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「彩お疲れ!」

 私、高木彩(たかぎあや)がシューズに付いた土を払っていると親友の美咲が陸上部と書かれた部活日誌を渡しに来てくれました。

 美咲は陸上部のマネージャーです。

 私は中学校に入ってすぐ陸上部に入部しました。種目は短距離で走ることが大好きです。

「明日からテスト期間だねー。彩、勉強してる?」

「ううん。これから始める予定!」

 テスト期間一週間前から部活は休みになります。
 なので、普段部活で忙しい私達のような生徒は明日から勉強漬けの生活になります。

 二年生になり、ある程度そのリズムにも慣れましたが毎回大変です。カバンを背負いグラウンドを後にしようとしたら野球部の人の声が響いてきました。

「ほら中澤! 捕れるって、走れっ!!」

 声の方に目をやると同じクラスの中澤瑞樹(なかざわみずき)君がボールを追って走っていました。
 瑞樹君とは小学一年生の時に話して以来仲良くなりました。カッコよくて優しいので女子からも男子からも人気があります。

「あれっ? どうしたの彩! 帰ろうよ!」

「あっ、ごめん。今行く!」

 校門で美咲が私のことを待っていました。美咲の家は近所なので部活の時はほぼ毎日一緒に帰っています。

「何見てたの?」

「なんでもないよ」

「わかった! 瑞樹君でしょ。彩クラスでもよく見てるもんなー」

「ち、違うって」

 頭をぶんぶんと振ります。美咲に隠し事はできません。すぐにバレてしまいます。

「えー、絶対そうだよ。カッコいいもんね。あっ! これこの前言ってた新しいやつ?」

 美咲は私のカバンに付いていたうさぎのストラップを掴んでそう言います。

「うん。可愛いでしょ」

「いいなー。私も買おうかなー」

「今度これの限定品が発売するんだって!」

「へぇー、彩また買いに行くの?」

「買いたいのは山々なんだけど平日だから無理なんだよね」

 このうさぎのストラップは人気商品で女子中高生の間で流行っています。
 今度発売する限定品は陸上とのコラボだそうで、うさぎのキャラクターのラビちゃんがバトンを持っていてとっても可愛いです。
 欲しかったのですが、発売日が学校と被ってしまっては学校を優先するしかありません。残念です。

「学校なら無理か。じゃ、また明日!」

「うん。ばいばい」

 十字路で美咲と別れました。
 夜にテスト勉強をしようと教科書を机の上に広げていると携帯電話が鳴りました。ベッドの上に置いていた携帯電話を手に取り画面を確認します。

 瑞樹君からのメールでした。『明日一緒に勉強しない?』と書かれていました。
 私は嬉しくてベッドの上をごろごろと転がります。枕を抱きしめたりなんかもします。

「彩! どんどんってうるさいよ!」

「ごめん!」

 お母さんに怒られ冷静になると再び机に向かいました。瑞樹君とは放課後図書室で勉強することになりました。

 次の日、教室に入ると瑞樹君が席に座っていました。私の席の斜め前が瑞樹君の席です。

「おはよう瑞樹君」

「おはよう。放課後よろしくな」

「うん。私、今週掃除無いから先に行ってるね」

「わかった。すぐ終わらせて行くから」

「はーい」

 この何気ない会話でも胸がドキドキします。それが瑞樹君にバレないよういつも通り自分の席に着き、机の中に教科書を入れます。

「彩、おっはよー!」

「おはよう美咲」

 美咲はいつも朝からテンションが高いです。

「ねぇ聞いてよ彩。朝ママに前髪切ってって頼んだらぱっつんにされたんだけど。酷くない?」

 綺麗に整った前髪を美咲が気にして触っています。

「大丈夫だよ。似合ってると思うよ」

「そう? 早く伸びないかなー。いいよね彩の髪型涼しそうで!」

「ありがと」

 私は、陸上を始めてから髪が長いと走るときの邪魔になるので、定期的に肩にかからないぐらいの長さに切ってもらっています。
 最近さらにほんの少しだけ短くしました。この髪型は自分でも気に入ってます。

「彩、何かいいことあったでしょ?」

「な、なんで?」

 本当に美咲は鋭いです。

「野生の勘ってやつかな」

 あはははっと美咲が笑います。野生の勘ってレベルではないと思います。何か美咲には特殊な力があるのでしょう。
 先生が来て授業が始まりました。テスト期間ということもあり、いつも寝ている人も今日はしっかりと起きてノートを取っています。

 順調に授業が進み放課後。いよいよ、瑞樹君との勉強会の時間です。
 私は、朝瑞樹君に言った通り一足先に図書室に向かうことにしました。カバンに教科書とノートを詰めて教室を出ます。すると、美咲に呼び止められました。

「彩! もう帰るの?」

 美咲に勉強会のことは話していません。瑞樹君と二人でする予定だったからです。それに二人きりが良かったからです。

「ちょっと、用事があるから……」

「ふーん、わかった。また明日ね!」

「うん。また明日」

 美咲は教室に戻って行きました。用事があるということに間違いはないのですが、親友の美咲に嘘をついてしまいました。勘のいい美咲です。そのことに気が付いたかもしれません。

 私は、図書室に入ると窓側の席が空いているか確認しました。陽当たりが良くて読書や勉強をするには最適なのです。

 授業が終わってすぐ来たということもあり、その席は空いていました。私は、そこに座るとカバンからプリントを取り出しました。瑞樹君が来るまでに宿題をやっつけておこうと思います。その最中に瑞樹君も来るでしょう。

 しかし、宿題が終わっても瑞樹君は図書室に来ませんでした。掃除はとっくに終わっているはずです。
 私は、教室に瑞樹君を呼びに行くことにしました。このままだとせっかくの時間がもったいないです。

 廊下を歩いていると教室から楽しそうな話し声が聞こえてきました。私のクラスからです。
 ドアの隙間から中を覗き込むと瑞樹君と美咲が楽しそうに何かを話していました。瑞樹君も美咲も笑顔で、とてもいい雰囲気です。

 私は、入っていける空気ではなかったのでドアの前に立っていました。

 すると、美咲と目が合いました。美咲が私の顔を見て薄っすらと笑いました。
 私は、さっきまで浮かれていた自分が恥ずかしくなり走ってその場を立ち去りました。

 教室の扉が開く音がして彩と瑞樹君が私の名前を呼んでいます。
 私は、それを無視して図書室に戻りました。私は気付いたのです。
 私にとって瑞樹君が特別だったとしても瑞樹君にとって私は大勢の中の一人にすぎないということに。

 勉強に誘ったのもただ単にわからないところを教えて欲しかっただけだったのかもしれません。
 私は、荷物をまとめて帰ることにしました。片付けていると瑞樹君が図書室に入ってきました。

「彩、遅くなってごめん」

「私、待ってたんだよ……美咲と何してたの?」

 別に私と瑞樹君が付き合っている訳ではないので瑞樹君が誰とどこで何をしてようと瑞樹君の自由です。
 でも、美咲とあんな楽しそうに何を話していたのか気になってしまいます。だって好きなのですから。

「いや、それは……」

 瑞樹君は言葉を詰まらせました。

「瑞樹君ごめんね。私、そういえば今日用事あったんだった」

「あ、うん」

 瑞樹君にも嘘をつきました。瑞樹君の横を急いで通り抜けます。
 家に帰り、できなかったテスト勉強をするべく机に教科書を広げました。「よし、やるぞ」と自分に言い聞かせて世界史の暗記を始めたのですが全然頭に入ってきません。放課後のことが頭から離れません。

 その日はテストも近いというのに勉強ができませんでした。

 翌日、出欠の際、瑞樹君の姿はありませんでした。先生のところには連絡が入っていないそうです。
 授業までの五分ちょっと、私は聞くのが怖かったけれど美咲にある質問をすることにしました。美咲の机の前に立って美咲を見ます。

「どうしたの彩?」

「美咲ってさ……瑞樹君と付き合ってるの?」

 これで美咲が『うん』と言えば諦めがつきます。
 すると美咲が目を丸くして顔の前で手を振りました。

「付き合ってないよ。あー、昨日のあれはそうゆうのじゃないから安心していいよ。もう可愛いな彩は!」

「えっ、じゃ、じゃあ何を話してたの?」

「えっと、ごめんね。それは言えない約束だから」

 教室に先生が入ってきました。授業が始まる時間です。
 言えない約束というのが気になりながらも二時間目まで授業を受けていると突然教室のドアが開きました。

「こら! 瑞樹、遅刻だ。もう昼だぞ!」

「すいません。寝坊しました」

 瑞樹君がふぁーあと欠伸をしました。

「寝過ぎだアホ! 早く座れ」

「うっす」

 クラスの数人が先生と瑞樹君のやり取りを見て笑っていました。
 瑞樹君は、筆箱を机の上に出すとさっきの先生とのやり取りとは打って変わって真面目にノートを取り出しました。

 二時間目の授業が終わり給食の時間になりました。すると、瑞樹君がガサゴソとカバンをいじってから私の前にきました。

「彩、ちょっといい?」

「う、うん」

 昨日の今日でなんだか少し気まずいです。
 瑞樹君の後をついて行ったら階段の隅まできました。ここはあまり人が通りません。給食を運ぶ人が数人通るだけです。

「昨日は勉強の約束してたのにごめん」

 瑞樹君が頭を下げました。

「いや、私の方こそごめん。約束してたのにちゃんと話も聞かないで帰っちゃって」

 瑞樹君は頭を上げるとポケットからビニール袋を出しました。ガサゴソいじっていたのはどうやらこれだったようです。それを私に差し出しました。

「えっ? 何これ?」

「開けていいよ」

 そう言われてビニール袋の中を見ました。そこには私の大好きな物が入っていました。

「限定品のラビちゃん! なんで!?」

「彩、今日誕生日でしょ。だから、昨日美咲に彩が欲しい物何かないか聞いたんだよ。何あげたらいいかわからなかったからさ。ちょっとそれで彩には勘違いされちゃったけど……」

 昨日の放課後の教室での出来事はそういうことだったのか。そうとは知らず私のあの態度ときたら。

「ごめんね。感じ悪かったよね」

「いやいや、全然大丈夫だよ。学校の時間に発売ですぐに売り切れるって聞いたから午前中の授業サボっちゃった」

 瑞樹君が歯を見せて笑います。

「それで今日遅れてきたんだ。ありがとう瑞樹君」

「喜んでくれて良かったー」

「じゃあ、美咲の言ってた言えない約束って……」

「うん。彩に話しちゃったらせっかくのサプライズが台無しになっちゃうから美咲には黙っててもらうよう頼んだんだ。美咲にもあとで謝らないとな」

 瑞樹君が苦笑する。

「私も一緒に謝る!」

 美咲に嘘をついてしまったことを謝ろうと思います。なんかずっとモヤっとしていました。

「それとさ、もう一つ言いたいことがあるんだけどいいかな?」

 瑞樹君が真面目な顔に戻った。

「何?」

 ふうっと瑞樹君が息を吐きだしました。

「彩のことが好きです。俺と付き合って下さい」

 私は自分の顔が赤くなっていくのがわかりました。瑞樹君がまた頭を下げて手を差し出しています。
 私はその手をちょこんと掴みました。

「お願いします……」

 顔を上げた瑞樹君と目が合いお互い笑いました。
 その後、教室に戻り瑞樹君と私は美咲に謝りました。そして、瑞樹君と付き合ったことを報告してお礼を言いました。
 美咲は「彩、おめでとう!!」と言って抱きしめてくれました。

 一方のテストはというと放課後に美咲を入れた三人で勉強会を図書室で開き三人共いい点が取れました。
 そして、私のカバンに付いているうさぎのストラップのラビちゃんは、私が歩くと二匹仲良く楽しそうに揺れています。