「──というわけで、夏休みのスケジュールはこんな感じになります」
「(夏休み、やっぱりほとんど登校しなくちゃいけないんだ……)」
「都合が悪くて学校に来れない場合は、必ずもう一人のリーダーにきちんと連絡しておくように。じゃ、今日の打ち合わせは以上!」
本格的に夏の暑さがやってきた、夏休み目前のお昼休み。
お弁当を食べる暇もなく、突然召集がかかった実行リーダーの学年ミーティングは今日も一段と慌ただしい。
各クラスの準備の進捗や問題点などをそれぞれに報告しあって、意見を出し合う。
最後に配られた夏休みのスケジュールは鬼のようだった。
「ねぇ、中畑さん。夏休み、どのくらい登校できそう?」
「うーん、そうだね。お盆はおばあちゃんの家に行くから、そのとき以外は基本大丈夫だと思う」
「なるほどね。一応、連絡先交換しておこっか」
「あ、うん。そうだね」
実行リーダーの相方である柳橋くんはかなり頼れる人だった。
昨日の春奈や笹館さんの騒動も、結局彼がその場をうまく治めてくれた。
春奈のひと言に呆然としていた私に声をかけてくれて、「ちょっと休んでおいでよ」と言ってくれたのも柳橋くんだ。
「柳橋くんこそ、部活あるから大変じゃない?バスケ部、だよね?」
「あー、うん。でも練習でほとんど夏休みなんてないようなもんだったから、俺は平気だよ」
「そっか。あと、あの……昨日はありがとね。その、私が不甲斐ないばっかりに……」
“昨日のこと”が何を指すのか、柳橋くんもすぐに察知したようで、彼は気にしてない素振りを見せながら「また困ったときは声かけて」と言ってくれた。
彼はすごく優しい人だと思う。
「ありがとう。じゃあ私、先に教室戻るね!」
「あ、うん。またあとで」
ミーティングで渡された用紙を持って、大急ぎで教室へ戻っていく。
朝から体育の授業や移動教室の授業ばかりだったせいで、なかなか春奈に話を切り出す機会がなかった。
だからお昼休み、お弁当を食べながら昨日のことを話し合おうと思っている。
春奈達は昨日のこと、どう思っているんだろう。
やっぱりまだ怒っているのかな。
それとももう落ち着いているだろうか。
ちゃんと話し合って、もう一度みんなで笑い合いたい。
いつからか出来てしまった不安や孤独感を取り除きたい。
その一心で、教室へ戻った。
オネーサンが言っていた、『大丈夫だから』の言葉を信じて。
「……あれ、みんな?」
けれど、そこに春奈達の姿はなかった。
いつも春奈の席から近い机を四つ向かい合わせにしてお昼ごはんを摂っていた。
だけど、今はその場所に誰もいない。
「どう、して……?」
こんなにも暑いのに、だんだんと指先が冷たくなっていく。
呼吸も浅くなって、視界が少しずつ狭まっていくのが分かった。
カバンの中からスマホを取り出してみても、誰からもメッセージは来ていない。
私は慌ててグループトークを開いて、今どこにいるのかを確認した。
心臓が痛いくらいに激しく脈を打っている。
ドクリ、ドクリと嫌な音が外まで聞こえてしまうほどに。
手の中でブーブーとバイブが鳴る。
微かに震える指先で、受信したメッセージを開いた。
【美佳:あ〜。葵来ないのかと思って、今ウチら中庭にいまーす】
【葉月:ごめん、でももう食べ終わったけど(笑)】
【春奈:葵も来れば?】
「なに、それ……」
体の力が、抜けていく。
ひと言だけでもここにメッセージを残すことはできなかったの?
中庭に移動するとき、私のことは少しも考えてはくれなかった?
「(ダメ、考えちゃダメっ)」
私はこんなにも不安でたまらないのに、三人からの軽いメッセージに泣きたくなった。
教室の中で、一人佇んで必死に涙を堪える。
私は一体、いつから"そういう扱いをしてもいい人"になってしまったのだろう。
それでも、一人でお弁当を食べる勇気もない私は、途端に重くなった足を引き摺るようにして中庭に向かうしかなかった。
苦しくて、悔しくて、惨めだった。
この気持ちは多分、一生忘れないと思う。
・・・
それから次の日も、また次の日も春奈達はお昼ご飯を食べる場所を変え続けた。
実行リーダーの仕事で遅くなった私が教室に戻ると、三人はどこにもいなくて、その度に私はどこにいるのかを確認するメッセージを送った。
そして今、葉月から【ウチらがどこにいるのか探してみてよ(笑)】と返信が来た時点で、私の中で何かが壊れた音がした。
もしかしたら面白半分で言っているのかもしれない。
冗談のつもりなのかもしれない。
だけど、もう私は限界だった。
そっとスマホをカバンの中に入れて、自分の席に着く。
教室には半分くらいのクラスメイトがいる。
教室の外で食べる人、他のクラスの友達の元へ行く人、食堂でお昼を済ませる人、様々だ。
自分の席で私が一人でお弁当を食べている姿を見て、他の人達はどう思うだろう。
そう考えると、怖くて、怖くてたまらない。
「……っ」
涙を塞き止めるのも限界がきたようで、ポタポタと机の上に丸い痕がついていく。
啜り泣く音を押し殺して、周りに気づかれないように努めるのが今の私の精一杯だった。
春奈達が教室に居たがらない理由は分かっている。
笹館さんと衝突があったあの日以来、三人はクラスから孤立してしまっている。
週に二度あるクラス全員で文化祭の準備の日は、決まって保健室に行っているのを知っているから。
「(でも、だからって……っ)」
せっかくお母さんが作ってくれたお弁当が、涙のせいで霞んで見える。
お腹は空いているはずなのに、今は食べ物がのどを通らない。
とりあえず教室以外のどこかに移動しよう。
そう思って、途中まで広げたお弁当の包みを結び直したそのとき。
「──中畑さん、こっちおいでよ」
そう声をかけてくれたのは、柳橋くんだった。
「え?」
どうしてここに彼がいるの?
もしかして、文化祭のことで何かあるのだろうか。
「ちょっと……っ、待ってね」
慌てて涙を拭きとりながら、なるべく見られないように俯きながら顔を逸らした。
泣いているところを見られた?
最悪だ、どう言い訳したらいいかな。
「ほら、行くよ」
「え、あの、ちょっと!?」
柳橋くんは泣いている私のほうを見ないまま、代わりの机の上にあるお弁当を持って、もう片方の手で私の腕を掴んだ。
教室を出て、半ば強引に連れてこられた場所は、少し前まで実行リーダーのミーティング室となっていた準備室だった。
「どうして、ここ?」
「中畑さん、いつも昼休みのミーティングが終わったらすぐ教室に戻るから声かけられなかったんだけど、俺達ミーティングが終わってもここでみんなで一緒に昼食取ってたんだよね」
「え、そ、そうだったの?」
「まぁ、ほぼ食事しながらミーティングの続きみたいなことしてるんだけど」
「うわ、全然知らなかった」
「ま、だからもしよかったら中畑さんもここに来なよ」
柳橋くんはそう言って、準備室の扉を開けた。
中には本当に先ほどまで一緒にいたメンバーほほとんどが残っていて、各々にお昼ご飯を食べながら和気藹々と過ごしている。
「あ、中畑ちゃんおかえりー」
「さっきぶりだな!」
その光景を見て、また涙が止まらなくなった。
私を受け入れてくれるその言葉に、大粒の涙がこぼれ落ちていく。
「え、中畑さん!?どうしたの!?」
「あ、いや……っ、えっと、ごめんなさい」
「とりあえずこっち来なって!」
他のクラスの実行リーダーの一人が、優しく私の手を引きながら中へ迎え入れてくれる。
柳橋くんは私の事情をどこまで知っているのか、何も言わずにそっとティッシュを渡してくれた。
自分がいてもいい場所が、こんなところにあったなんて。
実行リーダーになって約一週間という期間の中で、初めてこの役になれてよかったと心から思った。
もしかしたら、オネーサンが言っていたことはこういうことだったのかな?
心の中でふと、彼女が言っていた言葉を思い出した。