最弱スキル【収納】しか使えず通算100パーティーから追放された無能な僕が、王様になるまでに受けた86のレッスン

「なぜって、そりゃあ――」





 お師匠様が、

   壮絶な笑みを浮かべ、

         そして言う。
































「儂が、西王国から来た間者(スパイ)だからさッ!!」








***********************
 さぁ、答え合わせの時間です!

 レッスン13「ホーンラビット再び」
 レッスン16「薪」
 レッスン22「水」
 レッスン28「道」
 レッスン34「川」
 レッスン67「金城鉄壁」
 レッスン68「塩」
 工作のお時間1「トンネル」

 アリス・アインス師匠がクリスに【収納】するように命じてきたこれらは、何の為のものだったのでしょうか!?
【アリソン歴前12年】
 勇者アリソン、アルフレド王国ロンダキア領に生まれる。

 同年、アリソンの手により魂を持たない自動人形『アインス』と『ツヴァイ』が創造される。


【アリソン歴前1年】
 魔王ルキフェル13世、100年の封印から復活。人魔大戦勃発。

 勇者アリソンはアルフレド王国中、及び『魔の森』(現在の『西の森』のこと)と北の大山脈の全魔物による魔物暴走(スタンピード)、四天王率いる魔王国(ルキフェル王国、東王国のこと)の軍勢、魔王国の秘術たる【隕石落とし(メテオ)】攻撃を全て防ぎ切り、逆に魔王国へ単身、潜入し、魔王ルキフェル13世の従魔化に成功する。人魔大戦終結。


【アリソン歴1年】
 勇者アリソンはルキフェル13世経由で全魔族を【従魔(テイム)】し、新魔王『アリス・アリソン・フォン・ロンダキア・ルキフェル14世』となる。


【アリソン歴3年】
 魔王兼ロンダキア辺境伯アリソン、アルフレド王国第一王子と結婚。

 同年、魔王国内のエルフ族自治領による反乱が勃発。
 アリソンのパーティーメンバーであり稀代の魔法使いたるノティア・フォン・パーヤネン女準男爵がその魔力でエルフ族自治領を屈服させ、魔王アリソンの同意のもと、公国を樹立。
 以来、パーヤネン公爵家において最も魔法に秀でた女子が『ノティア』の名を襲うこととなる。


【アリソン歴4年】
 アルフレド国王太子とアリソンの間に嫡男・ハリス生まれる。


【アリソン歴96年】
 アルフレド国国王・アルフレド3世没。
 王太子がアルフレド4世として王位を継承。


【アリソン歴551年】
 アルフレド4世没。
 王太子ハリスがアルフレド5世として王位を継承。

 アリソン、かねてからの約束により、アルフレド王国を去り、ルキフェル13世と結婚することとなる。
 その際に、自身の分身、アルフレド王国の守護者として、





『アインス』





 を残すこととした。
 アリソンはアインスへ己に酷似した体を授け、極めて人間に近い知能と感情を与え、『アリス・アインス・フォン・ロンダキア』と名乗らせた。
 アリス・アインス・フォン・ロンダキアに下された命令は、『生涯アルフレド王国に仕え、魔王国を害さない範囲でアルフレド王国の望みを叶えよ』であった。
 一方、もうひとりの人形『ツヴァイ』は感情を持たないままアリソンとともに魔王国へ渡った。


【アリソン歴554年】
 アリソン、ルキフェル13世と結婚。
 アリソンがルキフェル13世の従魔化を解いた途端、魔法神マギノスに心身を乗っ取られたルキフェル13世にアリソンが殺害されるという事件が発生。
 同事象は何千回試行するも突破できず(アリソンは勇者の固有スキルとして、死に戻りの力を持っている)、アリソンは魔法神マギノスの殺害を決意、これを遂行した。
 これに全知全能神ゼニスが驚愕。アリソンへ、殺害された魔法神の代わりにアリソンが神にならなければ世界が崩壊することを告げる。
 全知全能神ゼニスはアリソンへ数年の猶予を与える。


【アリソン歴556年】
 ルキフェル13世とアリソンの間に嫡女・エリス誕生。

 同年、アリソン、魔法神となり肉体と記憶を失う。
 アリソンのスキルやステータスは魔法神の加護(エクストラ・スキル)となって魔王国の様々な地域・時代へと分散される。

 ルキフェル13世、再びルキフェル王国国王となる。


【アリソン歴557年】
 ルキフェル13世、妻を()くした悲しみのあまり、己の記憶を消去する秘術に手を出す。
 代償として正常な思考能力をも失い、まともな執政ができなくなる。
 しかし、魔王国国民はルキフェル13世の従魔であることに変わりはない為、摂政を立てることができず、結果、国が荒廃していく。


【アリソン歴568年】
 エリス、父・ルキフェル13世を見限り、『ツヴァイ』を連れて出奔。


 ……

 …………

 ……………………

 …………………………………………





 数千年に及ぶ、暗黒時代。

 アルフレド王国、ルキフェル王国ともに幾度となく滅びの危機を迎えるも、アルフレド王国はアリス・アインス・フォン・ロンダキアの助力により、ルキフェル王国はルキフェル13世の無限の魔力と寿命によって、王朝が倒れることはなかった。





 …………………………………………

 ……………………

 …………

 ……


【アリソン歴4101年】
 アルフレド王国、ルキフェル王国へ宣戦布告、侵攻開始。
 50年戦争が始まる。
 戦争に最後まで反対していたアリス・アインス・フォン・ロンダキアは封印される。


【アリソン歴4152年】
『魔の森』が度重なる戦争によって荒廃し、かつての十分の一にまでその領域を減らし、魔物も弱体化する。

 アルフレド王国は国力の限界を迎え、侵攻を停止。
 国力が限界のアルフレド王国と、明確な指針を持たないルキフェル王国間で、自然休戦状態となる。


【アリソン歴4181年】
 魔王国侵攻を諦め、海外に目を向けざるを得なくなったアルフレド王国は、造船産業に力を入れるも、成功しない。
 アルフレド王国はアリス・アインス・フォン・ロンダキアの封印を解き、アリス・アインス・フォン・ロンダキアに助力を乞う。
 アリス・アインス・フォン・ロンダキアがマスターたるアリソンから受け継いだ地球文明を開示したことにより、地球におけるルネサンス期~第二次産業革命期に匹敵する繁栄をこの年から数十年のうちに実現する。


【アリソン歴4236年】
 魔法神アリソンの加護(エクストラ・スキル)たる、【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】を受け継いだ男児が、ルキフェル王国・城塞都市フロンティエーレのスラム街で誕生し、





『クリス』





 と名付けられる。
 父親は知れず、母親もほどなくして死亡するが、クリスは幸いにして孤児院に入ることができる。
【アリソン歴4241年】
 アルフレド王国現国王・アルフレド113世、北西大陸の港を征服し、北西大陸への橋頭保を築くことに成功する。
 現地人たちを奴隷化し、プランターで働かせ、少しでも抵抗すれば片手を切り落とす等の残虐な統治を行う。

 圧政に苦しめられている農奴や労働者階級(プロレタリアート)は、自分たちよりも下の身分が生まれたことを機会に自身たちの解放を訴えかけるも、国王は農奴から居住地選択の自由を奪い、貴族に農奴の人身売買裁量権を与え、労働者階級(プロレタリアート)には通貨による納税を義務付け、貧困層の処遇をかえって締め付ける。


【アリソン歴4246年】
 アルフレド王国内で反政府デモが頻発するようになる。
 王都でのデモが過激化し、それを正規軍が銃弾でもって殲滅するという『血の日曜日事件』が発生。
 平民を中心に、革命の機運が高まってゆく。


【アリソン歴4252年】
 領土拡張と革命風の解消を狙うアルフレド113世が、議会へ魔王国侵攻を呼びかける――


   ■ ◆ ■ ◆


 ――1ヵ月前――


   ■ ◆ ■ ◆


「隣国への戦争正当化工作はまだ終わらんのか!」

 我が王――アルフレド113世が喚き散らす。
 きらびやかな調度品でこれでもかと彩られた部屋、テーブル一面に並ぶ豪華な料理の数々、一本開けるだけで家が建つようなワインの空き瓶が転がる。
 相次ぐ増税の所為で、平民の間では自殺者が後を絶たないっていうのに、気楽なものさね。

()はい(ヤー)……」

 可哀想に、今日の給仕兼報告当番にされた少女が、王のグラスにワインを注ぎながら答える。

「議会は本日、貴族院、平民院ともに非戦の方向で一致し――うげっ!?」

 少女の体が吹っ飛んだ。やおら立ち上がった王に、勢いよくお腹を蹴り飛ばされたのさ。
 四十半ばのこの王は、思わず目を逸らしたくなるほどぶくぶくと太っているクセに、蹴りの威力だけは異様に高い。
 ……もっとも、毎日毎日飽きもせず女の腹を蹴り飛ばしていれば、誰でも蹴り技が上手くなるってものさね。

「まったく、臆病者どもめ!」

 倒れて身動きできないでいる少女をなおも蹴りつけながら、王が毒ずく。
 儂がいま無詠唱でかけ続けている【治癒(ヒール)】が、あの少女の痛みを少しでも和らげてやれたらいいのだけれど。

「余は、余の治世の間に()の国を引きつぶし、歴史に名を残さねばならぬのだ!」

 誰も王の蛮行を止めない。止められない。
 壁の端に居並ぶ侍女たちはみな一様に、下を向いて震えている。

「……坊や、もうそのへんにおし」

 だから、儂が間に入ることにした。
 そもそもいま、さんざんに蹴りつけられているこの子は単なる伝書鳩であって、少しだって悪くはないのだから。

「うるさい!」

 王が、壁際に(はべ)るこちらに向かって酒瓶を投げつけてきた。
 瓶が頭部に当たって割れる。この程度じゃ傷ひとつ負うことはないけれど、愛するマスター――アリス・アリソン・フォン・ロンダキア・ルキフェル14世様――から頂いたこの体を粗末に扱われるのは気に入らない。
 この王は昔っからワガママな子だったけれど、本当に、絵に描いたような愚王になってしまった。

「何だその目は!」 

 王が喚く。
 それから、王は急にしたり顔になり、

「そうだ、貴様が行って来い。数千年分の叡智とやらを使って、余の望みを果たせ」

「…………仰せのままに」

 カーテシーの礼を取る。もちろん、頭を下げる最上の礼で、さ。
 どれだけ愚かな奴であろうと、どれほど気に喰わない相手であろうとも。
 それが『王』ならば、従わざるを得ない。
 愛するマスターとの【契約】によって、(おのれ)という存在はそう定義づけられているから……マスターのことはいまでも心の底から愛しているけれど、この【契約】に関してだけは、正直少し、マスターのことを恨んでいるよ。

「失せろ、(ばば)ぁめ!」

 その場を辞し、自室で旅装に着替えながら物思いにふける。

 ――――図らずも、外出許可が出た。

 こちとら何千年とタダ働きさせられて、特にここ数年は毎日のようにあの王に乱暴を働かれて、随分とストレスを溜めていたんだ。
 今回の旅でせいぜい発散させてもらうとしよう。
 東王国に潜ませている間者(スパイ)からの情報によると、なんでも東王国の辺境に、加護(エクストラ・スキル)無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】を持つ冒険者がいるそうじゃあないか!
無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】と言えばマスターが最も得意としていた魔法にして奇跡にして奥義。
 儂は長いこと永いこと、マスターの【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】を受け継いだ人間の誕生を待ちわびていたんだ。

 ……願わくば、その【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】使いが、儂の――アリス・アインス・フォン・ロンダキアの希望を叶えてくれる逸材でありますように。
【アリソン歴4252年】
 領土拡張と革命風の解消を狙うアルフレド113世が議会へ魔王国侵攻を呼びかけるも、貴族院・平民院はともにこれを却下。
 アルフレド113世、アリス・アインス・フォン・ロンダキアへ戦争正当化工作を命じる。
 アリス・アインス・フォン・ロンダキア、ルキフェル王国へ冒険者として潜入。


   ■ ◆ ■ ◆


 数日後、『魔の森』(西王国側では、『西の森』のことは未だ『魔の森』と呼ばれ続けている)を貫く『街道』が、突如として出現した。

 アルフレド王国民の、この『街道』に対する意見は3つに別れた。

 1つ目――休戦中なのだから、交易をして東王国の様々な魔道具を取り入れるべしという楽観論。
 政治から遠い中流貴族や、比較的裕福な平民の多くはそうした反応をした。

 2つ目――これは東王国からの侵略の兆しかも知れない、と怯える『恐東論』。
 ロンダキア領民のうち、移動の自由を持たない農奴で耳早い者たちは、未知の恐怖におびえた。

 3つ目――古くから根強く存在する、東王国へ侵攻せよという『征東論』。
 これまで『征東論』者たちを悩ませていた、行軍中に魔物に襲われ消耗することへの懸念が解消されたことが、その意見をより声高にさせた。
『征東論』を形成するのは、軍務閥の貴族たちや、兵器産業界、造船業界、製鉄業界、それらにぶら下がる様々な商業圏の人々である。

 ここから数日、状況は目まぐるしく移り変わる。

 まず、耳の早く、失うものや怖いものが無い若手商人たちが、東王国側と交易を始めた。
 西王国へは貴重なマジックバッグが大量に出回るようになり、それを使いこなさんが為に西王国は空前の魔力トレーニングブームとなった(のちに出回る『アリス書店』の魔法教本は、多少の東部訛りはあるものの平易なアルフレド語で書かれており、平民の間でも多く読まれた。同時に謎の物語本も)。
 東王国へは西王国が誇る科学の製品や兵器が出回るようになるが、ロンダキア辺境伯は、銃および砲は絶対に流通させてはならない、と堅く命じた(もっとも旧式の前込め式ライフルド・マスケットは多数出回った)。

 東側の状況が、ウワサ話としてロンダキア領を席巻し、それを新聞が全国に届けるようになった。

 曰く、『魔の森』から貴重な回復ポーションの材料である治癒(ヒール)一角兎(ホーンラビット)が一掃された。
 曰く、そのツノが魔王国の錬金ギルドに大量納品され、大量の回復ポーションが製造されている――このウワサは、主戦論者たちを勢いづかせた。

 曰く、東王国には一瞬で道を敷き、家を建てる魔法使いがいるらしい――これは、『恐東論』者たちを震えあがらせた。
 曰く、風竜(ウィンド・ドラゴン)の死体が東の冒険者ギルドに納品された。
 曰く、魔の森の東沿いには道が敷かれて街が出来上がり、大量の戦略物資――回復ポーション、水、食料が集積されつつあるらしい。
『征東論』者たちは、これは東王国の開戦準備であると騒ぎ立てた。

 誰も彼もが、右や左やと様々な情報や論説に踊らされた。
 そんな世論を、反東王国という形で一致させた出来事が起きた。





 ロンダキア領内における水力発電量が、ある日突然、激減したのである。





 原因は、西王国が領有権を主張していた北山脈の川から東王国が勝手に水を引き、その川を水源としていた発電所に十分な量の水が供給されなくなった為だった。
 これにより工場は操業停止に追い込まれ、オーナーである富裕者(ブルジョワ)層はもちろん、働き口を失った労働者(プロレタリアート)層に至るまで、政治に興味のない農奴をのぞいた全平民が主戦派に傾いた。
 無論、電力による豊かな生活を急に奪われた貴族たちも、怒りに震えた。

 怒りは新聞の踊る筆跡によって、全国へと伝播していく。

 状況はさらに悪化していく。
『魔の森』の東には広大な基地が出来上がり、武装した傭兵が街を闊歩し、一説には農奴を村ひとつ分まるまる拉致して、基地の為の食料を生産させているらしい。
 今や東の基地は鉄の鎧で覆われ、前線病院が稼働しており、ロンダキア辺境伯が報復の為に行った、塩の密輸の締め付け――いままでは黙認していた――を行うも、東の軍基地はますます大きくなっていく。

 唯一楽観的だったのは、無限の富を生み出し続ける東西交易に目の色を変えて参加している若手商人だけで、アルフレド王国の世論は、アルフレド王国から電力という目に見える力を奪った東王国への憎しみに傾いていく。

『魔の森』の東方面で魔物暴走(スタンピード)が発生したという情報はロンダキア領民たちに『安堵』と『恐怖』と『熱狂』をもたらした。
 さすがの軍基地も、魔物暴走(スタンピード)が相手では大層傷ついただろうという『安堵』。
 いやいや鉄の城壁に(よろ)われた軍基地は、傷ひとつついていないらしいではないか、という『恐怖』。
 そして、

『東の軍基地が傷つき、魔の森の魔物が数を減らしたいまこそが、出征のときである!!』

 という、怒りに震える国民たちの『熱狂』。

 その数日後、驚くべきニュースが王国中を駆け巡った。





 北の大山脈に、東西を貫通する巨大なトンネルが突如として現れた。





 誰もが、魔王国による第二の侵攻路であると判断した。
 大き過ぎる利益に目がくらみ、世論を無視して東王国を手引きしていた商人ギルドは、即日閉鎖された。
【アリソン歴4252年10月23日夕刻】
 第二の侵攻路が北山脈に突如として発生したとの報を受け、両議会は緊急招集を行う。

【同年同月25日明朝】
 両議会は魔王国に対する宣戦布告を決定。
 布告の使者として、アリス・アインス・フォン・ロンダキアを指名。

【同日昼】
 ロンダキア領の交易所を閉鎖。
 ルキフェル王国民の商人を捕縛。
 ロンダキア領に集結していた正規軍が魔の森の砦に展開。

【同日夕方】
 アリス・アインス・フォン・ロンダキア、ルキフェル王国国王並びにフロンティエーレ辺境伯へ、対面の場にて宣戦を布告する。
 誰も、何も言わない。
 僕は、金縛りにあったみたいに動けない。
 頭が、状況に追いつこうとしてくれない。

 お師匠様だけが、楽しそうに、笑っている。

「お前さんは敵国のスパイに操られ、踊らされ、西王国の開戦理由を作っちまったのさ。
 …………ざまぁないね、クリス?」

「お、お師匠様……? それってどういう……」

「言葉のまんまの意味さね。ほら魔王様、これが宣戦布告状さね」

 お師匠様が、封のされた手紙をテーブルの上に放り投げる。

「儂のところとお前さんのところはあくまで休戦中。本当は宣戦布告状(そんなもの)用意せず、一方的に砲弾の雨あられを降らせたっていいんだが、ま、これも文明人としての礼儀ってやつかねぇ」

 それからお師匠様が、僕に笑いかける。

「オーギュスとか言ったかい、お前さんの幼馴染? あいつもあいつでこの街に魔物暴走(スタンピード)を招き入れた大罪人だが、お前さんだって負けていないよ。





 なぜならお前さんは、この街を、国を、戦争に巻き込んだ張本人だからさ!





 ――さぁ、お前さんは儂と一緒に来るんだ。
 お前さんはただ、ここで『うん』と言いさえすればいい。そうすれば儂は、お前さんの寿命が尽きるまで、大切に大切に可愛がってやろう……ただし、アルフレド王国でね!」

「……う」

 お師匠様の命令には、絶対服従。

「…………う、うぅ」

 お師匠様は、僕の命の恩人で人生の恩人。
 お師匠様がいるからこそ、いまの僕がある。

「う――――」





「――行かないで、クリスッ!!」





 シャーロッテの声。
 顔を上げれば、居間の入り口で、シャーロッテが青い顔をして僕を見ている。

『クリス君、アリスさんを【収納】しなさい!』

 突如、頭に直接ノティアの声が響いた――【念話(テレパシー)】だ!
 で、でもお師匠様を【収納】なんて――

『早くなさい!! 真偽がどうであれ、アリスさんを【収納】して拘束してしまえば、落ち着いて対処ができますわ!』

『わ、分かった!』

 僕はお師匠様に手を差し向け、

「――【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!」





 ――――――――バチンッ!!





 お師匠様の体を、抵抗(レジスト)のまぶしい光が覆う!
【収納】は、失敗だ。

「あいにくと、儂の体表にはマスターから直々に授かった【自動(オート・)魔法(マジカル)防護結界(・バリア)】がかかっていてね」

 冷たく笑いながら、お師匠様が自分のへその下――丹田を示す。

「ここにある儂のコア――マスターの霊魂の欠片を練り込んだ魔石が砕かれでもしない限り、儂に魔法は効かない」

「行け、レヴィ!」

 バフォメット様の声にレヴィアタン様がうなずき、魔王様とレヴィアタン様の姿が消える――【瞬間移動(テレポート)】だ。
 そしてそのときにはもう、虚空から抜き放たれたバフォメット様の剣が、お師匠様の首に届いていた。
 お師匠様の首が、跳ね飛ばされ――

 ガギィィィィイイイイインッ!!

 ――なかった!

「オリハルコン製かい? いい剣だし【闘気(ウェアラブル・マナ)】も申し分ないが、相手が悪いさね」

 バフォメット様が目にもとまらぬ速さで何度も斬りつけるけれど、お師匠様の服が切れるばかりで、血の一滴も出ず、どころかお師匠様の素肌は傷ひとつつかない。

「クリス。お前さん、儂の胸をさんざん固いだ何だと言ってくれたが、当り前さね。儂の体は、この通りマスターお手製のオリハルコン超合金でできているんだから。

 儂は、人間じゃあない。

 儂は意志を持った人形――マスターたる勇者アリス・アリソン・フォン・ロンダキア・ルキフェル14世によって生み出された自動人形さね」





 人前で一度も食事をしたことがないお師匠様――…食べる必要がなかったから。





 汗をかかず、顔色も変わらないお師匠様――…そんなことができる機能が、人形の体には備わっていないから。





 思えば、違和感はいくつもあった。
 けれど僕は気づかなかった。
 気づきたくなかった。
 気づいてしまうことで、お師匠様が離れて行ってしまうんじゃないかとずっと怯えていた。





「離れてッ! 【魔法防護結界(マジカル・バリア)】!!」

 ノティアの言葉と同時にバフォメット様がお師匠様から距離を取り、同時にお師匠様の体がノティアが発生させた結界に閉じ込められる。
 ノティアが結界に手を当て、

「【大爆裂(フレア)】ッ!!」

 結界内で真っ赤な炎と爆風が巻き起こる!!
 本来ならば、地形ごと消し飛ばすような聖級破壊魔法……こんな大爆発、並みの人間じゃあ骨も残らないだろうと思う。

 けれど。

「言ったろう、ノティア? 【自動(オート・)魔法(マジカル)防護結界(・バリア)】だと」

 まったく無傷な、衣服すら焦げひとつついていないお師匠様が、ゆっくりとした足取りで【魔法防護結界(マジカル・バリア)】内から出てきた。

「さぁクリス、儂の手を取るんだ」

 お師匠様が手を差し伸べてくる。

「いけませんわ、クリス君」

 ノティアが僕を庇うように立つ。

「どきな、ノティア」

「どきませんわ」

「ふぅむ、攻撃魔法が使えないってのが不便――」




 そのとき、お師匠様の背後にツノ持ち魔族の老婆が現れた!





「【究極(アルティメット)物理(・マテリアル)防護結界(・バリア)】」

 老婆が物理的な結界でお師匠様の体を拘束する。
 お師匠様は薄っすらと輝く結界の壁をコツコツと叩きながら、

「おやおや、お前さんは――ベルゼネ・ド・ラ・ベルゼビュートかい!? 懐かしい……数千年ぶりさね!」

「…………?」

 老婆――ベルゼビュートと言えば、確か四天王の最長老のはずだ――が首をかしげる。

「あぁ、あのときは儂が一方的にお前さんを監視していたんだったっけ。ロンダキア領で間諜(スパイ)活動に精を出すお前さんをねぇ」

「……随分と懐かしい話だ。誰だい、お前?」

 老婆が目を細める。

「アリス・アインス・フォン・ロンダキア」

「「「「アルフレド王国の守護神!?」」」」

 ノティア、バフォメット様、領主様、そして老婆が悲鳴に近い声を上げる。
 
「なるほど、西王国の守護神が、今度はこうして間諜の女(スピオーネ)として活躍してるってわけか? 皮肉なものだ」

 ベルゼビュート様が笑う。
 そして気がつけば、この部屋にはさらにふたりのツノ持ち魔族――レヴィアタン様と、見上げるほどの巨体を持った騎士っぽい方――がいる。

「ははっ、四天王そろい踏みってわけかい。さすがに分が悪いさね」

 お師匠様が言い、それから僕に向かって微笑みかけ、

「また迎えに来るよ、クリス。
 ――今度はアルフレド王国軍と一緒に、ね」

 そう言った瞬間、お師匠様は姿を消した。

「て、【瞬間移動(テレポート)】――…」

 僕は、お師匠様は【瞬間移動(テレポート)】が使えないものだとばかり思っていた。
 ……けれど思い返せば、そんなこと、ただの一度も言ったことはなかったんだ。
「洗いざらい、話してもらうよ」

 四天王の最長老、ベルゼネ・ド・ラ・ベルゼビュート様の号令によって、会議は始まった。
 居間にいるメンバーは、場を仕切るベルゼビュート様と、四天王の他3名、領主様――お嬢様は別の部屋でお食事中――、真っ青な顔をしたミッチェンさん、そしてシャーロッテとノティアと僕。
 魔王様は、この場にはいない。魔王様は『アリソンの裏切り』に大層心を痛めて寝込んでいるとのことだった。

 すべて、話した。

 お師匠様に命を救われ、お師匠様に鍛えてもらいながら、お師匠様に命じられるまま、様々な物を【収納】してきた経緯を。

「冒険者クリス……よくもまぁ、これだけのことをしでかしてくれたね」

 僕の話を聞きながら宣戦布告状を読んでいたベルゼビュート様が、顔を上げる。

「一方的に軍用路を敷き、要塞を構え、民を拉致して労働させ、あまつさえ我が国の領有する領土から川の水を奪うとは何事だ、だとさ」

「そ、そんな! 僕はただ、この街が豊かになれば、難民の人たちが平和に暮らせればって思っていただけなのに……」

「西王国の王室を始めとする主戦派貴族たちは、開戦理由を長い間探していたのだ!」

 領主様が、顔を真っ赤にして叫ぶ。

「だが、私もロンダキア辺境伯も、互いの領土が焦土と化すような戦争はしたくなかった――するわけにはいかなかった。だから互いに機嫌を取り合って何とかこれまでやってきたのだ! 塩の輸入とてその一環だったのだ! そもそもここは、『非武装中立地帯(ディー・エム・ゼット)』なのだ! この地に東王国の人間が立ち入ること自体が、西王国との休戦協定に反する行為なのだぞ!?」

 それから領主様がため息をついて、

「やっと……やっと言えた。あの忌々しい小娘――いや、西王国の守護神だったか――がいるときは、必ず途中で舌が回らなくなったのだ。やはりあの娘の魔法だったのだな」

「その通りです、フロンティエーレ卿」

 ノティアが険しい顔をしてうなずく。

「わたくしもさきほど、アリスさ……アリス・アインスが閣下に対して、相手の舌を回らなくさせる魔法――【詠唱(ディスタブ・)阻害(キャスティング)】を使っているのを知覚しました」

「「なっ……」」

 青くなる僕とミッチェンさん。
 ……さっき、ノティアがお師匠様――いや、『アリス・アインス』に対して問いただしていたのは、そのことだったのか。

 すべては、アリス・アインスの策略だったんだ!
 なのに僕は、『貴族は手柄を取られるのを嫌う』とか何とか言う、アリス・アインスの適当なウソに騙され続けてきた。
 領主様は、悪徳貴族でもなんでもない、真にこの領の平和を願う領主様だったんだ……。

「ぼ、ぼ、僕はいままで、なんて失礼なことを……」

 恐れ多くて、僕は領主様の前に出て平伏する。

「そういうのは、もういい」

 ベルゼビュート様が言う。

「フロンティエーレ辺境伯、お前もいいだろう? 冒険者クリスをここで罰するよりも、対西王国の決戦兵器として戦わせた方がよっぽど有用だ」

「御意にございます、ベルゼビュート様。冒険者クリス、もういいから席に着け。話を進めよう」

「……は、ははぁっ!」

「ま、それにこちらとしても非がある……バフォメット!!」

「ひっ、ひゃい!!」

 バフォメット様が飛び上がる。

「こんの愚図が! 『非武装中立地帯(ディー・エム・ゼット)』に陛下をお連れするなんざ、戦争を起こさせたいのかい!? ったくお前はいくつになっても!!」

「す、すみません!! で、でも陛下がど~しても行きたいって言うからぁ」

「それを止めるのがお前の仕事だろう!!」

「ひぃっ……で、でもですよ? あの陛下に『ど~しても』なんて言われたら、かわいそう過ぎて断れないでしょう!?」

「んん? ――【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析(アナライズ)】! あー……お前、だいぶ陛下に汚染(みりょう)されてきてるね。ちとそばに居させ過ぎたか。レヴィアタン、当面の間、陛下の護衛はお前が変わりだ」

「御意に」

 頭を下げるレヴィアタン様と、

「……あれ? だったら俺、悪くなくないですか?」

「やかましい!」

 ベルゼビュート様とバフォメット様は仲が良いというか、母子のような雰囲気がある。
 いや、それは置いておいて。

「あ、あの――ところでベルゼビュート様」

 僕は恐る恐る、尋ねる。

「その、『でー・えむ・ぜっと』って何ですか?」

「「「「「…………は?」」」」」

 四天王と領主様の声が重なった。

「あの、ベルゼビュート卿?」

 ノティアが恐る恐ると言った様子で、

「クリス君……冒険者クリスは孤児出身で、学校に通った経験もないのです。わたくしも冒険者歴が長いからよくよく分かるのですが、学校に行ったことのない冒険者の知識レベルというのは、こう、非常に偏っていると言いますか……有り体に言ってバカなのです」

「んなっ……」

 バカ呼ばわりされる僕。

「クリス君、『非武装中立地帯(ディー・エム・ゼット)』――DeMilitarized Zoneっていうのは、講和または休戦協定を結んだ二国のはざまに設けられた地域のことで、互いにここでは武装しないでおきましょう、出来れば立ち入るのも止めておきましょうという地帯のことなんですのよ」

「…………え?」

「魔の森とその近縁はすべからく『非武装中立地帯(ディー・エム・ゼット)』である」

 領主様が言葉をつなぐ。

「つまり、西の森に行軍出来得る長大な道を敷くのも、街を作り、あまつさえ鉄の壁で(よろ)うのも、すべからく西王国への宣戦布告にも匹敵する暴挙ということだ」

「そ、そんな――…」

「しかし、レディ・ノティアともあろう者が、どうしてそれをこの小僧に教えてやらんかったんだ?」

 ベルゼビュート様が言う。
 ――た、確かに!!

「知ってて隠してたと言うのなら、ことと次第によっては――…」
 ノティアの顔が、みるみるうちに耳の端まで赤くなる。

「……誠にお恥ずかしながら、わたくしもこの地が『非武装中立地帯(ディー・エム・ゼット)』だと存じ上げなかったのですわ」

「えぇぇ……」

 あれだけ偉そうに解説しておいて!?

「し、仕方ないでしょう、クリス君!? だって百年前、休戦したころにはもうわたくし、放浪の旅に出ておりましたし、1ヵ月前にクリス君のウワサを聞いてここに来るまで、フロンティエーレ辺境伯領には来たことなんてなかったんですもの!」

「はぁ~……ま、ウソはなさそうだね」

 呆れ顔のベルゼビュート様。

「さて、フロンティエーレ辺境伯。アタシからこいつらに聞きたいことは聞いた。お前からは何かあるかい?」

「そうですな――商人ギルドのミッチェン」

「――ヒッ」

 いまのいままで真っ青な顔でうつむいていたミッチェンさんが飛び上がった。

「貴様は、私の敵か? 西王国の手先か?」

「ち、ちちち違います!! わたくしはただ、『謎の情報提供者A』を名乗るものから手紙をもらい、『西の森に行けば面白いものが見つけられる』と教えられただけです! そうしてわたくしは、西の森を貫く『道』を見つけました。それで、これは鳴かず飛ばずだったわたくしに与えられた千載一遇のチャンスなんだと――…そう思って、人を集め、金を集め、交易所を開いたのです。それが、ま、まさかこんな――…」

 そういえば、ミッチェンさんに2度目に会ったときに、そのようなことをいっていたような。
 それにしても……情報提供者A(アリス)、ね。
 確証はない。けれど、その手紙を出したのはきっとアリス・アインスだろう。

「ふん……まぁ、そんなところであろう。リスクの見極めもできないような駆け出し商人の暴走、といったところか。商人ギルドに何度問い合わせても、若手有志の組織『西の森交易路権益確保の会』が勝手にやっていることで、ギルドは関与していない、の一点張りだったからな。『西の森交易路権益確保の会』をギルドから追放しない時点で、協力しているも同義だというのに、あのタヌキどもめが……」

 ……それが、『街』に若手商人しかいなかった理由。
 地に足着いた商売をしているベテラン商人たちは、この街で商売をすることのリスクの高さをよくよく承知していたというわけだ。
 一方冒険者たちは、僕も含めて『非武装中立地帯(ディー・エム・ゼット)』の存在自体からして知らなかった。

「で、でも領主様、どうして領主様はオーギュスみたいなゴロツキを使ってこの街を衰退させようとしたんですか? 領主命令で立ち退かせるなり、それでも言うことを聞かなければ武力行使すればよかったのでは……?」

 そう。
 奴隷化させてからオーギュスに聞いたのだけれど、街の治安が異様に悪かったのも、護衛を付けていない商人がピンポイントで盗賊に狙われたのも、全部全部オーギュスの仕業だった。

「だから、ここは『非武装中立地帯(ディー・エム・ゼット)』である。この地に警備兵や官吏、ましてや領軍などを立ち入らせたら、それこそ戦争になってしまう。だから、あくまで表向きは私はこの場所のことを知らないという体でいなければならなかったのだ」

 なるほど……。
 あれ? でも――

「お嬢様をお診せになる為に、ここにいらっしゃいました。あれは……?」

「…………娘の命には代えられなかったからだ。呼びつけなかったのは、そなたの心証を悪くして、娘が助かる可能性を失いたくなかったから」

 ――――十分すぎる理由だった。

「さて、それでは作戦会議を始めようか」

 ベルゼビュート様が宣言する。

「さ、作戦会議……?」

 僕が首をかしげると、

「西王国軍とアリス・アインスの侵攻を、ここで食い止めなければならない。お前には、死ぬまで戦ってもらうよ、冒険者クリス? それが、この国を戦争に巻き込んだお前の、唯一できる償いの方法だ」

「…………わ」

 声が、震えた。
 けど、ここで逃げるわけにはいかない。
 何もかも、僕の責任なんだから!!

「分かりました……ッ!!」


   ■ ◆ ■ ◆


 街中(まちじゅう)がパニックになって、誰も彼もが荷物をまとめて東の門に向かって逃げようとしていた。
 単なる客や商人や商人ギルド職員はもちろん、冒険者の姿も多くみられた。

「お祭り騒ぎですわね」

 気が気でない僕とは逆に、一緒に歩くノティアは平然とした顔をしている。

 シャーロッテと使用人のみんな、そして『アリス書店』の子たちは城塞都市に避難させた。
 シャーロッテは最後まで一緒に居ると言って聞かなかったけれど、他の孤児院組に引きずらせて避難させた。
『絶対に死なないで』と泣かれてしまった。

 僕とノティアは街の西側――冒険者ギルド支部に向かって歩く。 
 人の波に逆らうように歩いていると、人々が僕に気づき、

『疫病神』

 とか、

『反逆者』

 と、口々に罵られた。
 そこら中に落ちている紙切れを見ると、宣戦布告状のまとめみたいなものが書かれていた。
 誰かがバラ撒いたんだろう……決まっている、アリス・アインスだ。
 そして――…





「金髪の悪魔!!」





 ふと、道の向こうから難民の少女――ドナが助けた子――が、僕目がけて石を投げつけてきた。
 石は勢いを失い、僕の靴に当たる。

「川は、あなたの仕業だったのね! 私たちの村を返せ!!」

 ――――……そう、か。
 そう言えば村長さんが、『村の川の水が激減して』って言ってた。
 つまり、僕がこの街に川を引いたが為に、難民たちは村を捨てざるを得なくなってしまったんだ……。

「随分ですわねぇ? 餓死寸前のところを救われたのは事実でしょうに」

 ノティアが睨みつけると、少女が逃げてゆく。

 ……気がつけば、人混みがすっかりはけていた。
 街の西の方は、静けさに包まれている。

「いいんだよ、ノティア……それよりもノティア、本当にいいの? いまからでも遅くないから、他の街に逃げた方が――」

 僕はそれ以上喋れなくなった。
 ノティアの唇で、口をふさがれたから……ッ!!
 唇が、離れた。

「ふふふっ、言わせませんわ」

 ノティアが一歩、二歩と僕から離れ、恥ずかしそうに微笑む。

「の、の、の、のののノティア――」

「――アリス・アインスと戦う為の戦力、必要なんでしょう? ベルゼビュート卿には強がって見せたけれど、本音は怖くて怖くてたまらないんでしょう?」

 頭を、撫でられた。

「わたくしはどこまでだって、あなたと一緒に行きますわ。あなたとともに生き、あなたとともに死ぬと誓います。わたくしの魔力も、この覚悟も、身も心もすべて、クリス君に捧げますわ。でもその代わり、わたくし、どうしても欲しいものがありますの」

 ノティアが微笑む。
 とびきり美しい顔立ちをしたノティアの笑顔は、本当に、本当に美しい。

「わたくしと結婚してくださいな。いまの口付けは、報酬の一部前払いだと思って下さいまし」

「で、でも、ノティア――…」

 シャーロッテの、『絶対に死なないで』と泣きつかれたときの顔が頭をよぎる。

「もちろんシャーロッテちゃんも一緒に」

「――――え? えぇぇええッ!?」

「ちなみにシャーロッテちゃんも了承済ですわよ」

「な、ななな……」

「まぁ公国(じっか)の手前、わたくしが正妻という形にはなるでしょうけれど……シャーロッテちゃんと一緒に平等に愛してさえくれれば、それで構いませんわ。それに、わたくしも百年以上も冒険者をやっている身。クリス君がどんな選択をしても、ついて行ける自信がありますわよ?
 このまま、この街の町長をやるもよし。
 ミッチェンさんあたりに町長の職を任せて、冒険者として気ままに旅をするもよし。
 猫々(マオマオ)亭からのれん分けしてもらって、どこかの街か村で定食屋を開くもいいですわね。
 西王国が持つ『れしぷろじょーききかん艦艇』とやらを鹵獲して、大海原に繰り出すというのも胸が躍りますわね!
 はたまた、領地も仕事もない、名ばかりの法衣男爵の爵位を公国からもらって、死ぬまで自堕落に生きるのもいいですわ」

「あ、あはは……」

 どれもこれも、バラ色の未来のように聞こえる。
 けれど、ノティアの将来像の前には、ただひとつ、巨大な障害が横たわっている。
 戦争という絶望が。

「ノティアは……勝てると思う? アルフレド王国に。おししょ……アリス・アインスに」

「勝てますわよ」

 ノティアが微笑む。

「勝てますわ。勝って、ふたり欠けることなくシャーロッテちゃんのところへ戻って、素敵な式を挙げましょう」


   ■ ◆ ■ ◆


 冒険者ギルド支部に着いた。
 僕はいまからここで、死闘――文字通り命を懸けた、アルフレド王国との、アリス・アインスとの戦争に参加してくれる味方を手に入れなければならない。
 大本命は、Aランク冒険者の『(ホワイト)(ファング)』フェンリス氏だ。

 カランカランカラン……

 ギルドホール内の一切合切の視線がこちらに集まり、

「ヒッ……」

 相変わらず悲鳴を上げる僕と、

「「「「「…………」」」」」

 無言の冒険者たち。
 その冒険者たちがニヤニヤと笑いだして、それから、





「「「「「ざまぁぁぁああああああああ見ろッ!!」」」」」





「えぇぇええッ!?」

 ゲラゲラと笑っている冒険者たちの中からベテラン冒険者のベランジェさんが出て来て、僕の肩をバンバン叩く。

「はぁすっきりした! ここんところクリスを罵倒したら総パッシングされそうな感じだったからよぉ! 分かりやすいドジ踏んでくれて、ようやく文句が言えるってなもんだぜ」

「まったくだ。クリスの癖になぁ!」

「お前もお前で、得意げな顔しやがって! うざいったらねぇよ」

 過去に僕のことを『可愛がって』下さった先輩冒険者たちが、口々に僕を罵る。
 罵るのだけれど、未だにこの場所にいてくれているってことは……。

「皆さんは、逃げないんですか……?」

「逃げたい奴はもう全部逃げたぜ」

 部屋の奥を陣取っていたフェンリスさんが言う。

「ここに残っている奴は、西王国と戦う覚悟のある奴だけだ」

「み、皆さん……ッ!!」

 感極まってしまう。

「作戦はあるんだろうな、町長さん?」

 フェンリスさんの言葉に、僕はうなずく。
 ベルゼビュート様たちと一緒に練り上げた、犠牲を最小限に留めながらも、戦争を速やかに終わらせる為の作戦を、勇敢な戦士たちに打ち明ける。