「いただきます」

 出された飲み物を拒否するのは失礼だと思う。
 この体が成人しているかは謎だが、少しぐらいなら大丈夫なはず。

 酒を口に入れようとした。

「やっぱりダメ!!」

 飲む直前で、レベッタさんがコップを奪い取り、ローテーブルに置いてしまう。

 一体何が起こったんだと彼女を見ると、ものすごく申し訳なさそうな顔をしていた。

「レベッタ?」

 ヘイリーさんは苛立っているようだ。お客に出した飲み物を無断で奪ったんだから当然だろう。

 同じ立場だったら、俺だって怒る。

「これお酒だから。子供に飲ませたらだめじゃない」
「でも。これを飲んでもらわないと――」
「ヘイリー、そういうの、やめよ」
「本当に良いの?」
「うん」
「そう、わかった」

 よく分からないけど、なんとかケンカせず、話し合いで終わったみたいだ。

「せっかく用意してもらったのに、飲めなくてごめんなさい」

 ヘイリーさんにむけて笑顔を作ると、彼女は真っ赤になった。まるでお酒を飲んだみたいだ。

「ああ、何これ。反則でしょ。ムリムリ、もうダメだって!」

 何があったのかわからないが、ヘイリーさんが急に立ち上がり、レベッタさんも続く。

「急にどうしたの。落ち来なさいって!」
「ムリでしょ! あの笑顔はダメ。反則ーっ!」
「それは分かるけどさ! でもそこは、残った理性で何とかしなって!」

 ついに俺を間に挟んでケンカが始まってしまった。
 笑顔を作っただけなのに。

 あれか、笑顔は相手を侮辱するという意味だから、ヘイリーさん動揺して、レベッタさんが止めているのか? いや、それだったら先に、レベッタさんが指摘していたはずだ。

 とすると、もう原因が分からない。

 下手に動いたら状況は悪化しそうなので、仲裁するようなことはできず、黙って二人を見ている。

「ムリムリ。だって貴重な男性だから。このチャンスを逃したら、次はない。そのぐらい理解しているよね」
「当たり前じゃない! だから、慎重になってるんだよ!」
「モタモタしてたら他の女に取られる! 見つけたら速攻で仕留めないと」

 なんか物騒な話をしているが、気になるワードが出てきて、それどころじゃない。

 男が貴重って、どういう意味だ?

 地球では男性がやや多かったが、ここは違うのだろうか。そういえば、町に入ったときも見かけたのは女性ばかりだったのを思い出す。

 この世界に来て俺は男性を見たことがあったか?

 答えは明白で、ない、だ。

 門番も、荷物を運び入れている人も、全員が女性だった。町中を移動したときの声さえ男性のものはなかった。

 この世界で男性は俺一人とまでは思わないが、比率がどうなっているのか知りたい。

 今後の活動方針を決める上で重要なことなので、立ち上がって二人を左右に離す。

「少し聞きたいことがあるんです」

 ゴクリと、唾を飲む音が聞こえた。
 ヘイリーさん、レベッタさん、ともに緊張しているようだ。

「何かな?」

 返事をしてくれたのはレベッタさんだ。なんだか絶望したような目をしていて、悪いことをしてしまったような気分になる。

 別に怒っている訳じゃないんだけどな。

「男性って、少ないんですか?」
「ふへ??」

 変な声を出すほど、おかしな質問だったみたいだ。レベッタさんは、口をぽかんと開いて固まっている。

「少ないに決まっているじゃない。そんなことも知らないの?」

 目をキリッとさせたヘイリーさんが、ちょっと強い口調で聞いてきた。

 地球から来たので分からないんです、なんて言えない。

「ずっと森の奥に住んでいたので……」

 自分でも苦しい言い訳だというのは理解しているが、これしか思い浮かばなかったのだから許して欲しい。

 深く聞かないでと祈りつつ反応を待つ。

 二人は俺から離れると、また小声で話を始めた。

「嘘――じゃ――」
「――――草原で――一人――それ自体が異常――」
「確か――――」
「――――男――――いる――――満――――」

 集中すれば、もっと正確に声は拾えそうだが、やめておいた。
 今は二人を信じるって決めたから。

「うん――――ャンス――――」
「――――。深く――――決――――」
「そう――」

 話し合いは終わったみたいだ。
 二人が俺を見た。

「森の中で暮らしていたら仕方がない。大丈夫。色々と教えてあげる」

 疑問は残っているだろうけど、ヘイリーさんは詳細を聞かないと判断してくれたようだ。黙っているレベッタさんも同様だろう。

 二人の優しさに感謝しながら返事をする。

「ありがとうございます。本当に何も知らないので、教えてもらえると嬉しいです」
「良い子だ」

 俺の頭を撫でようとしているのか、ヘイリーさんが手を伸ばして近づいてきた。

 ガンッと、膝がローテーブルに当たりコップが倒れた。

 流れ出る液体が俺のズボンにかかって濡れてしまう。

「ごめんなさい!」

 ヘイリーさんの態度が急変した。怯えるような目で俺を見ている。体は小さく震えているみたいだし、本気で怖がっているようだ。

「気にしてません。大丈夫ですよ」
「で、でも。服を汚してしまった……」
「すぐ乾きますから」

 ここまで言っても納得していないようで、ヘイリーさんは何か言いたそうな顔をしている。

 今まで受けた恩に比べれば、ズボンが濡れたぐらいどうでもいい出来事なのに。どうすれば気持ちが伝わるかなぁ。

「だったら、着替えてもらったらどう。その服、ボロボロだし、ちょうどいいんじゃない?」
「あ、それ助かります」

 レベッタさんの提案は正直助かる。人里離れて暮らしていたのは本当なので、服に小さな穴がいくつも空いているのだ。体だって、まあまあ汚れていた。

「じゃ、決定ね。着替えを用意してくるから、お風呂入ってもらえるかな」

 断る理由はないので、レベッタさんに風呂場を案内してもらうことにした。
 落ち着いたら、男女比について詳しく聞いてみよう。