人力車が止まり捨吉が振り向く。
「着きました」
 去年開店したばかりという甘味処は、女性達で賑わっていた。
「いらっしゃいませ」
 給仕の女性達は、ヒダのついた桃色のエプロンをしていて皆かわいらしい。こういうお店で働くのもいいな、と密かに思いつつ、ぐるりと店内をする見回した。
「こちらへどうぞ」
 案内された窓際の二人がけの席に座わる。
「素敵なお店ですね」
「そうね」と答えながら、もう一度見回した。
 男性も何人かいるようだが鬼束伯爵の姿ない。
(これから来るのかしら……)
 五がつく日というだけで、今日必ずというわけじゃない。焦らず気楽にしようと、そっと息を吐く。
「私まで申し訳ないです」
 フミが申し訳なさそうに眉尻を下げる。
 こういう場合、玉森家では外で待たされる。俥夫の捨吉は外で待つのは仕方がないとしても、女中もそうだった。雨の日も、寒い雪の日だろうとも。主人と店に入って同じテーブルにつくなど考えられなかった。
 だが、伽夜が誘ったのだ。
「あの、私は、お茶だけで」
「そんな寂しいことを言わないで。涼月さんからもフミも一緒にと言われているのよ? 私ひとりじゃ、あんみつだっておいしくいただけないわ」
 恐縮するフミを追い立ててあれこれメニューに悩み、伽夜はアイスクリームが乗ったあんみつを、フミはぜんざいを頼む。
 外で待っている捨吉のためと、屋敷にいる使用人たちのお土産の大福も別に頼んだ。
 お土産はほかにも、百貨店で女中たちにハンドクリームを買った。自分への買い物より、お土産を買うほうが楽しい。
 今も、ぜんざいに瞳を輝かせるフミを見るのがうれしかった。
「伽夜さま、とっても美味しいです!」
 ぜんざいは見た目も美しかった。団子が二種類入っている。
「お抹茶入りの白玉の苦味が、粒あんの甘さとちょうどよくて」
「私のアイスクリームも、とっても滑らかで美味しいわよ」
 言わずもがなあんみつも目にも口にも美味しい。
 早くも次回が楽しみだなどと言いながら、伽夜は鬼束伯爵を待つ。
 フミと話をしつつ、きっと来ると信じてゆっくり食べたつもりだが、所詮はおやつだ。あっさりと食べ終わってしまった。
 時刻はすでに四時近い。
 今日はもう会えないかとあきらめた。五がつく日は十日後にくるのだから。
(また来ればいいわ……)
  フミが会計を済ませに行き、伽夜がひと足先に出ようそのとき。扉を手を伸ばした伽夜は、ハッとした。
「これはこれは、偶然ですね」
 扉が開き、入って来たのは鬼束伯爵である。
 伯爵は彼に似た明るい髪の若い女性と一緒だった。学校帰りなのか、袴姿の女学生である。
「妹です。あんみつが食べたいとせがまれましてね」
「初めまして、高遠家の伯爵夫人ですよね。握手をしていただいてもいいですか?」
 明るい髪をした利発な感じの、美しい女の子だ。
 ドキドキしながら差し出された手を握る。
「初めまして、高遠伽夜です」
「この前の舞踏会で、あなたのダンスに感動したらしく、家に帰ってもずっとあなたの話だったんですよ」
 途中からフミも加わり簡単な会話を交わして店を出た。
「伽夜様、先ほどの方は」
「舞踏会で会った鬼束伯爵。妹さんは今初めてお会いしたわ」
 フミはお美しいご兄妹ですねと感心する。
 本当ねと相槌を打ちながら、伽夜は焦る気持ちを落ち着かせ、右手を握りしめた。
 手の中には伯爵の妹と握手をしたときに渡された小さな紙がある。
 これで酒呑童子へ一歩近づいた?