「柳優、塾どうする?行ってみる?」

ある日お母さんがそう言った。3年生の夏だった。
僕は成績が大して悪くないしこのくらいの学力がちょうどいいと思っているから、要らない、と答えたけど、周りの受験の雰囲気に焦ったお母さんは夏期講習に申し込んだらしい。また増える新しい人間関係。また作り上げていかなきゃいけない自分のキャラ。別にもう苦でもないけど、楽しいわけでもないからさ。

塾の初日は少しの緊張と怠さだけ。自己紹介で一人称をいじられ、ばかにされ、その一人称を許す親を嗤われた。少しイラついたものの、いつも通り笑って時間が経つのを待つ。それから数日は同じ感じ。授業は簡単ではないが特別難しいわけでもなかった。それ以上に人間関係の方が無意識に頭をつかっちゃうんだから。だから何もしてないつもりでも1人になるとドッと疲れが押し寄せる。親に対しても偽りなのかもしれない。
塾に通い始めて一週間が過ぎる頃には、一人称含めて親しみのあるキャラだと認識されて受け入れてもらえるようになった。学校となんら変わらない。

だけど塾にはいつも行きたくなかった。理由は1つ。
僕の後ろの席の子が不思議な子だから。
なぜか近づいていけないような、僕の中身を見透かされているようなそんな気がするから。挨拶以外まともに話したことがないのに。纏う雰囲気は僕にとってリスキーだ。いわゆる頭がいいのに不思議ちゃんタイプ、何か隠してそうな…。見た目は僕の好みな感じ。そのギャップからか、経験したことのない危険性に興味があるのか、なぜかとても惹かれてしまう。
良いことだと思う?そんなわけない。あの子に興味を持ち続けたら、僕はあの子にいつか惚れてしまうかもしれない。そしたらまた僕は、また女の子を好きになっちゃったって、なんで異性を好きになれないんだって、独りで泣かないといけない。涙すら出さずに泣かなければいけない。これ以上自分の醜さに気付きたくない。今は好きな人がいない時期だからまだいいけど、いるときは辛いんだ。
そして、今まで積み重ねてきたものを見抜かれるわけにはいかない。あの子の近くにいると見抜かれるような気が止まない。僕を守る僕だから。不安になった時は「大丈夫、嘘が僕を守る」そういつも唱える。はたから見たらおかしいかもしれないけど、これで数年間生きてきたんだ。自己暗示で生きてきた。
それを今さら壊されるわけにはいかないんだ。

それでも時間は経つし、塾に行かなきゃいけないことには変わりない。
僕は頭が悪くはないから校内トップ3には入る成績で、偏差値的にも県内で上から3番目くらいの学校に入れるくらいを維持していた。塾に入っても入らなくても変わらないだろう。だけどその維持を塾のおかげだと思ったお母さんは、受験まで塾に通わせる気だ。必要ないんじゃないかな?と一度言ったものの、通わせたい意志が強いらしいので反論はしない。しかもお金を僕にわざわざ費やしてくれるているんだ。むしろ感謝をしなければ。ただ、意味があるかはわからないし、意味がないとなると悲しませてしまう。じゃあ、意味がある風に装っとこう。

こうして僕はまた1枚殻を分厚くする。

学校でも塾でも同じことの繰り返し。
僕の殻の1番中心にはきっと、僕自身が入っているのだろう。だけどいつからか、気づいたら僕からもその中は見れなくなっていた。中心を覗こうとすると濁ったような、半透明のような、中に衝撃を与えないための薄皮のようなものが張っていて、ぼやけてあまりわからない。その外の殻は枚数を重ねるごとに分厚くなって、固くなる。特に破ろうとも思わない。
保身は大切だ。僕自身からも僕を守るのだ。