「あ、葵じゃん。なんか久しぶりじゃない?」
 「確かに。もう貧血は治ったの?」
 「あー、うん。今のところ平気かな」

 土日の休日を挟んで、週の中で一番憂鬱な月曜日。
 朝、教室に入ると、いつも一緒にいる春奈と美佳、それから葉月の三人が声をかけてくれたことで、グッと力を入れて強張っていた身体がほぐれていくのが分かった。

 彼女達の声のトーンや雰囲気をすぐさま察知して、何事もなく普通であることにひとまずの安心感を覚える。
 スクール鞄の中から教材や課題を取り出して、三人が集まっている春奈の席に向うと、彼女達は金曜日の放課後に遊びに行った話題で盛り上がっていた。

 「(そういえば三人が遊びに行っていたあの日、偶然にも芸能人と遭遇して春奈はサインもらったんだっけ)」
 目の前に本人がいるのに、SNSの投稿でその出来事を知るなんておかしい話だよね、と心の中でつぶやいた。

 結局私は、春奈達が私抜きで遊びに行ったSNSの投稿にイイネを押した。
 毎回返事なんて返ってこないと分かっているのに『私も行きたかったー!今度は一緒に行こうね!』とコメントまで付けて。

 本当はあれ以上SNSを見ていたくなかったけれど、それでも気にせずにはいられない。
 春奈達の話題についていくための予習のように、まるで友達でいるための必須科目のように、私は彼女達のつぶやきや投稿を何度も確認してしまう。

 三人の一喜一憂に、敏感になり過ぎてしまっている。

 「でもあんまり背は高くなかったよね、あの人!」
 「いやいや、あれくらいの顔面レベルなら十分だから!」
 「こんなことばっか言ってたら、ウチら一生彼氏できなくない!?」

 気を抜けば彼女達の話はもう違う話題に移っていて、愛想笑いにも似た笑顔を貼り付けている自分が窓ガラスに映った。
 
 春奈達三人との間に、透明な壁が見えているのは私だけかな。

 最初からこんなふうに孤独を感じていたわけじゃない。
 一緒にいて心から楽しいと思えた時期もあった。

 美佳とは一年生のころから同じクラスで、いつも一緒にいたわけではなかったけれど、それでも仲がいい間柄だった。

 けれど進級して新しいクラスになって、気兼ねなく話せる友達が美佳しかいないことに一抹の不安を抱いていたとき、たまたまとなりの席に座っていた春奈が話しかけてくれたあの日から、葉月も加わって四人グループが出来上がった。

 最初は全力で笑い合っていた。
 お昼ご飯を食べるときも、休憩時間も、放課後も。

 何気ないことで爆笑して、くだらない話題で盛り上がった。
 春奈も葉月も、私とは違って誰とでもすぐに打ち解けられるスキルを持っているから友達はとても多いのに、それでも私をこの四人グループの中に入れてくれることが嬉しくて、毎日がすごく楽しかった。

 それが今はどうだろう。
 目には見えない壁ができたのは、いつからだっただろう。
 私だけが三人から置いていかれたような感覚を覚えたのはどうしてかな。

 特にこれといった決定打はなかったと思う。
 ただ少しずつ、それぞれの絆の深さに強弱が現れたような気がした。
 例えば三人グループを作らなければならないとしたなら、きっと一人余るのは私しかいないと思うようになった。

 「……疎外感」
 誰にも聞こえない声で出てきた言葉は、今の私にぴったりの言葉だった。

 「よし、席につけよー。朝のホームルーム始めるぞー」
 担任の先生が教室に入ってきたタイミングで、みんなが一斉に席に戻っていく瞬間に初めて息ができたような気がした。

 一人は嫌なはずなのに、どうして春奈達から離れると心がラクになるのか。
 昨日からずっと、そのことばかり考えている。

 「あと少しで夏休みに入るわけだが、その前に毎年恒例の文化祭のリーダー決めをするからな」
 「うわぁ、俺絶対やりたくねぇ!」
 「あたしだって嫌だし!夏休みほとんど潰れるらしいじゃん!?」

 うちの高校は毎年文化祭が九月に行われる。
 そのため夏休み前から各クラスごとに文化祭の実行リーダーを二人決めて、さまざまな準備を行っていく。

 文化祭はとても楽しい行事だけれど、夏休みの大半を使うことになる実行リーダーは誰もが避けて通りたいと思うだろう。
 私だってやりたくないに決まっている。

 「(それに、こんな気持ちのまま文化祭なんて……楽しめるわけない、よね)」