「え、えぇと……ではこちら、あなた様の持つ盾と同じ厚みの――厚さ10ミリの鉄板です」

 戸惑い気味の武器商さんが、ナゾの冒険者――ノティアが『フェン』と呼んだ、ものすごく大柄な、犬耳を持つ獣族の偉丈夫――を説得すべく、盾なんかでは銃弾は防げないということを実演しようとしている。
 西王国民であるらしい武器商さんの言葉は、多少発音や訛りに違いがあるものの、意味は十分に通じる。
 というか、この辺の言語って東西両王国の言語が混ざり合った独自言語に近いらしいんだよね。
 ルキフェル王国王都の人たちとよりも、この武器商さんとの方が言葉が通じやすいまである。

「では、撃ちますよ――」

 100メートル先の的にぶら下げられた鉄板目がけて、

 パァーンッ
 カ~ンッ――…

 小気味のいい音とともに鉄板が跳ね上がり、

「ご覧の通り、穴が開いておりますでしょう?」

 望遠鏡で確認し、その望遠鏡を冒険者フェンに渡しながら、武器商さんが言った。

「なので、あなた様の盾も貫通すると思いますよ」

「いーや、やってみねぇと分からねぇぞ?」

「はぁ~?」

「何せここは魔王国――剣と魔法の国だからな!」


   ■ ◆ ■ ◆


 少しして、銃口を向ける武器商さんと、その先で盾を構える冒険者フェンという、意味不明な光景が射撃場に現出した。

「ほ、ほ、本当にやるんですか!? ケガしても私は一切賠償しませんからね!?」

「男に二言はねぇよ! 何なら【契約書】書こうか!?」

「そ、そこまで言うのなら――…」

 言って射撃体勢に入る武器商さんと、

「あ、そうだ――おおい、ノティア!」

 と、冒険者フェンがノティアに向かって手を振る。

「んげっ、気づかれてましたの……」

 なんだか下品な声を出しつつ、本気で嫌そうな顔をするノティアと、

「久しぶりだなぁ! もし盾が貫通してケガしちまったら、治癒(ちゆ)ってくれや!」

「あのですねぇ! 勝手に人の道楽に着き合わさせないでくれませんこと!?」

「頼んだぜぇ~」

「で、では本当の本当に撃ちますからね!?」

 武器商さんの言葉に、冒険者フェンが顔を引き締め、

「おう、来い!」

 その瞬間、冒険者フェンの方から鋭い魔力の気配が漂ってきた。
 あれは、まさか――…

 パァーンッー……

 果たして、ライフル銃から放たれた弾丸は、

「……?」

 鉄を弾く音がしない。

「【遠見(テレスコープ)】――【視覚共有(シンクロナイズド・アイ)】」

 ふと、隣のノティアが僕のまぶたに触ってきた。
 慣れたことなので、僕はおとなしく目を閉じる。
 望遠されたノティアの視界の先では、

「え、えええ!? た、弾が盾に張りついてる!?」

「正しくは、前進し続けようとする弾の衝撃を、盾が吸収しているのですわ」

 弾丸はやがて速度を失っていき、高速回転している(さま)が見て分かるようになり、

 シュゥゥゥー……

 ……ぽろり、と盾の前に落ちた。
 盾には、傷ひとつない。

「【物理防護結界(マテリアル・バリア)】? いや、でも結界なんて出てないし、ってことはあれはまさか――…」

「そう、【闘気(ウェアラブル・マナ)】ですわ」

闘気(ウェアラブル・マナ)】ッ!!
 超一流の戦士が手に入れられる、究極の武術スキルだ!
 自身の魔力を膂力に変えて岩を砕いたり、脚力に変えて空高くまで跳躍したり、さらには――…

「自分の持つ武具をも【闘気(ウェアラブル・マナ)】で覆って、攻撃力・防御力を強化したり!」

「そう。あの域に達するには、【闘気(ウェアラブル・マナ)】スキルレベル6が必要――…本当、大した奴ですわ」

 とんでもない冒険者だ。
 まず、【闘気(ウェアラブル・マナ)】を発現させる為には、いずれかの戦闘スキル――剣術槍術弓術体術盾術何でもいいけれど、とにかく体を使って戦うスキル――をレベル7まで上げる必要がある。
 スキルレベルとは、
 1・2が初級……初心者レベル。
 3・4が中級……ベテランレベル。
 5・6が上級……一流レベル。
 7・8が聖級……その道の体現者。才能ある人が一生かかっても到達できるか否かのレベル、となる。

 つまり【闘気(ウェアラブル・マナ)】スキル持ちは、すべからく何がしかの武術の達人というわけだ!

 ちなみにスキルレベル9・10は神級に当たるわけで、これは文字通り神々にのみ許された領域。
 一説には先王で勇者のアリソン様は神級レベルを持っていたそうだけど、のちに魔法神になったという伝説もあるくらいだから、本当の話なのかも知れない。

「な、ななな……」

闘気(ウェアラブル・マナ)】のことを知らないのであろう西王国の武器商さんが目を剥いて驚いている。

 逆に魔王国民側はと言うと、

「「すっげぇ~~~~ッ!!」」

 と、少年のような眼差しを冒険者フェンに向けるエンゾとドナ――いや、事実少年だったね。
 他にも射撃場にちらほらといた冒険者からは、

「いよっ、大将!」

「さすがはフェンリスの旦那だぜ!」

 というような囃し立てる声。
 ん? フェンリス?

「【闘気(ウェアラブル・マナ)】持ちの達人で獣族……フェンリスってまさか――Aランク冒険者、『(ホワイト)(ファング)』のフェンリスぅ!?」

 現役前衛職の頂点と言われる偉大な冒険者!
 魔法職の頂点たる『不得手知らず(オールマイティー)』のノティアと並んで、王国で最も有名な冒険者のひとりだろう。

「お~いっ、もう1発撃ってくれぇ~!」

 そんなものすごい人物がいま、銃弾と盾で遊んでいる……。