「ちょっと恋バナしようよ」
「いいけど」
やはりこの子は気分屋だ。対応には慣れているけれども。よりによって恋バナか。ん?と思わず首を傾げながら了承。
「わたし好きな人いてねぇ」
「そうなんだー、瑚舞可愛いから好きな人と付き合ったりできそうだけどなあ」
「へへ、ありがとっ。柳優もかわいいよ!」
「ありがと?」
「うん!わたしの好きな人気になるでしょ?」
「あーでも言いたくないなら別に大丈夫だよ」
「気になるよね?」
「え別に…」
「ね?」
「あうん、気になる気になる…。」
「え?」
「気になります!」
よく学校でもするようなやりとり。だけどその時とは違う感情が自分の中に見えたのは気のせいか。少しだけ、青春ぽいな、なんて感じてしまったのは、感情を偽る僕にとってはそれさえ偽りで気のせいなんだ。
瑚舞の前で感情が出てしまうのも気のせいなんだ。僕の偽り技術が自分の脳のスピードを超えただけ。
自分でもわからない、だが、そう思うしかない。
「えーっとねー、誰にも言っちゃダメだよ?!」
「言わないって」
「わたしの好きな人って普通と違うんだよね」
「普通と違うってどういうこと?」
「わたしの好きな人、男の子が好きなんだよ」
「え?瑚舞の好きな人が女の子っていうこと?」
「違う違う、逆。わたしの好きな人は男の子なんだけど、その男の子が好きな人が男の子なの。要は、好きな子が同性愛者か、両性愛者ってこと」
「そうなんだ、なんか返す言葉に困るなぁ」
へへ、と笑いながら僕は内心、同性愛者とか両性愛者を“普通と違う“という言葉で紹介されたことが悲しくて、普段は受け流すのに、この子だからか、反論してしまった。
「返す言葉には困るけど、その好きな人を、普通と違う、って言うの好きじゃないな僕は」
「でも普通とは違くない?」
気のせいか、にやり、とその子は笑ったように見えた。
「瑚舞の中の『普通』って、何を表すの?異性愛者が『普通』?多数派が『普通』?」
「『普通』って難しいけど、やっぱり自分の現状がみんなと同じだったら『普通』って思っちゃうなぁ」
「てことは、僕はその『みんな』に入れてもらえてないだね。みんなと同じだったら『普通』って、多数派の『みんな』っていう意味でしょ?
…同性愛者の僕は『普通』じゃなくて、『みんな』の1人でもないんだね」
「柳優…?」
「ごめん帰る」
なぜか急に熱く語ってしまって、どこからか湧き上がるイラつきに驚きながら、これ以上その子を傷つけないようにと逃げるように去る。あんなこと言わずに、受け流せば良いだけなのに。その子に僕を傷つけようとか、マイノリティを悪く言おうとかそんな気はないのはわかってるのに。
行きは恐怖で踏んだペダルを、帰りは自分への怒りで強く押し続ける。自転車をおろしてから玄関に入る前に深呼吸をして笑顔を作って「ただいま!」と明るく親に告げる。
「おかえりー、どうだった?」と聞いてくるお母さんに、いつも通りの笑みで「楽しかったよ!」と答え、カラオケに行った話をした。
自分への苛立ちを放出するように勉強を進める。すると朝のようにまたもやピコンと通知音がした。
『今日はごめんね?柳優を傷つける気はなかったんだよ』
謝られるのはめんどいから嫌いだ。あぁ、とため息をつきながら、ここで無視はダメだよなぁと返信する。
『大丈夫だよ!僕こそごめんね』
『ありがとう(泣)柳優は優しいね』
僕が優しい、か。少し鼻で笑ってしまった。
それよりも他人の恋バナに今日初めて興味が出た。
『わたしさっき、好きな子を「普通と違う」みたいに言ったけど、わたしは本当は思ってないんだよ。信じてもらえるかわからないけど。』
『じゃあなんで言ったの?』
少し興味を持ち、勉強机から離れ椅子から降りて、ベッドに座る。
『前にその好きな子の話を他の人にしたら、「そんな普通じゃない人好きになったんだ」って引かれてさ。すごい悲しくて。だから自分から「普通とは違う」って前置きしておけば良いかなって。ただの保身。好きな子にとってはとんだ迷惑だよね。』
『ほんと、迷惑だね。まあ、茶化しちゃうのはわかるけど。』
『だよね、迷惑だなぁ(笑)』
『ずっと聞きたかったんだけど、瑚舞は僕のことどこまで知ってるの?』
『何も知らないよ、あんまり関わってないじゃん。なんで?』
『前の筆記体。』
『あぁ、なるほどね(笑)何も知らない。けど、少し謎に親近感湧いちゃって、衝動的だったんだよね。覚えてたんだ』
『色々と見抜かれてるんじゃないかって衝撃的だったから恐怖で。
親近感、か。どんな?』
そう聞きながら、なぜか家に居られず歩いて先ほどのコンビニに向かっていた。家に居ると、親がいるからちゃんと話せないような気もしたし。
「つくってるところとか?」
「え?」
声が聞こえたのは目の前からだった。コンビニに付近にいた僕は携帯を見ていてまさか目の前にその子がいるなんて気づかなかったため驚いた。
「やっぱり、ここ来ると思った。さっきはごめんね、次は本音で話したいな」
「ここまで来ちゃったし、話そうか。僕も気になってたし。」
「つくってるってどういうこと?」
先ほどは急にそのワードが来たので心臓が止まるかと思ったが、どこかで見抜かれていることは当たり前、想定内、だったのか、思ってたより大した衝撃もない。疑問や恐怖が解消されると思うと、逆にとことん聞いてみよう、という気さえ起きた。
「柳優って、いつも素の性格じゃないでしょ?」
僕はあえて答えない。
「からあるんだよ、殻。貝殻の殻。イメージだけど、でもこのイメージ柳優と同じじゃない?纏い方が似てるというか。」
「まあそこまで言われたら、どうもできないなぁ。そうだよ、僕もイメージ殻だね。親近感はあったよ。なんかでも口に出して言うと厨二病感すごいなぁ。」
「そうだね」
くすりと笑う僕と彼女は、それが嘘か本当かは気にならなかった。どちらでもいいのだから。
「僕は色々ともう本当の自分が何かわからないんだよ。人に言うのは初めてだけど、少し自分のことが怖くなる」
「わかる。怖いよね。でもわたしは、自分のことはわからなくていいんじゃないのかなぁと思ってるんだよ。」
「どういうこと?」
「わたしも上手く説明できないんだけど、素じゃないとか、ってそもそもどう言う意味なのかなって考えると、素とか元から存在しないんじゃないかって結論にわたしは行き着くの。要は、厨二病感はあるけど、殻の一枚一枚が、自分の偽りだけど、だけどそれも自分だなぁと。どれが本当の自分とかなくて、一枚がたくさん集まって形になって、でもそれが今の自分を形成しているわけで。みんな結構、家族に接する時と友達に接する時と、とか接し方変わると思うんだけど、それって要は関係性なわけで。殻を重ねて接する関係性なわけで。上手く説明できないけど、その関係性が実在してるんだから、それが自分ってことなんじゃないかなぁと。」
あぁなるほどね、そんな考え方もできるのか。今まで自分はただ重ねて嘘のフィルターを分厚くしているだけだと思っていた。でもそれは関係性の上で適切な形で、それを僕がつくったんだから、それも僕なんだなぁと。やっぱり説明は難しいけど、感覚的に、スーッと入ってきた。
それが合っているのか、とか聞かれるとまたわからないのだが、今までの考え方よりも、幾分か楽な気がする。
「難しいけど、言いたいことはわかるよ。そんな考え方したことなかった。」
「とは言ってもこの考えしててもやっぱり積み重なる殻に嫌気が刺すんだけどね。それほどの関係性ってことだし。」
「それはそうか。
瑚舞が好きな子は男の子で、その人は同性愛者なのかもしれないんでしょ?さっきも言ったけど僕も同性愛者で、だから、女の子に好かれるようにって一人称を僕にしてるってところもあるの僕は。」
「なんか予想ついてたよ」
「やっぱりか、見抜かれてる予感してたんだよなぁ。」
見抜かれていたってやはりそうだったのに、不思議と恐怖心があまりなく、逆に安心の味がした。
「瑚舞は、その好きな子に好かれるために、男の子になろうとは思わないの?」
「わたしかぁ、わたしも、思ったことあるんだよ。わたし好きな人、6年間変わってなくてさ。だからその中で何回も思ったんだよ。両性愛者ならまだしも、同性愛者ならもう希望ないなぁと」
「6年ってすごいね。やっぱり思うよね、じゃあなんでなんも変えてないの?」
「なんとなくさ、好きな人には好かれたいけど、頑張って努力したいけど、なんか、そういう性格をたくさん変えたり、性別変えたりって、もしそれで好かれた時に、それって自分の望んでいた好かれ方なのかなって。それでわたしは嬉しいのかなって、思って。わたしはそう思った時に、恋愛感情を持ってもらうより、まずは人として好きになってもらいたいなぁって。あ、柳優が愚かだとかそんな話じゃないんだよ?」
「わかってる。なんか、瑚舞と話してると、自分が浅はかだなぁと感じちゃうよ。瑚舞を責めてる気は一切なくて、普通に、自分の考え方が幼稚だった。でも今更一人称とか変えられないし、自分の中では定着してるんだよね」
「なら、もうその一人称はつくってるんじゃなくて、それは柳優本人なんだよ。それ含めてもう柳優の一部に馴染んだんだよ」
「え」
自分でもわかるように目を見開いた気がした。感覚の問題だけど、今まで何重にもなっていた殻が、一枚、砕かれ全て中心に溶けていった気がした。少しだけ軽くなった気がした。
急展開で自分でも追いつけないのに理解じゃなくて感覚で分かる。一瞬のきっかけで変わるんだって。
「柳優?」
「なんか、一枚、溶けた気がするんだ」
「ほんと!よかったね」
「砕けて散るんじゃなくて、溶けて吸収されるんだね」
「溶けるなんだよね」
そして合わせたかのようにまた2人で笑った。
今度はちゃんと笑えてる気がする。共感者、本当にいるんだなって嬉しくなった。今まで共感者なんていても話さない、とか思っていたのに、こんなすんなりと会話できて泣きそうになる。この子への恐怖心は無くなった。
おそらくこれからもこの子との接し方も周りの子との接し方も何も変わらないだろう。僕自身もそう簡単には変わらないだろう。だけど、重くなるばかりでなく軽くもなれる僕の心を知ったからか、少しだけ未来に希望ができ、そして覗けない僕の中心の半透明が少し薄くなった気がするのは気のせいではないだろう。
「いいけど」
やはりこの子は気分屋だ。対応には慣れているけれども。よりによって恋バナか。ん?と思わず首を傾げながら了承。
「わたし好きな人いてねぇ」
「そうなんだー、瑚舞可愛いから好きな人と付き合ったりできそうだけどなあ」
「へへ、ありがとっ。柳優もかわいいよ!」
「ありがと?」
「うん!わたしの好きな人気になるでしょ?」
「あーでも言いたくないなら別に大丈夫だよ」
「気になるよね?」
「え別に…」
「ね?」
「あうん、気になる気になる…。」
「え?」
「気になります!」
よく学校でもするようなやりとり。だけどその時とは違う感情が自分の中に見えたのは気のせいか。少しだけ、青春ぽいな、なんて感じてしまったのは、感情を偽る僕にとってはそれさえ偽りで気のせいなんだ。
瑚舞の前で感情が出てしまうのも気のせいなんだ。僕の偽り技術が自分の脳のスピードを超えただけ。
自分でもわからない、だが、そう思うしかない。
「えーっとねー、誰にも言っちゃダメだよ?!」
「言わないって」
「わたしの好きな人って普通と違うんだよね」
「普通と違うってどういうこと?」
「わたしの好きな人、男の子が好きなんだよ」
「え?瑚舞の好きな人が女の子っていうこと?」
「違う違う、逆。わたしの好きな人は男の子なんだけど、その男の子が好きな人が男の子なの。要は、好きな子が同性愛者か、両性愛者ってこと」
「そうなんだ、なんか返す言葉に困るなぁ」
へへ、と笑いながら僕は内心、同性愛者とか両性愛者を“普通と違う“という言葉で紹介されたことが悲しくて、普段は受け流すのに、この子だからか、反論してしまった。
「返す言葉には困るけど、その好きな人を、普通と違う、って言うの好きじゃないな僕は」
「でも普通とは違くない?」
気のせいか、にやり、とその子は笑ったように見えた。
「瑚舞の中の『普通』って、何を表すの?異性愛者が『普通』?多数派が『普通』?」
「『普通』って難しいけど、やっぱり自分の現状がみんなと同じだったら『普通』って思っちゃうなぁ」
「てことは、僕はその『みんな』に入れてもらえてないだね。みんなと同じだったら『普通』って、多数派の『みんな』っていう意味でしょ?
…同性愛者の僕は『普通』じゃなくて、『みんな』の1人でもないんだね」
「柳優…?」
「ごめん帰る」
なぜか急に熱く語ってしまって、どこからか湧き上がるイラつきに驚きながら、これ以上その子を傷つけないようにと逃げるように去る。あんなこと言わずに、受け流せば良いだけなのに。その子に僕を傷つけようとか、マイノリティを悪く言おうとかそんな気はないのはわかってるのに。
行きは恐怖で踏んだペダルを、帰りは自分への怒りで強く押し続ける。自転車をおろしてから玄関に入る前に深呼吸をして笑顔を作って「ただいま!」と明るく親に告げる。
「おかえりー、どうだった?」と聞いてくるお母さんに、いつも通りの笑みで「楽しかったよ!」と答え、カラオケに行った話をした。
自分への苛立ちを放出するように勉強を進める。すると朝のようにまたもやピコンと通知音がした。
『今日はごめんね?柳優を傷つける気はなかったんだよ』
謝られるのはめんどいから嫌いだ。あぁ、とため息をつきながら、ここで無視はダメだよなぁと返信する。
『大丈夫だよ!僕こそごめんね』
『ありがとう(泣)柳優は優しいね』
僕が優しい、か。少し鼻で笑ってしまった。
それよりも他人の恋バナに今日初めて興味が出た。
『わたしさっき、好きな子を「普通と違う」みたいに言ったけど、わたしは本当は思ってないんだよ。信じてもらえるかわからないけど。』
『じゃあなんで言ったの?』
少し興味を持ち、勉強机から離れ椅子から降りて、ベッドに座る。
『前にその好きな子の話を他の人にしたら、「そんな普通じゃない人好きになったんだ」って引かれてさ。すごい悲しくて。だから自分から「普通とは違う」って前置きしておけば良いかなって。ただの保身。好きな子にとってはとんだ迷惑だよね。』
『ほんと、迷惑だね。まあ、茶化しちゃうのはわかるけど。』
『だよね、迷惑だなぁ(笑)』
『ずっと聞きたかったんだけど、瑚舞は僕のことどこまで知ってるの?』
『何も知らないよ、あんまり関わってないじゃん。なんで?』
『前の筆記体。』
『あぁ、なるほどね(笑)何も知らない。けど、少し謎に親近感湧いちゃって、衝動的だったんだよね。覚えてたんだ』
『色々と見抜かれてるんじゃないかって衝撃的だったから恐怖で。
親近感、か。どんな?』
そう聞きながら、なぜか家に居られず歩いて先ほどのコンビニに向かっていた。家に居ると、親がいるからちゃんと話せないような気もしたし。
「つくってるところとか?」
「え?」
声が聞こえたのは目の前からだった。コンビニに付近にいた僕は携帯を見ていてまさか目の前にその子がいるなんて気づかなかったため驚いた。
「やっぱり、ここ来ると思った。さっきはごめんね、次は本音で話したいな」
「ここまで来ちゃったし、話そうか。僕も気になってたし。」
「つくってるってどういうこと?」
先ほどは急にそのワードが来たので心臓が止まるかと思ったが、どこかで見抜かれていることは当たり前、想定内、だったのか、思ってたより大した衝撃もない。疑問や恐怖が解消されると思うと、逆にとことん聞いてみよう、という気さえ起きた。
「柳優って、いつも素の性格じゃないでしょ?」
僕はあえて答えない。
「からあるんだよ、殻。貝殻の殻。イメージだけど、でもこのイメージ柳優と同じじゃない?纏い方が似てるというか。」
「まあそこまで言われたら、どうもできないなぁ。そうだよ、僕もイメージ殻だね。親近感はあったよ。なんかでも口に出して言うと厨二病感すごいなぁ。」
「そうだね」
くすりと笑う僕と彼女は、それが嘘か本当かは気にならなかった。どちらでもいいのだから。
「僕は色々ともう本当の自分が何かわからないんだよ。人に言うのは初めてだけど、少し自分のことが怖くなる」
「わかる。怖いよね。でもわたしは、自分のことはわからなくていいんじゃないのかなぁと思ってるんだよ。」
「どういうこと?」
「わたしも上手く説明できないんだけど、素じゃないとか、ってそもそもどう言う意味なのかなって考えると、素とか元から存在しないんじゃないかって結論にわたしは行き着くの。要は、厨二病感はあるけど、殻の一枚一枚が、自分の偽りだけど、だけどそれも自分だなぁと。どれが本当の自分とかなくて、一枚がたくさん集まって形になって、でもそれが今の自分を形成しているわけで。みんな結構、家族に接する時と友達に接する時と、とか接し方変わると思うんだけど、それって要は関係性なわけで。殻を重ねて接する関係性なわけで。上手く説明できないけど、その関係性が実在してるんだから、それが自分ってことなんじゃないかなぁと。」
あぁなるほどね、そんな考え方もできるのか。今まで自分はただ重ねて嘘のフィルターを分厚くしているだけだと思っていた。でもそれは関係性の上で適切な形で、それを僕がつくったんだから、それも僕なんだなぁと。やっぱり説明は難しいけど、感覚的に、スーッと入ってきた。
それが合っているのか、とか聞かれるとまたわからないのだが、今までの考え方よりも、幾分か楽な気がする。
「難しいけど、言いたいことはわかるよ。そんな考え方したことなかった。」
「とは言ってもこの考えしててもやっぱり積み重なる殻に嫌気が刺すんだけどね。それほどの関係性ってことだし。」
「それはそうか。
瑚舞が好きな子は男の子で、その人は同性愛者なのかもしれないんでしょ?さっきも言ったけど僕も同性愛者で、だから、女の子に好かれるようにって一人称を僕にしてるってところもあるの僕は。」
「なんか予想ついてたよ」
「やっぱりか、見抜かれてる予感してたんだよなぁ。」
見抜かれていたってやはりそうだったのに、不思議と恐怖心があまりなく、逆に安心の味がした。
「瑚舞は、その好きな子に好かれるために、男の子になろうとは思わないの?」
「わたしかぁ、わたしも、思ったことあるんだよ。わたし好きな人、6年間変わってなくてさ。だからその中で何回も思ったんだよ。両性愛者ならまだしも、同性愛者ならもう希望ないなぁと」
「6年ってすごいね。やっぱり思うよね、じゃあなんでなんも変えてないの?」
「なんとなくさ、好きな人には好かれたいけど、頑張って努力したいけど、なんか、そういう性格をたくさん変えたり、性別変えたりって、もしそれで好かれた時に、それって自分の望んでいた好かれ方なのかなって。それでわたしは嬉しいのかなって、思って。わたしはそう思った時に、恋愛感情を持ってもらうより、まずは人として好きになってもらいたいなぁって。あ、柳優が愚かだとかそんな話じゃないんだよ?」
「わかってる。なんか、瑚舞と話してると、自分が浅はかだなぁと感じちゃうよ。瑚舞を責めてる気は一切なくて、普通に、自分の考え方が幼稚だった。でも今更一人称とか変えられないし、自分の中では定着してるんだよね」
「なら、もうその一人称はつくってるんじゃなくて、それは柳優本人なんだよ。それ含めてもう柳優の一部に馴染んだんだよ」
「え」
自分でもわかるように目を見開いた気がした。感覚の問題だけど、今まで何重にもなっていた殻が、一枚、砕かれ全て中心に溶けていった気がした。少しだけ軽くなった気がした。
急展開で自分でも追いつけないのに理解じゃなくて感覚で分かる。一瞬のきっかけで変わるんだって。
「柳優?」
「なんか、一枚、溶けた気がするんだ」
「ほんと!よかったね」
「砕けて散るんじゃなくて、溶けて吸収されるんだね」
「溶けるなんだよね」
そして合わせたかのようにまた2人で笑った。
今度はちゃんと笑えてる気がする。共感者、本当にいるんだなって嬉しくなった。今まで共感者なんていても話さない、とか思っていたのに、こんなすんなりと会話できて泣きそうになる。この子への恐怖心は無くなった。
おそらくこれからもこの子との接し方も周りの子との接し方も何も変わらないだろう。僕自身もそう簡単には変わらないだろう。だけど、重くなるばかりでなく軽くもなれる僕の心を知ったからか、少しだけ未来に希望ができ、そして覗けない僕の中心の半透明が少し薄くなった気がするのは気のせいではないだろう。