「――葵、アンタいつまで寝てんの!」
「……あれ、朝?」
毎朝必ず聞こえてくるお母さんの声に、ふと我に返ったように目を開いた。
けれど目の前に広がる光景は真っ暗な夜で、私はブランコに座っている。
「えっと、あれ?まだ夜?」
「なに寝ぼけたこと言ってるの!昔からブランコで寝る癖は治ってないんだから!心配するでしょ!」
「ね、眠る?」
頭の中が混乱し始めて、少し前までの記憶を一生懸命に辿っていく。
「(私、さっきまでオネーサンと一緒に……って)」
慌ててとなりにあるもう一つのブランコを見ると、そこには誰もいなかった。
そうだ、私は確かに彼女とここで話をしていた。
だけど急に彼女が霞んで見えて、少しずつ透明になっていって──……それから。
「あれ、オネーサンは?」
「この子は!まだ寝ぼけてるの!?いい加減にしなさい!」
「ね、寝ぼけてない! ちゃんと起きてるよ!」
「玲花もたまに言ってたわよ?お姉ちゃんはいっつも夜の公園でうたた寝してるよって」
「……へ?」
違うよ、私、眠ってなんかいない。
だってさっきまで彼女と思いきりブランコを漕いでいた。
汗だくになって大笑いしていたんだから。
《自分が思うことに、正直になっていいんだからね》
《キミがしたいと思うことに全力になって。それが例え、どんなに勇気がいることでも、ね》
《大丈夫だから。大人になったキミが言うんだから、間違いないよ》
ほら、彼女からもらった言葉だってちゃんと覚えている。
ぽかぽかと心もあたたかいまま。
「もう帰るわよ」
「……」
ポケットの中にしまっていたスマホの画面を見ると、すでに二十三時が来ようとしている。
「まさか──……」
「(オネーサンは、私の……夢?)」
・・・
《ただいまより、第三十六回、明生高校の文化祭を開催いたします──》
そして、文化祭当日はやってきた。
夏休みのほとんどを使って入念に準備してきたけれど、すべてが完成したのは前日の夜だった。
私と柳橋くんは最後まで残って、なんとか後片付けまで終わらせることができた。
「中畑ちゃん大変!鮮魚店にタコを受け取りに行った男子達がまだ戻ってないんだけど!」
「え、うそ!」
「ちょっと中畑さん!看板の飾りがどんどん取れていってる!」
「ホチキスで止めるね!ちょっと待ってて!」
だからと言って、まだまだ私の仕事は終わる気配はない。
これから三日間続く盛大な文化祭は、この実行リーダーという役目にまだ終止符は打たせてくれないらしい。
けれど、私には自分自身に課したもう一つの大きな仕事がある。
「(あの三人、どこに行った?)」
心の中に押し込んだ、今一番の大きな悩みを解決するために、私は覚悟を決める。
「柳橋くん、ごめん!ちょっとだけ私に時間をくれないかな!」
「うん?」
「本当に少しでいいの!十分くらいでいい!だから……、この場を離れてもいい?」
春奈達と距離を置くと決めてから、結局一度も三人と話をする機会はなかった。
最初はこれも仕方のないことだと思っていたけれど、そう言えば私はあのとき、きちんと話をしようと思っていたことを思い出した。
このまま何もしないで、そっとフェードアウトすれば、これ以上誰も傷つかずに済む。
春奈達三人が楽しんでいる様子を何度もSNSで見かけたし、文化祭の準備は結局あれから一度だって手伝ってくれることはなかったけれど。
きっと、以前のような関係に戻ることはないだろう。
今の私は、あのときの私よりもほんの少しだけ強くなれたから。
けれど、例え前みたいに一緒にいられなくなったとしても、このまま有耶無耶にしてはダメだと思った。
「うん、行っておいでよ」
「いいの?ごめんね、ありがとう!すぐ戻ってくるから!」
「あ、これ。持っていったほうがいいんじゃない?」
スッと彼から手渡されたのは、一つのビニール袋だった。
中にはA組が売ることになっているたこ焼きが三パック入っていた。
「これ……」
「頑張ってきなよ」
柳橋くんは、最後まで優しい人だった。
何があったの?って聞くこともしない。
ただ、ずっと私の味方でいてくれる。
「うん、ありがとう」
「俺いつでもここにいるから、何かあったら呼んで」
そして、私の密かな特別な人になった。
でも、この話はまた今度。
柳橋くんから受け取ったたこ焼きを手に持って、私は春奈達を探した。
一階の一年生の教室から、三階の三年生の階まで走り回る。
こうして彼女達を探している間にも、どうしてか緊張してしまう。
春奈達を見つけたとしても、無視されたらどうしようって。断られたらどうしようって。
また私のお得意のネガティブ思考が顔をのぞかせにやってくる。
そんなふうに最悪のシナリオを頭の中で過らせるたびに、大きく首を振って退散した。
だって未来の私が『大丈夫だ』って、言ってくれたから。
私がしたいと思うことに全力になってと、言っていたから。
「――春奈!」
一階の下駄箱の前、すでに帰ろうとしていた三人を見つけて、大きな声で叫んだ。
彼女達は唖然とした様子でこちらを見ている。
「春奈!美佳に、葉月!ちょっと、待って……っ!」
少し前までの私なら、絶対にこんなことはしなかった。
臆病で、すぐ不安に駆られて、怖がりだったころの私。
今だって本当は怖いよ。
こんなにも足が震えているのはきっと、たくさん走ったからじゃない。
……でもね?
「私ね、春奈達ともう一度仲良くなりたい!」
「なんでも笑い合ってた、あのころみたいになりたいよ!」
「このまま終わりたく……ないから!」
「話を、しよう?
今はそんな弱い自分に、打ち勝つことができるんだ。
だって、未来の私はあんなにも綺麗に笑っていたのだから。
【完】
「……あれ、朝?」
毎朝必ず聞こえてくるお母さんの声に、ふと我に返ったように目を開いた。
けれど目の前に広がる光景は真っ暗な夜で、私はブランコに座っている。
「えっと、あれ?まだ夜?」
「なに寝ぼけたこと言ってるの!昔からブランコで寝る癖は治ってないんだから!心配するでしょ!」
「ね、眠る?」
頭の中が混乱し始めて、少し前までの記憶を一生懸命に辿っていく。
「(私、さっきまでオネーサンと一緒に……って)」
慌ててとなりにあるもう一つのブランコを見ると、そこには誰もいなかった。
そうだ、私は確かに彼女とここで話をしていた。
だけど急に彼女が霞んで見えて、少しずつ透明になっていって──……それから。
「あれ、オネーサンは?」
「この子は!まだ寝ぼけてるの!?いい加減にしなさい!」
「ね、寝ぼけてない! ちゃんと起きてるよ!」
「玲花もたまに言ってたわよ?お姉ちゃんはいっつも夜の公園でうたた寝してるよって」
「……へ?」
違うよ、私、眠ってなんかいない。
だってさっきまで彼女と思いきりブランコを漕いでいた。
汗だくになって大笑いしていたんだから。
《自分が思うことに、正直になっていいんだからね》
《キミがしたいと思うことに全力になって。それが例え、どんなに勇気がいることでも、ね》
《大丈夫だから。大人になったキミが言うんだから、間違いないよ》
ほら、彼女からもらった言葉だってちゃんと覚えている。
ぽかぽかと心もあたたかいまま。
「もう帰るわよ」
「……」
ポケットの中にしまっていたスマホの画面を見ると、すでに二十三時が来ようとしている。
「まさか──……」
「(オネーサンは、私の……夢?)」
・・・
《ただいまより、第三十六回、明生高校の文化祭を開催いたします──》
そして、文化祭当日はやってきた。
夏休みのほとんどを使って入念に準備してきたけれど、すべてが完成したのは前日の夜だった。
私と柳橋くんは最後まで残って、なんとか後片付けまで終わらせることができた。
「中畑ちゃん大変!鮮魚店にタコを受け取りに行った男子達がまだ戻ってないんだけど!」
「え、うそ!」
「ちょっと中畑さん!看板の飾りがどんどん取れていってる!」
「ホチキスで止めるね!ちょっと待ってて!」
だからと言って、まだまだ私の仕事は終わる気配はない。
これから三日間続く盛大な文化祭は、この実行リーダーという役目にまだ終止符は打たせてくれないらしい。
けれど、私には自分自身に課したもう一つの大きな仕事がある。
「(あの三人、どこに行った?)」
心の中に押し込んだ、今一番の大きな悩みを解決するために、私は覚悟を決める。
「柳橋くん、ごめん!ちょっとだけ私に時間をくれないかな!」
「うん?」
「本当に少しでいいの!十分くらいでいい!だから……、この場を離れてもいい?」
春奈達と距離を置くと決めてから、結局一度も三人と話をする機会はなかった。
最初はこれも仕方のないことだと思っていたけれど、そう言えば私はあのとき、きちんと話をしようと思っていたことを思い出した。
このまま何もしないで、そっとフェードアウトすれば、これ以上誰も傷つかずに済む。
春奈達三人が楽しんでいる様子を何度もSNSで見かけたし、文化祭の準備は結局あれから一度だって手伝ってくれることはなかったけれど。
きっと、以前のような関係に戻ることはないだろう。
今の私は、あのときの私よりもほんの少しだけ強くなれたから。
けれど、例え前みたいに一緒にいられなくなったとしても、このまま有耶無耶にしてはダメだと思った。
「うん、行っておいでよ」
「いいの?ごめんね、ありがとう!すぐ戻ってくるから!」
「あ、これ。持っていったほうがいいんじゃない?」
スッと彼から手渡されたのは、一つのビニール袋だった。
中にはA組が売ることになっているたこ焼きが三パック入っていた。
「これ……」
「頑張ってきなよ」
柳橋くんは、最後まで優しい人だった。
何があったの?って聞くこともしない。
ただ、ずっと私の味方でいてくれる。
「うん、ありがとう」
「俺いつでもここにいるから、何かあったら呼んで」
そして、私の密かな特別な人になった。
でも、この話はまた今度。
柳橋くんから受け取ったたこ焼きを手に持って、私は春奈達を探した。
一階の一年生の教室から、三階の三年生の階まで走り回る。
こうして彼女達を探している間にも、どうしてか緊張してしまう。
春奈達を見つけたとしても、無視されたらどうしようって。断られたらどうしようって。
また私のお得意のネガティブ思考が顔をのぞかせにやってくる。
そんなふうに最悪のシナリオを頭の中で過らせるたびに、大きく首を振って退散した。
だって未来の私が『大丈夫だ』って、言ってくれたから。
私がしたいと思うことに全力になってと、言っていたから。
「――春奈!」
一階の下駄箱の前、すでに帰ろうとしていた三人を見つけて、大きな声で叫んだ。
彼女達は唖然とした様子でこちらを見ている。
「春奈!美佳に、葉月!ちょっと、待って……っ!」
少し前までの私なら、絶対にこんなことはしなかった。
臆病で、すぐ不安に駆られて、怖がりだったころの私。
今だって本当は怖いよ。
こんなにも足が震えているのはきっと、たくさん走ったからじゃない。
……でもね?
「私ね、春奈達ともう一度仲良くなりたい!」
「なんでも笑い合ってた、あのころみたいになりたいよ!」
「このまま終わりたく……ないから!」
「話を、しよう?
今はそんな弱い自分に、打ち勝つことができるんだ。
だって、未来の私はあんなにも綺麗に笑っていたのだから。
【完】