千歳を勝が背中に乗せて、彼らは月明かりが照らす中を静かに歩いていった。
「ねえ、お姉さん」
 千歳が静かに、主人に声を掛けた。
 主人が白狐面の鼻先を千歳の顔の方向に向けて、首を傾げる。
「ん?」
「聞きたいことがあってね」
「うん、良いよ」
 千歳が、勝の首筋の毛をぐっと握るのが分かった。
「お姉さんはさ、なんでいつも狐のお面をしてるの?」
 主人の身体が、一瞬強張った。
「......それは」
 主人の声が震えた。
「......妖の始祖を私たちの組織全員、総力戦で倒したって話したでしょう?......あの時にちょっと、顔に怪我しちゃってね。......怖がられちゃうことが多いから、隠すようになったんだ」
 彼は俯いた。
 理由がそれだけじゃないことぐらい、ずっと一緒に居たから分かる。あれは、最終決戦の時に妖にやられてできた傷痕だ。主人はこの傷痕を見る度に、一瞬にしてあの壮絶な戦いに身を投げ込まれてしまう。それが辛くて、主人は白狐面を被るようになったのだ。
「......そうだったんだね」
 千歳の静かな声で、彼は我に返った。
 じゃあ、と千歳は、主人の白狐面に手を伸ばした。驚いたのは主人だけではないはずだ。彼は慌てて振り返った。
 止める暇もなく、主人の頬から口にかけて斜めに走った、痛々しい傷痕が露わになった。千歳はぐっと白狐面を握りしめた。でも、その顔は柔らかく微笑んでいた。
「この傷は、お姉さんが頑張ったっていう証なんだね、わたしはお姉さんのこの傷大好きだよ!」
 いつも容赦ない周囲の視線に耐え、時には罵声を浴びせられ、表面だけの憐れみを受けて、心を許せる家族と友人までも喪ってしまった主人に、その輝くばかりの笑顔はどのように映ったのだろうか。
 主人の瞳が水面のように揺れた。
 ふわりと主人が笑ったのが見えた。
「そっか......そうだね、ありがとう」
 主人の声が、ほんの数分前よりも格段に柔らかくなっているのを、彼は感じ取っていた。
 勝が嬉しそうに目を輝かせるのを尻目に、彼が主人に声を掛ける。
《  、お話中に申し訳ないけど、ちょっと急いだ方が良いと思うな。それから千歳、傷痕隠してたとはいえ、そのお面  の大事なものだから返してあげてくれるか?》
 あっ、と千歳が声を上げて、慌てて主人に白狐面を差し出す。主人はありがと、と言って再び面を付けた。
 千歳、と主人は声を掛ける。
「お家の人にはいつぐらいに帰るって伝えてあるの?」
「えっと」
 千歳が少し考えるような素振りをした後、急に大きな声を出した。
「やばい!」
《いつ帰るって伝えてるんだ?》
 狼鬼が早口に言った。
 そんなに急かさなくても、と彼は思ったものの黙っていた。
「おひさまが沈みきるまでに帰るって」
「......やばいじゃん!」
《ちょっと飛ばすよ、千歳、ここから家まで何分ぐらい?》
 主人が彼らと並んでタカタカと小走りし始めた。
「歩いて10分ぐらいかな......」
《よっし、じゃー1分で着くな》
 勝が元気良く声を張り上げる。
「千歳まだちっちゃいんだから、木の上跳んで行くとか言うなよ」
 主人が強い口調で制すると、勝は決まり悪そうに訂正した。
《......じゃあ3分》
「よし」
 主人が彼の背中にまたがると、彼らはグンと走る速度を上げた。
「お姉さん、わたしちっちゃくないよ」
「ごめんごめん、もう大きいな」
《  、ちっちゃい子には甘いんだよな》
 狼鬼がぼそりと呟く。皆が一斉に其方を見た。
「だからちっちゃくない!」
「私は甘いんじゃなくて、優しいんだよっ!」
《荒れてるなぁ......》
 彼と勝は、主人と千歳の口撃を受けて耳を後ろに倒す狼鬼を横目に見ながら、呆れたように笑った。