またいつも通り塾。家への帰り道で薄れていた憂鬱が再び蘇る。まあ、行くけど。
席について、教科書を広げる。後ろの子が隣の席の友達と話しているのが嫌でも耳に入る。後ろの子に対して神経が敏感になっていていつもよりもうざったいほど響く。他愛のない話。僕にとって聞く価値のない話。そのはずなのに。
授業が始まる。後ろの席の子はわからない問題があるらしくこそこそと友達に聞いている。僕は普段授業中は集中できるはずなのに後ろの子の声が聞こえて少し苛立つ。そして、僕はわかるけどなぁ、なんて意味のない言葉を心の中で返す。
「ねえこの問題わかる?」
だからこう聞かれた時は、僕の心が読まれたのかと驚いた。
「え、あ、うん、わかるよ。」
「ほんと!?よかったぁ。教えてくれる?」
学校なら、即答で肯定して教える。塾だとしても然り。だが、僕の本能が、この子と関わってはいけないと警笛を鳴らす。だからと言って今聞かれているのに無視することはできない。まあ、今少し教えるくらいで何もないだろうし大袈裟だ。
「いいよ、ここはこの公式を使って、」
とりあえず説明を始める。僕が被害妄想しすぎたようで、特に何も起きずに説明を終えることができた。少し話したからなのかそのあとは緊張が緩み、授業に集中することができた。その日はそのあといつもと変わらず普通に過ごせ、よく寝れた。

僕の人生は物語にするほど大層なものでも面白くもなく、特に起承転結があるわけでもない。だが、ただの一直線で終わらせられるほどのものではないと思う、いや、思いたい。そんな平坦なものではない。だがそれは誰もが等しいのだろう。主観的に見るとジグザグの道なのに、真上から遠くから客観的に見ると、大まかに直線、いや、ジグザグなんて何も見えずにただの直線に過ぎないんだ。そうやって僕は自分の平常心を保つ。そんなことを毎日考えながら起きる。


「柳優おはよー」
「おはよ」
「あ柳優じゃん一緒に行こ」
「行こ行こ」
「柳優昨日のドラマ見たー?」
「見たよ、あれは感動的だったね、泣いちゃったよ、特にあの場面さ、」
「柳優やっほー」
「やほー」
「それで、」

こうして僕の1日は、登校時から気づけば7人ほど集まる。僕は来るもの拒まず去るもの追わず、だ。ただ、来るものへは会話を円滑にするために流行などには極力追いつけるようにしている。
昨日のドラマは最近話題になっている恋愛系だ。医者と患者の話で、3話目くらいで2人は小中が一緒だったとわかる。その時両片思いだったのだ。そうして、だんだんと近づいて、昨日でやっと結ばれた。まだあと最終話まで4話あるので何があるのか気になっている人が多いらしい。
僕はというと、なんともまあ僕は我儘で、思っちゃダメなことを思ってしまう。要は、嫌い、なのだ。男女の恋愛が。おかしいのはわかってる。リア充撲滅!という意味ではない。女の子は綺麗なのに、男女の恋愛になると汚くなる、そんなことさえ思ってしまう。男女の恋愛は僕に取って汚い。おそらくこの広い世界中には同じ意見の人ももちろんいるのではないか。だがそんなこと思ってはいけないだろう。理由もたいそうなことではない。そんなので男女の恋愛を嫌うのは、少数派だからといって同性愛者を嫌う人たちと変わらないとも思う。
個人的には、別に同性愛者を嫌われても好かれても、認めてくれさえいれば共感も何もいらないし、どうでもいいと思っている。否定さえされなければ。僕も異性愛者を否定する気はないし、それも在り方として良いと思っている。僕が拒否反応を起こして鳥肌が立ってしまうだけだ。
ただ、周りの人の「彼氏作った!」などと言う報告に対して「良かったね、惚気たくさん聞かせてね」と言いながら、涙目になってしまうのも鳥肌が立ってしまうのも良いことではない。涙目になるのは、ついにこの人も汚れてしまうの?という要らぬ不安からなんだけど、周りの人はそれを、泣くほど喜んでくれてる!と捉えてくれる。
そんなこんなで、話を合わせるために見るドラマは、男女の仲が濃厚になるにつれ震えが起こり少しの吐き気を催す。そんなことは誰にも言えないが。

学校、塾、学校、塾、学校、塾、休み、家族旅行、学校、塾、…。
そうして続けていく。何も変哲のない人生。
時々ふと、特に理由はないのに漠然と死にたくなる。漠然と自分を傷つけたくなる。気がつくと夜に裸足で外に出ていたり、刃物を手にしていたり、画鋲を手に刺していたり。こんなこと知られたら今まで培ってきたキャラが崩壊するから、バレる前に自分が気づき次第すぐにやめる。
僕は恵まれている。周りに人がいるし、親も優しいし、成績も取れる。芸術系はあんまりだがそれでも別に大したコンプレックスとは感じていない。自分に少し怯えることがある程度で、僕はとても恵まれている。自分に怯えるのだってただの自己愛とか被害妄想なんだから、問題は何もない。
なのに消えたくなるのはなぜだろうか。死にたい、ならまだいいのだが、消えたい、は長く続くから厄介ものだ。死んだ形跡すら、生まれた形跡すら残したくなくなる。紙に色々と書き留めたい、と思うものの、形としてマイナスの言葉をこの世界に遺すわけにはいかないから空気をぐっと飲み込んで落ち着かせる。
そしてそんなときに限って、塾ではあの不思議な子が話しかけてくる。

「今日なんかあったー?」
「え、なんで?なんかあった感出てる?」
「いやぁ、特にないんだけどさぁ、話題っていうか?」
「あーなんもないけど」
「そっか、。なんかあると思ったんだけどなぁ」
「ないよー、逆になんかないの?」
「え?わたし?わたしは何もないよ、柳優ちゃんと同じ。
あ、やっほー」

そんな感じで、まるでもう僕は用無しで、会話中に電話機をガシャンと戻されたかのように会話は途切れる。
僕はまた明るく応えたつもりだったが、何かあったか、という問いにやはり恐怖を抱くのだった。