間もなく車は玉森公爵家に到着した。
 涼月が玉森家に来るのはこれで二度目。一度目は結婚を決めたとき、結納金をもって訪れた。
 門をくぐり、車は中に入っていく。
 前回は関心もなかったので見もしなかったが、今回は車の窓越しにジッと庭を見つめた。
 ここにもかつては、善良なあやかしが多くいたはずである。
 だが、今は形跡もない。
 最近の流行りの芝を敷き詰め、噴水のある洋風の池がある。
 手入れはされているようだが、よく見れば表向きの体裁だけを整えた庭だ。高木が植えられた先は暗く光が差し込んでいない。
 今のこの屋敷に棲むとしたら、それはあやかしではなく悪霊だろう。
「使用人も憂鬱そうだな」
 庭師が暗い表情で庭木の手入れをしているのが見えた。
「長くいた者も。伽夜様がこの家を出たのをきっかけに随分辞めてしまったそうです。残っている者はほかに行く宛のない者ばかり。最近は安い給料で若い者を使い捨てにしているそうで」
 長い溜め息を漏らし、車は止まる。

 出迎えには公爵夫人と萌子が出てきた。
 ふたりとも洋装で、冗談のように着飾り、満面に笑みを浮かべている。
「いらっしゃいませ」
 挨拶をしながら萌子の心を覗く。
〝きっと伽夜と離縁する話だわ。そうしたら私が代わりに――〟
 伽夜へのどす黒い嫉妬の炎が燃える、うんざりするほどの卑しい心だ。
 公爵夫人の心は覗くまでもない。萌子と同じ目をしている。
 西洋風の居間に通されて間もなく玉森公爵が現れた。
 公爵は茶色の三揃いという、普通の洋装である。
 当然のように同席している萌子には苦笑を禁じ得ないが、今日ばかりはその方が都合いい。
 ひと通り他愛ない会話を交わし、三人の心をさらりと読む。
 公爵は一応話が通じそうだと見極め、出されたコーヒーを飲んだ。
「して、今日はどのようなご用件で」
 さあいよいよかと萌子と公爵夫人の瞳が輝く。
「実は念のため話しておこうと思いましてね。伽夜ですが」
「伽夜……。あの子がなにか」
 公爵にはいくらか伽夜を気遣う気持ちがあるらしく、重苦しそうに心が揺れた。
「伽夜の両親について調べましてね」
 ギョッとしたように公爵が目を見開く。
 それもそのはず、伽夜の異能に公爵は気づいていないが、玉森家の異能、伽夜の母については秘密を通したいはず。