り返ったことなどないクロイスはそのことを知らなかった。
「なんだお前たちは……?」
「ブラーレ子爵、お待ちしておりました。どうぞ中へ」
「は?」
アンナが名を呼んだのは、ラルガ侯爵の入閣と同時に法務大臣から宮内大臣に転任したブラーレ子爵だった。
「失礼いたします」
クロイス派の中核メンバーと言われていた子爵は、気まずそうにクロイスの横を通り過ぎ、謁見の前へと入っていく。
「ブラーレ! 貴様どういう……」
「エルゼン公爵、フォルメル伯爵、ラルガ侯爵、ベーステン伯爵、皆様もどうぞ中へ」
名を呼ばれた大臣たちが次々と、ブラーレ子爵の後に続いた。
元々顧問派であったラルガはともかく、外務大臣エルゼン公、海外領土総督フォルメル伯、商務長官ベーステン伯は皆、クロイス派として甘い汁を啜ってきた者たちだ。
後に残されたのは、たった今解任を宣告された宰相クロイス公爵。そしてこれから解任を宣告される財務大臣ベリフ伯爵と、国務大臣ユヴォー侯爵の3人のみであった。
「ク、クロイス公これは一体……」
事情を全く飲み込めないユヴォーは、自分たちの盟主に縋ろうとした。
盟主はこめかみに太い血管を浮き上がらせていた。
「下手に出ていればつけ上がりおって……」
背後には大勢の貴族たちがいる、彼らに見られる中で考えられないほどの侮辱を受けた。帝国貴族の主席として、国の舵取りをしてきた自分を、子爵や男爵たちが嘲笑っている。その認識は、公爵の心の均衡をかつてないほどにぐらつかせた。
そして恥辱に顔
どす黒くしながら、クロイス公爵は咆えた。
「これが貴様らのやり口か、女どもぉっ!!」
* * *