春の雨はあたたかい

雨音で目が覚めた。春の雨が降っている。時計の針は5時を過ぎたところを指している。窓の外はまだ暗いけど、もう起きる時間。寝床はリビングのソファーの後ろにある。音のしないように布団を畳み、洗面所で身支度をして、静かに制服に着替えて、エプロンをする。

タイマーを仕掛けてあるので、ご飯はもう炊けているはず。冷蔵庫から冷凍のおかずを取りだしてお弁当箱に詰めてゆく。大きめのお弁当箱と小さめのお弁当箱の2人分。大きめのお弁当箱は特に念入りに作る。ありがとう、がんばっての気持ちを込めて。

それから、洗濯機を廻して、朝食の準備。牛乳をレンジで温める。食パンを焼く。ハムエッグを作る。リンゴの皮をむく。簡単なものばかり。負担にならないようにと言われているので、そんなに時間は掛からない。

6時に家の主の圭さんが起きてくる。

「おはよう」

「おはようございます」

几帳面な性格で寝坊することがないのには感心している。洗面所でお髭をそって、顔を洗ってから、部屋に戻りスーツに着替えて、朝食のテーブルに着く。スーツがとっても似合っている。ネクタイもセンスがよい。同居を始めてから一度も私にだらしない姿を見せたことがない。

「いただきます」

「いただきます」

朝食を摂りながら、お互いに今日の予定を話す。圭さんは仕事が立て込んでいて、今日は少し遅くなるかもしれないとのこと。帰宅時間をメールしてくれるようにお願いする。温かい夕飯を食べさせてあげたいから。まるで新婚のお嫁さんみたいだけど、私はただの「同居人?」いや「居候?」いや「寄生虫?」。

7時になると圭さんが出勤する。お弁当を手渡すと嬉しそうに「ありがとう」といって持って行ってくれる。後ろめたい気持ちが少し癒される。

洗濯ものを干して、これでひと段落。でも今日は雨、乾きが悪そう。もう8時少し前なので、慌てて登校する。私は高校3年生。学校はここから30分位。8時半から授業開始。「いってきます」と家を出る。

あいにくの雨だけど。今日の雨はあたたかい。もう4月半ばになっているから。ここへ来た日、3月3日は冷たい雨が降っていた。

【3月3日(木)】
叔母に家を追い出され、いや自分でも望んで出てきた。ここに来た前日の夜のことだ。着の身着のまま、財布の中にはほとんどお金が入っていない。できるだけ遠くまでと切符を買って乗り継ぎながら、着いた駅が池上線長原駅。

地下から改札口を出て、休める場所がないか小雨の中を歩いてみたが見当たらない。雨が激しくなってきたので、駅に戻ってただ茫然と雨を見ていた。駅の時計は夜9時を過ぎている。ここに居ると雨に濡れない。しばらくここに居よう。

電車が着くたびに、仕事を終えた人たちが改札口から流れ出て家路へ急ぐ。冷たい雨、皆早く家へ帰りたいのだろう。私にはもう帰る家がないけど帰りたくもない、絶対に。時々私を見る人がいるけど、気にも留めず通り過ぎて行く。一人ぼっち、とても寂しくて悲しい。

「どうしたの」突然声をかけられた。見るとスーツ姿の真面目そうなおじさん。どうしよう、どう答えていいのかわからない。でも誰かにすがりたい。勇気を出して「助けて下さい」と言った。

「分かった、助けるけど、警察に連絡しようか?」

「それはしないでください。助けて下さい」

「じゃあ、どう助ければいいの?」

「家へ連れて行ってもらえますか?」

「良いけど、君のうちはどこ?」

「いいえ、あなたの家です」

「ええ・・」

「お願いします。助けて下さい」

「分かった。分かった。それならとりあえず家へ連れていくから、家で話を聞こうか」

「ありがとうございます」

おじさんは「ちょっとここで待っていて」といってコンビニに入っていった。そして、お弁当やお菓子など袋一杯に買ってきた。おじさんの家は駅から10分ほど歩いたところにあるという。

冷たい土砂降りの雨の中を相合傘でずぶ濡れになりながら歩いた。歩きながら、これからどうしようと考えた。知らない男の人の家へ行くということがどういうことかは分かっていた。

感じからして独身みたい。奥さんがいれば家へ電話して事情を伝えていたはず。でももう疲れているので少し休みたい。どうなろうとかまわない。どうせ失うものはもう何もないのだから。

ほどなくおじさんの家に着いた。1LDKの賃貸マンションだとか。思っていたより素敵なお家。オートロックの玄関を入ってエレベーターで3階へ。

「どうぞ、入って」

「すみません」

「独身者の部屋だけど、大丈夫?」

「大丈夫です」

部屋はひんやりして肌寒い空気で満ちていた。雨に濡れたせいか寒くて震えが出る。おじさんが暖房を入れてくれる。ソファーに座るように言われて座っていると、おじさんは毛布を持ってきて羽織らせてくれた。

それからお湯を沸かして温かい飲み物を準備してくれている。部屋は独身者というだけあって殺風景だけど片付いていてだらしないところが見当たらない。きちっとした人に違いない。少し安心した。

「とりあえず、ご飯を食べよう。お腹が空いてぺこぺこだから。君の分も買ってきたから食べなさい」

「ありがとうございます。いただきます」

私はお腹が空いていた。丸1日、ほとんど飲まず食わずだったから、はずかしいけどすっかり平らげた。必死に食べている様子はきっと見苦しかったに違いない。お腹が空いていてそんなことも気にならなかった。そして、おじさんが入れてくれた温かいお茶がおいしかった。やっと一息ついた。

「事情を聞かせてくれるかな」

私はどうこたえてよいか、本当のことを話すべきか、でも他人には話したくない話だから、しばらく考えていた。

「話せないようなこと」

「お願いします。ここに置いて下さい。なんでもしますから」

「それは困る。君は未成年だろう。親の許可もなくここに置くことはできない。捜索願でも出ていたら、僕は誘拐・監禁で警察に捕まってしまうよ」

「親はいません。捜索願も出ていないと思います」

「だから訳を聞かせて」

「何も聞かないでここにおいてもらう訳にはいきませんか?なんでもします。独身の一人住まいならお願いできませんか?」

「僕も男だから君に襲い掛かるかもしれないし、心配にならないのか?」

「もしお望みなら、好きなようにしてもらっても良いです。ですからここにおいてください」

「まあ、そこまでいうのなら。今はひどい雨が降っているのでこれから君の家へ送って行くのも大変だから、今日はここに泊まっていきなさい。ところで君は何歳なの?」

「ありがとうございます。17歳です」

おじさんは17歳と聞いて困ったような顔をした。迷惑がられているのはしかたがない。それに、もしおじさんが襲い掛かっても、もう覚悟はできている。それよりここにしばらく置いてもらえないだろうか。そればかり考えていお願いした。とうとうおじさんはあきらめたようで泊まることを承諾した。

「お風呂を沸かすから入りなさい。服が濡れているけど、女の子の着替えはないから、僕の男物でよかったらこれを着て」

トレーナーの上下と下着を持ってきてくれた。

「ありがとうございます。しばらく着替えてなくて、使わせて下さい」

「先に入って。バスタオルはここにおいておくから。心配しないで、覗いたりしないから」

「すみません。入ります」

お風呂に入ると身体が温かくなってほっとした。お風呂から上がったけど、着替えのトレーナーも下着も男物だ。サイズも大きい。でも着替えがないし、着ていたものは濡れているし、着る決心をした。

男物の下着はなんか変な感じがする。私の身長は155㎝だから、おじさんは170㎝位かな。トレーナーはだぶだぶ、恥ずかしいけどしかたがない。

テレビを見ているリビングのおじさんにお礼をいうと、ジッと見られた。やっぱり恥ずかしい。それからおじさんがお風呂に入った。

1LDKのマンションと言っていたが、大きめのリビングダイニング、キッチン、バス、トイレ、それにもう1部屋ある。2人でも十分住める。なんとしても住まわせてもらおう。独身の男性なら私を好きなようにしても良いといえば、住まわせてくれるだろう。そうすることに決めた。

すぐにおじさんはお風呂から出てきた。私のことが気になっているみたい。うまくいくかもしれない。

「君、名前は?」

山田(やまだ)美香(みか)といいます」

「事情は話したくなってからでいいよ」

「じゃあ、寝るとするか」

「君は寝室で僕の布団で寝てください。僕はこのソファーで寝るから」

「私がソファーで寝ます」

「良いから、布団で寝て、風邪をひくといけないから」

「じゃあ、そうさせてもらいます。お休みなさい」

寝室の布団で寝てくださいと言われて、覚悟して敷いてくれた布団に入った。おじさんの匂いがするけど、いやな匂いとは思わなかった。おじさんが布団に入ってきても良いと思っていたけど、いつの間にか眠ってしまった。

【3月4日(金)】
熟睡したみたい。カーテンのせいで部屋に光が入ってこないので、朝が来たことに気が付かなかった。寝室のドアをノックする音で目が覚めた。一瞬自分がどこに居るのか分からなかった。そうか、おじさんの家の布団の中。寝た時のままで何もされていない。

「おはよう。起きて。僕は会社に出かけるから」

「ごめんなさい。気が付かなくて」

「疲れていたみたいだね。簡単だけど朝食を作ったから食べる?」

「ありがとうございます。いただきます」

「その前に、歯磨きをして顔を洗って。歯ブラシと櫛とタオルを置いてあるから」

「すみません」

私は慌てて洗面所へ行って、身支度を整えた。髪を後ろに束ねてポニーテイルにした。テーブルに着くと、おじさんは私をジッと見つめている。明るいところで見ると、おじさんは結構若いみたい。昨晩は40歳前位には見えたけど30代前半? 顔はイケメンというほどではないけれど、目が可愛い。どちらかというとほっとするタイプ?

「事情を話してくれる気になった?」

「・・・・・」

やっぱり、おじさんは気掛かりなんだ。どうしよう話そうか。

「これから出勤だから、あまり時間が取れないけど」

「このまま、ここにおいてもらえませんか?」

「事情を聴かないとできないよ。年頃の娘さんと同居なんて」

「少し考えさせてください。もう1日置いて下さい」

「分かった。もう1日くらいなら。明日から土曜、日曜と休みになるからゆっくり話を聞こう」

「ありがとうございます」

「もう少したったら出かけるけど、昼食は冷蔵庫のストッカーに冷凍食品があるから、適当に電子レンジで温めて食べたら良い。それから、夕食はまたお弁当を買ってくるから待っていて。それと部屋から外へ出ないでくれないか。今、他の人に見られると何かとまずいと思うからテレビでも見ていて。でも自分の家へ帰りたくなったら帰っていいから。ここに予備キーを置いておくから、鍵を掛けて、玄関の郵便箱に入れといてくれれば良い。部屋は309号だから間違えないで」

「分かりました」

おじさんは出勤した。おじさんは私に何もしなかった。それより、もう1日おいてくれて話を聞こうと言ってくれた。真面目そうな人だ。頼めばなんとかなるかもしれない。それより、何とかしておいてもらえるように、掃除、洗濯くらいはしておこう。役に立つことが分かったらおいてもらえるかもしれない。でも勝手に部屋を掃除したりして怒られたりしたらどうしよう。いいや、もうその時は謝るだけ。

まず、朝食の後片付け、それから洗濯。丁度、自分の着てきたものを洗濯する必要があるし、おじさんの分もお洗濯。朝方は雨が残っていたけど、もう日が差してきている。夕方までには乾くと思う。

お風呂と洗面所のお掃除。次にリビングを掃除機でかけて、床を雑巾がけ、窓ふき、キッチンのシンクも磨く。寝室のお掃除、布団を上げて、ベランダで干す。寝室はおじさんの書斎になっている。本棚には整然と本が並んでいる。机の上にパソコンとプリンター。書斎は整理整頓されていて隙が無い。これはさわると叱られると思うから、床掃除だけに留めておこう。でもお掃除していると気が紛れる。

冷蔵庫の中を整理。食パン、マーガリンなどの朝食用の食材がいろいろ入っている。調味料はひととおりある。棚には缶ビールが5本ならんでいる。お米もあるけど、昨日は夕食にお弁当を買ってきていた。自炊はあまりしていないみたい。

冷凍庫には冷凍食品がいっぱい入っているのには驚いた。おにぎり、お好み焼、ピザ、スパゲティナポリタン、シュウマイ、餃子、チャーハン、チキンライス、ピラフ、今川焼、たれ付きチキン、枝豆、うどん、豚肉、牛肉、鶏肉、それにアイスノン。好みが分かるけど、お子様が好きそうなものばかり?

食器棚の整理。ほとんど食器がなくてガラガラ。ごはん茶椀、お椀、どんぶり、大きなお皿、白い深い皿、茶碗、コップ、コーヒーカップとソーサーだけ。あっても1つずつで2つと同じものがない。おひとり様分しかない。独身者に間違いない。彼女もいないのに違いない。どこにも女性の痕跡が全くないので間違いない。これは好都合かも?

お昼になったので、封が切られて半分残っていた冷凍ピラフをいただいた。あまり食欲がない。言われたとおり、テレビを見る。おいてもらえるか心配。

夕方、洗濯物を取り込んで、部屋の中をもう一度確認した。随分きれいになった。掃除したのが分かると思う。昨日着ていたものが乾いたので着替える。自分のものがやはりぴったりするけど、着の身着のままで一着しかない。あとはおじさんが帰って来るのを待つだけ。昨日と同じころなら9時過ぎになるかもしれない。
7時前だけど、ドアのカギを開ける音がする。おじさん? 随分早い。玄関へとんで行く。

「おかえりなさい」

「ただいま」

おじさんは私の顔を見て微笑んだ。私がまだここに居たのがうれしい?

「部屋のお掃除とお洗濯しておきました」

「ありがとう。随分きれいにしてくれてありがとう」

「お世話になっているので当たり前です」

「まあ、夕ご飯食べよう。新橋でおいしそうな弁当を買ってきた。同じ弁当だと飽きるからね。それにケーキも」

「いただきます。お昼は冷凍ピラフをいただきました。すみません」

「まあ、弁当を食べてから、話があればゆっくり聞こう。明日は土曜日で休みだし。晩酌に缶ビールを飲ませてもらうよ。少しアルコールを入れないとなかなか1日の緊張が解けなくて」

「お酌します」とすぐに冷蔵庫から缶ビールを出してコップを持って行く。いろいろ整理しておいて良かった。あり場所はもう分かっていたから、すぐに取り出して持って行ったら、おじさんが驚いた様子。

それから、テレビをつけて食事を始めた。何を話して良いのか分からないから黙って食べる。おじさんも話しかけてこなかった。テレビを見ていると間が持つ。食事を終えると手早く後片付けをしてあげる。

「せっかくだから、ケーキを食べよう。女の子はケーキが好きかなと思って買ってきた」

「ありがとうございます。優しいんですね。お湯を沸かします」

食器棚にはカップが1つしかないことが分かっているので、お茶碗を並べる。おじさんはコーヒーをドリップで丁寧に入れた。コーヒーが好きなんだ。私はティーバッグの紅茶を茶碗でいただいた。

「事情を話してくれる気になった?」

「ここにおいてくれると約束してもらえますか?」

「約束はできないけど、事情にもよるかな」

おじさんは私をジッと見つめている。話そうか1日迷ったけれど本当のことを言わないとおいてもらえないと思って、今までのことを話すことにした。

自分が思っていたよりも、淡々と話すことができた。まるで他人のことのように。自分のこととは思いたくなかったのかもしれない。あんなに悲しかったのに、最後まで涙が出なかった。

中学3年の時に両親が交通事故で他界した。一人残された私は子供のいない叔母夫婦に身を寄せることになった。叔母は母親の妹で母と仲は良くなかった。アパート住まいで生活も楽ではなかったようだが、事故の保険金もいくらかはあったのでしぶしぶ私を引き取ってくれた。叔母夫婦は共働きであり、高校までは行かせてくれるとの約束で、家事を私がやることになった。

叔母の夫は酒好きで、酔って帰って叔母や私に暴力を振るうこともあった。高校2年の夏に、叔母がパートで外出していた夜に、叔父が布団に入ってきて力づくで私を奪った。それから、叔母がいないと私の身体を求めてきた。抵抗すると殴るけるの乱暴を受けた。一昨日、叔母が偶然帰って来たので、叔父との関係が叔母に分かって、叔母から出て行けといわれた。それで着の身着のままで家を出てきて、行く当てもなく電車を乗り継いで、2日目に長原までたどり着いた。

圭さんは私の話を聞き終えると「そうか」と言って、しばらく黙って考え込んでいた。

「事情は分かった。僕も中学1年生の時に両親と妹を交通事故でなくしたから、立場と気持ちは良く分かる」

「あなたもそうなんですか」

「僕は幸い父方の両親が健在だったので、引き取って育ててくれた。ただ、祖父は定年退職後の年金生活だったので、事故の保険金があったとはいえ、僕を育てるのは大変だったと思う。頼りにしていた一人息子が突然なくなったので、その悲しみは大変なものだったに違いない。ただ一人生き残った孫なので大切にしてくれて、再就職までして育ててくれた。祖父は大学1年の夏に他界した。幸い住む家があったので、祖母と二人で生活して、僕はアルバイトをしながら何とか卒業して就職することができた。就職先が決まるのとほぼ同時に祖母は安心したのか他界した。だから今は天涯孤独の身だよ」

「それなら、なおのことここにおいてください。なんでもしますから。帰るところがないんです。私を自由にしてもらっても良いんです。お願いします」

「事情はよく分かった。力を貸そう。ここは狭いけど2人で住めないことはないから、しばらくはここにいてもいいよ。その間にいろいろな問題を解決して行こう」

「ありがとうございます。おいていただけるだけで良いんです。家事でも何でもします」

良かった。しばらくはおいてもらえそう。話を聞いて、私への態度が変わったみたい。おじさんも同じ境遇だったとは、それに妹さんも不幸に遭われたなんて、その悲しみを私は分かる。

「これからの問題として、叔母さん夫婦に了解を得ておかないといけないと思う。それに高校をどうするか、あと健康保険などをどうするかとか、お金だけで解決できないことがいろいろあるけど、まかせてくれるかな。事情が分かったから悪いようにはしない。力になるから、安心して」

おじさんの真面目な性格からか、どんどん具体的に話が進みそう。まかせてもいいのかな、いやもう任せるしかない。良い人のようだから。

「ありがとうございます。駅で目が合った時に直感的に良い人と思いました。お願いしてよかった」

「ただ、今の話は本当だね」

「本当です」

「じゃあ、今日はここまでにして、お風呂に入って寝よう。少し方策を考えてみる。仕事で弁護士さんともつきあいがあるから、それとなく相談してみるよ」

おじさんに話をしてよかった。おいてもらえることになった。ほっとしていると、おじさんがお風呂の準備を始めた。先に入ってといわれたが、おじさんに先に入ってもらった。あとからお風呂に入って、また借りたトレーナーを着てリビングへ行く。

「トレーナーでは可哀そうだから、明日、近くの店へ着替えを買いに行こう。ここには女の子の着るものがないから。それと布団をもう1組買おう。食器ももう1組必要だね」

「本当においてもらえるのですね、ありがとうございます。それからなんと呼べば良いですか」

「まだ、名前を言っていなかったかな。僕は、石原(いしはら)(けい)、32歳、会社員。圭さんとでも呼んでくれれば良い」

「君は山田美香だったね。美香ちゃんで良いね」

それから、昨晩と同じように、私は寝室の圭さんの布団で、圭さんはリビングのソファーに、分かれて就寝した。やっぱり圭さんは私を求めてこなかった。
【3月5日(土)】
朝、薄明るいのに気が付いた。まだ6時。昨晩、圭さんに明日は休みだから遅くまで寝ていようねといわれていたけど、目が覚めるとジッとしていられない。音がしないように起きて洗面所で身繕いを済ませる。圭さんはソファーで毛布をかぶってまだ寝ている。ソファーは寝苦しそうだ。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。音がしないように朝食の準備に取り掛かる。

テーブルに出来上がったものから静かに並べてゆく。トースト、サラダ、ハムエッグ、ホットミルク、食器は一組しかないのでバラバラな食器に朝食が載っている。圭さんが起上ってこちらを見ているのに気が付いた。

「おはよう」

「おはようございます。ごめんなさい。起こしてしまって」

「どうしたの」

「朝ごはんを作っています」

「ありがとう、でも今日は休日だから遅くまで寝ていて良いのに」

「冷蔵庫にあった材料で作りました。良かったら食べて下さい」

テーブルの上に準備された朝食を覗き込むと、すぐに洗面所へ行って身支度をしてきた。私の向かい側に座って「ごちそうになります」と言って食べ始めた。無言だ。時々私をチラ見する。まんざらでもないようで、嬉しそうに残さず食べてくれた。満足してくれたみたいで作ったかいがあった。少しは感謝の気持ちが通じたかな?

10時になったら、私の身の周りのものを買いに近くへ買物に行こうと言ってくれた。確かに、着の身着のままで出てきたので、下着の替え一つないのだからありがたいと思いそうさせてもらうことにした。

マンションの玄関で管理人さんに私を紹介してくれた。私は田舎から遊びに来た姪と言うことになっていて、しばらく滞在すると言ってくれた。圭さんは、独身者が未成年の女の子を部屋に泊めていることを不審に思われないように知恵を絞ったみたい。でも3月の今頃、春休みでもないのに私のような年頃の女の子が泊まりに来ているなんて、少し考えればおかしいと思う。

姪ということだから、手をつないでも構わないだろうと、恐る恐る圭さんと手をつなぐ。圭さんが私の顔を見たので、私は笑顔を返したけど、ぎこちない笑顔だったように思う。圭さんは手をつないでくれた。受け入れてもらえたのが嬉しかった。

ユニクロへ行った。気に入った下着や部屋着をそれぞれ4~5着選ぶように言われた。これから暖かくなるので春物を見ていると、圭さんは自分のものを買うといって男子の売り場へいった。着るものがないので買ってもらった。圭さんに何度もお礼を言った。

それから、布団屋さんへ行って、私のために布団一式を購入してくれた。夕刻に届けてくれるように頼んでいた。これで圭さんは自分の布団で眠れる。

あと、総合スーパーでもう1人分の食器を購入して、圭さんのリュックに入れた。かなり重い。私のために本当に申し訳ない思いでいっぱいになる。ここまで相当な出費になっている。私は何度も何度も圭さんにお礼を言った。圭さんは「気にしないで」とだけ言った。

お昼はバーガーショップでハンバーガーセットを食べた。ハンバーガーなんて久しぶりでおいしかった。こうして2人で食べているとほっとして気持ちが明るくなってくる。

外食やお弁当は高くつくのでこれからは私が料理するからと言って、スーパーの食品売り場で、野菜、果物、肉類、牛乳、パンなどおよそ1週間分の食料を購入してもらった。かなりの量になったけど、二人で分担して運ぶ。帰り道、圭さんはどことなく楽しそうに食品の入った袋をぶらさげて歩いている。私も嬉しいような楽しいようなそんな気持ちで歩いて帰った。

帰ってから買ってきたものの片付けなどをしてから少し休憩。洗濯物の取り込みをしていたら、もう5時近くになっていた。夕食の準備を始めなくちゃ。そういえば今日の献立を考えていなかった。とりあえずボリューム感のあるシチューを作る。あと、冷蔵庫に前からあった卵で卵焼き、ほうれん草のお浸し、ごはん。妙な取り合わせになったけど最初だから良いかな。

圭さんは、おいしいおいしいと言って食べてくれた。私は嬉しくて笑った。笑ったのは久しぶり。私が笑ったので圭さんも笑った。私は改めて同居させてもらうことのお礼を言った。圭さんはこのときも「気にしないで」と言っただけだった。

丁度6時に布団が届いていた。夕食の後、リビングのソファーの後ろに場所を作って、そこに布団を敷くことにした。始めは圭さんが「僕がここで寝るよ」と言ってくれたけど「私がここで寝ます、圭さんはこの家のご主人なのだから寝室で寝てくれないと困ります」と頼んでそうしてもらった。

リビングのその場所は死角になっていて、どこからも見えない空間だった。寝ているところは見られないし、座って着替えをすれば見られない。でも圭さんは絶対に覗きには来ないし近づかない。これは間違いない。

圭さんはお風呂に入ってから自分の部屋に引き上げた。リビングの後ろが私の居場所になったのでソファーに座るのを遠慮したみたい。それに、女の子の私が居ると落ち着かないみたい。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

お風呂に入って身体を丁寧に洗って、今日買ってもらった下着と薄手のかわいいトレーナーを着た。私は決心していた。圭さんの部屋のドアをノックする。どうぞと言われたので中に入った。圭さんは布団に寝転んで、小型のテレビを見ていた。私は躊躇なく布団に入って圭さんにしがみついた。

「抱いて下さい。お願いします。もう、これくらいしかお返しできません」

「ばかなことを言わないでくれ、そんなつもりで同居させる訳ではないから。事故で亡くなったけど、僕にも妹が居て、もし僕も死んで妹が生き残っていたら、今の君と同じ境遇にいたかもしれないと思ったら、力を貸さずにはいられなくなっただけだから」

「抱いて下さい。叔父に汚された身体ではいやですか」

「今、美香ちゃんを抱いたら、それこそ叔父さんと同じことをしていることになる。同居させてもらうという君の弱みに付け込んでいるのと同じだから」

「私が嫌いですか」

「いや、いや、なかなか可愛い良い子だと思っている。料理も上手だし。でも今は絶対に抱けない」

「お願いします。でないと私も困ります」

「良いかい、淫行条例というのがあって、18歳未満とみだらなことはしてはいけないことになっている。それほどいうのなら、美香ちゃんが18歳になったら考えてみよう。18歳になって、その時、僕のことが好きになっていたら考えてもいいよ」

「今でも好きです」

「いや、違うと思う。今お礼のためと言ったじゃないか」

「分かりました。18歳まで待ちます。それで私のことが好きになったら抱いて下さい。お願いします」

「約束しよう」

「ありがとうございます。それから今日は朝までここに一緒に居させてください。抱かなくても良いですから。お願いします」

「まあ、それで気が済むなら良いよ。おやすみ」

圭さんはテレビを消して背中を向けるとじっとして動かない。少し離れているけど、圭さんの身体の心地の良い温かさが伝わってくる。圭さんは私に好意を持っていてくれていることが分かった。それから、18歳になったら抱いてくれると約束してくれた。つい口から出てしまった言葉かもしれないけれど。

同じ布団で寝ているのに身体が離れているので寂しい。抱きしめて寝てほしいといえばよかった。動いたら邪魔になると思うのでじっとしている。そんなことを思っていたら眠ってしまったみたい。

夜中に悪い夢をみた。叔父さんの夢。驚いて目が覚めて、怖くて悲しくて、そばで寝ている圭さんにしがみついた。圭さんは目を覚ましたみたいだったけど、抱きついたままにしておいてくれた。圭さんの匂いがする。温かくて心地よい。また、眠りに落ちた。
【3月6日(日)】
圭さんが寝返りを打ったので目が覚めた。枕もとの目覚ましは7時少し前。今日は日曜日。昨夜は圭さんの布団の中で眠らせてもらえた。抱いてもらえなかったけど、受け入れてもらえて安心した。

そっと布団からぬけ出す。ドアを静かに開けて部屋の外へ。音を立てずに身支度を整えると、昨日買ってもらった部屋着に着替える。そして朝食の準備。

8時になったころ、圭さんが起きてきて、新しい部屋着に着替えた私をジッと見ている。私は昨夜のこともあって照れくさいので無理に笑顔を作って「おはようございます」と言ったら、圭さんもつられて微笑んだ。そして「それ、なかなか可愛いよ」と私の選んだ部屋着を褒めてくれた。

準備した朝食を2人で食べていると、圭さんが真面目な顔をして話し出した。

「今日は日曜日なので、叔母さんのところへ行って美香ちゃんとの同居の了解を取り付けてくるのはどうかな?」

「叔母夫婦にはもう会いたくありません。このままにしておいてください」

「美香ちゃんはまだ17歳の未成年だから、同居するには親族の同意が必要だよ」

「でも会いたくありません」

「それなら、僕一人で行って、同居の承諾をもらってくるよ」

「もし、お願いできるのなら、そうしてもらえるとうれしいけど。申し訳ありません。お願いします」

「僕にできることはしてあげるつもりだから。今日は日曜日だから叔母さん夫婦も休みだろう。今日行ってこよう。まず在宅か確認しよう。電話番号を教えて」

圭さんはすぐに電話してくれた。そして「美香さんのことでお訪ねしたい」と言って、午後1時に2人をアパートに訪ねる約束を取り付けてくれた。アパートは西新井にあるというと、圭さんはここからは結構時間がかかるから11時には出発しようという。

私は、4階建てのアパートが見えるところまで圭さんを案内して、2階の203号だと教えた。そして、できれば私の荷物を少し持ってきてほしいと頼んだ。圭さんは「大丈夫だから心配しないで、話をつけてくるから」といってアパートに入って行った。

私は来る途中の公園で待つことにした。30分くらいで圭さんが公園へ戻ってきた。私を見ると「うまくいったよ」と笑顔を見せた。そして同居の承諾書を貰って来たとその書類を見せてくれた。叔母夫婦の署名と印鑑が押されていたので安心した。私が早く帰りたいというと圭さんは「そうしようか」といってすぐに駅に向かってくれた。

帰りの電車の中で、叔母夫婦にもう私に会わないことを約束させたこと、私の荷物を引越し屋が引き取ること、また連絡先は圭さんの会社にすること、叔母さんの勤務先の電話番号を聞いてきたことなどを話してくれた。圭さんは社会人だけあってしっかりしていて頼りになると感心した。

家に帰ると、緊張していたのか、疲れがどっと出たみたい。ソファーに座り込んでいると、圭さんがお菓子を持ってきてくれた。お菓子がおいしい、元気が出てくる。私が食べている間に圭さんは引越し屋さんに今度の日曜日の荷物の引取を電話で依頼してくれた。引越し屋さんには先方に引越し先を教えないように何度も念を押していた。本当に慎重な人だ。

お菓子を食べて1時間も休むと元気になったので、夕食の準備を始める。今日はカレーライスにした。疲れていたので簡単にできるものにした。

「ごめんなさい。昨日はシチュウで今日はカレー、同じようなものでばかりで。今日は少し疲れたので、ちょっと手を抜かせていただきました」

「いや、おいしいよ。毎回ありがとう。でも無理しないで。たまには冷食でもいいんだよ」

「こんなことしかできなくて、すみません。できるだけ作ります」

「今週の半ばに、1日休暇をとるので、住民票を移動するのと、美香ちゃんの高校に行ってみようと思うけど、どうかな。近くの学校へ転校ができるかどうかも聞いてみないと」

「高校へ通わせてくれるんですか?お金かかりますよ」

「それくらいのゆとりはあるから気にしないで。叔母さんに美香ちゃんの面倒は僕が見ますと啖呵を切ってきた手前もあるから」

「何といって良いのか分かりません」

「そんなに気にするのなら、家事一切をお願いできるかな。その代り、学費と生活費を僕が負担することで良いんじゃないか」

「何も言うことありません。本当にそれだけで良いのですか。私を自由にしてくれても良いのですよ」

「もうその話はしないでほしい。昨晩も言ったとおり、美香ちゃんが18歳になったら考える。そういうことで良いんじゃないか」

「分かりました。家事一切をやるということでお願いします」

圭さんがそれで良いと言うなら甘えることにしよう。家事一切と言っても、今まで叔母さんの家で通学しながらしてきたからできると思う。圭さんにできるだけのことをしてあげれば良いのだと思うことにした。ひょっとしたら、圭さんは私のことを気に入ってくれたのかもしれない。
【3月7日(月)】
玄関のドアの鍵を開ける音がする。圭さんが帰ってきた。すぐに玄関までお出迎え。

「おかえりなさい」

「ただいま」

圭さんはどことなく嬉しそうに微笑んでくれる。

「食事の用意できていますけど」

「ありがとう。お腹がすいたので、すぐに食べたい」

圭さんは寝室で部屋着に着替えてリビングへ戻ってくる。

「今日は炊き込みごはんにしてみました。私も食べたかったので」

「いろいろ作れるんだ」

「お金がかからない献立です。余り物でできますから」

「おいしい。お代わりある」

「あります。おいしいと言ってもらえて嬉しいです」

「今日、叔母さんに電話して美香ちゃんの健康保険のことを聞いたけど、叔母さんの扶養家族からはずしてもらうように頼んでおいた。書類が来たら一日休暇を取って、住民票の移動や健康保険の手続きをするからね」

「分かりました」

「それから、どこの高校に通っていたの?」

「足立区にある都立の高校です」

「ここから通うのは大変だから、近くへ転校できないか相談にいってみよう」

「本当に高校に通わせてくれるのですか?」

「もちろん、そのつもりだけど」

「できれば、転校して新しい学校へ移りたいです」

「分かった。少し時間をもらうよ」

【3月11日(金)】
圭さんの会社宛てに私の健康保険の書類が届いたという。私の誕生日が6月18日なのが分かって「18歳までもう3か月なんだね」と言った。そして「来週の火曜日に休暇を取るから、区役所と学校へ行くことにしよう」と言ってくれた。圭さんありがとう。

【3月13日(日)】
午後3時過ぎに私の荷物が届いた。勉強机に椅子、小さな書棚、あと段ボール箱5個、プラケース1個。

「叔母さんは、持ち物全部を送ってくれたみたい。良かった」

「身の回りのものが届いて良かったね」

「私はやっかいものだったから」

「交通事故の保険金があったんじゃないの」

「数百万円はあったはずだけど、叔母夫婦が使ってしまったみたい」

「それはひどい話だ」

「高校の授業料や教材費などは出してくれたけど、お小遣いなどはくれなかった」

「諦めるしかないか」

「もう諦めています」

私の荷物は圭さんに聞いて空いている場所に置かせてもらった。圭さんは独身で元々荷物が少ないので、私の少ない荷物は難なく収まった。荷物が届いたので、気持ちが落ち着いた。これで圭さんに負担をかけずに済むと思うと少しだけどほっとした。

【3月14日(月)】
圭さんが高校へ電話してくれて、担任の山崎先生と明日の11時に会う約束がとれたという。女の先生で、私のことをとても心配していていろいろ聞かれたけど、重要な話なので、その時にお話しすることにしたそうだ。山崎先生には心配をかけたので、会って謝らないといけない。

【3月15日(火)】
今日は区役所と学校へ出かける日。圭さんは休暇を取ってくれた。2人分のお弁当を準備する。私は高校の制服に着替えた。もう着ることもないと思っていたけど、学校が懐かしい。

9時に出発して、足立区役所で転出の手続きを済ませた。圭さんに必要になるといわれて生徒手帳と印鑑を持って行ったけど手続きがすぐに出来た。

そして、11時少し前には学校に着いた。今日が3月15日だから3月1日以来、2週間ぶりの学校だ。なつかしい。職員室へ行って山崎先生に声をかけた。先生はすぐに私たちを応接室に案内してくれた。しばらくすると副校長が入ってきた。2人で話を聞くという。圭さんは2人と名刺を交換してから、私に今までのことを話すように促した。

私は、両親が事故で無くなってから、叔母さん夫婦に引き取られたこと、叔母さんの家での生活のこと、叔父さんとのこと、それがもとで叔母さんの家から家出したことなど、順序を追ってできるだけ淡々と話した。話をしているとき、思い出して悲しくなって泣きそうになったけど我慢した。

山崎先生は、それを聞いて、自分もかつて同じ境遇だったと話した。ただ、先生はは幸い子供のいない叔母夫婦に大切に育ててもらったと話した。先生も同じ境遇だったなんて知らなかった。

それから、圭さんは駅で偶然に出会って家に連れ帰ったこと、叔母さん夫婦に同居の許可を貰ったこと、転出届をしてきたことなどを同居の承諾書や転出証明書を見せながら説明した。

「私は、美香さんとは全くの他人です。雨の日に偶然、家に泊めてあげただけです。ただ、私も美香さんや山埼先生と同じ境遇で祖父母に育てられました。妹がいたのですが、両親と共に亡くなっています。それで、美香さんの話を聞いて、他人事ではないような気がしまして、差し出がましくこのようなことになりました」

「事情は良く分かりました。でも、山田さんは17歳の未成年です。独身男性と同居されるのはいかがなものでしょうか?」

「副校長のご心配はごもっともです。淫行条例も知っています。自分は保護者として美香さんを同居させるつもりです。みだらなことは一切していませんし、今後もそのようなことはないとお約束できます」

「これは私の方からお願いしたことです。最初は断られましたが、家に帰れない事情を話して受け入れてもらいました」

「私は担任として、山田さんの希望どおりにしたら、良いと思います」

「叔母さんから承諾を受けていますし、叔父さんとのこともあるので、同居は認めるにしても、山田さんの学業はこれからどうしますか」

「そのことをご相談に伺った次第です。学費は私で負担しますが、今住んでいるところが、大田区の長原というところで、ここまで通学するのはかなり大変です。転校などは可能でしょうか?」

「試験の成績にもよりますが、事情があれば、不可能ではないです」

「手続きを調べてみますが、山田さんはここ2週間欠席していて、3学期の期末試験を受けていませんので、追試験を受けてもらわなければなりませんが、できますか?」

「大丈夫です。追試験を受けさせてください」

「今週の木曜、金曜の2日間でできるように各課目の先生にお願いしてみます。後で試験の時間割を電話でお知らせします」

「ありがとうございます。それではよろしくお願いします。それから、今回の件は美香さんのために、内密にしておいていただけますか」

「分かっています。山田さんに迷惑のかからないように配慮します」

学校からの帰り、近くの公園で、圭さんと2人でお弁当を食べた。

「学校に2人で説明に来てよかったね。なんとか事情を分かってくれて、同居も認めてくれたみたいだ。転校もできるかもしれない」

「山崎先生でよかった。同じ境遇とは知らなかったわ」

「追試験は大丈夫?」

「教科書が届いたので、帰ってから復習します」

「転校できるといいけど、できなければ通学時間が長くなるけど、今の学校で良いじゃないか。話の分かる先生方がいるから」

「近くの方が、家事が十分できるから良いんですけど」

「家事の心配は無用だ。近くだとクラブ活動もできるし、転校できると良いね」

「できれば心機一転、新しい学校へ行きたいです」

それから、電車に乗って、長原の近くの大田区役所の出張所で転入の届出をして、圭さんは叔母さんから送られてきた保険組合の書類を添えて私の国民健康保険加入の手続きをしてくれた。これで病気になっても大丈夫と圭さんは安心していた。家に帰ると私はノートを出して追試験の勉強を始めた。

【3月17日(木)18日(金)】
私は、木曜と金曜にお弁当を作って、学校に追試験を受けに行った。学校で友達に会えていろいろな話ができて楽しかったけれど、休んだ理由や同居のことなどは一切話さなかった。

山崎先生は、気が付かないで、辛い時に相談に乗って上げられずに、ごめんねと謝っていた。そして、転校はできるだけ頑張ってみると言ってくれた。圭さんは、転校がだめだったら、ちょっと時間がかかるけど、通学したら良いと言ってくれた。その時はお願いしますと頼んだ。

【3月19日(土)、20日(月)春分の日、21日(火)代休】
期末試験の追試験が終わって、諸手続きも一段落した。3連休だけど、圭さんは、これからの2人の生活に必要なもののショッピングに出かけようと誘ってくれた。

調理に必要な器具を2~3点、食器も買い足した。それから、もっと年頃の女の子のような服装にさせたいといって、渋谷の若い子向けのショップへ連れていってくれた。そして気に入った服を何着でも買ってくれるという。

私は遠慮したけど、同居するとこれから一緒に出掛けることもあるので、それ相応の服を着てもらわないと恥ずかしいといわれた。圭さんが恥ずかしい思いをしないように買ってもらうことにしたけど、内心とっても嬉しかった。圭さんにも選んでもらったけど、圭さんはとても楽しそうだった。

それから、私が一番驚いて嬉しかったこと。圭さんは会社の女の人に聞いて、表参道の有名なヘアサロンを予約してくれていた。店に着くと、女子高生だけど本人の良さが引き立つ可愛い髪形に仕上げてほしいと頼んでくれた。席について希望を聞かれたけど、私はおまかせしますと答えた。圭さんは少し離れたところにあるソファーに座ってこちらを見ている。

私はいつも自分で髪を適当に切って後ろに束ねてポニーテイルにしていた。どうなるものかと鏡を覗き込む。まず、ショートカットに切り込まれた。そして見ている間に仕上がって行く。自分でも、これは結構可愛いと思えるようになって行く。さすがに有名店、とても気に入った仕上がり。まるでテレビに出てくる女の子のような可愛い髪形になっていて驚いた。

ソファーの圭さんのところへ行くと、驚いたようにジッと見つめてくる。そして「すごく可愛く仕上がったね、見違えた」と言ってくれた。私は、とっても嬉しくて、ありがとう、ありがとうと何度もお礼を言ったけど、圭さんもとても嬉しそうだった。圭さんが嬉しそうにしているのを見ると私も本当に嬉しい。
【3月24日(木)】
夜中にまた悪い夢を見た。叔父さんの夢。目が覚めて、怖くて悲しくて、一人でいるのが辛くなった。身体がひとりでに震える。それで、拒まれるのを覚悟して、圭さんの部屋に行って、布団に中にそっと入った。やっぱり、圭さんは目を覚ました。

「どうしたの」

「いやな夢を見たので、ここに朝まで居させてください。お願いします」

「どんな夢? よかったら聞かせて。美香ちゃんが家へ来た時のころだったかな、僕の布団に入って寝た時、夜中に急にしがみついてきたことがあった。その時、怖い夢を見ているようだったのを覚えている」

「そのうち、話します。お願いします、抱いてくれとは言いませんが、抱き締めてもらえませんか?」

「うーん。抱き締めるくらいは良いか。それで、悪い夢を見ないで眠られるのなら。じゃあ、背中を向けて、後ろからなら抱き締めてあげる」

私が背を向けると、圭さんが後から少しぎこちないけど抱き締めてくれる。その腕にしがみつく。背中が温かかくて心地よい。そのうち圭さんの腕の力が少しずつ抜けていくのが分かる。私も眠りに落ちていく。

朝、寝床の中で顔を合わせるのはなんだか照れくさいので、圭さんが目を覚ます前に、布団を静かに抜け出した。キッチンで朝食を作って、圭さんが起きてくるのを待っている。

「昨晩はありがとうございました。おかげでよく眠れました。邪魔でよく眠れなかったのではないですか、すみませんでした」

「いや、美香ちゃんは小柄だから柔らかい湯たんぽを抱いているみたいで、温かくてよく眠れたよ」

「じゃ、毎晩いいですか」

「だめ、突然ムラムラして美香ちゃんに襲い掛かってしまうかもしれないから、絶対にだめ。我慢できる自信がないから。昨晩は特別でこれで最後にして」

「残念ですが、圭さんは絶対そんなことないと思います」

「でも嫌な夢、早く見なくなるといいね」

それから、3日目の夜中に、また、私は圭さんの布団に入りに行った。圭さんが目を覚ました。

「どうしたの、前回が最後のはずだけど」

「いやな夢を見たので、今晩もお願いします。昨晩もその前の晩も毎晩、夢をみるので、もう我慢できなくなって、どうかお願いします」

「ずっと、見ていたのか、かわいそうに、良いよ、ここにいて」

「僕と一緒に寝ると悪い夢を見なくて済むの?」

「安心するみたいで、悪い夢は見ないです。それより、買い物に行った楽しい夢をみます」

「それなら、一緒に寝ることを考えてみても良いけど」

「話を聞いて下さい。話をしたものかどうか、この話をすると圭さんが私を嫌いになると心配して、しばらく考えていました。でも圭さんに聞いてもらうと気が楽になるかもしれないと思って」

「聞かせてくれる」

私は、覚悟を決めて、叔父さんとのことを話し始めた。

叔父は見た目は良いがどちらかと言うとぐうたらな男で、会社勤めはしていたが、働くのは嫌いで、給料はほとんど自分で使っていた。でも生活は叔母に頼っていたこともあり、叔母にはとても優しかった。ただ、酒癖が悪く2人に暴力を振るうこともあった。叔母は生活のために週に2回は夜のパートにも出ていた。

高校2年の8月、叔母さんがパートで外出した晩に、お風呂から上がって布団に入ったとき無理やり奪われた。それからは叔母がいないときに身体を求められて、いやがって抵抗すると暴力を振るわれた。叔母に話すというと、そうすればお前もここに居られなくなると脅された。

そのうちアダルトビデオを買ってきてそれを見せて同じことをさせるようになっていった。いやでいやでしかたなかったけれど段々抵抗する気力もなくなって家を出る前はもうなすがままになっていた。

それで、叔母に見つかって、私が叔父を誘惑したみたいに思われて、出ていけと言われた。それまでずっとそんなことから逃れたいと思っていたので、思い切って出てきた。

私は、最初はできるだけ他人事のように話していたけど、その時を思い出すと、我慢しきれずに泣き声になって、最後まで話し終えると、わんわんと大声で泣いてしまった。圭さんも話を聞いて泣いてくれた。そして、泣きじゃくる私を抱きしめてくれていた。

「話して、気が楽になった?」

「本当は話したくなかった。私を嫌いになると思ったから」

「いや、話を聞いて美香ちゃんが愛おしくなった」

「ここにおいてもらってから、早く忘れたいと思っているけど、夢に見るの」

「僕のそばで寝ていると楽しい夢をみるのなら、これから悪い夢を見そうな夜はそばで寝ていてもいいよ」

「本当に、うれしい、きっと良い夢が見られそう。でもやっぱり抱いてはくれないんですね」

「18歳になるまではね」

「私は圭さんに抱かれると、悪いことが忘れられるような気がして、抱いて下さいとお願いしたのです。圭さんになら叔父さんにさせられたことでもなんでもします。圭さんにさせてもらうときっと悪い思い出が忘れられると思います」

「美香ちゃんの気持ちは良く分かった。だけど今はそばで寝るだけ、抱きしめるだけにしてほしい」

泣きじゃくる私を抱きしめてくれた時、圭さんは何を考えていたんだろう。すごい力で抱きしめられた。息ができなくなるくらい。嬉しかった。本当にこのまま抱いてほしかった。圭さんは真面目過ぎる。でもそれが圭さんの良いところ、信頼できるところ。言われたとおり、18歳になるまで待てば良いのだから。

それから、圭さんは私を後向きにして、そっと抱きかかえるようにして寝てくれた。今の私はこれで十分だ。背中が温かくなるとすぐに眠りに落ちた。
【3月29日(火)】
学校から、田園調布にある高校の転入試験の書類が届いた。二人で山崎先生にお礼の電話をかけた。山崎先生からは、4月4日(月)に願書出願、5日(火)に試験及び合格発表、合格した場合は6日(水)正午までに入学手続きを終えることになっているので必要書類を準備することと、事前に高校を訪問しておくこと、その時には佐藤先生に連絡するように言われた。佐藤先生とは親交があるので事情を説明しておいたとのことだった。

【3月30日(水)】
翌日、圭さんが会社から佐藤先生に電話して学校訪問について相談してくれた。佐藤先生は男の先生だったとか。そして4月1日(金)の午前11時に2人で訪問することになった。圭さんは午前中会社を休んでくれる。

【4月1日(金)】
高校は池上線御嶽山駅から徒歩6分とかなり近い。10時30分に家を出て二人で向かう。入口で佐藤先生に会いに来たことを伝えると先生は玄関まで迎えに来てくれた。案内されて応接室へ。やはり女性の副校長の二人との打合せとなった。圭さんが名刺交換をする。

「山田美香と保護者の石原圭です。美香に転校試験を受けさせていただけるとのこと、ありがとうございます。ご挨拶に参りました。よろしくお願いいたします。山崎先生から事情を説明していただいていると思いますが」

「山崎先生から話は聞いています。石原さんはしっかりした方だから、会って話されると良いと言われています。事情は副校長も承知しています。試験の結果から入学が許可されれば、山田さんは3年生になりますが、保護者として、大学への進学についてはどのようにお考えですか?」

「本人の希望にもよりますが、希望すればさせてやりたいと思っています」

「山田さんはどうですか?」

「経済的なこともありますので、石原さんと相談して決めたいと思っています」

「山田さんは学業が優れているので、できれば進学させてあげられると良いのですが」

「保護者という立場になりましたので、できるだけのことはする覚悟です」

「それから、お二人の同居については、学校としても承知しておりますが、他の生徒への配慮から、内密にしておきますので、お二人からも口外されないようにしてください」

「分かりました」

「あの、学校の制服ですが、まだ、準備ができていないので、前の学校の制服を着ていても良いですか?」

「そうですね。かまいません。それから転校の試験は頑張って下さい」

打合せが済んだので、二人に挨拶して学校を出た。春休み中で校舎内に生徒はいないけど、運動場でクラブ活動をしている。

「学校ではクラブ活動をしたらいい」

「私は帰宅部で良いのです。これまでもそうだったから」

「僕の帰りは遅くなるから、クラブ活動は十分できる。今しかできないことがあるからやっておいた方がいい」

「考えてみます」

「それから、ごめん、制服については忘れていた。すぐに新しい制服を注文しよう」

「あと1年だから、今のままでよいと思っています。制服って意外と高いんです。これをクリーニングに出せば十分です」

「でも、周りから変にみられていじめにでもあったら、大変だ。そっちの方が心配だ」

「今の私は、失うものはすべて失って、もう失うものがないから、怖いものなんかないんです。圭さん以外は」

「怖い?僕はできるだけ君に優しくしているつもりだけど」

「圭さんに嫌われて追い出されるのが怖いんです」

「同居させると言ったけど男に二言はない。それに美香ちゃんが家にいると楽しいし、夕食もおいしいし、毎日帰宅するのが楽しみになった。追い出す訳がないだろう」

「嫌われないように頑張ります」

「進学のことだけど、まあ、よく考えてみて、できるだけのことはするから」

「ありがとうございます。そのお気持ちだけでありがたいです」

駅から二人電車に乗って、私は長原で降りて、スーパーで買い物、圭さんはそのまま出勤した。圭さんに「美香ちゃんが家にいると楽しいし、夕食もおいしいし、毎日帰宅するのが楽しみになった」と言われて本当に嬉しかった。

【4月2日(土)】
翌日の土曜日には、学用品などを二人一緒に買いに行った。通学定期は身分証明書がまだないので取りあえずSuicaを買ってもらった。体操着などは前の学校のものがあるから良いと断った。

「必要なものがあったら遠慮しないで。保護者として美香ちゃんに恥ずかし思いや寂しい思いをさせたくないから。あとからお小遣いを渡すから必要なものは自分で買って」

「それから美香ちゃんにスマホを買おうと思っているけど」

「今までなくてやってきたので必要ないです」

「学校で友達とLineをしたりしないと仲間外れになるよ」

「私はもう怖いものはありません。仲間に入れてほしいと思いませんし、仲間に外れも気にしませんから」

「一番の理由は僕が美香ちゃんに連絡するために持っていてほしいんだ」

「家に固定電話がないから、急な仕事などで遅くなるときなど連絡できないと困るから。それにいつでも連絡がとれると僕も安心だから」

「それなら買ってください」

買うなら、圭さんとの連絡だけだから、料金が一番安いもので良いので、格安料金のものを探して契約してもらった。いらないと言ってはいたけど、内心はすごく嬉しかった。すぐに圭さんのスマホに試しに電話した。これで圭さんといつも繋がっていられると思うと安心。

【4月4日(月)5日(火)6日(水)】
4月4日(月)に準備しておいた願書を出願、5日(火)に試験を受け合格を確認。圭さんが6日の午前中に休暇を取って私の転校手続きをしてくれた。ありがとう。