春風が香り、午の刻を刻んだ弥生。東京にある人影のない寺院墓地に、一人の少女がいた。
 その少女は、墓の前で手を合わせていた。その墓にはE・Nと書かれていて、少女は、墓に書かれている名前の主と過ごした時間を思い出していた。
「学校欠席して暢気に墓参りとは、いい度胸じゃねぇか、羅月(あみづき)
 羅月、と呼ばれた少女は、溜息をつきながら、何、と声の主に問いながら続けた。
「貴方も他人(ひと)のことを言えないでしょう、沢海(さわみ)。見たところ貴方もこの()墓参りなのだから」
 沢海、と呼ばれた少年は、E・Nと書かれた墓に花を並べながら、そうだな、と肯定する。
「それに、ここに来た理由は貴方と同じだと思うよ。今日、都立高校の合格発表日だったから」
「結果は?」
「サクラサク……ちょっと!何でそんなガサツなのよ!戒名が見えないじゃないの!」
 少女は軽く怒った。確かに少年の立てた花は戒名どころか、隣の墓石にまでお邪魔していた。
「いいんだよ、これで。こいつもこのほうが嬉しいだろうし。それに俺にとってもお前にとってもめでたい日なんだ、これくらい当然だろ。てか、お前高校どこ行くの、やっぱ、✕✕高校?」
 ✕✕高校、それは、戒名に書かれた少女が行きたがっていた高校だった。
「遺書に、そう書いてあったから。彼女が生きる道だったから、私が代わりに生きるの」
「お前、それでいいわけ?あいつはあいつだろうが」
「今の私には夢がないし、どう生きればいいかわからない。なら、心から友達だと思った、彼女が生きたかった夢に向かうのが良いと思ったの。そういえば、貴方は?高校どこ行くの?」
「お前と同じだよ。理由も殆どお前と同じだ。ていうかよく受かったな。お前よりも偏差値、ずーっと高かったのに」
「貴方はいいわね。頭がよくて。そんなに頑張っていないでしょ」
「頑張ったに決まっているだろ。天才なんてそうそういないぞ。頭がいいのと天才秀才は全然違うんだよ。お前はお前なりに、俺は俺なりに、ほかの人はほかの人なりに。みんな受験では頑張ってんだぞ」
 少女は苦虫を潰したような顔をしながら少年を見て、それにしても、と呟く。
「あっという間だったね、あの娘がなくなって。もう一年半たったよ」
「……そうだな」
 二人は、陽炎が昇った寺院墓地で、静かに思い出していた。墓に書かれた名前の主と過ごした、短くても煌々と輝いていた日々を。E・Nという名の娘と過ごした何気ない、戻らない日々を、ただ静かに思い出していた。

 そして遠くから十三時を告げる鐘が鳴った。