勉強の息抜きにたまに来ていたこの公園も、ここ最近は毎日足を運ぶようになっていた。
管理されていないブランコは揺れるたびにギリギリと嫌な音立てながらも、今日も懸命に私の体重を支えてくれている。
「あ、葵ちゃんまたまた発見ーっ!」
「(ゲッ、またあのオネーサンだ)」
そして、あの日どこからか突然やってきたスーツ姿のオネーサンは、今日もまた同じような時間帯にやって来た。
こんな暗がりの中で毎回黒いスーツを着ているから、露出している部分以外は周りと同化してしまっている。
「葵ちゃん、不良だねぇ! こんな遅い時間に外出るなんて!」
「そういうなら、オネーサンだって。 ちなみに私はここのマンションの住人なのでギリセーフなんです」
「私は大人だからいーの!」
彼女はまた私のとなりにあるブランコに飛び乗って、容赦なく漕ぎまくる。
こんなにも無邪気な大人っているんだ。
二十一時も過ぎているというのに、オネーサンは私よりも溌剌としている。
「どうしたの?また何かあった?」
「え?」
それなのに、どうしてこの人はこんなにも優しい声をかけてくれるのだろう。
オネーサンのそのひと言に、泣きそうになってしまう。
「……優しく、しないでください。泣きそうに、なるので」
目頭が熱くなるのが分かって、そっと彼女から視線を逸らした。
「でも、今のキミには必要だよね」
「べ、別にそんなことないです」
「私に話してごらんよ」
「なんでですか?だいたい、あなたの名前もまだ知らないのに……」
こんなふうに素敵な笑顔を浮かべる彼女が悪い人だとは思わないけれど、それでも真夜中の公園で出会ったばかりの人に心の中の悩みを打ち明けられるほど勇気はない。
そう告げると、オネーサンはブランコを漕ぐのをやめて改めてこちらに向き直った。
「名前、言ってもいいけど多分葵ちゃん信じてくれないと思うな」
「え?」
「私の名前、中畑 葵っていうの」
「……はい?」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
彼女の言っている言葉は理解しているのに、それをうまく取り込めない。
「な、何言ってるんですか?」
「ほらね、信じてくれないでしょ?」
信じられないに決まっている。
信じられるわけがない。
「だって……っ」
──だって、中畑 葵は私だ。
私の、名前だから。
「な、中畑 葵は私の名前です」
「うん、知ってるよ。でも私の名前でもあるの」
「何を言って……」
「この顔見てよーく考えてって言ったのに、葵ちゃん知らない人って言うんだもん。高校のときからそんなに顔変わってないと思うんだけどなぁ」
彼女の淡々と放つ言葉が、いつまでも脳裏に焼き付いて離れない。
「同姓同名、ということですか?」
今にも混乱しそうな頭をどうにかフル回転させて、絞り出すようにどうにか質問を投げかける。
明らかに『うん』と言わなければおかしい質問だ。
鉄のにおいがするブランコの手すりをギュッと握りしめて、彼女から出てくる次の言葉を今か今かと待ち続けた。
「──違うよ」
「……!?」
「私はキミの未来だよ。キミが大人になった、中畑 葵だよ」
いつもニコニコしている彼女が、今は笑っていない。
だからと言って、そんな馬鹿げた話を信じられるわけもない。
大人の私?未来の自分?
本当なら今すぐにでも鼻で笑ってやりたい気分だけれど、それができないのは、微かにオネーサンの顔にどこか自分の面影を感じているからだ。
彼女と初めて会ったとき、どことなく見覚えがあった。
だけど、そんなわけ──……。
「じゃ、じゃあ私の誕生日は?」
「十月十五日」
「両親の名前は?」
「お父さんが二郎でお母さんが京香。三歳年下の妹は玲花で、おじいちゃんは三郎。おばあちゃんはもういないよね」
「……っ」
「他に質問は? なんでも聞いてよ」
完璧な答えに慄く私に微笑んで、彼女は余裕の笑みを浮かべながらそう言った。
「(ほ、本当に私……なの?)」
夢でも見ているのだろうか。
未来の私って、何? どういうこと?
そんなこと、現実であり得るの?
私は彼女にたくさんの質問を投げかけたけれど、全問正解どころかプラスアルファで答えを出してくる始末。
いいや、そんなことあり得ない。
あり得るわけがないよ。
でも──……。
「まだ信じられないって顔してるね」
「あ、当たり前ですよ!」
「うーん、そうだなぁ。他に葵ちゃんに信じてもらえる何か、ネタとかないかなぁ」
グッと夜空を見上げて頭を捻る彼女。
私は今にも気がおかしくなりそうだ。
「あ!そういえば今の時期って夏休み前だよね!」
「そう、ですけど」
「ってことは、もうすぐ文化祭のリーダー決めがあるんじゃない!?」
何かを閃いたと言わんばかりに勢いよく立ち上がった彼女は、私を指さして言う。
「そのリーダーが、誰になるか当ててあげる!」
「え?」
「未来のことを当てられたら、私のこと信じられるでしょ!?ね!」
未来の中畑葵(自分)だと豪語するスーツ姿の彼女は、自信満々そうに「おいで」と手招きして、そしてそっと私に耳打ちした。
「──……え?」