日中はビニールハウスや直売所を往復して、商品を陳列・回収し、夜、応募の企画書づくりと、企画書に添付するジオラマの設計・画像撮影に取りかかった。

 実際に地元の野菜で採算の取れるジオラマを作るのは難しい。
 案を書いては、ツキカさんにメールを送って見てもらう。ツキカさんからの返信では、的確な修正提案を示してくれた。そして週に一度は二人で会い、近くの喫茶店で書類の打ち合わせも行った。

 まるで夢のような日々だ。なかなか上手くいかなくて苦しくはあるが、ボクはツキカさんと一緒に夢を見られるから楽しくて仕方がない。
 時折、「ひょっとしてツキカさんは、ボクのこと……?」などと馬鹿げた妄想をして、「そんなことある訳ない」と否定して過ごす。

 もう、夢中だ。
 本業のほうは、にぎわいの森の販路を失って一時売上が大きく落ちたが、ツキカさんに励まされて積極的に営業をかけ、新規で2件のスーパーが取り扱ってくれることになった。まだ苦しい状況は変わりないが、それでも希望が沸いてきた。

 そして、2か月かけてやっとジオラマの設計・画像撮影と企画書が出来上がった。
 ジオラマのテーマは南国だ。ナガサキの人気アニメの有名なワンシーンをそのまま再現した。
 スポンジケーキの下地を砂に見立て、切ったゴボウとピーマンでヤシの木にし、細切りのニンジンとダイコンでキャンプファイアーに、端にブルーベリージャムを塗って海に、ボクのミニトマトを夕日に、小さく切ったカボチャを月に、それぞれ使っていく。

 ここにキャラクターのフィギュアを載せると、アニメさながらのシーンをケータイで撮影し、インスタでアップすることができる。
 しかも、ボクが一番大事にしたのは、撮影した後に、全部おいしく食べられるということ。農家の端くれとして、どうか食べ物は大切にしてほしい。

「もしもし、お母さんだけど」
 ふいにかかってくる母からの連絡にも、動揺しなくなっていた。自信がついてきたこらだろうか。
「何?」
「婚活は?」
「今、急がしいけど、でもね、2か月後にある行政主催のパーティーには行くよ」
「ホント?」
「だからちょっとだけ、待ってほしい。どうしても戦わなきゃいけないことがあって」
「戦うって誰と?」
 母は、急に心配そうな声色に変わった。

「市役所」
「お役所には逆らっちゃダメよ」
「分かってる。大人の流儀で正々堂々とケンカするだけ」
「は?」
「とにかく大丈夫だから。市役所とケンカして勝った後、市役所の婚活に行って仲直りするよ。あ、負けても仲直りするかな」
「とにかく体だけは、大事にしなさいよ」
「はい」

 ナガサキのアクセラレータ応募締め切りの3日前、ツキカさんといつもの喫茶店で待ち合わせて、企画書の最終チェックをすることになった。
「遅くなってごめんなさい」
 5分ほど遅刻して、ツキカさんがやって来る。初めて見る青いワンピース姿が美しすぎて、ボクは直視できない。

「待った?」
「いや、全然」
 まるで、恋人のような会話に照れてしまう。
「高橋さん、何か変わったね。見違えるように、表情も明るい。またマスコミに取材されていたでしょ」

「うん。応募する前から、ジオラマがネットで話題になってね。現時点でかなりの売り上げになった。ホントは応募するまで秘密の方がよかったかな?」
「いや、先に作った実績のあった方が、ナガサキは信用すると思うの」
「じゃあ、よかった」
「あの高橋さんのジオラマ、すごいし、仮にナガサキに採用されなくても、もう自分で販売したら売れるんじゃない? 問い合わせも多いでしょ?」
「うん。全部、ツキカさんのおかげだよ」

 ツキカさんといると、いつも笑顔になれる自分がいる。雑談ばかりした後、企画書の最終のチェックはわずか数分で終わった。
 ふと、ツキカさんが悲しげな表情になる。

「あとは高橋さんが応募するだけ。私と高橋さん、もう立場が逆転してるね」
「してないよ。ボクは今もツキカさんの期待に応えようと必死だよ」
「違う。気がついたら追い抜かれてたの。市役所も、今さら高橋さんを認めていて、コラボしたがってるよ」
「え?」

「高橋さんを見限った、あの一橋って課長補佐が、市長に言われて何とかあなたに接近しようとしてる」
 思わず笑ってしまった。

「近づいて来たら『バカ野郎!』って言ってやってくださいね」
「もう、いいよ。気にもしてない」
「あんな酷いことしたのに?」
「むしろ、感謝してる。あの経験がなかったら今のボクはないから。それよりも今は、この戦いに集中したい」
「そうだね。まずは一次審査を通過できたらいいね」
「うん。例えダメだったとしても、また違うことで頑張って市役所の人に認めてもらうようにするよ」