(12月第1土曜日)
私はいつものように朝食を準備する。亮さんが身繕いをしてテーブルにつく。私は浮き浮きしている。こんなに浮き浮きするのは始めてだ。

そんな私を亮さんは時々チラ見している。亮さんは目が合うとニコッと笑ってくれる。

「10時になったら役所にでかけようか、書類を確認しておくから」

「分かりました」

後片付けを終えると、ソファーに座っている亮さんの隣に座る。甘えたい気分だ。寄りかかって身体を預ける。亮さんは手を握ってくれた。それが嬉しい。

丁度10時に区役所に二人で出かけた。書類はすべてそろっていたので、すぐに受理された。亮さんは必要となるかもしれないと言って受理証明書をもらっていた。

帰りに公園を散歩した。私は二人きりになりたかったので、家に帰ろうと言った。家に着くと二人共ひと仕事終えた気分になってほっとした。ソファーに座ってお互いによりかかる。

「そうだ、指輪、結婚指輪をしよう!」

「そうですね、入籍して正式な夫婦になったのですから」

二人はそれぞれの部屋に戻って、大切にしまってあった結婚指輪を持ってきた。そして結婚式の時のようにお互いの指にはめた。それから、どちらからともなく自然にキスをした。

ようやく夫婦になれたと思った。二人の絆が少しずつ強くなっていく。新婚ってこんな感じなのだろうと初めて思った。

ここまで来るのに亮さんには随分我慢をしてもらった。私のこだわりのせいだった。でも時間が解決してくれた。

実際は亮さんの私への働きかけの努力によるものが大きい。私は亮さんに努力すると約束したけど、あまり積極的ではなかったように思う。

お昼はサンドイッチを作った。亮さんはドリップで二人分のコーヒーを入れてくれた。私は亮さんの顔をじっとみている。

「そんなにじろじろみてどうしたの」

「今まで余り顔を見ていなかったから」

「ええ、そうなの」

「じっと正面から見たことがなかった」

「そういえば僕も理奈さんをじっと見つめることはなかったように思う。じっと見ると緊張するみたいだったから」

「すみませんでした。気を遣わせて」

「でも、後ろや横からはいつもじっと見ていた。綺麗で、可愛いなと思って」

「気が付きませんでした。これからは好きなだけ見つめてください」

「そうしよう」

「今日は結婚記念日だから外で食事しないか? 雪谷大塚においしいイタリアンレストランがあるから。一度しか行ったことがないけど、料理はおいしい」

「そうですね。連れていって下さい」

亮さんはすぐに電話して6時に予約を入れた。

◆ ◆ ◆
丁度6時にレストランに着いた。開店したばかりで、誰もいなかった。窓際の席に案内された。

「外で夕食を食べるのは2回目ですね」

「もっと連れて来て上げればよかった。毎日夕食を作ってくれるので甘えてしまっていた」

「いいえ、お家で食べるのが好きなんです。落ち着いて食べられますから」

「準備も後片づけもいらないからたまにはいいんじゃないかな」

「そういえば亮さんも外食はあまりしていないと言っていましたね」

「理奈さんはもう分かっていると思うけど、僕は晩酌をしないと緊張が解けない方なんだ。だから外食しないで家で食べて飲んでいることが多かった。外で食べて飲むと帰るのが辛いし、せっかく酔いが回っていい気持になっているのに帰るのもおっくうだからね」

「でも亮さんは家で飲んでも乱れたことがないですね」

「そんなに多くは飲まないし、それに理奈さんがいると緊張して酔わないんだ」

「酔ってもいいですよ」

「でも酔ったらきっと嫌われる」

「酒乱なんですか?」

「そんなことはないけど、理恵さんがいやがることをしそうで」

「嫌がることって?」

「抱き締めたり、キスしたり」

「それくらいならかまいません」

「それを聞いて安心した」

「でもやっぱり酔っ払わないでください」

「分かっている」

料理が運ばれて来た。まずアペタイザーだ。

「せっかくだからアルコールを頼んでいい?」

「いいですよ」

「じゃあ、赤ワインをグラスで注文するから、理奈さんも少し飲んでみない?」

「せっかくの記念日ですから私もいただきます」

「赤ワインをグラスで二人に!」と注文してくれた。すぐに運ばれて来た。

「ちょっとだけ飲んでみて、美味しいから」

一口飲んでみるととてもおいしい。

「とっても美味しい。お料理に合いますね」

料理がどんどん運ばれてくる。食事しながら会話が弾んで楽しかった。私は勤め先のことや学生時代のことなど何でも話した。亮さんも学生時代や研究所時代のことを話してくれた。二人の間にあった見えない垣根がなくなっていくのが嬉しかった。

会話がはずんだのはよかったが、私はワインのグラスを空けてしまったのに気が付いた。弱いけど大丈夫だろうとその時は思った。でも大丈夫ではなかった。

すごく機嫌よくおしゃべりをした。そしてデザートを食べ終わるころには眠くなってきた。

「大丈夫? 少し酔った?」

「大丈夫です。とっても気持ちいいです」

立ち上がろうとしたら,脚がふらついた。亮さんが支えてくれる。

「大丈夫です」

「車を呼んでもらおう」

それからの記憶があまりない。抱えられて歩いて部屋に寝かされた。ほっとして亮さんに抱き付いたような気がする。そして抱き締められて、とても嬉しかったのは憶えている。夢を見ているようだった。

◆ ◆ ◆
(12月第1日曜日)
朝、ドアをノックする音で目が覚めた。もう9時を過ぎている。布団に寝ているが、着替えていないのに気が付いて、飛び起きた。

「キャー」

「どうした? 大丈夫か?」

「私はどうしたんですか? パジャマに着替えていないけど」

「昨日、レストランでワインを飲んで泥酔したのでタクシーに乗せて帰ってきた。それで上着だけ脱がせて寝かせてあげた」

「すみません、あまり覚えていません」

私は部屋着に着替えてからバスルームで身繕いをしてテーブルに着いた。その時はもう私は落ち着きを取り戻していた。亮さんは自分で作ったミックスジュースを飲んでいた。

「ごめん、昨日は無理にワインを飲ませてしまって」

「いいえ、とても話が楽しかったので、知らないうちに全部飲んでしまいました」

「どこまで覚えている?」

「デザートが出てきたのを覚えていますが、あとは断片的にしか記憶がありません」

「僕に抱きついてキスしたことは?」

「私に限ってそんなことはしないと思いますが」

「僕の酔っ払った経験では何となく覚えているけどね」

「そういわれると、そんなことがあったような、嬉しくなって抱きついてキスしたような」

「理奈さんは酔っ払っていたけど、抱きつかれてキスされて嬉しかった。それに大好きといってくれた。間違いなく本心だから」

「きっと無意識にそうしたかったのだと思います」

「それならなおさら嬉しい」

「私も亮さんなら酔っ払って抱き付かれてキスされてもいいです」

「そういってくれて、飲ませたかいがあった」

「でも、醜態を見せるのは今回限りとします。もう絶対に飲みません。しらふで抱きついてキスしますから」

「それならなおさらいうことはない」