寒くなってきたと思ったらもう今年も師走に入ろうとしている。今年はいつまでも暑かった。ようやく涼しくなったと思ったら、急に寒くなってきた。過ごしやすい期間が短くなったような気がする。一日の寒暖の差も激しい。地球温暖化のせいに違いない。

仕事も私生活も忙しかったので1年が経つのが早かった。今日はそう思ったから、一日休暇をとって人間ドックに行ってきた。でも以外なことが分かった。

乳がんの疑いがあると言われた。それで精密検査を来週することになった。診断が確定するまで、家族には黙っていよう。

◆ ◆ ◆
精密検査にはほぼ一日かった。その結果、乳がんのステージ2と分かった。ほかに転移は見つからなかった。早期なので手術すれば完治するとも言われた。

でも、診断結果を聞いたときに頭の中が真っ白になって何も考えられなかった。それからのことはほとんど覚えていない。

気が付いたら、留美(るみ)と一緒に部屋にいた。留美は一人で遊んでいる。ときどき私に心配そうに「ママ、どうしたの」声をかける。留美の顔をみると涙が止まらない。この娘はどうなってしまうだろう。

夫にすぐにでも話を聞いてもらいたい。もう8時を過ぎているがまだ帰ってこない。そういえば今日は会合があって、懇親会もあるので遅くなると言っていた。でも帰って来てもらいたい。

いつか吉田家に問合せの電話をかけて以来、彼は電話にはすぐに出るようになっていた。迷惑になるといけないので、とりあえず「すぐに帰って来てお願い」とメールを入れた。すぐに折り返し電話が入った。

「どうした、留美に何かあったのか?」

「私に乳がんがみつかったの。すぐに帰って来て、お願い」

「分かった。すぐに帰る」

◆ ◆ ◆
幸雄はすぐに帰って来てくれた。顔を見ると抱きついてワンワン泣いてしまった。

「私に万一のことがあったら留美はどうなるの?」

「大丈夫だ、心配するな。俺がいる」

「私、死んでしまうのかしら?」

「詳しく話してくれないか?」

私は診断結果を彼に話した。心配そうに聞いてくれた。

「大丈夫だ。今はもうがんは治る病気といわれるようになった。俺がついている。万が一のことがあっても、留美は俺が立派に育てる。心配するな。もう泣くのをやめて気持ちをしっかり持ってくれ。留美が余計な心配する」

不安な気持ちをすべて吐き出したら、落ち着いてきた。幸雄がいてくれて本当によかった。

◆ ◆ ◆
夕食を終えた6時30分ころ、幸雄が病院に寄ってくれた。手術は1週間前に無事終えていた。今は抗がん剤の点滴を受けている。身体が怠いがこれを乗り切れば、来週には退院できる。

手術の日は一日中私に付き添ってくれた。それから毎日必ず帰宅途中に病院に寄ってくれる。

「どうだ、調子は? 顔色はまずまずだ」

「身体のだるさがありますが、大丈夫です」

「留美は良い子にしている?」

「ご両親からは良い子にしていると連絡が入っている」

留美は先週末から私の両親が預かってくれている。彼の表情からすこし疲れ気味だと思った。あれから、私の心と身体に負担がかからないように、留美のめんどうをよく見てくれた。保育所の送り迎えや、食事の世話、入浴など、ほとんど一人で引き受けてくれた。

「順子のありがたみがよく分かったよ。今まで俺も家事を分担していたと思っていたが、君の分担はそんなもんじゃなかった。これからはずっとそばにいてもっと手伝うから」

そう言ってくれたのが嬉しかった。私は頑張り過ぎていたのかもしれない。私は良きパートナーを求めていたが、彼と出会ったとき、気が合う人がようやく見つかったという感じだった。ひょっとすると彼とも張り合っていたのかもしれない。

今までできるだけ彼の負担を少なくしたいと思ってきたが、もう少し手伝ってもらった方がよかったのかもしれない。入院中に彼とのこれまでことをずっと考えていた。

私は高校生のころ、孤独感にさいなまれたことがあった。そこから立ち直れたのは「人は孤独なもの、一人で生まれて、一人で死んでいく」という単純な考えに至ったからだった。誰も助けてはくれない! 誰にも助けを求められない! 一種の諦めかもしれなかった。

そう考えることで、人に頼るとかという思いが全くなくなった。甘えがなくなり、自立できたのではないかと思っている。また、強くなれたと思っている。それでひとりでこれまで頑張ってこられた。

幸雄と結婚したとき、同じ考えを持った同志を得たような気がした。それでも彼を頼ろうという気持ちは起きなかったし、それを戒めていた。

こんなことになって、一人ではいくら頑張ってもどうしようもないことがあることが分かった。そして、今は一人ではないこともはっきり分かった。

一番大切な留美がいるし、幸雄がいつもそばにいて私を見守っていてくれる。これからは幸雄と留美をもっと大切にしなければならないと思う。