男女比1:99!?男性の少ない異世界は貞操逆転していた。スキルランクSS「スキルブースター」持ちの俺は、女性に襲われて大変なことに!?~冒険者や王女、エルフ女性たちにモテモテ。成り上がってしまいました

 私、レベッタは、冒険者として活動を始めて三年目、今年で二十歳になる。業界では中堅くらいに位置かな。

 今日は新しい弓を調達したので、試しに使ってみようと思って街の外に出ている。天気が良く、願望を口に出すほど気分は上がっていた。

「いい男、落ちてないかなーっ!」

 女が多すぎて、男を見ただけで幸運だと思える世界だ。
 そんな都合の良いことは起こらないって分かっている。

 でもさー、願いを持つことぐらいは許されるよね。

 性格や見た目が悪くてもいい。性別が男なら、どんな人でも受け入れる準備はできているんだけど、本当に出会いがなくて困っちゃう。

 スキルランクの高い人は貴族が手放さないし、逆に低めな男は豪商といった裕福な人たちが抱え込んじゃう。私みたいな普通の平民じゃ、男と話す機会なんてない。遠くから見るだけなんだよね。

「男が欲しいなーーーーっ!」

 金持ちや権力者の独占を許すなっ!

 私だって男と手をつなぎたい! おしゃべりしたい! 一緒にお風呂入りたい!

 この願いが叶うなら、犯罪にだって手を染めちゃうよ!

 男のためなら何でもする覚悟はあるけど、結局のところ金か権力がなければダメなんだよね。

 平民の私たちができることといったら、スキルランクDである男の精子を買って魔法受精するだけ。

 魔物と戦って何度も死にそうになりながら仲間と一緒にお金を貯めても、男は手に入らないのだ。

 フリーの男を見つけない限り、一生、独身のままで終わってしまいそう。

 そんなのは嫌だ。私の体は男を求めている! こうなったら、男の周りにいる女を全員殺して奪い取るしかない!

 まずはシミュレーションね。脳内で男を奪い取るために戦う妄想をする。

 二人ぐらいを弓で射ったところで、草原に人がいることに気づいた。

 魔物が出現する危険な場所で本を読んでいるみたい。
 綺麗な金髪で、体型からして女じゃないことはすぐに分かった。

 私のセンサーが男を発見したと騒いでいる!

「本当に、男が落ちてた!?」

 目をこすっても姿は消えない。幻じゃないみたい! やったーっ!

 うるさいと感じるぐらい、心臓がドクドクと動いている。

 落ち着け、私。まだ、慌てるな。近くに仲間が潜んでいて、男につられたバカな女を罠にはめるつもりなのかもしれない。

 すぐに駆け寄りたい気持ちを抑えると、しゃがんで足跡がないか確認する。

 うん。一人分しかない。

 狩人である私が入念に確認したけど、他の人がいる痕跡はなかった。

 時間をかけてしまったのでどこかに行ったかもと心配になったけど、ずっと本を読んでいて動いていない。すごい集中力。これなら、気づかれずに近寄れる!

 獲物を狙うときと同じように音は立てず、ゆっくりと進み、背後に回る。

「何しているの?」

 ついに声をかけちゃった!

 無視されたらどうしようと思ったけど、私の声に気づいて顔を上げてくれた。

 可愛い顔! 年下! はい、タイプでーすっ!! お持ち帰りしましょー!

 って、いやいや、落ち着け、私。あせっちゃだめ。まだ油断できない。女である可能性は残っているのだから。声を確認しなきゃ。

 ずっと黙っているけど、早く喋ってよっ!!

「ねえ、無視は酷いんじゃないかな?」

 焦って暴言を吐いちゃった!

 男って短気だと聞いているし、怒って逃げちゃうかも。それとも侮辱されたと言って、衛兵に通報するかも。

 やば、人生詰んだ!

「ごめんなさい。急に声をかけられて驚いちゃって……」

 と思ったら大逆転! はい、優しい男の子! 確定でーーす!! 衛兵なんて怖くない! 絶対に幸を使い切ったっ! 明日死ぬかも! だったら好き放題するしかないよね!!

 もう自分では何を考えているかわからない。違う。考えなくて良いんだ。本能に従おう!

 彼の肩を掴んで顔を近づけて、思いっきり鼻から空気を吸う。

 あぁ、目眩がして倒れて島そうなほど良い匂いだ。

「ややややっぱり、ききききみって、おおおとこ、だだだだよね????」
「う、うん。男……です」

 正直、その後のことは何も覚えてない。気づいたら男の手を強く握って草原を歩いていた。ここまでしても、誰もこないということは、本当に一人だったみたい。

 ちらっと顔を見たら美男子だったのは変わらない。あまりにも美しいから一瞬だけ意識を失い、仰向けに倒れてしまった。

「大丈夫ですか!?」

 慌てる顔が可愛い。そのまま食べちゃいたいけど、ここだと他人に見つかって奪われるかもしれない。エサは安全な場所で食べないと。

 自然と出てきた、よだれを腕で拭ってから立ち上がる。

「ごめん。足を滑らせたみたいで」
「頭打ってませんか?」

 え、私に優しい言葉を!?

 男は女なんて野蛮で汚い存在ぐらいにしか思ってなく、目が合うだけで嫌な顔をされる、といった噂話をいくつか聞いたことがあった。実際、男が女をゴミのように扱う姿を何度か目撃したことがあるから、嘘ではないはずなんだけど。

 きっと彼が優しいだけなんだろう。
 仮に今の姿が嘘だとしても、すごく嬉しい。
 幸せだ。

「うん。ちゃんと受け身を取ったから」

 倒れたときに離れてしまった手を握り、彼の顔を見る。やっぱ、かっこいい。

 え、どうしよう。押し倒して服を脱がしたい。でも、そんなことをしたら逃げられちゃうので、まだ我慢、我慢。

「それより。自己紹介がまだだったね。私は冒険者のレベッタ。年齢は二十歳で、彼氏はいたことはありません。すっっっっごくフリーだよ!」
「俺はイオディプスです。年齢は……忘れちゃいました。同じく恋人はいません」

 恋人のいない男なんて、赤ちゃんぐらいしかいないはずなのに。

 ポンコツな脳みそが聞き間違えちゃったかな。
 ちゃんと確認しないと。

「一人もいないの? その、恋人が……」
「ええ。ずっと、森の中にいたので」

 きたきたきた! ドラゴンよりも珍しい生物ゲットっ!

 冒険者仲間と住んでいる家――パーティハウスに連れて行かなきゃ。絶対に他の女に見つかるわけにはいかないので、リュックにしまっていたローブを取り出すと、イオディプスちゃんに身につけもらい、フードをかぶせる。

 これで性別は隠せるだろう。って、私が身につけていたローブを男がつけてる。これは合体じゃない!? うわ。エロっっ!!

 我慢の限界が来ちゃいそう。早く持ち帰らないと……!
 男だってバレると危ないからと言われ、レベッタさんがローブを貸してくれた。

 フードをかぶって顔を隠すと、外壁に作られた門を通る。

「身分証明書を出せ」

 事前に必要だと言われていたので、準備はしていた。

 手に持っていた身分証明書となる鉄のカードを取り出すと、女性の兵士に渡す。
 
「出身はルクス村か。遠くから来たんだな」

 と言われただけで、身分証明書は無事に返された。
 
 出身国と村、そして持っているスキル名だけしか書かれてない。名前や性別すら確認されないのだから、ざる見たいな管理体制だ。俺が殺人鬼だったらどうするつもりなんだろう。大人しくしていれば問題ない?

 なんて考えてみたが、俺には関係ないので気にしなくていいか。

 身分証明書は本物なのだから、堂々としていればいいのだ。

 兵士から返してもらった身分証明書を無言で受け取ると、腰に付けたポーチへしまう。

 ありがとう。なんて言おうとしたが、レベッタさんに声を出すなとお願いされていたことを思い出し、会釈だけで済ませる。
 
 外壁の門をくぐって町に入ると、景色が一気に変わった。

 左右には石造りの建物がずらりと並んでいる。高くても三階建てで青空が広く感じた。道行く人々の服装は、俺と似たような恰好が多い。近くの建物には馬車が止まっていて、数人の女性が荷物を店に搬入しているようだ。

 想像していたとおり、文明レベルは低い。

 視界に入っている人たち全員が女性というのは少しだけ違和感あるが、それは俺が地球の常識を捨てきれないでいるからだろう。この世界では男女の肉体構造に大きな違いがあって、女性のほうが力強い、なんてこともあるかもしれないのだから。

 新しい環境になれるためにも、今までの知識は一度捨て去った方が良いかもしれない。

「パーティで購入した私たちの家に招待するよ。こっちに来てくれる?」

 手を出されたので、自然とつないでしまった。

 迷子にならないようにとの配慮なんだろう。なんとも気が利く女性だ。最初に出会った人が善良な性格をしていて助かる。この幸運に、俺は感謝しなければ。

 大通りを二人で歩く。

 フードが邪魔になったので取ろうとしたら、レベッタさんに頭を押さえられてしまった。

「取ったらダメ。もっと顔を隠して」

 有無を言わさない力強い言葉だ。理由なく拒否して良い雰囲気ではない。

「分かりま――」
「ダメ。しゃべらないで」

 柔らかい手で口を塞がられてしまった。腕は細く見えるのに力が強い。今まで感じたことないプレッシャーを放たれ、素直に素違うことにした。

 口を閉じ、フードのはじを掴んで、深くかぶる。
 足下しか見えない。

「手をつないでいれば安心だからね」

 優しい声をかけられてしまった。

 なんだか母さんを思い出す。俺はこういった雰囲気に弱いのだ。レベッタさんはいい人っぽいし、何とかなるだろうと、楽観的に考えることにした。

 レベッタさんに手を引っ張られたので、足を動かしてついていく。

 肉を焼いた香りがしたので、近くに屋台があるのかもしれない。罵声が聞こえてるし繁華街みたいなところなのかも。店の呼び込みをする女性の声も聞こえて、活気があるなと感じる。

 つながっている手の温かさを楽しみながら歩いていると、周囲が静かになってきた。
 道も土から石畳へと変化している。

 今どこにいるのか聞こうと思ったが、俺が声を出してしまうと迷惑をかえてしまうので、黙ったままだ。

 さらに十分ぐらいは歩いただろうか。
 ようやくレベッタさんが止まった。

 ガチャと、ドアノブの回る音が聞こえる。

「ここが私たちの家だよ。来てくれてありがとう」

 フードはかぶったまま顔を上げる。
 背筋がゾクッとした。

 目が濁っていて、口からよだれが出ているのだ。
 あえて例えるのであれば、飢えた野犬のような雰囲気である。
 
 母さんのように、優しい女性がそんな顔をするはずがない。俺は目をこすってもう一度レベッタさんを見た。

 普通だ。優しい笑みを浮かべている。やっぱり見間違えだったんだ。

 新しい環境に慣れず疲れてしまい、幻覚を見てしまったんだろうな。

「もう、しゃべっても?」
「小声なら大丈夫だよ」

 ようやく許可がおりた。
 家へ入る前に、言いたかったことを伝える。

「安全な場所まで案内してくれて、ありがとうございます」

 一人で途方に暮れていたところを助けてくれたのだ。

 お礼をするべきだろうと思い、心から思っていることを伝えた。

「え、うそ……男が、またお礼を……!?」
「性別なんて関係ないですよ。何も知らない俺に手を差し伸べてくれたレベッタさんには、本当に感謝しているんですから」

 手で口を覆い隠して、レベッタさんは驚いていた。目からは涙が流れている。少しどころじゃなく、すごく気持ちが伝わった……のか?

 想定して以上のリアクションを取られてしまって、何をすれば良いかわからない。頭が真っ白になってしまい何も考えられず、思わず抱きしめてしまった。ついでに背中をポンポンと優しく叩いてしまう。

 母さんがクソ親父に殴られて泣いていたとき、こうすると安心して眠ってくれたのだ。

 その時の思い出があったから、行動に出てしまったのだろう。

「何があったか分かりませんが、きっと大丈夫ですよ」

 俺の言葉が決め手になったのか、レベッタさんは声を出して泣き出した。

 女性の体に触ってしまい、ちょっとした罪悪感を覚えつつ下半身が元気になってしまう。俺の息子よ。少しは空気を読むことを覚えろ。
 レベッタさんを抱きしめてから、数十秒ぐらい経過しただろうか。

 家の中から一人の女性が出てきた。

「何があった?」

 耳が隠れるぐらいの金髪ショートヘアをしていて、ややつり目な所が気の強さを感じる。ゆったりとしたワンピースを着ているが、手には片手剣があって物騒だ。少し意気が上がっているように見えるので、泣き声を聞いて駆けつけてきたんだろう。

 声を聴いたレベッタさんは振り返り、俺を背中に隠しながら話す。

「心配するようなことは何もないよ。大丈夫」
「本当に? 嘘ついてない?」

 カチャリと片手剣から音がした。威嚇しているように感じる。

「うん。嬉しくて泣いただけだから」
「……どういうこと?」

 ショートヘアの女性の声が和らいだ。

 すぐに話を信じるか。出会ったばかりの俺ですら、二人は仲が良いというのがわかった。

「ふふふ。いいでしょう! 紹介してあげる。きっとヘイリーは驚くはずだよっ!」

 目の前にいたレベッタさんが一歩横にずれると、俺の背中を押してきた。数歩前に出る。

「初めまして。イオディプスです」
「私はヘイリー……って、え、ええっ!?」

 挨拶は普通にできたと思うんだけど、俺の顔を見てヘイリーと名乗った女性は固まってしまった。

 この世界には不慣れなので、知らないうちに失礼な態度をとってしまったのかもしれない。

 不安になったのでレベッタさんの顔を見る。

 してやったり、みたいな表情をしていた。

 どういうこと!?

 レベッタさんはヘイリーさんに近づくと、小声で会話を始める。内緒話をするようだ。

「本当に男――――」
「――――間違いないよ――――囲って――」
「逃が――い」

 話している内に興奮してきたのか、少しだけ声が大きくなって、断片だけど聞き取れた。

 俺が男というのが気になっているようだ。女性が住んでいる家に入るのだから、警戒するのは当然だ。友達が男を連れ込んだとなれば、同居人としては抗議のひとつぐらいしたいものだろうから。

 盗み聞きするのも悪いと思って、少し離れようと動き出す。

「「待って」」

 ヘイリーさんに肩を、レベッタさんには腕を掴まれてしまった。

 振り返り、二人に話かける。

「少し散歩をしたかったんですが、ダメですか?」
「ダメに決まってます!! 襲われたらどうするんですか!!」
「え、逃げますけど」
「甘い、甘いですねっっ! 町のみんなに追われるんだから! 逃げられるわけないんですよ!」

 レベッタさんの言葉に、ヘイリーさんはうんうんと頷いている。

 いったいこの世界は、どんだけ危険なんだよ。と、心の中で突っ込んでしまった。男が歩いただけで町中が敵になるなんて、治安が悪いってレベルじゃない。これが異世界クオリティか。

 ようやく、フードをかぶって移動していた理由がわかった。

「世間知らずで申し訳ないです。大人しくしますね」
「素直でよろしい! さ、お家に入りましょう」

 二人に背中を押されて家に入ってしまった。

 同居人として、ヘイリーさんは文句を言いたかったんじゃないの? 男が入っても大丈夫なの? なんて疑問は出てくるが、危険な町に放置できないとの優しさが優先したんだろうと、自己完結した。

 玄関を通ってリビングに入る。ソファが四つ、囲むように配置されていて、中心には木製のローテーブルがあった。コップがのっているので、ヘイリーさんが飲んでいたんだろう。

 奥には長いダイニングテーブルがあるし、二人で住むには広すぎる。同居人は他にも何人かいそうだ。

「ソファに座って。飲み物を用意してくる」

 ヘイリーさんが部屋の奥に行ってしまった。

 バタンと、ドアの閉まる音が聞こえる。振り返ると、レベッタさんが今まで見たことがないほどの笑みを浮かべていた。

 また背筋がゾクッとし、体から危険だと信号が出ているようだ。

 女嫌いだった前の体の持ち主、その意志が残っていて、反発しているんだろうか。だったら大人しく眠っておけ。それが、お前の望んでいたことだろ。

 俺は入り口に一番近いソファへ腰を下ろすと、右隣にベレッタさんが座った。太ももが触れ合って少しドキドキしてしまう。

 まともに学校に通えなかったこともあって、異性への免疫がないのだ。これ以上優しくされたら勘違しちゃうからな。

「近くないですか?」
「森で暮らしていたからわからないんだと思うけど、男女はね、この距離感が普通なんだよ」

 早口で言われてしまった。
 プレッシャーが強くて気圧されてしまう。

「イオディプスは私より年下でしょ?」

 首を縦に振って肯定する。

「やっぱりね。だったらお姉さんが守ってあげるよ」

 顔が近づいてきたので後ろに下がって避けようとする。

 むにゅっと、後頭部に柔らかい感触があった。

 急いで離れてから後ろを見る。

 コップを持ったヘイリーさんが隣に座っていた。

「ごめんなさい! これは事故で……」
「気にしてない。むしろ、どんとこい」

 胸に触れたというのに笑顔で許され、しかも歓迎されてしまった。

 理解が追いつかず、頭が混乱して状況がわかってない。コップを差し出されたので受け取る。

「…………」

 飲むのを待っているみたいで、二人とも無言だ。

 口を付けてみる。鼻にツンとくる強い匂いとフルーティーな香りがした。クソ親父が飲んでいた酒に似ている。ってかこれ、酒だ。

「…………」

 二人の無言のプレッシャーがすごい。この世界では、水の代わりに酒を飲んでいるのだろうか。

 そういえば歴史の授業で、『昔は水が汚かったから酒にして飲んでいた』なんて言ってたな。あれは高橋先生の小話だった気がする。

 聞いたときは無駄な知識だと思っていたが、意外なところで役に立ってくれた。
 勉強ってのも大事なんだな。
「いただきます」

 出された飲み物を拒否するのは失礼だと思う。
 この体が成人しているかは謎だが、少しぐらいなら大丈夫なはず。

 酒を口に入れようとした。

「やっぱりダメ!!」

 飲む直前で、レベッタさんがコップを奪い取り、ローテーブルに置いてしまう。

 一体何が起こったんだと彼女を見ると、ものすごく申し訳なさそうな顔をしていた。

「レベッタ?」

 ヘイリーさんは苛立っているようだ。お客に出した飲み物を無断で奪ったんだから当然だろう。

 同じ立場だったら、俺だって怒る。

「これお酒だから。子供に飲ませたらだめじゃない」
「でも。これを飲んでもらわないと――」
「ヘイリー、そういうの、やめよ」
「本当に良いの?」
「うん」
「そう、わかった」

 よく分からないけど、なんとかケンカせず、話し合いで終わったみたいだ。

「せっかく用意してもらったのに、飲めなくてごめんなさい」

 ヘイリーさんにむけて笑顔を作ると、彼女は真っ赤になった。まるでお酒を飲んだみたいだ。

「ああ、何これ。反則でしょ。ムリムリ、もうダメだって!」

 何があったのかわからないが、ヘイリーさんが急に立ち上がり、レベッタさんも続く。

「急にどうしたの。落ち来なさいって!」
「ムリでしょ! あの笑顔はダメ。反則ーっ!」
「それは分かるけどさ! でもそこは、残った理性で何とかしなって!」

 ついに俺を間に挟んでケンカが始まってしまった。
 笑顔を作っただけなのに。

 あれか、笑顔は相手を侮辱するという意味だから、ヘイリーさん動揺して、レベッタさんが止めているのか? いや、それだったら先に、レベッタさんが指摘していたはずだ。

 とすると、もう原因が分からない。

 下手に動いたら状況は悪化しそうなので、仲裁するようなことはできず、黙って二人を見ている。

「ムリムリ。だって貴重な男性だから。このチャンスを逃したら、次はない。そのぐらい理解しているよね」
「当たり前じゃない! だから、慎重になってるんだよ!」
「モタモタしてたら他の女に取られる! 見つけたら速攻で仕留めないと」

 なんか物騒な話をしているが、気になるワードが出てきて、それどころじゃない。

 男が貴重って、どういう意味だ?

 地球では男性がやや多かったが、ここは違うのだろうか。そういえば、町に入ったときも見かけたのは女性ばかりだったのを思い出す。

 この世界に来て俺は男性を見たことがあったか?

 答えは明白で、ない、だ。

 門番も、荷物を運び入れている人も、全員が女性だった。町中を移動したときの声さえ男性のものはなかった。

 この世界で男性は俺一人とまでは思わないが、比率がどうなっているのか知りたい。

 今後の活動方針を決める上で重要なことなので、立ち上がって二人を左右に離す。

「少し聞きたいことがあるんです」

 ゴクリと、唾を飲む音が聞こえた。
 ヘイリーさん、レベッタさん、ともに緊張しているようだ。

「何かな?」

 返事をしてくれたのはレベッタさんだ。なんだか絶望したような目をしていて、悪いことをしてしまったような気分になる。

 別に怒っている訳じゃないんだけどな。

「男性って、少ないんですか?」
「ふへ??」

 変な声を出すほど、おかしな質問だったみたいだ。レベッタさんは、口をぽかんと開いて固まっている。

「少ないに決まっているじゃない。そんなことも知らないの?」

 目をキリッとさせたヘイリーさんが、ちょっと強い口調で聞いてきた。

 地球から来たので分からないんです、なんて言えない。

「ずっと森の奥に住んでいたので……」

 自分でも苦しい言い訳だというのは理解しているが、これしか思い浮かばなかったのだから許して欲しい。

 深く聞かないでと祈りつつ反応を待つ。

 二人は俺から離れると、また小声で話を始めた。

「嘘――じゃ――」
「――――草原で――一人――それ自体が異常――」
「確か――――」
「――――男――――いる――――満――――」

 集中すれば、もっと正確に声は拾えそうだが、やめておいた。
 今は二人を信じるって決めたから。

「うん――――ャンス――――」
「――――。深く――――決――――」
「そう――」

 話し合いは終わったみたいだ。
 二人が俺を見た。

「森の中で暮らしていたら仕方がない。大丈夫。色々と教えてあげる」

 疑問は残っているだろうけど、ヘイリーさんは詳細を聞かないと判断してくれたようだ。黙っているレベッタさんも同様だろう。

 二人の優しさに感謝しながら返事をする。

「ありがとうございます。本当に何も知らないので、教えてもらえると嬉しいです」
「良い子だ」

 俺の頭を撫でようとしているのか、ヘイリーさんが手を伸ばして近づいてきた。

 ガンッと、膝がローテーブルに当たりコップが倒れた。

 流れ出る液体が俺のズボンにかかって濡れてしまう。

「ごめんなさい!」

 ヘイリーさんの態度が急変した。怯えるような目で俺を見ている。体は小さく震えているみたいだし、本気で怖がっているようだ。

「気にしてません。大丈夫ですよ」
「で、でも。服を汚してしまった……」
「すぐ乾きますから」

 ここまで言っても納得していないようで、ヘイリーさんは何か言いたそうな顔をしている。

 今まで受けた恩に比べれば、ズボンが濡れたぐらいどうでもいい出来事なのに。どうすれば気持ちが伝わるかなぁ。

「だったら、着替えてもらったらどう。その服、ボロボロだし、ちょうどいいんじゃない?」
「あ、それ助かります」

 レベッタさんの提案は正直助かる。人里離れて暮らしていたのは本当なので、服に小さな穴がいくつも空いているのだ。体だって、まあまあ汚れていた。

「じゃ、決定ね。着替えを用意してくるから、お風呂入ってもらえるかな」

 断る理由はないので、レベッタさんに風呂場を案内してもらうことにした。
 落ち着いたら、男女比について詳しく聞いてみよう。
 二人がいなくなったので、私は濡れているローテーブルを見た。

 コップに入れていた果実酒が流れて落ち、床に染みを作っている。あの中には、ドラゴンですら眠らせる効果があると言われている、睡眠薬を入れていたんだけど……。

「レベッタに邪魔をされた」

 理由は分かっている。
 眠らせて監禁させても、イオディプスの心は手に入らないから。

 私は子供さえ作れれば良いけど、レベッタは体と心、全てを求めている。

 どんな方法を使ってきたか分からないけど、レベッタが連れてきた男なんだから、おこぼれをもらう私は文句を言える立場じゃない。判断に従うしかない……なんて言わないからっ!!

 隙があれば男を奪い取る。
 それが女の生き方。
 私にだって夢ぐらいはあるのだから。

「早く子供が欲しい」

 でも、じっくりと時間をかけるわけにはいかない。

 もう私は二十五で若くないし、男とヤって子供を作るチャンスは、これが最後になるはず。他の方法で子供は作りたくないから、絶対に逃がさない。どんな方法を使っても。

 無意識のうちに、ギュッと手を握っていた。

「どうすれば監禁できるかな」

 もしランクの高いスキルを持っていたら、貴族に奪われてしまう。逆に低くても、皆の共有財産にさせられる可能性もある。

 そんなことは絶対にさせない。家から出られないようにしなきゃ。

「素直にお願いすれば、納得してくれるかもよ」

 リビングに戻ってきたレベッタが、ドアを閉めながら言った。

 丁度いいタイミングだ。話しながら作戦を練り直そう。

「かもじゃ、ダメ。笑顔のかわいい彼を手放したくはない」
「それは分かるよ。私だって、イオディプス君を他の女に渡すつもりはないんだから」

 いつもはヘラヘラと笑っているレベッタが、眉をキリッとさせて真剣な顔になった。

 幼い頃からずっと付き合っている私にはわかる。

 本気で惚れたんだと。

 私だって気持ちは負けていない。あの笑顔を手に入れる為であれば、何だってしてやる。

「でも睡眠薬はだめ」
「やっぱり気づいてたんだね」
「当然でしょ。親友なんだから」

 お互いを知り尽くしているから何を求め、どう動くのか分かっている。

 私が珍しく率先して、飲み物を用意するために動き出したときから、気づいていたんだろうな。

「嫌われるようなこと、したくないの」
「わかってるって」

 だって、心まで欲しいもんね。

「分かった。私は勝手に動かない。レベッタに任せるよ」
「ありがと」

 ただし、失敗したときは私の自由にさせてもらうからね。

 四肢を切断して逃げられないようにしてやる。私は心なんて曖昧なものではなく、子供という絶対的な存在を求めているのだから。

 薄暗い気持ちを隠すべく、ずっと気になっていたことを質問する。

「それより、あの子、どこで見つけたの?」
「外の草原」
「は? そんなとこに、一人で?」
「うん。本を読んでたよ」

 いやいやいや、あり得ないでしょ!

 レベッタはついに幻覚を……って違うか。実際に連れてきたのだから、本当なのかもしれないと思い直す。

 少女が妄想するような妄想、妄言と否定してはいけない。

「近くに護衛の女すらいなかったの?」
「声をかける前に調べたけど、イオディプス君は一人だけだった」

 男が草原に一人でいた、か。窓から外を見たけど、いつもと変わらない光景だ。罠の可能性は高いけど、今のところパーティハウス周辺に異常はなさそう。

「町に入ってから追っ手がいないか警戒していたけど、誰もいなかったから大丈夫だよ」

 レベッタが言うなら事実なんだろうな。

 本当に信じられない出来事だけど、男が草原に落ちていたみたい。

「もしかして女が見放すほど、性格が悪いとか?」

 一般的に男は暴力的で、女を道具のように扱うが、誰かが必ず側にいる。

 それなのに一人だということは、普通よりも暴力的なのか、それとも何かが破綻している可能性もあるんじゃないかって感じ始めていた。

「そんなことないよ。イオディプス君はね。凄く優しいんだ」

 目からハイライトが消えている。息が荒くなっているし、ちょっと興奮しているみたい。

「レベッタ?」
「だからね。大事にしてあげたいな、って思うんだ」

 名前を呼んでも反応はない。長い付き合いだけど、こんな姿を見るのは初めて。私が何を言っても聞いてくれそうにない。

 イオディプスと出会って半日も経ってないのに、完全に魅了されてしまっている。

 私だって同じ状況だから、おかしいとは思わないけどね。

「具体的に何をするつもりなの?」

 着替えが終わったら、一般的な常識について聞いてくるのは間違いない。

 知識を付ければ、自分には大いなる価値があると気づくはず。

 そうなったら私たちの所にとどまる理由はなくなる。金や権力をも求めて、他の女を求めて家を出て行く。そこで私たちはお別れだ。

 あなたなら、その運命を変えられるとでも言うの?

「ここにいてって、お願いするだけっっ!」

 雰囲気に飲まれて、この子がバカだったの忘れてた。そうだよね。そうなるよね。

 心根が真っ直ぐで、私と違って搦め手なんて使えない。

「嫌といわれたら?」
「泣いてお願いする!」
「それでもダメだったら?」
「裸になって押し倒すっ!!」

 手をグッと握って、宣言するようなことじゃないでしょ。

「女と違って男は性欲が薄いの忘れた? 裸で迫ったら気持ち悪いと言って、逃げられて終わり」

 異性の裸がご褒美なんて、女にしか通じない話だ。無理やり関係を迫って男が女嫌いになることも珍しくないんだし、レベッタはもう少し落ち着きなさいよ。

 まだ、睡眠薬を使った私の方がまともな思考をしている。

「ちっ、ちっ、ちっ。ヘイリーは甘いね! 観察力が足りなすぎる!」
「どういうこと?」
「イオディプス君は私の胸をずっと見てたんだ。しかもたまーに、股の部分が膨らんでいたとこも確認しているよ」
「それ、本当なの?」
「嘘ではない。絶対にそうだったっ!」

 力強い言葉に、レベッタを信じても良いと思ってしまった。

 ずっと異常なことが起こり続けてきたんだ。

 性格が良く、女の影がない、性欲の強い男。

 そんな女の夢が詰まった都合の良い存在がいても不思議ではない、と。

「わかった。私も一緒にお願いしてあげる」

 監禁だって最良の方法とは言えないのだ。私はレベッタの考えに賛同することにした。
 井戸の水で頭と体を洗って、汚れを落とすと部屋に案内された。

 クローゼットには男性用の服が沢山ある。

 レベッタさんは誰も使ってないと言ってたから、この服の持ち主はいないみたい。すべて俺にくれるとのこと。

 黒いズボンがあったので、手に取って体に合わせてみると、ちょっと大きめだった。しかも何故か、股の部分に液体を塗った跡が残っている。触ってみるとカピカピだった。

 二人には申し訳ないけど、ちょっと気持ち悪い。
 着たいとは思わなかったので別のズボンを手に取る。

 色はベージュで、肌触りが非常に滑らか。生地は厚め丈夫そうな所が気に入った。これなら木の枝に引っかけても破れそうにない。同じ素材で淡い緑色のチュニックもあったので、俺はこの二つを着替えとして選んだ。

 濡れた服を脱ぐと、カボチャっぽいパンツ一枚の姿になる。

 森の中で暮らしていたこともあって、体は引き締まって腹筋は割れている。非常に男らしい姿だけど、女性であるレベッタさんが手を握ったとき、振りほどく力はなかった。

 そこに違和感を覚える。

 もしかしたら、見た目と実際の筋力は違うのかも。この部分についてもちゃんと知っておかないと、後で困ったことになりそう。具体的に何と言われた困るけど、本能がそう言っているように思えた。

 新しい服を着て腰にベルトを巻き、着替えは終わった。
 部屋を出て階段を降りるとリビングに戻る。

「かわいい~~」

 両手を広げたレベッタさんに抱き付かれてしまった。シトラス系の爽やかな匂いがして、気持ちが落ち着く。さらに胸がダイレクトに当たっているので、ずっとこのままずっと抱きしめて欲しいと思える魅力があった。

「気持ちはわかるけど、イオディプス君は嫌がってるんじゃない?」
「そんなことないよ。見て、この顔っ!」

 レベッタさんは俺の後ろに移動する。頭上に胸が乗って嬉しい。
 心地よさによって思考が鈍っているけど、幸せだから良いか。

「すごく、ニヤけてる」

 仕方ないでしょ。
 こんなことされて、真面目な顔をしろってほうが無理な話である。

 押し倒したいという欲望は理性を総動員してねじ伏せ、レベッタさんから離れようとする。

 体はびくともしなかった。
 レベッタさんの腕が邪魔をして動かせないのだ。

「あのー?」
「もうちょっとだけ……」

 無言でヘイリーさんがスタスタと歩いて近づくと、レベッタさんの頭を軽く叩いた。

「しっかりしなさい」
「はーーい」

 レベッタさんの腕から力が抜けた。
 俺は拘束から抜け出すと、話が通じそうなヘイリーさんに話しかける。

「あの、聞きたいことがあるんです」
「わかってる。座って話しましょう」

 俺から離れたヘイリーさんはソファに座った。
 テーブルにはコップが三つあって、飲み物が入っている。

「普通の紅茶だから安心して」

 コップを見ていたことに気づいたようで、ヘイリーさんが教えてくれた。

 ちょっときつめな目をしているけど意外と優しいみたい。

「ありがとうございます」

 歩いてソファに近づこうとしたら、両脇の下に手が回って持ち上げられてしまった。犯人はレベッタさんのようだ。

「姉さんが移動させてあげますからね」

 体重は六十キロ以上あると思うのに、レベッタさんは軽々と運んでソファに座った。

 俺は彼女の太ももの上だ。両腕が俺の体を押さえつけて、逃げられそうにない。

 背中に柔らかい感触がするので気になって仕方がない。ちょっと下半身が元気になっているのは秘密だ。

 ヘイリーさんの視線がやや下になっていたような気がしたので、足を組んで誤魔化しつつコップを手に取る。

 鼻を近づけると甘い香りがした。アルコール臭はしないので、俺が飲んでも大丈夫そうだ。

 コップを傾けて口に含む。ほんのりと果実系の甘みを感じた。喉に流し込むと体中に染み渡っていく感覚がある。結構、喉は渇いていたようだ。

 半分ほど飲んだのでローテーブルに置こうとする。

「持ってあげるね」

 レベッタさんに奪われてしまった。しかも、俺に黙って飲んでいるんだけど。

 間接キスになるんだけど気にならないのか? この人の行動は読めないなぁ。

「知りたいことは何でも教えてあげる。気兼ねなく質問して」

 何事もなかったかのようにヘンリーさんが話しかけてくれた。

 コップの使い回しなんて普通のことなのかもしれない。俺が気にしすぎなだけか。

 これから真面目な話をするんだし、細かいことは後回しだ。頭を切り替えよう。

「では、男性が貴重なことについて教えてもらえませんか?」
「種族に関係なく、百人の子供がいたら男は一人しかいないからだよ」
「他は全員女性なんですか?」
「うん。昔からずっと変わらない」

 え、そんなことありえるの? 地球で過ごしていた常識というものが、ヘイリーさんの話を嘘だと言ってくるが、どちらを信じるかなんて悩むまでもない。

 スキルという超常現象すら存在するのだから、常識は一度、捨てるべきなのだ。目の前にいる人の言葉を信じるべきだろう。

「だから男は貴重。守らなければいけない存在だ」
「出会ったとき、レベッタさんが動揺していた理由はわかりました。そりゃぁ、保護しようとしますね」

 俺を男だと確認したときの表情を思い出す。どもっていたし、珍獣を発見したような目をしていたのだ。

 その時は、ちょっと変わっている人だななんて、のんきなことを考えていたけど、どうやら変わっているのは俺の方だったらしい。
「男は人類の宝だからね。女が守るのは当たり前だし、苦労させないようお金を稼ぐ必要があるんだ」

 一昔前の日本と真逆の考え方だ。外で働くのが女で、家に居るのが男。それが当たり前の関係らしい。

 価値観が逆転している。もしかしたら、体質や考え方も地球とは大きく違うのかもしれない。

「随分と、男は楽をさせてもらっているんですね。悩みなんてなさそう」

 母さんが寝る間を惜しんで働いている姿を思い出してしまい、自分だけが楽をしてしまうことに罪悪感を覚えてしまう。

 一方的に守られるんじゃなく、共に支え合う存在でいたいよね。

 この世界の常識に囚われたくないな、なんて思っていた。

「イオディプス君は軽く考えすぎ」

 できの悪い弟に言うような感じで、ヘイリーさんから親しみを感じる声で怒られてしまった。

 顔が近づいてきたので逃げようとしたけど、レベッタさんに抱きしめられているから動けない。

 全力で動こうとしてもびくともしないのだ。身体能力に圧倒的な差を感じてしまい、危機感を覚える。

 俺は生物として、女性に勝てない。

 嫌でもわからされてしまった。

「男性が一人で歩いていたら、女に襲われても文句は言えないんだよ。犯罪に巻き込まれることもあるし、本当に気をつけてね」

 身体の能力で劣る男は、性的に襲われても抵抗はできない。人混みの中にいたらセクハラされるかもだし、もしかしたら男を売買するような組織に誘拐されるかもしれない。そういった危険があると教えてくれたのだ。

 危険な地域に行く女性と考えれば、ヘイリーさんの忠告に納得できる。

「わかりました。決して勝手な行動はしません。約束します」

 知らないことを教えてくれるヘイリーさんや、僕を安全な場所へ案内してくれたレベッタさんなら信用できる。

 外に出るときは必ず声をかけようと思った。

「良い子だね」

 年下扱いは継続されているようで、ヘイリーさんに頭を撫でられてしまった。

 一人っ子だったから、お姉さんができたようで嬉しい。口に出してしまうと恥ずかしいので、自分だけの秘密にしておこう。

「もう一つ、質問があるんです。良いですか?」
「お姉ちゃんに何でも聞きなさい」

 俺の頭の上に顎をのせて、リラックスしているレベッタさんが許可を出してくれた。

 意識しないように頑張っていたけど、そろそろ限界だ。背中に当たっている胸のせいで、ずっと下半身が元気になっているのだ。生殺しである。

 ヘイリーさんは頭を撫でながらチラチラと下の方を見ているし、変態だって軽蔑されたら最悪だ。一緒にいたくないと突き放されたらどうしよう、なんて考えてしまう。

「レベッタの言ったとおりだね。すごく、いい」

 小さく頷いてからヘイリーさんは、俺の頭から手を離した。

 猛獣のような鋭い目をしているのが気になったけど、気のせいだろう。出会ったときから少しきつめな印象があったしね。

「俺が知りたいのはスキルについてです」

 ランクがあることは分かっているが、世間の扱いについては本に残っていなかった。

 SSランクを持つ俺が、他人から見てどのように思われるのか気になっている。

「スキルブースターというのを覚えているんですが、効果については知っています?」
「初めて聞いたなぁ。ヘイリーは?」
「同じく。一般的なスキルではない」

 さすが最高ランクのSSだ。広くは知られてないスキルっぽい。
 
「名前からして効果は何となく分かるけど、お姉さんに教えてくれるかなぁ?」

 遠慮がちに聞いてきたことから、スキルの効果を簡単に教えてはいけないんだろう。

 必要な時に信用できる相手にだけ伝える、テストの点、もしくは学歴みたいな扱いか?

 ランク付けされて、高いほど自慢したいという点では、大きくずれてはないはず。

「もちろんです」

 俺は二人を信用しているし、この世界の常識を知るきっかけにもなるので、包み隠さず伝えると決めていた。

「他人が持っているスキルの能力を上昇させる、という効果があるみたいです」

 空気が張り詰めた気がした。
 おかしなことを言ってしまったのか?

「もしかして、ランクはSかな?」

 怯えながら、と表現するのがぴったりなほどの声で、レベッタさんが質問した。

 やらかしてしまった気がするけど後戻りはできない。諦めて全てを伝えてしまおう。

「違います。SSです」
「「SS!?」」

 二人とも声をそろえて驚いていた。

 最高ランクだと言っても、大げさすぎる反応な気がする。

「ヘイリー。周囲に誰もいないか確認して」
「もちろん」

 剣を持ったヘイリーさんは、家を飛び出してしまった。

 レベッタさんは窓の方をじっと見ていて、外部からの侵入を警戒しているようだ。

「どうしたんですか?」
「どうしたも、こうしたもないよ! 男でSSランクのスキル持ちなんて、人類史に存在しなかった! すごいことなんだからっ! 悪意を持った人に知られたら、絶対に攫われるよ!!」

 レベッタさんは俺の体を前後に揺らしながら、興奮気味に驚愕の事実を教えてくれた。

 まさか世界初の人間になっているとは思わなかったぞ。男というだけで危険な立場にいるのに、さらにSSランクのスキル持ちとなったら、それこそ王侯貴族に狙われても不思議ではない。

 この体の持ち主だった人格が、森の中で過ごしていた理由が少しだけ分かった気がした。

 女性が嫌いという理由の他に、身の危険を感じて隠れていたんだろう。
「大丈夫。誰もいなかった」

 しばらくしてヘイリーさんが戻ってきた。

 ドアを閉めると、さっき座っていた場所に戻る。

「安全は確認できたから、話を再開しようか。他に何が知りたい?」

 驚くことが多くて理解が追いついてない。他の質問なんてぶっ飛んでしまってる。

 今知りたいことは、ただ一つだけ。

「俺の覚えたスキルが凄いことはわかりました。これからどうすればいいですか?」

 安全に生きていくために必要なことを知りたい。本来は自分で考えるべきなんだけど、危険の回避方法なんて思い浮かばない。

 助けてくれた二人に頼る。

 選択肢は、それしかなかった。

「まず始めにやることは、スキルについて私とレベッタ以外には教えないこと。もし他の人に言いたくなったら相談してね」

 SSランクだって自慢し回ったら、すぐに目を付けられてしまう。当然の対応だ。関係ない人には絶対にスキルのことは言わない。

「わかりました」
「いい子だね」

 母親のように愛情のこもった声だったように聞こえた。

 子供扱いされたかもしれないという苛立ちなんてない。年上に褒められた嬉しさの方が勝つ。今まで気づかなかったけど、甘えるのが大好きらしい。

「他にも守って欲しいことがある」

 ヘイリーさんの声は、少し緊張しているようにも聞こえる。

 それほど重要なことなんだろう。聞き逃してはいけない。うなずいてから、しっかりと目を見る。ヘイリーさんの頬が少し赤くなったけど、気のせいだろう。

「この家に住む、一人で行動しない、外に出るときは男だとバレないように変装する、何かあったらすぐに私かレベッタに相談、この四つは守れる?」

 俺の行動が大きく制限されてしまう内容だ。日本にいた頃なら絶対、断っていただろう。けど、この世界では必要なことだといのは理解している。

 貴族に囲われて生きていくなんて嫌だ。

 クソ親父と一緒に死んで新しい体を手に入れたんだから、好きな人たちと自由に過ごしたい。この程度の内容であれば受け入れるべきだ。

「大丈夫です。ちゃんと約束は守ります」
「本当?」
「本当です」

 また頭を撫でられてしまった。ヘイリーさんは嬉しそうにしている。

 後ろから抱きしめてくれているレベッタさんは、俺のことを優しく包み込むように腕を回しているし、なんて幸せな空間なんだろう。

 だからこそ、さっきの約束で気になることがあった。

「俺がこの家に寝泊まりしても大丈夫なんですか?」

 さらっと、この家に住むと言っていたけど、話はそう簡単には進まないと思っている。

 部屋や家具、お風呂など、色々な問題があるからだ。

「もちろん! 部屋は二つも空いているし、他の仲間だって絶対に歓迎するから! もちろんタダだから安心して!」
「他ににもこの家に住んでいる人いるんですか?」

 そういえばレベッタさんはパーティで購入した家と言っていた。てっきり仲間はヘイリーさんだけだと思っていたけど、違ったみたい。

 話したこともない人と暮らせるだろうか。不安になってしまう。

「あと二人ほど。実は種族は人間じゃなくて、ドワーフと龍人なんだ。イオディプス君は、どう思う?」
「どうって、仲良くできるかなって不安があるぐらいです」
「それだけ?」
「はい」

 返事を聞いたヘイリーさんは黙ってしまった。

 どうすれば良いかわからず顔を上げてレベッタさんを見ると、覗き込むように俺を見て微笑んでくれた。

「イオディプス君は優しい子だね。お姉さんは大好きだよ」
「あはは……」

 好意をまっすぐ向けられたことなんて、母さん以外にはなかった。非常に照れくさい。

「ここに居ない二人は街の外にでていて、しばらく帰って来ない予定だから。この話は後にしましょっ」

 レベッタさん手が俺の脇の下に移動すると、軽々と持ち上げてしまった。

 ソファから移動して階段をのぼり、二階に着く。

 細い廊下があって左右に六つのドアがあった。

「二階は個人の寝室になっていて、手前にある二つが空室なんだよ。どっちに住む?」
「左側の方でお願いします」

 タダで住まわせてもらえるんだから、細かいことを言うつもりはない。
 どっちでもよかったので利き腕と同じ方を選んだ。

「案内するね」

 俺を右脇に抱えると、レベッタさんがドアを開けた。

 室内は広い。着替えに入った部屋とデザインは似ていて、三人は寝られそうなベッドがある。

 ベージュ色のシーツを使っているようだ。上には四角く畳んでいる布があり、掛け布団のようだ。薄そうなので暖房性は低そうである。

 他にも木製のテーブルがあって、燭台やろうそくもある。椅子は三脚ほどあるので、来客があっても問題なさそうだ。

「新しいメンバーがいつ入ってきても大丈夫なように、一通りの家具は揃えていたんだ」

 ようやくレベッタさんは俺をおろしてくれた。

 自らの足で歩き、部屋を探索してみる。

 奥にある扉を開いたらクローゼットだった。服は掛かっていない。

 レンガの壁を叩いてみると思い音が返ってきた。多少、大きな音を出しても隣には聞こえないと思う。プライバシーに配慮した設計だ。

 床に使っている板を踏んでも軋むような音はしないし、頑丈な作りをしているんだなと感じた。

「気に入ってくれた?」
「もちろんです。本当にタダで使っても良いんですか?」
「こう見えても、私たちお金持ちだからね。安心して良いよ」
「ありがとうございます」

 クソ親父を殺して、よくわからない世界にたどり着いた俺は、なんとか安心出来る場所を確保できたようだった。
 イオディプス君を部屋に案内してから一階に戻ると、ヘイリーがコップの縁を舐めている姿を目撃した。

 舌を小さく出してペロペロと動かしている。目は開いているけど、焦点はあってないように見える。私が戻ってきたのに気づかないほど集中していた。

 何をしているんだなんて聞くまでもない。イオディプス君が口を付けたところを舐めているのだ。

 ゆっくりと近づいて頭を軽く叩くと、ヘイリーの意識はようやくこちら側に戻ってきた。

「文句でもある?」

 エサをとられないように警戒している動物のような目つきだ。

 そんな顔をしたらイオディプス君は逃げ出しちゃうから、気をつけた方が良いのに。

「交代制にしよう。ケンカはしたくない」

 かなり譲歩したつもりだったんだけど、ヘイリーはコップに口を付けたまま悩んでいた。

 交渉が決裂したら、強引な手を使うしかない。それはいやだなー。イオディプス君は、物語に出てくる王子様のように優しく心が綺麗だから、絶対に悲しんじゃう。

「断ったら?」
「今していることを伝えて、一緒に出て行く」

 ヘイリーとは長い付き合いだったけど、イオディプス君を手に入れるためなら失ってもいいと思う。
 
 これは私が冷たいというわけではない。世界中にいる女が同じ選択をするだろうし、ヘイリーだって例外ではないはず。

 男のためなら全てを捨てる。
 女として生まれた私たちは、全員覚悟できていることだ。

「それは困るから、交代制を受け入れる」
「ありがと」

 優しい声が出るように意識しながら返事をつつ、唇をヘイリーの耳に近づける。

「黙って先に使った罰として、二回連続で私が使うから」
「それは横暴――」
「イオディプス君を連れてきたのは私。それはわかっているよね?」

 立場を思い出してもらうため、あえて強調して言った。

 彼を独占するつもりなんてないけど、だからといって一番を譲るつもりはない。命を預け合う仲間だけれど、譲れないことはあるのだ。

「卑怯な言い方だね」
「そう思うなら、新しい男を自分で捕まえてみたらどう?」
「ぐっ。それを言われると辛い」

 男だとわかったら、生まれた瞬間に周囲の女が囲ってしまい、町で見つけても声なんてかけられない。部屋に連れ込むなんて不可能といえる。男を捕まえるというのは、それほど難易度が高いのだ。

 イオディプス君みたいな奇跡は二度と起こらないと知っていて、ヘイリーは言葉に詰まっている。

「だから私たちは平等な関係でいようね」
「……わかった」

 よしこれでヘイリーとの話し合いはまとまった。
 コップやフォーク、スプーンを舐める権利で揉めることはない。

「あとは。交換日誌に今日のことを書いておかないとね」

 私たちは四人パーティで活動して一緒に生活しているけど、仕事の都合で今みたいに別々で行動することも多い。

 数日、家から離れることもあるため、お互いの近況を伝える交換日誌を作っていた。

 リビングの引き出しから木箱を取り出す。錠前がついているので鍵を使って解錠した。

 中から一冊の本が出てきた。

 本を開いて最後に書き込んだページを開く。

『メヌと一緒に商隊の護衛をするため、一週間ほど家を空けます。男見つけるぞー!』

 これは龍人のアグラエルが書いた内容だ。

 運が悪いことに二人は出払っていてしばらく返ってこない。

「何を書くの?」

 コップを舐めながらヘイリーが聞いてきた。

 もうイオディプス君成分はなくなっているはずなのに、手放すつもりはないみたいね。

「決まってるじゃない。イオディプス君のことだよ」

 ペンにインクを付けてながら、どこから書くか悩む。

 草原で拾ったところからにしようか、それとも家に住まわせることからにしようか……いや、長い文章だと読まないから、短くまとめよう。

『スキルランクSSの男を見つけて捕獲したよ。我が家の住民になりました。私の許可なく襲ったら処刑だから』

 男を見た瞬間に押し倒しかねないので、警告しておいた。もしイオディプス君に手を出したら、本当に血の雨が降ることでしょう。

「私も書いておく」

 ヘイリーもペンを持つと、私の文章の下に書いていく。

『↑名前はイオディプス君。優しく種族偏見のない素敵な男。ちゃんと四人で楽しめるようにする。だから、信用を得るまでは我慢しろ』
『↑同意。本当に良い子だから、手を出したら私とヘイリーが潰すから』

 よし、これだけ書いておけば大丈夫だろう。

 二人とも男好きなだけど自制心は残っている……はずだから。

「返信が楽しみだね」

 本を箱にしまいながら、仲間の顔を思い浮かべる。

 二人とも同族の男に手を出そうとして追い出されたから、人間社会でしか生きていけない。伴侶を見つけるとしたら人間の男限定となるのだが、龍人は角や尻尾、羽などが邪魔だと嫌われ、ドワーフは背が小さく胸も小さいから子供扱いだ。

 私よりも男に困っていたのだから、イオディプス君との同棲生活を喜んでくれるはず。

 貴族にバレないよう気をつけていれば、これ以上ないほどの幸せな生活が続く。

 私だけじゃなくヘイリーですら、そう確信しているのだった。